アサルトリリィ~円環の赫星~   作:ですティニー

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前回のあらすじ:お風呂でイノチーと帰還する者たちとイチャイチャしやがってぇ!
なんで前のアームズ風エピソードあんなに話数伸びたか?自分なりの解釈置いたりしてたら勝手に動き出す面々を制御できなかったんです…!聖様も勝手にキャンディ舐めながら生えた。
という訳で開幕、ちみどろフレンズ(鶴)。多分こうして筆を執った一番の理由は、このエピソードが後回しにされたこと。


迷い猫オーバーフロウ

 5月も末になった朝の一年椿組の教室──梨璃と二水が登校しクラスの端、窓際一番後ろの席にいるはずの鶴紗を探しても、ここ数日そうであったようにその主の姿はなかった。

 

「鶴紗さん、またいないみたいですね」

 

「うん……鶴紗さんってレギオンには入ってないんだよね、二水ちゃん?」

 

「はい……新学期になってしばらく経ちますが、そういった話は全然」

 

 ならば個人での呼び出しを受けたのでは? という考えが浮かぶが、はたして一年生のリリィをわざわざ単独で呼びつけてまでいったい何をさせるのか、梨璃にはまるで見当がつかなかった。

 

 そう途方に暮れる二人の側に、近寄る人影が一人。このクラスの委員長である壱だ。

 

「鶴紗さんなら、今日は来れないって連絡があったわよ」

 

「あ、壱さん。ごきげんよう」

 

 そこは流石クラス委員長というところか、彼女は事前に鶴紗の欠席を把握していたらしい。

 そしてそれを補足するように梨璃の背中側、教室の入り口からも聞き慣れた声が飛んでくる。

 

「恐らく、例の『噂』絡みなのでしょう?」

 

「楓さん……?」

 

「そうでしょうね。何度も手を変え品を変え、そこまでして彼女のことを……!」

 

 梨璃に分からない領域での話が続くが、会話に混ざってきた楓のかなりぼかした言い方でも壱の握る手に怒りから力が入ったのだけは分かるから、鶴紗が良からぬことに巻き込まれているのではないか。という疑念が強まり、梨璃は思わず楓に問い掛けていた。

 

「楓さん、それって」

 

「……今日中には調べ終わりますから、放課後全員でわたくしの部屋に来てくださいまし」

 

 全員で、とは梅も加わり最低人数は満たしたレギオンを組む予定のメンバーでということだろう。しかしそれに対して楓同様ある程度の事情を知っているのだろう壱は、腕を組み表情を更に険しくする。

 

「この件に、彼女たちを巻き込むつもりなの?」

 

「それを決めるのは梨璃さんたち自身ですわ。わたくしはその道しるべとなるだけ……それにいい加減、クラスメイトを不当に拐われるようなのも我慢の限界ですので。政治的な問題にならない範囲でなら、好きにやらせていただいても?」

 

 そんな楓からの挑戦的な笑みに、これは彼女も自分と同じレギオンの亜羅椰同様言っても聞かないタイプだと、壱も呆れて溜め息しか出ない。

 

「……はぁ、そう言われると反対したらわたしが悪者みたいじゃない。分かったわ、こういう案件にうちのレギオン(アールヴヘイム)は下手に動けないし、この件はあなたたちに任せます。ただし、クラス委員として“一人たりとも”欠けることは許しませんからね?」

 

「そんなこと、言われるまでもありませんわ」

 

「えっと、なんだかいつの間にか大事になってないかな。二水ちゃん?」

 

「多分、とっくの昔になっていたんだと思います……わたしたちの知らないところで」

 

 ひとまず壱も納得はしてくれたようだが、二人の深刻な様子からこの件にただの一年生が首を突っ込んでいいのだろうかと、今になって不安になる梨璃。

 それでも、当事者な鶴紗は後から飛び込む自分たちよりよっぽどそうなのだろうから、彼女が足を止める理由には決してならない。

 

◆◆◆

 

 その後は一日中授業にも訓練にも手が付かない、という程ではないが明らかに普段より注意力散漫で変なミスの増えがちだった梨璃だが、なんとかそれらを終えて楓との約束の時間が近付いた頃、探し人は帰り道の中庭で不意に見付かった。

 愛用する大型のCHARM(ティルフィング)に見合ったサイズのケースを背負い、梨璃の先を歩いていたのは──

 

「鶴紗さん?」

 

「……一柳、さん」

 

「あ、梨璃でいいですよ? わたし弟いるから名字で呼ばれるの慣れてないし」

 

「え?」

 

 そんなさり気無く言ったつもりのことも、半端に振り向いた鶴紗は普段の梨璃への印象からか驚いて目を丸くしている。

 

「あはは、そんなに意外かな?」

 

「まあ、いつも白井先輩に引っ付いてるから」

 

「あぅ……」

 

 実際梨璃はシュッツエンゲルの夢結と顔を合わせれば所構わず……という程ではないがべったりと甘えていることは非常に多く、4月の出撃で夢結と真の意味でシュッツエンゲルとなってしばらくは色々とだらしのない姿をさらしていた。

 であれば家庭内での立場は姉である、とだけ言われても変に思われるかと納得してしまうしかない。

 

「えっと、今日はどうして授業に……っ!?」

 

 ともかく鶴紗が学校を休んでどこへ行っていたのかを確かめようとした梨璃だが、近寄ってみると彼女の頭には包帯が巻かれているのが見え、顔を斜めに通されている分もあることから結構な怪我をしたのだろうかと駆け寄ろうとすると、鶴紗自身に手で制される。

 

「大丈夫、もう()()()()

 

「え、でも……」

 

 そこで鶴紗が包帯をほどくと確かに言葉の通りその下に怪我は一切なく、“不自然なまでに”綺麗な白い肌があるだけだった。

 

「あ、あれ?」

 

「……念のためで巻いてただけ。用事も今夜には終わるから」

 

「そ、そうなんだ?」

 

 曰く午前は海老名市の方へ行っていたようで、夜は横浜市の方へ行くらしいが目的地が反対側だからと、一旦百合ヶ丘に戻っていたとか。

 

「それって、ガーデンからの任務か何か?」

 

「…………そんなところ。じゃあ夜の準備があるから、ごきげんよう」

 

「う、うん。ごきげんよう……」

 

 彼女の反応は明らかに考えるような間があった。しかし引き留める言葉も思い付かず、でもせめて最後にこれだけはと去っていく鶴紗の背中に梨璃は声を掛けていた。

 

「あ、あのっ! よかったらわたしたちのレギオンに、鶴紗さんも入ってくれませんか?」

 

「……私が、レギオンに?」

 

 心底意外そうに、まるで自分にそのような話をしてくる相手がいるだなんて想像もしていなかったように足を止める鶴紗。そんな様子に梨璃は「言っちゃった」と両手で頭を押さえている。

 

「……生きて帰れたら入ってもいい」

 

「ほ、本当に? あれ……」

 

 返事自体は了承のはずなのに、添えられた言葉に梨璃が違和感を覚えた頃には、鶴紗の姿はもう見えなくなっていた。

 

「『生きて帰れたら』って、なんで……?」

 

 戦闘が前提な任務ならば、時に“そういうこと”もあるのだろう。だが、梨璃には鶴紗の言い方は初めから生き残る意思という物が欠けているように、あるいは捨てているようにさえ思えてしまったから、零れた疑問の言葉は宙に消える。

 

 しばらく立ち尽くしていた梨璃が鶴紗の去った先を見つめていると、ポケットに入れていた携帯のバイブレーションにより現実へ引き戻される。

 

「ひゃっ!? はいもしもし!」

 

『もしもし梨璃ちゃん? もう楓さんの部屋に皆集まってるけど、なんかあったの?』

 

 電話をかけてきたのは雪華で、その向こうが少し騒がしい気がするのは彼女の言うように人数が多いというのもあるのだろう。

 

「えっと、その……さっき鶴紗さんと」

 

『鶴紗ちゃんが? 二水ちゃんからは今日授業来てなかったって聞いたけど』

 

「また別のところに行くからって、その準備に戻ってただけだとか」

 

 ともかくそのことも報告してほしいと言われたので、通話を切ると梨璃は寮へ駆け出す。

 

◆◆◆

 

「ふぅ」

 

 ここに来て事態が分かりやすく動いたかと、ケータイをポケットへ戻す。

 しかし、改めて見ると楓さんの部屋凄いな。三部屋ぶち抜いただけあって広さは学生寮とは思えないし、今座っているソファやそれ以外の家具も明らかにガーデン側の用意したそれじゃなくて自前の高級品、天蓋付きベッドとか初めて見たんだけど……

 これも楓さんの実家なグランギニョル社が、百合ヶ丘に多大な出資をしているが故の厚待遇なのやら。

 

「ま、そのお陰でこうしてレギオン単位で集まれてる訳なんだけどさ」

 

「それで、梨璃はなんと?」

 

「鶴紗ちゃんには会ったけど、今度は横浜に行っちゃったってさ」

 

 そう夢結からの質問に答えていると、楓さんは「やはり……」などと呟きながら顎に手を当てている。結局どういった情報を掴んだのかについては、全員揃ってからと言われててまだお預けなんだけど。

 

「横浜って、中華街の?」

 

「ええ。ただ鶴紗さんがそちらへ呼び出されたとなると……まず間違いなくよからぬ内容でしょうね」

 

 雨嘉ちゃんに語る神琳さんの言葉、そこに含まれる意味が分かるかは鶴紗ちゃんの事情を──あるいは横浜の現状を知っているかどうかか。

 

「ふむ、工房から出た時何故か待ち伏せしておった百由様に色々と渡されたりしたのじゃが、あながちやりすぎではなかったのかのう?」

 

「……だからってこれ全部持って行くのは無理がないですか?」

 

 呆れる二水ちゃんの様子も当然というか、小柄なミリアムちゃんより明らかに体積の多い荷物を持って出歩くのは流石に現実的ではない。

 というかその中身はなんなのかと気になって聞こうとしたタイミングで、部屋のドアをノックする音が。

 

「梨璃さんでしたら年中顔パスですわよ?」

 

「お、遅くなりました!」

 

 楓さんのよく分からない言い回しはともかく、これで全員揃った。急いで来たのか飛び込むように入ってきて息を切らしている梨璃ちゃんには、梅からミネラルウォーターの差し入れを。

 

「ほら、とりあえずこれ飲んで落ち着くんだゾ?」

 

「あ、ありがとうございます梅様。んくっ……んくっ……んくっ……ぷはぁー」

 

 大分気の抜ける光景ではあるけど、梨璃ちゃんがペットボトルの蓋を閉めたところで楓さんが手を叩けば、皆の視線はベッドの側に立つ彼女へ。

 

「それで、まず間違いなく鶴紗さんは『ゲヘナ』による呼び出しを受けた、と言えますが」

 

 ゲヘナ──正しく表記するのならば〈G.E.H.E.N.A.〉対ヒュージ研究を主目的とする多国籍企業……なんてのが表向き、かつ設立当初のちゃんとした目的の話だけど、今のゲヘナの大多数は世のため人のためと(うそぶ)いて果てない欲望のままリリィへの人体実験を初めとした非合法な手段に躊躇のないマッドサイエンティストの集まりに成り下がっていて、その犠牲者たちを保護するのが百合ヶ丘の持つ裏の顔のひとつになる。

 その中でも特に問題なのは『強化リリィ』──名前の通り人為的な強化施術によりヒュージ細胞を体に埋め込まれヒュージ側の力を使えるよう改造されたリリィのことであり、その代償として肉体的・精神的負荷や最悪死に至るリスクすらあろうと、やつらはリリィに対してその意に反した強化を平然と行うのだから。

 

「……まあ、そうなるよナ」

 

「でも、ゲヘナって民間企業だよね。そんな勝手なことやれるの……?」

 

 梨璃ちゃんの疑問も尤もであり、リリィとは根本的には籍をガーデンに置く公人であり一民間の度が過ぎる干渉など本来許されていないし、それ故ガーデンや国はそれらからリリィを守る義務があるはず……

 すなわち、そのどちらかが“意図してリリィを守っていない”から、今回の事態は起きているということで、語るまでもない裏切り者の名は、ベッドに腰掛ける楓さんが告げる。

 

「……今回の件で政府からガーデンへ圧力を掛けたと思われる、そういった情報が手に入りましたわ」

 

「つまり、相変わらず気紛れに背中から刺してくる世界からは、誰も守っちゃあくれないワケだ」

 

 随分とトゲのある言い方になってはしまうが、何故か昔から反ゲヘナなどと通っているはずのここ百合ヶ丘ですら、強化リリィ絡みに関しては時折やけに無力だ。

 それでうちの先輩方が地獄を見せられ、今また後輩の鶴紗ちゃんさえもそう扱うというのなら──はたして、こんなセカイに守る価値などあるのか。

 

「いつになく辛辣だナ。ま、先輩たちのことを思えば仕方ないか」

 

「せ、先輩たち……?」

 

 今年から日本に来た雨嘉ちゃんはまだその辺りの関係は分からないだろうと、補足は二水ちゃんから。

 

「……雪華様の昔所属されていたレギオン〈烏丸(からすま)隊〉は一番多かった時期で十二名のリリィが所属し、半数が強化リリィでした。ですがその内四名の先輩方が、不自然な任務への呼び出しが原因で、在学中に亡くなっています……」

 

「…………っ」

 

 二水ちゃんノートへ更に付け加えると内二人は私が高等部へ上がり加入する前に“いなくなった”結成当時のメンバーだが、それらは全てゲヘナの隠れ蓑になっている企業の仕業であり、何故か悉くそこ越しの命令だの依頼だのが、国からの太鼓判付きで強引に押し通されてしまっている。

 

「まあこんなの別にうちのレギオン、うちのガーデンに限った話でもないけど……色々と口うるさいはずの世間でそういうことが噂にもならないなんて、随分とおかしな話だよねぇ?」

 

「……情報統制、ですか」

 

「なんで、そこまで……?」

 

 神琳さんのたどり着いた答えに雨嘉ちゃんが疑問に思うのも当然だ、確かな被害者がいてそれを救うために動いている人だっているのに、不自然なまでにその情報は隠蔽されている……すなわちそれは国そのものがリリィの敵だということで、本当におかしな話だよ。

 

 何かの話で誰かが『絶えず戦い続けていれば世界が腐敗することもない』とか言っていたけど、戦っているのが日常になれば隙を見付けて腐るのが体制って物の本質だぞって、これが現実。

 

「わたしの調べた限り、政府が出している情報では全員が全員、単なる事故死とだけ……ですが彼女たちのことを知るリリィの方々からは、国とゲヘナによって殺されたも同然だと……」

 

「残念ながら、現状を見るに事実なのは後者なのでしょうね」

 

 国からの圧力を除いても、企業の刷り込みによる依存だの実験の後遺症だの、投与された薬物等によるアレコレだの、何かよく分からない刻印を刻まれるだの、他にも強化リリィ側が断り切れない細かい理由はあるのだろうが、希望を与えられそれを奪われる側からすればどうでもいい話だ。

 世界そのものに裏切られる苦しみは、目先の利益のみを求めた結果生まれる犠牲を机上の数字でしか見ようとしないお偉方には、死んでも分からないのだろうから。

 

 なんてある程度話の整理が付いたところで、鶴紗ちゃんに「これから死んでくる」と言われたも同然な事実に落ち込んでいた梨璃ちゃんが、その顔を上げる。

 

「そんな……じゃあ誰も、誰も鶴紗さんを助けてくれないってことなんですか!?」

 

「国が絡んでる以上、ガーデン側も決定的な証拠がないなら動けもしない。だから抜け道を使うつもりなんだけど──ねえ梨璃ちゃん、行方不明にならない?」

 

「へっ?」

 

「「雪華様?」」

 

 さっきまでの暗い雰囲気を投げ捨てどこか気楽さすら見せながら肩を組むと、それに困惑する梨璃ちゃんの反応以上に、ハモりながら圧を掛けてくる夢結や楓さんの視線が痛い。

 いや、二人みたいなラヴい感情での意図は断じてないから。私ノーマル、私先輩、もっとヒトを信じて。

 

「そ、それで雪華様。何処でどうすればいいんです?」

 

「ん、そりゃあ鶴紗ちゃんが行ったっていう横浜以外ないでしょ。とりあえず電話するから待ってて」

 

 梨璃ちゃんが軌道修正に動いてくれたので、ひとまず離れながら私用のケータイを取り出して目的の番号へかけるが……ツー、ツー、ツー、ツー、おい。

 

「あっれー? あんのバカ姉どこ行った。しゃーない、主任の方にするか……」

 

「本当に任せて大丈夫なんですの?」

 

「一応次のアテはあるみたいじゃから、もう少し待てんのかおぬしは」

 

 いくら急かされても、先方は一応社会人なんだから仕方ないでしょうが楓さん。とはいえ、今度は数度のコールで通話に出た音がしたので安心だ。

 

『はいもしもしー、雪華ちゃんの方からかけてくるなんて珍しいですね?』

 

「いや、隊長今そっちにいるって話に聞いてたのに、全然電話に出ないんですけど? どうせ押し掛けてるんでしょ?」

 

『あー、『零夜(れいや)ちゃん』なら横浜にはいるですよ? うちには軽く顔見せただけですけど』

 

 そういう話かい。横浜のどこかって一言が足りてないじゃん、あんにゃろ……

 

「まあいいや。ともかく、あの子たちのメンテ終わってます?」

 

『あーはいはい、バッチリ仕上げてるですよー。例の新型ちゃん作る時に思い付いたアレコレも足しておいたんで、今回も自信作です!』

 

 それは助かる。最悪色々と屁理屈固めてのカチコミか闇討ちくらいしか手がないと思ってるし、時間かけてただけあって改良までされてるのなら文句無し。

 

「で、そのついででうちの後輩連れてってもいいです? 『例の件』でちょっとクラスメイトが巻き込まれちゃったみたいで」

 

『ふむ……その子はこの件の裏まで知って、そう言ってるんです?』

 

「ええ。擬似姉妹揃って頑固で困りますよ、まったく」

 

 そう夢結の方をチラリと見るが、あからさまに顔を逸らされる……自覚はしてるみたいだね。

 

『姉妹……その子のシュッツエンゲルの子は、なんて言ってるんですか?』

 

「ですって」

 

 溜めた時点で意図を察してスピーカーモードに替え、夢結に聞こえるように掲げてからモードを戻してケータイを手渡す。

 

「……お久しぶりです、『霊奈(れいな)様』」

 

『おや、おやおやおや? 誰かと思えば夢結ちゃんですと? ほうほうほうほう、遂にお姉様デビューです?』

 

「はい、色々とありましたが……今はなんとかやれています。それで、わたしとしては梨璃の──わたしのシルトの意思を尊重したいのと、後輩を助けたいという思いに偽りはありません」

 

「……?」

 

 一応初代アールヴヘイム時代うちの隊と何度か戦場ですれ違ったこともあって、顔と名前程度は一致する夢結はそのまま彼女と話してはいるが、百合ヶ丘に来たのが今年からな楓さんはちんぷんかんぷんなようで、梅の横へ向かい通話の邪魔にならないようコソコソ話をしだす。

 

(梅様、電話のお相手はどういう方なんですの?)

 

(あー、まあ雪華サマんとこの先輩なのは当然だけど……鳥船(とりふね)霊奈(れいな)様、こないだ卒業した元工廠科生って言えば分かるか?)

 

(ほほう?)

 

 アーセナルの話ということもあってか、そこに食い付くのはミリアムちゃん。まあアンカーガンのこと知ってたらそうか。

 

(工廠科の先輩方から噂程度は聞いたことがあるぞい。なんでもCHARMの魔改造──その中でも特に思いっきり趣味に走った方向を専門としておったとかなんとか。卒業後はどこぞのCHARMメーカーに入社したらしいが……確か、〈烏丸重工〉じゃったか)

 

(烏丸? おいおい、それって雪華サマのシュッツエンゲルだった零夜様の実家だゾ)

 

 大体そんなところ、彼女の今の職場はそんな烏丸重工の横浜支社で、そこのCHARM開発主任を務めている。

 まあ所属の方は転々としてるらしいけど。こないだは新潟だっけ? いや、関東飛び出してるじゃん。だからこっちに修理の報告来なかったんじゃ……

 

 なんて気を逸らしていると梨璃ちゃんも交えて彼女への説明を終えたようで、納得と飽きれ混じりの声が聞こえる。

 

『ふむふむなるほど、近頃しょっちゅういなくなったと思えば怪我をして帰って来てた……まあ典型的な、連中の呪縛に囚われて無茶なコトさせられてるタイプですかねぇ? 飽きもせずよくも続けるもんで』

 

「あの、それって……」

 

『ああ、私はもう平気ですよ? 強化施術も一度きりですし、この程度なら百合ヶ丘にいる間に後遺症もすぐには出てこないくらいには治療されましたから』

 

 当然その辺りの備えもなしに保護だなんだと言っていられる訳もなく、医療設備に関してはスポンサーの方針もありかなり充実しているのが、ここ百合ヶ丘だ。

 それ故鶴紗ちゃんも、よっぽどでなければ薬物などの肉体方向の問題は、とうの昔にゲヘナから縛られる理由ではなくなっていていいはずなのだが……

 

「ふむ、なんか余計分からなくなってきたなぁ」

 

「……楓さんなら、何かご存じなのではなくて? 時折彼女のことを気にかけておられたようですし」

 

「そうなの、楓……?」

 

 ここで神琳さんからの追加情報、それは楓さんと同じクラスが故の気付きだろうか。その言葉に釣られて、残りのメンバーの視線もこの部屋の主へと集まる。

 

「ええ……梨璃さん程ではありませんが、これでもクラスメイトが時々不自然にいなくなれば気になりもしますわ。それに、『噂』も本当だったようですし」

 

「それって、強化リリィだって……」

 

「ですがわたくしの調べた限り、鶴紗さんはもうその手の強化実験からは解放されている……はずなのですが」

 

 流石のお嬢様ネットワーク、しかしそれでもこの話の裏が読めないか。何処かに致命的な見落としがある?

 

「んー、弱みでも握られてるとか? 例えば、安直だけど家族が人質にされてたり」

 

「いえ、鶴紗さんのご家族は彼女がゲヘナに囚われる前に、もう……」

 

「……じゃあ鶴紗さん、今本当にひとりぼっちなんだ」

 

 家族も既に亡く、民を守るはずの国すら敵となり、ガーデンもその手を伸ばせない。

 そんな四面楚歌が相応しい状態だが、それを『くだらねぇ』と思うから、例え世界が彼女を見放そうとも──

 

「で、話を戻しますけど。見学ツアーか何か、即日ででっち上げられます?」

 

『それくらいなら就職補助の一環で、リリィ相手にならいつでもウェルカムですよ?』

 

「え、えっと……?」

 

 私たちの悪巧みに梨璃ちゃんは置いてかれ気味だが、そこで楓さんが演説でもするかのようにベッドから立ち上がって語りだす。

 

「つまり、一度正規の手順を踏まれた企業からの依頼を受けてしまった鶴紗さんを無理矢理助けるためにはガーデン側も出撃にイエスとは言えませんが『なんらかのトラブルに巻き込まれて音信不通になった』梨璃さんを助けるためにならば我々が動くのを止められない作戦。ということですわね?」

 

「な、長い……」

 

「ま、大体そんなところ」

 

 雨嘉ちゃんのご尤もなツッコミはともかく、楓さんが察してくれた内容を纏めるとこうだ──まず私が梨璃ちゃんを社会科見学だと横浜まで連れ出す。だがその途中梨璃ちゃんはなんらかのトラブルでいなくなってしまい、連絡も付かなくなった。

 

 そうなれば近くでよからぬ実験をしているような輩もいることだし、彼女が何者かに拐われたかもしれないとシュッツエンゲルである夢結や結成前ながらレギオンの仲間として誘われた皆が動くのを、その裏の意図まで分かったとしてもガーデンは止められないだろうという、そんな遠回りで面倒なやり口だ。

 

「本音を言うとそこら辺全部無視してカチコミで済ませたいけど、そっちのガーデンにも面子とかあるだろうし、一応の道理は通してやらないとね。お宅に迷惑掛けず、迷子はうちで迎えにいきますんでってさ」

 

『そもそも横浜守ってるガーデンは、親ゲヘナなシエルリントですけどね』

 

 〈シエルリント女学薗〉──噂のゴスロリやみのま連中か。親ゲヘナにしては比較的大人しいらしいあそこなら、尚更反ゲヘナガーデンのリリィが迷子にとかどうぞご勝手にでしょう。

 万が一実験の主導がそこだったら? リリィ大戦3~横浜は燃えているか?~になるだけだろう。流石にそこまでの大事になるのは、誰も望んでいないと思いたいけど。

 

「なんだか、随分と慣れてるね……?」

 

「恐らく、先輩方のケースでも似たようなやり方をしていたのでしょう」

 

『正解。とだけ……皆さんは私たちのようにはならないよう、祈らせてもらうです。では私も準備があるので、ごきげんようですよ』

 

 それを最後に通話は切れ、なんとも言えない静寂が広がる。

 “私たちのように”──そう、その通りではある。けど、今度こそ後輩一人の命くらいは守らせてもらう。やつらの悪意には、私の手の届く範囲ではもう何も奪わせない。

 

「……ふう、とりあえず今から出るためにもまずは外出届提出しないとね。梨璃ちゃん、悪いけど本人の署名とか判とかいるからさ」

 

「あ、はい!」

 

 ともかく方針は決まった以上今から準備するとなると一分一秒も惜しい強行軍だと、梨璃ちゃんを連れて楓さんの部屋を後にする。

 

◆◆◆

 

 手続きに関しては急すぎると言われはしたが、出す物はちゃんと出したし行き先も各地のガーデンに色々と納品している“真っ当な企業”だしと特に問題はなかった。

 という訳で提出帰りに廊下で出待ちしつつの「足はこちらで用意しましたわ」との楓さんの言葉に梨璃ちゃんと付いて行って正門で少し待つと、見るからにお高い車がやってきて楓さんの目の前で止まる。

 

「……おっ金持ちぃ」

 

「あはは、楓さん入学式の日もこれに乗って来てましたから」

 

 さっきの部屋を一人で使っていることといい、いくらご令嬢と知ってはいてもここまでスケールの違いを見せつけられると流石に語彙も死んでしまう。

 ともかく運転手さんへの軽い挨拶も終えた楓さんは、サッと後部座席のドアを開けて梨璃ちゃんを招き入れている。

 

「あ、えっと?」

 

「さあさあ、梨璃さんどうぞこちらへ♪」

 

「お嬢様自らやるんかい」

 

 間違いなくエスコートしたいからやってるだけなんだろうけど、私たちが乗り込むと最後に梨璃ちゃんの手を両手でギュッとしてから、楓さんはドアを閉めた。

 そうして運転手さんに楓さんが合図を送るとそのまま車は出発し、しばらくしてから隣に座る梨璃ちゃんから質問が。

 

「雪華様、その……なんでここまでしてくれるんですか?」

 

「ん? そうだなぁ」

 

 協力的とかそういう次元じゃない楓さんに関してはまあ今更としても、私がここまでの段取りを付ける理由は二水ちゃんから聞いた情報だけではまだ見えてこないだろうとは思う。だから、ほとんど二人きりの今こそ多少は腹を割って話すべきなんだろうと、頭の後ろで腕を組む。

 

「リリィには世界を守れってヒトは言うけど、その世界から私たちリリィを守ってくれるヒトは、ほとんどいないよね」

 

「…………」

 

 強化リリィの保護を名目としている百合ヶ丘でさえ、結局国の名前を持ち出されると彼女たちのことを庇い切れない。無理に突っぱねれば、それを口実により強引な手段を取られかねないから。

 たった一人二人のためにそれ以外を危険にさらせない……それは組織としては合理的な判断なのだろうが、そんな選択を無理矢理選ばせるような今の世界は、間違っていると断言できる。

 

「だから私は、世界なんて曖昧で不確かなモノより、今目の前にある繋がり(イノチ)を守る、ただそれだけ。今の私に戦う理由があるとするんなら、多分そういうこと……それは梨璃ちゃん、あなたと出会えたからそう思えた部分もあるのかもね」

 

「ふぇっ!? わたしと、ですか?」

 

 勿論楓さんのように運命的な出会い! という程ではない。けど新学期になったばかりのあの日梨璃ちゃんたちと出会えたからこそ、その夜の夢結や梅とのことも含め『せめて後輩に恥ずかしくない先輩であろう』と、仲間のため誰かのために戦うってこと──それへの自覚が持てたのだろう。

 

「うん、だから今回のはそのお礼ってことにしといて。これで貸し借りなしの、全部チャラ」

 

「よく分からないですけど、雪華様の助けになれてたのならよかったです!」

 

 ……こんな言い方でちゃんと伝わったのかなぁ? まあ、いいか。世界はひっくり返せなくとも、手を伸ばし誰かの手を掴むくらいはやらせてもらう。さあ〈いざ、横浜へ〉──

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