落ちた花弁を拾い集めて〜SAOで聖杯戦争パロ〜 作:mi-na
『そうだ……キリトの黒い剣…夜空の剣って名前がいいな……』
『ああ…いい名前だ。ありがとう、ユージオ…』
『この……悲しい世界を…夜空のように……優しく、包んで…』
ーーーーーーぴぴぴぴぴぴぴぴぴ…
けたたましいアラームの音で目が覚める。
とめどなく頬を伝う涙に唖然としたまま、のそのそと腕を伸ばしてアラームを止めた。
「………なんの夢を見ていたんだろう」
不思議な夢を見ていたらしい。
胸の奥がぎゅうっと掴まれたようで苦しいし悲しくて堪らないのに、どんな内容だったのかさっぱり覚えていない。
ただただ呆然として、そして心臓がバクバク煩い。
取り敢えず乱暴に涙を拭ってから、グッと伸びをする。
布団を抜け出して、パジャマに手をかけたところで外から大きな声がした。
「お兄ちゃーん!!今日日直なんでしょー?!早く来ないと先行っちゃうよー?」
「……忘れてた!今いく!」
時計を見ればアラームを止めてから15分。いつもならまず遅刻しない時間ではあるが、日直で早出なことを忘れてアラームのセットをしわすれていたらしい。
ぼんやりしすぎた…と後悔してから慌てて制服を掴んでバタバタと階段を降りる。
顔を洗うのもそこそこに家を出て、ぷくぷくと頬を膨らました妹に謝る。
「悪い悪い、ついアラームのセットを間違えてて…」
「だと思ったよ。アリスさんたちには連絡したの?」
「昨日の内に連絡したから大丈夫。今思えばその時アラームの時間を変えておけばよかったな…」
「お兄ちゃんすぐゲーム攻略の情報集めに移っちゃうんだもん。
またユージオさんとマルチしてたの?」
「いや、ユージオはやる事あるからって断られてさ。代わりに遼太郎とエギルを誘ったんだけど、テスト前だろって言われて仕方なく一人で4時くらいまで…」
「壺井先生って呼ばないとまた怒られるよお兄ちゃん。
……ていうか、4時ぃ〜…?」
「あっ、いや……ああ、えっと…そうだスグ、今日の学食の日替わりランチ、デザート付きらしいぞ!」
「えっ、嘘!?今日4時間目体育だから間に合うかなあ…。中高一貫校なだけあって、学食だけはスゴイからなあ、うちの学校…」
危うく口を滑らせるところだった。もう滑っていたような気もしたが取り敢えずデザートに食いついてくれたので内心胸を撫で下ろす。
そんな他愛も無い会話を2、3繰り返していればあっという間に学校についた。
「じゃあ中等部はこっちだから。みんなによろしくね!」
「はいよ。スグもロニエ達によろしく」
「はーい、わかってるよ」
慌ただしく走っていく後ろ姿を見送ってから、高等部の校舎に足を向ける。
俺の通う北中央中・高等学校はそこそこのマンモス校で外国からの留学生なんかも多くカタカナの名前は珍しく無いし、少し早い時間にもかかわらずちらほら生徒の姿が見えた。
職員室に寄って日誌やらを取ってから教室に入れば、明日からテストの文字が目に入って朝から気が滅入る。
立ち止まったまま、うへぇ…の眼差しを向けていると後ろから涼やかな声がかけられた。
「………何をしてるの」
「うぉッ!?」
短い悲鳴を零してからサッと振り向くと、切れ長の黒い瞳がこちらを見下ろしていた。
後ろで細く一つに束ねられた髪が、声の主が首を傾げるのに合わせて微かに揺れる。
──無音のシェータ…!
声の主は教師のシェータだった。英語教師という語学を教える教師のハズなのに必要以上に喋らない様子から無音と呼ばれているが、噂ではなんとどこかの国の大使館で働いていたとかいないとか…。
ぴく、と動いた眉に、えも言われぬ迫力に圧されて謎の冷や汗をかきながら、ススス…と道を譲った。
「いや、その…日直で早く来ただけで…。あ、どうぞ、お先に。あはは…」
「…そう。ありがとう」
すたすたと音もたてずに教壇に登るとこれまた静かに準備を始めたシェータを見て、自身もそそくさと準備を済ませた。
やる事を終わらせるころにはぼちぼち生徒がやってきてくれたお陰で、気まずい事にはならずに済んだ。
ひとりでにホッとしてから席につくと程無くして後ろの席も埋まるのを見て後ろを向く。
相変わらず爽やかな笑みで目元を緩ませたのは、幼馴染のユージオだった。
「おはよう和人。今日は日直、忘れなかったんだね」
「おはようユージオ。まあなんだ…なんとかギリギリな」
「ふふ、どうせ直葉に起こしてもらったんだろう?」
「お…起きたのは自分でだよ。…すっかり忘れてたから、スグが思い出させてくれたけど…」
だと思った、なんてケラケラと笑われてしまうとどうにも面映い。
昔馴染みにはお見通しな様だったから、これ以上からかわれる前に早めに話題を逸らすことにする。
「そういや、昨日言ってたやる事ってのは終わったのか?時間かかるみたいな事言ってたけど…」
「ああ、大丈夫だったよ。思っていたよりもすんなり終わったし……」
「終わったし?」
「…いや、なんでもないよ。それで今日は学校が終わったら和人の家で勉強会でいいんだよね?」
「おう、勿論!中等部組も来るって言ってたから…結構な人数になるかもな」
「ええと…ロニエと直葉と…」
「あと珪子もな」
「……高等部組は?」
「里香とアリスと俺とお前。幸は同好会の方に行くって言ってて遼太郎は教師が参加するのはズルだとかなんだとか…」
「……流石の女の子率だね」
「い、いや教えてもらおうと思ってエルドリエも呼んだけど大学がどうのとか言われて、エントキアさんもバイトと講義有るらしいし、エギルは店あるし…」
弁明する前にチャイムがなって慌てて前を向く。
一応男の知り合いだって居るには居るんだ。大学生とか…大人とか…………。
兎角、再びシェータの視線に射られるのだけは避けたかったのでおとなしく耳を傾ける事にした。
ーーーーーー
「でね、その時お兄ちゃんがさ〜…」
「ええ!?和人先輩、そんなことを言ったんですか…?」
「マジマジ。和人のやつ、いきなり…」
なにやら女子組からワチャワチャと不名誉な話が聞こえてくる。
大人しく勉強をしているのは既に高校組だけらしい。
…里香の声も混ざっていたので正確にはユージオとアリスだけだが。
因みに俺は休憩中なのでカウントしない。
「和人、僕ちょっとお手洗いを借りるよ。
戻って来るまでにその問題が終わってなければ、お前の分の蜂蜜パイは僕が食べることになるからな」
「優しいユージオ君はそんな無体な事はしないと信じてるよ。行ってらっしゃい」
「和人の問題が終わっていればしないよ。アリス、ちゃんと見ててあげてよ」
「和人の分はユージオと私が半分ずつ貰う予定らしいから、どうしようかしら」
「……子供じゃないんだから見張られなくても課題くらい終わらせておくよ」
一頻りくすくすと笑ってからユージオが退席する。
アリスはそのままペンを置いて、水筒から飲み物を呷った。
「あれ…アリス、水筒持ち歩いていたっけ?しかも金木犀の柄!かわいいわね」
いつの間にか中等部組と里香がこっちに聞き耳を立てていたらしい。
目敏くアリスを巻き込んでお喋りに駆け込むつもりのようだったので、俺は蜂蜜パイを奪われない様問題集に向き合うことにした。
「ええ、最近買ったのよ。金木犀は…妹が好きだったの」
「え、アリス妹居たの?初耳なんだけど」
「ああ…言っていなかったかしら。ここに引っ越して来た頃…10年くらい前に事故に合ってしまって…」
「あ……ご、ごめん!無神経に…」
「いいのよ、気にしないで。
……それで、里香は問題集終わったの?」
「え!?あ、ああ〜………。
……はい、休憩終わり!ほらほら中房、あんたたちも早くやんなさい!」
「中房って……そもそも里香さんが勝手に押しかけてきたんじゃないですか」
「珪子なんか言った?」
「言ってませーん。…ほら、ロニエちゃんを見習ってくださいよ、もうここまで終わってますよ」
「げ、ホントだ!直葉が戻ってくる前にこっちも終わらせないとね」
「あら…本当ね。いつの間にかユージオだけじゃなくて直葉も居なかったの」
…隣で騒がれると、嫌でも耳に入ってしまう。
度々意識を削がれつつもなんとか俺の蜂蜜パイは守られたようだ…と俺もペンを置けば、丁度直葉とユージオが蜂蜜パイを携えて戻ってきた所だった。
「お帰りユージオ。ほら見ろ、きちんと終わらせてあるからな!」
「はいはい、わかったからお兄ちゃんはテーブルを片付けて!
おやつタイムにしようよ」
「了解!」
手早くテーブルの上を整理して問題集を退ける。
歴史、神聖術、数学…様々な分野を重ねて場所を作ると、温め直したのかほかほかの蜂蜜パイがどっさり鎮座した。
ごくりと生唾を飲み込んで全員の準備が揃えばすぐさま手掴みでばくりといく。
「んまい!」
「お兄ちゃんいっつもそれしか言わないよね」
「………さくさくで…あまくて…うまい」
「和人に語彙力たっぷりの感想を求めるのは酷というものよ、直葉。
これだけレディが居ても、フォークすら使わないで食べてしまうのだから」
お上品にフォークでつついてしまうのは蜂蜜パイに対する冒涜…とまでは行かないがシンプルにもったいない。
がっつりかぶりついてこそ蜂蜜の風味とパイの食感が伝わるものだというのに、これをわかってくれるのはこの場には、口の端にパイをつけたロニエしかいない様だった。
小動物のようにもぐもぐしながらスグに拭われて赤くなっているのが見える。
因みにユージオはかぶりつく派だが、曰く俺とアリス以外の前ではしたないことはしないよ…らしい。
俺の蜂蜜パイが無くなり、珪子の蜂蜜パイが半分になった頃、不意に食べ終わったらしい里香が参考書をペラペラとめくりながら顔をコチラに向けた。
「そーいや知ってる?聖杯戦争の噂」
「噂……ですか?」
最年少のロニエが小首を傾げる。聖杯戦争とは歴史やらなんやらで語られる、特大神聖術を使った儀式のことだ。
勝者は何でも願いを叶えられる聖杯を手に入れられる…という大昔に行われたそれの噂とは…
「そう、噂。大昔に解体されたアレがそろそろ復活して開催されるらしいのよ」
「ええ?里香さんそんなのどこで聞いてきたんですか?」
「SNSで呟いてる人がいたのよ。まあ眉唾モンだけどねえ。
何でも願いを叶えられる…なーんて都合のいいものあるわけないし。
でもさあ、ちょっと夢があるじゃない?」
にやりとフォークを咥えながら言う里香とは対象的に、胡散臭そうに珪子が見ている。
なんでもかぁ…と夢想しはじめた直葉の横で、アリスがぴしゃりと言い放った。
「そんなもの、夢物語に過ぎません」
キツイ物言いにロニエがびくりと目を見開いたのを見て、アリスが慌てて笑顔を作る。
「ああ…ほ、ほら、本当にそんなものがあるのなら街はめちゃくちゃになってるでしょう?
大掛かりな術式を扱うのなら事前準備が必要だろうし、その過程で見つかってもっと報道されたりとか…」
「た…たしかにアリス先輩の言うとおりですね」
こくこくと頷きながらロニエが同意して、直葉は片付けに入ったようだった。
隣に座るユージオが俺の分の皿を片付けながら尋ねてきた。
「でも本当に願いが叶えられるなら、頼みたくなる気持ちもわかるかも。ねえ、和人なら何を願う?」
「俺か?…そんなものに託すような願いはないけど……」
『本当に?やり直したいんじゃないの?』
「………え?」
「…と…和人、ねえってば。」
ユージオの声に現実に引き戻される。
誰かが俺に問いかけていた。…意味は、わからないけれど。
「大丈夫かい?どこか悪いの?」
「い、いや…大丈夫だよ。…俺には特にないや」
「夢がないなあ」
「そういうユージオはあるのかよ」
「僕?………あるよ。ナイショだけどね」
「なんだよそれ」
「ふふ、ナイショはナイショだよ。いくら和人でも教えてあげられないな」
「あら、二人で内緒話?私たちもいるのだけれど」
むす、と仲間はずれにされていたアリスが後ろを指差す。里香たちもウンウンと頷いているのをユージオと笑って、矢張り二人の秘密にしておくことにした。
皆が帰った後。
スグと二人で夕食をとって、明日のテスト勉強の続きをして。
取り敢えず満足行く程度には復習を終えて、そろそろ息抜きがしたい。
スグに声をかけてから上着だけ羽織って近くに散歩に出ることにした。
5月の夜は生暖かい風が吹いて過ごしやすい。
──上着はいらなかったかもしれないな…
暗い夜道を当て所なく歩いていく。なんとなくコンビニに寄って、学校への道を通って…とフラついていると、どこからか金属音が聞こえた。
キィン……キィン……
「……なんの音だ?」
不審な音に耳を澄ませる。
どうやら学校を通り過ぎて少し、アリスの家の方からきこえてくるようだった。
好奇心と危機感に急いでアリスの家に向かう。
アリスは何かあったときに大人しくしている性格ではないし、ああ見えてカチンと来やすい。
変なことに巻き込まれてないといいけど…と足を早めてから、今度はすぐ近くで金属音が聞こえた。
「…学校まで来てる!!」
反射的に身を引っ込めて角から覗き込む。
金属音は何かがぶつかる音らしかった。
たーん……という乾いた銃声が微かに聞こえると、すぐに金属音がして空気が揺れる。
おそらくどこからか狙撃した弾が弾かれたのだろう。
──けどなんだって狙撃なんてことに…?それにどうやって弾いてるんだ。
もう少しだけ様子を見て、警察を呼ぼう。
そっと覗き込みながら空気の揺れる方向を探すと、微かに弾かれる瞬間が見えた。
実弾が飛んで、見えない何かに当たると金属音がして弾かれる。
どんどん位置が変わっているのを見るに、残念ながらこっちに近づいてきているようだった。
──…どうする?
万が一流れ弾にでも当たったら大変だ。
どういう理屈かはわからないが危険なことだけは確かだろう。
慎重に移動して、家の前まで来ても金属音が聞こえるようなら通報しよう。
そう考えて、視線を外さぬまま踏み出そうとした瞬間、囁くような女の子の声が聞こえてきた。
──この声はアリス…?
「っ……姉さま、このままじゃ埒が明かない。相手は遠距離特化みたいだし、責めるなら魔力が残ってる内に一気にいこう」
「わかったわ。私が一瞬隙を作るから位置を割り出せる?」
「任せて。早すぎるかもしれないけど背に腹は替えられない…宝具を発動して……待って姉さま!」
遂に声がすぐそこに迫ると、思わず顔を向けてしまった。
そうして目に飛び込んできたのは、鉄パイプを持ったアリスと、大きな杖を持って白いローブを纏ったアリスに似た少女の二人が愕然と目を見開いている姿だった。
「うそ…キリト…!?」
「和人、貴方何故こんな時間にこんなところにいるの!」
烈火のごとく眥を吊り上げたアリスに睨まれて思わず竦んでしまう。
やっとの思いで口を開けば、更に睨まれた。
「ぐ…、…偶然、気分転換に散歩してたら…金属音が聞こえたから…」
「聞こえたから、ではないでしょう。何故近づいたの!」
「アリスの家が近いからアリスが心配になって……いや、アリスの方こそそんなチンピラみたいな出で立ちで何を」
「…!!姉さま、話してる暇ない!」
アリスに似た少女が叫ぶと、アリスが鉄パイプを投げ捨てて俺にぶつかる。
数歩後ろに倒れ込むと、今まで話していた場所に穴が空いていた。
「どうなってるんだ……」
「話は後。和人は急いで家に戻りなさい」
「戻るって…この状況でか?アリスを置いて俺だけ逃げるわけ行かないだろ!」
「いいから帰りなさい!相手に顔を見られる前に早く!」
「お、おい…!」
アリスは信じられない力で俺を押さえつけると、頭に何かのせてきた。
フサフサで長くて黒い、これは…?
「カツラ…?」
「これをつけていればもし見られていたとしても多少はごまかせるでしょう。
女の子のフリでもして早く帰って」
「だから、アリスを置いては…」
「足手まといなの!…後で説明するから今は急いで。……お願い」
真剣さに当てられて、渋々頷く。
攻撃がやんでいるのはアリスに似た少女が囮になってくれているのだろうか。
アリスが少女を呼んで何やら指示をしているうちに、言われた通りこっそり校門から外に出る。
心臓が煩く音を立てているが、必死に冷静を装って学校から視線をそらしながら家への道を早足に向かう。
永遠にも思えた短い路地に、漸く自分の家が見えてくる。
走りたくなるのをグッと堪えた所で、後ろから足音がすることに気がついた。
「…………」
振り向きたいけど振り向けない。
アリスではない、何か異質なものを感じたからだ。
ひた…ひた……
静かに近づいてくるそれに、如何したらいいのかわからない。
たった数mがもどかしくてたまらない。
ぎゅっと目を瞑って門をくぐれば、あと少しで家に入れる。
道場の横を過ぎたとき、後ろの気配も消えた。
「いなくなった……?」
消えた重圧に恐る恐る振り向けば、そこには誰もいない。
脱力して戸に手をかけたとき、けれど確かに背中に何かが突きつけられた。
「hey...goodboy...大声を出さないのはイイコだな。
…で、なんだってそんなカッコしてんだ?騙せるとでも思ってんのか?」
「は……ッ!?」
男の声が聞こえた瞬間、腕にじんわりとあたたかい何かが広がる。
ゆっくり視線をやれば、深く突き刺さるナイフと流れ落ちる赤い……血?
「ッ…!!」
口を塞がれて悲鳴がかき消される。
そのままポイと投げ捨てられて道場の壁にぶつかった。
カツラなんて簡単に吹き飛んでずるずると座り込み、衝撃でナイフの抜けた腕を抑えながら荒い呼吸を繰り返す。
ゲームなんかとは比べ物にならない痛みだが、何故だが懐かしい気分になりながら黒いポンチョの男を睨み返した。
「どうだ?ここならよりリアルな痛みってやつが味わえんだろ?」
独特な形の刃物をチラつかせながら話しかけてくる男に背筋が凍る。
どうにかして逃げ出したいがどうにも身体が動かない。
襲いかかる死の恐怖もそうだが、何もできない自分が一番悔しくてたまらない。
きっと俺はここで殺されてしまうのだろう。
──せめて死ぬ瞬間まで、この目を閉じてたまるものか…!
そうして歯を食いしばったとき、寄りかかった道場の裏から一条の光が飛んでくるのを見た。
光は一直線に俺に振り上げられた刃物を弾き返して、更に男を退けた。
光の正体は少女だった。
榛色の長い髪に真珠色のアーマー。白いドレスがたなびいて月明かりしかない暗い夜道でも彼女の美貌を明らかにする。
ポンチョの男が苦々しく彼女を睨みつけて、そして彼女も絶対零度の眼差しを返す。
「おいおい……こんな所にまで出張ってくんのかよ"閃光"サマは」
「……貴方こそ、こんな所にまで追いかけてきて何の用?
もう一度風穴開けてあげないといけないみたいね」
「おお、怖い怖い!やれるもんならやってみな!……と言いたいとこだが、3対1は分が悪いな。
チョッカイかけたのがバレると面倒だ」
「生憎だけどわたしは逃がす気はないわ」
言い終わる前に高速の細剣が突きつけられたが、男はポンチョが引き裂かれる前に霧となって消えてしまった。
残された彼女は美しい顔を憎憎しげに歪ませて剣を仕舞うと、呆気にとられていた俺の前に座り込んで俺を抱きしめた。
「え……?」
「大丈夫。問わなくったって判ってるよ。
きみがわたしのマスターだ…って。
……ごめんね、遅くなって…」
そう言って微笑んだ彼女に、おそらく俺は一瞬で心を奪われた。
彼女は俺の腕を見て、まるで自分の傷のように痛い顔をする。
何が起きているのかさっぱりわからなかったが、それでも瞬間、腕の痛みを忘れてしまう程の懐かしさが溢れて勝手に涙が溢れてくる。
ぼろぼろと泣き出した俺を、真っ白なドレスが血で汚れるのも構わず彼女はもう一度そっと抱きしめて背を撫で続けてくれていた。
見ず知らずの女性の胸で泣くのは恥ずかし過ぎる…と冷静な自分が訴えてくるが、同時に彼女の前なら許される気もして。
おずおずと名前も知らない彼女の背に手を回そうとしたところで、勢い良く家の門が開いた。
「和人ッ!!」
息を切らして入ってきたのはアリスだった。
コチラを見て俺の怪我と、おそらく彼女のことを認識したのだろう。
いつの間にか取り戻したらしい鉄パイプを握ったままものすごいスピードで突っ込んでくるアリスに、彼女もきょとりとしている。
「お前……和人に何をした!?疾く離れなさいッ!!」
「いや、待ってくれアリス!彼女は…」
止める間も無く降ってきた鉄パイプを片手で受け止めると、彼女は微妙な(としか形容できない)顔で鉄パイプを握りつぶした。
──うっそぉ………??
ぐにゃりと、片手で。形が変わった。
アリスは一度離れて竹刀を握ると、術式を唱え始める。
流石に止めなければ、と話の通じそうな方に声をかけようとした途端、さっきのアリスに似た少女がどこからともなく現れて後ろからアリスを抑え込んだ。
「姉さま落ち着いて!その人サーヴァントよ、今の姉さまじゃ無理だって…!」
「落ち着けるものですか!?和人が泣かされて怪我まで負わされたのよ、サーヴァントだろうと何だろうとこの手で斬らなければ気が済まない!」
「違うって、その人多分キリトの…和人のサーヴァント!怪我させたのはアスナ様じゃないよ!」
「様!?あの女を知っているのセルカ?だとしても様なんてつける必要ないわ!」
突然始まった仲間割れに、俺だけでなく目の前の彼女も困惑しているらしい。
漸く口が回るようになったので涙を拭ってから今にも暴れだしそうな(ほとんど暴れているが)アリスに恐る恐る声をかける。
「ああ…えっと……アリス、本当に大丈夫だから…彼女は俺を助けてくれただけで…」
「………は?助けた…?」
「そう。ポンチョをかぶった男に襲われて、彼女が助けてくれたんだ」
そこまで聞いて、やっと理解が及んだらしい。
固まったアリスはまずセルカと呼んだ少女に解放されてからこちらに向き直り、そして次いで真っ赤になった。
「………そういうことは早く言いなさい!!」
「…すみません…?」
なぜ俺が謝らなければならないのか…若干の疑問を抱きつつ、反射的に謝って頭を下げておいた。
赤くなったアリスの代わりに俺の横に座ったセルカが、刺された方の腕に触れる。
──でも…セルカ、ってアリスの妹…うり二つだけど彼女は10年前に事故で…
「今治すね。少し時間かかるからじっとしていて」
「あ……ああ、ありがとう」
システム・コール、の起句すら無しに治癒術式が発動する。
治療の間に赤みの引いてきたアリスに視線を戻して、一難去ったらしい様子にほっと息を吐いた。
「……ところで、どうなってるんだ?ちゃんと説明してくれるんだよな、アリス」
「…ええ。ここまで巻き込んでしまったし……でも貴方こそ、まさかマスターだったなんて。
しかも見たところセイバーのマスターなのよね」
「それ、どういう意味なんだ?さっき彼女も言っていたけれどマスターとかなんとか…さっぱり意味がわからないよ」
「冗談でしょう?召喚に成功しているのにそんなことあるわけ…」
「姉さま、続きは和人の部屋でしましょう。
こんなところで続けたら目立っちゃうよ」
「…そうね、貴女もついてきて。異論はないでしょう?」
未だ警戒の色を残したアリスと彼女の間に、火花が飛んだような幻覚が見えた。
彼女は治療の終わった俺に近づくと、にっこり笑顔を浮かべる。
「ええ、勿論構わないわ。
……はい、和人くん。わたしに捕まって良いからね」
「…!待ちなさい、和人。得体のしれない女の腕ではなく私の腕に捕まって」
「…!!得体のしれない女じゃないわ。マスターのサーヴァントなんだから支えるのは当然でしょう?」
「…!!!幼馴染なんだから頼りにして当然でしょう?」
怖い。
シンプルに恐怖を覚えたので自力で立ち上がると、そそくさと家の戸を開ける。
喧嘩?中の二人に気づかれる前に部屋に上がって、お茶の用意をしておくことにした。
「「早く選んで和人(くん)!!!」」
「あの……和人ならもう家の中入ってるよ、姉さま…」
ーーーーーー
お茶を飲んで落ち着いたのか、或いは冷戦が始まったのかはわからないが、二人は俺を挟んで座り込んだ。
俺の正面にはアリスの妹にそっくりの少女が座って、左に俺を助けてくれた少女、そして右にはアリス。
妙な居心地の悪さを自分の部屋で感じながら、話を促す。
「ええと……取り敢えず、説明してほしいんだけど」
「わかっているわ。……何から話せばいいのか考えているのよ」
「んじゃあ……まずアリスはなんであの場所で狙撃されてたんだ?それにその…その子、セルカって言ってたけど…セルカは10年前に…」
「あの場で戦っていたのは私が聖杯戦争に参加したマスターの一人だから。
…信じられないだろうけど、セルカは私が召喚したキャスターのサーヴァントよ。
でもこの世界で亡くなったセルカ本人じゃないみたいだけど…」
当然のように告げられた言葉思わず首を傾げる。
聖杯戦争……あの、噂の。
「そ…そんなものは夢物語だって昼間自分で…」
「当然でしょう?存在を認めてしまったら、私がマスターの一人であることを教えることにもなってしまうのだから」
「知られたら、駄目なのか…?」
「……わかった、そこから話しましょう」
はあ、と一つ大きなため息をついてからお茶をあおるアリスに、何故かすまんと謝って自分も湯呑みを持ち上げる。
大きな音がしていたはずだが幸いスグは寝ていたらしく、あいつの部屋に灯りはついていなかった。
もし起きてきたとしてもセルカが結界を張っているらしく気づかれることはまず無いだろうと言っていたのを信じておく。
「まず、和人は聖杯戦争についてどれくらい知っているの?」
「全く。大規模な術式を用いた儀式で勝者は何でも願いが叶えられる…っていう神聖術の教科書に乗ってる文言以外は知らないよ。
そんなものが存在しているだなんて思いもしなかったし」
なるほどね…と頷いてから、ワンポイントの入った手帳を取り出したアリスにペンをかす。
ページを切り取ってさらさらと書き出される文字と図を追いながら、説明される言葉も聞き逃さないように五感をフル活用した。
「はじめに聖杯戦争。
これはさっき貴方が言ったとおり大規模な術式を用いて行う儀式の過程のことよ。
まず、7人の聖杯に選ばれしマスターが、7騎の英霊…サーヴァントを召喚して戦う。
最後の1組は勝者となって聖杯…何でも叶える願望器を手に入れられる」
「……本当にそんなものあるのか?」
「あるわ」
「そ、そうなんですね…」
「兎も角、貴方はそのマスターの一人に選ばれた。
その令呪が証拠ね」
「れいじゅ…?」
「貴方の右手の甲に有る赤いのがそれよ」
言われるがままに右手を見る。
確かに手の甲に赤い紋様が浮かび上がっていた。
「…ホントだ。いつの間に…」
「その令呪は、マスターとしての生命線よ。
一人3画まであって、サーヴァントを従わせる力があるの。
謂わば強制命令権ね」
「…強制……」
「響きは悪いけど、使い方に寄っては強力な切り札になるの。
例えば離れた場所にいるサーヴァントを強制的に手元に呼び戻す…急襲を受けたときなんかには必要な手よ。
だけど3回しか使えないから易易と使うのはおすすめしないわ」
「…わ、わかった」
急襲、の言葉にごくりと生唾を飲み込んでからもう一度右手の甲を見る。
赤々と刻み込まれているそれはタトゥーのように見えなくもないが、アリスの手には浮かんでいなかった。
「……なあ、アリスもマスターなんだろ?」
「ええ、そうだけど」
「令呪は右手の甲じゃないのか?」
「別に確実にここ!っていう決まりのあるものでは無いみたいよ。
魔術回路と結びついているから、人によって場所は違うの。
手の甲が多いとは聞いていたけれど、左右も決まってないし」
「じゃあどこに?見せてくれよ」
「…………絶っ対に嫌」
「…あ…さいですか」
何故か蔑むような顔をされてしまった。
仕方無くルールの続きを促して話を進ませる。
アリスの令呪の在り処はそのうち自力で見つけてやることにしておく。
「で、サーヴァントは全部で7騎召喚される。
セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの7騎ね」
「ええと……まあ、要はジョブシステムってことか?」
「そういうこと。
極簡単に説明するとセイバーが剣士、アーチャーが弓兵、ランサーが槍兵、ライダーが騎乗兵、キャスターが術師、アサシンは暗殺者…まあそのまんまよ。
クラスごとの詳しい説明はまた後でするから、とりあえず覚えておいて」
「で…セルカはその内のキャスターなんだな」
静かにクッキーをかじっていたサーヴァント二人が顔を合わせてコクリと頷いた。
半月の残りを飲み込んでからお茶を飲んで、そして漸く口が開く。
「そうよ?」
「お、おう」
こちらも頷き返してから、今度は視線を左に向ける。
大きな榛色がぱちくりとこちらを見つめ返して、次いで緩められた。
「わたしはセイバークラスみたい。バーサーカーだったらどうしようかと思ったよ〜」
などとほわんほわん笑うものだから、つい毒気を抜かれてしまったらしいアリスが目を瞬かせている。
「……そんなにあっさり明かして良いの?」
「だって、わたしたちはそっちのクラスも真名も教えてもらってるのに。
こっちだけ明かさないのは不公平だわ」
「それは…そうだけど……」
「それにさっき、セルカさんは"わたし"の名前を呼んだのだもん。
わたしの知ってるセルカさんだって事は…隠すまでも無く筒抜けだから」
そういえば様が何とか、という話をしていた気がする。
肩をすくめたセイバーはセルカに向けて、そうでしょ?なんて同意を求めている。
セルカも苦笑しながら頷いたあたり、言っていることは本当なのだろう。
「ねえセルカ、本当にこの女と知り合いなの?」
「この女って言い方失礼よ姉さま。
この方…アスナ様はあたしが生きていた国の王妃さまなんだから!」
「王妃?…剣の腕がたつ王妃の英霊というと…」
「ラクシュミー・バーイーとかかな。たしかインドの大反乱の…」
とはいえセルカの服装的にも彼女の服装的にもインド感はない。
本人も微妙な笑顔を浮かべている。
「ええと…ごめんね、セルカさん。たしかにわたしは"そう"だったんだけど…その、わたしは今回は身体を貸してるだけの依代であって座から喚ばれたのはどっちかというとわたしじゃないの」
「え!?アスナ様は依代だったの?」
「依代……じゃあ真名は別にあるのね」
「そう。わたしの真名はステイシア。創世神ステイシアよ」
創世神ステイシア。人界史に登場する、三女神の内の一柱だ。
さしものアリスもあんぐりと口を開けて、セルカも愕然としている。
この雰囲気で聞くのはどうかとも思ったが、気になったので一応聞いておく。
「…えっと……依代って、なに?」
「うーん…和人くんにわかりやすく言うならアバターかな?
ステイシア神がこの世界で動く為に、わたしというアバターを使ってるって事」
「アバター……じゃあその身体はステイシアの本来の身体じゃなくて、全然違う少女のものを借りているんだな」
「そういうことになるかな。
結城明日奈の身体を使って、ステイシア神が動かしてる。
でも実際はステイシア神が表に出る人格もわたしに譲ってくれたから、結城明日奈という人間がステイシアの力を借りている…って表現方が近いかも」
「ゆうき…あすな…」
サラリと明かされた身体の本名を反芻する。
妙に舌心地が良い、どこか言いなれたような音に首を傾げながら言われたことを飲み込んだ。
開きっぱなしだった口を引き結んだアリスが一つ咳払いをしたのを合図に見れば、アリスは俺とステイシアをじっと見つめた。
「…さて、ここからが本題よ。
単刀直入に言うけれど……和人、私達と手を組む気はない?」
「それは俺としては願ったりだけど…」
「待って和人くん。それは手の内を明かしちゃうってことよ?
アリスたちが信頼できる人物なのはわたしも良く知っているけれど、最終的には戦うことになるけど…いいの?」
「私達は、私達以外のマスターがいなくなるまで貴方に聖杯戦争の情報…基本的なことに限るけど、それのレクチャーをしてあげるし戦闘時にはセルカがサポートしてあげる。
代わりにそっちのセイバーに直接的な戦闘を任せたいの」
「あたしは姉さまみたいに剣は使えないから…強化や今使ってる隠蔽みたいな術は得意なんだけどね」
「さあ、どうするの?」
どうするの、と言われても。
正直俺には大した望みもないしアリスに協力するのは吝かではない。
只、彼女らの言い方だと戦うのは俺ではなくてステイシアの方らしい。
ならば決めるのは…
「俺は構わないけど…ステイシアはいいのか?」
「明日奈でいいよ。
……それと、わたしも構わないよ。君が決めたことなら」
「なら決まりだ。よろしく頼むよアリス、セルカ。勿論明日奈…とステイシアも」
差し出した手のひらをアリスがしっかり握る。
握り返して離そうとしたところで力が込められ、がっちり固定される。
「あ…あの…………アリスさん……?手を…」
「それじゃあまず和人。これは基本中の基本だけれど、サーヴァントの真名を濫りに呼ばないこと。
サーヴァントは過去の偉人やそこのステイシアのような神霊なの。
と言う事は少し名前を入れて検索すると沢山の逸話が出てきて、弱点なんかすぐにわかってしまう。
だから正体は隠して置くべきで安易に名を呼ぶべきじゃないから、その女は名前ではなくセイバーと呼びなさい…というのが一つ」
「でも、明日奈は依代の名前なんだし態々クラス名で呼ばなくても…」
ぎりり。握られた手が悲鳴を上げそうだ。
咄嗟にこくこく頷けばアリスににっこり笑顔が浮ぶ。………左からの視線は気づかないふりをしておくことにする。
「2つめ。明日からテスト期間に入るし、私達は同盟を組む以上なるべく一緒にいるべきだと思うの」
「うん……??」
「なので明日からテスト勉強と一緒に聖杯戦争についても勉強するわよ」
「ええ!?…聖杯戦争だけに集中というのは…」
「学生の本分は勉強よ」
「……はい」
渋々絞り出した返事に再び笑みを浮かべると、アリスは俺の手をようやく解放してくれた。
ちらりと時計を見てから手帳を片すアリスに習って、俺も目を向ける。
時刻は既に夜中の2時を回っていた。
いくら何でもこんな時間に女の子を帰すわけには行かないので、客間を使ってもらうことにして準備のために立ち上がる。
スグへの言い訳は取り敢えず起きてから考える…と眠い目を擦っていると、思い出したようにアリスが呟いた。
「…それにしても、どうやってあのアーチャーを撃退したの?セイバーは接近型よね」
「アーチャー…?いや、俺を襲ったのはあの弾丸じゃなくて、包丁みたいな形のデカイ刃物を持った男だよ。
イメージ的にはどっちかと言うとアサシンぽいっていうか…まあ実際に腕に刺されたのはそいつが持ってた普通のナイフだけど…」
瞬間、俺の言葉にアリスが固まる。
青い顔でおとがいに手を当てると、セルカを呼びつける。
「…セルカ、私達が戦ったのはアーチャー……よね?」
「え?うん、多分……遠距離武器を扱えればアーチャーの適性が得られるから、確実とは言えないけど」
「和人が襲われたのはナイフと大きな刃物で、弾丸ではない…なら…。
……私達は、あの後2、3発狙撃されてから、急に狙撃がやんで気配が移動したのを感じてここに来たのよね、セルカ」
「うん、そう…。
戦ってて、途中で急に気配が遠ざかって…ここに嫌な気配が急に出てきたの。
だから急いで来たら、直前で新しい気配がまた現れて…それがアスナ様だよね?」
「ああ、多分…」
「……セルカ、ここに急に現れた気配と狙撃してきた気配の持ち主は一緒?」
「流石にそこまではわからないよ…。
相手は気配遮断のスキルが高いみたいだし、狙撃してきたときも殆ど気配がなかったから。
ただ気配がここに急いでたから、そいつだと思った…だけ……って…まさか、姉さま…!」
「………かも、しれない。
和人、やっぱりテスト後は聖杯戦争の事についてに切り替えましょう」
ここに来て急に方針を変えてきたアリスに、学生の本分は…云々とからかいたくなる気持ちは真剣な横顔にかき消された。
不穏なものを感じて眉を顰める。
「俺は構わないけど…何かまずいことでもあったのか」
「……4騎目が居たのかもしれないわ。この家の近くに潜伏して…」
つづく。