原作はほぼダイジェストなので、原作既読推奨です。
『もし、芸能人の子供に生まれていたらと、考えたことはある?』
『容姿やコネクションを産まれた時から持ち合わせていたらと』
『もし、生まれ変わったら―――
拝啓、天国にいるさりなちゃんへ。
俺、雨宮吾郎は現在………
「いいこでちゅね
赤ちゃんになって推しのアイドルに抱かれています。
「(問題はそこじゃな…いや十分問題だけど、今の俺にはそれ以上の問題があるんだ…)」
殺されて転生したこと?双子の妹の
―――たしかに問題だ。どれか一つでも非常にヤバい。だが、今の俺にとってはそれらを超える問題があったのだ。
「(なんで俺も女なんだよー!)オギャアア!」
「(ママ抱っこしてー!)はんぎゃー!」
「おお、アクアもルビーも元気だねぇ」
そう、転生した俺は女の子になっていたのである!!
「(推しのアイドルが母親で天国…女の体になって地獄…つまり今は煉獄にいるってことか)」
赤ちゃんになったことは何とか受け入れることが出来たが、女になったことはまだまだ受け入れられそうにない。将来を考えるだけで憂鬱になる…
「どうしたのお姉ちゃん?大丈夫?」
「…気にしないで」
「?」
アンチと壮絶なリプ合戦を繰り広げていたルビーを目撃したことで、俺は妹も中身が転生者であることがわかった。こいつはどうやら前世も女だったようなのだ。しかもアイ推しのかなり重度のドルオタ。
…俺は自分の前世が男であると気取られないよう、『前世ではそれなりの年齢だった大人の女性』のふりをしている。
だって中身がアラサーの男ってバレたらヤバいだろ。ルビーは狂信的と言ってもいいアイのファン…俺の前世の性別がバレたら何を言ってくるかわかったものではない。いや、それどころか俺を家から排除しようとするかもしれない。普通に怖い。
俺は前世が産婦人科医だった。
当然、患者は女性がメインだったし、常日頃から女性の看護婦とも交流があった。プライベートでも女の子と遊んだ経験はそれなりにある。
それらの経験や知識を活かし、今まで何とかルビーにバレないよう振る舞うことが出来ている。とはいえ、うまくいきすぎているような気もするので、もしかしたらこの体に演技の才能があるのかもしれない。まぁ天才であるアイの子供なんだ、そういう才能があってもおかしくはないだろう。
「きゃーーっ!ママかわいすぎー!視聴者全員億支払うべき!!」
「…」
アイのアイドル活動復帰後の初番組。生放送の歌番組であるNステを見ながら興奮して鼻息を荒くしているルビーを後ろで静かに見守る。
本当は俺も一緒に騒ぎたいんだが、俺はルビーに対してちょっとクールで知的な女性っぽい感じで接している。ここで騒いでしまうとキャラ崩壊してルビーに疑われてしまうかもしれない。
あと、女になったショックを引きずってるせいでいまいち楽しい気分になれなかった。
「ルビー、ミヤコが起きちゃうから、騒ぐのはほどほどにね」
「はーい!」
「お姉ちゃんはなんでおっぱい吸わないの?」
「…」
ある時、ルビーが頭がおかしいことを言い始めた。
俺はこれでも元成人男性の最後の意地として、アイドルに授乳させるわけにはいかなかった。基本的にミルクは哺乳瓶で飲むし、お風呂でもアイの裸は見ないように気を付けている。着替えの時だってそうだ。
「今は私たち赤ちゃんなんだしさ、遠慮なく吸えばいいのに」
「…私まで吸ったら、ルビーの分が足りなくなるかもしれないでしょ。私のことは気にしないでいいから」
「お姉ちゃん……優しい!お姉ちゃん好きー!」
「(可愛いんだよなぁこいつ…)」
俺はルビーに懐かれていた。
まだまだ付き合いは浅いが、こいつの前世がどうやら子供であるらしいということはわかってきた。姉である俺や母親であるアイへの甘えっぷりはすごい、この娘の前世は愛情に飢えていたのだろうか。
…幼くして亡くなり、家族の愛情に飢えている、か。
あまり深く考えるのはよくなさそうだ。
こいつの前世について突っ込んだ質問はしないようにしよう。
前世の性別を偽っていることに罪悪感を抱きつつも、俺はルビーの頭を優しく撫で続けた。
「これでよかったのかな…?」
上機嫌な様子で家の掃除をしているミヤコ…苺プロダクションの社長の妻、斉藤ミヤコを見ながらルビーが不安そうに問いかけて来る。
社長夫人という立場に相応しくないベビーシッターという仕事。ミヤコはついに自身の境遇に我慢出来なくなったのか、母子手帳を撮影してアイのスキャンダルネタを某有名な出版社に売ろうとしていたのだ。
さすがに看過出来ず、俺とルビーは連携して『神の使い』を名乗り、ミヤコを半ば洗脳する形で説得、どうにか暴挙を止めることが出来た。
「仕方ない。乳児が活動するには大人の協力者が必要よ…外に出るためにも」
「外!?」
「そう…うまくミヤコを使えば、アイのライブを見に行けるかもね」
「やったー!」
しかし、俺はこの体に演技の才能があることは自覚していたが、妹のルビーも大したものだった。
「ルビー、さっきの演技凄かったよ」
「え?そ、そうかな」
「きっと才能ね。将来はすごい女優になるかもしれないよ」
「将来…」
どこか物憂げな顔で虚空を見つめるルビーは、ぽつりと呟いた。
「考えたことなかった…」
「…」
将来を考えたことすらないとは…
俺が思っていたよりも、ルビーの前世は闇が深いものだったのかもしれない。
「(…可能な限り優しくしてやろう。中身はどうあれ、ルビーは今世の俺のたった一人の妹だもんな)」
「やっちゃったね…」
「そうね…」
ミヤコにお願い(という名の命令)をして、俺達はアイのミニライブを見に行った。
ルビーは最近のアイが落ち込んでいたことを気にしていたらしく、どうしても心配で来たかったらしい。
おそらく嘘ではないだろうが、アイのライブを生で見たかった、という理由も大きいのだろう。ま、俺も生でライブ見れて嬉しかったけど。
「お姉ちゃんもオタ芸やるんだね。ちょっと意外かも」
「うっ…ま、まぁ私もアイのファンだし、多少はね」
「(多少ってレベルじゃなかったような…)」
さ、さすがに生ライブはテレビで見るのとはわけが違うのだ。
ライブを見ている時は女の体のこととかすっかり忘れて興奮してしまった。これでは今までのクール系お姉さんのイメージが…
「オタ芸やってるお姉ちゃんも好きー!」
「あ、ありがとう…」
「ママも元気になってくれたし、次も一緒にライブ見に行こうね!」
うぅむ………まぁ、ルビーの言う通り、アイはなぜか元気になってくれたし、結果オーライ…で、いいのだろうか?
「(普段はクールなのに、あんなにはしゃいで…これがギャップ萌えなのかな…)」
ミニライブから1年が経ち、俺達は立ったり喋ったりしても怪しまれない程度に大きくなった。
「ママァ!ママァ!よしよししてぇ!」
「ん?よしよーし…ルビーはあまえんぼさんだねぇ」
ルビーはすっかりママっ子になり、アイが家にいる間は四六時中くっついて回っている。アイも満更ではないのか、ついてくるルビーによく構っており、その様子は仲睦まじい親子にしか見えなかった。
俺が推測したルビーの前世が正しいのなら、妹にはぜひ存分に母親に甘えてほしいと思う。
俺は今更(精神年齢的には)母親に甘える歳じゃないし、そもそもルビーのようにアイに甘えるという行為そのものが出来ない。なにせアイを母親だと認識出来てないからな。俺にとってアイは推しのアイドルであって、それ以上でも以下でもないのだ。
俺はルビーがアイと戯れている間、ミヤコが買ってきてくれた分厚い推理小説を読んでいた。
「…」
「ママどうしたの?」
「…ううん。何でもないよー」
「(体が持たん…今は女の体とはいえ、やっぱりキツイ)」
アイはミニライブでなにかを掴んだのか、以前よりも着実に仕事を増やし続けていた。
今日はその集大成としてアイが初めて出演するドラマの撮影日なのだ。俺とルビーは何とかついて行くためにミヤコに頼み込み(命令ともいう)、撮影現場まで同行することになった。
強面の監督にビビりながらも、俺たち双子は出演女優の皆さんに可愛がられていた。
自慢じゃないが、俺もルビーも容姿が良いし、中身が中身なので泣いたりはしゃぎまわったりして現場に迷惑をかけることもない。女優の皆さんからは扱いやすくて可愛い幼児と認識されたのだろう、まるでぬいぐるみかペット扱いである。
ルビーは年上の綺麗な女性に甘えまくって楽しんでいるようだが、俺としては中々キツイ状況だった。いや、多少は楽しんだけどね…
「ん?マネージャーのガキじゃねぇか」
俺は一人抜け出して廊下をふらついていたのだが、そこで強面の監督と出くわした。
泣きだしたら締め出す…と、一歳児相手にも容赦のない言葉を浴びせて来る監督に対し、俺は思わず社会人だった頃の癖で対応してしまい、監督に目をつけられることになる。
―――ここで出会った監督…五反田泰志とはその後も長い付き合いになるのだが、この時の俺は厄介そうな人に目をつけられたな、程度にしか考えていなかった。
「(面白れぇな、あの早熟………くたびれたOLみたいな雰囲気はちと気になるが)」
「(うまくいった…よな)」
「…」
アイの初ドラマの撮影から幾日か経った頃。
放送されたドラマにはアイの出演シーンがわずかしかなかった。
落ち込んでいる?アイの相手をルビーに任せ、俺は憤慨して五反田監督に貰った名刺の電話番号へ連絡した。
…その結果、なぜか俺が映画に出演することと引き換えにアイを起用してくれることになった。
正直あの監督が考えていることはまったくわからないが、アイを使ってくれるならと、俺は渋々了承して苺プロ所属の子役として出演することになった。
「ママぁぁああ!なんでママいないのー!」
「あぁほら、よしよし…」
「うぅぅ…」
「ちょっと!ここはプロの現場なんだけど!」
生憎だがアイとは撮影日が違うため、今日はミヤコと俺たち双子の三人で現場に来ている。アイがいないせいでぐずるルビーを何とか落ち着かせていると、見知らぬ赤毛の女の子がやって来た。
女の子の名前は有馬かな。
重曹を舐め…じゃない。十秒で泣ける天才子役として有名らしい。ドラマとか見ないからわからん…
俺たちのような転生者じゃないだろうに、随分とハキハキ話す子だと最初は感心したが、散々アイや俺たちを貶める言葉を言い放って去って行ってしまった。
「お姉ちゃん…」
「ガキが…舐めてると潰すぞ…」
「(お、お姉ちゃん怖い…)」
俺は胸の内に有馬かなへの憎悪をしまい込み、映画の撮影に向かった。
映画の内容としては典型的なジャパニーズホラーだ。
山奥にある怪しい病院に、容姿に自信のない女が整形を受けるためにやってくる…みたいな感じ。
俺の役は有馬かなと同じで、村の入り口で主人公の女と出会う不気味な子供だ。
今世の体が演技の才能を持っているとはいえ、相手は天才子役だ。同じように演技して勝てるとは思っていなかった。
だから俺は監督の意図を汲み、普段通りの『星野アクアマリン』で演じることにした。大人と変わりないくらい普通にしゃべる幼児とか、そりゃあ気味が悪いだろう。
…ただ、俺は普段から女を演じている状態だ。この時は初めての映画出演ということもあって、普段よりも緊張して力が入ってしまった気がする。
「…カット!OKだ!」
監督からもOKが出た。少し溜めがあったのは気になるが、問題は目の前にいる主演女優だ。
「…」
「(なんだ…?)」
呆然としたまま俺の顔を見つめて、そのまま動かなくなってしまった。
「あの…?」
「っ!あ、ご、ごめんなさいっ」
主演女優はハッとすると、しゃがんで俺と視線を合わせて来た。
「凄いね…なんていうか、こう、オーラがあったというか…お姉さんビックリしちゃった」
「…そうですか?雰囲気出てたならよかったです」
オーラねぇ…いや、そんなこと言われてもわからないんだが。なんだよオーラって。
その後は有馬かなが涙ながらにリテイクを希望するなど、多少の問題はあったのだが、まぁ結局撮影は終了となり、俺が出演したシーンは無事使われることになった。
「(『ぴったりの演技が出来る役者になれ』ね…)」
監督は俺の拙い演技を褒めてくれた。より正確にいえば監督の意図を読み取って、想像通りの演技をしたことを、だが。
まぁ俺は役者になるつもりなんかないし、監督と会うことはもうないかもしれないけど。
「(アクアね…名前は覚えたわよ。あの時は圧倒されたけど、次は絶対負けないんだから…!)」
映画の撮影から2年が経った。
アイは映画をきっかけとしてどんどんメディアでの活躍を増やしていき、今や無数にいるアイドルの中でも一二を争う人気を獲得するに至った。
―――前世の俺の死体が見つかっていないことと、俺とアイの関係が微妙なことを除けば、概ね平穏な毎日を送れている。
え?俺とアイの関係がなんで微妙かって?
これはルビーから聞いた話なんだが…
『…ね、ルビー…ちょっと聞いていい?』
『なあにママ?』
『アクアってさ…その…』
『?』
その時のアイは歯切れが悪い様子で、ルビーははっきりと記憶に残っているそうだ。
『ママのこと…どう思ってるのかなって』
『ママのこと?お姉ちゃんはママのこと大好きだよ?』
『そう、なんだ…そっか…それならいいけど』
…この話をしに来た時、珍しくルビーが怒ったような口調で俺に『ママに何かしたの!?』と問い詰めて来たから驚いたものだ。
アイの気持ちはわかる。
双子の妹はすっごいベタベタしてくるのに、姉の方はほとんど甘えてこない。会話も少ない。わがままも言わない。おまけに『お母さん』と呼んだことは一度もない。名前でしか呼ばないのだ。アイは恐らくきちんと母親をやれているのか不安なのだろう。
「(俺が全面的に悪いなこれは…)」
俺がアイを未だに母親と認識出来ていないのが問題なのだ。アイに非は一切ない。
しかしこれは一朝一夕でどうにかなるものではない…と思う。年下の少女を母親と呼べなんて言われてもすぐには対応しかねる。むしろ年齢的には俺がアイにお父さんと言われてもおかしくないくらいの年齢差があるからな…
さて、そうして対応に悩んでいる間に、俺とルビーは幼稚園に入園した。
といっても幼稚園児のやることなんて大したことはない。少なくとも元社会人にとってはぬるま湯のような生活である。
家でアイと一緒だと微妙に気まずいし、むしろ俺にとっては幼稚園の方が気が休まるまである。
そんな感じでのんびりと幼稚園生活を送っていた俺だが、ルビーはそうもいかないようだった。
お遊戯会でダンスをやることになったという、先生の話を聞いてからルビーは一人逃げ出してしまったのだ。
「私ダンス下手だから…っていうかしたことないし」
「…学校で友達と踊ったりとか、したことないの?」
「…ないよ。ダンスだけじゃない、何度か挑戦したけど…運動は出来る気がしないの」
俺は前世の幼稚園児の頃なんて覚えていないが、小学校や中学校でダンスを授業でやった記憶がある。子供の頃に亡くなったであろうルビーがやったことがない、ということは…
「(病気…か?激しい運動が出来ないからダンスをやったことがないと)」
経験がないから自信がないのか。
いや、運動が出来なかったというなら、そもそも体を動かすことすら出来ない状態だったのかもしれない。ルビーにとっては運動全般が完全に未知の体験なのだろう。
未知というものは恐ろしい。俺だって今は女の体だ。これから成長していけば未知の経験をすることになる…医者として知識はあるが、自分の体で実際に体験することを想像すると背筋が凍る。
…俺はこの子のお姉ちゃんだ。妹が悩んで苦しんでいるのを、姉である俺が見過ごしてよいのだろうか。
「なら、私と一緒に練習しよう」
「…お姉ちゃんと?」
というわけで、俺は家でルビーとダンスの練習をすることになった。
早速、俺とルビーは動きやすい服に着替えてレッスンルームへとやってきたのだが…
「(なんだ…これ。この感じ…懐かしい…)」
ルビーが練習を始めてすぐにわかったことだが、どうやらこの子は運動するときに受け身をとろうとする癖があることがわかった。
倒れることを前提とした姿勢をとってしまうので、当然ながら倒れてしまう。傍から見ると倒れそうだから受け身を取っているのではなく、倒れるために受け身を取っているように見える。
俺は出来るだけルビーの傍にいて倒れそうになるたびに支え続けた。
…倒れるルビーを見ていると、さりなちゃんのことを思い出す。さりなちゃんも病気のせいで運動ができず、少し歩こうとするだけで倒れてしまうから、今のルビーと同じように受け身を取っていたのだ。
俺は傍にいる時は出来るだけさりなちゃんを支えるようにしていたから、その時と同じ要領でルビーを支えることが出来ている。
「えへへ」
「ん?」
急にルビーが笑い出したので、思わず顔を見つめてしまう。
「あ、ごめんね…こうしてると何だか昔のこと思い出しちゃって」
「昔って……前世のこと?」
「うん」
ルビーが何やら話したそうにしていたので、一旦休憩にして二人で並んで床に座った。
「…私さ、前世では病気だったんだ」
「…」
「それも結構重いやつでね…人生のほとんどを病室で過ごしたの」
「そう…」
「その頃もね、こうやって私を支えてくれる人がいて…」
ルビーは昔を思い出すように、瞼を閉じてその衝撃的な一言を呟いた。
「今何してるのかなぁ…ゴローせんせ…」
「っ!?」
「あっ、ゴローせんせっていうのはね、私が生きてた時にお世話になった人で―――
ルビーが語る『ゴローせんせ』の話を聞きながら、俺の頭の中ではいくつかのキーワードが次々と繋がっていった。
「(ルビーの前世はアイ推しのドルオタ女、恐らく小学生から中学生くらいの年齢。病室で一生を過ごし、家族からの愛情に飢えている)」
「(ルビーからB小町関連の話題を聞いた時に知ったが、この子は転生するまで3年から4年ほどの期間が空いている。そして『ゴローせんせ』…)」
将来を考えたことがない、とも言っていたが…それも当然だ。大人になるどころか高校生になるまで生きることすら出来ない病気だったんだから。
ルビーがアイのことを熱く語っている時、何だかあの子に似ている気はしていたが…まさかこんなことがあるとは…
「(さりなちゃん…)」
「あ、ごめんね。急にこんな話しちゃって……でもお姉ちゃんには話してもいいかなって。そもそもこんな話が出来るのお姉ちゃんしかいないけど」
………すまない、さりなちゃん。
「さりなちゃん?」
「へっ?」
「ほら、宮崎県の〇〇って病院に入院してた…」
「な、なんで知って!?」
俺は驚きに目を見開くさりなちゃん…ルビーの顔を真っすぐ見返して、さきほど作り上げた『設定』を語った。
「そこで私、看護婦として働いていたのよ…いたのは1年くらいだったけど。あなたの話はゴロー…雨宮君から聞いたことがあってね」
「っ、せんせのこと知っているの!?」
「少しだけどね。実は中学と高校が一緒だったの。そんなに仲が良かったわけじゃないけど、病院でばったり再会して…」
「そ、そうなんだ。お姉ちゃんがせんせの同級生だったなんて…」
俺は動揺しているルビーに対し、これから先の将来を見越して作り上げた『設定』を語り続ける。
「その…夢を壊すようで申し訳ないけど、雨宮君のことは忘れた方がいいよ」
「な、なんで…?」
「彼は女遊びが激しい人だったからね…」
「あぁ…それは何となくわかってたけど…」
マジかよ…さりなちゃんって結構鋭いところあるよな。
俺は女好きだったことがさりなちゃんにバレていたことに動揺しつつ、何とか話を続ける。
「まぁそういうわけだから。雨宮君のことは忘れて…今のあなたはアイの容姿を受け継いだ美少女なんだし、きっと今世では素敵な恋愛が出来るよ」
「…やだ」
「えっ」
ルビーは立ち上がると、強い意志を込めた目で俺を見返してきた。
「私、諦めたくない!もう一度せんせと会って、今度こそ結婚する!」
「い、いや、ほら、年齢差もあるし」
「うっ……年齢差か。私が16歳になる頃には…」
「雨宮君は50歳近いね。さすがに無理じゃないかな…」
「うぅ~ん」
さりなちゃんは、前世の俺のことをこんなに好いてくれていたのか。生まれ変わってももう一度会いたいと思うほどに。
でもダメだ。
だって雨宮吾郎は死んでいて、今は血の繋がった双子の姉になってしまっている。こんなの知ったらさりなちゃんはショックを受けるかもしれない。
それに、俺はさりなちゃんには前世に縛られず、今度こそ新しい人生を幸せに歩んでもらいたいと思っている。さりなちゃんにはその権利があるはずだ。
さりなちゃんが新しい人生を歩むためには、雨宮吾郎は邪魔なんだ。俺のことなんか忘れてくれていいんだ。
「…もうちょっと考えてみる」
…まぁいいだろう。今の俺たちは姉妹だ。人生何が起こるかはわからないが、長い付き合いになるのは恐らく間違いない。
一緒に暮らす中でルビーの中にある雨宮吾郎への想いを捨てさせ、そして新しい幸福な人生を歩んでもらう。
俺は…前世でもそれなりには生きたんだ。2回目の人生をさりなちゃんの…今は妹であるルビーのために使うのも悪くはない。
「(俺が絶対に幸せにしてやるからな)」
その後も俺はルビーの練習に付き合っていたのだが、途中でアイがやって来たことで状況は変わった。
アイが今度やるライブの曲を練習しつつも、ルビーにアドバイスを送ってくれたのだ。
それがきっかけだったのか、ルビーは倒れるようなこともなくなり、ダンスの実力もみるみる上達していった。俺の今世の体もそれなりに運動神経はいいが、ダンスに関してはルビーに劣るだろう。まさにアイの才能を引き継いだ天才だ。
…俺では、倒れないようにルビーを支えることしか出来なかった。ルビーを前に進ませることが出来たのはアイが母親だからこそなのだろう。
俺も、いい加減覚悟を決めた方がいいかもしれないな。
「あの…」
「ん、アクア?どうしたの?」
次の日、一人レッスンルームで振り付けの確認をしていたアイのところへ俺は向かった。
「ルビーのこと、なんだけど。お礼を言いたくて…」
「あーいいよいいよ気にしなくて。私は二人のママなんだから」
「…私じゃ無理だったから…だから、その…」
「ん?」
しゃがんで目線を合わせ、不思議そうな表情で見つめて来るアイに対し、俺は気恥ずかしさを堪えながらその言葉を伝えた。
「ありがとう…お、お母さん…」
「!!」
は、恥ずかしい!絶対俺の顔赤くなってるよ!
まだ20歳にもなっていない年下相手、しかも推しのアイドルをお母さん呼びなんて…!どんなプレイだよこれは!
し、しかし、俺は覚悟を決めたんだ。
雨宮吾郎は死んで、今の俺は星野アイの娘になったんだ。前世を忘れることは出来そうにないが、これからはアイの娘に相応しい生き方をしなければならない。俺にはその義務があるんだ。母親をお母さんと呼ぶのは当たり前のことなんだ!
「アクアーー!」
「おぶ!?」
俺が内心で葛藤していると、アイが突然俺を抱きしめて来た。
かなり強く抱きしめられていた、顔面がアイの胸に埋まってしまっている。
「(ちょ、強すぎ…)」
「初めてお母さんって呼んでくれたねー!超嬉しい!」
「(い、息が…)」
「顔も真っ赤にしちゃってもう…ほんとーに可愛いんだからーー!!」
「(あ…)」
………………
「もう一回!もう一回お母さんって呼んでみて!アクア……アクア?」
「―――」
「あ、あれ!?アクア!しっかりしてー!」
………推しの胸に溺れて死ぬのも悪くないかもな
「(父親か…)ねぇルビー」
「んー?」
「ルビーは、私たちの父親に興味ない?」
ある日のこと。
俺たち双子が留守番をしている時に、ふと気になったことを妹に聞いてみた。
俺たちの父親に関しては、前世でアイと病院で出会った時から今まで、考えないようにしていたことだ。
推しのアイドルを孕ませた男がいるなんて…考えるだけで気分が落ち込む。しかし、ルビーのこれからの人生を考えた時、父親がいないのはもしかしたら良くないことではないかと思ったのだ。
俺はひとまず、父親をどう思っているかをルビーに聞いてみた。
「お姉ちゃん何言ってるの?私たちに父親なんていないよ」
「えっ」
「ママは処女受胎なんだよ?男なんて最初から存在しないよ」
「………」
…これは否定しておいた方がよいだろうか。
しかし、先ほどの言葉を放ったルビーの様子はかなり本気というか、鬼気迫るものがあった。
まぁ、アイが出産してから3年間。一度も会いに来ないし、アイからも会いに行った様子はない。そもそもスキャンダルに繋がるような行動は社長たちが禁止しているだろうし、今後は俺たちが父親に会うようなことはないのかもしれない。
「(合わせておくか)ごめんなさい。ルビーの言う通りね」
「(これはちょっとヤバいかな…。久しぶりに連絡してみよっか)」
俺は、いつの間にかアイの子供としての生活に慣れてしまっていて、大事なことを忘れてしまっていたんだ。
前世で俺を殺したアイのストーカーの男。あいつはアイが入院していることを知っていたようだが、いったいどこからその情報を手に入れたのだろうか?
社長は情報漏洩に関してはかなり注意していたし、担当医である俺も全面的に協力していた。にもかかわらず病院の場所がバレ、結果的に担当医である俺が殺されることになった。
…俺は油断していたんだろう。
雨宮吾郎が死んだことはニュースになっておらず、病院に電話して確認したところ、雨宮吾郎は失踪したことになっているそうだ。
まだストーカーの男は捕まっていない可能性が高い。だったら、再びアイの元のやってくる可能性がある。
もちろん、雨宮吾郎がストーカーに殺されたことを社長たちやアイに伝えることは出来ない。なんで知ってるのかって話になるし、下手すれば前世がバレてしまうかもしれない。そんなことになれば今の生活が崩壊してしまう。
それに、この3年間は特に何事もなかったし、アイの身を案じてなのか、社長は新しい家を用意してくれた。都内にあるこのタワーマンションはセキュリティも高いし、不審者が簡単に侵入できる場所ではない。
…いや、こんなものは言い訳だ。
俺が、俺がもっと気を付けていれば。気を抜かずにいれば、あんなことにはならなかったんだ。
社長がいなくなったのも、ミヤコが苦労したのも、ルビーが悲しんだのも、
アイが…死んだことも。
全部、俺のせいなんだ。
「(どうして……こんなことに……)」
俺はただ、冷たくなっていくアイの腕の中で、意味のないことばかりを考えていた。
B小町の人気はどんどん上がり、ついにはドーム公演を開催できるまでに成長した。
社長を筆頭に、苺プロダクションはまさにバラ色ムード。予定も順調に進んでいて、このままいけば問題なく公演を開催することが出来るだろう。
もちろん、俺もルビーも嬉しかった。
B小町…ひいてはアイが、アイドル業界でトップに立ち、芸能界全体でも高い知名度を誇るトップアイドルになったのだ。
ドーム公演は今までの努力の集大成。これを機に、アイはさらに高く羽ばたいていくだろう。
そのドーム公演の当日に、アイはストーカーの男に刺され、亡くなった。
俺には何も出来なかった。
ただ目の前でアイの命が潰えていくのを見ていることしか出来なかったのだ。
「アイドルが恋愛したら殺されても仕方ないの?ねえ?そんなわけないでしょ!!」
「…」
あることないこと、好き勝手言う世間の声に対して怒りを露わにするルビーの様子を見ながら、俺はただ自分を責め続けた。
ルビーが本当に怒りをぶつける対象なのは俺だ。だって俺のせいでアイが死んだんだから。
…本当は、すべてぶちまけてしまいたい。断罪してほしい。『お前のせいだ』って言ってほしい。
けど、ここで俺がルビーから拒否されたら、ルビーは独りぼっちになってしまう。
俺はルビーを、さりなちゃんを幸せにすると誓ったんだ。たとえ嘘をつくことになろうとも、この子の傍から離れるようなことがあってはいけない。
「ルビー…」
「お姉ちゃん…」
俺は泣き崩れるルビーを抱きしめ、その背中をずっと撫で続けた。
「ママ言ってた。私がアイドルになるんじゃないかって」
「…」
「お姉ちゃんはさ、私なんかでもアイドルになれると思う?」
アイの死からしばらくした頃。
俺たち姉妹は斉藤ミヤコの養子になることが決まった。
正直ありがたいことだ。俺はともかく、ルビーにはまだまだ母親が必要だ。ミヤコはここ数年ですっかり母親が板につき、かつての不安定さもなくなっている。
とはいえ、苺プロダクションはこれから色んな意味で忙しくなるだろうし、私生活に関しては俺も出来る限りフォローするつもりだ。
アイの葬式が終わり、俺たち二人は車の中で待っていたのだが、窓から外を眺めていたルビーが唐突に俺に問いを投げかけて来た。
「(ルビーがアイドル…か)」
ルビーはルックスも良いし、ダンスの才能もある。アイドルとしての才能をアイからしっかりと受け継いでいるのだろう。アイのようなトップアイドルになるのも夢ではない。
…正直、ルビーには芸能界に関わってほしくない。
俺は気づいてしまったのだ。アイを殺したストーカーが真犯人ではないということに。
ストーカーの男は前世で俺を殺した奴と一緒だった。しかしこのストーカーはただの大学生であり、とてもではないが、アイが入院した病院や引っ越したばかりの新居の住所を突き止められるとは思えない。
ならば、この男には情報提供者がいるのだ。
社長たちや俺たち二人とも違う、しかしアイに近い場所に恐らくそいつはいた。プライベートに友人もおらず、親族もいないアイに近しい人間…俺が考えうる限りその立場にいる人間は一人しかいなかった。
俺たちの父親だ。
それも、アイの交友関係の狭さを考えれば、芸能界にいる可能性が非常に高い。
初めに俺がその可能性に思い至った時、心に浮かんだ感情は一つだった。
「(怖い)」
黒幕は芸能界の人間。しかも一般人を嗾けて殺人をさせるようなイカれた奴だ。
今回はアイがストーカーを説得したおかげで俺たち姉妹は助かったが、運が悪ければ3人ともまとめて殺されていたかもしれないのだ。
しかも、その黒幕はアイに子供がいることを知っている。
対して、こちらには何の情報もない。遺伝子検査で探ることは出来るかもしれないが、そんな時間を与えてくれるかはわからない。今度は俺たち姉妹が狙われるかもしれないし、それがいつやってくるのかもわからない。
復讐?とんでもない。
確実に成功するならまだいいが、それはつまり計画的な殺人を行うということだ。
…俺にはとてもではないが、人を殺すようなことは出来ない。たとえ相手がイカれた殺人者だろうと。
それに、もし失敗して、相手が報復に来たらどうする?俺だけが死ぬなら別にいいが、ルビーやミヤコが狙われたら…俺一人で守り切れるのか?女の体で、子供一人で。
俺の前世の知識なんて何の役にも立たない。俺の前世は医者なんだ。軍人でも格闘家でも訓練を受けた暗殺者でもない。ただの医者。頭脳だって、相応に勉強しただけで天才どころか秀才ともいえない凡人。
一番良いのは、芸能界から遠ざかり、どこか遠くの田舎で静かに暮らすことだ。最低限暮らしていけるだけの金を働いて稼ぎ、ひっそりと生きる。
しかし、ルビーはきっと止まらないだろう。
この子は純粋だ。いつかアイの…母親の死を乗り越え、生まれ持った溢れんばかりの才能を輝かせようとする。
ルビーの安全を考えるなら、芸能界から遠ざからねばならない。
ルビーの幸せを考えるなら、アイドルになるのを応援しなければならない。
俺が考えだした結論は―――
「なれるよ。ルビーならきっとなれる」
「お姉ちゃん…」
「ルビーなら、お母さんのようなキラキラしたアイドルになれる。絶対に」
…俺はルビーの夢を応援することにした。
別に、ルビーの安全を捨てたわけではない。ルビーの安全と、ルビーの夢…どちらも取ることにしたのだ。
「ルビー…あなたは心のままに生きなさい」
「お姉ちゃん…」
俺は不安そうな顔をするルビーを抱きしめる。
「(俺が守る…俺が守るんだ…)」
そうだ。俺が守ればいいんだ。
ルビーの夢を応援して、いつかアイのようなアイドルになれるようサポートする。そして、もしもルビーの身に危険が迫った時は…その時は。
「(俺がルビーの盾になる)」
たとえその結果、俺の命が終わろうとも。
ルビーだけは、俺が必ず―――
「ルビー、まだかかるの?」
「ちょ、待ってよお姉ちゃん!…この制服可愛いけど複雑なんだもん」
「……ほら」
「わっ、ありがと…えへへ」
制服を整えるのに時間がかかっているルビーを手伝うと、嬉しそうな顔をして俺の顔を見つめて来る。
「…なに?」
「ううん、お姉ちゃん制服似合ってるよ!」
「私なんかよりルビーの方が可愛いよ…」
「もう、またそんなこと言って…あ、そうだ!」
二人で振り向いて、玄関に飾ってある写真立てを見る。
写真の中央に写る母親に向けて、俺とルビーは挨拶をした。
「ママ、行ってきます」
「母さん、行ってくるよ」
こうして今日から、俺にとっては2回目、ルビーにとっては初めての高校生活初日が始まったのだった。
・星野愛久愛海
アクア君ではなくアクアちゃんになった。中身は変わらずゴロー。
容姿はパーツなどはルビーとほぼ同じだが、片目が隠れていて目つきや表情は少し険しい、というか無表情気味。クール系美少女。
女の体になったこと、ルビーの中身を早めに知ったこと、アイから受け継いだ『とある才能』など、複数の要素によって色々と大幅に変わっている。
原作アクアのように復讐の道を選ばず、家族を守る方向へと舵を切った。
ルビーを騙し続けていること、アイの死、成長していく女の体、黒幕への恐怖などなど。
精神にダメージを喰らいまくってぐちゃぐちゃになっているが、ルビーやミヤコを心配させないように普段は『クールで知的で頼れる女』を演じている。
精神安定剤とか睡眠導入剤とか胃薬とか普段から常飲してるし、ほぼ毎日のように悪夢を見たりしているけど、アクアちゃんは元気です。
たぶん、ルビーを庇って死んだりするんじゃないかな。