君のために異世界でプロローグを始めよう   作:砂漠の右ストレート

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第2話 戦いのにおい

 

 鬱蒼(うっそう)とした森の中をぬかるんだ道に沿って進んでいく。

 

「そろそろ次の村に到着するはずだ」

 

 ファルシャは横を歩くヴェレスにそう伝える。

 

「そうね。ライ麦の匂いがしてきたもの、農地が近いはずよ」

 

 ためしに鼻で大きく息を吸うが、腐った倒木(とうぼく)と泥の臭いしかせずファルシャは顔をしかめた。

 

 ファルシャには感じ取れなかった(かす)かな香りでも、ヴェレスには捉えることができる。

 ヴェレスは鼻で空気を吸うたび、ライ麦の香りに反応するように耳をぴくぴくと動かした。

 

 ヴェレスは獣人だ。

 

 獣人は嗅覚(きゅうかく)聴力(ちょうりょく)が優れており人間には認識できない小さなシグナルにも気づく。

 人間のような耳は無く、かわりに頭のてっぺんから狼の耳が生え、腰の付け根にはしっぽが付いている。

 

 今までの旅でヴェレスの察知能力に助けられた場面は数知れない。

 

「ほら!森の出口についたわ」

 

 ようやくだ、やっと休憩できる。

 ファルシャはいさみ足で森の出口へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 森を抜けると、金色に実ったライ麦畑がどこまでも続いていた。

 

 吹き抜ける風が()を波打たせ、青空に運ばれる白雲(はくうん)(ふち)をトンボがなぞっている。

 

 なんと牧歌的(ぼっかてき)で美しい光景なのだろう。

 

「……ファルシャ」

 

「……ああ」

 

 だが、何かがおかしい。

 ファルシャは目を細めて訝しむ。

 

 この美しいライ麦畑にもっとも必要なものが、なぜか()()

 

 いや……正確に言うべきか。

 

 

 “なぜか()()()

 

 

「農民はどこだ」

 

 ライ麦を刈り取る農民の姿が、どこにもない。

 

「ッ……!!ファルシャ、血の臭いがする…!!」

 

 ヴェレスの表情が(けわ)しくなる。

 

「ヴェレス、どの方向から臭う?」

 

「あっち……農村がある方向…!」

 

 彼女が指差す遠く向こうに、農民たちの住家(じゅうか)密集(みっしゅう)する農村があった。

 

 居なくなった農民、(ただよ)う血の臭い……考えうる限り最悪の想定をしなければならないのは明白(めいはく)だった。

 

「最大限の警戒で行くぞ」

 

 ファルシャは両手に籠手(こて)()めると、ベルトから()げていたメイスを手に取って村へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「……血の臭いだ。ここまで近づくと俺でも分かる」

 

 村の入口まで不愉快な臭気(しゅうき)(ただよ)っていた。

 

 村の中を見渡す。

 民家や小屋に破壊の痕跡(こんせき)はなく、それどころか争ったような形跡(けいせき)すらない。

 

「ファルシャ」

 

 ヴェレスが小声で耳打ちする。

 

「納屋の裏に3人、家畜小屋に4人」

 

 ヴェレスは確認を取るように指を差す。

 その先には木板(きいた)で壁を貼られた質素(しっそ)な建物があった。

 

「……家畜小屋は俺がやる。ヴェレスは納屋の3人を制圧してくれ」

 

「分かった」

 

 そう返答すると、ヴェレスはゆっくりと納屋に向かって歩みを進めながら装着していた革手袋(かわてぶくろ)を引っ張り、その両手を(あら)わにした。

 

 

 

 

 

 納屋の裏では、3人の男が木板(きいた)の壁に張り付くようにして息を潜めていた。

 いずれも鉄兜(てつかぶと)と革の鎧を装着しており、棍棒(こんぼう)やナタ、短刀で武装している。

 その無造作に伸びたヒゲと髪の毛は、彼らが山賊(さんぞく)の類いであることを示していた。

 

 山賊のリーダーであろうか。男のひとりは、壁にある(わず)かな隙間から反対側の様子を覗き見ていた。

 

 仮に彼をハンスと呼ぶ。

 

 ハンスは緊張状態にあった。

 村の金品や食料を略奪(りゃくだつ)している最中、突然森の方から何者かが現れたからだ。

 

 とっさに指示を出し、手下どもを隠れさせた。

 もし警備隊の巡回であったら面倒なことになる。こちらは馬も持ってないし、逃げるに役立つ魔法も知らない。

 見つかれば殺される他無いだろう。

 

 しかし、村にやってきたのは旅人のような格好(カッコウ)の男女が2人だけ。

 しかも女のほうは、無警戒にも俺たちの居る方へ近づいて来るではないか。

 

 ハンスは思った。

 

 ここで殺っちまおう。うん、それがいい。

 

 弱そうな奴はとりあえず殺すに限る。

 彼は算段(サンダン)を決めたような様子で、ふたりの手下にハンドサインで合図する。

 

 “女が1人近づいてくる。こっちに回り込んできた瞬間、襲いかかれ”

 

 手下たちは(うなず)き、納屋の角へ向けて武器を構える。

 

 準備万端、いつでも殺れる。ハンスはもう一度壁の隙間を覗き見る。

 

 ──眼前に女の衣服の揺れ動くのが見えた。

 

 彼は直感的に叫ぶ。

 

「逃げろッッ!!!」

 

 その瞬間、壁を突き破って二本の大きな手が掴み掛かる。

 ハンスは間一髪で跳躍(ちょうやく)して避けた。しかし、ふたりの手下は完全に不意を突かれ、首根っこを梃子(てこ)のような怪力で掴まれる。

 

 両手をついて地面に倒れ込む。思考が混乱していたが、すぐに気を取り戻し、ハンスは短剣を握り直して振り返る。

 

 毛皮に覆われる筋張った両手が、手下たちの首を締め上げ、体を宙に吊りあげている。

 あの女の手か?いや、あんな手の獣人など見たことも聞いたこともない!

 

 人狼(じんろう)あるいは悪魔(あくま)の手だ、とハンスは思ったが、だとしたらその両手から伸びる女の細い体に説明がつかない。

 

「……あ!野郎ども出てこい!」

 

 家畜小屋の中にまだ4人隠れていたことをすっかり忘れていた。

 

 ハンスの声に反応して、(わら)の山に隠れていた手下たちが飛び出す。

 彼らは家畜小屋の外に女を見つけるや否や、武器を構えて一直線に走り出した。

 

 

 

 瞬間、頭蓋骨が砕け散って血液の(つゆ)をまいた。

 

 手下たちは動揺する。先頭を走っていた一人が突然現れたメイスに側頭部を強打されたからだ。赤く(えぐ)れた傷口は鉄兜(てつかぶと)を完全に貫通していた。

 

 出口のすぐ横に籠手(こて)()めた男が身を隠していたのだ。彼らがまんまと女に釣られて走り出した瞬間、死角から現れて先頭の手下をメイスで殴りつけた。

 

 ファルシャは血塗れのメイスを手から提げ、ゆらゆらと揺らしながら盗賊の手下たちに近づいていく。

 

「な…なんだテメェ!?ブッ殺す!!」

 

 そう言い放つと武器を構え直し、雄叫(おたけ)びを上げながら男に襲いかかる手下たちは“残り3人”。

 

 手下が短刀で斬り掛かってくる。男は籠手(こて)の外側で斬撃を受け流すと同時に、こめかみをメイスで打ち抜く。肉と骨の潰れる音。

 手下は膝から崩れ落ちてそのまま動かなくなった。“残り2人”。

 

 男の股間部を目がけて槍の刺突(しとつ)が放たれる。半身(はんみ)になって刺突を避けると、槍の柄を掴み自分のほうへ強引に引っ張りつける。

 手下は体勢を崩して前に倒れ込む。すかさずメイスで殴りつけて、後頭部を叩き潰す。“残り1人”。

 

「う、あ、あ………アアァァァァ!!!」

 

 悲鳴にも似た声を上げながら右掌(みぎてのひら)を男に向けて突き出した。

 

 この動きは…攻撃魔法を使うつもりだな。男は直感的に察知する。

 

 案の定、突き出した掌から光輝く矢が高速で射出されたが、男の上着に触れた瞬間コナゴナに砕けて宙に霧散(むさん)して消えた。

 

 無駄な足掻きを。

 練度の低い粗末な魔法など、服にちょっと付呪(おまじない)しただけで防げるというのに。

 

「あっ、あ……」

 

 絶望するような、恐怖に打ちひしがれるような声を絞り出し、男の顔を凝視(ぎょうし)する。

 

 男は思う。この顔の傷が気になるのか?

 

「お、お前……その顔の傷……」

 

 男には、顔を左右に分断するような大きな傷があり、左半分の顔は火傷したように肌が赤かった。

 

「顔の傷……ッ!お前……この…!!」

 

 男には、手下が次に言う言葉が分かっていた。

 

「このっ………魔法の使えない劣等人種がああァァァ!!!」

 

「それしか言えんのか、低俗な野盗め」

 

 震えた手で斧を構えて突進してくる。こうなるともはや逆転の余地など無い。

 

 間合いに入った瞬間、メイスが振り下ろされて頭頂にめりこむ。

 

 陥没した傷口から血が流れ、髪の毛の先端から(しずく)がしたたる。メイスを引き抜いてやると、背中から地面にばたんと倒れた。“残り0人”。

 

「……ヴェレスの方も済んだかな」

 

 ファルシャは素早く家畜小屋の外へ向き直すと、小走りでヴェレスのもとへ駆けていった。

 






 ルビとか色々と付けてみました。よければ感想等よろしくお願いします!

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