アクアちゃん曇らせ   作:ヤンデレ好き

2 / 19
感想・評価ありがとうございます。

正直一発ネタなので続きは考えてませんでした。
ギャグ要素はおそらく皆無の鬱々とした内容になるはずなので、そういうのが嫌な方は見ない方が良いと思います。

原作のイベントがダイジェストなのも前話と同じです。


アクアちゃん曇らせ:その2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はママみたいになる!」

 

 

それは、もうすぐ中学卒業を控えたとある日のこと。

俺が自室から1階のリビングへ降りて来ると、ちょうど妹のルビーが何やら宣言をしている声が聞こえた。

 

 

 

 

母親であるアイを亡くしてから十年以上が経っていた。

ルビーはアイの死を直接目撃することはなかったため、精神的なショックは比較的抑えられたと言えるだろう。

母親代わりのミヤコは献身的にサポートしてくれたし、俺も出来る限りルビーに寄り添い続けた。その結果、今ではアイのようなアイドルを目指す明るく天真爛漫な美しい少女へと成長していた。

 

 

 

 

俺は顔を僅かに顰め、完全に油断しきった締まりのない顔で楽観的なことを語るルビーに対し、それを窘めるように語り掛けた。

 

「夢を語るのはいいけど、もうすぐ高校受験なんだから勉強もしっかりね」

「もう、お姉ちゃんは心配性だなぁ。芸能科がある学校は面接重視!学力なんて参考程度!どうせアイドルデビューしたら受験勉強なんてしなくていいんだから~♪」

 

ルビーはどうにも昔から勉強が好きではないようだった。前世で体を動かすことが出来なかった反動なのか、放課後は女友達とダンスをしたり、小学生の時は男子に混じってスポーツで遊ぶこともあった。

 

「アイドルになったら、ネットやテレビの番組に出ることもあるでしょ?そういう時に活躍するには知識が大事なんだから、少しでも勉強しよう?」

「うぅぅぅぅ~………」

 

…やりたいことを全力でやると、二度目の人生を精一杯生きようとしているルビーの気持ちもわかるため、俺はあまり強く言うことが出来ない。

渋い顔で唸るルビーの頭に手を乗せ、俺は出来る限り優しい声音で話を続けた。

 

「私も一緒に手伝うから…ね?」

「………わかった」

「よし、ルビーは素直でいい子だね」

「わぁ~」

 

とはいえ、ルビーは基本的に素直な子だ。自分の気が緩んでいたのも自覚はしていたのだろう。

せっかく頷いてくれたので機嫌を損ねないよう、頭を撫でてやるとルビーはさっき以上に締まりのない蕩けた顔になった。

 

しばらく妹の頭を撫でていたものの、これから夕飯を作ろうとしていたことを思い出した俺はルビーの頭から手を離した。

 

「ご飯どうする?ミヤコさんのとこで食べる?」

「うん、今日はなに作るの?」

「今日は…パスタにしようか。ミヤコさんはいつ食べるかな」

「じゃあ私聞いてくる!あ、私は大盛りにしてね!なにせ成長期ですから!」

「はいはい」

 

すでに事務員が帰宅し、ミヤコ一人になっている事務所に向かって駆けていく妹を見送りながら、俺は夕飯を作るためにエプロンを付けたのだった。

 

 

「(ルビーは本当にいい子に育ってくれたな。叶うなら、アイドルにはならないで普通の女の子として生きてほしかったけど…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとこれ見てよ~!」

 

 

学校から帰ってきて、ちょうど休憩のために事務所から戻ってきていたミヤコとコーヒーを飲んで寛いでいると、なにやらテンションの高いルビーがやってきた。

どうやら、学校の帰り道に芸能事務所のスカウトから名刺を貰ったらしい。

 

「なんでそんなもの受け取ったのよ…ついこの前うちに正式に所属したってのに」

「それはわかってるけどさ~、やっぱりスカウトされるのは嬉しいものなんだよ♪こう…承認欲求が満たされるというか…なんというか…」

「はぁ……まぁ、そう言うところはある意味アイドルには向いてると思うけど」

 

ミヤコの言う通り、ルビーはつい先日正式に苺プロダクション所属のアイドルになった。

 

ルビーは叶うなら苺プロでデビューしたいと俺に零してきたが、ミヤコの負担が大きくなることを考えて他の事務所に所属しようとしていたらしい。

 

俺としてはどことも知れない事務所に大事な妹を送るわけにはいかなかった。そのため、中学三年生になってからは毎日少しずつミヤコの説得を始め、最後はルビーがアイドルになる固い決意を示すことでなんとかアイドル事業の再開を約束してもらうことが出来た。

 

「実際、私はもうすぐアイドルデビューだしね…エへへへ」

「ったく浮かれちゃって、もう……アクア、何とか言ってやりなさい」

「ルビーなら世界一のアイドルになれる。私は一生涯をかけてルビーを推す」

 

俺がルビーを推すのは当然だ。なにせ、前世から決めていたことなんだからな。

ちなみに、メンバー集めにスカウトを雇わないといけないし、オーディションの開催や楽曲の作成など、やらなければいけないことは非常に多い。

今は準備期間として定め、高校入学後にデビューすることになっている。

 

「でも、そのスカウトは見る目があるね。いや、ルビーをスカウトしない他の人間が全員節穴というべきか…」

「でしょでしょー?お姉ちゃんもっと言って~」

「このシスコン…」

 

ミヤコは呆れたように溜息をつきながら俺たちを見ているが、その視線には優しさが含まれているのがわかる。

 

 

当時、アイが死んでからの数年間は激動の日々だった。

社長である壱護と連絡が取れなくなってしまい、役職を引き継いだミヤコは苺プロを存続させるために毎日忙しそうに働いた。

ただでさえ、養子になった俺たちの母親役もやらなくてはいけないのに。

 

俺たちは出来る限り、ミヤコが潰れてしまわないよう私生活のサポートに徹することにした。

家事全般は俺とルビーで分担し、どうしても子供では出来ないことだけミヤコに手を貸してもらった。本当は俺一人でやりたかったが、さすがに幼児の体では体力に限界があったし、ルビーも積極的に手伝う意思を見せてくれたので甘えてしまった。

 

幸い、ミヤコに経営の才能があったのか、俺たちが小学校に上がる頃にはネットタレントのマネジメントで事務所の運営は成り立つようになっていた。

ミヤコが俺たちといる時間も増え、今ではすっかり母親としての姿が板につくようになっている。初めて会った頃とは印象が大違いだ。

 

 

「さて、私はそろそろ仕事に戻るわ。今日は早めに終わると思うから、一緒に夕飯食べましょうか」

「本当!?じゃあ今日は私が作るから楽しみにしててよ!」

「…アクア、ちゃんと見てあげてね」

「わかってるよ」

「?」

 

決してルビーの料理の腕は悪くないのだが、たまーに奇抜なレシピに挑戦するから不安になるんだよな。チャレンジ精神が旺盛すぎるのも考え物だ…

 

 

「(…ルビーがアイドルか。あの子一人だと不安だけど、アクアがついてるなら大丈夫よね……私も社長として、母親として、あの子たちを守らないとね…今度こそ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、監督のところ行ってきます」

 

 

俺はソファーの上でだらけていたルビーに声をかけ、玄関へと足を向けた。

今日は土曜日…他に予定がなければ監督の所に行く日だ。

 

 

監督…五反田泰志は映画監督を務める男性で、幼いころの俺を映画に出させたこともある。

監督の映画に出演したことを切欠にかつてのアイは仕事を増やすことに成功していたし、事務所がゴタゴタしていた頃も何かと手を貸してくれた。俺たちにとっては色々と縁がある人物といえる。

 

 

「…お姉ちゃん!」

「ん?」

 

そそくさと玄関へ向かおうとすると、慌てて起き上がったルビーが引き留めて来た。

最近は監督の所に行こうとするたびにもの言いたげな視線を向けて来ていたが、今日はついに我慢ならなかったらしい。

 

「そ、その…」

「なに?」

「えっと…」

 

ルビーはなぜか顔を赤らめ、言葉を濁しながらもじもじとしている。

どうして監督のところに行くだけでそんなリアクションをするのか、俺にはさっぱりわからない。

 

「お、お姉ちゃんと監督さんが、精神的に歳が近いのはわかってるよ。でも今のお姉ちゃんは中学生なんだからね!」

「は?」

「え、えっちなのはダメだからね!犯罪だから!監督が捕まるから!」

「(何を言うかと思ったら…)」

 

監督は40半ばだ。俺が前世の年齢と今世の年齢を足せば、確かに監督とは非常に歳が近いといえる。

でも俺は中身がアレだし、監督は他の業界人と比べれば常識的な人だ。それに実家住まいだから普通に監督の母親もいる。そんな状況で中学生に手を出すほど、監督の頭はイカれてないと俺は信じている。

 

「…ふんっ」

「ひゃんっ!?」

「バカなこと言ってないで、ミヤコさん起こして朝ご飯食べさせてあげて。昨日も夜遅かったみたいだし、夕飯抜いてるんだから」

「あっ、はい…」

 

ルビーは色々と成長したけど、アホの子なのは昔から変わらないんだよなぁ。前世ではもうちょっと思慮深い子だったと思うんだけど…

俺はルビーの額に軽くデコピンをしたあと、ミヤコさんの世話をするように伝えて今度こそ玄関へ向かった。

 

 

「(おっかしいなぁ…同年代には興味なさそうだったし、てっきり監督さん狙いだと思ったんだけどな…お姉ちゃんってどんな人が好みなんだろ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらアクアちゃんいらっしゃい~」

「お邪魔します…監督起きてますか?」

 

監督の家に来ると、毎回必ず監督のお母さんが出迎えてくれる。

俺のどこが気に入ったのかわからないが、この人はいつも俺を気にかけてくれる、見た目は少々インパクトがあるが優しいおばさんだ。

 

「起きてるわよ~、泰志ったらアクアちゃんが来る日だけはちゃんと起きてるんだから(部屋も片付けてるし)」

「…そうなんですか」

「今日はごはん食べてく?」

「いえ、お構いなく」

 

台所へと消えていくおばさんを横目に、俺は監督の部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

俺は今、監督に弟子入りする形で映画製作の手伝いをやらせてもらっている。

マネージャーの仕事や、ネットの動画制作などに関しては苺プロで勉強できるが、映画製作に関しては俺の知り合いの中だと監督が一番詳しいし、一番信用できる人でもある。

 

これからのルビーのアイドル活動を支えるためにも、俺は幅広い知識と経験が欲しかった。

それに、監督と良好な関係を築いておけば、将来的にルビーの活躍の場を増やす際に役に立つはずだ。かつてのアイのように。

 

「あ~……最近…その…調子はどうだ?」

 

なんだその話題の振り方は。

まるで娘との距離感を測りかねている不器用な父親のようじゃないか。いや、俺には前世も今世も父親がいないから、ドラマとか他人から得た知識にすぎないのだが。

 

「ぼちぼちです。そろそろ高校受験だし、妹のアイドルデビューも近いから、少し忙しいけど」

「そうか……妹の方もついにアイドルか。そういや、高校はどこ受けんだ?」

「陽東高校です」

「あぁ、芸能科があるとこだったか」

 

俺たち姉妹が入学するのは陽東高校という芸能科がある学校だ。

仕事で忙しい芸能人のために色々と融通を利かせているだけで、学校としては普通の高校と大した違いはない。

 

「姉は役者で妹はアイドル、姉妹揃って芸能科か」

「違いますよ。私は一般科です」

「…やっぱり、役者はやらないのか」

「やりません…前にも言ったじゃないですか」

 

実際の役者としての経験も積みたかったし、監督のところで小学校卒業する頃までは役者として作品にださせてもらってたのだ。監督は低予算の作品しか作らないし、俺自身の知名度はほとんどあってないようなものだが。

 

『―――アクアは、役者さん?』

 

…アイが最期に残した言葉の影響がなかったとは言えない。

結果として、端役から準主役といえる役まで幅広く経験出来たし、変わったところでは少年役もやったことがある。

まぁ、ルビーが女優として活動することになったら色々教えることが出来るくらいには経験を積めた…と思う。

 

「もったいねぇなぁ…」

「私は裏方でいいんですよ。役者なんてやってたらルビーとの時間が減るじゃないですか」

「…ったく、ほんとにお前はシスコンだな。ま、決めたことに他人がどうこう言うもんでもないけどよ」

 

監督は俺の演技をよく褒めてくれたし、今まで世話になってる恩もある。役者としての活動が楽しくなかったわけでもない。

でも、俺が今最優先すべきはルビーだ。あの子の傍にいて支えることが俺の存在意義。

 

「仕方ねぇな。もしまた役者をやるってんなら言えよ…そしたら、お前を主役にした作品を考えてやる」

「……監督って私のこと好きなんですか?すみません、アラフォーの子供部屋おじさんはちょっと…」

「うるせぇな!俺だってお前みたいな草臥れたガキ趣味じゃねぇよ!だいたいなぁ―――」

「泰志!ご飯出来たわよ!…あんたアクアちゃんに変なことしてないでしょうね!?」

「ちょ、かーちゃんまで変なこと言わないでくれよ!」

 

その後、俺はおばさんの圧に負けてしまい、お昼だけなく夕飯まで五反田親子と一緒に食べることになった。このおばさんは良い人だけど、ご飯をたくさんよそってくるから、食べ過ぎて体重が増えないか心配になる。

 

 

「(…こいつを見てるとアイを思い出す。あいつは自分自身を嘘でガチガチに塗り固めて振る舞っていた……こいつからも似た雰囲気を感じるが…そこそこの付き合いになるが、いまいちわからんな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

「多分平気…かな。そっちは?」

「問題ないよ…名前を言った時に微妙な反応されたけど」

「あはは、まぁそうなるよね」

 

 

今日は陽東高校の面接の日だった。

俺とルビーは各々面接を終わらせたが、はっきり言って特に不安はなかった。

 

ルビーはアイに似た顔立ちをしている…つまり顔がとても良い。スタイルも今すぐモデルとして活躍できるくらいには優れているし、さらに気質も明るく朗らかで人当たりも良い。面接は間違いなく通っているだろう。

俺の方も学力はまったく問題ないし、面接での受け答えも特に特筆すべきこともなく終わっている。

 

「でも私はいいと思うけどなー、アクアマリンって名前……中学の時は『アクアさん』派と『マリンちゃん』派で日々血で血を争う戦いがあって…」

「嘘でしょ…」

 

俺がルビーから衝撃的な話を聞いている時だった。

傍を通り過ぎて行った一人の少女が、突然立ち止まって何事かを呟いた。陽東高校の制服を着ているから在校生だろうか。

 

「………アクアマリン…アクア?」

 

振り向いた少女は、俺の名前を呼びながら勢いよくこちらへ詰め寄って来た。

 

「星野アクア!あんた星野アクアなの!?」

「(誰だっけ…)」

「お姉ちゃん、この人あれだよ!重曹を舐める天才子役!」

「10秒で泣ける天才子役よ!はっ倒すぞ!」

 

…まさか有馬がこの学校の生徒だったとは、さすがに予想していなかった。

天才子役の有馬かな…と、言われていたのも昔のこと。歳を経るにつれて彼女の活躍を耳にする機会は減っていき、ここ数年はテレビではまったく見なくなってしまった。

 

演技に関しては間違いなく天才と呼べる人間だと思うが…まぁ、仕事が減った原因は性格にあるのだろう。

今はわからないが、子役の頃の有馬は傲慢な性格をしていた。昔共演した映画で監督の計らいによって多少は矯正されたと思ったが、そうはいかなかったのか、すでに手遅れだったのか。

 

「あんたも芸能科入るんでしょ!?」

「いや、私は一般科ですけど」

「なんでよ!!」

 

なんで俺が芸能科に入らないってだけでこんなに驚くんだ?

 

その後、監督のところに行くのでルビーと別れたが、なぜか有馬が執拗に追いかけて来る。

関わったのは僅か半日足らず。しかもやり取りの内容もとても友好的とは言い難いものだったはずだが…

 

 

「(くっ、久しぶりに会えたってのに何でこんなドライな反応なのよ!私が今までどんな思いで過ごしてきたと…!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ役者やってるんでしょ!?」

 

 

監督の家に向かう俺に対して、有馬はヤンキー女子みたいな口調でいくつも質問を飛ばしてくる。

こいつと再会してから当時言われたことを思い出したため、正直なところ俺の中の有馬に対する好感度はマイナス状態である。

 

「やってません」

「えっ」

「今は裏方志望だから。役者はやめました」

「そ、そうなんだ…」

「それじゃ」

 

俺は立ち止まった有馬を置き去りにしてスタスタと歩く。

が、後ろから再び追いかけて来た有馬に肩を掴まれて、立ち止まらざるを得なくなってしまった。

 

「ちょ、待ってよ!久々に会ったんだから、もうちょっと話しなさいよ!てかどこに向かってんの!?」

「監督の家」

「だから監督って誰よ!」

「昔私たちが共演した映画の監督…五反田泰志。覚えてません?」

「…あー、思い出した。あの柄の悪そうな監督?」

 

確かに監督は強面で柄が悪そうに見えなくもないが、有馬の口調の方がよっぽど柄が悪いと思う。

結局、どうしても話をしたいそうなので、俺は監督に一報を入れてから有馬を連れていくことにした。

 

 

 

 

 

「来たか有馬かな!懐かしいなぁ…見ないうちに大きくなりやがって」

「いや…し、仕事はしてますよ…昔ほどじゃありませんけど…」

 

 

有馬が監督の何気ない言葉にダメージを受けている。

それにしてもまだ役者としての仕事はしていたのか。ここ数年は全く有馬の話題は聞かないが…

 

そのまま俺と有馬と監督で夕飯を食べることになった。おばさんは先に食べたらしい。

しかし有馬は普段ウーバー頼りなのか…何となく料理とか得意そうに思っていたが、もしかしてこいつ自炊出来ないのか?一人暮らしでそれはどうなんだろうか。

 

「そういえば有馬、お前最近はどんな作品に出たんだ?」

「私も気になる。テレビじゃ全然見ないし」

「う、うるさいわね……今はテレビに映るような作品には出てないのよ。ネット局のドラマとか…」

「ほぉ…どんな作品だ?」

 

ドラマか。子役の頃の有馬の演技は知っているが、成長した今現在の実力がどんなものかは少し気になる。

俺と監督が聞くと、有馬は少し複雑そうな顔をして答えた。

 

「『今日は甘口で』っていう少女漫画原作のドラマ。知ってる?」

「『今日あま』か。ドラマ化してたんだ…」

「あ~あれか…」

 

『今日は甘口で』…有名な少女漫画だ。

親に毒殺されかけて人間不信になった主人公の女の子が、転校生の口の悪い男の子との恋愛を通じて少しずつ心を開いていく…といった感じの内容。

演出にかかわったことのある人間なら誰でも知っているようなかなりの名作だ。

正直なところ、ドラマ化していたことを知らなかったのが少しショックだった。

 

「有馬がヒロイン役か?」

「そう!久々の主演級の仕事だから気合入れてるんですよ!…まぁ、ちょっと問題発生中なんだけど」

「問題?」

「う~ん…まぁ、言ってもいいか。どうせすぐに解決するし…実はね…」

 

有馬の話によると、ドラマの最終話に登場するストーカー役の俳優が突然降りてしまったらしい。

『今日あま』のドラマは全6話らしく、原作をそのまますべてやることは出来ない。そのため、原作の中盤あたりで一番盛り上がるシーン…ヒーローである男の子とストーカーが対決する回で最終回とするようだ。

 

「ふーん」

「ふーんて、人が困ってるっていうのに他人事みたいに…」

「他人事なので」

「…はぁ。まぁ、鏑木Pならすぐに次の俳優連れて来るだろうし、そんなに心配はしてないけど」

「鏑木?鏑木勝也のことか?」

「監督の知り合いですか?」

「業界じゃ結構有名な奴だぞ…俺とはちょいと方針が合わないが」

 

 

鏑木勝也…インターネットテレビ局のプロデューサーか。

監督と有馬が言うには、鏑木という人物はモデル事務所と強い繋がりを持つらしく、さらにはネット上の多くの番組制作に関わっているかなり有能な人物であるようだ。

業界での顔も広く、芽が出そうな新人タレントなどの世話を焼いたりして恩を売ることもしているらしい。

 

 

 

 

 

今の女優として崖っぷち状態の有馬からも信頼を得ていて、監督も知っているような有能な人物。この人とのコネを得ることが出来たら、ルビーのアイドル活動にも役立つのではないだろうか。

……よし、相当な無茶になるけど、言うだけ言ってみるか。

 

 

 

 

 

監督と有馬が話している間に考えをまとめ、二人の話が落ち着いた瞬間を見計らって話題を切り出した。

 

「先輩、ちょっと相談なんですけど」

「なによ急に…相談?」

「…今日あまのストーカー役に私を使ってもらうことって出来ませんか?」

「は?……は!?いやいや、あんた女でしょうが!ストーカー役は男なんだけど!?」

「お前まさか…」

 

俺は動揺する有馬に、スマホの画像フォルダから一つの写真を表示して見せた。

 

「なにこの写真……誰これ?」

「私です」

「……マジで?」

「マジです」

 

俺が有馬に見せた写真には一人の中性的な美少年が映っている。髪を後ろで結び、下ろした前髪の隙間からは感情の読み取れない目が覗いている。

結論からいえば、これは俺が男装した姿だ。役者をやっていた頃の経験を活かしており、この写真の俺も服装や小道具を使って体格を誤魔化している。

 

「い、いやいやいや!いくらなんでも…」

「お願いします…ダメ元で構いません。写真とプロフィールだけでも、鏑木Pに送ってもらえませんか?先輩と一緒に演技やりたいんです!」

「(わ、私と一緒に!?)………そこまで言うなら仕方ないわね!先輩であるこの私に感謝しなさい!」

「(こいつチョロいな)」

 

乗り気になってくれた有馬に写真とプロフィールを鏑木Pに送ってもらった。

意外にもその日のうちに承諾の連絡があり、俺は今日あまのドラマに出演することが決まった。どうやら鏑木Pは顔面至上主義なところがあるらしく、その点で俺の顔を気に入ったのではないか、ということだった。

 

 

「(監督は低予算映画しか作らないから、権力を持った人間とはいまいち人脈作りが出来なかったからな。しかし、帰ったらミヤコになんて説明しようか…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…一応私は社長なんだから、出演決める前に相談してほしかったわね」

「お姉ちゃんがドラマかぁ…ママ言ってたもんね。私は将来アイドルで、アクアは将来役者さんかなって…」

 

 

ドラマの出演についてルビーとミヤコに伝えたのだが、ミヤコは複雑そうな顔で、反対にルビーは嬉しそうにしている。ルビーには申し訳ないが、俺は相変わらず役者になるつもりはない。あくまで今回だけの出演だ。

とりあえず、社長に黙って決めたのは非常によろしくない。俺は先にミヤコに事情を説明することにした。

 

「ごめんなさい。ミヤコさん」

「アクアのことだから…何か理由があるんでしょ?」

「…このドラマのプロデューサーが結構有名な人だから。ここでコネを作っておけば、ルビーがアイドルになったあとに活かせるんじゃないかと思って」

「…なるほどね。ちなみにそのプロデューサーって誰?」

「鏑木勝也…『ドットTV!』っていうインターネットテレビ局の「嘘…そんな…」…ルビー?」

 

俺がミヤコに説明している間、牛乳を飲みながら傍に立っていたルビーだが、なぜかショックを受けたような表情で俺を見ていた。こんな顔をしたルビーを見たのはいつ以来だろうか。

 

「お、お姉ちゃんが、私のために……」

「ん?」

「ちょっとルビー?急にどうしたのよ」

 

テーブルにコップを置いたルビーが、勢いよく俺に抱き着いてきた。

 

「お姉ちゃんやめて!私のために体を売るなんて…そんなのダメだよ!」

「…」

「いや言い方」

 

体を売るとは…まぁ間違ってはいないが、ルビーもこういう考えをするようになったのか。いつの間にか成長していたんだなぁ…と、喜んでいいのだろうかこれは。

 

泣きそうになっていたルビーをなんとか宥め、俺たちは3話まで放送されている今日あまのドラマを観ながら、出演している役者の演技や演出、ドラマの内容について語り合った。

 

「なんていうか……ひどいね!」

「ルビー、ストレートに言い過ぎよ…」

 

まぁ、俺も概ねルビーの意見と同じだ。

出演している役者はほとんどが新人で、まともに演技をしているのは有馬を筆頭としてわき役の数人だけ。メインキャストは有馬以外ダメダメである。

音響やカメラなど、演出に関してはかなり頑張っているのがわかるが、それでもカバーしきれないレベルに役者の演技が酷いのだ。

内容に関しても原作のシーンを端折りまくっているので、原作ファンからしたら観れたものではないだろう。

 

 

「ていうかロリ先輩ってさ、昔はもっと演技上手くなかった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるっさいわねー!あんたの妹そんなこと言ってたの!?死ねよあい「お前が死ぬか?」え、あ、ごめん…」

 

 

今日は有馬に誘われて二人でカラオケに来ていた。

半ば勢いで押し切ってしまったが、有馬にはかなり無茶な要求をしてしまった。しばらくは有馬の言うことに素直に従っておこうと思う。

 

まぁそれはそれ、これはこれ。妹への暴言は俺が許さん。

俺が殺気を込めた目で有馬を睨みつけると、途端に有馬は縮こまって謝って来た。こうしてみると小動物感があって中々可愛いなこいつ。

 

 

「あ、あのね。私だってやりたくてあんな下手な演技してるわけじゃないんだから」

 

気を取り直して語りだした有馬の話を聞きながら、俺はこいつが昔とは変わったことを理解した。

 

今回のドラマは、売りたいイケメンモデル達を目立たせるためのもの。つまりは宣材扱いを受けているらしい。有馬が起用されたのは作品としての質を最低限保証するためらしいが、周りが大根役者すぎてレベルを抑えざるを得ないと。

 

…自分の役者としての評価を落としてまで、作品の質を追求する。かつての有馬では考えられなかったものだ。どうやら天才子役から転落したことが相当堪えたらしい、今の有馬は協調性を身に着けた熟練の役者というわけだ。

もう少し早くその協調性を身に着けていれば、今のようにはなっていなかっただろうに。

 

「監督から聞いたけどさ、あんた結構出来るそうじゃない?」

「…まぁ多少は」

「謙遜と受け取っておくわ……悪いけど、あんたには私と同じように抑えてもらうことになる。私も落ち目とはいえ役者としてのプライドがあるから、こんなこと言いたくないんだけど」

「いいですよ、別に…元々無理言ってねじ込んでもらったのは私ですから。出来るだけ先輩の要望には応えます」

「ありがとう…私と一緒に、良い作品を作りましょう」

 

昔からは考えられない、随分と殊勝な態度である。今回は俺の方が無茶を聞いてもらっている立場なのに…そんな態度で来られると、さすがに俺も応えようという気になってくる。

 

初めは鏑木Pとコネを作れればそれでいいと思っていたが、もう少し頑張ってみるのも悪くはないかもな。

 

その後は有馬から台本を貰い、撮影の日程や場所、当日出演する俺たち二人以外の役者について詳しく確認していった。

 

 

「(最初は驚いたけど、正直アクアが出てくれてありがたいわ…ちょっと心が折れそうだったんだもの。でも、こいつがいるなら何とかなるかもしれない…少し元気出たかも)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

風呂に入ってから自室に戻り、寝るまでの時間のほとんどを明日の撮影の準備に費やす。といっても、俺が出演するのは最終話の僅かなシーンのみ。監督のところで役者をやっていた頃に比べれば楽なものだ。

準備が終わったら、寝るまであと30分ほどの時間があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は姿見の前に立ち、表情の確認をする。普段は限りなく無表情に近いが、だからこそ最低限の変化で感情を見せなければならない。

目の細め方、口角、眉の角度……ミリ単位で調律を行っていく。

 

『さりなちゃんを不安にさせるな』

「(わかってるよ…)」

 

鏡の中には、俺の背後に雨宮吾郎の姿をした何かが映っている。

そいつが言うことに心の中で返事をしながら、俺は自身が作り上げた表情を確認していく。

 

 

それが終わったら机に向かい、鍵のかかった引き出しから1冊のノートを取り出す。見た目はありふれた糸綴じの大学ノートだが、書かれている内容は決して誰にも見られてはならないものだ。

ノートの内容を見ながら、今日の自分の行動が正しいものだったかを確認していく。

 

『今日も私は私だった…ルビーにはバレてない』

「(そうだな…俺は今日も星野アクアだった。大丈夫だ)」

 

傍らにいる幼いころの姿をした星野アクアに心の中で返事をしながら、俺は今日も無事乗り切ったことに安堵する。

 

 

ノートに書かれているのは、『星野アクア』の設定だ。

女性の看護婦としての前世を持ち、星野アイの娘として転生し、理想の姉として振る舞う。

 

『星野アクア』は前世から女だ。雨宮吾郎としての要素はない。ルビーに少しでも雨宮吾郎を連想させてはいけない。

 

『星野アクア』は強い精神力を持つ。母親の死を乗り越えているのでトラウマもない。パニック障害、PTSD…そんなものはない。ルビーを不安にさせる要素はいらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心も体も嘘で塗り固めて生きていく。

意識しなくても俺の体は『星野アクア』として動き、言葉を発し、表情を作る。

ルビーのために、さりなちゃんのために…俺は今日も、これからも嘘を吐き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『嘘はとびきりの愛なんだよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そうだよな。アイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・星野愛久愛海
 親に似た。中身はどうなっているのか、本人もわからない。
基本的に精神状態は原作アクアをさらに悪化させたもの。現時点では良い意味でも悪い意味でも安定している状態といえる。
演技に関しては常日頃からやってるので経験値の差で原作アクアより上だし、現時点で感情演技だって出来るのでとっても優秀。

ただし、やるたびに精神にダメージが蓄積し、限界を迎えると完全に壊れる。
本人的にもヤバいと思ってるので感情演技はやりたがらないし、日常生活でも感情を出来る限り抑えるようにしてる。
でもルビーのためならやる。

24時間いつでも幻聴と幻覚に苛まれているが、本人的には自身の罪の意識を再確認出来るのでありがたいものと思ってる。聞こえなくなったらそれはそれでヤバい。


ルビーが癒し。
傍から見ると妹が姉にべったりのように見えるが、実際は姉が妹に依存している状態。
でもアクアちゃんの心に致命的な一撃を与えられるのもルビー。


超覚醒したスーパーアイドルルビーちゃんが、アクアちゃんの心を救うと信じて…!




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。