アクアちゃん曇らせ   作:ヤンデレ好き

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感想・評価ありがとうございます。
地獄の2.5次元舞台編の続き、あかねちゃん視点となります。

当然のようにダイジェストでry




side:あかね②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなこと言うのもちょっと癪だけど、アンタとまた演るの楽しみにしてたのよ」

「・・・」

「ここでアンタたちに勝って、もう誰にも元天才子役なんて呼ばせなくしてやるから」

 

 

舞台に向けて去っていくかなちゃんの背中を見送りながら、私は内心複雑な思いだった。

 

私だってかなちゃんと同じ舞台に立ちたいって思ってた。子供の頃からずっと夢見ていたんだから。少し前ならきっと、素直に心の底から嬉しいと思えたんだろうけど───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───私がその出来事を忘れることは、一生ないと断言できる。

 

 

 

「助けたいの・・・力になりたいの」

「・・・」

「お願い、アクア」

 

私はゆっくりと歩み寄り、少女の頬にそっと手を添える。

私自身も、私の中に再現した『アイ』も、目の前にいる少女が苦しんでいる原因を知りたかった。そして、その原因を取り除いてあげたいと思った。

 

だって

 

私はアクアが好きだから『私はアクアを愛してるから』

 

 

「う゛っ」

「・・・アクア?」

 

異変はすぐに起こった。

口を両手で抑えたアクアは、ふらふらと後ろに数歩下がると───

 

「っ───!」

 

───吐いた。

 

「(・・・えっ?)」

 

先ほど食べたものを全て吐き出すような勢いで、吐しゃ物が床に広がる様子を私は真っ白になった頭で呆然と眺めていた。

 

「(発汗・・・ふらつき・・・パニック障害?でも今の突然の嘔吐は・・・息も荒い、体も震えてる。症状が酷い。PTSD・・・心的外傷のフラッシュバック?トリガーになったのは『アイ』の演技?でも以前はこんなことには・・・)」

 

呆然としながらも、頭のどこか冷静な部分が、アクアの様子を見て得た情報を元に現状の打開策を淡々と考えていた。

 

「いや・・・いやぁ・・・!」

 

私が動けない間にも事態は進む。

とうとう立てなくなったのか、膝から崩れ落ちたアクアは頭を抱えるようにして蹲った。

 

「───」

 

蚊の鳴くような小さな声で、ブツブツと呟きながら焦点の合わない目を虚空に向けている。

時折聞き取れる単語には、『お母さん』『助けて』『許して』『ごめんなさい』『殺して』等が含まれている。

 

「あ、アクア・・・アクアっ」

「───」

 

咄嗟に呼びかけるも反応がない。

視界に入っているはずなのに、まるで私が認識出来ていないかのようだ。

 

・・・どうすればいい?

病院に連絡・・・いや、ご家族の方はこのことを知ってるんじゃ?でもアクアがこのことを家族の人にも秘密にしていたら?本人に了承を得ずに伝えてしまっていいの?けど、今のアクアは意思確認が出来るような状態ではないし・・・

 

 

私の友達にはパニック障害持ちの子が何人かいるけど、これほど深刻な症状を持つ子はいない。

どの子だって会話出来ないほど酷くはならないし、各々対処法や発作を起こすトリガーを理解して対策している。

というか、今のアクアは発作と言うよりは・・・まるで、トラウマに直面して精神が、心が壊れそうになっているような・・・あるいは壊れてしまった?

 

 

なら、アクアを壊したのは・・・私?

 

 

「っ、はぁ・・・はぁ・・・!」

 

自分がやったことを自覚してしまってから、私の思考は乱れに乱れた。

酷い頭痛と、吐き気と、自分への嫌悪感が心を蝕んだ。

 

・・・ここまでアクアが発作を起こしてから1分も経ってない。

 

初めての経験。周囲には頼れる大人もいない状況。

こうなっては119番で救急車を呼ぶしかない。今のタイミングでこの件が明るみに出た場合の舞台公演への影響が一瞬頭によぎるけど、そんなこと考慮している余裕はない。

 

でも、頭ではわかっているのに、体が言う事をきかない。

それどころか、情けないことに立っていることが精一杯。

 

「うぅーー・・・」

 

また何か変化があったのか、アクアは呟くことをやめて唸り始めた。

まるで屍か、あるいは人形のようだった。失礼な言い方になるけど、そう感じてしまうくらい今のアクアからは理性も、生気も感じられなかったのだ。

 

 

 

そんな私とアクアを救ってくれたのは───

 

 

 

『どうしたのアクア?』

「・・・ぅ?」

『こんなに震えて・・・怖い夢でも見ちゃったかな』

 

今まで色々な役を作って来た。

私の演技の特性上、作り上げた役から私自身へある程度の影響を受けることはあった。けれど、それは時間と共に抜けてしまうことがほとんどで、私の性格とか嗜好に影響を与えるほどのものではなかったのだ。

 

しかし、『アイ』は違った。

『今ガチ』で『アイ』を演じてから、友達に前より性格が明るくなったと言われることが多かった。私はそれを、初めての恋愛で気分が上がっているせいだと思ったけど、そうではなかったことをこの時自覚した。

 

『汚れちゃったねぇ。あとで洗濯しないと・・・着替えは私のでいいかな』

「おかあさん・・・?」

『はいはい、ママですよー』

「あ・・・ぇ・・・?」

『どしたの?幽霊でも見たような顔して』

 

演技は所詮、演技にすぎない。周りから天才だと言われている私でも、100%役そのものにはなることは不可能。そんなに簡単に人は他人になることは出来ない。

 

しかし、この時の私は完全に『アイ』になっていた。

原因は恐らく、私と再現した『アイ』の感情がシンクロしたから。アクアへの好意、助けたいという気持ち、傍にいたいという想い・・・アクアに対する様々な感情が『アイ』と重なって、今この時だけは、私は黒川あかねではなく星野アクアの母親・・・『星野アイ』になったのだ。

 

「・・・おかあさん!おかあさん!!」

『おわっと!・・・よしよーし。ママはここにいるからね』

「ん~」

 

『アイ』として、甘えて来るアクアを宥めながら、黒川あかねとしての思考が目の前の少女の状態に戦慄していた。

 

赤ん坊のような無垢な瞳。

舌っ足らずな喋り方。

 

「(幼児退行・・・初めて見た。それだけアクアにとって私の『アイ』の演技が地雷だったってこと)」

 

・・・皮肉な話。

『アイ』の演技がアクアを精神的に傷つけたのに、傷ついたアクアを救えるのも『アイ』の演技だなんて。

 

『いっぱい吐いちゃったねー』

「ご、ごめんなさい」

『いーよいーよ、気にしないで。もうすぐ夜だし、このままママと一緒にお風呂入って寝ちゃおっか!』

「うん!」

 

 

───その後の私は、アクアが一旦寝付くまで全力で『アイ』の演技を続けた。

お風呂で体を洗いっこしたり、髪を乾かして、ホットミルクを飲みながら一緒にテレビを観たり・・・こんな事情でなければ、恋人同士でゆったりとした時間を過ごせて幸せだったんだろうけど。

 

「んぅ・・・」

『眠くなっちゃったかな。ほら、ママが膝貸してあげるから』

 

私の膝枕で静かに寝息を立てるアクアを見て、私はやっと『アイ』の演技を止めた。

 

・・・これからどうしよう。今からでも救急車を呼ぶべきだろうか。

 

アクアがこうなってしまった根本的な原因。私はそれが、『アイ』の死にあるのではないかと考える。『アイ』がアクアの母親であることは確定したと思っていい。その上で考慮すべきは、私が調べた当時の『アイ』の情報。

 

「(B小町の『アイ』は、12年前のドーム公演開催の当日にファンの男に刺されて亡くなった。資料ではたしか、当時のアイは社長夫妻の子供を預かっていたと記載があった。そしてアクアの反応・・・当時3歳程度だったアクアの目の前で、『アイ』は死んだと考えるのが妥当かな)」

 

自分の目の前で母親が刺され、亡くなるまでを看取ったのだとしたら・・・トラウマになって当然。

幼児の頃の出来事なら忘れていてもおかしくないけど、その辺は個人差があるから何とも言えない。

 

「(さっき呟いていた単語を考慮するなら、アクアは母親が亡くなった原因が自分にあると考えている?でも当時、幼児に過ぎなかったアクアに出来ることなんて・・・)」

 

一瞬、母親に虐待を受けていた可能性を考えたけど、あの甘えっぷりからすると恐らくそれはない。母子の関係性は良好だったと考えるべき。今の里親である斉藤ミヤコさんのことも慕っているみたいだし。

 

 

・・・駄目だ。情報が足りないし、頭がうまく回らない。まだ自分の動揺が収まっていないんだ。

 

もしも、もしもこのままアクアが元に戻らなかったら・・・

 

 

私が壊したんだ。恋人を、好きな人を、一人の人間の心を───私が壊した。

 

 

「・・・っ。すぅーー、はぁーー」

 

ゆっくりと深呼吸して気を落ち着かせる。

この状況で私まで倒れるようなことがあってはいけない。気を強く持たないと・・・私が必死に落ち着こうとしていると、寝息を立てていたアクアから起きそうな気配がして来たので緊張から体が強張った。

 

「んん・・・?」

「(もう一度『アイ』を・・・いや、もしもアクアが元に戻ってたらまた発作を起こしてしまうかもしれないし、さ、最初は様子を見て・・・)」

「あかね?」

 

・・・今、私の名前を呼んだ?呼んだよね?

ぼんやりとしながらも、今のアクアの瞳からは理性を感じる。名前を呼んだ時の発音もしっかりしていたし、これはもしかして・・・!

 

「アクア・・・?私が誰かわかる?名前ちゃんと言える!?」

「どうしたの急に・・・あかねでしょ?ていうかこれ、もしかして膝枕?私寝落ちした?」

「あ・・・ああ・・・」

「あ、あかね?どうし───」

「あ・・・ああああああああああ!」

 

よかった。本当に・・・本当によかった。

元に戻らなかったら、という不安から解放された私は、安堵からアクアを抱きしめて泣いた。

 

「ごめん!ごめんなさい!!わ、私そんなつもりじゃなかったの!!ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!」

「ちょっ、何!?どうしたの・・・あぁ、ほら、よしよし」

 

優しく背中を撫でてくれるアクアの手の感触で安心出来て、私は余計に涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

「ごめん。あかねには迷惑かけちゃったね」

「そんなことないよ!私が余計なことしたから・・・本当にごめんなさい」

「いいって、もう謝らないで。私が先に伝えておけばこうはならなかったんだし、あかねは悪くないよ」

 

アクアはすっかり元に戻っていたけど、どうやら私の家に来てからの記憶が曖昧になっているみたいで、何が起こったのか気にしていた。

話していいか迷ったけど、あとで思い出してまた発作が起きたら大変だと思って、私は幼児退行していたことはボカシて大まかに起きたことを伝えた。

 

「そっか・・・あかねのことだから大体の事情はわかっちゃったかな?」

「まぁ・・・何となくは」

「そう。なら仕方ないね。ここまで来たら、あかねには話しておかないと」

「えっ、いいの?私が聞いちゃって」

「いいの。むしろ、あかねには聞いてほしいから。でも、この話は誰にも言わないで。私とあかねだけの秘密にして・・・約束出来る?」

「・・・うん、わかった」

 

そこから聞いた話は、大体は私が推察したものと同じ内容だった。

 

アクアとルビーちゃんの母親がB小町の『アイ』・・・本名は『星野アイ』であること。母子の関係は良好で、一緒に過ごしたのは数年だけどとても幸せな日々を送っていたこと。

 

「・・・母さんとはほんの数年しか一緒に生活してないけど、あの頃の記憶は私とルビーにとってはどれも大切な思い出・・・宝物なんだ」

 

お母さんのことを語るアクアの顔は、とても穏やかで幸せそうな表情をしていた。

出会ってから初めて見る顔だったから、アクアにこんな顔をさせる『アイ』に少しの嫉妬と、大きな尊敬の念を抱いた。

 

「母さんは結構抜けてる所があるから、いつ世間にバレるか皆ひやひやしてたけど・・・それでも毎日が幸せで、それがこの先もずっと続くんだって、そう思ってた・・・あの日までは」

 

そうして語られるドーム公演の日に起きた悲劇。

ファンの男にお母さんが刺されて、亡くなる最期の瞬間までを看取ったこと。やっぱりアクアは覚えているんだ。鮮明に、母親が目の前で刺され、亡くなるまでが記憶に残ってしまっている。

 

「私が気を付けていれば、あんなことにはならなかった。母さんが刺された後も、私は何も出来なくて・・・それからかな。感情を表に出そうとする時、特に演技を楽しんでいる時は体調が悪くなるの」

 

アクアが苦しんでいる原因・・・罪悪感。

何も出来なかった自分が許せなくて、母親が死んだことを自分のせいだと思い込んでる。大切な妹から愛する母親を奪って不幸にしたのも自分に責任があると。

 

アクアはいつも、苦しみながら演技をしていたんだ。

それを周囲には悟らせまいと、必死に誤魔化して、虚勢を張って・・・そんなの悲しすぎるよ。

 

「病院には行ってないよね。事情を知ってる人も・・・家族に心配をかけたくないから?」

「うん・・・さっきも言ったけど、このことは他の誰にも言わないで。絶対に」

「・・・わかった。約束する」

 

事情を聞けたのは良かったけど、これは私一人の手で何とか出来るとは思えなかった。出来ればご家族の方、特にルビーちゃんに協力してほしいけど、アクアは事情を知られることを嫌がってるし・・・しばらくは私が気をつけて見ているしかない。

 

 

その後、私はアクアからある頼みごと・・・人探しについて協力を頼まれた。

もちろん了承したけど、お互いに今は忙しいし、動くのは『東京ブレイド』の公演が終わった後になる。今回の件ではアクアに多大な迷惑をかけてしまったし、出来る限りは協力するつもり。

 

 

「(今後はこういうことは起こらないから大丈夫って言ってたけど・・・そんなに簡単に対策出来るのかな・・・?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前な・・・男連れの次は女連れかよ。俺の家を何だと思ってやがるんだ?」

「ちょっと監督!」

「・・・男連れ?どういうこと?」

「なんだ、言ってないのか?」

 

あの事件から数日後、私とアクアはかなちゃんと姫川さんのコンビに対抗するため、アクアの演技の師匠である五反田さんの家に来ていた。

 

 

でもまさか、夏休み中にアクアと鳴嶋君が一緒に稽古していたなんて・・・私が遊びに誘っても『ルビーたちのレッスンで忙しいから』って毎回断られたけど、そういう理由もあったんだね。

 

今思うと、鳴嶋君のアクアに対する態度は他と違ったかもしれない。アクアと話している時だけちょっと緊張してるっていうか、何だか照れくさそうにしてるっていうか・・・まさか!?

 

「メルトとの関係?一応は友達になるのかな。あいつは師匠とか先生とか呼んで来るけど、私はそういうの柄じゃないし・・・何で怒ってるの?」

「怒ってないよ!」

 

もう!アクアってもしかして鈍感なのかな!?

鳴嶋君の方は絶対意識してるよ。アクアって男の人と距離感が近いし、知らない内に意識させるようなことしちゃってるんじゃ・・・心配なことがまた増えちゃった。

 

 

・・・心配と言えば、監督さんの家で演技指導を受けるようになって、私が習得しようとしている技術の特性上、アクアの前で『アイ』の演技になってしまう時があるから不安だったけど・・・

 

「あぁ・・・気にしなくていいよ。私なりに対策はして来たから。前も言ったけど、今後はああいうことは絶対に起きないから、心配しないで」

 

アクアの言う事は本当みたいで、確かに私の『アイ』の演技を見てもアクアは特に動じる様子もなく、それどころか感想やアドバイスを言えるくらいには余裕があるみたいだった。

 

私の中の『アイ』も何も言わなくなってしまった。アクアを見ても以前のように心配するような感情が湧かないのだ。

あれほどの症状がそう簡単に良くなるとは思えないし・・・どういうこと?

 

「黒川、ちょっといいか」

「監督さん。なんですか?」

「ちょいと、早熟のことでお前に聞きたいことがあってな」

 

私がベランダで頭を悩ませていると、監督さんが難しい顔をして話しかけて来た。

アクアは今食器を洗っている。わざわざ今のタイミングで来たってことは、アクアには聞かれたくないことなのかな。

 

「曖昧な聞き方になっちまうが・・・最近、あいつに何かあったか?」

「っ、な、何かって・・・」

「今のあいつは何か妙だ。まるで絶好調って様子だが、俺にはどうにも嫌な感じがするんだよ。行っちゃいけねぇ方に吹っ切れちまったような」

 

・・・監督さんはアクアと昔からの付き合いだって言うし、もしかしたら私には感じ取れない違和感を覚えているのかも。

出来れば助言が欲しいけど、事情は話しちゃダメってアクアと約束したし・・・

 

「・・・特に何もないですよ」

「お前・・・いや、そうか。わかった」

 

私が答えると、監督さんは懐から小さなメモ用紙を取り出して渡して来た。

 

「俺の連絡先だ。あいつに何かあったら知らせてくれ。どんな些細なことでもいい」

「・・・監督さんは、どうしてそこまでアクアを・・・?」

「俺も、あいつら双子の事情については察しているつもりだ。母親のこともな」

「っ」

 

最初は驚いたけど、よく考えれば不思議なことじゃない。

監督さんはアクアたちが赤ん坊の頃からの知り合いっていうし、アイとも面識があったという。だったら、アクアの知らない所で『アイ』と親交があって、そこから事情を把握したという可能性は十分にある。

 

「俺が手を差し伸べていれば、救えたかもしれない奴がいた。今の早熟からはそいつと似た空気を感じる・・・もう、あんな思いは二度と御免だ」

 

私に連絡先を渡すと、監督さんはすぐに背を向けて部屋の中に戻ってしまった。

・・・アクアとの約束は守るつもりだけど、もしも私だけではどうにもならない事態になったら・・・その時は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───と、そういった出来事を経て公演初日の今日を迎えたのだ。

目の前でアクアが・・・その、錯乱した時の光景は、今でも私の心の中に焼き付いている。アクアはもう大丈夫だって言うけど、やっぱりどうしても不安が拭いきれない。

 

憧れだったかなちゃんとの共演。

楽しみだし、かなちゃんと姫川さんの二人には負けたくないって気持ちがあるのは本当。でも、私はいまいち集中しきれてない状態だった。

 

 

『殺して・・・誰か私を、殺して・・・!』

 

 

「(っ、ダメダメ!余計なこと考えちゃ・・・今は舞台に集中しないと!)」

「あかね、どうしたの?大丈夫?」

「ごめん、何でもない・・・行こう」

 

脳裏にちらつく、自らの死を願う少女の姿を振り払う。

顔を上げれば、そこには笑顔で手を差し伸べるアクアの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちの出番である第二幕は、順調な滑り出しを見せていた。

 

 

鳴嶋君が演じる新宿クラスタのキザミと、鴨志田さんが演じる渋谷クラスタの匁の対決。

観客からの反応も上々でこれといったアクシデントもなく終わったし、第二幕の始まりを飾るに相応しい内容だったと思う。

 

鴨志田さんに関しては不安な点はなかったけど、意外だったのは鳴嶋君だ。

偉そうなことを言うけど、技術という点においては鳴嶋君は今回の演者の中では一番劣る。基本的な部分は出来ているし、激しいアクションシーンに対応できる体力はあるけど、致命的なまでに経験が足りていない。

彼の努力は凄いけど、それなりに目の肥えた観客から厳しい反応をされるのは仕方ない。

 

 

けれど、鳴嶋君はそれを気合と根性で補った。

振り切った演技と言うのはそれほど難しいものではないけど、鳴嶋君のそれは動きの一つ一つにしっかりと感情が乗っていて、まさに熱演と言うほかない演技だった。

 

もちろん、相手役だった鴨志田さんが全体的にフォローしていたおかげでもあるんだけどね。

 

 

「良い感じに感情乗ってんじゃん!次もこの調子で頼むぜ」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

舞台袖に戻って来た鳴嶋君が鴨志田さんに声をかけられ、そのままこっちに・・・正確に言えばアクアの方に歩いて来る。

 

「お疲れ様」

「お、おう・・・その、どうだったよ・・・?」

「よかったんじゃない?ま、鴨志田さんが滅茶苦茶頑張ってフォローしたおかげっていうのは、わかる人にはわかっちゃうだろうけど」

「そ、そっか」

「でも・・・」

 

言葉を止めて、アクアは優しい笑みを浮かべながら肩に手を置いた。

 

「私は嫌いじゃないよ、メルトの演技。あれだけ感情乗せられるのも一つの才能・・・メルトはそういうやり方でいいんじゃないかな」

「っ!」

「公演は始まったばかりだし、拙い部分はこれから直していけばいいよ」

「・・・へ、へへっ。おう!これから名誉挽回してやるぜ」

 

な、なんか凄い青春してる・・・あの、アクアさん?恋人の前で異性と仲良さげにするのってちょっとどうかと思うよ。アクアにそういう意思がないのはわかるけど、相手は違うからね?

 

「そろそろだね。私たちも・・・どうしたのあかね?」

「なんでもないよっ」

「いや、そんな頬っぺた膨らませながら言われても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも順調に舞台は進み、シーンはハイライトに差し掛かった。

新宿クラスタと渋谷クラスタの本格的な全面衝突。

 

 

ここは元々全員が平等な演出の場面で、多くの役者がいる中で目立とうとしても簡単には目立てない。

しかしそんな状況で、明らかに一人の役者が抜きんでた存在感を発揮していた。

 

「(アクア・・・)」

 

姫川さんも気になるのか、時折視線をアクアに向けているのがわかる。

 

 

ここは元のシーンから少し変更が加わり、短時間だけど鞘姫とつるぎの相方同士の対決がクローズアップされることになっている。

 

 

 

アクアの鞘姫は、原作に忠実と言うわけではなかった。

原作の鞘姫の渋谷クラスタのボスとしての重厚感、望まぬ戦いへの葛藤、内に秘めた優しさ。

 

それらを再現しつつも、アクアの演技はどこか空虚で、人間味が感じられない演技だった。

感情はしっかりと乗っているのに、なぜか無機質さを感じさせる。

 

 

悪い言い方をしてしまうと、アクアの演技は気味が悪い。

矛盾に満ちていて、でも視線を向けざるを得ない魅力を感じてしまう。観る者の好奇心を刺激し、感情をかき乱す・・・怖いもの見たさ、という表現が一番近いかもしれない。

そして、原作の鞘姫とは違うキャラになっているのに、『鞘姫はこういうものだった』と納得させる何かがあった。

 

原作者のアビ子先生がアクアの演技を見た時に呟いた言葉を覚えている。

 

『これが鞘姫なんだ』・・・アビ子先生はそう言った。

 

キャラクターを作り出した張本人が、他人が手を加えたキャラクターこそが本物であると認めたのだ。その後、アビ子先生と脚本のGOAさんの手によって、公演目前になってこのシーンが少しだけ変更された。

 

 

今のアクアは以前とは違う。

観る者を狂わせる、得体の知れない『何か』を宿した演技をするようになった。

 

 

 

「・・・!!」

 

アクアに対抗し、かなちゃんも子役時代だった昔を思い出させる演技をしている。

 

矛盾と欺瞞に満ち、観る者に恐怖の感情すら抱かせるアクアの演技。

明るく溌溂として、目を焼くほどに眩い太陽のようなかなちゃんの演技。

 

ベクトルは違えど、二人とも観客からの視線を集める凄まじい存在感がある。

 

 

でも、これは拮抗しているように見えるけど実際は違う。

飲み込もうとしてくるアクアから、かなちゃんが必死に抗っている。例えるなら、捕食者に対して、餌である生き物が喰われまいと最後の抵抗をしているような・・・あるいは、じわじわと侵食してくる暗闇に対して、太陽が必死に輝いて対抗しているような・・・少なくとも私にはそう見えた。

 

 

 

 

 

「さあ語ろうぜ・・・俺たちの刃でよ」

「っ」

 

ハッとして意識を現状に戻す。

先ほどのアクアの演技で集中が乱されてしまったのかもしれない。

 

 

最後の戦い、すなわちブレイドとつるぎ、刀鬼と鞘姫のコンビ対決だ。

と言っても、メインは刀鬼とブレイドの一騎打ちになる。

 

姫川さんは私にとっては完全に格上の役者だ。

感情の乗せ方、観客への魅せ方、発声、殺陣、どれもが私の上を行く。集中の切れた状態でついて行ける相手じゃない。しっかりしないと。

 

・・・やっぱりかなちゃんは凄い。適応型の演技が出来るからって、普通は本人の技量までは上がらないから格の違い過ぎる人相手には合わせることは困難なのに。かなちゃんは姫川さんに完全に合わせる演技が出来るんだよね。

 

「(・・・あれ?)」

 

そこでふと気づいた。

こんな余計なことを考えてしまうくらい、集中しきれていない私なのに姫川さんの演技にはしっかりとついて行けている。

 

「(姫川さんも・・・集中出来てない?私と同じ?)」

 

・・・姫川さんでも動揺することってあるんだ。

見た目のわりに軽い性格であることは知ってるけど、いつも動じない人だから少し意外。

 

 

 

 

 

「ブレイド!今よ!!」

「!?」

 

シーンは進み、とうとうクライマックス。

隙を見せた刀鬼に対してブレイドが斬りかかり、それを鞘姫が庇って倒れてしまう。

 

血をまき散らして倒れる鞘姫。

今のアクアはまさに怪演だ。立ち込める濃密な『死』の気配によって、血糊があたかも本当の血液のように感じ取れてしまう。

 

観客も、アクアの迫真の演技に影響を受けたのか、小さな悲鳴やざわめきが聞こえてくる。

 

「刀を抜け。女を斬られて、黙って引き下がるのか」

「・・・もういい。俺は鞘姫の為に戦っていた」

 

異様な雰囲気の中、姫川さんはいつものように安定した演技をしている。

どうやら先ほどの動揺からはすっかり持ち直したようだ。

 

「鞘姫を守れなかった今となっては、戦う理由がない」

 

私は演技を続けつつ、腕の中でぐったりとして動かないアクアを見て思う。

 

・・・怖い。

あまりに迫真過ぎて、本当に死んでしまったように感じる。もしもこのまま目覚めなかったら・・・演技だとわかっていても、恐怖せざるを得ない『死』を演じている。

 

 

大切な人を失う恐怖と悲しみ。

その原因となった自分自身への怒り。

 

 

皮肉なことに、この前経験したことを思い出して、この時の私はいつもよりもずっと感情が乗った迫力のある演技をすることが出来た。

 

「戦いは終わりだ!けが人は医者に連れていけ!」

「遅いよ・・・失血が多すぎる。鞘姫は助からない」

 

ブレイドと刀鬼の戦いはブレイドの勝利で終わり、渋谷クラスタと新宿クラスタの戦いもまた決着を迎えた。大規模な抗争ではあったけど、両陣営からは一人を除いて死者は出ず、最終的に和平を結ぶことになる。

 

そう、鞘姫だけは死ぬのだ。

ただし、鞘姫が持っていた『剣』、傷移しの鞘の効果に気づいたブレイドとつるぎの手によって、鞘姫は蘇生してハッピーエンド。

そしてここが刀鬼役である私にとって、最後にして最大の見せ場になる。

 

「この鞘の本来の使い方は」

「こういう事だろ!!」

 

鞘姫が負った傷をブレイドとつるぎが引き受け、鞘姫は生き返って目を覚ます。

アクアは演技だし、作劇の都合上生き返る。それはわかっているのに・・・

 

半開きになった、生気を感じさせない虚ろな目。

口の端は僅かに吊り上がり、微笑みの表情をしたその顔。

 

見ているだけで背筋が凍る。これがアクアの演じる『死』。

 

・・・私の予想が正しければ、この姿は恐らく『アイ』の───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にあかね!?って思ってた!」

「えへへ・・・」

「なー、こうして見るといつもの黒川だけど、舞台の上ではまるで別人に見えた」

「いやほんと」

 

 

舞台『東京ブレイド』の初日の公演は無事に終わった。

役者たちは皆着替え終わり、私は『今ガチ』で共演したゆきたちから感想を聞いていた。

 

皆は口々に褒めてくれて、正直なところかなり嬉しい。

でも、私はどうにも素直に喜ぶことが出来なくて、ついつい顔が下に向いてしまう。

 

「あれ、そういえばアクアはどこ?」

「そういやいないな・・・先帰ったってことはないだろうし」

 

その言葉に顔を上げて、私も一緒に周囲を見渡す。

少し離れた所にはかなちゃんたちがいる。傍には・・・あれはたしか苺プロの社長さんと、ユーチューバーのMEMちょ、そしてアクアの妹さんのルビーちゃん・・・かな?

 

出来れば挨拶に行きたいけど、アクアが一緒の方がいいよね。

けど肝心のアクアがどこにも見当たらない。楽屋を出るまでは一緒のはずだったのに。

 

「・・・ごめんっ。私ちょっと探してくる!」

「あっ、ちょっとあかね!」

 

私は一声かけてから、疲労で気怠い体に鞭打って走り出した。

皆には申し訳ないけど、今のアクアを一人にはしておくのが不安だったから。

 

 

 

 

 

「(ここにもいない・・・もしかしたら入れ違いになっちゃったかな)」

 

楽屋に戻ったけどやっぱりいないし、スタッフさんに聞いても誰も姿を見ていないという。

入れ違いになった可能性を頭に浮かべつつ、私は最後に楽屋から一番遠いトイレの前に立った。

 

「(あとはここだけ。いなかったら一旦皆の所にもどろう)」

 

そう思ってドアを開けようとしたところ、私が触れる直前にひとりでにドアが開いた。

 

「わっ」

「あ、ごめんなさ、ってあかね?何してるのこんな所で」

 

そこにいたのは、小さな鞄を持ったアクアだった。

特に異常は見当たらない。顔色もいいし、体調を崩したってこともなさそうで少し安心した。

 

皆を待たせているから、少し早歩きになりつつ二人で通路を進む。

 

「別にわざわざ探さなくてもよかったのに。トイレ行ってただけだし」

「あはは・・・ごめんね。何か不安になっちゃって・・・」

「不安?何かあったの?」

 

不思議そうな顔で問いかけて来るアクアの顔を見ていると、私の不安は杞憂なんだと思えて来る。

 

「ほら、さっきのアクアの演技は凄かったけど、体調に影響はなかったのかなって。前に言ってたでしょ?演技を楽しんでいる時は体調が悪くなるって」

「・・・」

「だから心配で・・・アクア?」

 

話している途中、アクアからの反応がなくなったことに気づいてもう一度顔を見る。

アクアはどこかぼんやりとした顔で、私の声が耳に入っていないようだった。

 

「アクアっ」

「・・・あ、ごめん。なんだっけ」

「いや、だから体調は大丈夫かなって「大丈夫だよ」・・・え?」

 

 

「もう大丈夫だよ、心配しないで。今日は疲れたけど、気分はすっごくいいから」

 

 

そう答えるアクアは、今まで見たことないくらいの笑顔で・・・私はその笑顔に既視感があった。

思い出すまでもない、だってその笑顔は、今まで私が散々資料として見て来た笑顔だったから。

 

 

 

 

 

「舞台は初めてだったけど、こんなに楽しいものだとは思わなかったよ。次の公演が楽しみだね!」

 

 

 

 

 

明るく眩しいその笑顔。

それは紛れもなく『アイ』と同じものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・黒川あかね
 踏んだり蹴ったりな子。かわいそう(可愛い)。
好きな人の心を破壊してしまったのでは、という恐怖を体験した。もちろんトラウマになった。

宮崎旅行編から本格的に大変な思いをすることになります。
具体的に言うと猟奇的なホラー体験を味わうかもしれない。


・カミキヒカル
 登場はしてないけど初日の公演を観に来てるラスボスさん。

素晴らしい才能を持った娘がたくさんいて素晴らしい!とか思ってるんじゃないかな。





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