ぶつ切りにされた意識を無理やり繋がれて、上条は今を確かめる。ラムの後ろ姿と、その向こうに盗品蔵が見えた。
その先にいけば、エルザは再び襲いかかってくる。
一つ前の回で死んだのは上条だった。
死ぬなら自分が、とそうなるようにしてしまったのは否めない。
そこまで考えて動いたというよりはいつも通りなのかもしれないが。
首を振って少年は意識を別の方へ向ける。
ラムを止めて、回り道をしよう。
いや、エルザの位置を特定する方がいいかもしれない。
「____」
誰かの声がする。上条はラムがこちらを振り返っているのに、遅れて気づく。
「______」
何か言っている、と口の動きで察する。おかしいのは自分の方か。
「ら、む」
段々と戻ってくる聴力が微かにラムの言葉を聞き取っていく。
「ここからは一人で行くわ、もう帰りなさい」
ラムが言っている事が理解できなかった 。
上条は全身の気だるさに、ふらつく。ふらつきながらも、ラムの言葉を少しづつ理解する。
「ここまできて、帰れるわけねぇだろ」
「元々無関係のあなたをそこまで連れていく理由が無いわ」
「……俺はやらなきゃいけないことがある、帰りたくたってそうはいかない」
「そう、ならここで待っていなさい」
頑なに譲らないラムに倦怠感も相まって苛立ちを覚える。余裕がないのは自覚していても、それを抑えるのは難しい。
声を粗げないよう注意を払いながら、上条は告げる。
「邪魔だと思うなら無視してくれれば良い、俺は行くよ」
ラムは額に手をやって顔を俯かせた後、上条を睨みつけた。
「そんな状態でどうするというの」
ラムの目に映る彼の状態は最悪だ。会った時から顔色は悪く、今は冷や汗とふらつきが出ている。
隠そうとしていないのか、見られていることに自覚が無いのか。どちらにせよ誰の目から見ても体調が優れないのは明白だ。
足でまといだと、ラムは心配の意を散りばめながら突き放す。
「行かなきゃいけないんだ」
だが上条は引かない。
「犯人との戦闘になるかもしれない」
「だとしても」
「ラムの目の前で死なれても困るわ」
「すまない、先に謝っとく」
「足でまといよ」
「さっきも言ったが、無視してくれていい」
「……話にならないわね」
埒が明かない、ラムはそう判断した。きっとこの少年は意識のある限りどこまでも行ってしまうだろう。
「がっ、ぁ……!」
迷いなく放たれたラムの拳が迫ってきて、上条は真っ暗闇に落とされた。
____
_______
「……っ、う……?」
上条は目を覚ました。頬で感じるざらついた感触、地面に寝転がっている。
どれくらい気を失っていたのだろうか。空は日が傾き、オレンジ色から藍に染まりかけている。
ゆっくり体を起こすと、遠くに盗品蔵が見えた。上条は道の端、家屋の傍に寝かされていたらしい。
ラムはもう盗品蔵に居るのだろう。
正確な時間経過は上条には判断がつかないが、菜月昴達も到着しているはずだ。
あのエルザも。
「……あれ?」
上条は違和感を覚えた。何となくの感覚でしか無いが、もう既に戦闘が始まっていてもおかしくない。
それなのに、だ。
あまりに
「起きたか」
意識の外から良く聞き馴染んだ声が、上条を現実に引き戻す。
「……どの位経ってる」
「数十分だ。あの小娘は既に向こうにいる」
上条の近くで寄り添うように座っていたオティヌスは、顔を背けながら答える。
「……オティヌス、他に何人あそこに入った」
「4人だ」
フェルト、菜月昴、エミリア、そしてエルザ。
戦闘が始まっているのは明らかだ。
「まさか全員……でも」
静けさに一瞬嫌な想像が駆け巡る。
ラムは想定外の登場人物だ、戦力は原作よりも多いだろう。しかし、それが善戦に繋がるとは限らない。だが、
「まだだ、まだ戦いは続いている」
菜月昴が死ねば時間が戻る。一章の時点で菜月昴のセーブポイントは変動が無かった。認識できないとはいえ地続きで今覚醒したなら死んでいないはずだ。
「まだ間に合う」
上条は家屋の壁に手をついた。そして、よろめきながらなんとか立ち上がる。
「オティヌス」
「なんだ」
舗装されていない道を見渡して上条は言った。
「誰か外に出てきたか?」
オティヌスは立ち上がった上条の体を器用に登り、肩に腰掛ける
「いいや、一人も出てきていない」
まだそこまでいっていない、と考えることも出来る。
もう少しであの少女が盗品蔵から逃げ出してくるのかもしれない。
体を無理やりに動かして、盗品蔵への道を進む。静かだった。
「……どうなってる?」
近づくにつれて肩のオティヌスが段々と表情を変えていくことに上条は気づかない。
盗品蔵がはっきりとその存在を感じさせる距離まで来た時、オティヌスは低い声で唸るように上条へ告げた。
「人間、魔術だ」
△△△△△△△△△△
ナツキ・スバルは無我夢中だった。
現れたエルザとの戦闘が始まってから、数十分は経っている。
「__大人しくっ」
「すると思う?」
ラムと呼ばれていたか。どうやら銀髪の少女と知りあいらしい桃髪のメイドが、声を荒げる。答えるエルザは余裕を崩さない。
銀髪の少女は背後を庇うように魔法を撃ち込む。
それなりの広さはあっても屋内、だというのにエルザは簡単に避けてしまう。
二人の戦闘能力が低い訳ではないだろう。相性、経験、どれに当てはまるのかは判断できない。ただ、不利な状況というのは分かる。
桃色の少女は苦しげに息を切らし、銀髪の少女は背後を気にしながら戦っている。
割り込む隙はほとんど無い。
いや、そもそもスバルは戦うことができなかった。
横たわる二つの体を見る。
一人はエルザの攻撃を受けたロム爺、そしてもう一人はフェルト。
(クソッどうしてこうなった!!)
エルザが現れた後、スバルはフェルトを逃がそうと動いた。一番幼い少女は、偽サテラとスバルの援護で逃げ出せた__はずだった。
駆け出した少女が開いたままの扉から消える事はなく、代わりに静電気のような破裂音と吹き飛ばされるフェルトの姿がスバルの目に焼き付いた。
全員が、あのエルザまでもがその動きを止める。
「てっめぇ!!」
沈黙の数秒後、激昂したスバルがエルザを睨んで吠えた。しかし、当の彼女は意に介さない。
それどころか、攻撃される可能性も考えずに、あるいはそれでも平気だとでも思っているのか窓際へとただ歩いていく。
不可解な行動に意図が分からずスバルは黙った。
エルザは、窓際で手にしていた刃物を振り上げる。そのまま躊躇いもなく振り下ろせば、窓ガラスは枠組みごと簡単に破壊された。
刹那、甲高い破裂音と共にスバルの横を風が切る音が通り抜ける。
窓の向こう、何も無いはずの空間に刃が触れた瞬間エルザの体が吹き飛んだ。
スバルが恐る恐る振り返ると、カウンターに突っ込んだエルザは落下した盗品に埋もれながら僅かに首を傾げている。
「これは__?」
彼女が仕掛けた罠ならば、外に出れずただ狩られるという絶望だけだった。だが、なんだ、エルザの仕業では無いのならば。
感情が迷子になる。見れば、桃色の少女も、銀髪の少女も、その場にいる全員が隠せない困惑を顔に浮かべている。
「お前が仕掛けたやつじゃないのか!?」
余裕は崩していない。それでも不思議そうにしながら、エルザはカウンターから這い出てくる。
「そうだったら良かったのだけれど。でも、そうね、出れなくするなんて、あなた達にはする必要がない」
ならば、これは。
「クソッ第三陣営でもいんのか!? 漁夫の利でも狙おうって算段か__うぉっ!?」
切りかかられて寸前で避けたスバルはそのまま床を転がる。
「今の状況で斬り掛かるなんて正気かよっ!」
「止める理由になると思っているの?」
なるだろうそれは。言いたくなる気持ちを呑み込む。
呑み込まざるを得なかった。
__
___
「まずいね」
そこまで思い返して、スバルは我に返る。
パックの陽気さを消した声色にスバルは思わず、そちらへ視線を向ける。
「この結界、マナを吸ってるよ。 僕の活動時間も削られてる、早くしないと君が危ない……!」
「それは、でも、パック、これって」
「僕にも分からない、この結界はマナを吸っているけど、結界を構成しているのはマナとは違う。君もそれは分かっているはずだよ」
パックは銀髪の少女に語りかけている。スバルなど意識の外だろう、だが聞こえた話からしてかなり危ない状況というのは理解出来る。
マナとやらが魔法を使うためのMP的なものだとしたら、魔法を使っている彼女達はただでさえ消耗しているだろう。
「あなたの相手はラムよ、他に構う暇なんて与えないわ」
体を揺らしたエルザに反応して、桃色のメイド__ラムが牽制した。
杖を構えて睨みつけるが、彼女も限界が近いのが分かる。
「素敵ね」
ふらりと、エルザの姿が揺らいだと思えば既にそこには彼女はいない。
ほぼ反射的にスバルは動いた。
「うぉらぁあぁぁ!!!!!!」
雄叫びを上げながら体のだるさも構わず、ラムを押し倒す。
ラムの背後の壁その天井付近に飛び上がり、壁を蹴って切りかかろうとしたエルザはそのまま二人の上を通り抜けて真ん中のテーブルの上に着地した。
「この子は___」
「フーラ」
スバルに押し倒されたまま、ラムが呪文を唱える。
「私もいること、忘れないで!」
更にラムとは反対側から、銀髪の少女も氷の飛礫を放つ。
風と氷がぶつかり散開した。
飛び上がったエルザは先程叩きつけられたカウンターに移る。
スバルはすかさず拾った棍棒で殴りつけるもかわされ、腹を蹴られ後ろによろめく。スバルはそれを利用して銀髪の少女の元まで下がり。
「魔法は後どんくらい使える? 一発逆転の裏技があるなら試しといて損は無いぜ」
「切り札はあるけど、使うと私以外誰も残らないわよ」
「自爆技は勘弁。 分かったよ、チクショウ。 お願いだから早まらないでね?」
冗談めかしたスバルに銀髪の少女は真面目な表情で返す。冷たさのある彼女は、だが、スバルが覚悟を決めたように息を吐いたのを見てほんの僅かに唇を緩めた
「使ったりしないわよ。まだこんなに一生懸命、あなたが頑張っているのに。 それに……ラムを巻き込めないわ」
言われて、ラムと呼ばれている少女を見る。目に見えて疲労しているにも関わらず、魔法と物理でエルザへと攻撃を仕掛ける少女。
「君のメイドさん?」
「あなたには関係ないと思うけど……えぇ、一応ね」
「なら、全員生還のハッピーエンド目指すしかねぇな」
スバルは棍棒を握りしめた。
外には出れない、得体の知れない結界は誰が仕掛けたものかも不明。
味方はエナジードレインで疲労困憊。
活路は見えない。
それでも
「ぁ……ぐ、アタシ、は」
「フェルト!」
目を覚ました少女に安堵の息が漏れる。隣のロム爺は相変わらず気を失ったままだ、頭部を狙い撃ちされたせいか。歳のせいか。
「動、ける……!」
体を起こそうとする少女をスバルは慌てて止める。
「無理すんなって! お子様は寝る時間だろ」
「茶化すんじゃ、ねー、兄ちゃんこそ寝てろよ」
背後で偽サテラとラムが戦っている。戦闘の音はスバルに恐怖を抱かせる。
フェルトはスバルに下がっていろと言いたいのだろう。
「生憎、役に立たないってのは嫌という程自覚してるぜ」
「なら__」
「石ころだって靴に入ればうざったくて仕方ないだろ」
「……は?」
ポカンと口を開けるフェルトに、スバルは続ける。
「黙って見とけよ、このナツキ・スバルが無様な勝利を掴むとこをさ。勝負に負けて試合に勝ったみたいな、って逆か?」
いまいち締まらない感じになったが、スバルは閉口するフェルトに背を向けた。
「俺は敵じゃねぇって感じだな、つまづいて転んでから小石に文句言っても遅いぜ」
全員で生還する、そう決めた。
スバルは風と氷が舞う戦いの中へ飛び込む。
意思も、彼らが戦っているのも外の誰かに伝わることはない。
聞こえないはずだし、実際聞こえていなかった。
「なら俺は全力でその背中を押す__!」
少年は、砂埃で汚れた右手を見えない壁に叩きつけた。
ガラスが割れる音が響き渡る。風が吹き付けるような錯覚に、スバルはその方向、扉を見る。
「全員無事か」
扉の向こうに、少年が立っていた。
スバルと同じ日本人の顔立ち。学生服を着ているから中高生位だろうか、これといって特徴はない少年だ。
強いて言うなら整髪料で立たせた髪が少しだけ印象的だが、それ以外に言うべきことがない。
そんな、ツンツン頭の平凡な少年が、結界を破っている。
「愚かね……帰れば、よかったのに」
知っている顔なのか、ラムが悔しげにそう呟いた。
少年は右手で結界の縁をなぞって、広げていく。
「人間、力を込めるな。右手以外で衝撃を加えればただでは済まないぞ」
どこから話しているのか、聞いた事のない声が聞こえた。姿は見えない。
「よそ見していたら脱落してしまうわよ」
目を奪われていたスバルは、体をかがめて懐に飛び込んできたエルザに反応できない。目を瞑ったスバルを守るように、氷の飛礫がエルザに襲いかかる。
「あっぶねぇ! ナイスフォロー!!」
スバルが棍棒を振り下ろす。
「__っく」
彼女も彼女で少しは結界の影響を受けていたのか僅かに焦りが見えたが、やはり難なくかわされる。
「油断しちゃダメ!」
偽サテラが声を上げるが、逆にスバルは踏み込んだ。
「おらぁっ!!」
体を回転させて、腹部に向かって足をめり込ませる。
「ぁぐっ……!」
ヒットした感触。しかし、呻いて顔を顰めたエルザは直ぐ表情を変えた。
そんな中、広がった結界の穴に少年が足をかける。
スバルはすかさず少年に叫んだ。
「ちょっとストップ!」
顎で必死にフェルトの方を示せば、少年は輪をくぐるような体制のまま止まると、結界の向こう側に体を引いた。穴を塞がないようにしている、どうやら伝わったらしい。
「早く!」
「フェルト!」
スバルと少年が、同時に呼びかけた。エルザが動き出す前にラムが風で妨害する。
素早く、けれど慎重にフェルトが穴へと走る。
「力を込めたらぶっ飛ぶ、気をつけろよ」
「経験済みだ、ありがとな兄ちゃん」
くぐり抜ける直前、そんなやり取りをしてフェルトの姿は外へと消えていった。
「さて」
少年が、部屋の中へと踏み込んだ。
「パック、マナとは違う力がどこら辺から発生しているか分かるか?」
「登場早々する質問じゃないなぁ。 カウンターの方からだよ」
「わかった」
短く言って少年はカウンターの方へ走っていく。
スバルはなんとなく、結界はあっちに任せれば大丈夫だと思った。
だから、自分はこのギリギリの戦いに身を投じるべきだと、確信する。
エルザは少年が邪魔者だと判断したのか、彼にターゲットを定めた。しかし、銀髪の少女、ラム、スバルが残りの力を振り絞りそれを阻止する。
「来たからには役に立ちなさい」
ラムは少年に背を向けて決定打を放った。少年は返すことなく、強く床を踏みつける。結果で全てを伝えるために。