短いですが、今回でアクアちゃん視点のファーストステージ編は終わりです。
次回か次々回からは2.5次元舞台編となります。
これからが地獄だぞ!
「ア~ク~ア~ちゃ~~ん?」
「(うわでた・・・)」
もうすぐ夏休みも終わりを迎える8月末。
俺が事務所のソファにだらしなく寝転がりながらスマホを弄っていると、妙に間延びした声で名前を呼びながら有馬がドアから顔を覗かせて来た。
妖怪かお前は・・・いや、こいつのルックスなら座敷童とか似合いそうだな。そういう役で仕事貰えないかそのうち鏑木に提案してみるか。
俺は気怠い体を起こしながら、事務所に入って来た妖怪女に声をかける。
「なにニヤニヤしてるんですか・・・良いことでもありました?」
「良いことっていうか、良いものがあるのよ~、見たい?ねぇ見たい?」
「(うぜぇ)」
スマホをちらつかせる有馬はにやけ顔を隠そうともしない。
・・・仕方ない。死ぬほどダルイがここは誘いに乗ってやるか。雑に扱ってあとあと拗ねたりしたらケアが面倒臭いし。
「ミタイナー、ミセテホシイナー」
「・・・いいわ、見せてあげる!目ん玉かっぴらいてよぉく見なさい!」
俺の棒読みをスルーし、芝居がかった大袈裟な仕草で有馬がスマホの画面を見せつけて来る。
素人がやったら寒いんだが、こいつは無駄に演技力が高いから様になってるんだよな。
しかしいったい何が・・・・・・・・・!?
「っ!」
「おっと!」
反射的に手を伸ばしてスマホを奪い取ろうとするが、素早く反応した有馬にかわされてしまった。
くそ!俺が有馬に後れを取るなんて・・・まだ体から疲労が抜けきっていないのか・・・!
「どうしてそんなものが・・・!」
「いや~これって貴重な写真よね~!まさかあの星野アクアさんが~?公衆の面前でこ~んな顔するなんて!」
「くっ・・・!」
性格悪すぎだろこいつ・・・そんなんだから干されたんだぞお前!
憎しみを込めて睨みつけるが、有馬はにやけた顔のまま妙な踊りを・・・ってピーマン体操じゃねぇか!黒歴史じゃなかったのかよ!
「いや~私は可愛いと思うわよ?でも、今後はアクアちゃんって呼んだ方がいいかしらぁ?あ!マリンちゃんの方がいい?」
「(こ、このガキ・・・!ここぞとばかりにマウント取りやがって!)」
「ね~え~?どっちがいいの~?」
スマホをちらつかせながら踊り続ける有馬。
憎々し気に睨みつける俺の視線の先には、スマホに映った写真・・・年相応の少女のように涙を流して号泣する星野アクアがいた。
「(こんなことがあっていいんだろうか・・・こんな・・・)」
俺はステージ上で歌い踊る三人を見つめながら、この上ない幸せを感じていた。
三人ともよく仕上がっているとはいえ、まだまだ先代のB小町には及ばない。
しかし、それぞれの個性が互いを補いあうことで、新人アイドルとは思えないほどの魅力を放っている。
MEMちょは全体の動きをよく見ており、持ち前のバランサーとしての能力と才能を存分に発揮している。ユーチューバーとして大勢に見られることにも慣れているせいか、緊張している様子も見られない。
ダンスが少し控え目だが、恐らく二人に気遣っているからだろう。それに自分のパートではしっかりと前に出てファンに向けたアピールも欠かしていない。全体的に小奇麗にまとまった感があるが、欠点らしい欠点がない、良い意味で新人アイドルっぽくないアイドルと言える。
有馬は・・・練習の時とは雰囲気が違う。
昨日の最後の練習で通しでやった際は、可もなく不可もなく、ダンスも歌もそつなくこなしてはいたが、センターとしては少し印象が弱いと言わざるを得ないレベルだったのだ。
しかし今は違う。動きは大胆に、しかし他の二人に負担をかけないレベルのギリギリまで振り切ったもの。人形のような作った笑顔は、今は太陽のように力強いものに変わっていた。
・・・まだまだ技術的には拙い部分はあるが、センターとしては現時点で出来る最高のパフォーマンスを発揮している。現在進行形で客席に白いサイリウムがどんどん増えているのがその証拠だ。
しかし二人には申し訳ないが、曲が進むごとに俺の視線は吸い込まれるように一人の少女だけに向けられていった。
「(さりなちゃん・・・君は本当にアイドルになれたんだね)」
顔の良さは三人の中でも随一、ダンスはすでに一線級・・・しかし欠点も多い。
歌は音響さんにかなり助けられてるし、見せる笑顔はアイを意識したもの。魅力的ではあるが・・・古参のB小町ファンには最初こそウケはいいだろうが、そのうちアイの真似事だと言われてしまうかもしれない。
・・・それでも。
俺にとってはルビーこそが、あの場で誰よりも輝いて見えたのだ。MEMちょよりも、有馬よりも・・・記憶に残るアイよりも。
「(きれいだな・・・)」
前世で病室のベッドの上で動けなかった時間を取り戻すように、今世で燻っていた時間の分まで、ステージの上で誰よりも一生懸命に歌い、踊り、舞い続ける。
「(っ!)」
「あっ」
ふと視線が合って、その瞬間にルビーが俺に弾けるような笑顔とウィンクを送ってくれた。
あれはたしか・・・昔、ルビーが駄々こねて皆でB小町のライブを観に行った際に、アイが俺たちだけに向けてしてくれたやつだ。
「(アイ・・・君も見てくれているかな)」
俺は少しの間、夜空にきらめく星々へ目を向ける。
かつて親子三人で見た一番星。アイが亡くなってからは輝きを失ってしまったように感じたその星が、今再び、夜空で大きな輝きを放っているように見えた。
お星さまになってしまった母親が、娘の晴れ舞台を見守ってくれている・・・なんて、柄にもないロマンチックなことを夢想してしまう。
幸せだった。
もしかしたら、転生してから一番の幸福を味わっているのかもしれない。
不思議なことに、俺が喜びの感情を抱いた際に頭に響く幻聴はやってこない。
凄惨な幻覚も現れないし、体に不調も起こらない。心臓の鼓動はうるさかったが、痛くはないし、それでころか少し心地よかった。
いつぶりだろう。
喜びの感情が罪悪感を上回るなんて・・・こんなことがあっていいんだろうか。
・・・応援、しないと。
「・・・・・・・・・」
そう思ってもサイリウムを握る腕は動かず、俺はただ無言でステージ上の少女たちを見つめ続ける。
15年・・・前世も合わせれば20年以上も待ったのだ。
さりなちゃんが亡くなって、本来ならそこで終わってしまったはずの夢。志半ばどころか一歩を踏み出すことすら叶わなかったその夢が、転生という奇跡によって、今ここにあり得ないはずの光景を作り出している。
俺に彼女を祝福する資格はない。
喜ぶことも、幸せを感じることも、本来ならあってはいけないことだ。
・・・恐らく、これは今だけだ。
次からは少なからず慣れてしまうだろう。そうすれば再び罪悪感が俺を締め付け始め、純粋に喜びの感情を出すことは出来なくなってしまう。
だからこそ。
この光景を目に焼き付けるように。
絶対に、絶対に、忘れないように。
俺はいつの間にか流れていた涙を拭うこともせず、ただひたすらにその奇跡の光景を目に映し続けた───
「(ヤバい・・・これ見つかったら絶対に何か言われるぞ。隠さないと・・・)」
ライブも終わり、俺は一人車の外でルビーたちの帰りを待っていた。
本当なら荷物持ちをしたかったのだが、俺は諸事情によってミヤコに後を任せて一人車に戻って来たのだ。
「(車内は暗いし、外も街灯の明かりはそれほどでもない。これなら何とかなるか・・・?)」
俺がさっきから何を隠そうとしているのか?
答えは簡単。涙を流しまくって目が赤く腫れてしまったからである。目のクマを隠すためのメイクも完全に流れてしまってるし、これではとてもではないが人前には出れない。
ステージとは離れていたし、恐らくルビーたちには気づかれていなかったと思うが・・・
こんな姿を見られたら羞恥心で死んでしまう・・・てか有馬は絶対に揶揄ってくるだろ。あいつには何が何でも気づかれないようにしないと。
「───あ!おねーちゃーーん!!」
「(ルビー!)」
俺が前髪を弄って何とか目元を隠そうと試行錯誤している間に、ルビーたちが帰って来てしまった。
疲れているだろうに、俺を見つけたルビーは大声で呼びながら駆け寄って来る。遠目にチラホラ歩いている観客たちが視線を向けて来るのを感じた。
「ねね!途中でお姉ちゃんにウィンクしたの気づいてた?」
「あ、う、うん。ちゃんとわかってたよ」
「マ・・・アイが昔私たちにやってくれたやつ、私もやってみたんだー!」
「そっか・・・」
「てかお姉ちゃん全然サイリウム振ってくれなかったじゃん!昔みたいにオタ芸やってくれると思ったのに───」
ニコニコと話を続けるルビーの顔を見ていると、再び先ほどの光景を思い出してしまい、涙腺が緩むのを感じた。
・・・だ、駄目だ。耐えられそうにない。
せめて、せめてこれだけは伝えないと・・・
「───でさー!先輩がすっごい絶好調!って感じ・・・で・・・・・・え?」
突然言葉が途切れたルビーから、驚いたような空気を感じた。しかし俺の視界はすでに涙でぼやけてしまって、ルビーがどんな表情をしているのかわからない。
俺はもう限界だった。このまま泣き始めたらまともに会話が出来なくなることが容易に想像出来てしまう。
そうなる前に・・・どうしても君に伝えたい言葉があるんだ。
「おめでとう、さりなちゃん。夢だったアイドルになれたんだね」
「・・・」
「とっても綺麗で、可愛くて・・・ステージに立つ君は、誰よりも眩しかったよ」
「せ・・・え・・・あ、あれ・・・?」
あぁ、今の俺はきっと酷い顔をしているだろう。
とめどなく涙が流れ、腫れた所にしみて少し痛い。
俺はちゃんと笑えているかな。悲しくて泣いてるんじゃない、嬉しくて泣いてるってことが伝わるといいな。
「ちょ、やだなもー!お姉ちゃん大げさすぎ・・・な、なんか私まで涙出てきちゃったよ」
「きっと、きっと、母さんも喜んで・・・くれて・・・うぅ・・・」
あ、これもうむりだ。マジ泣く。
さっきので枯れるほど泣いたと思ったのに、この体のどこに残っていたのか、拭っても拭っても涙があふれ出て来る。
「・・・っ!・・・!」
言葉にならない嗚咽が漏れるばかりの俺の頭に、ルビーが優しく手を乗せた。
「よ、よしよーし、いい子いい子」
「あ・・・」
「今日は私がお姉ちゃんをよしよししてあげるね・・・」
・・・優しく頭を撫でる感触で、かつてアイに撫でられた時のことを思い出す。
けれど、今までのようにトラウマが蘇ることはない。
心地よい、暖かいものが胸の奥に広がっていくのを感じて、俺の意識はだんだんと静かな暗闇の中へと落ちて行った。
あの後、俺は泣きつかれて寝落ちという中身アラサーの男とは思えない大失態をやらかし、帰りの車の中では疲労で眠ったルビーと共に仲良く爆睡していたのだ。
しかしまさか、あの場面を撮影されていたとは・・・あの時の俺は色々限界過ぎて周りを気にするような余裕なんてなかったからな。
「やれやれ・・・どんだけ大人ぶっても所詮は高1のガキね。どう?今後は私のことをお姉ちゃんだと思って頼ってくれてもいいのよ?ほら、試しに『お姉さま』って呼んでみなさい?」
「・・・今の先輩、はしゃいでる小学生女児みたいに見えますよ。恥ずかしくないんですか?」
「もう~素直じゃないわねぇ。マ・リ・ン・ちゃん♪」
「(こ、殺す・・・こいつはいつか必ず殺す・・・!)」
ガキが・・・舐めてると潰すぞ・・・・・・あ、そういえば昔もこんなこと思った気がする。デジャブか?
踊り狂う有馬に対してスマホを取り上げるべく俺がじりじりと距離を詰めようとしたとき、ふと思うことがあって足を止めた。
MEMちょとルビーはさっきコンビニに行くと言って出掛けたし、ミヤコも先日のJIFの後処理で外出中だ。今は有馬と二人きり・・・聞くなら今しかない。
「あの、先輩。この前のことなんですけど」
「ふふふん♪・・・・・・え?なに?」
「ほら、JIFの前日の夜に、先輩と二人で何か話しましたよね?」
「・・・・・・・・・」
「どうやら寝惚けていたみたいで・・・何か変なこと言ってませんでした?私、あまり覚えてなくて」
「あー・・・私もあの時は眠かったからなぁ。なんだっけ・・・?」
俺が問いかけると、有馬はふざけた踊りを止めて何かを思い出すように頭を傾げている。
あの時のことは結局思い出せなかったんだよな。確か、ルビーのことで何か言ったような気はするんだが・・・
「確かルビーが・・・」
「!」
「・・・ルビーが可愛すぎてライブ中に気絶したらどうしよう、とか言ってたわね。だから私は『馬鹿言ってないでとっとと寝ろ』って言ったの・・・思い出した?」
「そう、ですね。そんなこと言った・・・かも?」
「あんた相当寝惚けてたからねぇ。覚えてないのも無理ないわよ」
なんだ、大したことは言ってなかったか。
だったら有馬の調子が良かったのは別の要因が・・・いや、ただ単に有馬が本番に強いだけだった可能性もある。俺の気にし過ぎか・・・深く考えることじゃないな。
「・・・そういえば、起きたらタオルケットがかかってたんですけど、あれは先輩が?」
「ま、まぁね。当日風邪ひいて来れなくなった、なんてなったら大変だし・・・」
「先輩・・・やっぱり先輩は優しいですね」
「っ!べ、別に?あんたには荷物持ちとしての仕事があるんだから・・・」
・・・今だ!
「もらったぁ!」
「ああ!ちょっとー!!」
「たっだいまー!アイス買って来たよ!皆で食べよー!」
「クーラーすずしー・・・あれ、お姉ちゃん何してるの?」
やっぱり有馬はチョロいな。こんなに簡単に動揺して・・・ほんとに扱いやすい。
俺がさっさと画像を削除しようとしたタイミングで、自宅に繋がる出入り口からルビーとMEMちょが帰って来た。
「んん?あ、これ・・・」
「今消すところ。この歳になって外でギャン泣きとか、黒歴史でしか──」
「これ撮ったのMEMちょだよ?」
「・・・・・・は?」
ちょっと待て。有馬が撮ったんじゃないのか?なぜMEMちょが・・・
俺が驚愕と共にMEMちょへ顔を向けると、暢気にアイスを咥えたMEMちょが扇風機で涼みながら答えた。
「いや~、これもユーチューバーの本能と言いますか」
「MEMちょは凄いよね。さっすが、プロのユーチューバーはどんな時でもチャンスを見逃さない!」
「いや~それほどでも~・・・あるけど?」
「・・・」
そ、そうか、MEMちょが撮ったのか・・・街灯の明かりくらいしかなかったのに随分と綺麗に撮れていると思った。有馬じゃ多分こんなにうまく撮れないだろうしな・・・
「泣いてるお姉ちゃんもかわ・・・じゃない。これは貴重な参考資料として、妹である私が責任を持って永久保存しておいたから」
「なっ・・・!」
「まぁまぁ、マリンちゃん落ち着いて・・・もしかしたらいつか、新生B小町のドキュメンタリー映画とか撮るかもしれないじゃん?その時のために、こういうのはちょくちょく撮っといた方がいいと思って♪」
「・・・」
B小町のドキュメンタリーに俺の泣き顔が本当に必要か?その判断はおかしくないか?
絶望した俺はソファに倒れ込み、ルビーに口にアイスを突っ込まれるまで不貞寝を決め込んだのであった。
「(安心しなさい、誰にも言うつもりはないから。いつかあんたが素面の時に言えるようになったら、その時はいくらでも聞いてあげるわよ・・・)」
「こんな感じでいいかな?」
「はぁ・・・」
「あれ、溜息なんて吐いちゃって、悩み事があるなら聞くよ?」
「暑いからあんまりくっつかないで・・・」
今日はとある人物・・・黒川あかねと共にインスタに上げる用の写真を撮るべく二人きりで外出中だ。
今は二人して女子高生の間で話題になっているらしい、小洒落たカフェでクレープを食べている。黙々と食べる俺とあかねのツーショットを撮っていたのだが・・・
さっきから、というか会った時からあかねの距離感がおかしい。とにかく距離が近い。
あかねの提案で俺は敬語をやめたので、以前より距離は縮まったように見えるだろうが・・・それにしてもあかね。お前はもうちょっと恥じらいのあるキャラじゃなかったか?
「もう~せっかく久しぶりに会えたんだから、もうちょっとイチャイチャしようよ」
「(イチャイチャて)」
椅子も寄せて体をくっつけてくるので、あかねの体の柔らかさや微かな香水の匂いがダイレクトに伝わってくる。別に今更ドギマギするわけじゃないが・・・今のあかねは演技をしていない素のはずだが、こんなに積極的な性格をしていただろうか。
「そういえば例の件・・・もうそっちには話行った?」
「・・・『東京ブレイド』の話?」
「そうそう!ララライが中心になってやるから、私にも話来てるんだ」
・・・『東京ブレイド』か。確かに鏑木から話は来ている。
ここまで鏑木からの仕事をこなして来てわかったが、やはりこの業界で必要なものはコネだ。
俺はルビーのサポートをメインとするはずだったが、ルビーのために仕事を貰ってくるためにはコネが必要で、そしてコネを得るためには芸能人として、役者として活動するのが確実な方法だとわかった。
裏方の繋がりでは情報を得ることが出来るが、仕事そのものを貰うことはやはり難しい。大した実績もない子役上がりの高校生が、仕事が欲しいと言っても聞き入れてくれる人はそうはいない。
『東京ブレイド』は『今日あま』と違って、現在進行形で原作が盛り上がり続けている大人気漫画だ。
舞台化についても話題になっており、今までの仕事の中で間違いなく一番大きな規模になるだろう。ここで鏑木の期待に応えることが出来れば、今後もさらなる支援を受けることが出来るはず。
だから参加することはやぶさかではない。ないのだが・・・
「私は『刀鬼』役でオファー来てて、アクアは『鞘姫』役でしょ?」
どうして俺が『鞘姫』役なんだよ!
鏑木には俺の子役時代の資料は渡しているはず・・・今まで男役を何度もやっていたことを知っているはずなのだ。だったらここは俺が『刀鬼』役じゃないのか!?いったいどうして・・・
「二人は恋人の役・・・絶対キャスティングした人狙ってるよねー。あれ、どうしたの?」
「・・・『刀鬼』役の方が良かった」
・・・いや、わかってる。わかってはいるんだ。
『刀鬼』は、ヒロインと相棒キャラの『つるぎ』のどちらと結ばれるかで今現在も毎週盛り上がるくらい、サブキャラにしては読者人気も高い。
対して、『鞘姫』は最初こそ『刀鬼』のヒロイン役として登場したものの、相方としての役目を『つるぎ』に奪われ、作品全体としての登場シーンそのものが少ない。登場当初はともかく、今では人気もほとんどなくなってしまった、いわゆる負けヒロイン。
今後、間違いなく演劇界をけん引するであろう若手女優のトップに立つ天才、黒川あかね。
今まで大した実績もなく、『今ガチ』くらいしか目立った作品がない無名の役者である俺。
この二人で役を割り振るとしたら、原作の人気キャラをあかねが演じるのは当然のこと。事務所の力関係もあかねの所属事務所の方が苺プロより上だし・・・ていうか、苺プロが演劇界隈に碌なコネがないので、他のどの事務所相手でも優位に立つことは不可能。俺に役を選ぶ権利など最初からなかったのだ。
失意に沈んでいる俺を見て、あかねは反応に困ったように苦笑いをこぼした。
「あはは・・・たぶん、『今ガチ』で世間に与えたイメージを考慮した、って可能性もあるかな」
「うぅ・・・んぐ」
「で、でも、私は似合うと思うよ!アクアは綺麗だし!可愛いし!原作の『鞘姫』のキャラのイメージとかなり合うと思うんだよね・・・わ、私のも食べる?」
「食べる」
「(もぐもぐしてるアクアかわいい・・・撮ってもいいかな?)」
俺は残っていた自分のクレープを口に詰め込み、あかねから手つかずのクレープを貰ってさらに食べた・・・いわゆるやけ食いである。
太る・・・ことはない。むしろ最近はカロリー不足気味だったのでちょうどいい。JIFが終わってからは食欲も以前より増えたし、調子のいい今のうちに食べられるだけ食べておこう。
・・・ニコニコしながら俺が食べている様子を眺めるあかねをチラリと見て、俺は人知れず安堵していた。
あかねと再会してどうなるかと思ったが、今のところ問題はなさそうだ。
『今ガチ』ではあんな風になってしまったが、あれは恐らくあかねが『アイ』を演じていたせいなのだろう。素のあかねとなら一緒にいても特に影響はないみたいだ。
これから俺とあかねの関係がどうなるかはわからないが、俺としては徐々に別れる方向に持っていければいいと思ってる。あかねは友人としての好意を恋だと勘違いしてるだけだし、俺の方もあかねに恋愛的な感情はないのだから・・・普通の友人関係だったら俺も歓迎するんだけどな。
「共演は何年ぶり?てっきり役者辞めたんだと思ってた・・・今はアイドルだもんね?」
「ずっと板上に引き籠ってお金にならない仕事してても仕方なくない?あっ、そういえば最近、恋愛リアリティーショー出てたっけ?私生活を切り売りして人気出てきたらしいじゃない。ヨカッタワネー」
「っ!」
「(これうまいな・・・前世では甘いものは得意じゃなかったが、こういうのも悪くないな・・・)」
俺は巻き添えを喰らわないよう、静かにジュースを飲みながら二人の女の戦いを見守っていた。
途中で有馬がやって来た結果、過去の因縁から二人がバチバチやり始めてしまったのだ。
呼んでない上に場所も伝えていないはずだが、偶然でこの二人がこんなところで再会してしまうとは・・・天才同士の運命的なあれだろうか。
「・・・そーいえばさぁ」
俺がジュースを飲みながら次に何を食べようか考えていると、視線を感じたので顔を上げる。
去ろうとしていたはずの有馬が、足を止めて俺の方を見つめていた。
「アクア。あのこと、黒川あかねには言ったの?」
「かなちゃん!?急になにを・・・」
「(・・・あのこと?)」
あのこと・・・あのことってなんだ?
俺が訝し気な視線を送ると、有馬は一瞬だけ泣くようなポーズを・・・って、あのことってあれかよ!
「言うわけないじゃないですか!あかねには関係ないことだし」
「アクア!?」
有馬が言っているのは、俺がJIFでガチ泣きした件のことだろう。
この合法ロリ・・・再びMEMちょから写真を送ってもらったのか、あれからもちょくちょく弄ってくるようになったんだよな。
今に見てろよ・・・必ず泣かしてやるからな。
「・・・ふ~ん、そうなんだぁ」
「っ!な、なに?」
「べっつに~?恋人なのに聞いてないんだ~、とか思ってないわよ」
「くっ!」
「ふっ」
・・・その時、いったいどういう攻防があったのか、俺にはわからないが・・・勝ち誇ったような顔をした有馬は悠々と去っていき、残されたあかねが悔しそうに歯噛みしているのを見ると、今回はどうやら有馬が勝ったらしいということはわかった。
そもそもどういう勝負をしていたのかすら、俺には理解出来なかったのだが。
「あかね、そろそろ行こうか」
「・・・」
「あかね?・・・あかねさん?」
有馬が去って数分。そろそろいい時間だし、店を出ようと促すものの反応がない。
どうしたものかと悩んでいると、突然、あかねが勢いよく顔をあげたので俺は少し驚いてしまった。
「アクア!」
「アッハイ」
「あのことって何!?」
「・・・」
あ、圧が強い!そんなに気になるのか!?
しかし、さすがにあかねであろうと、あのことは言いたくない。だっていい歳した中身大人があんな情けなく泣いてしまったなんて・・・俺にだってまだ男としてのプライドは残っているんだよ。
「先輩は何か意味深な感じだったけど、別に大したことないよ」
「大したことじゃないのに私には言えないの?」
「・・・あ、あんまり他人には言いたくないかな」
「そ、そっかぁ・・・・・・ふ、ふふふ」
俺が答えると、あかねは再び俯いてぶつぶつと何事かを呟き始めた。
結局、俺が追加で注文した二人分のケーキを食べ終えるまで、あかねの呟きが終わることはなかった。
・・・おかしいな。それなりに女性経験はあるはずだが、あかねが何に対してこんなに反応しているかがわからないぞ。有馬との因縁がそれほど深いものだった、ということだろうか。
「(同じ事務所だからって調子に乗って・・・・・・でも私は負けない。『東京ブレイド』で役者としてかなちゃんを打倒し、アクアともっと仲良くなって、何でも話してくれるくらいに信頼を得てみせる・・・!!)」
「(・・・よし、もう大丈夫そうだな)」
とうとう夏休み最終日。
始業式前日の夜、俺は自室で鏡を見ながら自分の顔に異常がないかチェックしていた。
JIFが終わってからはミヤコに言われたのもあって、外せない用事以外の外出は控えて自宅で休むように努めた。
寝つきがよくなったことや、食欲が戻ったおかげもあって俺はしっかりと休養をとることが出来た。今もクマが残っていないか調べていたが、すっかり夏休み前と同じ・・・いや、夏休み前よりも健康的な肌色になった気がする。これなら普段のようにメイクで顔色を誤魔化す必要はなさそうだ。
そのままの流れでいつも通り、表情を作ってチェックしていく。
・・・俺は、鏡を見るのが嫌いだ。
鏡を見ると、否応なく自分が女になったことを自覚させられて、少し鬱になってしまう。
けど本当は、何よりも俺が一番嫌いなのは、女になったことじゃない。
成長するたび、歳を重ねるたびに母さんに・・・アイに似ていく自分の姿。
今の自分自身の姿を受け入れることが出来ていない、俺自身の弱い心が、何よりも嫌いだった。
・・・昔はこんなんじゃなかった、気がする。
昔はアイの娘であることも、女であることも、今よりすんなりと受け入れていたような気がするのだが・・・
表情のチェックを終えて、明日持っていく荷物を確認した後、明かりを消してベッドの上に横になった。
今年の夏休みは楽しかった。
何より一番喜ばしいのは、ルビーがアイドルとしての一歩を踏み出したこと。
あの子にはやはり、アイから受け継いだ天賦の才能がある。アイドルとして輝ける最高峰の資質が。
これからあの子は、アイドルとしての階段を駆け上がっていくのだろう。かつてのアイのように。
たくさんライブをして、ファンを増やして、テレビ番組やドラマに出たり・・・そんなルビーの成長を、俺は間近で見守ることが出来る。
これほど幸せなことなんて───
『いつまで浮かれてるつもりだ?』
・・・・・・・・・
『つい最近死にかけたってのに・・・今度はさりなちゃんが狙われたらどうする。また油断して死なせるつもりか?アイのように』
・・・そうだ、そうだな。なに浮かれてんだ俺は。
ルビーの成長を見守るだって?
そんな幸せが俺に許されるはずがない・・・あの子の成長を今まで見守ることが出来た。それで十分じゃないか。
『そうだ、もう十分幸福を味わった。これ以上を求める資格なんてお前にはないんだ』
・・・状況は俺が望んだ方向に進んでいる。
有馬とMEMちょを引き入れることが出来たのは幸運だった。有馬は共感性が高いから扱いやすいし、MEMちょは情に厚いからそう簡単に俺たちから・・・ルビーから離れることはないはず。
ミヤコだけでは不安があったが、あの二人が加わってくれるなら心強い。
俺がいなくてもルビーは幸せになれる。傍で支えてくれる人たちがいれば大丈夫。
『あかねはどうするの?』
・・・わからない。
彼女は俺をどう思っているのだろう。まさか本当に俺のことを・・・・・・もし、そうだとしたら。
あかねの好意は利用できる・・・?
『使えるものは全て使え・・・さりなちゃんのために。今までもそうだっただろう』
『本当にそれでいいの?あんなに優しい人なのに、私たちのために利用するの・・・?』
・・・いや、答えを出すにはまだ早すぎる。
『東京ブレイド』では共演するし、今までよりも付き合いは多くなるはず。彼女を利用するかどうかは、もっとよく知ってから考えるべきだろう。
・・・もしも、あかねが本当に
・星野愛久愛海
色々と限界になって泣いちゃった。
『今ガチ』で削れに削れた精神力が今回でだいぶ回復しました。寿命が延びたと喜ぶべきか、あるいは今以上に責め苦を受けるだけの余裕が出来てしまったというべきか、それはこれからわかる。
忘れないでほしいのですが、どれだけ回復したとしてもあかねのアイエミュから受けた影響は消えません。
一時的に大幅に回復しただけで、デバフはそのままだし最大HPも削れたまま。
・黒川あかね
もぐもぐアクアちゃんに癒されていた所、重曹を舐める妖怪とエンカウントしてバチバチしちゃった。
『刀鬼』は『鞘姫』よりも情報量は多いはずなので、原作よりもスムーズに役に入れるはず。ただし、有馬&姫川コンビに一人で立ち向かうのは厳しいので、アクアちゃんと組むのは原作と同じ。
・星野瑠美衣
『今ガチ』終了後はぎこちなかったけど、JIF後は以前のような関係に戻れた。
最近は姉を大事な人と重ねてしまうことが多くて、お姉ちゃん相手にドキドキしちゃってるお年頃な女の子。
いつか気づきそうだけど、その頃には何もかも手遅れになっている可能性が高い。
アクアちゃんが古巣の劇団に関わることになったので、黒幕さんはウキウキしています。