暑くて溶けてるので今後は不定期更新になると思います。
今回からボーイズラブ(?)タグが仕事を始めるかもしれないので要注意です。
かもしれない、というのはアクアちゃんの中身があやふやなせいです。
全部アクアちゃんが悪いんです!許してください!
「先輩、お疲れ様です」
「・・・ありがと」
俺は、他のメンバー・・・ルビーとMEMちょから離れた場所で、一人ぽつんと座っていた有馬にミネラルウォーターを差し出した。
小一時間フリ入れのために踊っていたというのに、かつてのB小町のライブ動画をはしゃぎながら見ているルビーとMEMちょはまだまだ元気そうだ。
有馬は疲れているように見えるが、その実、呼吸はほとんど乱れていない。気疲れの部分が大きいのだろう。
「どうですか先輩。ついて行けてます?」
「舐めるんじゃないわよ。全然余裕だし、むしろ体力だったら私が一番あるわね」
「体力的な問題じゃなくて、モチベーションの話ですよ」
「・・・まぁ、うまくやるわよ。あいつらのドルオタ全開な会話にはついていけないけど、練習には全然ついて行けるし、体力作りの一環だと思えば悪くないわ」
これなら問題はなさそうだな。
どうやら、MEMちょは期待通りの働きをしてくれているようだ。
新生B小町が本格的な活動を始めるにあたって、俺が一番懸念していたのは各々のモチベーションの差だった。
ルビーは当然、メンバーの中では一番やる気に満ち溢れている。アイドルになるのは前世からの夢だし、転生してからはアイドルになるための動機がさらに増えている。
今まで燻っていた分の気力が爆発している状態といえるだろう。
MEMちょもルビーに勝るとも劣らないモチベーションがある。かつて諦めた夢に、もう一度挑戦するチャンスが巡って来たのだ。しかも、アイ推しだったMEMちょにとって憧れであるB小町のメンバーとしてのデビュー・・・これでやる気が出ないはずがない。
そして有馬かな。こいつは他二人と比べるまでもなく一番モチベーションが低い。元々アイドルはやる気じゃなかったし、俺たちによって強引にスカウトされた立場だ。アイドル活動中は演技の稽古にとれる時間も少なくなるし、そもそもアイドルとして成功しなかったら役者としても終わってしまう。
頑張らざるを得ないから頑張っているだけで、やる気があるとは言い難い。
ルビーとMEMちょのやる気に有馬がついていけるとは思えなかったし、そこからメンバー間で溝が出来てしまう可能性もあった。
それがわかっていたからこそ、俺は事前にMEMちょに話をしておいたわけだが。
水を飲んでからは床に座って静かに目を閉じている有馬を横目に映しつつ、俺は今のこの状況に至るまで・・・『今ガチ』の打ち上げが終わってから今までのことを振り返っていた。
「その・・・ごめんね、マリちゃん」
『今ガチ』の打ち上げが終わり、MEMちょと二人で途中までの道のりを一緒に歩いていた時のことだ。
唐突な謝罪に俺は一瞬思考が停止して、しかし謝罪の理由を知るべくすぐさま問いかけた。
「急にどうしたんですか。メムさんに謝られるようなことされてませんよ、私」
「・・・」
俺の問いに口をもごもごとして黙っていたMEMちょだったが、しばらくすると申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「マリちゃんたち、付き合うことになったんだよね?」
「えぇ、あくまで仕事ですけど」
「だよね・・・ほら、あかねにキャラ付けするように言ったのは私なわけで。さらに言うなら、最後にあかねが告白・・・っていうか、キスして終わったけど、ああするように背中を押したのも私なんだよね」
・・・なるほど。どうしてMEMちょが謝罪して来たのか、理由がだんだんわかってきた。
「MEMちょさんに任せておけーとか言っておいて、結局あかねのことはマリちゃんに何とかしてもらっちゃって・・・せめてサポートしようと思ってあかねにアドバイスはしたけど、それもマリちゃんにとっては余計なことだったんじゃないかなって・・・」
話すごとに声が小さくなっていく。
その後もポツポツと後悔を語る彼女の話を聞きながら、俺は考えを巡らせた。
MEMちょは善人で、そして責任感が強い。この業界で喰われずに今までやってこれている以上、強かな面もあるのだろうが・・・まぁ、珍しい部類の人間であることは間違いない。
他人を思いやる心が強い彼女にとって、今回の結果は色々と思う所があるのだろう。
後悔と罪悪感・・・何とかすると言っておきながら目立った動きは出来ず、それでいて年下に全部任せてしまって、自分はその恩恵にあやかるばかり。
ま、その年下・・・というか俺が勝手にやったことなので、彼女がネガティブになる必要は皆無なのだが。
MEMちょの話を聞き終わった俺は深く溜息をついた。
すると、MEMちょはビクリと肩を跳ねさせ、俯いていた顔を恐る恐る上げた。
「私もこういうことは言いたくありませんけど、正直に言います」
「ゴ、ゴクリ・・・」
俺はMEMちょを睨みつけた。
本気とは思われない程度、素人目に見てもわざとらしいと感じ取れるような怒り顔を作る。
「余計なことしやがって、って何度も思いましたよ」
「ごはっ」
「人が気持ちよく年上を揶揄って遊んでいるのに、邪魔してくれて」
「ぐはっ・・・・・・ん?」
「まさかあれほど正確にアイを再現してくるとは思わなかったし・・・まぁ、ああいうあかねも嫌いじゃないけど」
「えぇ・・・?」
微妙に呆れたような反応をするMEMちょに合わせ、俺も睨むのをやめてクスクスと笑った。
「別に怒ってませんよ。そもそもの話、あかねをフォローするにしても、メムさんに何も言わずに動いたのは私ですから・・・謝らなくちゃいけないのは私の方です。好き勝手してすみませんでした」
「ちょ、マリちゃんは謝らなくていいよ!頼りっきりだったのは事実なんだし・・・お詫びってわけじゃないけど、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれていいからね!」
頭を下げる俺に、MEMちょは慌てたように顔を上げるよう言ってくる。
本当にいい人だな・・・出来れば、こういう人がルビーの傍にもっといてくれると嬉しいのだが。
番組が終わったとはいえ、お互いの家はそれなりに近いし気も合う方だ。出来れば友人としての関係を続けて行きたいところだが・・・何とかならないだろうか。
「アイドル・・・」
「うん?」
「アイドル、やってみませんか?」
・・・収録が終わったあと、メンバーで食事をしてから今のようにMEMちょと二人でいた際に聞いたことがあった。
なんでも、MEMちょは昔はアイドルを目指していたらしいが、何やら理由があって夢を諦め、今のようにユーチューバーをやることになっていたと。
そんなことを思い出したから、俺はダメもとで言ってみたわけだ。
MEMちょはそこらのアイドルより顔がいいし、実年齢はともかく見た目は公称18歳に相応しいくらいには若々しい。
踊ってみた動画も投稿しており、今すぐデビュー出来るくらいにはダンスが出来ると、動画を観たルビーがべた褒めするレベルだ。俺も実際に何度か観たが、確かにそこらの木っ端アイドルよりは遥かにセンスがあると一目でわかった。
素質も知名度も言うことなし。じゃあとりあえずスカウトしてみるか、という軽い気持ちでB小町へお誘いしたわけだが・・・
正直、本当に了承してくれるとは思わなかったが、MEMちょは新生B小町に所属することになったのである。
実際は業務委託という形なので苺プロ所属ではないし、年齢もまさかの25歳という想像よりもだいぶ上の年齢だったのでさすがの俺も驚いたりしたが、まぁそれはいい。
正式にB小町のメンバーとして活動することが決まってから、俺はこっそりMEMちょと連絡を取り合って、アイドルとして活動するにあたり個人的なお願いをしておいた。
そのお願いとは、MEMちょにはB小町の実質的なリーダーとしてまとめ役をしてほしい、ということだった。
ルビーはつい先日までほとんど一般人だったし、才能はともかく経験に関しては何もかも足りていない。
有馬は業界で活動している年数で言えば熟練と言っていいが、今は情緒不安定気味だしアイドル活動に対するモチベーションも低い。
この二人のどちらかに舵取りを任せたらB小町はどこかにすっ飛んでいくか、あるいは沈んでいくか・・・とにかく不安だったので、アイドルに詳しくて一番年上、さらに気遣いも出来るMEMちょにまとめてもらうしかないと思ったのだ。
・・・MEMちょは俺に対して罪悪感があるから、断ることはないだろうという確信もあった。
もちろん俺も協力させてもらう。
B小町のチャンネルの動画制作も手伝うし、レッスンだってマネージャーの真似事レベルだがサポートしている。
メンタルケアだって・・・いや、有馬はともかくルビーはMEMちょに任せきりなんだよな。
俺とあかねが番組の最後で見せた、あのシーンが原因なんだろうが・・・
仕事であること、あくまで番組のあれは演技であることを散々伝えたのだが、いまいち反応がよろしくなかった。
ルビーは表面上はともかく、あの様子だと内心は納得していないのだろう。以前ほどではないが、二人きりになると何とも言い難い空気になってしまう。何とかしたいところだが・・・
有馬も何だかおかしい。あいつは俺が演技でやっているとまったく信じていない様子だった。もしかしたら有馬がルビーに何か吹き込んだのだろうか・・・いつも一緒に『今ガチ』を観ていたようだし、可能性は高いか・・・?
有馬がルビーに何を言ったか、そのうち聞きださないといけないが・・・今はアイドル活動の邪魔はしたくないし、とりあえず後回しでいいだろう。
俺がこれまでを振り返る間に一息つけたのか、立ち上がった有馬が伸びをする。
「ふぅ・・・さて、と。そろそろ戻るわ。そういえばアクアは次の仕事は入ってるの?『今ガチ』で随分と知名度も上がったみたいだし、鏑木さんからまた何か仕事が来てるんじゃない?」
「・・・いえ、今はまだ何も。しばらくは皆さんのサポートに集中させてもらいますよ」
軽く手を振ってから、ルビーたちの元へ行く有馬を見送った。
「うまく化けたね。そっちも中々似合ってるよ」
「・・・どうも」
都内某所。人気の少ない場所にぽつんとある一軒の寿司屋。
店内には一人の板前と、カウンターには客であろう二人の男女の姿があった。
二人の男女・・・すなわち俺と鏑木勝也である。
『今ガチ』での依頼達成による報酬の件を話すために、俺は鏑木に誘われて寿司屋に来ていた。
俺自身の知名度は大したことないが、鏑木はそうではない。もしかしたら彼に張り付いているパパラッチなんかがいるかもしれない。二人きりの所を撮影されて枕だなんだと言われてしまう可能性もあった。
だから今日の俺は変装している。
茶髪のウィッグを被り後ろでお団子を作り、シークレットブーツで身長を誤魔化し、度の入っていない伊達メガネをかけて顔の印象を変えていた。
体格に関しては最低限手を加えただけ・・・眼鏡以外に関しては、前世でよく一緒に仕事をしていた看護師の女性をモデルにしている。
・・・彼女、元気にしてるかな。
食事をしながら、もっぱら仕事についての会話をする。
『今ガチ』の世間での評価や、出演したタレント達の今後の活動について。遡って『今日あま』の最終話による影響・・・鳴嶋メルトや有馬かなへの世間一般や業界からの評価の変化など。
いくつか興味深い情報もあり、知っていることも知らないことも含め、それらについて話を深く聞いていく。
隠す気はないのか、俺が聞くことに鏑木は素直に答えてくれる。恐らく鏑木に聞かなくともそのうち耳に入ることだったのか、あるいは俺の情報収集能力を試しているのか。まぁどちらでもいいだろう。
食事も話題も落ち着き、茶を飲んで互いに一息ついた頃。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「・・・そうですね」
俺は少しだけ姿勢を正す。
鏑木からの依頼は達成したし、今現在は俺と彼の関係は一応は対等なものだ。あまり力み過ぎるのも良くないだろう。
「JIF・・・すなわち、ジャパンアイドルフェス。君なら当然知っているだろうが、僕はあそこに伝手があってね───」
鏑木から提示された報酬は想像以上のものだった。
ジャパンアイドルフェス・・・JIFは日本のアイドルフェスの中でも最大級に規模の大きいイベントだ。
10個ものステージがあり、鏑木はその中のスターステージ・・・地下アイドルが多いステージだが、そこで新生B小町を出させてくれるという。
破格の待遇だ。メインステージではないとはいえ、そもそも今のルビーたちが参加出来るだけでもあり得ないことなのだから。
一般的な地下アイドルでは、最低でも数年は活動しないと参加する権利すら与えられないようなイベント・・・そんな超大型イベントで、新人アイドルグループがデビューライブとは、なんとも贅沢な話である。
コネで参加したことを周りから何かしら言われる点と、万が一にも失敗したら目も当てられない惨状になる、というリスクを飲めるなら、これ以上ない報酬と言えるだろう。
「───僕からの報酬は以上だ。ただ、本番までの期間も短いし、今から練習しても間に合わせるのは大変だろう。MEMちょ君も加入したばかりだしね」
「それはまぁ、確かに」
「そこで提案だ。君が追加の依頼を受けてくれるなら、僕の方から人員を送ってあげてもいい。すでに候補は決めてあるんだけど・・・」
鏑木はそう言いながら、スマホに映った一人の女性のプロフィールを見せて来た。
年齢は30歳前後と言ったところか。顔は凛々しい系、スポーツウェアの上からでも引き締まった体が想像できる、如何にも『出来る人』と言った風貌だ。
「昔、僕が色々とお世話をしてあげたことがあってね。何度か大規模なアイドルグループのトレーナーを務めたこともある人なんだ。日本ではあまり有名ではないけど、海外ではプロダンサーとして活躍したこともあるし、人格面も保証するよ。JIFまでの期間限定だけど、彼女を貸し出そう・・・追加の依頼の方は───」
───俺は追加の依頼の内容を聞きながら考える。
苺プロにはぴえヨンがいる。
彼は前職がプロダンサーであり、アイドルの振付師もやったことがある。彼の力を借りることが出来れば一番都合がいいのだが、彼は今現在長期休暇中だ。
B小町の世話を無理に頼んで休暇を潰すのは、事務所の大事な稼ぎ頭の機嫌を損ねることに繋がるかもしれない。まぁ、彼はB小町を気に入っているようだし、頼めば行けそうな気もするが・・・万が一を考えてやめておいた方が無難だろう。
それよりは、やはり素直に鏑木の提案を受け入れた方がいいだろうか。
追加の依頼内容についてはそれほど難しいものではないし、こちらも夏休み中の期間限定のものだ。動くのは俺一人だし、他の皆に負担もかからない。
派遣されてくるトレーナーに関しては実際に会ってみる必要はあるが、鏑木の人選なら間違いはない、か・・・?
俺は考えをまとめると、優雅に茶を飲む鏑木に答えを返した。
「それじゃあ───」
「(今日も暑い・・・ルビーはまだ寝てるかな。クーラー使いすぎて体調崩さなきゃいいけど)」
有馬が少し渋ったものの、最終的にはJIFへの参加を決めたB小町。センター決めで多少揉めつつも、今はJIFに向けた体力作りとレッスンの日々を送っていた。
俺は彼女たちのサポートをしつつ、練習が休みの日は鏑木から受けた依頼をこなすために一人別行動をとっている。
電車で十数分ほど揺られてたどり着いたのは、小さなレンタルスタジオだった。
大人数での撮影や稽古には向かないが、数人程度だったら十分使える場所だろう。設備も最低限のものは一通り揃っているし、何より周りの人通りが少ないのが良かった。
受付を済ませ、ロッカーでジャージに着替えて貸しきりの個室の中に入る。
「おはよ」
「おはようございます!」
俺は返って来た挨拶に顔をしかめた。
芸歴としては俺の方が先輩とはいえ、相手は絶賛売り出し中の人気モデルで、こっちは大した知名度もない木っ端の役者にすぎない。
「それはやめてって何度もいってるでしょ」
少し強めの語気で言うが、こいつは何度言ってもやめてくれない。
思っていたよりも真面目というか、融通が利かないというか・・・チャラくて軽薄な男よりはよっぽど好感を持てるが、もうちょっと柔軟になってほしいものだ。
「い、いやでもやっぱり俺の方が後輩だし、今は教えてもらう立場じゃんか。弟子って言うか」
「弟子なんていらないし、他人に師匠面出来るほどの役者じゃないよ、私は」
「そんなことねぇって!すげぇ勉強になるし───!」
こいつこんな熱血タイプだったっけ・・・?
初めて会った時の印象がアレだったせいか、キャラの違いにさすがの俺も困惑してしまう。
俺は目の前にいる少年・・・『今日あま』で共演した鳴嶋メルトの話を聞き流しながら、今回の依頼内容をもう一度頭の中で確認する。
鏑木は苺プロに人員を送る代わりに、鳴嶋メルトの世話をするように依頼して来たのだ。
メルトは『今日あま』の撮影が終わった後、本格的に役者となるべく行動を始めたらしい。レッスンの講師から助言を受け、体力作りのために毎日走り込みや筋力トレーニングをこなしているようだ。
ま、理由はどうあれ、やる気があるのはいいことだ。
俺も中学時代のブランクがあるし、演技の基礎を復習することも出来るから、今回の依頼は俺にとってもメリットがある。
・・・それに、メルトが所属している事務所・・・ソニックステージはモデル事務所だ。女性専門の部署もあるそうだし、こいつと仲良くしておけばルビーに雑誌撮影等の仕事を取って来ることも出来るかもしれない。アイから受け継いだ外見は最大限活かしていかないとな。
「俺さ・・・」
「ん?何か言った?」
今日は撮影での立ち回りを意識した稽古をした。
題材はもっぱら『今日あま』でやっている。メルトはどうやら当時の自分の演技がいかに拙いものだったかを理解したらしく、反省の意味も込めて『今日あま』をメインでやることにしていた。
体力はそこそこついてきたようだが、演技に関してはギリギリ基礎が出来て来た程度。今日はスタジオを借りたが、時にはカラオケで声出しの練習をしたり、五反田監督の下で演出側の知識を学ぶべくバイトの手伝いもさせている。
ついでに学校の勉強についても教えてやっている。
留年しそうとは言わないが、頭の方は・・・まぁルビーよりはマシかな。あれ、もしかしてうちの妹ってかなりお馬鹿なんじゃ・・・
二人で協力してストレッチをしていると、神妙な顔になったメルトが何やら語り始めたので大人しく話を聞くことにした。
「俺・・・今更だけどマジで後悔してんだよ」
「・・・『今日あま』のこと?」
「あぁ。最終回の撮影が終わってから、改めて今までの放送分見直してさ・・・やっと気づいたんだ。俺の下手くそな演技のせいで、スタッフにも、かなちゃんにも・・・色んな人に迷惑かけてたんだって」
「・・・」
今にも泣きそうな顔をして語るメルトを見ていると、俺の心にも感じ入るものがあった。
心の底から後悔している人間の顔。
・・・アイが亡くなった当時、飽きるほど見て来た顔だった。
斉藤社長も、ミヤコも、こういう顔をしていた・・・特に記憶に残っているのは、その場にいながら何も出来なかったことを悔やんで涙を流すルビーの姿。
・・・こういうのには弱いんだよなぁ。年下だと余計に・・・
「俺が最初から本気で臨んでたら、もっと違ったんじゃねぇのかって・・・この作品はもっと、良いものに──っ!?」
「──大丈夫だよ」
項垂れるメルトを後ろから抱きしめ、片手でゆっくりと頭を撫でながら語り掛ける。
「メルトは気づけたんだから、きっと大丈夫。どんなに後悔しても過去は変えられないけど、反省できるなら、この失敗を次に活かせばいい」
そう。別に誰かが死んでしまったわけじゃないんだから。
これからも人生は続く。だったらその先のことを考えなければならない・・・過去に縛られずに。
「次に・・・」
「そう、次に活かすの。今更くよくよしたって仕方ないんだから、今はとにかく次をどうするか、どうしたいかを考える。そして次をもっと良い結果にしたいなら努力すればいい・・・メルトは今頑張ってるでしょ?だったら大丈夫だよ」
「・・・そう、かな」
「そうだよ・・・だから泣かないで」
抱きしめた腕の中で、背中を震わせながら悔し涙を流すメルトを見つめる。
ルビーを泣き止ませる時も、いつもこうして抱きしめて撫でてあげたっけ・・・・・・
誰の視線もない二人だけのスタジオの中で、静かな時間だけが流れていた。
「わりぃ・・・その・・・今日は、ありがとう」
「・・・こちらこそ・・・?」
気まずい空気の中、俺たち二人は帰り支度をしていた。
何やってんだろうな、俺。男を抱きしめて慰めるとか・・・いや、
泣いてるメルトを見ていたら昔のルビーを思い出してしまったんだよ。
しかもこいつは精神年齢的にも年下の少年なわけだし、同年代の異性というよりは・・・そう!弟っぽいんだよな。だからついつい構ってしまう。
・・・ま、弟なんて前世でもいたことないけど。
俺が内心で誰に向けたものでもない言い訳をしていると、支度を終えたメルトが話しかけて来た。
「お前も、鏑木さんに世話になってんだよな?」
「ん、そうだけど」
「そっか・・・よし!」
メルトは突然、気合を入れるかのように自身の頬を叩き、キリっとした顔で俺を見つめて来る。
「いつになるかわかんねぇけど・・・次に一緒の作品に出る時まで、俺は今よりもっと演技上手くなってるからよ」
「うん・・・」
「その時は俺のこと、頼りにしてくれよな」
じゃあな!と言って爽やかな笑顔を見せつつスタジオを去っていくメルトを見送る。
いや、今日でお別れみたいな雰囲気出してるけど、来週もまた会うからな。
おもしれー奴・・・でも高1の男子なんてあんなもんか。来週会ったら滅茶苦茶に弄ってやろう。
「(あいつって黒川あかねと付き合ってるんだよな。でも女同士だし、たぶん仕事の関係だよな・・・)」
「どっからあの元気出て来るのかしら」
「後悔してますか?アイドルになったこと」
「アクア・・・」
ベランダで有馬と二人きりになった俺は、辛うじて残っていたはずの微かなモチベーションすら無くなりそうになっている少女を前にして、どうケアしたものかと考えていた。
JIFまで二週間を切った頃。
最後の追い込みに向けて、有馬とMEMちょは連日事務所に泊まり込みでレッスンをしていた。
俺はというと、ぴえヨンからアドバイスを受けつつ体力作りのトレーニングを筆頭としてサポートを行っている。
──そう、ここには鏑木が派遣したトレーナーなんて来ていない。
俺はメルトに関する依頼を受けたが、報酬の内容を変更したのだ。
そっちの方が長期的に見てルビー・・・ひいてはB小町や苺プロ全体にとって良いことだと考えたから。鏑木の人脈があればうまくいく可能性は高いと思っている。
と、俺のことはいい。それよりも今は有馬だ。
ここまでメンタル面は安定していると思っていたが、さすがの有馬も本番が近づいて来て不安になったようだ。ルビーをMEMちょに任せている分、こいつのことは俺が何とかしないと。
「後悔してない・・・って言ったら嘘になるわね。ていうか後悔しまくりかも」
そう話す有馬の言葉にはいつもの覇気がなく、横顔から見える目もどんよりと虚ろな感じだ。
「あんたたちに丸め込まれた私も悪いけどさ、アイドルなんて向いてないのよ。しかもセンターなんて・・・私じゃ役不足よ」
「センター程度では満足できないと?さすがは天才有馬かな、言うことが違う」
「誤用なのはわかって使ってんだから揶揄うんじゃないわよ!私なんかじゃセンターは相応しくないって言ってんの!!」
胸の内を吐き出すように叫ぶと、深く溜息をついて手すりに突っ伏すように寄り掛かった。
「私なんか、なんて言わないでくださいよ。先輩は私にとっても憧れなんですから」
「憧れねぇ・・・ふふっ」
「先輩・・・?」
「・・・嘘ついてんじゃないわよ」
突然笑い出したかと思うと、上目遣いで睨みつけながらドスの効いた声で語り掛けて来る
「あんたの憧れの役者は黒川あかねでしょ?」
「それは・・・」
「私は所詮『元』天才子役。落ちに落ちて、今じゃ端役くらいが精一杯。しまいにゃ後輩にいい様にされたあげくアイドルなんてやってる・・・・・・私のこと何も知らないくせに、憧れてるですって?・・・嘘言ってんじゃないわよ!」
・・・思っていた以上の病みっぷりに少し驚いたが、ある程度は予想していたことだ。
むしろ、今のこれをルビーやMEMちょにぶちまけなかっただけ大したものだ。俺と二人きりの時に言って来たのは、こいつが俺にある程度心を開いてくれている、ということなのだろう。悪いことではない。
「・・・知ってますよ、先輩のこと」
ベランダに肘を置きつつも、俺は睨みつけて来る有馬から視線を逸らす。
・・・そうだよ有馬。お前の言う事は正しい。俺は誰よりも嘘吐きだ。でも──
──お前じゃ俺の嘘は見破れない。
「先輩は五反田監督の言ったこと、覚えていたんですよね」
「・・・は?」
「私たちが初めて共演した映画。あれの撮影が終わってからは、少しずつ現場の人達にも礼儀正しい態度をとるようになったんですよね。それでも仕事は減っていって・・・お母さん、でしたっけ?」
「っ」
有馬は母親が話題に出た所で動揺し始めたが、それに構わず俺は話を続ける。
「随分と無茶な営業をかけたんですよね・・・そのせいで周りからは逆に引かれてしまって、さらに仕事が減ってしまって」
「な、なんで・・・」
「それでも先輩は稽古を続けて役者としての実力を磨いた・・・でも、所属事務所は役者とは関係のない仕事をあれこれ振って来て、それでも先輩は仕事を選ばず、振られた仕事すべてをこなしていった。でも・・・」
「なんで知ってんのよ!あ、あんた、私のことなんて忘れてたんじゃ・・・」
あぁ、そうだよ。陽東高校の面接の日、あの日に再会するまで有馬のことはすっぱり忘れていた。
だからこれは嘘だ。有馬のやる気を、モチベーションを上げるための嘘。
お前には今潰れてもらっては困るんだよ。
「忘れたわけないじゃないですか。先輩は私が役者を目指す切欠になった人なんですよ?先輩と共演したあの日から、私は本格的に役者を志すようになったんです」
「う、嘘・・・」
「嘘じゃないですよ。監督の作品に出ながら、私は現場で出会うスタッフさんたちと個人的な交友関係を繋いでいったんです。そして彼らから、先輩に関する動向を毎日のように聞いていました」
俺は話しながら、有馬の両肩を掴んで真っすぐ視線を合わせる。
有馬は動揺から顔を青くしたり赤くしたり忙しそうにしていたが、俺が目を見ると覚悟を決めたのか、怯えたような目でこちらを見返して来た。
「先輩は凄いよ。私が同じような環境に置かれたら耐えられる自信なんてない。きっとどこかで心が折れて、とっくに役者なんてやめてる・・・私は一人の人間として、先輩を尊敬してるよ」
「うぐぅ・・・」
「演技の才能だって間違いなく本物だし、先輩の才能を知ってる人は業界にもたくさんいる・・・ただ、今は切欠がないだけ。知ってますか?鏑木さん以外にもたくさんの人が今の有馬かなの動向を見守ってる・・・声をかける機会を伺ってるんです」
「そ、そうなの・・・?私を見てくれてる人がいる・・・嘘じゃ・・・」
安心してほしい、これに関しては嘘ではない。
鏑木は『今日あま』で有馬のスターとしての才能が枯れていないことを察して、何やら次の仕事について企んでいるようだ。俺が個人的に集めた情報でも有馬へ意識を向ける業界人がチラホラと増えて来たと聞いているし、今の有馬には流れが来ていることは本当なのだ。
「ここでアイドルとして活躍して、有馬かながまだ健在だってことを一般の人達にもアピールすれば、誰もが先輩に目を向けざるを得なくなる。そうすれば───」
「わ、わかった!わかったからもういいってぇ!」
俺が得た情報をつらつらと言い続けると、有馬はだんだんと顔を赤く染めていく。何となく目がぐるぐると回っているように見えるな。
もうちょっと続けたかったが・・・さすがにこれ以上は無理かな。
「ちょっとちょっと!二人とも何してるの!?ロリ先輩は離れてっ、ていうか何でそんなに顔赤いの!?ときめいちゃってるの!?」
「んな!?べべべ別に私は・・・!」
「次は有馬ちゃんに手を出すなんて・・・このMEMちょさんの目を以てしても・・・!」
「そ、そんなんじゃないってばー!あんたも何とか言いなさいよぉ!」
ガラガラッと扉を開けて飛び出して来たのはルビーとMEMちょだ。
有馬は気づいていなかったようだが、少し前から二人とも扉に張り付いてガン見してたからな。
その後、4人で騒ぎ過ぎたせいでミヤコに怒られてしまったが、有馬のメンタルは復調したようだし結果は上々だろう。
有馬にはこれからも苺プロに、ルビーの傍にいてくれるように誘導していくことになるだろう。
そのためなら俺はいくらでも嘘を吐くし、あいつが喜ぶような言葉をかけてやる。
・・・そのままどうか、俺の代わりに───
「(そろそろか・・・)」
とうとう迎えたJIF当日。
もう少しでルビーたちの出番となる時刻、俺は両手にサイリウムを持ってステージから少し遠い場所で一人待機していた。
俺は今回、大規模イベントにおける現地のでの動きを学ぶためにミヤコに付いて回っていた。
さすがはB小町の元マネージャーというべきか、ミヤコは心なしかデスクワークをしている時よりも生き生きとした様子でテキパキと動いていた。ミヤコ本人はたまに、経営者として椅子に座っているよりも現場の方が向いているとぼやいていたが、確かにその通りかもしれないな。
本当はもっと勉強させてもらいたかったのだが、俺はミヤコの指示で早めに車に戻されてつい先ほどまで仮眠をとっていた。
・・・恥ずかしい話だが、今日の俺は体調があまりよろしくない。
B小町のレッスンとメルトの演技指導の両方をこなすのは、さすがに体力的に厳しかった。さらに言うなら連日のように寝不足なのも影響している。
なにせルビーのデビューライブだからな。
本番当日が近づくにつれて不安の気持ちが膨らんだせいか、何度も夜に起きたりして安定した睡眠がとれずにいたのだ。薬を飲んでもいまいち効き目が薄く、レッスンの疲労も重なって疲れがまったく取れない。
何とか誤魔化せていたと思っていたが、とうとうミヤコにバレてしまい強制的に仮眠をとらされていたわけだ。
多少は眠れたおかげか、ある程度は眠気もとれたし体も動く。これなら俺も全力で応援することが出来るだろう。
B小町の面々は、俺が見た限り今朝から調子は中々良いし、パフォーマンスもレッスンの成果を出しきることが出来るはずだ。特に有馬の調子が良さそうだった。少し気合が入り過ぎているような気もしたが、気負っているわけではなさそうだったので問題はないだろう。
・・・昨日の夜、有馬と何かを話したような気がするのだが、その影響なのだろうか。
意識がぼんやりとしていたせいで、何を話したのかはっきりと覚えていない。余計なことを言ってなければいいのだが・・・
と、考えている内にステージ上にルビーたちが上がって来る。
歓声と共に迎え入れられた三人の姿は、もうどこから見ても立派なアイドルだった。デザイン違いの衣装は赤のメインカラーで揃えられており、それを着こなす彼女たちからは緊張の色はほとんど見えない。
「(綺麗だ・・・)」
特に、俺が目を惹かれたのはルビーの姿だった。
・・・病室で、運動どころかまともに歩くことすら出来なかったさりなちゃん。彼女が抱いた淡い願いが一つ、叶おうとしている。
「(生まれ変わって15年。ようやく、ようやく
短いイントロから流れ始めた曲に合わせ、三人が踊り始める・・・そして───
・星野愛久愛海
今度は過労で体がくたばりそうになっているお姉ちゃん。
B小町のレッスン、栄養バランスを考えた食事作り、メルト君の指導などなど毎日がとっても充実した夏休みを過ごしている。死にそう。
皆には誤魔化してたけどミヤえもんにはバレてしまったので、今後しばらくミヤえもんの目が厳しくなります。
何か色々と企んでます。
次回、アクアちゃん泣く。
ちなみにルビーのことは推し(アイ)の子+(前世からの)推しの娘+今世の妹として見ており、それに加えて前世と今世合わせて20年近く培ってきた好意とか罪悪感とか色々な糞重感情を持っています。
妹のためなら死ねる(ガチ)