「――私さ、ルビーもこの先。もしかしたらアイドルになるかもって思ってて……」
私は薄れ行く意識の中、決してアクアを離すこと無く……扉の奥にいるであろうルビーに話しかける。
「いつかなんか上手くいったら、親子共演みたいなさ……たのしそうだよね?」
「…………」
「アクアは役者さん? 二人はどんな大人になるのかな?」
私は上手く呂律が回らない舌で、嘘ばっかりついた表現力の微塵も無い言葉で、子供達に言葉を残す。
上手く頭は回らない、けど何か言わないといけない。
「あー、ランドセル。小学校の入学式も見たいし、授業参観とかさー。ルビーのママ若すぎない~とか言われたい……」
腹部に感じる痛みなんて、今はどうでも良かった。
何か言わないと、愛したい家族に……初めて出来た母親としての愛情。このあふれ出す気持ちを。
時間が全然足りない、足りるはずが無い。
――もっと、この子達と一緒にいたかった。もっと愛したかった。
「他には……他には……」
そして、やっと言えた。
こんな状況で、こんな危機にならなければ言えなかった。本当の感情、本当の愛情。
「ルビー……アクア……」
――愛してる。
ああ、やっとだ。
やっと言えた。
言うのが遅くなってごめんなさい、こんな母親でごめんなさい。
でも
この言葉は絶対……嘘じゃ無い。
□ □ □
「やあ我が妹。死んでしまうとは情けない」
私が次に目が覚めた場所は、恐らくあの世だった。
真っ白な空間で何も無い、環境音や雑音もせず気が狂いそうな場所だが、何故か落ち着く場所。
「……お兄ちゃん」
そして、そこで久々の家族と再会した。
それは星野アイというアイドルを……いや自分という存在自体を子供の頃からずっっっっと見守り支え、背中を押してくれた実の兄であった。
「……また、会えたね」
「ああ、そうだな」
私のぼそっという言葉に、お兄ちゃんはただ呟く。
「ずっと、天国で見ててくれた? 私、がんばったよ?」
「ああ」
「いっぱい辛いけどアイドル目指して、アイドルでずっと頑張って……お兄ちゃんがいなくても頑張ったよ」
私は、いつの間にか涙がこぼれていた。
自分にとって兄という存在は本当に絶対的な存在だった。
母親の暴力から守ってくれた、そして母親の暴力を受けてもなおいつも私を心配してくれた。
「ずっとずっと……泣かないで頑張ったよ」
「ああ、偉いな」
涙ながらに笑顔を見せる私を、お兄ちゃんは優しく撫でてくれた。
孤児院で生活していたときもそう、ずっと助けてくれたのは、ずっと本当の意味で愛してくれたのはお兄ちゃんだった。
――お兄ちゃんがいたから、アイドルとして頑張ろうと何度も支えられたのだ。
「私……ちゃんとアイドルとして頑張れてたかな。ちゃんと、お母さんになれてたかな」
「ああ、必ずな」
私の不安が混じったその言葉にお兄ちゃんは優しく頷き、クスリと笑った。
「しかし因果な物だ、お前も愛する者をかばって死ぬとはな。死に際までお兄ちゃんと一緒、ってか」
「ふふっ、そうだね。私がアイドルになった日……お兄ちゃんがかばってくれたあの時と同じだね」
私がアイドルになった記念日、それは最愛の兄を失った命日でもある。アイドルになったあの日、真夜中に何者かに包丁で襲撃され、もう駄目だと思ったあの時だ。
兄は私と同じように……愛する私を助けたのだ。
「今ならお兄ちゃんが私を、なんであそこまで守ってくれたのか」
「…………」
「こんな私を大好きでいてくれたのか……今ならわかる」
私は、お兄ちゃんに満面の笑みを浮かべてこういった。
「大好きなことに……愛する人を助けることに、理由なんて無いって」
ずっと、悲しかった。
なんで私なんかのためにお兄ちゃんが犠牲にならなければならなかったのか、あの時に私が死ねたら、どれだけ楽だったかと。
そんなことをずっと考えていた。
しかし、情けない話だが、兄のその行動を理解できたのは……愛を本当に知った今になってから。
お兄ちゃんは私が思うほどの比じゃ無いくらい。
――自分を愛してくれていたのだと。
「……もうお前を子供扱いは出来そうに無いな」
「え?」
「お前は、立派で大人な女性……母になったようだ」
「……うんっ」
お兄ちゃんの素直な褒める言葉。
私は照れくさくなり目をそらしてしまうが、すぐにすぐにはにかんだような笑顔を見せた。
□ □ □
「うぁあああああああぁああああああ――ッ」
「前言撤回だ。お前はまだグズる妹のままみたいだな」
が、そんな彼女の大人の女性としての顔は一瞬にして崩壊することとなった。
アイがこの『あの世』に来て数分にも満たないうちに、彼女はその場に直立のまま突っ伏して涙を流した。
「出来れば俺はな? お前の子が心配かと訪ねても……表面上くらいは『あの子達なら大丈夫、わたしの自慢の双子だから』程度には言ってほしかったんだが?」
「だって、だってぇ……」
無様としか言えない大人な姿なだけの駄目妹(アイ)を見て、兄は大きくため息をつく。
「ご飯ちゃんと食べてるかな? お金の管理は? 誰か頼る人はいるの? あの人みたいな殴る人はいないよね?」
「俺が知るわけ無いだろ。つうかもうあの世にいるんだから、無意味な心配で騒ぐな」
「無意味とはなに!? 私は――」
「無意味さ『死んだくせにあの世では心配してました』なんて娘息子に言う気か?」
兄のその言葉に、うぐっとアイは口をつぐんだ。
「心配するくらいなら勝手に死ぬなって話だ」
「ぅぅ」
「心配するのは結構だが、幼い子供達は『親がアイドル』という肩書きの上に『その親は死んでいる』という状況だ。恨まれても可笑しくないことは自覚しろ」
「うぅ……」
兄の言葉にぐうの音も出ない。
兄は親という存在を心の底から憎み、毒親やDV親を軽蔑している。
確かに隠してるとはいえ、もしバレたら『アイドルが親であるという過度な期待』『親が死んでいるという哀れみの目』それを受けてもなお誰も助けてくれない。
恨まれても仕方が無い。
「それは、そうなんだけど。そういわれたら……何も言えないけど。それでも、どれだけ嫌われても私はあの子達を愛したい」
「…………」
「自分が未熟な親な事もわかってる、まだお兄ちゃんからしてみれば子供な妹でしか無いのもわかってる。けど――」
アイは拳を握りしめ、こういった。
「私は……母親だから、アイドルだから。嘘の愛を本当にしなきゃいけないの」
「……そうか」
兄は私の言葉を聞き終えるとふっと笑い、こういった。
「んじゃ、第二の人生と行きますか?」