今回は妖怪を舐める有馬かなこと、重曹ちゃん視点です。
ファーストステージ編という最初にして最後の癒し回が終わり、次回から地獄の2.5次元舞台編に突入します。
私の名前は有馬かな。
小さい頃は天才と呼ばれ皆がちやほやしてくれた。
成長した現在はネットでオワコン子役と呼ばれるようになってしまった私だけど、今は紆余曲折を経てアイドルなんてやってる。
きっかけはあいつ・・・星野アクア。
年齢にそぐわぬ退廃的な雰囲気をした少女。あいつとの再会から、停滞していた私の時間は動き出したのだ。
アクアとの出会いは今でもしっかり覚えてる。
私がまだ、天才子役として界隈で無双していた頃の話。
「ママぁぁああ!なんでママいないのー!」
「あぁほら、よしよし・・・」
「うぅぅ・・・」
「(うっさいわねぇ。なんなのよこいつら)」
その日は、強面の監督・・・五反田監督の作る映画の撮影の日だった。
何だか妙に騒がしい声がしたから見に行くと、そこには二人の小さな女の子がいた。
二人ともよく似た容姿をしていたから、一目で姉妹だとわかった。双子かどうかまではわからなかったけど。
一人は整った顔を歪め、泣き喚いたと思ったらそのままもう一人の女の子のお腹に顔を埋めた。
もう一人の女の子は困ったような笑みを浮かべながら、泣きじゃくる女の子の頭を優しく撫でていた。
何となく、泣いてる方が妹で、あやしてる方が姉なんだろうなと思ったけど、当時の私にとってはそんなことはどうでもよかった。
監督のゴリ押しで出演が決まったコネの子、とお母さんから聞かされていた私にとって、二人の印象はマイナスからスタートしていたのだ。
「ちょっと!ここはプロの現場なんだけど!遊びに来てるんなら帰りなさい!」
結局、私は好き放題言いたいことを言ってその場を去ってしまった。
言い訳するわけじゃないけど、あいつらがコネで出番を取ったのは事実だし、妹の方は当時から『重曹を舐める天才子役』とか言ってくるからカチンと来たのだ。
・・・まぁ、今思うとちょっと言い過ぎだった気がしないでもないけど。
私の口の悪さは生まれつきだったんだなぁ、というのがよくわかるエピソードである。
印象が大きく変わったのは、私とアクアが一緒のシーンの撮影が始まってから。
アクアは台本通りにセリフを言ってるだけ。当たり前だけどアドリブも入れてないし、特に変わったところのない普通の演技・・・の、はずだった。
「(きもちわるい・・・)」
本当に気味が悪かった。
本来であれば幼児特有の滑舌の悪さ、舌足らずな部分があるはずなのに、アクアにはそれが全くなかった。
あまりにもはっきりと、誰にでも聞き取れる明瞭な発音ですらすらとセリフを言い放つ。
まるで子供の皮を被った大人がそこにいるようで・・・私はあまりの気味悪さに内心ビビッていたけど、不思議とアクアから視線を外すことが出来なかった。
人の視線を集める才能、というものがある。
著名な芸能人やスポーツ選手、あるいは政治家なんかが大なり小なり持っているものだけど、私が知る中では真っ先にB小町のアイが思い浮かぶ。アイの演技はそれほどうまいわけではなかった。それなのに、一度見たら視線を釘付けにしてしまう、そういう天性の魅力・・・カリスマとかオーラと呼べるものがあった。
あの時のアクアも、アイと似たような魅力を放っていた気がする。
そう感じたのはきっと私だけじゃない。監督も、主演の女優も、周りのスタッフも・・・短時間だったとはいえ、あの場にいた全ての人間の目を集めたのだ。
あのシーンの撮影はすぐに終わったけど、あのまま撮影が続いていたら私はどんなミスをやらかしたかわからない。ぽっと出の、しかも年下の女の子の演技に呑まれ、精神的な動揺を抑えられないなんて・・・初めての経験だった。
「(悔しい・・・悔しい・・・!!)」
後から、あいつが今までろくに稽古もしたことのない、完全なド素人だったと聞かされて大きなショックを受けたのを覚えている。
今まで同世代で自分に並ぶ子役なんていないと思っていた状況で、突然現れた、自分以上の演技をする年下の子供。しかも今回が初めてとは信じられないレベルの演技力。
きっとアクアは私と同じ場所まで登って来る。
私たちの世代はアクアとこの私・・・有馬かなの二人の天才が鎬を削り合う世界になるだろう。
当然、負けるつもりはないけれど、私は自分と同等の天才が現れたことに心を躍らせ、未だかつてないほどの闘志を燃やしていたのだ。
「(アクアね・・・名前は覚えたわよ。あの時は圧倒されたけど、次は絶対負けないんだから・・・!)」
なーんて思っていた当時の私に言いたい。
『現実を見ろ』と。
私は今までの態度が良くなかったせいで歳を経るたびに仕事が減ってしまい、焦ったお母さんが周りに無理な営業をかけるせいでどんどん引かれて余計に仕事が減る始末。
しかも、(一方的に)ライバル認定したアクアがいつまで経っても表舞台に出てこないし、私はせっかくの気合が空回りしてしまって何もかもがうまくいかなかった。
後から聞いた話では、アクアは五反田監督の小規模な作品にしか出演しなかったようで、業界では知る人ぞ知る子役として狭い界隈でしか知名度がなかったらしい。
その後、ピーマン体操に味をしめた事務所の意向で歌に手を出すも中々売れなかった私は、周りに合わせる適応型の演技を身に着けることでどうにか役者として業界に残ることが出来ていた。
見た目はそこそこ自信はあるし、今では私と入れ替わるように活躍し始めた天才役者、黒川あかねにだって演技力では負けてないと思ってる。
でも、子役時代の失敗による負債は思っていた以上のもので・・・かつての天才子役としての栄光は地に落ち、今では売れない役者の典型みたいな人間になってしまった。
鏑木さんは目をかけてくれているけど、それだっていつまで続くかわからない。自分一人で仕事を取って来るにしても、子役時代の印象が残っている業界人にとって私の評判は良いものではない。なんの後ろ盾もない状況では仕事を貰うことは難しいだろう。
お母さんも私を見限り、祖父の介助を理由に実家に戻ってしまった。
子役時代に稼いだお金を消費しながら、一人寂しく送る学生生活。
学校のクラスメートとは話せるけど、友達と呼べるほどの仲の子はあまりいない。仕事も私生活もわりと崖っぷちな毎日を送っていた。
そんな頃だ・・・あの姉妹と再会したのは。
鏑木さんから貰った久々の主演級の仕事、『今日あま』の撮影が最終回のいくつかのシーンを残すのみとなった頃。
「でも私はいいと思うけどなー、アクアマリンって名前・・・中学の時は『アクアさん』派と『マリンちゃん』派で日々血で血を争う戦いがあって・・・」
「嘘でしょ・・・」
私が通う陽東高校の面接に来ていたあいつと、廊下でばったり再会を果たしたのだ。
二人とも随分と成長していて、それぞれ系統の異なる美少女になっていた。
妹のルビーは一目でわかる程の陽のオーラを身にまとい、明るく元気な笑顔の眩しい女の子。まるで少女漫画の主人公か少年漫画のヒロインに居てもおかしくないような正統派な美少女になっていた。
あの泣きわめいていた駄々っ子がねぇ・・・と後でしみじみと思ったものだ。
そして・・・姉のアクア。
パッと見でルビーと姉妹であることがわかるくらいには似ていたけれど、見比べれば違いは多かった。
ダウナーというか、気だるげというか・・・無表情なのと顔立ちが整っているのも相まって謎の威圧感がある。
でも、昔会った時からあまり雰囲気も変わってないように思えた。
久しぶりに会えてテンションが上がっちゃった私に比べ、アクアはどこまでドライな反応だった。
・・・かつての出会いを考えれば、アクアの反応も予想出来たはずなんだけどね。
その後の展開は、今までの鬱屈とした生活が何だったのかと思うくらい賑やかで楽しいものだった。
決して、あいつらの前では口には出さないけど。
『今日あま』で12年ぶりに共演したけど、あいつは昔よりもずっと演技力が上がっていて、かつてのようなカリスマ性もしっかりと発揮していた。誰もが視線を向けざるを得なくなる存在感・・・私も釣られて昔のような演技をしてしまったけど、後悔はしていない。
周りに合わせるだけの演技では、あいつに喰われてしまうから。
・・・まぁその後、ラストシーンで『主人公に恋に落ちた乙女の顔』ではなく、『好敵手を見つけた武人の顔』になりそうだったのは内緒だ。
監督を筆頭とした現場スタッフの協力もあって無事に撮影は終了。原作者の吉祥寺先生からも(最終回だけ)褒めてもらえたし、ネット上でもそこそこの評価を得ることが出来た。
・・・でも、『今日あま』が終わってしまえば、私とあいつの関係は学生としても業界人としてもよくある先輩後輩の関係。しかもあいつは『今日あま』限定で役者に復帰しただけ。
役者として同じ作品に出ることもないから、ライバルとして戦うこともない・・・と思っていたところ、私は二人からアイドルとしてスカウトを受け、苺プロに所属することになってしまったのだ。
「私も年齢でウダウダ言われた側だからちょっとだけ気持ちわかる・・・」
「ちょっとじゃなさそうですけど」
「子役の事務所も高学年になったらお払い箱でさ・・・・・・ほんとむかつく」
「鼻水まで・・・はいティッシュ」
「ありがど・・・」
渡されたティッシュで鼻をかむ。すると、アクアが横からハンカチで涙を優しく拭き取ってくれた。
うぅ、後輩の前で泣いちゃうなんて・・・でもMEMちょの話を聞いてたら物凄く共感しちゃって涙が止まらないのよ。
それは『今ガチ』の打ち上げが終わって、帰って来たアクアがMEMちょを連れて来たのが始まりだった。
事務所でMEMちょが身の上話をしている間、私はルビーと一緒に扉の外でこっそりと話を聞いていたのだ。ユーチューバーなんてやって、どうせ皆からチヤホヤされながら楽な人生送って来たんだろうなぁ、とか考えていた自分をぶん殴りたい気持ちになった。
MEMちょ滅茶苦茶良い人じゃん・・・自分の夢を捨ててまで家族のために働いて、それでもユーチューブでは毎日笑顔で・・・『今ガチ』でも気遣い出来る性格なのが伝わって来たし・・・こんないい人いる?
「アイドルをやるのに年齢なんて関係ない・・・だって、憧れは止められない!」
私がアクアに世話を焼かれている間、いつの間にかルビーがキリっとした顔でMEMちょに手を差し伸べていた。
「ようこそ『B小町』へ!」
ルビーが差し伸べた手を掴むMEMちょ・・・二人とも顔が良いせいか、ここだけ切り取ると映画のワンシーンみたいに見えて来る。
「いつもは顔が良いだけのアホなのに、ルビーもやる時はやるのね・・・って、あんたは何してんの?」
私は、スマホを取り出して何やら写真を撮っているアクアに話しかけた。
「ルビーの貴重な成長記録として写真に残しておかないと・・・」
こ、こいつ・・・さすがに今は空気読めよシスコンが!
ルビーもさすがに呆れて・・・と思って振り向くと、MEMちょと二人してバッチリカメラ目線でポーズまで決めていた。
さっきまでのしんみりした空気はどこ行ったの!?私の感動を返してよ!
・・・と、まぁこんな感じで、アイドルとしてスカウトされてから私は苺プロの事務所に毎日のように顔を出しているので、以前のような虚しいぼっち生活とはおさらばしたのだ。
最初にぴえヨンとコラボ動画を撮って以来、ルビーと二人でダラダラしながら『今ガチ』を観ているだけだったけど、MEMちょが来てメンバーも最低限揃った。かつてのB小町の曲が使えることが判明したため、私たちはアイドルらしくレッスンの日々を送るようになった。
アクアは甲斐甲斐しくサポートしてくれるし、実質的にリーダーのようになっているMEMちょも無理な練習はしないように調整してくれて、ルビーはいつも元気で場の空気を明るくしてくれる。
元々、役者として毎日走り込みや筋力トレーニングはしていたし、レッスンだけなら問題ないけど・・・私にはドルオタ二人の熱意に合わせるだけのモチベーションがなかったから、今の調子で楽しくまったり行くならこういうのも悪くないと思った。
風向きが変わったのは、鏑木さんからJIFへのお誘いが来てからのこと。
はっきり言って、私個人としては今の碌に準備が出来ていない状態で挑むにはあまりにもハードルが高すぎると思った。でも二人は乗り気だったし、実際ここでチャンスを棒に振った場合、次に同じ機会が来る保証もない。
渋々参加を了承し・・・それから始まったのは、JIFに向けた猛特訓の日々。
ぴえヨンからたびたび指示や評価を貰いつつ、アクアが指導する形でトレーニングは続いた。
ボイトレ、ダンス、振り入れ、体力作りetc・・・
・・・キツい。キツすぎる。
体力的に厳しいってわけじゃない。むしろトータルの能力なら私が一番優れているという自覚と自負があるし、肉体的に余裕があるのも私だった。
ルビーは顔もいいしダンスは凄いけど、音痴だし、体力はそれなり程度。
MEMちょはダンスはそれなりだし視野も広い。けど歌はギリギリ及第点だし体力は完全に最下位。まぁ年齢のせいもあるだろうけど。
私は総合的に、この二人より確実に上。だけど、能力が優れていたってどうにもならない点があった。
「(なんでアイドルなんかやってんだろ・・・私は役者なのに、どうして・・・)」
厳しいレッスンについて行くだけのモチベーションがなかったのだ。
だってそうでしょ?
二人はアイドルになるのが夢でしょうけど、私にとってアイドルは役者として復帰するための手段、その内の一つでしかない。
そのくせ、失敗したら連動して役者人生も終わってしまうという・・・やりたくてやってるんじゃなくて、必要に駆られてやってるだけなんだから。
最初から覚悟はしていたはずなのに、JIFが近づくにつれて私はどんどんネガティブになっていった。
アクアは『先輩は役者として私の憧れでもあるんです!』とかスカウトの時に言ってたけど、あいつの憧れの役者は黒川あかねでしょ?私じゃないじゃん。
そもそも、今の私に憧れて貰えるだけの魅力があるわけない・・・自分で言ってて悲しくなるけど。
私は所詮、『元』天才子役。今の私にあるのは申し訳程度のネームバリューくらいで・・・と、そこまで考えて気が付いた。
タレントとして無名のルビーに、最初のグループメンバーとして選んだのが私とMEMちょ。
・・・これってもしかして、私たちの知名度を利用してルビーを売ろうとしてるんじゃないの?
あいつが一番大切で、誰よりも優先してるのは妹のルビー。これは間違いない。
私をセンターにすることに何も言わなかったのは不思議だったけど・・・これはそういうこと?
私が役者に復帰するまでの間と、恐らく年齢的にそれほど長くはアイドルを続けられないMEMちょ。
ルビーの知名度向上と、ついでに私たちからファンを妹に移すためだとしたら?
あ、あはは。あはははは!
何よあいつ・・・あいつも結局、他の連中と同じじゃないの。
私を利用するだけ利用して、いらなくなったらごみのようにポイ捨てするんだ。前の事務所の連中や、子役時代の私を利用して甘い蜜を吸っていた糞みたいなやつらと同じように!
ライバル?友人?幼馴染?
馬鹿みたい・・・ただの一方的な思い込みじゃない。
・・・あの嘘吐き女。その澄ました面の皮を剥いでやるんだから!!
いやぁ、あいつも素直じゃないわよねー!
ていうか何?再会した時の素っ気ない態度は照れ隠しってわけ?久しぶりに憧れの人に会えちゃってテンパってたとか?似合わねー!マジウケるんですけどー!
「有馬ちゃんは態度がわかりやすいよねー、最近はずっとご機嫌だし」
「スカウトした時も思ったけど、やっぱり先輩はチョロすぎるよ。ロリコン趣味の男に捕まったりしたらどうしよ・・・」
「いやぁ、さすがに大丈夫でしょ。芸歴だったら私たちの中でぶっちぎりだからね。悪い男への対処法くらい知ってるって・・・たぶん」
「そこで言い切れないのが先輩の不安なところなんだよ」
「それはそう・・・でもまぁ、いやいや練習するよりはずっといいよ。この調子で本番まで行けるといいね」
ご機嫌な私には、MEMちょの生暖かい視線も、ルビーの呆れたような視線も全く気にならなかった。
ついこの前、私はとうとう我慢ならずにアクアに疑いと怒りをぶちまけてやったのだ。
我ながらやっちまったと思ったし、こんなんだから私は干されるんだろうなぁとか内心で後悔したけど、一度口を開いてしまえば後はもう止まらなかった。
・・・あ、これ終わったわ。絶対クビだ・・・せっかく居場所が見つかったと思ったのに、また自分でダメにしちゃうんだ。てかデビューライブ直前に何やってんの私・・・他の二人にも迷惑かけて・・・あはははは!死にてー!
けれど、私が思った結果にはならなかった。
アクアからは思いがけない話を聞くことが出来た・・・まさか、あいつが今までの私の動向を追っていたなんて・・・それってもうファンみたいなもんじゃない!そうならそうと言ってくれればいいのに。まったく、妹と違って姉の方はホントに素直じゃないんだから。
「・・・ちょっと!二人とも遅れてるわよ!今日は本番前の最後の練習なんだから、もっと気合入れなさい!」
「「は~い」」
気の抜けた返事して・・・まったく、やっぱりこのひよっこ共は私がついてないと駄目ね。
「(それにしてもルビーが引き籠りだったとは意外ね。アクアも社長も苦労してたのねー)」
話している内に眠気に負けたのか、寝息を立て始めたルビーを置いて私は水でも飲もうと一階に向かった。
明日はいよいよJIF当日だ。本当ならとっとと寝て体を休めなきゃいけないけど、私はなんだか眠れなかった。単にいつもより就寝時間が早かったから眠れないだけで、少しすれば眠気がやってくるだろう。
眠っている皆を起こさないよう静かに階段を下りていくと、階下から光が見えることに気が付いた。
「アクアー・・・?」
小声で呼びかけながら向かうと、そこにはテーブルに突っ伏したままピクリとも動かないアクアの姿があった。
寝てんのかしら・・・このまま放っておくのはさすがにまずいわよね。
「ちょっと、風邪ひくわよ~」
「う、ん・・・んぅ?」
「起きた?寝るならちゃんと部屋で寝なさいよ」
さすがにこのままだと明日に差し障ると思い、肩に手をかけてゆっくりと揺らすとうめき声が聞こえて来た。
寝起きのせいか、とろんとした目のアクアと視線があって───
───私は再び眠ってしまったアクアにタオルケットをかけ、起こさないように静かに2階へ戻る。
・・・信じられない。
年下のくせにいつも冷静で大人びていて、何やっても計算通り、みたいな態度を崩さないあいつが、あんなことを・・・
これは多分、赤の他人が安易に踏み込んでいい領域の話じゃない。
さっき私に話してくれたのは、恐らく精神的にも肉体的にも疲弊していたからにすぎないのだろう。偶然私がその場にいたから聞いちゃっただけで・・・あそこにいたのが社長やMEMちょだったとしても、アクアは同じことを話したと思う。
『わたしは・・・ほんとうは───』
・・・事情はわからない。寝惚けていたせいか、あいつの言う事は支離滅裂で半分くらいは意味がわからないものだった。そもそも無理に聞いていいことでもないし、聞いたとして私に出来ることがあるとも思えない。
今はとにかく、あいつの不安を取り除いてやらないといけない。
大切な妹の記念すべきデビューライブ・・・他の事情はともかく、その点に関してだけは今の私にも出来ることがある。
「(明日のライブがうまく行けば、あいつも少しは安心するでしょ)」
大人びていてもあいつもまだまだ子供、私より年下の後輩にすぎない。
だったら、先輩の私が支えてやらないとね。
脳裏に先ほどのアクアの顔・・・今にも泣きそうな、幼い少女のような顔がチラつく中、私は熟睡しているルビーの隣に静かに入って眠りについた。
「いや~まさか泣くほど嬉しかったなんてねぇ」
「今までも似たようなことはあったのよ?ルビーの運動会とか、修学旅行の時とか」
「うわぁ・・・でも今までのマリちゃん見てると何となく想像出来ますね」
帰りの車内。
ルビーとアクアは二人とも眠ってしまい、車内にはMEMちょと社長の静かな話し声と、双子の姉妹の寝息だけが聞こえていた。
「マリちゃんには聞けませんでしたけど、社長的には今回のライブはどうでした?」
「そうね・・・新人のデビューライブとしては十分合格ラインってところね。三人とも緊張でパフォーマンス落ちるようなこともなかったし、これからに期待してくれるファンも多いんじゃないかしら」
「おお!先代B小町を知ってる社長に褒められるとは・・・!」
二人の会話を聞きながら、私は後ろに座っている姉妹をチラリと覗き見る。
ルビーに寄り掛かるように、あるいは抱き着くようにして眠るアクアの姿。年相応以上に幼いイメージを抱かせるその姿を見て、あることを思い出した。
あれはたしか、MEMちょのチャンネルで動画撮影があった日のこと。
アクアは撮影を手伝いに出ていて、事務所には珍しく私とルビーしかいなかった。
レッスンは休みになったけど、JIFまで一か月を切った状況で何もしないわけにはいかない。
私たち二人は、何か得るものはないかと過去のB小町のライブ映像を見返したり、撮影した自分たちのレッスン風景を見て、互いの欠点や改善点についてあれやこれやと話し合っていた日のことだった───
『・・・ちょっと気になったんだけど』
『んー・・・なに先輩?』
一息ついたタイミングで、エゴサをしているルビーに私は以前から気になっていたことを聞いてみた。
『あんたってなんで音痴なの?』
『・・・えっ、なんで急に喧嘩売って来たの?買うよ?買っちゃうよ?』
『ちがっ、そういう意味じゃなくて・・・あんたって昔からアイドル目指してたんでしょ?ダンスと一緒に歌も練習しなかったのかなって思ったのよ』
『あー、それはお姉ちゃんがね・・・』
・・・ルビーが言うには、アイドルになったら一般人として生活するのが難しくなるだろうから、せめて中学を卒業するまでは普通の女の子として暮らしてほしい、というアクアからのお願いがあったらしい。
『それと、アイドル以外にも目を向けた方がいいって言われてね。体を動かすのは好きだったし、アイドルになっても活かせるかなって思って、色んなスポーツやったんだよ。中学の時は助っ人とかやってたんだから』
『ふーん、ちなみにそれっていつからなの?』
『うーん・・・小学3年生くらいからかなぁ』
『あいつ、そんな歳から妹の将来見据えてたのね。もう姉っていうか母親じゃないの』
『えへへ・・・お姉ちゃんは私のこと大好きだから♪』
───あの時は納得したけど、先日聞いてしまった内容と照らし合わせると別の答えが見えて来る。
アクアはもしかして・・・ルビーをアイドルにさせたくなかった・・・?
アイドルから遠ざけるために、他の進路に進むようにルビーを誘導しようとした・・・なんて。
「(まさかね・・・大体、あんだけボロボロ泣いて喜んでたじゃない)」
「有馬さん。そろそろ着くから準備しておいてね」
「あ、はい」
社長の呼びかけで考え事から意識を戻す。
いつのまにか自宅近くまで来ていたみたいで、私は降りる準備をするために手荷物を確認した。
・・・私の考えすぎよね。
今日の様子を見る限り、あいつは昨日のことを覚えていないみたいだった。
いつかもっと仲良くなって、アクアが自分から話してくれるようにまるまでは・・・昨日のことは私の胸の内にしまっておこう。
後年、私は当時の自分の判断を後悔することになる。
・・・もっと深く考えなければいけなかったのだ。
自分一人で抱え込まず、社長やMEMちょに話しておけば、今とは違う結果になったかもしれないのに。
どれだけ後悔しても、過ぎ去った時間を取り戻すことは出来ない。
時計の針は、決して元には戻らないのだから。
・有馬かな
皆大好き重曹ちゃん。
アクかな派の人には申し訳ないのですが、今作でアクアちゃんと百合百合な関係になることは多分ありません。あくまで友人関係です。
今作では終始頼れる先輩として活躍してくれると思います。
スキャンダル編?聞いたことないですね・・・
ふとした偶然からアクアちゃんがぽろぽろ零した本音(弱音)を聞いてしまいました。
かなちゃんも眠気と疲労で頭が働いていなかったので、全てを理解することは出来ず、いくつかは忘れてしまってます。
とりあえず妹が不安の原因だろうと思い、これからルビーの世話を焼いたりフォローしてくれるようになります。
かなちゃんがルビーの傍で頑張れば頑張る程、アクアちゃんは自分は必要ないと感じます。
かなちゃんの善意が、アクアちゃんの背中を地獄に向けて押してくれるわけですね!