マチカネタンホイザ─────彼女の名前を聞くだけで心ときめくトレーナー紳士たちも多かろう。
そこで俺は、数多のトレーナー諸君のニーズに応えるため、彼女を『吸う』ことに決めた。決して、いい匂いするから吸いたいとかいう私利私欲のためでは無いことを理解して欲しい。
では、参ろうか。
〜〜〜〜〜
「えっほっ!えっほっ!」
マチカネタンホイザ、現在ランニング中。吸うには絶好の機会だ。きっと濃厚で素晴らしい香りが鼻腔を突き抜け脳みそを幸せにしてくれるだろう。
「やぁマチたん、トレーニングお疲れ様」
「おやおや、トレーナーさん。むんにちは〜」
いつものマチたんに汗のトッピングがされているとは…ほんっとむんむんするぅッ!!!
マチたんの耳は既にッ!俺の鼻の射程範囲内だぜッ!!!
「おっと…」
ここで、わざとらしく小銭を地面に散らばす。
「むむっ!?こりゃ大変大変!お手伝いしますね」
すると、優しい優しいマチたんは、わざわざかがんで散らばった小銭を拾い始めた。
俺のマチたん好き好きポイントは既に百億万点を突破した。
同時に嗅ぎ嗅ぎポイントも限界突破した。今ならダイソン並みに吸える。
小銭をちまちま集めるマチたんの耳にロックオンして…───────今だッッッ!!!!!!
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッッ!!!!クンカクンカ…フゴフゴ…」
「ぬわああああああっ!?!?!?!?」
マチたんの悲鳴をBGMに、彼女の匂いを鼻いっぱいに取り込んだ。鼻腔を突きぬけ、脳に浸透し、たちまち快楽作用をもたらした。
そして、ふわふわと浮かぶような感覚と同時に、俺の頭には存在するはずのない記憶が流れ出す。
〜〜〜〜〜
とある下町の定食屋。
白い割烹着に三角巾を頭に巻き付け、パタパタと忙しなく動く彼女は、俺の自慢の妻、マチカネタンホイザだ。
学園を卒業した後、俺たちはマチたんの両親に弟子入りして料理を学び、数年の修行を経てこうして2人の店を構えることが出来た。
照れくさい話ではあるが、俺とマチたんは二年前に結婚して、今では可愛い娘が一人いるのだ。
「マチたん、生姜焼き定食1つーっ!」
「あいあいさー!」
俺が娘のミヤビちゃんを背負いながら注文をとり、マチたんが調理する。少し大変ではあるが、ここいらじゃ『ラブラブ夫婦の定食屋』なんて呼ばれているらしい。実際そうなので否定はしないが。
ようやく客足が減り、閉店の時間になった。暖簾をたたみ、鍵を閉める。
「むひぁ〜!疲れた〜」
「お疲れ様、マチたん。なんか作るよ。お腹空いたでしょ?」
「おっ、お手伝いしますよ〜ん」
そう言って彼女はキッチンに入ってくると、手際よく料理を始めた。俺も彼女に続くように手を動かす。
こうして隣合って料理していると、修行していた頃を思い出す。俺は元々不器用で料理なんて出来るようなタマではなかったが、幾度となく失敗を繰り返して、ようやくマチたんと同じくらいまで上達することが出来た。
「マチたん、愛してる」
ふと、言葉がこぼれ落ちた。
「うえええっ!?どうしたんですかいきなり!?」
「ふふっ、料理に愛情を込めただけだよ。」
この言い訳は少し無理があっただろうか。顔が熱くて、真っ赤になっているのを感じる。
「じゃあ私も。大好きですよ、パ〜パ♪」
「っ…///」
本当にそれは反則だと思う。
「えへへ、愛情、こもりましたかね?」
「ああ、それはもうとてもとても//」──────────
可愛い妻がいて、大切な娘がいて、夢だった定食屋を建てて─────
俺は、本当に本当に幸せだ──────────
〜〜〜〜〜
「はっ!?俺は…何を…?」
どうやら『あちら側』へとトリップしていたようだ。いつの間にかグラウンドの傍らにあるベンチに座っていたようだ。
「ん?」
膝に重みを感じて下を向くと、そこには気持ちよさそうに眠るマチたんの姿があった。
「全て虚構だったというのか…」
全ては俺の想像上で起こったフィクションに過ぎない。なればこそ、俺が現実にしてやるぜ!
「むん…あら、トレーナーさん…?私、寝てましたぁ…?」
彼女は寝ぼけ眼を擦りながらむくっと起き上がる。そして、今の状況を把握したのか、彼女の顔はりんごのように真っ赤になった。
「はぅわわわ…!?私は一体誰で何をッ!?」
相当混乱しているのか、あたふたと取り乱す。
とりあえず彼女を落ち着かせるため、肩に手を置く。
「落ち着いてくれ、マチたん。そして結婚してくれ」
「む…む?…でぇぇええええええっ!?!?!?」
鼻血を噴水のように吹き出し、再度マチたんは夢の世界へと旅立った。