悲報、シャディク・ゼネリの婚約者になる 作:新時代の強炭酸
決闘委員会。
決闘を取り仕切るために設立された、学生主導の組織であり、主なメンバーが御三家の子息などの有力者である。
その決闘委員会が所有しているラウンジには、決闘委員会のメンバーが集結しており、大画面には、フレイ・レーヴァテインと決闘を仕掛けた男子生徒がそれぞれ映っていた。
「あれ、大丈夫なんすかぁ〜。な~んにも知らないみたいですけどぉ」
銀髪の少女、セセリア・ドートがマニキュアを塗りながら、半笑いで疑問を投げかける。相手は決闘の立会人を務めるエラン・ケレス。整った顔立ちの表情は一切変わることなく、彼はその疑問にただ事実だけを返した。
「決闘の代理は承認した。問題ない」
「エラン先輩、セセリアが言っていたのはそういうことではなくて……」
セセリアとエラン。二人の噛み合わない会話を修正しようとロウジ・チャンテが割り込むが、セセリアが呆れた様にマニキュアに集中していたため、会話はそのまま強制終了となった。ロウジはその小さい体躯と相まって、置いてけぼりにされた子供のように視線を彷徨わせると、自身で改造した球体型のロボット・ハロを抱えるようにして席に戻る。ハロが慰めるように耳をパタパタと動かした。
「シャディクのやつ、何を考えてやがる」
壁に寄りかかるようようにして立ち、思考を巡らせていたのはグエル・ジェターク。
彼もまた、シャディク同様に、御三家企業の御曹司である上に、決闘の成績によって最も優秀とされる者に与えられるホルダーの称号を持つ者、つまり暫定的に学園最強のパイロットである。
そのグエルは突飛な行動を取ったシャディクに警戒感を抱いていた。何の考えもなくこんなことをする性格ではないとこれまでの付き合いで分かっているからだ。
「悪いねエラン。彼女、まだ学園に来たばかりで不慣れなんだ」
「シャディク、彼女の学籍番号を教えてくれ。どうやらそれも知らないみたいだ」
「おっと、伝えてなかったか」
シャディクがエランに学籍番号を告げると、そのままフレイへと伝わる。学園において学籍番号は自身を示す記号となるため、それを知らないというのはフレイが如何に適当に決闘へ放り込まれたかが如実に分かった。実際フレイは「ブレードアンテナを破壊すれば勝ちだから」とルールも適当に説明されたくらいである。
「ぷっ、学籍番号も知らないで決闘するんすかぁ?」
「はは、ちなみに、モビルスーツの操縦もしたことがない」
「……レネの奴、ついに何かやらかしたかぁ〜。決闘委員会の委員長自ら、決闘を厄介払いにご使用なんて良くないですよ?」
「いやいや、レネは良くやってくれてるよ」
今回の決闘は、グラスレー寮の女子生徒、レネ・コスタのジェターク寮への移籍を賭けたものだ。セセリアは普段から男に媚を売っているレネを疎ましく思っていたため、楽しそうにしている。シャディクが否定しても、鼻歌を歌ってご機嫌だ。
「本当に勝てるのか?相手はパイロット科の3年、それもジェターク寮なら五指には入る実力者だぞ?」
「グエルを除いた五指だろ?大した相手じゃない」
画面の中でフレイが辿々しく指示されるがままに口上を読み上げるのを横目にシャディクは席に座る。不安そうというよりも憐れむように画面を眺めていた腹心、サビーナ・ファルディンへの回答は、勝つのが当たり前かのような適当さだった。勿論、サビーナの見解とは相違がある。
「大した相手だろうに。そもそも一度もモビルスーツを操縦したことのない小娘の初陣には、な」
「『1000戦1000勝』」
「ん?」
シャディクの呟きに疑問を漏らしたサビーナをそのままに、サビーナが持っていた端末を手にとって操作するシャディク。するとその画面にはレーヴァテイン社製の製品が映し出されていた。まるでコックピットをそのまま球体にしたような大型の機械だ。
「このシュミレーター、俺も使ったことがあるけど、かなり精巧なんだよ。実際、カテドラルのドミニコス隊でも訓練に使われているくらいだからね」
「私も使ったことがあるが、確か元はモビルスーツ戦闘を一般人でも体験することができるゲーム機として富裕層向けに販売されていたものを、実践の戦闘データなどを元により精巧に訓練向けへ改良したもの、だったはずだ」
「そ、流石は調べてるね」
「シャディクが我々に何も言わずに婚約者などと連れてきた娘の企業だからな」
ややジトッとした目を向けられて、シャディクは肩をすくめた。自身の全てを
とはいえ、シャディクの独断専行は今に始まったことではない。それを諌めるのがサビーナの役割であるし、何より本当に大切なことは共有してくれることもまた事実。ため息を吐いて、今回の件を受け入れることにしたサビーナは話を促す。
「それで、それがなんだというのだ」
「1000戦1000勝、その元になったゲームで無敗のプレイヤーがいるんだよ」
あえて遠回しな言い方。話の文脈的に、その無敗のプレイヤーとやらが指すのは一人しかいない。
「おい、まさか」
「そ、彼女だよ」
画面に目を向ければ、やっと口上を終え、いよいよ決闘が始まろうというのに、不安さ全開の表情で操作レバーを握るフレイの姿。片や対戦相手の男子生徒は素人の女子と戦わされるなんてバカにされてると思ったのか、怒り心頭といった具合で、己の機体、ディランザが握る斧を構えていた。
「ゲームと現実は違う」
頭が痛いとばかりに天を仰ぐサビーナ。
シャディク・ゼネリという男は狡猾で頭脳明晰ではあるが、遊び心のある性格でもある。そのゲームの戦績を見て面白そうだと思ったのだろうが、そんなことに振り回される
さらに言えばこの決闘で負けた場合、サビーナと共にシャディクを支える主要メンバーの一人、レネ・コスタはジェターク寮に移籍することになっているのだ。良い迷惑どころが大問題である。今頃、自分を賭けた決闘にシャディクが出ると思っていたら知らない女の子が出てきた上に、口上もまともに言えない素人と分かり、蒼白になって混乱しているであろうレネを想うと哀れで仕方がない。
そんなサビーナの反応を面白がるように微笑むと、シャディクはサビーナにそっと耳打ちをする。
「これは少々外聞が悪いために情報統制がされているが、ドミニコス隊の訓練の一環として実施されたシュミレーターを用いた対戦において、艦艇一隻相当の戦力が――たった一機に討ち滅ぼされた」
「……モビルスーツ6機は搭載できるはずだぞ」
「その時はベギルベウ相当の機体8機を現役のパイロットが操縦していたよ。勿論、艦長も経験豊富な本物さ」
サビーナもシュミレーターを使っての訓練はしたことがある。学園では実機での訓練が主であるが、入学前の素人の頃にはまずシュミレーターで操作を覚えたものだ。また、企業においては試作機のテストや特殊環境を想定した訓練はシュミレーターを使用することが多いのだ。
そのシュミレーターによる訓練は操縦に関してはほぼ実機と変わらず、最新機ならば体にかかる負荷も近いものを体感できる。実践と全くのイコールではないにしても、プロのパイロットが操縦するモビルスーツ8機と戦艦を相手にまともにやりあうことが出来るのは尋常ではない実力であることは間違いない。
「彼女の両親は所詮ゲームの話だとまともに考えていなかったがとんでもない」
画面の中でフレイの操るベギルベウがディランザの斧を全て紙一重で避け続けていた。モビルスーツの巨体で、これだけ精密に避けるためには、自身のモビルスーツの間合いをcm単位で把握できなくては不可能。フレイはそれを、今日初めて乗った機体で実現している。見るものが見れば、それだけでフレイの技量は分かる。
「……おいシャディク。あの女、素人じゃなかったのか?」
グエルは自身のパイロットとしての技術に絶対の自信を持つ。それはこれまで無敗の戦績からも分かる通り、確かな事実と根拠のあるものだ。
だからこそ、目の前で繰り広げられている決闘が気持ち悪い。グエルには劣るとはいえ、パイロット科3年、それもカスタムした特注のディランザに乗り込んで戦っているというのに、素人の女に全く攻撃が当たらず、ただ武器を振り回すだけの哀れな道化となっているのだから。
「素人だよ。セセリアに言った通り、モビルスーツの操縦は今日が初めて。だが――」
グエル・ジェタークという学園最強の男を前に、シャディクが言うべき言葉は一つだった。
時代は変わる。この瞬間、いや、シャディク・ゼネリが、フレイ・レーヴァテインを見つけた瞬間に、一つの時代が始まったのだ。大望を抱くシャディク・ゼネリの手に、未来を切り開く勝利の剣が収まったのだから。
だからこそ、現学園最強に伝えなくてはならない。
「――彼女が現状、俺の知る限り最強のパイロットだよ」
シャディクが言い終わると同時に、ディランザのブレードアンテナが天高く舞い上がった。
「最強の魔女の誕生だ」
シャディク・ゼネリの不敵な笑みは、これから学園に訪れる波乱を暗示している様だった。