最近、なんか変だ。
鈴木はそう考えていた。みきやさくら、委員長と過ごす平穏な毎日はとても楽しく、平和だ。何も起きない日々、それこそが自分の望みだ。
ところが、ここのところ色々な事件が起こっている。事件と言ってもそんな大げさなものではない、みきが僕に告白して「友達から」付き合うことになった。それからしばらくして、委員長からキーホルダーをもらうことになり、その場で告白された。客観的に見ればモテているということなのだろうが、みき達との距離感のバランスが崩れ、僕にとって平和な毎日が崩れてしまうのは困る。
こうなったのは、時期的に佐藤が転校してきてからだ。転校してきた初日、委員長の代わりに校内を案内したとき「ハーレムを作りたい」と言ったときから、どうも変なやつだと思っていたが、それ以降は別に怪しい感じはしない。それなりにクラスに溶け込んでいて、いつの間にかみきやさくらと普通に話をするようになっていたとか、手芸部に入っていたとか、そんな程度だ。佐藤本人はそんな程度なのに、あれから妙なことばかりが起こる。
委員長に手芸部部室に呼び出され、キーホルダーをくれた時に告白されて以降、ちょっと委員長とはギクシャクした感じになってしまった。話をすれば普通に会話ができるのだが、昼食時に妙にみきを意識してチラチラ見ているようなことが数日続いた後、委員長は教室外で一人で昼食を取るようになった。「みきと付き合ってる」なんて余計なことを言うべきでなかったという気がしないでもないが、それをあえて言わないのも卑怯な気がしている。
委員長の告白から2週間ほどして、昼休みの廊下を歩いていると、中庭のベンチで委員長と佐藤が楽しそうに話をしているのが見えた。どうやら、一緒に昼食を取っているようだ。同じ手芸部だし、仲が良くなっていても不思議ではないが、妙に胸の奥がざわつく。僕には、みきがいるはずなのに、こんな感情が沸き起こるのは妙だと自分でも思う、だがこればかりはどうしようもない。その後しばらくして、委員長と佐藤が付き合っているんじゃないかという噂がクラス内で流れ始めた。
定期試験後のある体育の時間、僕は佐藤に噂について聞いてみた。
「佐藤...、あのさ、佐藤が委員長と付き合っているって噂、あれホントなの?」
「付き合ってる...ってどういうことかよく分からないけど、部活が終わったら時々喫茶店に行ってお茶するくらいのことはあるよ。」「そう言えば、僕からも質問。鈴木くんは委員長をどう思っているの?」
「委員長は、友達...かな。」
「ふーん。じゃあ、僕が委員長と付き合うことになっても問題ないよね。」
「うん...それは僕には関係のないことだよ。」
と答えたものの、佐藤に改めてこう問われて考えてしまった。僕はみきと付き合ってる、ことになっているのだから、委員長が誰と付き合おうと文句が言える立場ではない。だが、委員長と佐藤が仲良く話をしているのを見ると心の奥がザワッとする、二人が本当に付き合いだしたら多分そのくらいでは済まない気もする。委員長だけじゃない、さくらがもし佐藤と付き合うことになっても、やっぱりそういう気持ちになるだろう。でも、その気持ちって何だろう?
「そうかな? 僕にはそれが鈴木くんの本心だとは思えないけど。」
「どういうことだ?」
「僕には、鈴木くんが理想と現実の間で揺れているように見えるんだ。」「鈴木くんは、今、竹内さんと付き合っているよね。」
「それを誰に? 特に誰にも言ってないはずだけど。」
「見てればわかる...てのは冗談で、竹内さん本人から聞いたよ。」「実は、彼女の君への告白って、結果的に彼女の背中を押したのはどうやら僕らしいから...少なくとも彼女の中では。」
「えっ? どういう?」
「まずは話を戻そうか。鈴木くんの望みは、竹内さんや山田さん、委員長と付かず離れずゆるい関係のまま楽しく過ごすこと、じゃないかな?」「つまり、今のところ彼女たちの誰とも付き合う気はない。いや、なかった、か。」「なぜなら、誰かと付き合うってことは、残りの二人との距離が離れてしまうから。」
「...」
「こういう言い方もできる。「鈴木くんの彼女」の席は一つだけど、できることなら彼女たち3人には、その権利をそれぞれ1/3ずつ与えたい。」「更に別の言い方をするなら、鈴木くん自身は、彼女たちに共有されたい。」
「いや、僕はそんなんじゃ...」
「そして、それこそが「ハーレム」だよね。」「結局、鈴木くんはハーレムをすでに持っていて、そのハーレムの永続を望んでいる、ってことだと思うんだよ。」
「そんなんじゃない!」
鈴木が大声をあげて否定したので、佐藤が怯んだ。そしてしばらくの沈黙の後
「ごめん、言い方が悪かったよ。」「でも、鈴木くんと僕は多分同類、そこまでではないにせよかなり近い思考の持ち主だと僕は思ってる。」
「.....」
「それからもう一つ。」「今、鈴木くんに好意を持っている女の子の気持ちが、ずっと鈴木くんの方向を向いているとは思わない方がいい...」
「それって委員長のこと?」「それなら...」
「委員長に限らず、一般論として、ってことさ。」「特に竹内さんは付き合っているんでしょ? 大切にしなきゃ。」
「そんなこと言われなくても...」
「おっと、次は僕が走る番だ。」「それじゃ、」
佐藤はそのまま体育の先生の呼ぶ声の方に歩いていった。
結局、噂の真相についてはうやむやになってしまったが、少なくとも放課後一緒に行動するくらいには二人の距離が縮まっていることは分かった。それに気づいて、やはりどこかでもやっとしている自分がいることも自覚した。
佐藤は言っていた、僕が理想と現実の間で揺れている、と。彼の言っていることは、みきと付き合っているにもかかわらず、委員長が佐藤と仲良くなることに対して抱くモヤッとしたこの感情のことかもしれない。僕は委員長のことも大事に思っていて、みきと同じように誰にも渡したくない。がしかし、一般的な倫理観から一度に付き合えるのは一人だけ。そして今僕は、みきと付き合っているから、委員長とは付き合えない。それでも、委員長が僕以外の誰かと付き合うのは嫌だと思っている。そして多分、さくらに対しても同じような感情を持っている。
今までは、かなり無自覚ながら、薄々その辺りの理屈は分かっていたのかもしれない。だからこそ、今まで誰とも付き合う気がなかった。
みきと付き合っている今でさえ、さくらや委員長と決定的に離れてしまわない程度の「友達として」以上に関係を進展させることは望んでいない。みきには悪いが、それが僕の本心だ。
しかし、それも委員長の告白によって崩れた。
3人との距離のバランスの取り方について、僕は「誰も選ばない」ことが全てだと思ってきたが、逆に、誰か一人と付き合うのではなく、つまりみきだけでなく、さくらや委員長とも同じように付き合えれば、3人との距離のバランスを保てる、今まで僕が持っていた倫理観を棄てることができれば、そして、彼女たちがその倫理観を受け入れてくれれば、僕が望む日常は維持できる...もしそんなことができれば、の話だが。
そうか、佐藤が望む「ハーレム」のありようはこれなのか!
佐藤は言った、僕と佐藤の思考は近い、と。今なら少しわかる。自分と複数の女の子がいて、その全員と同じような距離感で楽しく過ごしたいと望んでいるという点で、僕と佐藤は同類項である、佐藤が言っていたのは多分そういうことだろう。そして、僕はその中で「誰も選ばない」ことで女の子全員との距離感を保つことを選択し、佐藤は「全員を選ぶ」ことで同じ結果を得ようとしている、そう考えると僕と佐藤との共通点と相違点がくっきり見えてくる。
そして、その違いによって起こりうる未来も。
僕は「選ばない」、佐藤は「全部選ぶ」、これが意味するところは、僕は「取らない」、佐藤は「全部取る」ということに他ならない。僕が誰も選ばない、みきとの関係を含め全てを進展させないことで得ようとしたバランスは、最終的にはみんな佐藤に持っていかれ僕のところには何も残らない、という結果に行き着く。
そう思った瞬間、何故か軽い吐き気をもよおした。
佐藤の「全部取る」戦略に問題がないわけではない。まず、男子一人に複数女子という恋愛形態が存在しうるかという問題。二股かければ普通は修羅場だ、みきや委員長、さくらがこういった倫理観を持っているとは思えないし、佐藤が何か言ったところでそれが覆るとも思えない。
だが...、理由はないが、佐藤ならそれを実現してしまえるような気もする。
体育の授業中、佐藤と話をした後、なんとなくスッキリしない気分を抱えたまま一日を過ごした。そして、その夜、僕は「佐藤が全部持っていった」夢を見た。妙に生々しい夢で、みきが起こしてくれなかったら、それがそのまま現実としてずっと続いていたかもしれない。
夢から覚めて、目の前にはみきの顔。
「ああ、良かった...」
思わずみきを抱きしめていた。
「良かった...まだ大丈夫。」「とりあえずは、良かった」
「え? 鈴木くん? どうしたの?」「朝から何があったの?」
「お、おにいちゃん?! 何やってんの? みきちゃんから離れて」「もう、どうしたのおにいちゃん。涙出てるよ。」
みきが驚く声を聞いて部屋に入ってきた凛が僕とみきを引きはがした。
「...ごめん、みき、驚かせちゃったね。凛も、心配かけてごめん。ちょっと嫌な夢を見てしまって。」「でも大丈夫。 みき、起こしに来てくれてありがとう。」
「ん? 鈴木くん?...らしくないね、でも、どういたしまして。」
「なあ、みき。今日の放課後空いてる?」「こないだ行こうって言ってたスイーツの店、学校終わったら一緒に行かない?」
「え? 鈴木くんから誘ってくれるなんて珍しい。もちろん放課後はヒマだよ、一緒に行こう!」
「うん、まあ、今日起こしてくれたお礼ってことで。」
「なにそれー」
「ホラホラ、みきちゃん待ってるんだから、お兄ちゃんはさっさと学校行く準備しなよー。」
「ハイハイ。」
僕が望んだ日常は、多分もう戻ってこない。すでにそのバランスは崩れてしまった。一つ選べば、他は手に入らない。しかし、何も選ばなければ、全てを失う。覚悟を決めなければ...