誤字脱字が多いかもしれませんが、見逃してくださいお願いします。
ところで、コメント欄が面白すぎて思わずギャグ、コメディ方面に行きそうになります。
でも私は鬱々とした曇らせを書きたいので、初志貫徹とさせていただきます。
まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ。それがオレの忍道だ。
「今日は静かですね」
「・・・」
「あかねさん?」
「へっ!?あ、そ、そうだね・・・」
今日の収録は図書室からスタートした。
室内には俺とあかねの二人しかおらず、並んで座っている俺たちの様子を定点カメラだけが静かに見つめていた。
さて、昨日の土曜日の収録で、俺はさっそくディレクターへ提案したことを実行に移した。
より正確に言えば、俺自身の準備・・・役作りは以前から始めていたのだが、本格的にスタートしたのが昨日というべきか。
俺がディレクターにした、あかねを救い、番組をより盛り上げるための提案・・・と言っても、口に出してしまえば特に複雑なことではない。
はっきり言えば、同性同士の恋愛である。
恋愛リアリティショーと言えば異性同士の恋愛が基本だ。
今回の面子の年齢を考慮すれば、視聴者層は十代の男女の爽やかで甘酸っぱい恋愛模様を観たい人が多数だろう。
そこに突然、同性同士の恋愛を入れればどうなるか。
まぁ混乱するだろうな。俺だって、視聴者側で何も知らずに番組を観ていたとして、突然そんなことになったら大いに困惑する自信がある。
同性同士の恋愛は世界全体で見ればともかく、日本ではまだ一般的なものとはいえない。一応、芸能人でも同性愛者、あるいは両性愛者であることを公言している人もそれなりにいるが、まだまだセンシティブな話題であることは間違いない。
センシティブでデリケートな話題。だからこそ、公の場で披露されれば確実に盛り上がる。
これが地上波のテレビ番組だったら放送自体が厳しいところだが、『今ガチ』は人気はあれど所詮はネット限定の番組。視聴者の年齢層は若者が多くを占めている。
今は多様性の時代。この時代で育った若者は、性的マイノリティに対して昔よりも寛容的だ。
むしろ、普通の異性愛より刺激的に感じてくれるかもしれない。放送することのデメリットをメリットが上回ったからこそ、鏑木Pも許可したわけだしな。
重要なのはタイミングと、番組スタッフの協力だった。
ディレクターにはあかねが何か問題を起こしても撮影を続けるよう伝え、俺はあかねを煽って望んだタイミングで問題を起こすよう仕向けた。
別に人心掌握が得意とかそんなことはないが、今の精神的に追い詰められていた状態のあかねの行動原理はわかりやすかったし、コントロールするのにそれほど苦労はしなかった。
話を戻そう。
自分で言うのはアレだが、アイの美少女因子とでも言うべきものを受け継いだ俺はルビーに並ぶ美少女。あかねは少々地味だが整った顔立ちで、ぱっと見はクール系に見える美少女だ。
見目麗しい美少女同士の絡み。
俺自身、前世でドルオタなんてやっていたからわかるが、美少女同士の絡みが嫌いな男なんていない。たとえそれがビジネス百合だったとしてもだ・・・少々偏見は入っているし、許容するかは個人差があるが。
とにかく、この作戦がうまくいけば、新たな視聴者獲得に加えて、世間からの注目も集めることが出来る。
出演したキャスト陣は知名度アップは確実だし、ディレクターを筆頭とした番組スタッフも実績を得ることが出来る。
誰も損をしない、皆幸せハッピーエンドというわけだ。
・・・俺の行動に振り回されているあかねには、本当に申し訳ないと思っている。
言い訳じゃないが、あかね側にも当然メリットはある。
知名度は間違いなく上がるし、あかねが望んでいた『番組で目立つ』という望みは叶えることが出来るはずだ。
恋愛にしたって、俺が一方的に距離を詰めているだけ。
これまで一緒に過ごしてきて、あかねが恋愛に対してごく普通の感性を持つ少女であることはわかっている。
番組の最後に俺から改めて告白する予定だが、あかねが受け入れることはまずないだろう。
こういう言い方は良くないが、『黒川あかね』が同性愛者のレッテルを貼られることはない。
俺にしても、憧れの役者に対する感情を、恋愛的な好意と勘違いしてしまった、とでも言い訳しておけばダメージは少ない。
十代の少年少女ならよくある話で済む。
と、まぁ、そんな経緯で今の状況が出来上がっているわけだが・・・
「・・・っ」
先ほどからあかねは顔を背けたままで、呼びかけにもぼんやりとした反応しかしてくれない。
昨日もあれから会話することはなく、あかねには終始避けられてしまっていたし、今もチラリと見える耳は赤く染まっていて・・・これはもしや、怒っているのだろうか。
・・・あり得る。
あかねは真面目だからな。頑張って悪女ムーブをしていた所を邪魔されて、しまいには番組側と組んだ無名の後輩の役者に百合営業を強要されているわけだし・・・困惑よりも怒りが優った可能性はある。
しかしこのままでは困る。
ディレクターは俺を信用して、いくつかの定点カメラだけを設置して他のスタッフは近くにはいない状況を作ってくれた。なんとか視聴者にウケの良さそうな場面を撮りたいところだ。
俺は悲し気な表情を作り、申し訳なさそうな声であかねに語り掛けた。
「昨日のこと・・・怒ってますよね。突然あんなことしちゃって・・・」
「あっ、ち、違うの!怒ってるとかじゃないから!」
こちらを向いたあかねの顔は、見事に赤く染まっている。
あー、これは照れてるだけかな。怒っていたわけではないらしいので少し安心した。
「ただ、その、どういう意味なのかなって。昨日アクアちゃんが言ってたこと・・・」
「・・・」
「もしもね・・・私の勘違いじゃなかったら、昨日のアクアちゃんの言葉は、その、わ、私のことが好き・・・ってことなの、かな?」
・・・明確に伝えたわけではなかったが、あのシチュエーションだったらそうとしか捉えられないよな。
いや、そう思ってもらわないと困るんだが。
「それとも演技だったの・・・?帰ってからも考えたけど、私にはどっちかわからなくて・・・」
「そうですねぇ」
俺は右手をあかねに見えるように机の上に置き、大げさに巻いてある包帯をなぞるように左手を動かした。
この傷は昨日、あかねに手を振り払われた際についたものだ。
ゆきの姉がネイリストらしく、やり方を教えてもらっていたゆきにMEMちょとあかねが施されたのだ(俺は遠慮しておいた。料理する時に邪魔になりそうだったし、間違って引っかいたりしてルビーにケガさせたら嫌だし)。
それほど派手なものではないが、あかねの爪にはハート形のデコパーツが付けられていた。恐らくそれが引っかかって傷ついたのだろう。
正直大した傷ではなかったが、あかねの気を引くためにわざと包帯を巻いている。
包帯に気づいたのか、あかねは驚いたように声を上げた。
「アクアちゃんその手・・・!」
「あ・・・」
「もしかしてあの時の・・・私のせいだよね!ご、ごめん──っ!?」
無意識だろう。咄嗟に手を伸ばしてきたあかねの手を逆につかんで、そのまま両手で包み込むようにして顔の前に持ってきた。
「あ、アクアちゃん!?」
動揺するあかねを横目で伺いながら、俺はあかねの手を自身の頬に密着させた。
「私は・・・あかねさんが好きです」
「あっ、ち、ちょっと・・・!?」
「以前から、あかねさんのことは役者として憧れを持っていました。収録で出会ってからもそれは変わらなくて・・・ううん、実際に話して、一緒に過ごして・・・あかねさんの性格を知るに連れて、尊敬の気持ちはもっと強くなっていきました・・・・・・けど」
「うっ」
俺は言葉を一旦止め、あかねの手を強く握りしめる。
ギリギリ振り払われない程度の強さ。少し痛いけど我慢できなくはないかな、という程度の強さに調整する。
「けど、ケンゴさんやノブさんと話すあかねさんを見てると、私は・・・・・・仕事なのはわかってるんです。あかねさんが、何とかして番組で目立とうと頑張っていたのは知ってました。何か事情があるんだろうって。最初は応援しようと思ってたんですよ?・・・・・・でも・・・」
「アクアちゃん・・・」
話の途中で横に体を向ける。
俺が手を引っ張ったせいか、あかねも俺の方に体を向けていたから、奇しくも向かい合い形になった。
隣同士に座っていたのもあって、互いに横を向いてしまえば顔と顔との距離はかなり近い。
「さっき言いましたよね?昨日の私が演技なのか、本気なのかわからないって」
俺はあかねの目を見つめながら、ゆっくりと顔を近づけていく。
「私の目を見てください・・・」
「あ・・・」
カメラに映っているその光景は、まさしく昨日の焼き増しだっただろう。
唯一つ違う点は、昨日は俺の背後にしかカメラがなかったから、肝心の決定的な場面が映っていなかった。しかし今は横から撮られているから、しっかりとその瞬間がカメラに映るだろう、ということだ。
「さぁ・・・どっちだと思いますか?」
「ああああの、そ、それは・・・」
「答えられませんか?だったら、もっとわかりやすくしましょうか」
あかねは完全に体が硬直している。
昨日はまさしく頭が真っ白で半分夢見心地のような状態だったようだが、今日はしっかりと意識が残っているみたいだ。
まぁ、だからって動けるわけではないらしいが。
ゆっくりと顔を近づけていけば、距離が短くなるにつれてあかねの目がギュッと閉じられていく。
俺はそのまま顔を近づけていき・・・あかねの耳元に口を寄せた。
「見られてますね」
「・・・?」
「右です。入口の方見てください」
「・・・・・・・・・あっ」
あかねと共に視線を入り口に向けると、いつの間にやらドアが僅かに開いているのが見て取れた。
スライド式のドアの隙間からは、4人の顔が僅かに覗いていた。
どう考えてもMEMちょ達である。
収録はどうしたのか・・・と言いたいところだが、気づけばそれなりの時間が経っていた。
休憩に呼びに来たらちょうどいいタイミングだったので、そのまま見物していた、といったところか。
気持ちはわかる。俺もそっちの立場だったら興味津々で眺めていただろうからな。
俺たちに気づかれたことを理解したのか、ドアの向こうではバタバタと激しい音が聞こえる。
おそらく、誰が一番最初に声をかけるかで揉めているんだろう。暢気な連中である。
「あかねさん」
俺は立ち上がってドアの方へ歩き出しながら、呆然とするあかねに流し目を向けつつ言葉を放った。
「これからもよろしくお願いしますね・・・パートナーとして」
その日の収録を境に、俺はあかねとの絡みを増やすことに専念した。
番組側との連携もうまくいってるし、中々良い映像が撮れているんじゃないかと思う。
ちなみにだが、俺のあかねへのアプローチが本気なのか、演技なのかは、あかねはもちろん、他のキャスト陣にも明確には答えていない。
はっきり演技と言ってしまうと緊張感が薄れるし、あかねも今のような初々しい態度ではなくなってしまうかもしれない。
かといって本気だと言ってしまえば皆に気を遣わせてしまうし、早々にあかねから拒否されてしまったら作戦失敗となってしまう。
番組最後の告白の時まで、曖昧なままにさせておくのが吉と判断した。
そして、とうとう俺があかねに告白紛いのことをしたシーンが放送され・・・・・・・・・
週末の金曜日。俺は苺プロダクションの事務所で椅子に座らされていた。
ソファには有馬とルビーが座り、いつものデスクにはミヤコがいる。
俺は仕事を終えて帰宅した事務員さんの椅子に座らされ、全員からの視線を一身に受け止めていた。
どことなく疲れた雰囲気のミヤコ、非常に複雑そうな表情の有馬。
そして・・・
「これより、苺プロダクション緊急会議を始めます」
このメンバーの中で、最初に言葉を発したルビー。
両手にはノートパソコンが抱えられており、その顔は・・・・・・いや、なんだその顔は!?
表情からは何の感情も読み取れない。無表情というか虚無というか・・・
どんよりとした暗いオーラを身にまとい、その左目には何となくどす黒い輝きが宿っているように見える。目の錯覚か・・・?
ルビーが何らかのアクションを起こすであろうことは予想していたが・・・思ったよりもヤバい雰囲気だぞ。
これからルビーが発する言葉への選択肢は慎重に選ばねばなるまい。もしも選択を間違えたら・・・どうなるかは俺にも想像出来ない。
俺が内心で戦々恐々としている間にも、ルビーの話は続いた。
「議題についてはもちろん・・・言うまでもないね」
声に抑揚がないから怖いんだよな・・・
ルビーが言葉と共にノートパソコンを全員に見えるように向けると、画面には『今ガチ』のワンシーンが映っていた。
校舎の壁を背に抱き合っているように見える二人の少女。
カメラの向きの問題で、少し距離がある上に二人の口元が遮られて見えなくなっている・・・見方によっては二人がキスしているように見えなくもない。
そのシーンは次回予告に使われていたのか、大きくテロップがついていた。
『抱き合う二人、アクアの突然の告白にあかねは・・・・・・』
「・・・」
ルビーは動画の再生を止めると、無言で俺に視線を向けた。
な、なんて目をするんだ・・・こんな
俺がルビーから感じる無言の圧に耐えていると、有馬が口を開いた。
よし、頼むぞ有馬・・・この空気を何とかしてくれ・・・
「アクアにそういう趣味があったなんてね・・・しかも黒川あかねが相手なんて・・・・・・っ!、あんたまさか、私をスカウトしたのってそういう!?」
有馬は複雑そうな顔から一転、頬を赤らめ、両腕で自分の体を抱きしめた。
何言ってんだこいつ・・・いや本当に何言ってんだ・・・?
「ちょっと!今『何バカなこと言ってんだこいつ・・・』って思ったでしょ!?」
「な、私の心を読んだんですか!?」
「マジで思ってたんかい!」
よしよし、このままいつもの漫才をやりつつ、場を明るい雰囲気に変えていけばルビーも普段通りに・・・
と、俺が思っていると、急にルビーが立ち上がったので俺も有馬も肩がビクリと跳ねた。
「お姉ちゃん・・・詳しく説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」
「・・・あんたの妹どうしたのよ。キャラが行方不明なんだけど・・・」
本当だよ・・・今のルビーは完全におかしくなっている。
そりゃあまぁ、姉が番組で同性相手に告白紛いのことをしたんだ。色々思う所はあるだろうが、あまりにも反応が予想外すぎる。
もうちょっと可愛らしい反応を予想していたんだが・・・何でこんなに剣呑な雰囲気なんだ・・・
と、俺が妹の変貌に戸惑っていると、今まで事態を静観していたミヤコが初めて言葉を発した。
「アクア、説明しなさい。これは社長命令です」
・・・短いながらも有無を言わさぬ迫力が込められた言葉だ。社長からの命令には応えねばなるまい。
まぁ、元々説明はするつもりだったんだけど。
俺は鏑木Pからの要請であることなど、いくつかの情報をボカシながら三人に事情を説明した。
俺があかねに向けている好意についても、あくまで演技であることを伝える。
『今ガチ』メンバーには曖昧なままにしておくが、この三人にはしっかりと伝えておいた方がいいだろう。
社長であるミヤコはもちろん、この業界で長くやってる有馬にも不安はない。ルビーに関しては学校の友達やクラスメイトに情報を漏らさないか少し心配だが・・・ルビーには、演技であることをはっきりさせておかないとヤバいと思った。
俺の生物としての本能が危機を察知しているような気がするのだ。
決して妹にビビったわけではない。
「───と、いうわけだから。他のメンバーはともかく、私は本気で恋愛する気はないし、黒川あかねに対しても演技でやってるだけ・・・やらせだって視聴者にバレたらまずいから、くれぐれも事務所外には情報を漏らさないようにしてほしい」
そうして説明をしたわけだが・・・
案の定というべきか、一番最初に反応したのはルビーだった。
「えぇぇ!?あれ全部演技なの!?」
「はぁ、やれやれね。これだから素人は・・・」
先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、ルビーは目を見開いて驚愕を露わにしている。
よかった・・・いつものルビーに戻ってくれたようだ。
あたふたしているルビーとは反対に、有馬はなにやら訳知り顔で語り始めた。
「どう考えたって演技でしょ、見てればわかるわ・・・番組のためなら自分の評判がどうなってもいいというその姿勢、私は嫌いじゃないわよ。相手が黒川あかねってのは複雑だけどね。いやほんとマジで」
あぁ・・・有馬としてはそう捉えてもおかしくないか。
『今日あま』での有馬のような、作品全体のためなら自分の評価は切り捨てるというやり方・・・確かに同じといえば同じだな。あかねが巻き添えを喰らっていることを除けば。
足を組んでソファで薄い胸を張っている有馬とは反対に、ルビーはパソコンの画面を指差しながら騒ぎ始めた。
「でっ、でもこれは!?キ、キキキス!キスしてるよね!?これ絶対してるよね!?ねぇ先輩!」
「ったく、あんたはほんとに・・・何にもわかってないわよねぇ」
ルビーの質問に対して、有馬は姿勢はそのままにドヤ顔を披露しつつ解説を始めた。
何てムカつくドヤ顔なんだ・・・
「これはそれっぽく誤魔化してるだけよ。カメラ演技に慣れてるなら、どこからどう撮られているかを把握して、それを逆手に取って見せたいように見せる、なんてことも出来るのよ」
「な、なるほど?」
「ま、黒川あかねの動きも誘導しなくちゃいけないから難しかったと思うけど、その辺はさすが私のライバルね!今回は素直に褒めてあげるわよ」
「そうなんだ・・・!」
言い方も姿勢もとんでもなく偉そうだが、どうやらルビーは有馬の説明に納得した・・・と思ったら、ずいっと体を前のめりにして、俺に対して問いかけて来た。
「お姉ちゃん!先輩の言う通りなの?本当にキスしてないの?」
「あんた私の説明聞いてなかったの?・・・ったく、ちょっとアクア!このポンコツにはっきり言ってやりなさい」
「・・・」
・・・二人の視線と言葉を受けて、俺は咄嗟に目を逸らした。
「お、お姉ちゃん・・・?」
「え、なにその反応・・・あ、あんたまさか・・・!?」
うん、まぁその・・・
「お・・・」
「「お?」」
「女同士だからセーフ・・・」
・・・仕方ないだろう。『今ガチ』の収録中は全力であかねに恋する女を演じてるんだから。
特に、あの時は最初の重要な場面だったから俺も気合を入れていたんだ。勢いあまって少し唇が触れるくらいは仕方ない。
正直、カメラに映ってなくてよかったと思ってるけど。
俺が内心で言い訳をしていると、有馬は感心した様子で一人頷いていた。
「番組のためにそこまでやるなんて・・・あんたのそういう所は私も見習ないといけないわね。うん、やっぱりここに来てよかったわ。ところで・・・」
有馬の視線に合わせて俺も隣を見ると、呆然とした様子で虚空を眺めるルビーがそこにいた。
「・・・・・・」
「おーいルビー?ちょっとー?」
「・・・・・・」
「こりゃ駄目ね・・・相当ショックだったみたい」
有馬が声をかけつつ目の前で手を振るが、ルビーはピクリとも反応しない。
あとでフォローしておかないとな。しかし俺が同性とキスしたくらいでそんなにショックを受けるとは・・・
反応がないのをいいことにルビーの頬を引っ張って遊んでいる有馬を眺めていると、溜息をついたミヤコが話しかけて来た。
「社長としては、こういう事をするなら先に言っておいて欲しかったわ・・・『今日あま』の時もそうだけど、アクアはちょっと独断専行のきらいがあるわね。私に何か言うことは?」
「・・・すみませんでした。以後、気を付けます」
「はぁ・・・まぁいいわ。今のところは向こうの事務所も何も言ってこないしね。あなたのやり方に口出しするつもりはないけど、今以上の問題は起こさないようにね」
ミヤコには迷惑をかけてばかりだな・・・本当に申し訳ない。
しかし、思ったよりも追及がなかったというか、あっさりした反応だ。もう少し詰められると思っていたのだが。
「(お姉ちゃんがキス・・・で、でも演技だし、同性だし・・・あれ、なんで私こんなにショック受けてるんだろう。なんか胸の奥がモヤモヤするような・・・この気持ちは・・・あ、そうだ。ゴローせんせが可愛い看護婦さんと楽しそうに話してる所を見た時と同じ・・・・・・え?)」
───その後も、俺とあかねが絡んでいるシーンは幾たびも放送された。
『今ガチ』は今までにない盛り上がりを見せ、普段は恋愛リアリティショーなんて観ないような層からも注目を集めていた。特に男から。
予想通りと言えば予想通り。それに女性からも意外と高い評価を貰っているし、中々良い状況じゃないだろうか。
この注目度を維持したまま終わることが出来れば、『今ガチ』はネット局の番組としては大成功で終わることが出来る・・・番組を盛り上げるという鏑木Pの依頼も達成というわけだ。
・・・まぁ、これは良いところだけを言えばの話。
実際の世間一般の評価は賛否両論。ネット上で番組を叩く人もそれなりにいるし、軽い炎上状態ともいえる。
しかし、叩く人より擁護する人の方が多い上に声も大きい。どこからともなく現れるその人たちが、番組を叩く人間を過剰なくらいボコボコにしている。
その中にはジャンルを問わず、様々な業界の著名な有名人も参戦している・・・別に誰が頼んだわけでもないのに・・・まぁこちらとしてはありがたいし、ご苦労なことである。
ちなみに、軽い炎上というのも番組を叩いていた人間が逆に叩かれて炎上している、ということだ。番組そのものへの非難はもうほとんどない。
今は多様性の時代。
逆に言えば、多様性に寛容であることを強制・・・求められている時代なのだ。そんな中で同性愛という性的マイノリティを叩けばどうなるか、結果は推して知るべし。
・・・学校でのクラスメイトからの視線を多数感じるが、今のところ否定的な話やいじめなんかはないから問題ないだろう。
まぁ、俺がこうなっているということは、あかねの方も近い状況を体験しているということでもあるが・・・番組が終わればこの関係も終わるから、それまでは申し訳ないが耐えてほしい。
収録も残り片手で数えるほど。
この勢いを維持するのは難しいことではない。番組の成功は約束されたようなもの・・・というのは言い過ぎか。
ともあれ、よっぽどの想定外なことがないかぎりは問題ない・・・はずだった。
「憧れの女優・・・ですか?」
「そうそう!マリちゃんが目標にしてるような女優を教えてほしいんだよねー。あっ、女優じゃなくても、歌手とかアイドルとか、女性の芸能人ならオッケーだよ!出来ればマリちゃんより少し年上くらいの人がいいけど」
収録の帰り道。
今日は珍しく皆でご飯も食べなかったので、少し早めの時間に俺とMEMちょは二人で帰宅の途中にあった。
『今ガチ』に関しては俺と番組側の思惑通りに進んでいたと思っていたのだが、少々予想外のことが起きている。
基本的にあかねはずっと受けに回っていたのだが、たまに俺を逆に試すような言動をしたり、向こうから
積極的にスキンシップを取るようになってきたのだ。
とはいえ、どれもぎこちないもので、結局は俺が最終的に主導権を握っているのだが・・・
さて、そんな時期に上記の質問が来たわけだ。
俺としてはどうにも無関係のようには思えない。最近は俺がディレクターと打ち合わせのために離れている間、他の女性陣が何やらこそこそ話し合っているということをケンゴ達から聞いているのだ。
俺の憧れの女優、あるいは女性の芸能人か。そんなの知ってどうするというのか。
何やら企んでいるのは気になるが、ここは適当に誤魔化しておこう。
せっかく今まで順調なんだし、今更余計なことをされても困る。
「私の憧れの女優は・・・あか「あかねちゃん以外で!」・・・」
遮られてしまった。
どうにも急というか、強引すぎるな。もしかしたら、俺が知らない間に何か問題が起きているのだろうか。
「さすがに質問が唐突じゃないですか?だいたい、条件がピンポイントすぎるんですよ・・・あかねさんに何かあったんですか?」
「わかっちゃうかぁ・・・いやぁ、もしかしたら一発で答えてくれるんじゃないかなーとか思ったんだけど、やっぱ無理か・・・よし!」
俺が問いかけると、MEMちょからいつもの緩い笑顔が引っ込んで真面目な顔になった。
こういう雰囲気を出されると、やっぱり高校生よりだいぶ年上なのがよくわかる。もう俺たちには隠す気ないんだろうな。
「ぶっちゃけた話なんだけどさ・・・マリちゃんが色々やってるのって、あかねちゃんを助けるためなんだよね?」
「・・・」
「さすがにわかるよ~タイミング良すぎたし、あかねちゃんだってもう察してる・・・まぁ、マリちゃんが本気で恋愛してるのかはわからないけど、正直なところどうなの?」
あかねを助けるために動いたことはバレているか。
しかし、俺が本気であかねにアプローチしているかはまだ判断がついていないようだ。
「本気かどうかは、見ている人の想像にお任せしますよ」
「もう、教えてくれたっていいのに~、本気だったら私たち皆協力するよ?」
「結構です」
「マリちゃん冷たーい・・・っと、そろそろ本題に入ろっか」
言葉と共にMEMちょが歩みを緩めたため、俺も合わせてスピードを落とす。
この早さだと、俺とMEMちょが別れる地点までは10分から15分くらいはかかるか。それなりに長い話になりそうだ。
「私たちは色々と相談に乗ってあげててさ・・・主にマリちゃん対策なんだけど。あかねちゃんだってマリちゃんには感謝してるんだよ?でもあかねちゃん的には年下に助けられっぱなしな状況だからさ」
「なるほど。あくまで受け身ではなく自分の行動で結果を残したいと」
「そういうこと・・・まぁ、年上の先輩役者としてのプライド的なアレコレもあるんだろうけどね」
確かにそう言われると・・・逆の立場で考えればわかりやすいか。
職場の年下の後輩にフォローされ続け、自分は特に何もしてないのに外部からはなぜか評価を得ることに成功している状況、と考えると・・・嫌だなこれ。
よっぽど楽観的な性格でなければ精神的には逆にキツイ。少なくとも俺だったらその後輩への申し訳なさと自分への不甲斐なさのダブルパンチを喰らう。
しまったな・・・あかねの気持ちを蔑ろにしてしまっていたか。
転生した影響か、肉体的には年上でも精神的には年下のように感じてしまうから、こちらが相手に与えることが当たり前のように思ってしまう。姉という立場に生まれたからなおさら・・・この悪癖はよくないな。
「でも、それとキャラ付けがどう繋がるんですか?今更キャラ付けなんてしたら、あからさまに演技だって視聴者にバレかねませんよ?」
MEMちょの言う事はよく理解できたが、今のタイミングでキャラ付けはあまり良い手とは言えない。
先ほどの質問を考慮すると、俺の憧れの芸能人とやらのキャラを真似ようと思ったのだろうが。
「それはそうなんだけど、あかねちゃんにも事情があってさ・・・どうしても譲れないんだよね。下手すると、今のままだとあかねちゃん最後まで収録続けられないかもしれないし・・・」
「そこまでですか!?」
「う、うん、まぁ・・・」
まさか、俺はそこまであかねを追い詰めてしまっていたのか・・・?
一応は救ったつもりだったが・・・くそっ、思い上がりも甚だしい。自分の考えの甘さを呪いたくなる。
「(素のままだと勝てないから、キャラ付けしてでもマリちゃんに対して優位に立ちたいって・・・あかねちゃんは何と戦ってるのかなぁ。てか拗らせてない?これ・・・マリちゃんは責任取らないと後が怖いよぉ・・・?)」
・・・仕方ない。あかねを追い詰めてしまったのは俺の責任だ。
ここは真面目に質問に答えるとしよう。
「わかりました、質問には答えます」
「た、助かるよー!てか私も地味に気になるよ、マリちゃんの憧れの人!誰かな誰かな!?」
興味津々と言った様子で詰め寄ってくるMEMちょを前にして、俺の思考はたった一人の女性のことを思い浮かべていた。
憧れ、とは少し違うかもしれないが・・・俺の心の中には、いつも彼女がいる。
「アイ・・・」
「あい?あいってどのあい?」
いったい、どれほど願っただろうか。
今も彼女が生きていたらと・・・あの時、俺が身代わりになっていればと。
「B小町のアイです」
君が今も傍にいてくれたら・・・
俺が君を救えていたら、ルビーもきっと、幸せに・・・
「B小町のアイかぁ・・・ちょっと意外だねぇ、マリちゃんたちの世代にとっては結構昔の人じゃない?よく知ってるね?」
「えぇ・・・まぁ」
・・・調べれば、苺プロダクションの社長夫妻の子供と、B小町のアイが親しい関係であったことはわかる。
逆に言えば、調べようとしなければ一般人が知ることはない情報だ。かつてはテレビで報道されたり、雑誌等にも載ったかもしれないが、もう12年も前のこと。MEMちょが知らなくても無理はない。
そして、俺から積極的に教えるつもりもない。
「でもそっか~、B小町かぁ。懐かしいなぁ・・・私も、昔はアイドルを目指していたことがあって・・・って私の話はいいか!それじゃ、早速あかねちゃんに教えてあげなきゃ───」
───あかねと連絡を取り始めたMEMちょを横目にしながら、俺はこれからのことに思考を巡らせていた。
あかねの役者としての実力、才能については知っている。
与えられた役を深い考察力と洞察力でもって深掘りし、徹底的に役を作り上げて、自身はその役を完璧に演じ切ることが出来る。まさに、役者としての天性の才能を持っている。
有馬も天才といって差し支えないが、役を再現するという一点に置いて、あかね以上の役者は少なくとも俺たちの世代には他に存在しない。
ならば、天才役者、黒川あかねならアイすらも再現出来る・・・?
否、それは不可能。
再現する時に必要となる役についての情報、それを得ることが難しいのだ。特にアイの場合は。
かつては一世を風靡したとはいえ、もう12年も前のアイドルだ。今から短期間で細かい情報を得ることは難しい。しかも、表に出ている情報は全て『B小町のアイ』のもの。
俺たち姉妹の『母親としてのアイ』はもちろんのこと、プライベートなアイについての情報もほとんど表に出ていない。
そしてアイもまた、アイドルとしての天性の才能を持った人間。
・・・仮にあかねが再現できたとしても、それはステージ上やテレビなどに出演している際の『B小町のアイ』を上っ面だけ再現したものにしかならないし、天性のアイドルとしての才能はどうやっても再現出来ないだろう。
そんなことが出来る人間なんていない。アイは唯一無二なんだから。
迎えた次の収録日。
台風が過ぎ去った影響か、雲一つない青空が広がっており、からりとした過ごしやすい空気だった。
先週は台風が酷くて収録が中止となってしまったため、前回の収録から二週間が空いている。
以前MEMちょに聞いた通りなら、今回からあかねはキャラ付けをしてくるのだろう。
上っ面だけアイを真似ただけでは俺の演技を崩すことなど出来ない。そうならない自信がある。
とはいえ、完全に否定する形から入ってしまうのもよろしくない。
あかねのモチベーションに悪影響を与えないよう、こちらが臨機応変に対応してやるのが無難だろう。
チラリと隣に視線を向けると、こちらを見つめるあかねと目が合った。
「アクアちゃん」
「は、はい?」
あかねの言葉からは妙な力強さを感じる。
何だ、この感覚は・・・胸がざわつくような・・・嫌な予感が、するような・・・
無意識に胸を抑える俺を置いて、あかねは先に教室へと入っていく。
「今日は負けないからね」
「(負け・・・え、何が?)」
体を襲う不思議な感覚と、あかねの妙な言葉に困惑している俺の前で、他のメンバーの元へ向かうあかねが言葉を発して───
「ふぁっ・・・眠いんだよねぇ、収録早すぎてさー」
───あかねの纏う空気が変わった。
雰囲気も、話し方も、声の抑揚、歩き方・・・何もかも・・・
「あっ、もうカメラ回ってる?」
・・・ありえない。そんなはずがない。それはわかっているはずなのに・・・
俺の隣にあるカメラのレンズに向けられたその瞳には、アイと同じ輝きが感じられる。感じてしまう。
「てへっ☆」
目が吸い寄せられるような、一番星の輝きを宿したその瞳。
「あかね、今日は何だか機嫌良さそうだね。良いことでもあったの?」
「ううん、別にー?でもそろそろ収録終わっちゃうからさ、気合入れて来たんだよねー!」
「そ、そっか・・・(これがあかねの本気の演技・・・やっぱりプロは違うなぁ)」
「(おぉー!あかねちゃん凄いねぇ、テレビで見たアイと一緒だよ)」
太陽のようなその笑顔。
自信しか感じられない、まるで無敵に思える言動。
「今日はあかねちゃんテンション高いね!でも、そういう笑顔も似合ってると思うよ」
「おいおい、お前にはゆきちゃんがいるだろうに、なんで口説いて・・・いや、ノブはいつもこんなか」
「アハハハッ、二人とも芸人さんみたいだねっ・・・あれ、アクアどしたの?」
とうとう、こちらを振り向いたあかねと目が合ってしまった。
・・・俺の足は、まるで床に縫い付けられたかのように動かなかった。
「アクアっ」
『アクアっ』
駆け寄って来るあかねの姿が、声が、アイと重なる。
「アクア、今日は一緒に居ようね・・・って、いつもと変わんないや☆」
『アクア、ルビー、今日はお仕事お休みだから、一緒に居ようね☆』
否応なしに、かつての記憶が蘇る。
一緒に過ごし、暮らし、生きた、幼い頃の記憶が。
それはとても暖かくて、優しくて、いつまでも浸っていたくなる・・・大切な思い出・・・なのに・・・
脳裏に浮かんだかつての思い出が、冷たく、暗く、どす黒いもので覆われていく。
「ほら、一緒に行こう?」
あかねに手を握られて・・・俺は───
『せんせ・・・どうして
・星野愛久愛海
年上(年下)の少女を弄ぶ悪女。
好き勝手した結果、あかねちゃんのやる気を引き出してしまった。これからいっぱいごめんなさいをすることになる。
このアクアちゃんはただ女になったからメンタルが弱くなったわけではありません。
アイが死ぬまでの最後の半年から1年ほどの間は、諸事情によってアイの娘になれるよう頑張っていました。
努力が実り、ドーム公演の時にはすっかり年相応の子供のような状態に。
代償として幼児退行気味になっていたため、アイの死を間近で見た際のショックが原作のアクアの比ではないものになりました。
大変だね。
超覚醒したミラクルアクトレスあかねちゃんが、アクアちゃんの心を救うと信じて・・・!