「ふぅ、完成っと。鈴木くん、喜んでくれるかな?」
手芸部の工作部屋で、川上やよいは独り言をつぶやいていた。ここ数日、鈴木へのプレゼントとして製作に取り組んでいたキーホルダーが完成したはいいが、これを鈴木が受け取って喜んでくれるかどうかはわからない。それに、
「どうやって渡したらいいだろう?」
教室でみんなが見ている前で渡す? みんなの前でというのは恥ずかしい。どこかに呼び出して二人きりになって渡す? それ以前にどうやって呼び出すか? 渡し方一つでこんなにもハードルが高いとは...
「いっそ、二人きりの状況で渡すときに告白しては...」
そう考えて、自分でも顔が赤くなるのが分かるくらい恥ずかしい気持ちになる。
「どうしよう...」
次の朝、みきと一緒に登校した鈴木は、下駄箱になにやら丁寧に折りたたまれた紙が入っているのを見つけた。なんとなくみきに見つかると厄介な事になりそうな気がしたのか、その紙を慌ててポケットにしまい込み、何事もなかったかのように教室に入っていった。
結局、川上やよいが採用したのはかなり古典的な手法だった。下駄箱に呼び出しの手紙を入れておき、二人きりの状況を作り出してプレゼントを渡す。その時に告白するかどうかはまだ決めていない、その時の状況と気持ち次第でそういうこともあり得る、くらいの気持ちだった。
授業中、鈴木は、下駄箱にあった手紙を机の下でこっそりと読み、内容と送り主を確認した。放課後の手芸部部室
「手芸部への勧誘かな?」
鈴木は都合よくそんな事を考えながら、黒板に書かれた数式をノートに写し取る作業に戻った。
放課後の挨拶が終わって、鈴木は少し気が重かった。
「鈴木くん、一緒に帰ろう。」
みきが声をかけてきたが、
「ごめん、ちょっと今日は残らなきゃいけない用事ができた。」
「えー?!」「じゃあ、先に帰ってる。」
無邪気な表情で、みきは教室を出ていった。
川上やよいは、放課後の挨拶の号令をかけ終えてからすぐに教室を後に手芸部の部室に向かった。間違っても鈴木を待たせることになってはいけない、そう思うと自然と早足になる。ここ数日をかけて作ったキーホルダーを鈴木が受け取ってくれるだろうか?、そんなことを考えると緊張しながらも期待してしまう。
佐藤や他の部員には、今日の部活はなしにすると通達し、この日は部室に入らないよう釘を差しておいた。1年生の二人はわけが分からない顔をしていたが佐藤は悟ってくれたようだ。
それにしても、鈴木くん遅いな...そう思って時計を見ると、放課後の挨拶からまだ5分も経ってない。カップラーメンの3分を待つ以上に時間の流れが遅く感じる。鈴木くんはキーホルダー受け取ってくれるだろうか?、喜んでくれるだろうか?、それ以前に部室に来てくれるだろうか?、そんなことを考えながら感じる時間の流れに比べて、現実の時間の速度のなんとゆっくりなこと。そんなことを実感しているとき、部室のドアが開いた...
ほぼ同じ時刻、佐藤は手芸部の後輩二人を誘って喫茶店に向かっていた。最初は佐藤が手芸部に入部することを快く思っていなかった二人だったが、佐藤が委員長や自分たちに対して紳士的な態度を貫いていること、また、佐藤の加入によって少しずつ部活が楽しくなっていることを感じるようになってからは、同じ部の一員として接するようになった。
「今日はどうして部活を休みにしたんでしょうね? 佐藤先輩は何か聞いてます?」
疑問を抑えきれない、といった表情で法子が佐藤に尋ねる。
「僕も詳しい話は知らないけど、委員長...部長はね、今日は勝負の日なんだよ。」「だから、勝負の結果がどうあれ僕たちは部長を応援しようよ。」
「あー、やっぱり部長は佐藤先輩だけに何か言ってたんですねー、ずるいー。」
自分たちだけ大事なことを知らされていないことを感じ取ってかおりが不満をあらわにする。
「僕だって何も聞いてないよ。ただ、最近の委員長の様子からそう思っただけだよ。」「それに...」
「それに?」
「それに、今日はこうして田中さんと渡辺さんとこうして喫茶店に行けることになって嬉しいんだよ。」
「またまた~。」
「佐藤先輩ってそういうところ、なんか軽いですよね。」
「そうそう、なんっていうか、適当に話してるっていうか。」
「それは酷いな~。本当にそう思ってるんだって。」
「でも、本命は部長なんですよね。」
「それは否定しないけど...」
「否定はしないんですね。」
「ちょっと、話は最後まで聞くもんだよ... 否定はしないけど、委員長...部長だけでなく君たち二人とも仲良くしたいとは思ってるよ。」
「あははっ! 佐藤先輩ってそういう冗談を真顔で言えるところが面白いですよね~。」
「いや、これ本気なんだけど、まぁいいや。」「ところで、着いたよ。僕のおすすめのお店。」「ここはスイーツが甘すぎなくていくらでも食べられるところがいいんだ。」
そんな会話を楽しみながら、佐藤達は喫茶店に入っていった。
一方、手芸部の部室。
朝の下駄箱で拾った手紙を読んだときは正直驚いた、そして正直イヤな予感がした。放課後、鈴木が手芸部の扉を開けて、一人で待っていた委員長とその表情を見て、その予感が当たりつつあることを実感していた。
僕は、朝になるとみきが部屋に起こしに来てくれて、教室では委員長のジョークで笑い、放課後はさくらとゲーセンで勝負する、そんな日常が結構気に入っている。できれば、この日常がずっと続けばいいと思っていた。
ところが、そんな日常に変化が訪れたのは、佐藤が転入生として僕らの前に現れてからだ。転校初日、彼は僕に「僕はハーレムを作りたいんだ」と言っていた。僕は正直、冗談は顔だけにして欲しいと思って本気にはしていないが、それでも彼はみきやさくらといつの間にか話をする仲になっていた。そして、それと関係あるかは分からないが、突然みきが告白してきたり、さくらがゲーセンでの勝負の後で、最初はあれほど嫌がっていたプリクラで一緒に写ろうと言い出したり。そして、今朝は下駄箱に委員長からの手紙が入っていて、放課後に部室に来てみれば委員長が真剣な表情で立っていて...僕の望んでいた日常が少しずつ形を変えてきている、何かが変わってきている。
「鈴木くん...あの...」
「うん...」
この流れは、最近みきが僕に告白したときと同じだ。一応答えは用意してあるが、どういう言い方をしたところで委員長を悲しませることに変わりはない。僕は、みきやさくらと同様に委員長が好きだ。しかし、付き合いたい、というのとは違う気がする。みきの告白を聞いたときは正直驚いたが、振るという選択肢はないものの恋人関係になるのも少し違う、できれば今の距離感を保ちたい、それで友達からということにしたのだが、今回はそれが使えない。正直に、今は友達のままでいたい、と言うのがよいのだろうか?
そんなことを考えていると
「えと、鈴木くんに作ったものがあるの。受け取ってくれるかな?」
「えっ?」
鈴木は正直ほっとした。今まで告白されるのではないかと身構えていたから、それにどう答えたらいいか悩んでいたから、この展開は正直ありがたかった。そして、それが顔に出たのだろう、ホッとした笑顔を感じ取ったのか、委員長の表情も和らいだ。
「これ、僕に作ってくれたの? ありがとう。 こないだ見せてくれた手作りのキーホルダーも良くできていたけど、これはもっときれいだね。作るの大変だったでしょ?」
ホッとした分なのか、お礼の言葉も多めに出てくる。
「うん、こないだのやつはプラバンで、今回はレジンを使って仕上げたの。喜んでもらえたみたいで嬉しい。」
「こちらこそ、こんな凄いのありがとう。」
「それで...鈴木...くん。」「わっ、私は、その、鈴木...君のことが...好き...みたいです。」「あっ、その、こんなこと言うつもりじゃなかったん...だけど。その、ごめんなさい。」「いきなりこんなこと言われても困るよね...ごめんなさい。」
「えっ、いや、ありがとう。嬉しいよ...嬉しい、けど、今は委員長とは友達でいたい...っていうか。先週みきに告白されて...その、友達からってことで付き合ってるし...」
「へっ?! 竹内さんと?...」
「いや、その僕は、その、委員長とは、とっ、友達でいたいんだ...友達として...大切にしたいんだ。」
「...そ、そっか...。竹内さんと...」
「だから...その...、委員長の気持ちだけ...気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう。」
「うん、こっちも、変なこといい出してごめんね...」
「じゃあ、僕はここで...」「また明日...」
「うん、また...明日...」
手芸部の1年生二人とのお茶を済ませた佐藤は、その後学校に戻った。最終下校時刻近くで静かな校舎をくぐり、手芸部の部室のドアを開けると、委員長がうつむきながら座っていた。
「佐藤...くん。来ちゃダメって言ったのに...」
顔を上げた委員長の目に涙はなかったが、目は真っ赤だった。
「ゴメン、心配になってついつい...」「キーホルダーは渡せた?」
「うん... だけど...」
「告白、したんだね。」
元々キーホルダーを渡す予定で、告白まではするつもりはないんだと思っていたが、委員長は自分の思いを鈴木くんに告げずにはいられなかったのだろう。
「うん...」「でも、みきちゃん...竹内さんがいるからって...友達でいたいって...」
「そうか、辛いね...」
佐藤は、みきと鈴木との関係を承知してはいたが、委員長には伝えていない。伝えたところで意味があるとも思えなかったし、まさかこのタイミングで告白するとは思っていたかったからだ。
佐藤は、目の前の委員長がそれまで以上に愛おしく感じられた、両腕で委員長の両肩を思いっきり引き寄せたかった...が、「この」佐藤にはそうすることができなかった。ブサイクではないが、特別顔がいいわけでもなく、これまで女の子とのスキンシップを取ろうとして何度も酷い拒否に会ってきた経験が、それをためらわせたのだ。しかし、佐藤は勇気を振り絞って片手を委員長の頭の上に乗せ、目線を委員長にあわせて
「でも、頑張ったね...今度、1年生と美味しいスイーツのお店に行こう。今日いい店を見つけたんだ。」
「うん...佐藤くんは優しいね。」
「僕は委員長の味方だから...」「もうそろそろ最終下校だし、帰ろうか。今日は駅まで送るよ。」
「あ、ありがとう。」
僅かではあるが、佐藤と話をして川上やよいも少し気が晴れたようだ。そのまま二人は部室の鍵を閉めると、駅に向かって歩いていった。