アクアちゃん曇らせ   作:ヤンデレ好き

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感想・評価ありがとうございます。
地獄の2.5次元舞台編の始まりとなります。すぐ終わるけど。

今回も相変わらずダイジェストでお送りしているので、原作既読推奨です。
舞台編は長い上に登場人物も急に増えるから、ダイジェスト以外ではぶっちゃけ書けません。無理です。



アクアちゃん曇らせ:その9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅からそれほど遠くはない場所。

その気になれば歩いて行ける距離に、その霊園はあった。

 

『星野家之墓』。

 

そう刻まれた墓の前で、俺とルビーは手を合わせていた。

 

 

 

 

 

ルビーたち新生B小町の初ライブが終わり、季節は移ろい、四か月が経った。

 

B小町はライブハウスで何度か小規模なライブを行ったり、MEMちょ主導の下の配信業も今のところは特に問題なく順調に進んでいる。

古参のB小町ファンからもある程度は認められ、すでに固定ファンと思われる人たちも現れている。新人の地下アイドルとしては、かなりの好スタートを切ったと言っていいんじゃないだろうか。

 

そして、ミヤコには先に伝えてあるが、これからB小町の三人に向けて鏑木から仕事を振られる予定になっている。これは仕事を貰うというより、鏑木自身が彼女たちを使いたいと思って要請して来たものだから、この件での貸し借りはほぼない。

詳しく聞いたが、仕事の内容は各々の適性に合ったものだし、社長であるミヤコからも了承を得ている。しばらくの間は、以前のように事務所でダラダラ暇を持て余すこともないだろう。

 

 

 

・・・俺の方も、この四か月で大きく状況が変わっている。

 

まず一つ目は、鏑木に頼んでいた件で進捗があったことだ。

内容としては人探しであり、すぐに結果が出るものではないと思っていたのだが、鏑木はその目的の人物が目撃されたと思しき地点をいくつかピックアップして情報提供してくれた。

今は時間を見つけては目撃場所を周っている。といっても学校もあるし、ルビーたちのサポートもあるから中々捗っていないが。

 

 

二つ目は、人探しの途中で再び出会った俺の自称ファンこと『ミキさん』だ。

ルビーと仲が拗れた時は助言をくれたし、お礼を言いたいと思っていたからもう一度会えて本当に良かった。

驚くべきことに彼はJIFにも来ていたようで、なんと新生B小町のファンになったらしい。しかも一番の推しはルビーだという・・・中々見る目があるじゃないか!

連絡先も交換できたし、これからは共にルビー・・・もとい、新生B小町について語り合える関係になれそうで俺も嬉しく思う。

 

ちなみに彼、昔は役者を目指していたらしく、『ミキ』というのはその頃からの愛称らしい。本名を教えてくれなかったのは少し気になるが、業界の人間なら芸名や偽名なんて別に珍しくはない。

親が結構な金持ちらしく、次男坊である彼は親戚が経営している芸能事務所でスカウトの真似事をしたり、推しの追っかけをして悠々自適に暮らしているそうだ。これだから金持ちは・・・

 

 

そして三つ目。

これが一番の問題にして、俺の今後の行動の方針に大きく影響した出来事なのだが・・・・・・正直あまり思い出したくない。

ただ一つ言えることは、俺の目的は以前と変わらずルビーを守ること、そして幸せにするということだと、決意を新たにしたということだけだ。

 

 

「(アイ・・・こんな頼みごとをする資格なんて俺にはないが、どうか頼む。ルビーを見守っていてくれ)」

 

ルビーはアイが残してくれた、俺にとっての最後の希望の光。この子に幸せな人生を歩んでもらうことが俺の望みであり、転生した俺の使命なのだろう。

 

ルビーが幸福になってくれるのなら、それ以外は何もいらない。何も望まない。

だからどうか、君もこの子の幸せを天国から見守っていてくれ。

 

「ルビー、そろそろ行こうか」

「うん・・・またね、ママ」

 

どちらともなく互いに差し出した手を繋ぎ、俺とルビーは霊園を後にした。

 

 

 

 

 

『・・・』

 

季節は冬。

これから待ち受ける試練を暗示するかのように、無数の烏が、帰路に就く俺たち二人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『劇団ララライ』って硬派なイメージだったけれど、よくもまぁ2.5受けたわよね」

「と言っても、半分は外部から集めたキャストだし・・・先輩、緊張してるんですか?」

「緊張なんてしてないわよ。これは武者震いだから!」

 

 

舞台、『東京ブレイド』のスタッフ顔合わせ当日。

俺と有馬は『劇団ララライ』名義で予約されたレンタルスタジオへ向けて歩みを進めていた。

 

隣を歩く有馬を横目に見ると、わずかに体が震え、顔が紅潮していることが見て取れる。

大方、役者として久しぶりの大きな仕事で気負ってるんだろう。このやる気が空回りしなければいいが。

 

「あっ・・・」

「ん?」

 

有馬が突然何かに気づいたかのように声を上げたため、俺も釣られて視線を向けた。

そこにいたのは、『今日あま』で初の共演となり、夏休み中に俺が演技指導をしていたモデル兼役者、鳴嶋メルトだった。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

「お、おはよ、メルトくん」

 

・・・ふむ。パッと見ただけだが、俺の指導が終わってからもしっかりとレッスンとトレーニングを続けていたのがわかる。

筋肉がついたのだろう、体格が前よりしっかりしている。以前はもやしとまでは言わないが、瘦せ型で、顔立ちも相まって女装が似合いそうなレベルで細かったからな。

歩き方や立ち姿も綺麗なものだ。体幹もしっかりと鍛えているようだし、素直に感心する。

 

「こ、この公演は鏑木Pが外部の役者のキャスティングに噛んでみたいだから、俺たちは同じ鏑木組ってことになる、ので・・・その、よろしくお願いします」

「・・・よろしくね」

 

絶妙に慣れていないのがわかる敬語でメルトが事情を話し始めた。顔が少し赤い・・・さすがにじろじろ見過ぎたか。

何ともぎこちない笑顔を浮かべる有馬を置いて、俺はメルトに近づいて手を差し出した。

 

「こちらこそよろしく。また共演出来て嬉しいよ」

「っ!あぁ!今度は前みたいに足は引っ張らねぇ!期待しててくれ!」

「ふふ・・・今のメルトならきっと大丈夫だよ。私も負けないように頑張らないといけないね」

 

嬉しそうな顔をして俺の手を握るメルト。

男なのはわかってるのに、こいつの今の反応を見てると可愛いという感想が出て来る。なんかこう・・・懐いてきた犬っぽいんだな。動物的な可愛さというか。

 

「かなちゃ・・・かなさん!」

「な、なに?」

「『今日あま』の時は、散々迷惑かけちまってマジでごめん!」

「あ・・・」

「『今日あま』が終わってから九か月・・・俺なりに努力して来たつもりだ。けど、駄目な所があったら遠慮しないでバシバシ言ってくれ!全部直すから!」

「それはいいけど・・・メルトくんキャラ違くない?頭大丈夫?」

 

確かに『今日あま』の時と全然違うのはわかるが・・・多分、メルトの根っこの部分は変わってないと思う。

むしろ、やりたいことが見つかって、気力に溢れている今の姿が本来のメルトなのかもしれないな。

 

 

「(なーんか二人とも思ってたのと違う反応というか、特にメルトのアクアを見る目が・・・ん~~~、私が知らない内に何かあったのかしら)」

 

 

 

 

 

「アクアは舞台、初めてだよね。舞台は私の本業だから、気になることがあったら何でも聞いてね?」

 

キャスト陣と演出の顔合わせが一通り終わり、本読みまでの空いた時間で俺はあかねと雑談していた。

この四か月間、あかねとはちょくちょく会ってはいたが同じ仕事に出るのは半年ぶりくらいか。

 

「うん、頼りにしてる」

「任せてよ!私たち一緒の出番も多いし、共有できることは多いと思うんだ」

 

あかねと会話しながらも、俺の意識はスタジオから出て行った男・・・劇団ララライの代表である金田一敏郎に向けられていた。

 

 

金田一敏郎は劇団ララライの創設者の一人であり、創設者の中では唯一当時から今まで所属している最古参のメンバー・・・どうにかして近づきたいが、中々警戒心の強そうな男に見えるし、やはり業界で長くやってる人間相手に真正面から挑むのは得策ではない。

 

と、なると・・・・・・

 

チラリと視線をその男に向ける。

パーカーに黒ズボンと眼鏡という特徴のない服装。野暮ったい髪型に無精ひげを生やし、顔合わせの際に一人だけ床で爆睡していた、何ともだらしなさそうな男。

しかし、そんな外見に反して、天才が集うと言われる劇団ララライの看板役者に上り詰め、帝国演劇賞最優秀男優賞を受賞し、月9主演俳優としてメディアでも大活躍しているスターである。

 

姫川大輝・・・施設出身らしく、金田一が親代わりに世話をしているという話だ。まずは彼に近づくのが最善か。

 

 

メルトを除いてハイレベルな役者ばかりが揃う今回の舞台で、彼らについていきながら鏑木の期待にも応え、さらにはララライから情報収集もしなければいけない。

 

いい加減、あかねの扱いも決めなければ。

何もかもしんどいが、やり遂げるしかない・・・これもルビーを守るためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、この脚本てどう思う・・・?」

「ん?」

「ちょっと原作とは違うでしょ?」

 

 

舞台『東京ブレイド』稽古5日目。

今のところ、稽古は順調に進んでいると言っていいだろう。

 

 

有馬はどん底時代に磨いた適応型の演技と、子役時代のような存在感のある演技をうまく使い分けている。アイドル活動が良い刺激になったのかもしれない。

絡みの多い姫川と本読みをしているが、傍から見ても今の有馬は姫川に匹敵しているように見える。今回の舞台がうまく行けば、演劇界隈からの評価も高まるだろうな。

 

メルトも基礎は出来ているし、何より積極的に他の役者とコミュニケーションをとろうと努力している。熱意が伝わったのか、ララライのメンバーとも仲良くやれているし、同じ鏑木組の2.5次元俳優、鴨志田朔夜からは弟分か舎弟のような扱いを受けている。あの様子なら何とかやっていけそうだな。

 

 

さて、では俺とあかねはどうかと言えば・・・

 

「特に鞘姫のキャラ、原作とかなり違うでしょ?」

「まぁ、それは確かに」

 

ちょっとばかし納得し辛いところはあるが、概ね順調に役作りに励んでいる。

 

原作の鞘姫は、内気な性格で人を殺めることに葛藤を抱く、よく言えば控え目で優しい、悪く言えば地味で影の薄いお姫様である。こういうキャラだから相方役をつるぎに取られたんだがな。

が、今回の脚本では大幅にキャラが変えられており、戦いに前のめりで好戦的な、ちょっとイかれた感じのサイコ姫になってしまっている。

 

「原作の鞘姫から葛藤や優しい部分の表現を省略して、戦うための覚悟を決めてからの点だけを抽出して強調してる・・・キャラ改変っていうよりは、見せ方を極端に偏らせてきたって感じかな」

「そうなんだよ!」

 

俺が見解を述べると、あかねは丸めた台本をぶんぶん振りながら頬を膨らませた。

あかねってたまに感情表現が物凄く子供っぽくなるんだよな。まぁ、普段とのギャップで可愛らしいと思うし、こういう所は嫌いじゃないけど。

 

「刀鬼が原作とほぼ変わらない分、何だか相思相愛の設定に矛盾を感じるというか、こんな鞘姫に刀鬼が原作通りに好意を持つのかなって。情報が多いから役作りしやすいはずなのに、相方の設定がおかしいから私も調子が狂っちゃうの・・・あ、別にアクアの演技が悪いわけじゃないからね!」

 

確かに、あかねの言う事もよくわかる。

せめて鞘姫に合わせて刀鬼もある程度キャラを変えればよかったのに・・・とはいえ、刀鬼は原作でもかなりの人気キャラ。今回の舞台でも主演のブレイドに準ずる出番があるし、あまりキャラを変えてしまうと作品全体の構成にも影響を与えてしまう。

 

場合によってはファンからの評価も酷いものになりかねない。人気キャラの性格に手を加えるのは脚本家としても慎重にならざるを得ないのだろう。

 

 

・・・ただ、これは俺にとってはありがたいことなのだ。

この舞台での鞘姫役の仕事は、鞘姫というキャラの人物描写は掘り下げず、観る側にわかりやすい演技で物語を進めるための、いわば舞台装置。

俺は諸事情で感情を利用した演技をやりたくない・・・精神的な負担がデカすぎるからだ。五反田監督の所で子役をやっていた時も感情演技は必要最低限、他は演出の意図を汲み取った・・・五反田監督が言うところの『ぴったりの演技』で乗り切って来た。

 

今回の鞘姫の設定は、俺にとっては負担が少なく、一番やり易いものなのだ。

 

俺とて役者として思う所はあるが・・・他にもやらなければいけないことがある。演技まで全力を出していたら心身が持たない。

あかねには悪いが、このまま楽をさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たに書きあがった台本を興味津々といった感じに読み込んだ後、あかねは隠し切れない喜びを表すように勢いよく振り向いた。

 

「やったねアクア!この鞘姫なら原作のイメージとほとんど変わらないし、これなら私も全力で・・・アクア?どうかしたの?」

「(嘘だろ・・・どうしてこんなことに・・・)」

 

不思議そうに覗き込んでくるあかねに反応を返すこともなく、俺は一人、座り込んで頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっかけは、稽古の場に『東京ブレイド』原作者の鮫島アビ子先生が来たことが始まりだった。

『今日あま』原作者の吉祥寺先生の後ろに隠れる彼女は、小柄な体躯とおどおどした態度も相まって、小動物のような可愛らしさを感じさせる女性だった。

 

稽古の様子を楽しそうに見学していたし、これで満足して帰ってくれたらよかったのだが───

 

「脚本・・・・・・全部書き直してください」

 

 

───全てはこの一言がきっかけだった。

 

 

・・・メディアミックスをするにあたって、原作者と脚本家が揉めがちなのは珍しくない話だ。

原作者と脚本家の間には複数の人間が挟まるため、双方の意見が直接そのまま届くということは中々ない。経由した人間によって意見を変えられたり、あるいは足されたり引かれたりして最終的に脚本家に届く。

今回はどうやら、その意見の相違がかなり致命的であったらしく・・・

 

「もう私に全部脚本書かせてください」

「いや、ちょっとそれは・・・・・・!」

 

・・・先ほどまでの控え目な印象が吹き飛ぶくらい、アビ子先生は苛烈だった。

総合責任者の雷田さんが脚本家のGOAさんを庇い、怒り狂うアビ子先生を宥めようと必死に対応している様子を、俺は意気消沈したGOAさんと共に眺めていた。

 

 

 

・・・そんなこんなで、アビ子先生の脅しに近い言葉もあり、脚本家のGOAさんを降ろして原作者であるアビ子先生が直々に脚本を書き直す、という事態になったのだ。

 

新しい脚本が上がるまでは稽古は休止。

雷田さんが何とか説得するか、あるいはアビ子先生が上げる脚本をやることになるのか・・・先行きの見えない状況に、一部を除いて役者たちは皆不安そうな色を隠せないでいた。

 

「稽古中断は痛いなぁ・・・今回の舞台はステージアラウンドだし、稽古期間多く取りたいんだけどなぁ」

「ステージアラウンドか。そういえば観たことないかも」

「えぇ!?アクア、ステージアラウンド観たことないの!?」

「観たことないならイメージするの難しくない!?よく今まで稽古やれてたね!?」

 

ぽつりと呟いた一言に、ララライの化野めいと一緒にあかねが驚いた顔を向けて来る。

一応、どういうものかは知識としては知っているが、俺は普通の舞台しか観たことがない。

 

・・・舞台演技に興味がないわけではないが、昔の俺にとってはあまり優先すべきものではなかったのだ。

ドラマや映画と違い、舞台演技は観客にわかりやすく伝えるために動きやセリフの言い方を大袈裟にする。それが嫌いなわけでも否定するわけもないが、俺が当時欲しかったのは日常で違和感なく使える演技だったのだ。

 

ルビーにとって理想の姉である、星野アクア()になるための。

 

 

「せっかく時間が出来たんだし、私と一緒にデートしよ?演劇は映像より上位の、体験型コンテンツだって教えてあげる」

 

嬉しそうに手を差し出してくるあかねの誘いに乗り、俺はステージアラウンドの舞台を観に行くことになった。

 

 

 

 

 

・・・ここが分岐点だったんだろうな。

あかねに連れられて観に行ったステージアラウンドの舞台は確かに素晴らしかった。体験型コンテンツとして考えれば映像より上位だと言うあかねの意見も納得出来た。十分いい経験になった。これは良いんだ。

 

その後、舞台の担当をしていた雷田さんと偶然出会い、アビ子先生に少しでもステージアラウンドの舞台の素晴らしさ、脚本家のGOAさんの実力を知ってもらおうと思って行動を起こした。

 

俺、あかね、有馬、メルト、この4人で吉祥寺先生の家に行き、彼女を介してアビ子先生に今回俺が観た舞台のチケットを渡すようにお願いしたのだ。

 

さすがに原作者が今から書きあげる脚本でやるのは不安が多いし、メルトなどは今から大幅に内容を変更されたら対応するのに苦労するだろう。

 

俺としても出来れば既存の脚本のままでやりたかったから、アビ子先生の考えが変わってくれるのを期待してのものだったのだが・・・

 

 

 

 

 

「(まさかここまで大幅に変えて来るとは・・・既存の脚本のままでよかったのに)」

 

雷田さん側とアビ子さん側で何があったのかはわからないが、実際に上がってきた脚本は既存の脚本からは大きく変わったものに仕上がっていた。

 

 

説明台詞を削りに削り、役者の演技力にすべてを託したと言わんばかりの滅茶苦茶な脚本。

 

 

この急な変更に対して役者全員が完璧に対応し、尚且つ全員がハイレベルな演技をするなら素晴らしい舞台になるだろう。

無茶振りのように思えるが、ララライの面子も外部から来た役者たちも、一部を除いて実力十分だしやる気満々のようだ。

 

その実力が足りていない一部に属する男が俺の隣にいるのだが・・・

 

「マジかよ。もう半月しかないってのに、こんなん間に合うわけ・・・・・・い、いや、ここまで来たらやるしかねぇ!もう足を引っ張るのはごめんだ!」

「お、燃えてんじゃねぇか、メルト」

「鴨志田さん!」

「てっきり弱音吐いてピーピー泣いてると思ったが、その様子なら大丈夫だな。よし、俺とのシーンも増えたし、本番までみっちり扱いてやるよ」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

・・・この調子である。メルトもやる気みたいだ。今のあいつには勢いがあるし、2.5次元の実力派の舞台役者である鴨志田がついているなら問題ないだろう。

 

 

俺も腹を括るしかないか。

幸い、動きと出番は増えたとはいえ、鞘姫はセリフそのものは相変わらず多くはない。稽古期間と公演期間を合わせて一か月半程度・・・これぐらいなら何とか耐えられるはずだ。

 

「行こう、あかね」

「う、うん(わ、アクアってスイッチ入るとこうなるんだ・・・でも何だか不安になるような・・・気のせいかな)」

 

 

深呼吸して腹に力を込めて立ち上がる。

あかねに声をかけながら、私は準備運動をすべくスタジオの中央へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

「まぁまぁ、あんまり落ち込んでも仕方ないよ。私だってこの演技は何が正解かわからないし」

「そうねぇ。へたな感情演技より難しいし、単純に動かなければそれでいいってわけでもないしね」

「・・・どうしてかなちゃんがいるのかな?」

「は?そりゃ同じ事務所の仲間だもの。困ってたら声くらいかけるわよ」

 

この二人、揃うとすぐ喧嘩するから面倒なんだよなぁ。

両隣にいるあかねと有馬に挟まれながら、先ほど金田一から言われた言葉を思い返していた。

 

 

 

『いいか、星野・・・ここは物語のクライマックス。刀鬼の最大の見せ場だ。戦闘の最中、刀鬼を庇って重傷を負い、倒れた鞘姫を前に絶望する刀鬼』

『だが奇跡的に目覚めた鞘姫を目にして、刀鬼は強い喜びの感情を見せる。ここで重要なのは刀鬼だけじゃなく、死ぬ役である鞘姫だ。お前がきっちり雰囲気を作らねぇと刀鬼の演技が浮いちまうんだよ・・・今のままでも悪いわけじゃないが・・・』

 

 

 

過去の体験を追体験することで自然な演技をする、といえばメソッド演技が有名だ。

しかし、そもそも大概の演技というものは役者の過去の人生経験を大なり小なり活かすものだ。これは役者としての基本技能と言っていい。

 

しかしその中でも、どうあっても経験を活かすことが出来ないものがある。

 

 

『死』だ。

 

 

死んだことのある奴なんていない。ましてや鞘姫は死んだ後に生き返るのだ。死んだ後に蘇生した体験をしたことのある役者なんて、常識的に考えればいないのだ・・・例外を除いては。

 

「(前世で本当の死を体験し、少し違うが転生という形で生き返ったと言っても過言ではない、か?)」

 

・・・さらに言うなら、俺は目の前で亡くなった最愛の女性の姿をしっかりと覚えている。

 

 

前世で体験した死、転生した際の意識の覚醒、そして記憶に残る最愛の人の死に姿。

 

 

これをうまく使えば、俺はきっと誰よりも───

 

 

「(アクア・・・今のアクアはやっぱり・・・)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

「ようこそわが家へ!」

 

舞台『東京ブレイド』公演まで半月を切った頃、俺はあかねの自宅に招待されていた。

 

 

あかねの家は住宅地にある一軒家。

特に目立った特徴はないが、しっかりと掃除が行き届いているし、家具の状態や質を考えると結構裕福な家であることが見て取れる。

 

しかし・・・

 

「(人の気配がないな・・・)ご両親は?」

「いないよ?今は二人とも旅行中なの。二泊三日だから、明日には帰って来るんだけどね」

「そ、そうなんだ」

「次は二人がいる時に招待するね。そこできちんとアクアのこと紹介しないと」

 

その後はあかねの作ってくれた晩御飯をご馳走になりながらも、俺は心の中に疑問を浮かべていた。

 

俺たちは共演シーンも多いし、稽古後に立ち回りや役について意見を交わす、なんてことは別におかしくない。しかしわざわざ自宅にしなくともいいはずだ。五反田監督の家を提案したが、あかねがどうしてもと言うから彼女の家にやって来た。

二人きりになりたい理由があった、ということだろうか。

 

 

「ねぇ、あかね。理由を教えて貰ってもいいかな?」

「え、理由って?」

 

食事も落ち着いたため、二人きりなのを良いことにリビングを広く使って立ち回りの確認をしていた時。

どうにもあかねは集中出来ておらず、何やら言いたいことがあるようだったので俺から逆に問いかけた。

 

「何か言いたいこと、聞きたいことがあるんじゃないの?」

「あ・・・うん、まぁ・・・」

「二人になれる場所なんて他にもあるだろうに、わざわざ自宅に呼ぶなんて・・・よっぽど他人に聞かれたくない話?」

「聞かれたくないというか、聞かせたくないというか・・・」

 

しばらく言い淀んでいたが、目を瞑って深呼吸したあとにゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「最近のアクア、調子いいでしょ?皆言ってるよ・・・姫川さんも、かなちゃんも・・・金田一さんだってそう言ってる。稽古のたびにどんどん良くなって・・・でも私には、今のアクアは何だか、その・・・」

「・・・なに?」

「その・・・すごく、辛そうに見える。苦しくて、悲しくて・・・でも、そういう感情を全部押し殺して、必死に隠してる・・・ように見えるの」

「・・・」

 

・・・一瞬、何を言っているのか理解できなくて固まってしまった。

俺が辛そう?苦しそう?あかねは一体、何を言っているんだ?

 

「アクアには『今ガチ』の時に言ったよね?私がB小町の『アイ』をどこまで再現出来るか」

 

どういう生き方をしてきて、どういう男が好きか、大体わかる・・・だったか。

しかし、なぜ今アイの話を出して来た・・・駄目だ、あかねが何を考えているのかわからない。

 

「前々からだったけど、私の中に再現した『アイ』の感情が、アクアを見ているとすごくざわつくの」

「感情が、ざわつく・・・?」

「うん。それでね、私、ふと思って試してみたの」

 

再び目を瞑ったあかねは、そのまま話を続ける。

時間が経つたびに、言葉を重ねるたびに、あかねの雰囲気が変わっていく。

 

・・・嫌な予感がする。この感覚は多分、最初にあかねがアイの演技を始めた時と同じもの。

止めなければいけないと強く感じるも、かと言って今のあかねを止める言葉が思い浮かばない。

 

俺が内心で大きく動揺している間にも、あかねは言葉を止めない。

 

「『アイには隠し子がいる』。もしもこの隠し子が、アクアとルビーちゃんだったらって。そう思って、二人を当てはめてみた」

「・・・」

「そうしたら、今まで欠けていたピースがぴったり合致したんだよ。『アイ』の再現も前よりずっと精度があがった。そして、どうして私の中の『アイ』がアクアにざわついていたのか、その理由がわかったの」

 

言葉を止めると同時に、あかねはゆっくりと目を開いた。

『今ガチ』の時と同じ・・・否、当時よりもさらに精度を上げ、より本物に近くなったその雰囲気、そのカリスマ性・・・輝くようなその瞳。

 

「心配なんだよ」

「・・・や、め・・・」

「今のアクアを放っておいてはいけない、助けなきゃ、って『アイ』がずっと叫んでるの」

「あ・・・あぁ・・・」

 

語り掛けながら、あかねはゆっくりと歩いて来る。

それなりに広いとはいえ、所詮は家の中だから数メートルもない距離。

 

「教えて、アクア。何がアクアを苦しめているの?」

「あ、う・・・・・・あ・・・」

 

待て・・・待ってくれ、頼む。

やめてくれ。今は。ごめんなさい。許して。気持ち悪い。

 

 

一度目の時とは比較にならないくらい、頭の中が滅茶苦茶だった。

 

 

こみ上げる吐き気を抑えられない。

心臓が胸を突き破って飛び出しそうだ。

視界が回り、平衡感覚を失ったのか、自分が今きちんと立てているのかがわからない。

 

 

 

 

 

やめて

おねがい

おかあさん

ゆるして

ごめんなさい

 

 

 

だれかたすけて

 

 

 

 

「助けたいの・・・力になりたいの」

「・・・」

「お願い、アクア」

 

目の前まで来たあかねが、ゆっくりと俺の頬に手を添える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に感じる、生暖かい、ぬるりとした感触。

 

鼻を突く、錆びた金物のような臭い。

 

 

そして・・・

 

 

『・・・』

 

 

・・・俺の前には、虚ろな瞳をしたアイが立っていて───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘吐き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───薄れゆく意識の中で、声にならない悲鳴をあげる、少女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・星野愛久愛海
 ちょっと発狂しちゃった。
一度目は何とか耐えられましたが、二度目は無理でした。アクアちゃん視点の発狂描写はありませんが、そのうちあかね視点で出て来ると思います。

ファーストステージ編で回復した精神力は幕間の四か月間で消し飛び、今回の話でどうにもならなくなりました。
地獄の舞台編だけど、舞台編が終わった後も地獄が続きます。落ちて落ちて落ちていきます。


・黒川あかね
 私、またなにかry
助けるつもりで差し伸べた手で、勢い余って心臓をぶち抜いてしまった感じ。

独歩ちゃんの心臓を止めた勇次郎のパンチみたいな。

アイの演技をした方がアクアは正直になってくれるんじゃないか、と思ってやっちゃいました。
これからアクアちゃんと色んな意味で離れられない関係になります。




・カミキヒカル
 じわじわ近づいてる黒幕さん。
きっちりルビーにも目をつけているし、何ならB小町全員喰っちまうのもいいかな、くらいは考えてるかもしれない。

アクアちゃんとの戦力差は、寿みなみちゃんの胸と重曹ちゃんの胸くらいの差があります。つよい。かてない。


・不思議子供
 実は冒頭にちょこっと登場していた。セリフはない。
こいつのせいでアクアちゃんは多大なストレスを受けているし、今後の方針を変えなくてはいけなくなった。
一応は敵じゃない。一応は。




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