最近、山田さくらは「もやっ」とした気分の中にいた。鈴木くんを巡る一連の動きの中で、自分だけが置いてけぼりを食っていたことがわかったからだ。人間関係の変化それ自体はどうということはない、ただ、自分だけが何も行動を起こさなかった、そのことにもう少し何かできたんじゃないか、後悔というほどでもないが何とも言えない気持ちでいた。
鈴木を囲んでの昼食は楽しかった、みきちゃん、川上さんとも仲良くできたし、何より楽しかった。自分を含めが女子3人は鈴木に対して好意を持ってはいたが、恋愛感情というほどのものではなくいい感じの距離感を維持できていると思っていた。
しかし、どうやらそうではなかったようだ。少し前から、川上さんが昼食を別の所で取るようになった。その少し前に、川上さんがみきちゃんの方をチラチラ見ているのが少し気になったが、後で聞いた話では川上さんが鈴木に告白して振られたらしい。
その後、しばらくすると鈴木とみきちゃんが放課後に一緒にいたという目撃情報が増え噂になったところ、鈴木の口から、みきちゃんと付き合っているということがカミングアウトされた。今や、鈴木とみきちゃんはクラスでも公認のカップルだ。
自分の知らないところで、色々なことが起こっている...
だからどうだというわけではないが、やはり「置いて行かれた」という気持ちは残る。
それでも、鈴木とはゲーセンに行くこともあるし、鈴木との勝負は相変わらず楽しいし、鈴木も今まで通り楽しんでくれているようだ。
ある日の昼休み、鈴木とみきちゃんと昼食を取りながら話をしているとゲームの話題になった。鈴木の挑発に乗ってやる形で放課後ゲーセンで勝負することにしたが、ここで意外なことに
「私も行く!」
みきちゃんがこう言い出した。彼女がこんなことを言い出すことは今までになかったが、それ以上に驚いたのは
「うん、じゃあみきも一緒に行こう。さくらもそれでいいよな。」
鈴木がすんなりとそれを受け入れたことだ。意外ではあったが問題はない、
「あ、ああ...私は構わないよ。」
と答えて、放課後に3人でゲーセンに行くことが決まった。
放課後、3人でゲーセンに向かう途中、みきちゃんに話しかけた
「みきちゃん、これからゲーセンで私と鈴木が勝負するだけなんだけど大丈夫? 全然楽しめないかもしれないんだけど。」
「多分大丈夫だよ、さくらちゃんと鈴木くんとの勝負するところを一度見たいと思ってたし。」
「勝負が終わったら3人でこないだ行ったスイーツの店に行ってみようぜ。きっとさくらも喜ぶと思うよ。」
「私は甘いのはちょっと。」
「だと思うだろ? 僕もちょっと甘すぎるのは苦手なんだけど、この店のやつは甘すぎなくて美味しいんだよ。多分さくらの口にも合うと思う。」
「鈴木がそこまで言うなら楽しみにしておくよ。」
ゲーセンに着いて、鈴木と勝負をしている間、みきちゃんは私と鈴木の画面を後ろから覗いたり、UFOキャッチャーの方に行ったりしながら時間を潰していたようだが、私と鈴木の筐体の近くに戻ってきたとき、突然大声を上げた
「順ちゃん?!」
「あれ? みきちゃん?」
「久しぶりぃ!」
「どうしたの? こんなところで。」
鈴木との対戦中ということもあり、会話の詳しい内容までは聞き取れなかったが、どうやら知り合いと会ったらしい。鈴木との勝負にみきちゃんを巻き込んでゲーセンまで来てもらって退屈させてしまっているという負い目があったので、知人と会って時間つぶしができるのであれば、と少しホッとした。
そんなことを考えていて、後半集中力を切らしたこともあり、前半のアドバンテージをひっくり返されての敗北を喫した。
「今の勝負は無効だ、もう一回...」
そう言いかけたとき、筐体の向こう側で鈴木がみきちゃんと話をし始めた。いや、正確にはみきちゃんともう一人の女子と、だ。
何かあったのかと思い、筐体の向こう側、鈴木の席近くまで行ってみるとそこには3つの見知った顔があった。二人は鈴木とみきちゃん、そしてもう一人は最近知り合った石川順だ。
「石川...順...?」
「あ、覚えててくれたんだ。山田さくらちゃん、だよね。」
「あれ? 順ちゃんってさくらちゃんと知り合いだったの?」
「ああ、こないだ、さくらとここのゲーセンで勝負していたところ、順に会ったんだよ。」
「あー、それで...」
「さくらちゃん、こないだは鈴木とのデート邪魔したみたいでごめんね。」
「いや、あれはデートじゃ... それに、もういいんだ。」
「ん? じゃ、ちょっと早いけどスイーツの店行こうか? 順も行く?」
鈴木はいつもそうだ、全く気づかないわけじゃないんだけど、結局素通りしちゃうんだよな。あれがデートかそうでないかなんて鈴木にはどっちでもいいことなんだろうな。まあ、今となってはどうでもいいけど。
「えー、いいの? 私も行くー。最近こういうのなかったから楽しみー。」
えー、こいつも来るのか。まあ今日はみきちゃんもいるしあからさまに鈴木にベタベタしないだろうし、まあいいか。
4人で向かったスイーツのお店というのは、駅から数分のところにある喫茶店だった。ケーキ屋というよりは昔ながらの喫茶店といった趣の店だ、店内は比較的広く、普通に話もできそうだ。
あまり甘いものが得意ではないので、ケーキは遠慮したかったが、みきちゃんが「大丈夫」と勧めてきたのでレアチーズケーキを、飲み物はよくわからないのでアイスティーを注文した。他のメンバーが何を頼んだかまでは覚えていない。
実際にケーキを口に入れてみると、思ったほど甘くない。でもちょっとした甘さと酸っぱさのバランス、生地の歯ごたえとレアチーズのとろけるような舌触りの対比が心地よい食感を演出していて美味しい。小学生の高学年あたりから敬遠していたケーキ類だが、このケーキは好きだ。
「えー?! 鈴木って今みきちゃんと付き合ってるのー?」「で、鈴木から告ったの?」
「それが、私からなのよ。鈴木くん、全然気づいてくれないから...」
「あー、でも中学の頃からみきちゃんは鈴木のことが好きなんだろうなって思ってた。」「そっか、みきちゃん勇気出したんだね。おめでとー。」
「そうだったの? 僕、全然気づかなかった。」
「あー」
「あー」
「あー」
女子3人が同じ反応。
「な、何その反応。」
「わかってないならいいんだよ、鈴木くん。私は君のそういうところも好きだよ。」
みきちゃんがそう言って、フォローになっていないフォローをして場を盛り上げた。
「あははは、そっかぁ。そうだよねー。」「そう言えば、さくらちゃんはどうなの?」
「ごめん、ちゃん付けはちょっと...『さくら』でいいよ。」「で、どうって何が?」
「さくらはさぁ、鈴木のことどう思ってたの?」「こないだ会ったとき、二人共『これは勝負だ』って言っていたけど、私には、さくらは鈴木のこと好き...そこまでは行かなくとも好意は持っているって思ってたよ。」「久しぶりでテンション上がって思わず鈴木の腕に抱きついてみせたときの様子からして...」
「あー、あれ、本当に困ったよ。さくらの前だってのにやたらとくっついてきて...」「今まで順があんなことしたことなかったから、突然のことでびっくりしたというか...」
「で、さくらはどうなのさ...鈴木のこと。」
「それは... そういえば、あのときのこと佐藤に話した?」「次の日に、佐藤から話を聞いたよ。多分私が鈴木に気があるとか、カマかけてみたけど鈴木の反応がイマイチで私が怒って帰ったとか...」
「佐藤のやつ、そんな事言ってたのか。別に僕とさくらは...」
「あーもー鈴木はちょっと黙ってて。さくらも佐藤くんと知り合いなんだ、彼面白いでしょ?」「ラーメン屋の後、久しぶりだったんで鈴木と少し話をしたんだけど、ちょうどそのタイミングで佐藤くんから電話があって...」
「あの電話、あれ佐藤からだったのか。順のやつ酷いんだよ、電話に出たはいいけど『会って話をするのはいいけど家まで行くの面倒だから出てこい』とか...」
「あ、そんな事言ったねー。」「でー、さっきのさくらの話だけど、そのときに佐藤くんに話をしたのは本当だけど、カマかけたとかそんな話はしてないよー。多分、さくらが鈴木に気がある、とかそんな話はしたかも知れないけど。」
「じゃ、私が鈴木に振られたって話は...」
「え? さくらは鈴木に告白したの?」
「いや、そういうのは。そもそも私は...」
「あははは、振られたのを見たわけでもないのにそんな話するわけないじゃん。」「それは佐藤くんの勘違いか、あるいはさくらの気を引くために話を盛ってみただけだと思うよ。」「佐藤くんって時々そういう話をするんだよ。」
「なんだ、なんかいい感じに慰められた形になって、あのときモヤモヤした気分がスッキリしたから感謝してたんだけどな。」
「そうやって、話を盛った後で優しい言葉かけてくるんだよね、佐藤くん。一瞬グッと来ちゃうんだけど、後で冷静に考えてみると、ちょっと騙された気がするっていうか。でもまあいいところあるよね。」「なんにせよ、結果オーライってことでいいんじゃない?」
「あー、なんかさくらと佐藤が、いつの間にか話をするようになっていたのは、そういうことがあったのか。」
ここで鈴木が口を挟んできたところ、みきちゃんがすかさずツッコんだ
「鈴木くん、さっきから他人事みたいな言い方してるけどさ、さくらちゃんがモヤモヤした原因って結局鈴木くんなんじゃない?」
「あははは、そうだよ鈴木。」
「昔っからこういうところ妙に鈍いんだよね、鈴木って。」
結局、鈴木はその場にいた女子3人から総ツッコミを受けて沈黙した。
「そう言えば、石川さんは...」
「あ、石川さん、じゃなくって順でいいよ。」
「じゃあ、順...」
「あー、順ちゃんずるいー。なんか、さくらちゃんと仲良しな感じ。」「ねえ、さくらちゃん。私のこともみき、って呼んで。その代わり、さくら、って呼んでいい?」
「『ちゃん』を付けても友達感出てると思うけどダメなもんなの?」
「鈴木くんわかってないなぁ、これって重要だよ。」
「そんなもんなのか...」
「わかったよ、みき...」
「きゃー、ありがと、さくら」
「それで、話続けていいかな? 順はさ、鈴木と付き合ってたの? 中学の頃から仲のいい友達ってだけでなくて付き合ってるみたいにも見えたから...」
「それはない!」
「それはないよ!」
鈴木と順が同時に答えた。
「ふーん、でもまあ、なんとなくさくらの気持ちはわかったよ。」「さくらのこと応援するからさ、鈴木のことみきちゃんから奪いたくなったら相談してよ。」
「えー、そんなのダメだよ。」
みきがすかさず釘を刺す。
「そうだよ、それに鈴木とゲームしたりするのは楽しいけど、私のはそんなんじゃないから。」「だから安心して、みき。」
「ありがとー、さくら。」「順ちゃんもさくらを焚き付けるようなことしないで。」
「ところで、みきと順はいいのか?、その...ちゃん付けで。」
「ああ、いいのいいの、中学の時からそうだから。」
「わからん。」
鈴木が関係ないところで頭を抱え込む。
「ところでさ、みき。」
鈴木が急にみきに話題を振った。
「みきも佐藤のお陰で助かった、みたいなこと言ってなかったっけ?」
「あー、んー、そうだね。ちょっと自己嫌悪に陥ってたときに、佐藤くんに言葉をかけてもらって、慰めてもらって...しばらく話をしているうちにちょっと元気が出たっていうか...」
「そういえば、佐藤くんが私に最初に声をかけてきたときもそんな感じだったかな...」
そう言って、今度は順が語り出した。
「私が高校に入って、鈴木とかみきちゃんとか友達と別れちゃったからちょっと寂しかったんだ。で、一人でいるときだったかな? 佐藤くんが、僕も一人だから寂しい者同士話をしようよ、みたいな感じで声をかけてきて、中学の時のこととか、ゲームやってることとか、そんな話をしているうちに結構気が紛れて、それで佐藤くんとはよく話をするようになったんだけど...」
「そういや順って佐藤と付き合ったりしてたの?」
鈴木がストレートな質問を順にぶつけた。すかさずみきがツッコむ。
「鈴木くん、直球な質問だね。」
「いや、それはなかったなぁ。最初に話しかけられて話をしたとき、結構楽しかったから付き合うならこういうタイプもいいかー、と一瞬だけ思ったけど、本当に一瞬だけだったな。普段はそうでもないんだけど、妙に距離を詰めてくるようなところがあって...鈴木くらいイケメンだったらクラっと来たかも知れないけど。」
「僕、イケメンなのか?」
「比較の問題ってやつだよー、あのとき鈴木に同じこと言われたら好きになったかも。」
「ダメ、ダメダメ。順ちゃん、鈴木くんのこと取ったらダメだからね。」
「わかってるよー、例えばの話。」
みきがそう言って笑ってから、私は、佐藤に関してふと思い当たることがあった。
「佐藤に関しては私も同じような印象を受けたな。モヤッとしてるところでタイミングよく話しかけてくれて、しばらく話をしてスッキリさせてくれたのは感謝してるんだけど、急に『一緒に遊ばない?』みたいに距離を詰めてくると、正直『なんでそうなる?』って気になるんだよな。」
そう言うと、鈴木が何やら難しい顔をしている。
「どうした?、鈴木。難しい顔して。」
「ちょっと佐藤のことを...いや、なんでもない。」
「なんでもない、はないんじゃないかなー? 佐藤くん絡みなんでしょ?」
「そうだよ鈴木くん、私には隠し事はナシよ。」
鈴木は、みきにそう言われて渋々話し始めた、
「みきにそこまで言われちゃあな。聞いても怒るなよ。一つは、佐藤がどうしてさくらや順に近づいたかについて考えてた。男子があまり接点のない女子に話しかける動機って、放っておけないって気持ちか下心か、なんとなく興味が...ってのも下心に入るのかな? 佐藤のそれはどうなんだろ?ってね。元気がない女子を放っておけない気持ちがあったのかもしれないけど、下心っていうか、露骨な言い方をするとモノにするチャンスって感じで話しかけていたのかなって、さっきのさくらや順の話を聞いてて思った。」
「もう一つは、委員長と佐藤についての噂のこと。こないだ委員長に告白されたので、ごめんって言ったんだけど、多分そのタイミングで佐藤が近づいたんじゃないか、って。その、慰めるとかそういうことよりもこれはチャンスって感じで。佐藤が手芸部に入った、ってのも委員長目当ての下心だと考えると辻褄が合う。そう考えると...自分がきっかけを作っといてこんな事言うのも何だけど、相手の弱みにつけ込む形で相手の心に入り込んで、もしそれで佐藤が委員長と付き合うことになったとするなら、そういうやり方が許せない気がしてきて。」
「そうだねー、鈴木くんの気持ちは分かるけど...」
そう言いながら、みきの表情は複雑だった。佐藤に話しかけられたときのことを思い出しているのだろうか?
「それって、そういうもんじゃないのかな?って気もするけどな。」「とはいえ、私もそういうのは好きじゃないけど。」
「委員長って?」
「順ちゃんは会ったことないね。うちのクラスの委員長でみんなで一緒に昼ごはん食べたりしていたんだよ。」
「ふぅん、でも、それは結局はその子自身の問題じゃないかなー?」「 佐藤くんに『そんなの卑怯だ』とか言っても余計なお世話だし、その子に『佐藤くんは下心全開で近づいてきたんだからやめとけ』ってのも、やっぱり余計なお世話だよねー。」
「確かに順の言う通りなんだけどね。それでもやっぱり、って気持ちが僕にはあるんだよな。」
鈴木の言い分も分かるが、私の考えは順の意見に近い。結局のところ、どんな動機で近づいてこようと、最終的には受け手の感じ方の問題だ。そもそも、男子が下心で女子に近づくのはダメなことなのか? 女子が下心で男子に近づくのはアリなのにって疑問もある。
「あー、もうこんな時間。鈴木くん、そろそろ帰らなきゃ。凛ちゃん待ってるよ。」
「そうだ、今日は麻婆豆腐作るって言っていたんだ。」
「そうだねー、そろそろお開きにしようかー。」
「でも今日は楽しかったね、久しぶりに順ちゃんと話もできたし。」「さくらちゃんもありがとね、我儘言ってついて来ちゃって。」
「こっちこそ楽しかったよ、ケーキも美味しかったし、新しい友達もできたし。」
「さくらー、私もさくらと話ができて楽しかったよー。今度ゲーセンで勝負しようね。」
「ああ、そうだね。」
なんとなく解散、って流れになって全員で喫茶店を出た。
今日は鈴木との勝負にみきがついてくることになって、正直面倒だと思っていたけど、順を加えてみんなで話ができて、久しぶりに心の底から楽しいって思えたような気がする。
鈴木のことは、好き、なのかもしれないけど、私が好きなのは鈴木をその周りのこういう場なんだって、そういうふうに思えてきた。鈴木がみきと付き合っても、こういう場が続くのなら私はそれで構わない。私だけにこういう場を与えてくれる男子が現れるいつかその日まで、私はそれでいいんだ、ってそう思った。