アクアちゃん曇らせ   作:ヤンデレ好き

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感想・評価ありがとうございます。
地獄の2.5次元舞台編の続きとなります。


当然のようにダイジェストでお送りします。
細かい演技の描写とか出来るわけがないんですね。知識はほとんどその辺から拾って来たものになります。ツッコミどころが多数ありますが、今更なので見逃してくださいお願いします。


アクアちゃん曇らせ:その10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

俺は出来るだけ静かに玄関から家に入り、小さく声をかけつつも靴を脱いで上がる。

今日が休みで良かった。ミヤコとルビーには連絡はしておいたが、それでも突然の話で驚いただろう。

 

 

 

 

 

先日、俺はあかねの自宅に招かれたわけだが・・・そこで非常に大きなトラブルが起きてしまった。

 

久しぶりに間近で見たあかねのアイの演技。

あれを受けて、俺はどうやら酷く錯乱してしまったらしい。らしい、というのは俺にその間の記憶がないからだ。

 

起きたらソファで膝枕されてるし、下着も何もかも着替えさせられ、知らん間に風呂にも入れられていたというから驚きだ。

起きてからあかねの名前を呼んだ時の彼女の反応は忘れられない。

 

『アクア・・・?私が誰かわかる?名前ちゃんと言える!?』

『ごめん!ごめんなさい!!わ、私そんなつもりじゃなかったの!!ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!』

 

あの時は大変だった。

俺が元に戻ったことがわかるとぼろぼろ涙を流しながら何度も謝ってきて、土下座までしてくるし・・・迷惑をかけたのは俺の方なのに。

 

 

その後、あかねは話したがらなかったが、どうにか錯乱していた時の俺の状態を聞き出すことに成功し・・・俺は自身のやらかしを悟った。

 

ルビーどころか他の誰にも言えないようなことを、俺はご馳走になった夕飯もろともあかねにぶち撒けてしまったようなのだ。とんでもない醜態を晒したものである。

 

こうなっては致し方ない。

どうせあかねを使える手駒にする必要もあったし、口封じの意味も込めて嘘を織り交ぜた説明をした。

 

 

俺とルビーの母親がB小町のアイ、つまりは星野アイであること。

母親の死を目の当たりにし、俺が精神的に重度の障害を抱えていること。

今は芸能界でとある人物を探していること。

 

 

さすがに転生のことや、俺の本当の目的については言ってない。

今回のことであかねは俺に大きな罪悪感を抱いているし、複雑ではあるが好意を持たれていることも確信できた。

しかし、これ以上先のことを話すにはまだ早い。特に、俺の本当の目的を話すということは、あかねにも命を懸けてもらうことに他ならないから。

 

・・・もう少し、試す必要があるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、俺はあかねの家で一晩泊まることになった。

あかねがどうしても世話をしたいから泊まってほしいと言うし、俺自身、あの状態で家に帰れる自信がなかった。

 

だからあの後はとっとと眠りにつき、朝一番で家に帰って来て今に至るというわけだ。

時刻は朝の4時。ルビーは間違いなくまだ寝てるし、今日はミヤコも休みだから起きてはいないだろう。

 

 

今日も昼頃からは『東京ブレイド』の稽古がある。

昨夜は何度も目が覚めてしまい、早めに寝たのに睡眠時間が不足している状態だ。少しでも仮眠をとって稽古に備えたかった。

 

朝にあかねの家でシャワーを浴びて来たし、このまま寝てしまってもいいだろう。

音をたてないよう、静かに階段を上って部屋に入ると・・・まだ薄暗い部屋の中で、ベッドの上が膨らんでいることがわかった。

 

一瞬警戒したが、寝息を聞いて俺は気が抜けた。

 

「(ルビー、どうして私の部屋に・・・)」

 

そっと近づくと、ベッドの上には完全に熟睡しているルビーの姿があった。

恐らく、夜中にトイレにでも起きて、戻る時にそのまま寝惚けて俺の部屋に来てしまったのだろう。小学生の頃も何度かあったな。

 

しかし、ルビーは休みの日はよく寝るからなぁ。あと2、3時間は起きないだろう。

熟睡してるルビーはちょっとやそっとのことでは起きないし、面倒だからこのまま寝てしまっていいか。

 

俺は静かにベッドに潜り込み、ルビーを抱きしめるような姿勢になった。

 

体全体にルビーの体温が伝わって来る。

温かい・・・この子が今生きていることを改めて実感する。俺は心の底から安心することが出来て、そのまま静かに眠りに落ちた。

 

 

・・・後々思ったが、この時の俺はどうにも頭が緩々になっていたようだ。半端に睡眠と覚醒を繰り返したせいで、自分ではわかっていなかったが、頭が十分に働いていなかったらしい。

リビングのソファで寝てもよかったろうに・・・あるいは、本能的に妹の温もりを求めていたのだろうか。

 

 

 

 

 

「・・・ん」

 

目が覚めたので、ルビーを起こさないように時計を確認する。

 

時刻は朝の6時半、か。そこそこ眠れたみたいだ。

眠気はさっぱり取れたからこのまま起きてもいいけど、いつの間にかルビーの手と足が俺の体に絡まって抱き合う状態になっていた。この状態からルビーを起こさないようにベッドを抜け出すのは難しい。

 

「すぅ・・・んぅ」

「(可愛い寝顔。子供の頃から全然変わってない)」

 

稽古まで時間はまだあるし、このまましばらくルビーの寝顔を眺めているのもいいか。

 

しかし、うちの妹は本当に可愛いなぁ。眺めているだけでストレスが吹き飛ぶようだ。

苦痛に顔を歪めることなく、何にも警戒することなく、安心しきった顔で眠る姿。このような姿を俺はあと何回見ることが出来るだろうか。

 

別々に寝るようになってから久しぶりに見る寝顔に癒されていると、ルビーがもぞもぞと動き出した。時刻はそろそろ7時半・・・気づけば随分と時間が経っていた。

 

「ん~~~・・・ぅ?」

「おはよう、ルビー」

「・・・????」

 

寝起きでしょぼしょぼになっている目を何度か瞬きさせていたが、その内に目が覚めて来たのか、だんだんとルビーの目が見開かれていく。そして・・・

 

「っ!?」

「あっ」

「っ~~~~~!!」

 

俺がいたことに驚いたのか、ルビーは布団を蹴り飛ばしてそのままベッドから落ちてしまった。

ゴン、という頭が床にぶつかった音がしたので、慌てて下を覗くと頭を抑えたルビーが蹲っていた。

 

「ちょっ、ルビー大丈夫!?」

「いっっったーい!」

「ほら、ちょっと見せて・・・うん、大丈夫大丈夫。多分、たんこぶにはならないかな。痛かったね・・・よしよし」

「うぅ~私またおバカになっちゃうよぉ・・・って、なんでお姉ちゃんが私の部屋にいるの!?」

 

いや、逆なんだけどな。やっぱり寝惚けて間違えたっぽいな。

俺が朝に帰って来てからのことを説明すると、ルビーはあっという間に顔を赤くした。なんで?

 

「そ、そういえばそうだよ!黒川あかねの家にお泊りなんて・・・ていうか朝帰りじゃん!不良だよ不良!はっ!?ま、まままさか、黒川あかねとっ!?わ、私はまだ認めてないのに!そういうことはまだ早いと思います!」

 

うーん、相変わらずうちの妹は色恋沙汰が絡むと一気にポンコツになるなぁ。

え、普段からポンコツじゃないかって?そこが可愛いんだよ、そこが。

 

あわあわしているルビーをこのまま眺めるのも悪くないが、稽古場まで移動する手間を考えると意外と時間に余裕はない。

 

「クンクン・・・し、知らない女の匂いがする!やっぱり黒川あかねと───」

「ていっ」

「ひゃん!」

「アホなこと言ってないで、起きるならシャワー浴びて着替えちゃいなさい。私はミヤコさんと朝ごはん作ってるから」

 

いつかのようにルビーのおでこにデコピンを叩き込み、俺は1階にいるミヤコの元へと向かうのだった。

 

 

「(び、びっくりしたー・・・お姉ちゃんが帰る前には戻るつもりだったけど、結局あのまま寝ちゃったんだ。う~ん、やっぱりお姉ちゃんのベッドだといつもより良く眠れるなぁ・・・それに、なんだか凄く幸せな夢を見た気がする)」

 

 

 

 

 

「アクア、舞台の方はどう?順調?」

「ん・・・うん。順調と言えば順調かな。何とかついて行けてるって感じ」

 

朝食後、ルビーが食器を洗う音を聞きながら、俺とミヤコはコーヒーを飲みながらリビングでくつろいでいた。

 

「そう・・・ごめんね、現場に行けなくて。本当はあなたにも人をつけておきたいんだけど」

「いいよ。私は現場にも知り合いがいるし、先輩だっているから。ミヤコさんはルビーについてあげて」

 

そう、俺が舞台の稽古をしている間、ルビーにもまた仕事の依頼が来ていた。

事務所の人員で現場について行けるのはミヤコしかいないので、まだまだ色んな意味で経験が浅い上に危なっかしいルビーにミヤコはついて行っている。

 

「B小町のメンバーは揃ったんだし、今の内に追加で社員募集したりしないの?マネージャーとか」

「探してはいるのよ。でも、あなたたちを預けられるマネージャーっていうと、中々見つけるのも大変だし、見つけたとしても引き抜くのは厳しいのよ。うちって弱小だから」

 

世知辛いなぁ。今まではネットタレントがメインだったから最低限の人数で回っていたけど、新生B小町が活動を開始してからはそうもいかない。

朝だから、あるいは休みだから気が抜けているのか、憂鬱な顔をしたミヤコはぽつりと小さく呟いた。

 

「壱護がいれば・・・」

「・・・」

 

今までミヤコは社長としてよくやっているが、やはり本人が言う通り現場に行く方が向いているのだろう。

前社長・・・斉藤壱護はコネも多かったし、恐らく経営能力に関してはミヤコより上だ。彼が社長として上から指示を出しつつ仕事を貰ってきて、ミヤコが現場でタレントのサポートをする。アイが全力で活躍出来たのはこの体制のおかげもあるはずだ。

 

「って、いない人を頼ったって仕方ないわよね。いいわ、どうせならマネージャーだけじゃなくて社長秘書とかも探そうかしら」

「いいと思うけど、お給料ちゃんと出せるの?」

「あら、うちは弱小だけど、資金だけなら中堅並みにはあるのよ?ぴえヨン以外のタレントだって結構稼いでるんだから」

 

確かに、ミヤコの言う事は事実だ。

うちはお金だけなら結構余裕がある。B小町だってデビューしたばかりの今はほぼ赤字の状態だが、それでも経営が傾くようなことはまずないだろう。

 

しかし、この業界では金よりも人を集める方が難しいのだ。求める条件が多いほど獲得するのに時間もかかるし、運も必要になってくる。

やはり斉藤前社長が戻って来てくれるのが一番なのだが・・・

 

「もし壱護さんが戻って来たら、ミヤコさんはどうする?」

「んー?そうねぇ・・・何発かぶん殴って、私たち全員の前で土下座して謝ってもらうわ。そのあとは・・・」

「そのあとは?」

「・・・どうしてもうちに戻りたいなら、まずは雑用係からしてもらおうかしらね。徹底的に顎で使ってやるわよ」

 

想像しているのだろう。ミヤコはどことなく楽しそうに語っていた。

 

 

ミヤコも頑張っているのだろうが、人員についてはやはりそう簡単には集まらないだろう。

俺も急がないといけないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか変わったわよね、あんたたち」

 

 

今日もまた稽古。しかし、今日から小屋入りまでは場所を移しての本格的な稽古となる。

ここは本番となる公演会場とステージの大きさや作りが近く、より本番に近い雰囲気で稽古を行うことが出来る。

 

金田一と鏑木双方に伝手があって、そこからこの会場を使わせて貰うことが出来るようになった。

今回の公演でこの場を稽古場として使うことは一般には公開されていないため、姫川を筆頭としたファンやメディアに気を遣う必要のある役者は気が楽だろう。

 

 

今日の面子は俺、あかね、有馬、メルト、そして姫川の5人だ。珍しく多忙の姫川が最初から参加しており、他の役者は後半から合流することになっている。

 

今は楽屋で各々が準備している時間だった。

先ほどまでは有馬とあかねが何やらぎゃーぎゃー言い争っていたのだが・・・突然有馬が神妙な顔で語りだしたので空気が少し変わった。

 

有馬はどうしたのだろうか。何やら姫川の方も言いたいことがある雰囲気だが。

 

「な、なに?かなちゃん、急に真面目な顔しちゃって」

「何て言うのかしら。前はもっと・・・恋人って言うよりは友達って感じだったでしょ?砂糖吐きそうなくらい甘々だったのも『今ガチ』の時だけだし、でも今はもっとこう・・・しっとりしてる?」

「俺もそれは思ってた」

 

どうにもはっきりしない様子の有馬を差し置いて、横から入って来た姫川が俺とあかねに視線を移し、いつもの何を考えてるのかわからない無表情で言い放った。

 

「お前ら寝たのか?」

「寝、ええっ!?」

「嘘だろ・・・!?」

 

突然ぶっこんで来やがったなこいつ。

これまでの付き合いで、意外と軽い性格と言うか、中々茶目っ気のある奴だとはわかっていたが。

 

「い、いやその、私たちは・・・」

 

・・・まずいな。あかねが動揺している。

この前はいい機会だと思って色々話してしまったが、さすがにタイミングを考えるべきだったか?しかし、あのまま話を先延ばしにしたとして、その間に他の人間・・・特にルビーに話が漏れたら問題だったし・・・難しいな。

 

口止めも兼ねて、事情を話して縛り付けてしまうのが最善だと思ったんだがなぁ。

仕方ない、ここは適当に誤魔化すか。

 

「姫川さんも野暮なこと聞きますね。付き合ってるんだから別におかしくないでしょ?」

「ちょ、ちょっとアクア?」

「いいから」

 

俺はあかねの背中から手を回して密着し、顔、正確に言えば口をあかねの耳元に寄せると・・・

 

「んむ」

「ひゃっ!?」

 

そのままあかねの耳を口で咥え、舌先でチロチロと舐める。

いわゆる『耳はむ』って奴だ。前世の頃に女の子にしてもらったことが何度かあるが、これが中々気持ちいい。個人差はあるが、反応を見る限りあかねは感じてくれるタイプだったみたいだ。

 

「───」

「───」

「ふぅん。ただの仕事上の付き合いってわけじゃなかったんだな」

 

三人の反応はわかりやすかった。

有馬とメルトは白目を剥いている。有馬はこういう経験ないのは知ってたし、間近で見てショックを受けたんだろう。しかしなぜメルトまで同じような反応をしているんだ?こいつはそれなりに女性経験あると思ったが。

 

さて、とりあえず誤魔化せた(?)し、そろそろ稽古を始めないとな。

有馬とメルトは今は動けなさそうだし、最初は俺とあかねと姫川の三人で立ち回りを確認しよう。

 

「そろそろ始めましょうか。最初は私たち三人で──」

「あぁ・・・いや、俺とお前の二人で行こう。黒川は駄目そうだ」

「え?」

 

言われて腕の中のあかねを見ると、他人には見せられない惚けた顔でビクビクと震えていた。

天才女優の姿か?これが・・・いや、たぶん俺のせいなんだけど。

 

「お前、よくこんな所で出来るな」

「・・・」

「俺だって可愛い女の子は好きだけど、さすがに身内の前ではヤらないぞ」

 

別にヤってねぇよ、と言いたいところだが・・・すまん、あかね。

とりあえず君の弱点が耳だって言う事はよくわかったよ。次からは気をつけよう。

 

 

 

 

 

「なぁ、星野っ」

「なんですか!」

 

舞台『東京ブレイド』はアクションシーンが多い。

当然ながら得物を持っての殺陣もあり、動きながらセリフを言う場面なんていくらでもある。

 

今は姫川が主演のブレイド役、俺が刀鬼役で立ち回りの確認中だ。互いに相方の動きは粗方頭に入っているし、次は姫川がつるぎで、俺が本来の役である鞘姫をやることになっている。

 

有馬たちが復帰するまでの話だが。

 

「お前、ララライに来ないか!」

「は!?いきなり何ですか!」

 

俺がララライに・・・?今後を考えれば悪い話ではないが、タイミングと言うものがあるだろう。

戸惑っていると、足を止めた姫川が練習用の竹光を突きつけたまま話を続けた。

 

「お前といるようになってから黒川の演技の質が変わった。以前の黒川は役を完璧に再現する能力はあったが、逆に言えばそれ以外の特徴がなかった。成長しきって役者としては完成していたが、伸びしろがないと思ってた」

「今は違うと?」

「そうだ!」

 

俺が答えると、素早い踏み込みで突きを繰り出してくる。

左に避け、反撃のために竹光を振り下ろすと、姫川も突いた姿勢から横薙ぎに振る形で合わせて来る。

 

鍔迫り合いの状態。

至近距離で向き合いながら、なおも姫川は話を止めない。

 

「最近の黒川は異質な演技をする。お前ら、稽古の後に何かしてるだろ」

「っ!」

「何をやってるのかは知らないが、ともかく、お前のおかげで黒川が成長したってことはわかった」

 

互いに弾かれたように距離を取るが、構えは崩さないまま、立ち位置の確認をしつつじりじりと距離を詰める。

 

「お前の演技はいい刺激になる。皆にとっても、俺にとってもな」

「姫川さんの一存で、外部から人を入れるなんてこと出来るんですか?」

「絶対に出来る・・・とは言えないが、オッサンに話を持ち掛けるくらいは出来るさ。あの人もお前に興味があるみたいだしな」

 

オッサン・・・演出の金田一のことか。

金田一が俺に興味を抱いているとは、情報を引き出したい俺にとっては悪いことではない。しかし理由がわからないな。俺なんかに興味を持つなんて。

 

疑問を込めた視線を送ると、姫川は構えを解いたので俺も合わせて竹光を降ろす。

 

「うちに来れば黒川との時間も増えるぞ。稽古だってそんじょそこらの劇団なんかよりレベルは上だ。お前が役者として上を目指すなら、断る理由はないんじゃないか?」

「・・・」

「あ、給料は少ないからな。どいつもこいつも仕事掛け持ちして稼いでる。じゃないと食っていけん」

「それは知ってますけど」

 

まぁ舞台役者って基本的に薄給って聞くし、あかねもその辺で苦労してるのは知ってるからな。

 

しかし、相変わらず姫川の表情からは何も感情が読み取れない。

稽古で演技している時はガンガン感情を表に出してくるくせに、演技を止めるとこいつは途端に顔が読めなくなってしまう。

 

「俺も、お前には興味がある」

「私なんかのどこに興味があるんですか?顔ですか?」

 

反応を見ようと少し揶揄うように言ってみるが、やはり姫川は表情を変えない。

すると、姫川がすたすたと歩いて距離を詰めて来て俺の目の前で足を止めた。

 

「実のところ、俺にも理由はよくわかってない」

「はぁ・・・?」

 

ますます意味がわからない。売れてる役者ってのはどこかしらズレてる所があるが、姫川もその例に漏れないみたいだ。俺のような凡人ではわからない視点があるのだろう。

と、俺が困惑していると、徐に右手で俺の顎を掴んで顔を強制的に上げて来た。

 

素早く無理のない自然な顎クイ・・・こいつ遊び慣れているな。

 

「わからんが、お前とは他人の気がしない」

「顔が近いんですけど」

「気にするな。別に女として興味があるわけじゃない」

 

そうじゃねぇよ。男に顔近づけられても嬉しくないんだよこっちは。

かと言って無理矢理離すのも失礼だし・・・こいつ、売れてる役者という点では俺なんかより遥かに格上だからな。気分を害するようなことはちょっと出来ない。

 

されるがままの俺を、姫川はジッと見つめて来る。

今のこいつの目は演技の時とは全く違う。無機質で、感情の一切を感じさせない昆虫のような目をしていた。

 

「お前の演技は不思議だ。黒川とも、有馬とも違う。どこか・・・そうだ、目が違う。その目」

「お前の鞘姫は再現度はそれほど高くはない。だがお前の演じる鞘姫の方が本物らしく見える。本物以上に本物だと錯覚させる演技。それはお前の目に原因があるんじゃないか?」

「なぁ、教えてくれよ。お前は───」

 

その時、硬質なものが床にぶつかる音が聞こえて、俺と姫川は同時のその方向・・・舞台袖に視線を向けた。

 

「・・・」

 

そこには、呆然とした表情でこちらを見つめるあかねの姿があった。

足元には落としたのであろう、小道具である竹光が転がっている。

 

「う、浮気・・・?アクアと姫川さんが・・・そんな・・・」

 

あ、これは修羅場だな。前世で何度か体験したことが──ゲフンゲフン。ともかく、これは修羅場だ間違いない。

 

 

その後、俺は絶望と怒りと悲しみをミックスした顔を向けて来るあかねに必死に説明し、どうにか誤解を解くことに成功した。

ちなみに俺が説明している間、姫川は暢気に有馬たちと稽古を行っていた。

いや、少しは手伝えよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劇団ララライに入る、か。

姫川の言うメリットに加えて、俺の目的のための情報収集もやりやすくなる。だが、入れば今よりも忙しくなるだろうし、ルビーたちのサポートに割く時間が・・・いや、ちょうどいいのかもしれないな。

 

今後のためにも、徐々にルビーとの距離を離す必要がある。俺がいなくなっても大丈夫なように、今のうちに俺が傍にいない環境をルビーに慣れさせる。だったら入団するのも悪くないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───そうして日々は過ぎ、とうとう舞台『東京ブレイド』の公演初日がやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東京ブレイド』の物語は、主人公が一振りの太刀を手にするところから始まる。

 

「なんだこれ、光って・・・・・・」

 

主人公が手にしたその太刀、極東に散った21本の刀・・・持ち主に様々な力を与えるとされる『盟刀』の一つ、『風丸』。

 

「ウチは剣主の一人、つるぎ様だ!その『盟刀』を捨てて逃げるか、私と戦うか選びな!」

 

「俺が最強になって、この国の王になる!」

 

主人公の『ブレイド』が、全ての『盟刀』に最強と認められた者に与えられる力、『国盗り』の力を求めて、出会いや別れ、そして戦いを繰り広げる和風アクションファンタジーだ。

 

 

 

内容としては原作の比較的序盤における『渋谷抗争編』を軸に物語は展開する。

上映時間は幕間休憩を含めて2時間30分。少し短めだが、これは新たに出来上がった脚本が説明台詞をゴリゴリに削られたものであることが原因だ。本来の脚本なら休憩含めて3時間超えてたからな。

 

 

第一幕は・・・特に言う事はないな。

次々と敵を打ち破り、仲間を増やしていくブレイド一行。

主演である姫川はもちろん、彼にレベルを合わせた有馬の演技も文句の付け所がない。

 

唯一危惧すべきはキザミ役のメルトだが・・・今のところは及第点だな。

元々、彼の経験の浅さを考慮して第一幕でのキザミの出番は必要最低限にカットされているし。

 

 

 

問題は第二幕に入ってから。

メルトだけじゃない、ここからが皆にとっての本番と言っていいだろう。

 

数少ない説明台詞のほぼすべてが第一幕で消費され、第二幕は滅茶苦茶な脚本が役者に牙を剥く。

役者の演技力にすべてをぶん投げた脚本が本気を出すのである。

 

 

新宿を拠点として勢力を拡大し、勢いに乗るブレイドたち『新宿クラスタ』。

 

長い間、渋谷区を拠点として徒党を組んでいる鞘姫をトップに据えた『渋谷クラスタ』。

 

この二つの勢力が対立してから和解に至るまでで第二幕、すなわち舞台『東京ブレイド』は終了となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、鞘姫と刀鬼は第二幕から登場になる。そろそろ俺も準備しないと。

 

 

本番までの一週間と少し。

俺とあかねは稽古が終わった後、五反田監督の家で演技指導を受けていた。

 

あかねは普段の演技とアイの演技を組み合わせるという、あかねにしか出来ない高度な技術を学んだ。

アイの演技からカリスマ性のみを抽出し、刀鬼の演技の際に発揮する。言葉にするのは簡単だが、アイの要素が強すぎると刀鬼の役が崩れてしまうから、どの程度の比率が最も適しているのかを見極める必要があった。

 

さすがの天才も苦戦するかと思いきや、この短期間であかねはコツを掴んだらしい。長時間はまだ厳しいが、見せ場だけの短いシーンに限れば今回の公演でも十分使っていけるだろう。これなら有馬と姫川のコンビに対抗できる。

 

 

俺も、あかねの足を引っ張らないための努力はした。

今の俺は昔と違って、役者としてのベストパフォーマンスを常に発揮・維持することが出来る。要所要所でのみ感情演技をするのではなく、やろうと思えば最初から最後まで感情を乗せた演技をすることも可能だ。

これは副作用、もしくは副産物というべきか。

 

 

 

 

 

俺は、自分の心も体も嘘で塗り固めて生きている。

 

弱く、脆い心を覆い隠すための、星野アクア()と言う名の仮面()

気を抜けばバラバラに散ってしまいそうな心を繋ぎ留めるために、強固に張り付けてあったもの。

 

10年以上も周囲を騙して来たこの仮面は、そう簡単に外れることはない・・・はずだった。

 

 

 

あかねと出会って、全てが変わった。

 

『今ガチ』であかねが演じるアイを目の当たりにした時、仮面は大きく揺さぶられて罅が入り、非常に不安定な状態になってしまった。

 

その後は一向に安定した状態には戻らず、数日前、ついに俺の仮面は引き剝がされたわけだ。

その剥がれたショックで俺は取り乱し、いくつかの秘密をあかねに知られることとなってしまった。

 

 

 

あかねは悪くない。

俺の事情を察して助けるために手を差し伸べてくれたのだ。悪気も悪意もなかった。ただ、差し伸べられた手を掴むだけの力が、俺になかっただけで。

今まで曲がりなりにも恋人関係を続けて来て、あかねの性格はある程度把握出来ている。人の心に寄り添い、共に笑い、共に泣き、共に喜んでくれる・・・共感性が高いだけではなく、他人を思いやる心を持っている、本当の意味で優しい少女。

 

 

俺が弱いだけなんだ。俺がもっと強い心の持ち主なら、あんなことにはならなかったはずなんだ。

今回の件であかねには迷惑をかけたし、精神的にも大きなショックを与えてしまった。あれからずっと、あかねには気を遣わせてしまっている。

 

 

このままでは駄目だ。前と同じ仮面を作っても、ふとしたことがきっかけで剥がれてしまうかもしれない。もしもあかね以外の人間や、それこそルビーの前でそうなったら・・・そう考えただけで背筋が凍る。

 

 

 

 

 

だから考えた。

 

前よりもずっと強固で、分厚く、壊れない仮面を作ればいい。

 

張り付けるだけじゃ駄目だ。

剥がれないように深く縫い付けて、打ち付けて、絶対に、絶対に剥がれないようにしないと。

 

 

 

 

 

そうして新たに作られた仮面()は、想定通りの効果を発揮している。

監督の所であかねのアイの演技を何度も間近で見たけど、動揺することは一切なかった。

以前よりずっと自由に演技を出来るようになった。今と比べれば、昔は拘束具を着たまま演じていたようなものだ。それくらい、今は伸び伸びと演技が出来るし、素直に役者を楽しむことが出来ている。

 

 

・・・ただ、演技指導の期間中、五反田監督から何度か訝し気な視線を感じた。

長い付き合いだし、あの人は目が良いから・・・今後は、五反田監督と会う回数は減らした方がいいだろう。

 

 

本当にこれでいいの?こんなこと長くは続かないよ。いつかまた、この前みたいに・・・

 

いいさ、どのみち長く生きるつもりはないんだ。その時まで維持出来れば問題ない。

 

これもルビーのため?

 

そうだ。これもあの子のためだ。

 

お母さんは、今の私を見たら、なんて言うかな。

 

・・・・・・さぁな。

 

 

「アクア、そろそろ行こう?」

「・・・ごめん。今行くよ」

 

てっきりスタッフが呼びに来ると思ったが、あかねが直接迎えに来たようだ。

俺は椅子から立ち上がり、控室から出るべく歩みを進める。

 

「ねぇアクア」

「ん?」

 

通路を歩いている最中、あかねが不思議そうな顔を向けて来た。

メイクに問題があるのだろうか。鏡を見た時は特に問題はなさそうだったが。

 

「さっき誰かと話してなかった?」

「え?別に話してないけど。というか、控室には私一人しかいなかったじゃない」

 

俺が答えるが、あかねは納得していない様子で首を傾げた。

 

「まぁそうだけど・・・でも話し声が聞こえた気がしたんだけどなぁ」

「幽霊の会話でも聞いたんじゃない?ほら、舞台には霊的存在が集まりやすいって聞くし。何で聞いたか忘れたけど」

「ここって完成してまだ数年しか経ってないんだよ?もっと歴史のある劇場とかならわかるけど」

 

通路を進むうちに、スタッフや他の役者とすれ違い始める。

慌ただしい空気を感じる中、あかねが真剣な、どこか不安の色が見える顔を俺に向けた。

 

「本当に大丈夫なの?アクアは、本当はまだ・・・」

「もう、監督の所でも問題なかったでしょ?多分、あの時のことが良い刺激になったんじゃないかな。今までトラウマの元になるものは避けてたけど、向き合うことが大切だったんだよ。きっと」

「アクア・・・」

「さ、行こう。先輩と姫川さんに勝つんでしょ?私たち二人なら、誰にも負けない演技が出来るよ」

 

あかね、君は何も心配しなくていいんだ。

有馬と姫川に勝ちたいんだよな?大丈夫、あかねの足を引っ張るような真似はしない。安心してくれ。

 

 

俺はあかねの不安を拭い去るように、笑顔を作って手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・星野愛久愛海
 覚醒(?)してスーパーアクアちゃんになった。
両目白星が常の状態になり、アイちゃんに匹敵するカリスマ性とかオーラとか纏ってます。演技力ならアイちゃん以上なので、やりすぎて主演の存在感を喰うようなこともありません。調整可能です。

あかねちゃんに仮面をべりべりと剥がされましたが、今度はさらに頑丈なものを作ったので安心!安心です!発狂することは多分ないでしょう。

独り言が増えたようです。何でだろうね。


・姫川大輝
 アクアちゃんにシンパシーのようなものを感じた人。
アクアちゃんの異母兄妹さんだけど、この作品ではそれが発覚することはないかもしれない。
少女漫画でよくある『おもしれぇー奴』みたいな感じで興味を持ち、アクアちゃんを勧誘しました。返事聞いてないけど勝手に金田一に話を持っていくと思われる。


・黒川あかね
 目の前でNTRを見せられそうになった。
実はアクアちゃん発狂事件でちょっとしたトラウマを抱えてしまいました。罪悪感が酷すぎてもう離れられない。きっとアクアちゃんのために尽くしてくれるでしょう。


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