「あの子のおかげで耐えられたけど、ここまでみたいだ」
「ありがとうパック、ゆっくり休んで。 後はこっちでどうにかするから、大丈夫」
精霊が眠たげに目を擦れば、銀髪の少女は労るようにそっと彼の頭を撫でた。
「__いざとなったら、オドを絞り出してでも僕を呼び出すんだよ」
彼女に何かあれば彼は全てを静けさに閉じ込める。
名残惜しそうにしながらも彼の姿は薄くなり、やがて光の残滓となって掻き消えた。
「私も、頑張らなくちゃ」
そう言って、彼女は討つべき敵へと手のひらをかざした。
大精霊が姿を消したのを背後に感じながら、上条は崩れたカウンターへと飛び込んだ。
やるべき事は示されている。
「箱、だったか? ああもう、分かんねぇぞ!!」
フードは軽い。上条は散乱した物を拾い上げては放り投げる。
「これは違うか、これも、あれは」
手当り次第右手で触っていくが反応は無い。
「っ、どれだ」
「頼む、早くしてくれ!!」
若干声を裏返しつつ菜月昴が叫んだ。
「わかってる!!」
重い体を叩くように声を張り上げて、上条は物を掴んでいく。
転がる盗品はどれもそれらしい形はしていない。
そもそも上条は壊すべき物の姿形を知らないのだ。
「箱、箱、箱……いや」
結界を構築している核は、ここの主であるロム爺が設置したものではない。
この場所で発動する必要があるなら、盗品としてやりとりされてしまっても困るだろう。
「比較的見えない場所、上じゃない、よな」
ロム爺の体格ならむしろ。
上条は木片を退けていく。そして、埋もれた棚の1段目へと手を突っ込んだ。
「……! マナが戻って……?」
銀髪の少女が驚いたように声を漏らした。
(オティヌスの方は終わったか)
壊すべき核は2つある。
1つはマナを奪い取るもの、そして、もう1つは結界を作り出しているもの。オティヌスが成功したことで、多少のマナは彼女達へと戻ったようだ。
「あと、少し……!」
棚の中に突っ込んだ手を振り回すと、つるりとしたものに当たった。倒れた何かが転がる音がする。同時に、カツンと角のある物体がぶつかる音。
上条は奥に転がる前にそれを手に取って引きずり出す。
「……花瓶……? あ」
壺にも見える上が細い容器。陶器だろう、中に何か入っているらしく、軽く揺らせば振動が手に伝わってくる。
上条は細い口部分を両手で掴み、破片が飛び散るのも構わず棚に叩きつけた。
砕けた花瓶の欠片が頬を掠めるも上条は目を閉じない。中に入っていた木製の箱がその姿を現し、重力に従って落下する。
それを、右手で受け止めた。
空気に亀裂が入り、弾ける。
ガラスが割れるような音と共に、空気が変わった。
なんの音も聞こえない、そんな感覚。上条は、ゆっくりと振り返って
「__そこまでだ」
彼ら、彼女らの戦いをその目に映す前に火柱が全てをかき消した。
激しく揺れる家屋、いや、天井を無くしたそれを家屋と呼んでいいものか。
「危ないところだったけど、間に合ってなによりだ。彼女を信じてよかったよ」
土煙を切り裂く声がした。星が瞬く夜空の下で火炎が揺らめいている。
「__さぁ」
炎と見紛うその青年は、空色を瞬かせて緩く微笑んだ。
「舞台の幕を引こうか__!」
高らかに謳う一人の英雄の姿を最後に、上条の視界がブレた。
△△△△△△△△△△
扉の向こうへと消えた上条を確認して、オティヌスは入口の階段から地面へと飛び降りた。
マナとやらを集めている核の居所はもう既に把握している。一つ問題があるとすれば、オティヌス自身でそれを壊すことが出来ないという点か。だが
「手間だ、先に回収しとくか」
さてあの落第生は上手いことやれるだろうか、いや、やってもらわなければ困る。不敵に笑みを浮かべて、オティヌスは目的の場所へと走り去った。
「あぁクソ! この体は厄介すぎる!!」
5分後、彼女には大きすぎるティーカップを引き摺ってオティヌスは盗品蔵の前まで戻ってきた。ひと仕事終えた気分である。隠されていたのが近い場所だったのが幸いか。
「貴女は……」
ティーカップに寄りかかり、小さい体で叫んだオティヌスに影がかかる。見上げれば夕日に照らされ燃えるような赤を纏った青年がこちらを見ていた。
「ラインハルト、と言ったか」
「知っていただけているようでなによりですよ」
「……この姿の私を見てもその反応とはな」
さすがはファンタジー、と言ったところなのか。青年は優しげに笑うだけで、敵意は見えない。それよりも、だ。
「私を知っているような口ぶりだったな?」
「先ほどお会いしたばかりなので 」
「ほう」
得体の知れない男。ラインハルトと顔を合わせ最初に抱いた印象はそれだった。胡散臭さとは違う、そういった手合いの人間では無いだろう。
まるで木の板で作られた看板のような人間、骨の髄まで染み付いた英雄性、いや、英雄に人間を纏わせた、という方が正しいか。
上条当麻とは違うが、これもまた選択肢の存在しない人間だろう。
「随分と頼もしい援軍だ」
その言葉に含まれたものを感じているのか、いないのか、ラインハルトはまた笑うだけだった。
「はーっ、ちょっ、あたしを置いてくな! ってなんだこのちっこいの」
荒い呼吸で追いついてきたフェルトが、オティヌスを見下ろしながら煩わしい虫を見た目付きをした、心外である。蚊じゃないんだぞ。
「今は許すが覚えとけよ小娘」
「精霊? にしちゃなんか禍々しいな……」
「おいコラ。この世界の分類なぞ知るか、用があるのはそこの騎士だけなんだよ」
禍々しいとはなんだこちとらこのサイズだろうが神は神だぞ。前提の世界観が違うのはどうしようもないので心の中だけにとどめつつ、オティヌスはラインハルトを人差し指で手招きする。
核ならともかく、張られている結界そのものはいくらラインハルトでも壊せない、万が一壊せたとしても中の人間はタダじゃ済まないだろう。
「これを破壊しろ」
ティーカップは形を崩されれば効力は消える。破壊はこの世界の者でも構わない。
魔術仕込みの結界を知らなくても、何かがある、とこの英雄は理解しているだろう。言葉を省くオティヌスに聞き返すことはせず、ラインハルトはただ頷くと、軽い動作でティーカップを砕いた。信用していただけたらしい。
「さて、間もなく結界は消える__英雄様の出番だな?」
オティヌスは笑って中の様子も知らずに言ってのけた。上条当麻は確実に結界を消すと分かっているから。
△△△△△△△△△
「尋常じゃ、ねぇな。 俺も茶化す気力もわかねぇよ」
圧巻。最早スバルに介入する隙は無い。それは他のメンツも同じようで。
いそいそと戦場から離脱したスバルがロム爺の様子を確認していると、銀髪の少女が話しかけてきた。
「その人、大丈夫そうなの?」
返答はあったがやはりロム爺の怪我の具合は良くないらしく、彼女は一言呟くと、手のひらをかざした。空気そのものが染まるように青く輝きはじめる。回復魔法、みたいなもんだろうか。
「………いいのかよ?」
茶化さず聞くあたり、スバルも相当疲れているらしい。マナのことはさっぱりだが、一度体からマナとやら逃げたせいで疲労感が凄い。
「これは私のため、情報を聞き出すのなら無事に治ってもらわないと困るもの。 それに、命の恩人相手に嘘なんてきっとつかないわ」
偽サテラは前を向いたままそう返して治療を続ける。善意を偽善で覆い隠す遠回しな彼女にスバルは苦笑した。
「こちらもお願いできますか」
第三者の声に体が跳ねる。そうだまだ登場人物がいた。振り向けばメイドの少女、確かラムと呼ばれていたか、が肩に腕を回して少年を担ぎながら険しい顔をしていた。乱入者の少年は気を失っているようで、だらりと重力に従って垂れる腕が揺れている。
「い、生きてんのか?」
あまりに生を感じないそれを見て、スバルが恐る恐る聞く。しかしこの少年、直接的な戦闘には参加していなかったはずだ。
「……貴方が誰かは聞かないでおくわ。 死んではいませんが、何故こうなっているかは不明です。 怪我はしてな__」
「ちょっ、ちょっと待ってラム、その子、どうなって」
スバルに冷たく言い放ち、それから端的に説明するラム。だが偽サテラは少年の体を見ると目を丸くしてそれを遮った。治療は止めていないのは魔法を使うのに慣れているからか、器用なのか。
「__分かりません、最初から妙でしたが……さらに悪化してる」
二人の様子に、スバルは首を傾げるだけだ。一体なんの話しをしているのか。ラムが言いかけたように怪我はしてないようだが。
「マナが全然無い、それどころか、消えて……?」
銀髪の少女は迷ったように視線をさ迷わせる。戦いの中にいるラインハルトとエルザの攻防は、まるで互角のように映る。ラインハルトは治療している彼女に気を遣って制限しているのだ。彼のためにも早く治療を終えなければならない、二人も治療するのは難しいだろう。
それに、少年がこうなっている理由が彼女には分からなかった。
「……この子は後に回します。その方が良いと思うわ、早く戦いを終わらせないと」
「専門家に文句は言わねぇけど……ラインハルトは勝てんのか!?」
負けるビジョンは浮かばないのだが、かといってラインハルトが善戦しているようには見えなかった。いや、余裕はあるのだが、決め手に欠けている様に思える。
「彼が戦う気になれば勝てるわ、ラインハルトだもの」
剣聖と呼ばれるだけあってか、信頼されているらしい。しかしスバルはそんな彼女とは裏腹に不平を漏らした。
「ならなんで本気でやんないんだよ?」
八つ当たりのような口調になってしまい、スバルはしまった、と無い続きを編み出そうとして何も言えなかった。彼女の魔法のおかげでロム爺の出血は止まってきたが、きっと完璧じゃないはずだ。怪我人がいるのはラインハルトも気づいているはずなのに、なぜ本気で戦えないのか見当がつかない。
「……私が精霊術を使っているから、彼は本気が出せないの。でももう、治療は終わる」
「どういう因果関係?」
「ラインハルトが戦うつもりになれば、私は大気中のマナにそっぽ向かれちゃうもの。__お願い、彼に声をかけて、治療が終わったって」
前提知識ゼロには理解できない説明だったが戸惑いつつも了承すると、スバルは戦闘の音が鳴り響く方へ振り向きながら深呼吸した。
「__ラインハルト! よくわからんが、やっちまえ!」
青色が一瞬こちらを捉える。スバルと視線を合わせ、ラインハルトは僅かに顎を引いて応えた。
「__何を見せてくれるの?」
「アストレア家の剣撃を__」
対峙した二人のそんな短いやり取りからすぐに空気が変わる。蜃気楼のような空間の歪みを感じ、確かな感触を求めて床を撫でた。心なしか部屋の明るさが失われた気がする。実際に起こっているのかそう感じるだけなのか判断がつかない、あまりに実体的すぎる。
「っ……え、あれ、おい」
「ごめん、なさい……」
下がる気温に自分の肩を抱こうとした瞬間、か細い声と共に少女に寄りかかられ心臓が跳ねる。
「大丈夫? って、そっちもか!?」
浅く吐き出される呼吸は苦しそうで、跳ねた心臓が不安で早さを増した。更に、寄りかかる少女の向こうしゃがみこむ桃色に唖然とする。
これは、あれか、さきほどから飛び交っているマナとやらに関連しているのかもしれない。そういえばさっき自分も少しだけ体がだるくなったなとスバルは考える。彼女達は相当消費してたし、ダメージがあるのだろうか。
二人の様子に聞くのも躊躇われる。もっとも、スバルの言葉を封じたのはそれだけではない。
部屋の中央、この室内の空気を変えた根源であるラインハルトが両手剣を構えた。
今までも彼は戦っていたはずで、だから当然剣を持っていたはずだ。
そう、持っていた。
ここで初めて、ラインハルトは剣を構えたのだ。
言い表すならばそれしかないだろうと、スバルは肌で感じていた。
「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
「__『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」
唇を舐めて名乗りを上げるエルザに、ラインハルトは厳かに頷いて応じる。
それ以上の言葉はなかった。
この一騎打ちで終わりが来るだろう。勝ち負けという次元の話ではない。目の前の光景が、まるで物語の終結のように思えた。
息を呑むスバルは食い入るようにそのワンシーンを見つめている。
先に動いたのが、果たしてどちらだったのか、そんなことは問題ではなかった。
白が半壊した盗品蔵を、世界を、引き裂いた。眩しさで反射的に目を細めたのは一瞬、弾かれた全てが正しい位置に帰ろうと内側へ向かい、暴風が大気の叫びとなってスバル達を襲う。偽サテラとロム爺、それから必死になって引き寄せたラムと少年を、唯一しっかりと意識を保っていたスバルは庇った。
「なん___ッ!? おい、おい、おい___ッ!!」
劇場で終わりを見届けるような、そんな感情から一転。暴れ回る廃材、風、その痛みが、現実のものだと実感させる。物語の終結、とはいっても、たった一振でこの有様とは想像していなかった。
ジェットコースターは叫んだ方が気が紛れるが、これは流石に叫んでもどうにもならない。それでもスバルは声を上げて痛みと風を耐え凌ぐ。
嵐がそよ風になり、ようやく呼吸が楽になってきた頃、巻き上げられた廃材が地に打ち付けられる音があちこちから鳴り響いた。
最早家屋と呼ぶのもおこがましい出来栄えになった盗品蔵の中を見てスバルはぽかんと口を開けた。
「なにが化け物狩りは自分の領分だ。 お前のが十分化け物じゃねぇか!」
「そう言われると、さすがに僕も傷付くよ、スバル」
振り返る青年は僅かに汗を浮かばせながらも余裕そうだ。風のせいで髪はかなり乱れてしまっているが構わず、彼は手の中にある剣を胸元まで上げた。
「無理をさせてしまったね。ゆっくり、おやすみ」
月明かりの下、ラインハルトは崩れていく剣へ最後の挨拶を送る。鋼が刃が朽ち果てるなんて本来ならばありえないがこの景色を見れば納得してしまう、粗末な作りの剣では耐えきれなかったのだ。
そして、そんな一撃まともに受けたエルザは、
「死体どころか影すら残ってねぇ……これが剣振っただけの現場か?」
彼女がいた場所は文字通り何もなかった。風通しが良くなったどころか、ほぼ外である。僅かに残った壁達も、いつ限界を迎えてもおかしくない。
スバルは黒衣の長身を探そうとしてすぐに辞めた、これで生きているなら化け物どころではない。
「……やっと」
強ばっていた体の力が抜けた。数年ぶりに息をしたような気すらする。それでもまだ実感できていないものを確かめるように、隣の存在を思う。
「無事に、終わったの?」
弱々しくも生気の宿る紫紺の瞳に、スバルが映る。
「ああ、ホントの意味でどうにかな」
問いかけの答えを聞いて、ふらつく足で立ち上がろうする少女をスバルは支える。頼りなげな足で立ち上がった彼女からそっと手を離した。
己の銀髪を梳き、衣服の砂埃をそっと払う彼女をスバルは眺める。
「……いやらしい」
横から尖った声がスバルを突き刺した。
「違うからね!? 変な意味で見てた訳じゃ__って」
弁明の途中で、声の主に気づき慌てて首を動かした。
「ラム、動いて大丈夫なの?」
「えぇ、こちらは心配ありません」
スバルよりも先に、偽サテラが口を開く。辛いのか眉根を寄せるラムは、けれどはっきりとした口調を崩さない。
「全員生還のハッピーエンドだな!!」
「よく分からないけど。そうね、皆生きてる」
「君の手足はもちろん、頭もついてるし」
「……恐いこと言わないでくれる?」
「俺の手足もついてるし、背中にナイフも生えていなけりゃ、腹にでかい風穴が開いてたりもしないぜ!」
置いてけぼりの彼女たちを前に、スバルは親指を立てて歯を光らせる。いつの間にやら立ち上がっていたラムは、おかしいものを見る目で少女との間に割って入った。
「まるで生えてたり開いてた事があるみたいな言い方ね、まだ貴方が何者か知らないラムには不審者にしか見えないわ」
「随分と手厳しいメイドさんだ、けどそうだよな……」
まだ、彼女達とは初めましてなのだ。このメイドさんとはスバルから見てもマジで初めましてだが。
それにしても、メイドがいるってことは偽サテラはいいとこのお嬢様だったりするのだろうか。気品感じる容姿から納得はするが、とスバルが途中で言葉を止めていると、ラムが何かに気づいたように視線を逸らした。
「ッ……」
見れば、気を失っていた少年がうっすらと目を開けていた。まだ意識が朦朧としているのか体が動かせないのか、瞳だけで周囲を確認している。
「これは」
続いて気づいたラインハルトが、傍に座って少年の状態を確認する。
「そんなに酷いのかよ?」
「いや、直ぐに命の危険がある訳じゃないよ」
聞いて、スバルは胸を撫で下ろすと。少年の見た目に違和感を覚えた。この少年、明らかに現代の衣服を纏っている。デザイン的な話だけではない。スバルも詳しくはないためほぼ感覚だが、生地の縫い目や質感が他の皆のそれとは違うのだ。異世界にしてはあまりに人工的すぎる、とでも言えばいいのか。
ここに召喚された身だからこそ分かる、この少年はスバルと同じだ。
「あぁそうだ、会えて良かった。 スバルの探し人とは違うみたいだけど、顔見知りなんだろう?」
「知り合い? 俺が? こいつと?」
少年の傍にしゃがみこんでこちらを見上げるラインハルトに、思わず聞き返す。
「違うのかい? 彼は君を探していたようだったよ」
改めて少年の顔を眺めてみるが、見覚えはなかった。同じく召喚されたのだとしたら知り合いの可能性はあるが、着ているのが彼の制服なら学校は明らかに違うし、一方的に覚えられているような存在は心当たりが無い。
「えぇ?」
なにか既視感があるような気がしたが、思い出す前に通り過ぎてしまった。
「ま、後で考えるか! そういや、ラインハルト。 まだ礼言ってなかったな。マジ助かった! さっきの路地のことといい、俺の心の叫びが聞こえたのかよ、友よ」
「それができたなら僕も胸を張るんだけどね、友達くん」
肩を竦めたラインハルトは心苦しげな顔をして、顎で誰もいないはずの場所を示す。
「お」
示された場所を辿れば、金髪を揺らす少女の姿を捉えて口元が綻ぶ。
「僕がここに来れたのは彼女のおかげだよ、その後は騎士の務めを果たしただけさ」
「騎士の務めってボロボロの廃屋を平たくすること?」
「それって意地悪すぎやしないかい、スバル」
痛いところを突かれたと胸を押さえるラインハルトは変わらず親しみやすい、がそれが逆に恐ろしくもある。スバルはそんな彼に笑って、フェルトの方へ歩み寄った。
「あの子は……」
後ろから聞こえた疑問の声に、スバルは慌てて偽サテラの方へ向き直り通せんぼの姿勢になる。
すると、彼女を挟んで向こうでラインハルトがなにやら少年と話しているのが見えた。
偽サテラはそれに気づかずこちらへと近づいてくる。
「___スバル!」
驚いた顔をしたラインハルトがこちらに向かって叫び、それにつられて彼女が斬撃跡に背を向ける形でラインハルトの方へと振り返った。
△△△△△△△△△
意識が浮上しても、酷い倦怠感で体が動かせなかった。ぼやける視界でなんとか周りを見渡せば空が見えた。それから、赤い何かが近づいてきて、こちらの様子を伺っている。
段々とピントが合っていき、ようやくそれがラインハルトだと認識した。
(戦いは終わってる? いや、けど、今どの地点だ)
必死で頭を回す、二度目の襲撃はもう終わってしまったのか。会話を聞き取ろうと神経を集中させる。
「__後は騎士の務めを果たしただけさ」
この台詞は後だったか、先だったか。フェルトと再会するのは、確か__
「ラ、イン、ハルト……!」
喉から音を絞り出す。呼ばれた剣聖は、上条の様子を見て表情を切り替えた。上条の訴えを聞き取ろうとして、彼はしゃがんだまま体を少し前に倒した。
「……まだ、だ」
瞬間、理解したラインハルトが上体を跳ね上げさせ鋭く叫んだ。
「__スバル! 」
吹き飛ばされ宙を舞う廃材が地面にぶつかる音がした時には、影は既にエミリアの背後に迫っていた。
「狙いは腹ぁぁぁぁっ!!」
間に合うのはただ一人だけ。
「この子はまた邪魔を__」
悔しげに舌を鳴らすエルザ。
襲撃は失敗した、誰の命も奪うことはなかった。しかし上条は力の入らない拳を地に叩きつける。菜月昴が負傷する未来は変えられていない。
物語の中で重要なポイント以外なら、変えても上条は殺されないだろう。負傷しなくても、きっと菜月昴はエミリアの屋敷へ招かれる。せめて、ここは避けたかったが。
思考する上条をよそに物語は進行する。意識をつなごうとするも虚しく瞼が落ちてきた。残った意識に、彼らのやり取りだけ耳から届く。
「__ありがとう、スバル」
エミリアが、スバルの名前を呼んだ。それが全てだ。色々あったが、そのために上条も走ったのだから。随分とボロボロだがいつものことだ。
嫉妬の魔女には言いたいことが山ほどあるし、このまま家に帰れるとも思えないが。
まあ、でも、良かった。
「やりきった顔をしているな?」
極寒のオーラに意識が叩き起される。
錆びたロボットみたいに顔を横に向ければ眼前に仁王立ちの神様がいた。
何を怒っているのか全く分からないが、怒っているのは分かる。
「起きたら覚えてろよ」
オティヌスの怒りは主にラムに止められても突っ走ったり、死ににいったり、いつも通り一人でやろうとしたりetcなのだが、限界値を迎えている上条は察することはできない。ただ体の大きさからは信じられない殺気を纏うオティヌスに怯えるだけだ。
「お、俺、今こんな状態なんですが……」
「だから、起きたら、覚えてろよ」
覚醒の時を思い静かに涙しながら上条は口を開いた。
「ふ、不幸だ……!」
二章も頑張ろう