アサルトリリィ~円環の赫星~   作:ですティニー

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前回のあらすじ:ふーたーがーわー情報と使う物の出所ははっきりしましょうとチラホラと闇見せ。
参考資料は山ほどあるからこそ、取捨選択やどこまで反映させるかの…そういうことしてるから話数が増えるんやぞ、書いてるとみんな勝手に関係進めるし()


血煙のリリィ

 ラージ級ヒュージ、数メートル台後半のサイズが基本とされるそれに生身で挑むというのは一見無謀のようだが、ある程度の実力や経験のあるリリィであれば一対一のデュエルでラージ級を仕留めるのもそう珍しい話ではないし、何より鶴紗は数年前の時点ですらこのヒュージを彼女が到着するまで他のリリィたちと交戦していて多少弱っていたとはいえ、真っ向から無力化し捕獲に追いやっている。

 ──当時彼女ら技術実証隊のリリィに渡されていたCHARMにはゲヘナの手によって妙な細工が施されており、まともに戦えるような代物ではなかったのにも関わらず。

 

「でやぁっ!」

 

 であればゲヘナの手など一切入っていない最新鋭のCHARMに加え、あの頃より肉体的にも実力的にも成長した鶴紗が手こずる道理はなく、レストア化されていようとそう動きが変わらないヒュージを彼女のティルフィングが袈裟、横薙ぎ、逆袈裟、振り下ろしと大型のCHARMとは思えないスピードでの連撃で斬り裂き、その巨体を地に這いつくばらせる。

 

「この程度? ならお互い無意味な時間を過ごしてただけみた──?」

 

 ヒュージの傷が塞がった……それはいい、大なり小なりヒュージとはそうやって再生する物であるのだから。しかしこのヒュージは前に交戦した時に然程傷の治りが早いタイプではなかったと記憶している鶴紗としては、瞬時に塞がるこの光景には違和感が──いや、これは既視感だ。

 

「まるで『リジェネレーター』……そうか、お前も連中に強化されたワケだ」

 

 ブーステッドスキルとは元々ヒュージ側の能力だ、それをヒュージ細胞を後から植え付けられたヒトに付与出来て、どうしてヒュージ細胞へ完全に飲まれた存在であるヒュージに付与出来ない理由があろうか。

 このヒュージがゲヘナの用意した相手ということなど、この仕込まれた状況からして今更確認するまでもないのだから、恐らく今回の実験の本命はこちらなのだろう……そこまでのことを考え付くと、鶴紗は笑いを堪えきれずに天を仰ぐ。

 

「はっ……ははは……」

 

 くだらない、ゲヘナにとっては結局ヒュージもリリィも、何も変わらないということか。どちらも等しく使い捨ての実験動物……確かにこんな状況、誰に言われるまでもなく真面目にやったってバカを見るだけ。

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 だから、自棄を起こしたかのように笑うしかなかった。傷を直し浮かび上がるこのヒュージ──ゲヘナから呼ばれていたコードネームがなんだったかも既によく覚えていないが、こいつをこんな目に遭わせている理由の半分は自分で、今もまたこうやってゲヘナの片棒を担いでいるだけ。これでは連中とまるで変わらない……自分のかつて『対処した』ヒュージが、鶴紗以外の誰かにもこうしてゲヘナの手により改造されて差し向けられている可能性だってあるのだから。

 なるほど、こうやって実験に付き合わせる中で被害者からゲヘナの同類に落ちていると思わせて、あるいは参加し続ける内にその禁忌を犯す魅力に取り付かれた結果か……どちらにせよ強化リリィ上がりのゲヘナ職員がやけに多いというのも頷ける話だ。

 

「はぁっ!」

 

 などと戦闘中だというのにやけに他人事のような思考になってはいるが鶴紗の目はしっかりとヒュージの動きを見据え、反撃に伸ばされる触手をティルフィングで弾くとその勢いで横に回りながら砲身を展開し、砲撃を撃ち込む。

 

 ゲヘナの同類? だからどうした、そんなことはどうでもいい。今の鶴紗にとっては、目の前にある戦いが全てなのだから。

 

◆◆◆

 

 その頃港の廃棄されて久しい雰囲気な建物の内部に入った私と主任は、暗闇の中階段を下に下にと降りていた。

 

「今更ですけど、なんでまたこんなとこに?」

 

「地上の建物は完全にダミーなんです。本命はこの先に……っと」

 

 階段を降りきってすぐのドアを開け、暗いながらに足音の響き方から開けた場所に出た。と理解している間に主任は電源の生きている内部の端末にCHARMと手持ちの端末とを繋いで、データの吸出しと掌握を試みている。

 

「出た、いつものコアハッキング」

 

「マギクリスタルコアに関しては企業側に開発が一任されている一種のブラックボックスなんですから、しかるべき物と繋げば『超高性能なんでもできるぜスマートフォン』みたいな扱いもできるんですよ」

 

「スマホねぇ」

 

 それがケータイの中でも大分パソコンなんかに近いタイプのことだと知ってはいても、同類になる大型のタブレット端末を含め半ば戦時中なこのご時世においては待遇の良いリリィの内でも各ガーデントップクラスのレギオンのような、相当な功績のあるレギオンにしか支給されないレベルの代物なのだからあまり実感が……あれ、じゃあなんで二水ちゃん時々タブレット使ってるの? リリィ新聞絡み?

 

「んん?」

 

「どうしました? こっちはこれで……おや」

 

 その間にシステムの掌握が済んだようで、照明が一斉に点灯する眩しさに手で目を庇いつつ回りを見渡すと、そこは──

 

「船のドック……?」

 

 壁の一方がゲートのようになっていていくつか搬入用のだろうクレーンまであるが、ドック内の水は抜けているし肝心の船や荷物はどこにも見当たらない……つまりは逃げられた後だったということなのか。

 

「ふむふむ、情報と一致はしますが」

 

「まさか、これの確認のためだけに?」

 

「んー、理由としては万一こっちが本命だった場合との半々ってとこですかね。貧乏くじの方なのは否定しませんが、こっちもこっちで証拠が必要だったので」

 

 ということはあれか、私たち以外にも裏で動いてるのがいると……ぶっちゃけて言えば横浜に来てるって行ってた姉さんなんだろうけど、ここまでいつも通りだとわざわざ口にしなくとも伝わってる前提だろうし。

 

「やれやれ、結局私の役回りなんていつまでもこんなかい」

 

「……あの子の気持ちも考えてあげてください。『手を汚すのはなるべく自分だけでいい』って、せめてもの元シュッツエンゲル心ですよ」

 

「なら、その汚れを少しでも減らしてあげたいのも元シルト心ってやつですよ」

 

 しかし引退した先輩方を除いての一対二じゃあ初めから勝負にもならない。ならまあ、参加出来る時くらいは好き勝手にやらせてもら──

 

「ん、通信? もしもし」

 

『聞こ……すか……』

 

 インカムを押さえて出てみれば地下なのもあって大分ノイズ混じりだが、聞こえた声は二水ちゃんの物だというのは分かった。となればここは任せていいなと手で合図だけして来た道を戻って数段飛ばしで階段を駆け上がり、最後に裏口のドアをぶち抜くように体当たりして外に出ると、再度インカムに意識を向ける。

 

「改めてこちら黒紅、何かあったの?」

 

『ふ、二川です! せ、雪華様……!』

 

◇◇◇

 

 ──時は少し戻り港湾部が大分近くなった頃、梨璃と二水の耳に何かの破壊音のような物が聞こえてきた。

 

「今のって……」

 

「確認してみます!」

 

─鷹の目─

 

 もう梨璃も大分見慣れてきた二水がマギに目を赤く染める様子を眺めていれば、彼女の目が驚愕に見開かれるのを目の当たりにする。

 

「え、鶴紗……さん……?」

 

「二水ちゃん? 鶴紗さんが、鶴紗さんがどうかしたの!?」

 

 震える二水の口が告げた、『鷹の目』で見た物とは──ヒュージの攻撃を受け血を吐く、鶴紗の姿。

 

◆◆◆

 

「うっ……かはっ……」

 

 鶴紗の腹部に突き刺さるヒュージの触手──その理由は彼女に油断があった訳でも、ヒュージが都合良く突然秘められた力に目覚めたという訳でもない。

 

「みゃあ……」

 

 先程の猫が思っていたより離れておらず、戦闘中の流れ弾に驚き辺りに積まれていたコンテナの影から飛び出したところをヒュージに狙われ、それを鶴紗が咄嗟に身を呈して庇ったからになる。

 

「いい、から……がっ……逃げ……」

 

「なぁ……」

 

 結果コンテナへ物理的に釘付けになっている鶴紗に向けヒュージから光弾が放たれ、彼女はティルフィングを盾に防ぐがそれでも守り切れない分が更に傷を増やすのを見て、心配そうに眺めていた猫も何かを察したのかコンテナの隙間を走って去っていく。

 

(ちっ、やってくれる……!)

 

 射撃による傷など放っておけば直るのだからまだいい、厄介なのは腹に突き刺さったままの触手。如何に『リジェネレーター』が再生能力といえど傷口にそんな物があるままでは阻害され上手くいかない──ならば、別の力を使うまで。

 

─アルケミートレース─

 

 鶴紗が適当な傷に手をかざせば、流れ出る血液が渦巻き刃の形を取る──自らの血を操り武器とする、それがブーステッドスキル〈アルケミートレース〉の力。

 ティルフィングをヒュージからの攻撃の盾としたまま空いた手に握るそれで触手を断ち切ると、スキルで作り出した擬似CHARMをヒュージに投げ付けた隙に、鶴紗は自らの身体に突き刺さっていた触手の残骸を引き抜く。

 

「ぐっ、うぅ……!」

 

 異物感が抜けようと痛みは残ったまま、しかもかなり鈍化して伝わることから相当危ない状態ではあるのだろう。だが肉体が無理に再生される嫌な音はまだ聞き慣れたそれのまましっかり耳に届くのだから、どうせその内気にもならなくなる──強化リリィとは、そういうモノなのだから。

 

「これで仕切り直し……まだまだ踊りましょう?」

 

 触手を無造作に足元へ放りながら、こんな物では終わらないだろうと鶴紗はCHARMを構えラージ級へ突撃する。

 

◆◆◆

 

 ブーステッドスキルとして一番多く施術されるというリジェネレーター──その軽い説明を終えると、二水は鷹の目を解いてそのまま目を伏せた。

 

「ですが、ブーステッドスキルといえどマギによる力に変わりありませんので、使用すれば使用するだけ消耗します。今はまだ無事でも攻撃を受け続ければ、いずれ……」

 

「っ……ごめん二水ちゃん、皆に連絡をお願い!」

 

「あっ、梨璃さん!?」

 

 現場の状況にもよるが、間違いなく監視用のカメラなりは備え付けられているだろう。そういうこともあり仮に鶴紗を見付けても軽率な行動は控えるようにと説明の時に──いや、それを覚えていようがなかろうが梨璃はこういう行動を取るリリィなのだ。だから我慢ならずに飛び出した彼女を止めるよりも、今の自分に出来ることをと二水は通信を繋いだ。

 

◇◇◇

 

 それが雪華が二水から伝え聞いた内容、急いでいるから多少の見落としはあるかもしれないが、知りたい分は聞けたのだからそれでいい。

 

『ともかく、一番近くの誰かにと通信を繋いだら……』

 

「なるほど、ね。一応マントで多少の誤魔化しは利くけど、流石に戦闘行動となったら「話は聞かせてもらいました!」主任? データの方は」

 

 「必要なだけは取ったので、最悪残りは終わってからで」と建物の屋上の柵へ何かを撃ちながら急いで語る霊奈の袖口から見えるのは、雪華の持つそれと同じブレスレット型の装備──今撃ったのはそれにリンクさせるためのマーカー、というのはレギオン時代に彼女から叩き込まれた知識が裏付ける。

 

「よっ、と!」

 

 ならばとアンカーをマーカー頼みに飛ばし、揃って屋上まで一気に飛び上がれば向かい側の埠頭に見えるのはここからでも分かるラージ級ヒュージの姿、つまりはニアピンだったということらしい。

 

「見えた、けど……」

 

『そ、それでどうするんですか!?』

 

「お任せを! 私のCHARMの、成層圏の向こうだろうと逃がさない想いを込めた名は伊達ではありません!」

 

─天の秤目─

 

 霊奈がレアスキルを発動させながら柵の上に構える改造アステリオンのスコープと眼鏡の投影式モニターとをリンクさせれば、いくつものデータが流れては消えていき──必要な物だけを見定めて、矢継ぎ早に引き金を引く。

 

◆◆◆

 

 ──リジェネレーター同士の戦闘など不毛だ。というのが戦況が膠着してしばらくして鶴紗が頭の中で零す愚痴の内容。

 

 現状どちらが優勢かと言えば、一応は鶴紗になるのだろう。しかしあれから一度傷を負う前に十度以上はヒュージに有効打を浴びせているが、結局はお互いに傷がもう直っている堂々巡りの千日手……

 否、単純なマギ保有量の差からこのままではこちらが先に力尽きるのは分かっているから攻め手を強めようにも、そうすると被弾覚悟の攻撃が増えて結局消耗の差が開く。

 

「だったら……!」

 

─ファンタズム─

 

 二手三手先を読むだけで覆せないのなら、レアスキルでもっと先までまとめて視る──ヒュージの体当たりを避けながらカウンター気味に横一閃、その勢いのまま駆け抜けながらの銃撃で迫る触手を撃ち落とし、がら空きの胴体にティルフィングを突き刺してから鶴紗は刀身を分離させる。

 

「だぁっ!」

 

 大型のCHARMばかり扱っている鶴紗だがファンタズム使いとしてはスピード系に分類される戦闘スタイルで、ショートブレードに切り替えるとそれに恥じない速さを以てヒュージに次々と傷を刻み続け、再度連結させたCHARMで傷口からその体を掻っ捌く──ここまでは、ファンタズムで視た通り。

 

「──っ!?」

 

 だが、その間にヒュージに付けたばかりの傷のほとんどがもう塞がっている。向こうも余裕がなくマギを無理に回したのか、リジェネレーターに慣れてきたのかは分からないが、こうも回復が早いと反撃への離脱は間に合わないと判断すると、鶴紗も相討ち覚悟でティルフィングを振るった。

 

「がっ──ああああああ!!」

 

 結局鶴紗のティルフィングの刃がヒュージの頭部を捉え地に沈めるのと、横薙ぎに振るわれたヒュージの触手が腹部に直撃した鶴紗が吹き飛ばされコンテナに激突するのがほぼ同時なクロスカウンターが、この勝負の結末。

 

「うっ、あぁっ……」

 

 だが最後に熱線の追撃をしてから倒れただけ向こうの方が根性はあったらしいと、胴体を焼かれながらもどこか冷静な思考をして、鶴紗はコンテナに血痕を残しながら崩れ落ちる。

 

「しくじった……」

 

 ──思えばろくでもない人生だった。ある日突然理不尽に両親を失ったかと思えば、唯一残った自分の身体さえ知らない大人たちに好き勝手改造され、訪れたのは死にたくともそれすら許されない実験とは名ばかりの、無意味で無価値で地獄のような日々。

 それから一度は抜け出せたと思っていても、しばらくすれば再びゲヘナの魔の手は伸びて来て、結局こうして……傷は、もうすぐには塞がらない。ここに来てガス欠のようだ。

 

(はは……あっけない、な……)

 

 どうせ届きもしないだろうと分かっていても夜空に浮かぶ月に向け手を伸ばすが、その手すら既に血塗れで最期まで自分はこんなかと、鶴紗は自嘲し全身の力を抜いて目を閉じる。

 

 すると走馬灯、という物だろうか。家族との幸せだった日々、それが脆くも崩れ去ってからの辛く苦しい日々、そこから救い出されてからの何事もない灰色の日々、そしてそれすら一時的な物に過ぎなかったと、絶望すらもう感じない元通りの日々。それらが順序のまとまりもなく、一気に押し寄せて来た。

 

(今更、こんなものがなんだっていうのよ……)

 

 どれもこれも既に終わったことで過ぎたこと。今の鶴紗にとって残骸のようなそれは、空っぽの心には何も響いて来ないはずだった。

 そんな記憶の流れの中でもう自分の持っているCHARMがダインスレイフ(百合ヶ丘に保護されてすぐ)なのか、アステリオン(実験の最中)なのか、ティルフィング(高等部進学後)なのか、それすら曖昧になって来た頃、思い出されるのは高校生になってからの記憶。

 わざわざ自分などに構う何を考えているのかよく分からない先輩たち、頼んでもいないのにお節介を焼いて来るクラスメイトたち、悪くはないとも思えてきだした寮の仲間たち、そして──

 

(梨璃……あの子、百合ヶ丘に帰ったかな……)

 

 ──その中でもとりわけ自分に構ってきた少女、一柳梨璃。彼女との、最期の会話の記憶。

 念願の白井夢結様のシルトになれたのだから、他の誰かのことなど見なくてもいいだろうに、何故彼女はあんなにも付きまといレギオンにまで誘おうとしたのか……何故一人呼び出される自分のことを気にかけたのか……何故横浜まで自分を追い掛けて、拒絶されたというのにあんなことを言ってきたのか……

 

 その答えは既に確かめようがなくなったが、迎えも来ていたのだから彼女をこちらの事情に巻き込まずに済むのなら、汚い大人たちとは無縁の世界で生きていてくれるのならそれだけでいいかと思っていると、頭に何かの破片が当たった感覚がする。

 

(なにが……?)

 

『監視……破壊……され……』

 

『なん……どうやっ……貴さ……!?』

 

 それに薄く目を開け確認すると何者かの狙撃により照明の一部や監視のための装置が次々と破壊され、雑音混ざりに起動したスピーカーの向こうの研究員たちの方も何かしらのトラブルに見舞われているようだが、それに対し「ざまを見ろ」なんて気持ちも既に沸いて来ない。今更連中がどうなろうと、それでヒュージが止まる訳でもない。

 

──だからもう、終わりの刻だ

 

「お前なら、私を殺せる?」

 

 どこか救いを求めるように伸ばされた鶴紗の手と言葉に応えるようにして、ヒュージが何度目かの復活を遂げ浮かび上がる。

 相討ちのような形になってはいたが、やはり向こうの方がまだまだマギに余裕があるらしく、最後に鶴紗が与えた致命傷なはずのそれも癒えたヒュージから触手が伸び、その鋭い先端がまたもや鶴紗の体を──今度は心臓の辺りを貫かんとするのを、全てを諦めた様子で彼女は受け入れる。

 

(ああ、これで……ようやく……)

 

「ダメーーーーーッ!!」

 

 終われると思ったのに──どうやら世界という物は、つくづく残酷に出来ているらしい。せめて彼女だけは巻き込むまいと冷たく突き放そうとしたあのつきあかりのように優しい少女でさえ、この地獄から逃がしてはくれないのだから。

 

 聞こえた叫びと金属音にまさかと鶴紗が目を見開くと、そこにはヒュージの気を引くためにと投げ付けたマント越しに触手をCHARMで弾く、自分と同じ百合ヶ丘の制服を着たピンクのサイドテール。辛うじて生き残っていた照明に照らされる四つ葉のクローバーの髪飾りをした、グングニルを携えた少女は──

 

「梨璃……?」

 

「はぁっ、はぁっ……間にあっわわっ!?」

 

 飛び込んできた時点で大分消耗した様子であった梨璃は、そのまま鶴紗の前にバランスを崩しながらドサリと落ちて来ると、確かに安堵した表情を浮かべている……そんなことはいい。

 

「よかった……まだ、生きてる」

 

「なん、で……?」

 

「……色々見て、聞いて、その上で考えても考えても、この状況に納得出来る理由なんかどこにもなくて……だから、もういいやって飛び出して来ちゃった!」

 

 ただ見たまま感じたままに見過ごせないから。たったそれだけでリリィになったばかりのこの少女は、こんなところまで来たと言う。

 それへの鶴紗の感想は、戸惑いとか驚きとかを通り越して実にシンプルだった。

 

「馬鹿じゃないの……」

 

「それで誰かを助けられるんなら、わたしは馬鹿でいいよ。だから、そんな悲しい顔で、死にたいなんて言わないで……」

 

「悲しい、顔? 誰が──」

 

 そんなことは考えるまでもない。今梨璃と話しているのは鶴紗しかいないのだから、消去法でどんな表情であろうと浮かべているのもまた、彼女しかいない。

 

「……だからって、なんで私なんかのために」

 

「“なんか”じゃない! いつもすぐどこかに行っちゃって、たまにじっとしてると思ったら教室の窓際一番後ろの席で外を眺めながら寂しそうにしてた、猫さんのことが好きなわたしのクラスメイトは……この広い世界に鶴紗“ちゃん”一人きりしかいない! 代わりなんてどこにもいないの……だから、生きるのを諦めないで! 自分で自分を諦めないで!」

 

 梨璃は気付いているのだろうか、抱き付きながら叫んだ鶴紗への呼び方が『さん』から『ちゃん』に変わっていることに。口調も単なるクラスメイトへのそれでなく、友人相手の物がどんどん強くなっていることに。

 

「なに、それ……ふふっ」

 

「あ、ようやく笑ってくれた!」

 

 最早色々な意味で実験の体など成していない状況ではあるが、それでも死地には違いない……はずなのに、今鶴紗の胸に灯ったこの気持ちの名前はいったいなんなのだろう。

 

 ──ひとつ、空っぽじゃなくなった心に生きる理由が出来た。

 

「この気持ちに答えを出すまでは、こんなところじゃ死ねないか……!」

 

「わたしもまだ死ねないから、お揃いだね!」

 

 少し休めたからか、あるいはこの温かい気持ちのせいなのか鶴紗の身体もなんとか動けるまでには回復した。

 それでもティルフィングを杖代わりに立ち上がると全身の至るところが痛みに悲鳴を上げているが、それを感じていられるのならばまだ自分は生きている。それだけだ。

 

「……行くよ、梨璃!」

 

「うん、鶴紗ちゃん!」

 

 ──その背中はまだ頼りないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。梨璃がどうしようもなく危なっかしいのなら、わたしがフォローしてやればいいだけだ。もう一人じゃないのは、同じだから。

 

◆◆◆

 

「全ターゲット破壊完了。ギリギリ、間に合ったですよ……」

 

 ついでに何発かヒュージへの牽制射も行っていた主任は額の汗を袖で拭いながら、CHARMを降ろし天の秤目のスコープや眼鏡から投影していたモニターを消す。とりあえず反応がある限りの監視装置の類いを破壊したのなら、マントのジャミングも含めこれで梨璃ちゃんがあそこにいたという証拠はそう残らないはず。

 ──もっと別の問題もあるのかもしれないが、そこで苦労するのは揉み消しに奔走する人たちだろう……悪いとは思うけど。

 

「さて、すいませんけどもう一発頼みますわ」

 

「はいはい、リミット解除……」

 

 これが愛と勇気と正義の勝つアニメか漫画ならこのまま「勝ったな」となる流れなんだろうけど、流石に手負いの鶴紗ちゃんと梨璃ちゃんの二人だけでラージ級の相手をするのは、正直言って無理だろう。

 二水ちゃんからの報告を受けて他所を探していた他のメンバーにも急いで向かうよう連絡はしたが、状況が状況だけに下手に緊急時とも言い張れない街中を通るのでは時間がかかる……ならば、素直に遠回りしてやらなければいいだけのこと。

 

 海を挟んで向こうの埠頭はコンテナ群まで大体数百メートル、風は結構出てる……などと諸々を確認しながら屋上の柵の上に飛び乗るとシールドを連結状態で背面にセットし、防御フィールドは全面に展開──さて。

 

「地獄への片道切符、途中下車は許されないですよ?」

 

「リアルは地獄。そんなのいつものことでしょ!」

 

 顔だけで主任へ振り向くと、高出力(バスター)モードに切り替わったアステリオンの銃口にマギが集まり、それがある程度の大きさの球体になると私に向け引き金を引く。

 

「最大出力、ファイヤーーーッ!!」

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 大型のマギ弾を受け、CHARMをカタパルトに見立てた強引な射出。射撃に特化し通常機とは比較にならない程の改造を施された『アステリオン・ストラトス』の出力があるからこそ可能となる荒業だが、流石に人一人を押し出すとなると向かい側に着く手前で限界を迎えてマギ弾が霧散したからと空中にマギによる仮初の足場を展開し、周囲に散ったマギをスラスターからライザーに吸わせて──フルチャージ、行ける。

 

「さあアステリオン、今こそ夜を切り裂いて飛べ!」

 

 ブレードを展開させるアステリオンを突撃槍のように構え、見据える先はコンテナに囲まれた戦闘エリア。狙いは一点、二人の前で宙に浮かぶヒュージ……そのまま足場を蹴り、スラスターの噴射の勢いと共に私は一筋の流星となって突撃し、CHARMの先端がヒュージに突き刺さった瞬間ゼロ距離どころかマイナス距離での射撃をお見舞いする。

 

◆◆◆

 

「えっ、なに!?」

 

「またヒュージ……じゃ、ないか」

 

 鶴紗たちからすれば突然降って来た何か。としか言えないがそのシルエットはヒトのそれであったし、何より梨璃はここに来る前に一度彼女がその装備を使っているのを見ていたから、急なことへの驚きさえ通り越せば砲撃を放とうとエネルギーをチャージしていたヒュージへ逆に突撃(チャージ)したのが誰なのかは──

 

「雪華様!」

 

「お待たせ……それよりも梨璃ちゃん、また一人で先走ったね?」

 

「うっ、それは……すみません」

 

 「まあ私に言えた義理でもないけどさ」と呟いた雪華はそのまま二人を庇うように前に立つ。そんな彼女の赤いマントからサブアーム越しに生える風になる青いラインが走る銀のシールドは、まるで羽根のようだと背中側から見る梨璃たちには思えた。

 

「ともかく、もう少しで皆も到着する。それまで持ちこたえるよ!」

 

 ──雪華自身何故ここまでのことをしているのか今でもよく分っていないが、行きの車内で告げたようにこの前のめりな後輩に影響されてここしばらくらしくもないお節介焼きでいるのだろうとは感じているから、ニヤリと笑いながら後ろに振り向くのが答えになる。

 

「はいっ!」

 

「……来る!」

 

 鶴紗の警告に雪華がシールドより防御フィールドを展開しヒュージの触手を数本まとめて受け止めると、左右から回り込もうとした残りを梨璃と鶴紗がそれぞれCHARMで切り払い、そのまま広がって三方からシューティングモードによる射撃を加えるが、すぐにヒュージの傷は塞がった。

 

「……やっぱりダメか」

 

「どういうの? 見たところレストア、には違いないと思うけど」

 

 それでも本体に攻撃が入ったことで隙はできたと触手の届かない範囲まで三人で下がると、鶴紗は二人にあのヒュージがかつてゲヘナに捕らえられた後リジェネレーターを人の手により施されている可能性が高いことを伝えてくる。

 

「ブーステッドスキルは元々はヒュージ側の技──言ってしまえば向こう側のレアスキルみたいなもんだって言われてるけど、それをヒュージに後付けする……?」

 

「多分、わたしのブーステッドスキルのひとつもリジェネレーターだから、さしずめ()()()()()()と強化リリィ、同じスキル同士戦ったらどっちが生き残るかを試そうって……っ!」

 

 言葉の途中でヒュージからの熱線が鶴紗たちと雪華の間を抜け、その発射口辺りに先程雪華の突撃で与えたはずのダメージすら既にほとんど残っていないようなのを確認する。

 追撃に迫る光弾の雨は雪華が体の前でアステリオンを盾にするように振り回しながら弾き、その勢いのままシューティングモードへ切り替え砲撃するが……やはり効果は薄い。

 

「どうする? 火力ならビームソードか、ぶっつけ本番のバスターキャノンか……」

 

「斬っても撃ってもあんまり差はなかった、とだけ言っておきますよ」

 

「た、確かにすぐ直って「梨璃さーーーん!」二水ちゃん?」

 

「うわわっ、と」

 

 その時ヒュージに向けてレーザーの雨を降らせながら、近くのコンテナの上に危なっかしく着地するのは連絡係を頼んでいたはずの二水。彼女が来たということは──

 

─縮地─

 

「それっ!」

 

「……先輩?」

 

「じゃあ、もしかして!」

 

 次に緑の疾風が走ったと思うと、瞬く間にヒュージに無数の斬撃を刻みながらスピード自慢の先輩が駆け抜ける。そうなれば彼女と一緒にいるはずの()()()()も来るはずだと、梨璃が期待を込めて梅の来た方を見上げれば、そこには夜空に舞う守護天使(シュッツエンゲル)の姿が。

 

「はぁっ!!」

 

 舞い降りながらの勢いを込めて振り下ろされる夢結のブリューナクが梅により足止めされていたヒュージを叩き伏せれば、彼女は上着のボタンを引きちぎりながら振り向き様に叫ぶ。

 

「雪華様!」

 

「オーライ! 総員、対閃光防御!」

 

 その意味するところを察した雪華はシールド裏にマウントした弾薬のひとつを先端のランチャーに装填し、ヒュージに向ける。

 

「え、防御……?」

 

「目を伏せるか、守れってこと!」

 

 そう鶴紗に言われて、梨璃も入学式の日に夢結が自分の制服のボタンを使い同じことをしていたのを思い出し、雪華が何かを撃ったのに合わせ目を閉じて俯く。

 ヒュージに放たれた弾丸が当たる直前、夢結もボタンとして制服に仕込まれていたフラッシュバンを地面に叩き付け、閃光が辺りを包む中で梅は鶴紗を、夢結は梨璃を、雪華は二水をそれぞれ抱えて離脱した。




新衣装
解放

一柳梨璃/ハーフレイヴン
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