逆行カネキケンと半人間 作:イートイン
勝てない、勝てない、勝てなかった。
絶望と恐怖が入り混じったその感情は、もはや言葉として世界に吐き出されることはない。
四肢も、赫子も、口を動かすことすらできない。
「そうだな……」
リゼの赫包を移植されたが故の赫子に加えて度重なる共喰いで得られた実力も、
「新しいクインケが」
CCGによる20区梟討伐作戦、その戦場の盤面を掻き乱したムカデの生命が薄暗い地下にて終わりかけていた。
ヤモリを喰らって繋いだ命、トーカちゃんを食べて切り抜けたピンチ、親友を食べて回復した先刻、全てが無駄になろうとしている。
有馬貴将にはこの時点でその半喰種の生命を終わらせる気はない、だがカネキケンはそんなこと知る由もない。
「いる」
走馬灯、迫る刃を前に彼の脳は記憶を探る。
人間時代の思い出、喰種としての絶望の記憶、共食い、そしてピエロ。
ぐるぐる、ぐるぐる、彼の回る脳みそはあの日リゼが鉄骨に潰された事件の真実に辿り着きかけていた、
だが、それに意味はない。
何故なら彼は、もう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「───ではこれで今回のミーティングを終了します。お疲れ様でした」
CCG本局の一室で行われた会議を終え、俺は大きく溜息を吐いた。
それもそのはず、そろそろ会議も終わりかと思っていた時リゼの話がとある捜査官の口から飛び出たのだから。
今回の主題ではないものの、大喰いは我ら喰種捜査官を大きく悩ませる存在だ。
未だに顔も割れていない未知の高レート喰種、故に本局で議題に上がるのはおかしくはない。
しかし俺にとって大喰いというのは既知の存在、東京喰種という物語を知っている身からすると無視することはできない存在。
少しばかりのノスタルジーに浸りつつ、もうすぐ鉄骨に潰されてしまう彼女を救おうともしない自分が嫌になっていた。
もうとっくにそんな感情は捨てた筈なのに。半人間としてこの世界に転生したあの時から自分のために生きると決めていたのに、それでも今この瞬間の心はリゼのことで埋め尽くされている。
そう簡単に割り切れるのなら苦労はしない。
「お疲れさまです足立さん」
「ん?あぁ……倉元か。久しぶりだな、どうだ最近の調子は」
そんなことを考えていると、横から他班の青年が声をかけてきた。
書類を纏めつつ会話をはじめてく。
「ボチボチっス、足立さんは?」
「順調、といったところかな」
他者と話す時の一人称は基本私、転生して五年も経たないうちに流石に俺というのは周囲から浮きすぎると判断したのだ。
中学生ならまだいけないこともないと思うが、大人の女性のこの外見に俺という一人称はミスマッチ。
まぁ、仲がいい人間と二人でとかなら俺を使うこともある。
実際ここがCCG故に今の一人称は私だが、倉元と遊びに行く時は俺を使っているのだ。
「この間も昇級してましたもんね、流石は有馬貴将の後継」
「よせよ、私と彼では戦闘スタイルが全く違う。局員が勝手に言っているだけだ」
確かに俺は貴将に師事していた、だがそれは庭での話。
今では関わりは無きに等しい。
「まぁ、嫌なら辞めときます」
「……この話前にもしたような。鰻屋行った時とか」
「そうでしたっけ?」
「さぁな、倉元が覚えてなければわからんよ。私は忘れっぽいのでな。それより、なにか私に用があるんじゃないのか?」
俺の物忘れは激しい。
だが、いつまで経っても色褪せない記憶が存在する。
かつて読んだ合計三十冊の漫画、東京喰種の物語。
「そっスね、足立さんこの後って予定あります?この前いい串カツ屋を見つけたんスけど」
「あー、悪いがクインケを取りにかなければならん、先日より修理に出していてな」
食事の誘い、それは俺にとっては、珍しいことではない。
確かに顔立ちはよく整っているが、それでも食事に誘われる頻度は異常だ。
長年の付き合いの人間こそ俺を恋愛対象として見ないが、あまり俺を知らない人間からすれば足立聖奈は高嶺の花のような存在らしい。
いや、一つ訂正するのなら俺の性格も本性も知った上で恋愛対象として見てくる変わり者が一人存在する。
その変わり者の名は伊東倉元、諦めの悪い男だ。
まぁ、俺は彼が嫌いではないしむしろ友人として好きですらある。
そのため普段なら誘いを了承していたが、用事があるためやむを得ず断る。
そのまま捜査官たちと挨拶しつつ部屋を出ると、俺は少しだけ寄り道しつつクインケを取りに向かう。
そして世界は動き出す。
ありふれた、どこにでもあるような転生者の日常は今日をもって終わりを告げる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
チクタクチクタク、時計の針は進んでいく。
進んで進んで、巻き戻る。
そのヤイバが瞳を貫く数瞬前、それは時間を遡った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ただいま」
誰に語りかけるわけでもなく、何かに届けようともしない、気まぐれに単なる独り言を言いながら俺はクインケ片手に自分の家へと帰宅した。
真っ先に視界に飛び込んできたのは赤、ドス黒く濁った赤い血の色。
玄関からリビングにかけての床にその血は付着していた。
掠れ具合からして床を這うようにして移動したのがわかる。
前世は一般高校生とはいえ今は仮にも捜査官、血の跡などは見慣れているため動揺はしなかった。
「誰だ?いや、これはなんだ?」
警戒しつつ、俺は靴を履いたまま廊下に上がる。
明らかに異様な状況、自分の家に血溜まりがある状況。
警察を呼ぶという選択肢があった、だがそれはしなかった。
本能が選択したから、この先に進めと。
喰種との戦いの中で育まれた直感が、俺をその場に導いた。
「絶対に、何かがおかしい。だが」
この先に何かがある、今この先に行かなければ意味はない。
頭の中で正体不明のナニカが騒ぎ出す。
血痕の始まりは玄関だった、そこから血の跡が始まっていた。
それが意味することはただ一つ、我が家の中でこれだけの血を流す事件が起こっていたということ。
だが、そんなこと些事だと言わんばかりに足はリビングへと向かっていた。
そして、たどり着いた。
そこで目にしたのは、一人の人間だった。
身体中に夥しいほどの傷を負い、眼球は何かによって貫かれ、生きているのが不思議な程の重症。
「人?怪我?強盗?いや、まずは救急車を呼ばなくては……」
そう思い懐から携帯電話を取り出す、前世とは違いこの時代にスマホは普及していないため不便だが携帯を使っているのだ。
だが、携帯を開いた瞬間俺は気づく。
気づいてしまう。
「ありえない」
俺がこの世界に転生して二十年、その間ずっといつかは物語に関わることになるだろうと考えていた。
半人間でCCG期待のニュービー、もしも物語通りに世界が進むのならいつかはムカデの喰種とも出会うことになると。
だが、その前に何度かカネキケンを見に行ったことはある。
喋りこそしていないが、その顔は脳裏に焼き付いている。
だからこそ、だからこそ理解してしまった。
「……眼球がなくてもわかる、お前は……」
この目の前で気絶している男こそ、カネキケンである。
その、事実に。
「主人公が?目の前に?おかしい、おかしいだろ」
ありえない、今の金木はまだ平凡な大学生の筈だ。
白髪な筈がない、今まで殺してきた彼らのような匂いを発するわけがない、何より喰種である筈がない。
「間違い?別人?……それはない」
俺は金木の顔写真を持っている、そして写真は家にありほぼ毎日見ている。
顔を、覚えたのだ。
いざ彼が喰種となった時顔を見ただけでわかるように、喰種捜査官として彼と対峙した時誤って殺さないために。
その記憶が証明している、多くの傷があろうが彼はカネキケンであると。
「……訳がわからん」
だが、このままここで混乱していても何も始まらない。
彼が金木であることは確か、ならば見殺しにするという選択肢はない。
いずれ喰種と人の間を取り持つであろう存在を死なせるなんて選択肢、俺にはない。
「救急車はダメ、ヒトには見せられん。だが喰種の治療法なんて俺は知らない……俺の肉を食わせるか?」
それは駄目だ、俺に喰種のような再生能力はない。
一人で肉を切りとった後の出血を対処する術もない。
「とりあえず止血、消毒、それが済んだらコーヒーを淹れるか……それと血なら少し飲ませられる」
彼が俺の知っている金木なら、その再生能力は異常な程高い筈だ。
ならば俺のやることは適切な止血と包帯を巻くこと。
見たところ眼球以外に欠損はない、とりあえずはそれで生きれるというのが俺の推測。
「生きててくれよ……!」
今日、俺の人生は大きく変わる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
脳が、覚める。
思考が、始まる。
そして僕は目を開ける。
「僕は!まだ!」
全身に残る痛みを無視して僕は立ち上がる、有馬貴将に抵抗するために。
赫子を出す、戦うために。
負けられない、絶対に負けられない。
一瞬気絶していたみたいだけど、僕はまだ生きている。
目も潰されていない。
思考だってはっきりしている。
まだ、やれる。
「落ち着け」
声がかかる、知らない声が。
聞こえてきた方向を向くと、ひとりの女性が椅子に座っていた。
何かがおかしい、視界内には一般的な住居のリビングが映っている。
有馬貴将でもなく、
「その赫子、お前本当にカネキケンなのかよ……まぁいい、とりあえず」
その女性の手には、クインケらしき剣が握られていた。
訳が分からなかった、理解が追いつかなかった、この場所が何処なのかもわからない。
だけど、はっきりしているのは目の前の女性が喰種捜査官であること。
なら無力化しなければいけない。
そう思って臨戦態勢に入った僕に、その人は気の抜けた声で一言こう言った。
「コーヒー飲むか?」
オリ主は半人間の中でも優れた嗅覚を持っています
しかしそれは喰種ほどではありません
喰種からしてみれば「君は喰種?それとも人間?」となる半喰種の絶妙な匂いと普通の喰種の匂いは嗅ぎ分けられません