君のために異世界でプロローグを始めよう 作:砂漠の右ストレート
「ねえ、ファルシャ」
俺の名前を呼ぶ、聞き馴染んだ女性の声。
「ありがとう、私を鎖から開放してくれて」
今さら感謝なんていいよ、そう言おうとするが口が上手く動かない。それどころか、足の先から頭のてっぺんまで一切動かすことができない。
かろうじて目蓋を開くことと呼吸だけはできる。しかし、視界に映るのは暗闇だけであり、幽霊になってしまったかのように肉体の感覚が無かった。
この非現実的な状況を鑑みて、俺は夢を見ているんだな、と気づいた。
女性の声は続く。
「ファルシャ、私を自由にしてくれてありがとう」
「生きる意味をくれて、ありがとう」
いつのまにか俺の眼前には女が立っていた。髪を隠すようにスカーフで頭を覆った、細身の女。
隙間からわずかに覗く亜麻色の髪は、凍らせたかのように霜を纏っていた。
「ファルシャ」
その灰色の瞳はまっすぐに俺を捉えている。慈しむような、悲しむような、複雑な感情を携えた瞳。
「ごめんなさい……」
その瞳の持ち主を、俺は知っている。
「どうか私を許して」
彼女はそう一言呟くと、俺に背を向けて歩き始めた。彼女の背中が一歩一歩遠ざかっていく。
俺は彼女を追いかけようとした。しかし、いくら念じても俺の手足はピクリとも動かない。
そうしているうちにも彼女の姿は小さくなっていく。心臓の鼓動が早くなり、焦燥感で呼吸が荒くなる。
手足が動かなくてもいい。せめて声だけでも、声だけでも出せれば、きっと彼女を止められる。
「…………レ……ス……」
彼女の名前を呼ぼうと、必死に喉に力を込める。
「ヴェ…………ス………!!」
どうか俺を置いていかないでくれ。一人にしないでくれ。
「ヴェレス!!!!」
突然、後頭部に鈍痛が走る。
「いってえ!?」
響くような痛みで目が醒める。
頭を手でおさえながら振り向くと、オークの大樹が俺の背中を支えていた。
飛び起きた拍子に、樹の幹に頭をぶつけたのか。しかし、なぜ俺は樹にもたれかかって寝ていたのだろうか?
寝ぼけた頭脳で昨日の記憶を辿ってみる。早朝に村の宿を出発、昼下り急に降った大雨、樹の下で雨宿り………そうか、昨晩はこの樹の下で野営していたんだったな。
「ファルシャ、大丈夫?」
聞き馴染んだ声が俺を呼んだ。
「大丈夫だよヴェレス。ちょっと悪い夢にうなされてただけさ」
「悪い夢?」
「ああ。なんだか怖い夢を見てたよ……でも、頭をぶつけたせいで内容は全部忘れた」
なによそれ、と言って彼女はくすくすと笑う。朝日に照らされた彼女の微笑みは、相変わらず綺麗に見えた。
小風が吹き、彼女の長い髪がたなびく。その美しい黒髪は隠されることもなく、さらさらと宙に舞い、太陽の光を反射する。
彼女に見惚れていると、ふいに目があった。しばらく見つめ合うと、彼女は恥ずかしそうに笑った。俺もつられて笑いが出る。
「おはよう、ヴェレス」
「おはよう、ファルシャ」
彼女の緑色の瞳は宝石のように輝いていた。
おそらく長編にはなりませんが、現在リアルの生活が忙しいので更新は遅くなるかも…?