今回は再びアクアちゃん視点となります。
愉しい旅行が終わり、アクアちゃんはいよいよ終焉と言う名のゴールを目指して走り出します。
アクアちゃんは幸せな終わりを迎えることが出来るのでしょうか。
ない。100%ない。それは断言できる(GLG並感)。
B小町のMV撮影を兼ねた、あの宮崎旅行から半年が過ぎた。
MVはスタッフの質が良かったことや、映像Dのアネモネさんのセンスとヒムラさんが作った曲がうまく噛み合い、かなり良質なものに仕上がった。
今回のMVで一番注目されたのはルビーだろう。
今までのルビーはかつての『アイ』を意図的に真似ながら活動していた。古参の旧B小町ファンからのウケはそれなりに良かったものの、中には『アイ』の劣化、所詮は猿真似などと辛辣な評価をする者がそれなりにいた。
そんなルビーが、今回のMV撮影で見せた初めての顔。
川の冷たさに驚きながらも、その冷たさすら新鮮だと言わんばかりに子供のようにはしゃぐ姿。
近くの岩場に腰を下ろし、頬を薄っすらと赤く染めて誰かを想うように川の流れを見つめている大人びた姿。
はしゃいでいたのは冬の川で遊ぶのが初めてだったからだ。
俺もミヤコもルビーの健康には気を遣っていたし、夏や春はともかく冬の川に入ったことなんてない。というか、普通は入ろうと思わない。
しかし前世の影響か、ルビーは『初めて』の体験に対して普通の人よりも新鮮な反応をする。
そして、次に見せたもう一つの姿は前日の夜に俺が渡した手紙が原因だ。前から予想していた通り、雨宮吾郎の生存と、初恋の人に見つけて貰えたという事実がルビーの精神に良い影響を与えている。
・・・本当はもっと前にやりたかったが、前世の俺の死体が見つかっていないので踏ん切りがつかなかった。
実行犯の男が自殺したとはいえ、雨宮吾郎の死体が見つかったらこの手紙を使う方法は取れない。十数年の間、雨宮吾郎が消息不明の状態になっているから死体はしっかりと隠蔽されているか、あるいは処分されているとは思っていたが・・・この目で見るまでは確信が持てなかったのだ。
だが、その唯一の懸念も解消された。
あの疫病神から前世の俺の死体がある場所を聞き出し、宮崎旅行の際に死体を隠すことに成功した。これで俺たち以外が雨宮吾郎の死を知る術はなくなった。黒幕も、わざわざ十年以上前に殺害した相手の死を公表することはないだろう。
MVを切欠としてB小町は人気も知名度もどんどん高まり、先日はついにチャンネル登録者数30万人を超えることに成功した。
そしてその裏には、リーダーであるMEMちょの積極的な広告宣伝活動があった。元々人気ユーチューバーとして活動しているMEMちょには、MV撮影に協力してくれたアネモネさんのように独自のコネや横の繋がりがある。彼女の尽力がなければここまでの成功はなかっただろう。
・・・以前までなら俺も協力していたが、今回はほとんど手を出していない。
俺は近いうちに消える。長くとも1、2年もすればいなくなるのだから、彼女たちには俺がいない状況に慣れてもらわないといけない。
幸い、今は苺プロも人員に余裕が出来ているからその辺の心配はしていない。
と言うのも、我らが社長であるミヤコが新しい社員を連れて来たためだ。
「本日より、B小町の皆さんのマネージャーとして働くことになりました。吉住シュンです。よろしくお願いいたします!」
「うわ、ザ・陰キャって感じ」
「えっ」
「こらルビー!これからお世話になるんだから失礼なこと言わないの!・・・まぁ?確かにひょろいし、身なりもちょっと・・・アレだけど」
「うっ」
「あ、あははは、これからよろしくね~」
一人目は
20代前半という若さでは優秀だったそうだが、同じ班のディレクターが性格に問題があることで有名な漆原Dだったため、もう少しで潰れそうな状態に陥っていたらしい。ミヤコが新たな人員を探していることを聞きつけた鏑木が、どうせなら使ってくれとうちに寄越したわけだ。
鏑木も、番組プロデューサーという立場とはいえ、結構な無茶をしたように思えるが、漆原Dは問題行動が多すぎたのでどの道彼の班は近いうちに再編する予定だったそうだ。厄介払いと同時に若手の吉住にも苺プロにも恩を売る。鏑木らしいやり方だな。
「お、同じくマネージャーになる鈴城まなです!よろしくお願いします!」
「んー?あれ、どっかで見たことあるような・・・」
「ちょっとオーラあるわよねぇ。もしかして元業界人?女優・・・アイドル?」
「じ、実は去年までアイドルやってました。そのぅ、JIFにもいたんですけど・・・」
「(今年で25歳かぁ。私の一個下じゃん・・・17歳からアイドルやって去年引退とは・・・すっごい複雑な気分だよ)」
二人目は
かなり大規模なアイドルグループの内の一つに所属し、ライブは当然としてテレビではバラエティ、歌番組、ドラマ出演など、アイドルとしての仕事を大抵経験している。去年のJIFを最後にアイドルを引退してからは服飾関係の仕事に就こうとしていたらしいが、そこにミヤコが待ったをかけて説得した末、とうとう苺プロに入社することになったらしい。
ミヤコは昔の自分に似ていたから勧誘をかけたと言っていたが、どういう経緯で苺プロに入ったか、ミヤコの過去は詳しくは知らないんだよな。壱護なら知っているかもしれないが、今は気にすることではないだろう。
そんな経緯で、B小町には二人のマネージャーが加わることになったのでサポート面では結構充実しているのが現状だ。
吉住はADとしての経験から大抵の仕事は出来るし、鈴城は元アイドルなので現場の動きはミヤコに劣らぬほどに熟知している。裏方としての業務は吉住が、アイドル特有のアレコレについては鈴城が互いに教え合い、うまく連携しているようだ。
順調だ。何もかもが順調に進んでいる。
そしてそれは同時に、俺とルビーの別れが近づいていることを示していた。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れー」
「お疲れ様でーす」
収録が終わり、スタッフさん達と互いに挨拶を交わしながらスタジオの出口へ向かう。
今日の収録は、『深掘れ☆ワンチャン!!』というネットTVのバラエティ番組だった。吉住が以前働いていた番組でもある。
B小町はアイドルグループとして成長して活躍の場を広げているが、俺もまた、演技以外にも幅広い仕事をこなすようになっていた。
今日のようにネットテレビ関係の仕事もするし、ドラマの端役、ファッション誌のモデルやいくつかのCMにも出演している。
そして、それらの仕事はほぼ全てが鏑木から指示されたものだ。
鏑木は以前、有馬を安く使える便利な女優として扱っていたが、今の有馬はアイドルとしてスターへの道を歩み始めている。前のように雑に扱うことは出来ない。
故に、今は俺がかつての有馬のポジションとして鏑木に安く使われているわけだ。
ミヤコからは自分を安売りするなと苦言を呈されたが、俺としては今の待遇は気楽で良かった。
「やぁ」
「あ」
スタジオを出るとすぐに声をかけられた。
見慣れた金髪のショートヘアと、頭に付けた悪魔の角っぽいカチューシャが特徴的な少女、というか女性。
ついこの前26歳の誕生日を迎え、順調に三十路へ近づきつつある我らがB小町のリーダー。MEMちょがいた。
「MEMさん、どうしてここに・・・」
「突然ごめんねぇ。ちょぉっとマリちゃんと話したいことがあってさ、来ちゃった♪」
「来ちゃったって・・・今日のライブで何かありましたか?」
自分で聞いておいて、それはないと内心で首を振る。
問題があったらとっくに連絡があるはずだし、悠長に直接会いに来るなんてことはしないはずだ。
案の定ライブのことは無関係だったのか、MEMちょは首を横に振りながら答えた。
「いやいや、ライブは順調だったよ。なーんにも問題なしっ、今日も大盛況!・・・話っていうのは、私の個人的な用事。出来ればマリちゃんと直接話したくてね」
最初は明るく話していたが、今は神妙な顔をして俺の目を見つめて来る。
「お互い今は暇な時間てあまりないし、自然とスケジュールが合うのを待ってたら手遅れになりそうで」
「手遅れ?」
「・・・どうかな?うちでお話し、していかない?」
案内されたソファーに大人しく座っていると、対面に腰かけたMEMちょが声をかけてきた。
「マリちゃん眠くない?最近は色んな仕事してるし、慣れないことで疲れてないかな?」
「私は大丈夫ですよ。体調管理は怠ってませんから。睡眠もとれてるし」
「・・・そっか」
俺は結局、MEMちょの誘いに乗って彼女の自宅へと招かれている。
この半年の間はMEMちょとはあまり話していなかったので、どういう理由で呼ばれたのか、皆目見当がつかなかった。
「MEMさんこそ大変じゃないですか?マネージャーが入ったとはいえ、MV関係ではかなり苦労したと思うんですけど」
どうにもMEMちょから口を開きそうになかったので、真意を探るために俺から話題を振ってみる。
それに、MV関係でMEMちょが相当苦労したのは事実だ。手を貸さなかったこともあり、MEMちょが待遇面でどう思っているのか気になっていたのは事実だった。
「うぅん、まぁ大変だったけどやりがいはあったから。きちんと成果も出てるし、私的には満足してるよ」
「じゃあライブはどうですか?B小町の曲ってダンスパートが多いし、そろそろ体力的にキツイんじゃないかと思ったり・・・年齢的にも、その・・・」
「だ、大丈夫だって!まだまだいける・・・いやでも、ルビーとかなちゃん見てると、やっぱ体力の回復スピードが私とは全然ちが・・・って私のことはいいから!」
息を整えたMEMちょは、再び神妙な顔になった。
やっと本題を聞かせてくれるらしい。俺も座りなおして話を聞く姿勢に入った。
「あんまり長く引き留めるのも悪いから直球で言うけど・・・アクアさ、なんか無理してない?」
・・・唐突な質問に対し、俺が反射的に口を開こうとするより前にMEMちょは続きを口にした。
「宮崎旅行が終わったあたりかな・・・私たちとあまり話さなくなったよね。ルビーも言ってたよ?最近お姉ちゃんとの時間が取れてない、って。すごく寂しそうだった」
「疲れてない?っていうのは仕事のことだけじゃなくて、なんて言うかな・・・精神的なことっていうか。あと気のせいかもしれないけど、スケジュールもわざと私達と合わないように調整してるよね?」
俺は驚いて僅かに目を見開いた。
確かにMEMちょが言う通り、俺はわざとB小町とスケジュールが合わないように仕事を調整している。まさか気づいていたとはな。
「見当違いなこと言ってるかもしれないけど、今のアクアを見てると昔のママを思い出しちゃってさ」
母親?MEMちょの母親と言えば、確かMEMちょが高3の時に働き過ぎて過労で倒れたという人か。
とっくに退院して今はMEMちょの弟二人と暮らしているはずだが、その母親と俺に共通点があるとでも言うつもりだろうか。
「ママもね、倒れる直前までは元気そうにしか見えなかったんだよ。不安になる時もあったけど、いつも『大丈夫』って笑顔で言っててさ・・・だからママが無理してることに私は気づけなかった」
「・・・」
「今のアクアを見てると、何だか昔のママを思い出して不安になっちゃってね・・・私は皆より大人だし、アクアのことは友達だと思ってる。頼りないかもしれないけど、私に本当のこと話してくれないかな?」
余計なお世話だったらごめんね・・・MEMちょはそう言うと、こちらの反応を窺うように無言で見つめて来た。揺れる瞳の奥から窺える感情は、こちらを気遣うものがある。
MEMちょの優しさは嬉しく思うが・・・俺が取る選択肢は一つだけだ。
いつもより抑えめに、安心させるような柔らかな笑顔を作りながら答える。
「私は大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、体調は崩さないようにしっかり管理してますから」
「アクア・・・」
俺の言葉を聞いて悲し気に顔を歪めるMEMちょ。
これまで順調にやって来たんだ。申し訳ないが来るべき時まで、MEMちょには騙されていてもらおう。
「まぁその・・・正直言うと、ちょっと気疲れはしているかもしれません」
MEMちょは気遣いがうまいせいか、小さな変化を察しやすいし中々勘も鋭い。
ここは完全に嘘で誤魔化すよりは、多少本音を混ぜた方がいいだろう。
「皆さんと・・・正確に言えば、ルビーと距離を置こうとしてるのは事実です」
「・・・理由を聞いてもいい?」
「そんなに深い理由ではありませんよ。ただ、そろそろルビーには姉離れをしてもらおうと思っただけです。私達も高校2年生になったし、同じ事務所とはいえ、仕事の内容的にも今までのように常に一緒というわけにはいきませんから。ただ──」
僅かに疲労を滲ませた顔、口元には小さく苦笑いを浮かべる。
「依存ってわけではないけど、私は今までルビーと一緒に居るのが当たり前だったんですよ。それこそ産まれた時から」
「あぁ、ミヤコさんから聞いたよ~。幼稚園に入る前からずーーっとべったりだったって」
「あはは・・・そうなんです。だからかな、いざ距離を置こうとすると、これが思っていたより結構キツくて」
「なるほどねぇ・・・そっかそっか、私にもその気持ちはよぉ~くわかるよ」
うんうん、と何度も頷くMEMちょの表情からは先ほどのような悲し気な色は薄れている。
「私も一人暮らしを始めた時は同じだったよ。ママが退院するまでは姉弟3人でいるのが当たり前だったから、いざ離れると寂しくて寂しくて」
「そうそう。べたな言い方になるけど、胸にぽっかりと穴が空くってこういう気持ちなんだろうなって」
「わかるぅ。お互い一緒にいることが日常になっているからさぁ。急に離れちゃうと精神的に結構───」
その後、同じ妹弟を持つ姉同士、共通の悩みや経験の話で1時間ほど話し込んでしまった。
俺も前世では一人っ子だったから、純粋にMEMちょの話は色々と参考になる。
まぁ、それを活かせる期間はもうほとんど残っていないのだが。
MEMちょとの話を終え、帰りのタクシーの中で少しだけ考え事をしていた。
B小町内では一番年上とはいえ、人生経験という点では俺の方が圧倒的に上だ。MEMちょの勘の鋭さには少々驚いたが、誤魔化すのは難しいことではなかった。
『今日は話せてよかったよ~。どんな些細なことでもいいからさ、これからはMEMちょさんをバシバシ!頼ってくれていいからね。お姉ちゃん同士、助けになれることがあると思うし』
帰り際に見せてくれたMEMちょの顔は、優しく包容力に満ちたもので・・・少しだけ、母さんのことを思い出してしまった。
もっと早くに出会っていれば、もしかしたら
・・・いや、今更だな。
もう止まることも引き返すことも出来ない。そういう所まで来てしまった。
俺がいなくなってからも、彼女のような人がルビーの傍にいて見守ってくれる。それだけで十分だ。
「こうして会うのはお久しぶりですね」
「そうだな。仕事で顔を合わせることはあったが、プライベートでは・・・半年ぶりか?」
俺は軽く会釈をして挨拶しながら対面の席に座った。
会員制のバー・・・以前は金田一を入れて三人で来たが、今日は俺達二人だけ。席は店内の隅にある場所を案内されている。
店側が気を遣ったのか、相手の指示があったのか、俺たちの席の周りに他の客は誰も座っていない。これなら安心して話が出来そうだ。
俺は対面で酒を呷る男性・・・姫川大輝の瞳を見つめた。
「あの話を覚えていてくれたとは思いませんでした」
「いいよ。あの話は俺も気になってたし、個人的にお前と話したいこともあったしな。今日はタイミングが良かった」
姫川から連絡があったのは、俺がとある雑誌の撮影を終えて帰路に就こうとしたところだった。
『金田一のおっさんからこの前の話を聞くことが出来てな。今ちょうど飲んでるところなんだ。少し話さないか?』
その後、姫川から場所を聞いて俺は話を聞くべくやって来たわけだ。
父親捜しは継続しているがまだ特定には至っていない。少しでも情報があれば御の字・・・という心づもりで来たが、さて、どんな情報が来るか。
「これはあくまでオッサン一人から聞いた話だし、もう20年近く前のことだから間違っていることもあるかもしれん。それを踏まえた上で聞いてくれ」
当時の劇団ララライは今ほど有名ではなく、所属している劇団員も決してレベルの高い者ばかりではなかった。実力よりも演技に対する熱意を持つ者を優先し、細々と運営を続けていた小規模な劇団だったという。
そんな小規模な劇団の中に、とある一人の少年がいた。
その少年はララライで最年少にも拘わらず、他のどの団員よりも役者として高い実力と才能を誇り、演技に対する姿勢も真摯で情熱を秘めていたと。
そんな彼を慕う者は多く、十代前半ながら年上の団員にも教える立場となり、そのことを反対する者が一人もいなかった。それくらいのカリスマや魅力があった、ということだろう。
役者としての天才的な実力、同年代の中でも突出した明晰な頭脳、高いコミュニケーション能力、優れた容姿、そしてそれらの能力を鼻にかけない性格と人々を魅了するカリスマ性・・・天が二物も三物も与えたとしか思えない完璧超人。
それが彼──神木ヒカルだったという。
「神木・・・ヒカル・・・」
「あぁ。オッサンが言うには、ララライの歴代看板役者の中でも神木ヒカルに並ぶ者は未だに現れていない、らしい。現看板役者の俺にそう言うってことは、それだけ今の俺と神木って奴の間には差があるんだろう。言ってくれるよまったく・・・おっと、話を続けるぞ」
彼が劇団全体に与える影響は大きく、劇団員たちの演技力は神木ヒカルに引っ張られてどんどんと成長していった。
実際、神木ヒカルが入団してからの運営は順調そのもので、金田一達創設メンバーからの評価も高く、特に何も問題なく活動は続いて行く・・・はずだった。
問題が起きたのは今から17年前。神木ヒカルが15歳の頃。
元々の団員が少ないことと、劇団に新たな刺激を与えようとワークショップで外部から人材を集めていた時期だった。
ワークショップで集めたメンバーで何度か公演を行い、それ自体は何の問題もなく成功した・・・のだが。
神木ヒカルが、突如劇団ララライを辞めると言い出したのだ。
あまりに突然の話で金田一達はかなり困惑し、本人に説明を求めたが具体的な話を聞くことは出来ず、表向きは家庭の事情を理由に役者を辞めた、ということになったそうだ。
とはいえ、看板役者が抜けるのは痛いが、それだけなら劇団運営への支障は大きくない。
問題は神木ヒカルが辞めた後、釣られるようにして他の団員達も劇団ララライを辞めてしまったことだ。
辞めた団員達は、残留を決めた団員からの説得にも耳を貸さず、各々の言い分を要約すると『神木ヒカルがいないならいる意味がない』・・・そう言って、あまりにもあっさりと劇団を辞めてしまった。
突然の劇団崩壊の危機に、頭を抱えた金田一達はようやく気付いた。
所属していた団員のほとんどが、いつの間にか劇団そのものよりも『神木ヒカルがいるから』という理由で劇団ララライで活動していたということに。
神木ヒカルがあってこその劇団ララライ。そういうことになっていたのだ。
「看板役者も、せっかく増えた団員達もほとんどが辞めちまった。それで、ララライは一時公演が出来ない状態になったらしい。どうにか持ち直して今でこそ業界内でも屈指の劇団へと成長を遂げたが・・・」
「当時を体験した金田一さんにとっては苦い経験だったでしょうね」
「そういうことだ」
劇団内の状況を把握出来ていなかったのは運営側に責任があることは承知しつつも、切欠はやはり神木ヒカルが辞めたことにある。
そして神木ヒカルが辞めた切欠は、恐らくワークショップに参加した外部から参加したメンバーとの関係に問題があったのではないか、と金田一は考えた。
「オッサン曰く、神木ヒカルは外部から参加したメンバーの一人と裏で何度も会っていたらしい。だが、会っていた相手は特定出来なかったらしい・・・十中八九相手は女だろうと言っていたがな」
「俺が聞いた話は以上だ。オッサンが謝ってたよ。業界内なら知っている人間も少なからずいるのに、神経質になりすぎたって。どうやら、関係の浅い外部の人間であるお前には言いたくなかったらしい」
「そう・・・ですか」
姫川の話を聞きながら、俺は動揺を表に出さないように必死だった。
・・・鏑木が言うには、アイはかつてララライのワークショップに通っていたことがあり、そこで誰かに恋をしたという。そして鏑木は事務所に内緒でアイが男と会う際のサポートをしていたというが、もしもその相手が神木ヒカルだったなら・・・いや、まだ確定とは言えないだろう。だがしかし、これはあまりにも───
「───さて、昔話はこれくらいでいいだろう。俺としては次が本題になるが・・・星野?」
「っ、何でしょうか?」
「?・・・まぁいい。個人的な話っつーのはララライへの入団のことだ」
考え込んでいたせいで反応が遅れてしまった俺を、姫川は訝し気に見ながらも本題を話し始めた。
「詫びってわけじゃないが、オッサンはお前が入団することを了承した。他の団員も賛成してくれてる」
「私がララライに・・・」
「改めてお前のとこの事務所と話を詰める必要はあるが、うちとしては受け入れる態勢だ・・・どうだ?」
ララライへ入る、か。以前誘われた際は情報収集とルビーと距離を置く手段として検討していたから、これは歓迎すべきことではある。あかねの協力があるとはいえ、自分が内部に潜れるならそれが一番手っ取り早くはあるのだが・・・
ひとまず入団の件は保留にして貰い、帰宅した俺は早速パソコンを立ち上げて調べ物をしていた。
幸いと言うべきか、姫川から得た追加の情報によれば『神木ヒカル』は『神木プロダクション』という芸能プロダクションの代表取締役となっているらしい。
一般の個人ならともかく、芸能事務所の代表取締役ともなれば無料で調べる方法はいくらでもある。手始めに公式HPから情報を得ようと言う所だった。
「(神木プロダクション・・・芸能プロダクションとしては中小規模と言った所か。しかしうちと比べればさすがにデカいな)」
ネット上で軽く調べただけで、神木プロダクションについての情報がホイホイと入って来る。
事務所が設立されたのは今から6、7年程前、つまりは俺とルビーが10歳くらいの時。事務所の住所は東京都内の〇〇・・・ここだったら、下手したら何度か近くを通っているかもしれない。
所属しているタレントは歌手、モデル、役者、ダンサーなど幅広い分野の者が所属している。割合としては子役が多めのようだが、それほど有名な者はいないみたいだ。
事務所や所属タレントについての情報はこの辺でいいだろう。
カーソルを動かし、企業としての情報が記載されている項目をクリックする。代表取締役の情報や写真があるとするなら恐らくこのページだ。
「(さすがに少し緊張するな。神木ヒカルが父親である可能性は高いが、確定とするには証拠がまったくない。出来れば、外見に血を分けた俺達と共通した点があるならば・・・)」
トップに事務所であるビルの写真が記載されたページに飛んだあと、下へ下へとマウスホイールでゆっくりとスクロールしていき───
「───いっ、おい!」
・・・耳元で聞こえた声にハッと目が覚めた。
視界に映るのは、何度か訪れている人も疎らな釣り堀。声掛けと同時に肩を揺すっていた相手は、俺の隣にいる男。
「・・・壱護さん」
「おいおい大丈夫か?急に来たと思ったら何も言わねぇで・・・いや、急に来るのはいつものことだけどよ」
ズキズキと痛む頭を手で抑えながら考える・・・そうだ、今日は壱護の説得のために訪れていたんだ。
あまり強く言っても反発されるだけなので、最近は世間話やアイドル活動に関する助言を少し貰っているだけになっているが。
「ごめんなさい。最近ちょっと忙しくて・・・少し疲れてるのかも」
「あぁ、最近は色々手を広げてるみたいだしな。さすがのお前も疲れるか」
壱護はグラサンの奥にある目を細め、釣り糸の先に視線を戻した。
「俺が言うのもなんだが、あんまり無理はするなよ。タレントとして売れるために数をこなすのも、役者以外の仕事に手を出すのも間違いじゃねぇ。だが、タレントは何よりも体が資本だからな。それに・・・あいつらも心配するだろ」
後半は小声でぼそぼそと喋っているが、俺の耳にはしっかりと聞こえている。
苺プロを去ったお前が言うな、と言ってやるのは流石に酷か。しかし無精髭の金髪グラサンのおっさんが頬を染めて照れる姿はどうしようもなく気持ち悪い。言わないけど。
「んで、今日はなんだ。言っとくが、俺は事務所に戻る気はさらさらないからな」
「・・・今日は、壱護さんと約束をしに来たんです」
「あ?約束?」
そう、約束だ。
状況が変わった以上、悠長に説得している余裕はなくなってしまった。俺が生きている間に壱護に戻って来てもらうことは出来ないだろう。
俺は海面に視線を向けたまま、静かに約束の内容を口にした。
「黒幕への復讐が終わったら、苺プロに戻って来てほしい。ただそれだけです」
「終わったらって、お前・・・」
内容を聞いて困惑したのか、隣から驚く気配と共に視線を感じる。
そりゃそうだ。壱護からすればいつ果たせるかもわからない、何とも曖昧な約束のように思えるだろう。だが、俺からすればそうではない。近い内に黒幕である父親を始末することは既に決まっているのだから。
「・・・わかった。殺ること殺ったら戻ってやる。ま、そん時は俺は犯罪者。実際に戻るまで何年かかるかはわからねぇけどな。それでもいいなら、事務所で雑用でも何でもやってやるよ」
どうやら冗談だと捉えたらしい。
だが今はそれでいい。この男はこれで義理堅い。今ここでした会話も忘れることはないだろう。
俺が黒幕を始末したことは、
「あっ、お姉ちゃんおかえり~」
玄関から入って靴を脱いでいると、ちょうどお風呂に入っていたのか、火照った体に湯気を纏ったルビーが来た。
「遅かったねー、今日はどこ行ってたの?」
「・・・ちょっとね。風邪ひくから早く着替えた方がいいよ」
「う、うん。わかった・・・」
ルビーからの困惑の視線を振り切るように、足早にその場を去った。
自分の部屋に入ってドアを閉めると、思わず気が抜けて座り込んでしまう。
さっきはルビーと目を合わせることが出来なかった。それに、言い方も少しキツかったかもしれない。後で謝らないと・・・
気怠い体に気合を入れて立ち上がると、引き出しにしまっている薬の瓶をいくつか取り出す。正直気休めにしかならないが、飲まないよりはマシと判断していくつかをミネラルウォーターで流し込む。
最近は体調が優れない日が続いている。
症状は治まるどころか日に日に悪化し、まるで壊れかけの機械のようだった。
原因は・・・どれだろうか。
B小町と合わないように仕事を無理なスケジュールにしたせいか、ルビーと接する時間がなくなっているせいか。あるいは・・・利用している人々、特にあかねに対する罪悪感のせいか。
だが、直近の出来事に限定するならば、それは恐らく・・・
「(どうしてこうなるんだ。俺とルビーが一体何をした?こんな目に合わなくちゃいけない程の罪を犯したとでも言うのか?)」
姫川から得た情報。それを元に聞き込みと集めた資料から調べた経歴。最近会った際に採取した毛根から得た遺伝子検査の結果。
それらから導き出された答えは唯一つ。
そして、俺と会う際に簡単な変装をしていると仮定した場合・・・それは髪型や目つき、服装程度の簡素なもので、顔の輪郭やパーツを見比べてしまえばわかる。わかってしまう。
『星野アイの死を招いた元凶・・・それは間違いなく君たちの実の父親だよ。向こうはとっくに君たち姉妹を見つけているし、手を下そうと思えばいつでも出来る状況にある。今、君たちが無事なのは向こうの余裕ってやつだね。どっちから食べようかなとか、どうしてやろうか、って色々と吟味しているんだよ』
少女の言葉を思い出し、俺は乾いた笑いが出るのを抑えられなかった。
戦力差が酷いからサポートに来たと言っていたが、だったら来るのが遅すぎる。なにせ、あの少女と初めて出会った時には俺は既に黒幕と接触していたからだ。
こんなもの、初めから公平な勝負になどなっていない。
俺とルビーが今無事なのは、あの少女が言う通り、黒幕側の余裕に過ぎない。まな板の上の鯉。大型の肉食獣と小動物。捕食者と被捕食者。そういう関係なのだから。
俺にとって、
あわや命の危険と言う所を救ってもらった。
まるで十年来の友とする会話のように疲弊した心を癒してくれた。
・・・信頼していた。いや、させられていた、と言う方が正しいのだろうか。
何とも滑稽な話だ。母親を殺した仇と仲良く談笑していたなんて。このゲームを観戦している神々とやらも、さぞ腹を抱えて笑っているに違いない。
ミキさん───いや、神木ヒカル。
母さんに、『アイ』に理不尽な死を招いた元凶。
何としてでも、奴を消さなくてはいけない。再び
奴だけは、絶対に。
・星野愛久愛海
オデノカラダハボドボドダ!な主人公。なお、心はもう壊れているからボドボドではないらしいです。
宮崎旅行でのやらかしを経て、止まるんじゃねぇぞ・・・な感じで破滅へ向かって突っ走る。止まっても死ぬから仕方ないね。アクアちゃんはマグロの擬人化だった・・・?
とうとう黒幕を突き止めたものの、それが友人(笑)であるミキさんであることを知ってしまい、精神的に大ダメージを受けました。
おまけに回復装置であるルビーと接する機会も減った(減らした)ため、限界突破した精神へのダメージが体に現れ始めました。
疫病神ちゃん<どうしてこうなった
・MEMちょ
年下の元アイドルのマネージャーが入社してきて内心とても複雑な人。
アクアちゃんの異常に気付いたものの、嘘を見破ることは出来なかった。
後年、『私があの時もっとこうしていれば』と大後悔していっぱい曇る。
なお、同じように曇る人がたくさんいる模様(主にミヤコとか壱護とか)。
・吉住シュン&鈴城まな
新人マネージャーコンビ。
姉妹が高校に入る前からミヤえもんが早めに人材探しをしていたために起きたバタフライエフェクト的なアレ。
ミヤえもん的には、鈴城まなはその内アクアちゃん専属にする予定。
鈴城まなって誰?という人は、原作第三十九話を見るか、アニメ11話を観てください。アニメではガッツリ出番削られて30秒足らずの出演でしたけど。
・姫川大輝
アクアちゃんへ善意で情報提供した人。
まさか人の生き死に関わることだとは思わないので・・・
・カミキヒカル
本名は神木ヒカル。全ての元凶にしてラスボス。
アクアちゃんとの力の差は圧倒的!どう考えても絶望しかありません。
弱点は二つ。
当初と同じく、特に気に入った女性は自らの手で直接コロコロしようとする癖。
もう一つはアクアちゃんが黒幕(自分)の正体に辿り着いたことを知らないという点。
そろそろこの作品も終わりが近づいてきたような気がします。たぶん。