そんな訳で後追いの内はどんどんやっていきますわよ。どんどん。
今回はタイトル通り例の問題児さんやら諸々…
(なんでこんなことになってるんだろう?)
あの後「場所を変えるとするかのう」とミリアムの言葉に梨璃たちも付いて行った別の訓練所で、先にいた知り合いなのだろう相手と雪華が話していたところへ割り込んで来た、梨璃の髪色より少し薄い桃色の長髪にネコミミのようなアクセサリーが特徴的な一年生。
そのリリィに手合わせを申し込まれた雪華が二つ返事で了承し、お互いにCHARMを抜いて向き合っているのが今の状況だ。
「あの方、入学式の日も夢結様に同じことしてやがりませんでした? 人のことはあーだこーだと言っておきながら、とんだ尻軽さんですこと」
「というより雑食なだけなのよね、こっちもあっち方面も」
その相手が誰か分かるとあからさまに機嫌も口も悪くなる楓と、いつものことと呆れている先程まで雪華と話していた紫髪の先輩。確か雪華は彼女のことを──
「二年生の
「はいはい、こういうタイプの子ねー……ま、あんまり昔のことばかり言われるのも……」
いつものように興奮している二水の話していることの内、とりあえずそれを慣れた様子でいなしつつどこか遠い目をしている彼女も雪華と同じレアスキルを持っているということだけは梨璃にも分かった。覚醒順的に、正しい言い方は逆になるのだろうけれど。
「ふむ、雪華様の戦いはわしもまだ記録のみで直接見たことはなくてのう。使っておるCHARMが例の専用機でないのが残念じゃが、今後の参考にはなろうて」
「あ、ミリアムさんも止めないんだね……」
他にも周りで訓練していたリリィの多くが、梨璃にも見覚えが──というか先日、朝っぱらから「本質的な挨拶」だの「食っちまいますわよ」だのと、ソッチの意味で手を出されかけたこともある一年生、
そしてその相手である、肩まで伸ばした黒髪の先輩──黒紅雪華。
三年生と言われると、梨璃としては入学式の日に逃げ出したヒュージへの対応のため周りのリリィに指示を出していたここの生徒会長の一人─百合ヶ丘には役割に応じた生徒会長が三人もいるらしい─と二水に聞いたポニーテールの先輩が浮かぶが、彼女と違って厳格な雰囲気はなく親しみやすい……のかはまだよく分からないが、少なくとも知り合いらしいミリアムとじゃれていた様子から、そう悪い人ではないのだろう。
とはいえ、こうして好戦的な後輩からの挑戦を迷いなく受けて立つ辺り、血の気は多そうな感じがするのだが。
「しっかしまあ、亜羅椰ちゃんだっけ。あなたも物好きだねぇ? 聞く限りじゃ、夢結には入学式前から挑もうとして断られたんでしょ」
「ええ。ですが〈
「今はそっち出すの不適切じゃないかな……いや、他もどの道か。とはいえ上や同学年はともかく、流石に下から挑まれるのは初めてかな」
「それはそれは……ではその
そうして亜羅椰は抜き身で持っていたCHARMを起動させ、斧のような姿──その機体『アステリオン』のあれこれを熱弁している二水曰くそのままアックスモードへと変え、いつぞや見たような見栄を切るようにして構えている。
「そんなに意気込んで取られるようなもんかなぁ、さてと」
対する雪華も右手のグングニル・カービンをクルッと回して逆手持ちに、左手のダインスレイフ・カービンも慣れた手付きで振り回しつつポールを伸ばし、二機を体の前で構え臨戦態勢だ。
「で、これはなんの騒ぎなのよ依奈?」
そんなこんなで騒ぎも大きくなったからと、梨璃たちの側に近寄ってくるのが数人。その内の一人が、依奈の横に並び話しかけている。
「あ、ソラ。見ての通り、まーた亜羅椰が上級生とっ捕まえて手合わせ申し込んでるだけよ」
「ふーん、どれどれ……なるほど、あの人なら挑まれちゃあ迷わず受けるよねぇ。なんならあたしがこの場仕切ろっか?」
呆れる依奈から状況を説明されれば彼女から親しげに呼ばれた『ソラ』も頷くしかないが、彼女の提案には依奈も面倒見切れないとばかりに首を振っている。
「別にいいでしょ。そろそろ一度痛い目遭っといた方がいいんじゃない?」
「に、2代アールヴヘイム主将天野そらっむぐぐぐ!?」
そんなソラこと今度は梨璃も以前彼女のシルトと訓練しているのを見た、金髪碧眼の先輩
「天葉様は前にも遠目でお姿を拝見されたでしょうに。はーい、どうもちびっこがお騒がせいたしましたー」
「んーっ! んーっ!!」
「……えっと?」
手足をバタバタさせ必死に抵抗をする二水だが、ちびっこ呼ばわりされている通り手足の長さだとかの体格面では色々と楓には及ばない物だから、そのまま天葉を色々な意味で置き去りにして虚しく引き摺られてくる。
「なーにをやっとるんじゃおぬしらは」
「あはは……」
その様子に苦笑いすることしか出来ない梨璃だが、そんな周りの様子などお構い無しに試合が始まろうとしている空気を感じ取ると、見物に集まる人の間から背伸びをしてピョコッと顔を覗かせる。
「ぷはぁっ。きゅ、急に何するんですか楓さん!」
「何度も同じ方に鼻血を出していたら、お体ももたないでしょう?」
「あの時はシルトとイチャイチャしておったのを遠くから見ていただけの天葉様でなく、直接話していたわしを見て鼻血を出していた気がするんじゃがのう」
二水たちがわいわい騒いでいる中CHARMを構え向かい合ったままの二人だが、先に動いたのは雪華の方だった。
「はっ!」
走り出し亜羅椰の手前で飛び上がった雪華は、彼女を飛び越えながら下に向けてグングニル・カービンで連続射撃。手合わせというからにはCHARMで直に打ち合うのかと思っていたら、いきなりの雪華の行動に梨璃も困惑の声を上げる。
「え、撃った!?」
「流石に最小出力でしょうけれど。リリィ同士であれば大したダメージにならない程度の威力な」
そもそもリリィとはマギを扱う少女戦士であり、それの用途でもとりわけ重要なのがマギによる身体能力の強化ともうひとつ、〈防御結界〉──バリアのように体の表面に纏うそれがあったからこそ、初陣の際自分がヒュージの攻撃を受けても傷を負うだけで済んだのだとは、梨璃も聞いていた。
それでも打ち所が悪かったり、より攻撃的なヒュージ相手であったのならば結界だけでは気休めにすらならなかったとも言われたので、まだまだ自分は未熟なのだと梨璃は制服越しに今も包帯を巻かれている右腕の傷跡にそっと触れる。
ともかく意識を渦中の二人に戻すと、射線からそれを牽制と読んだ亜羅椰はその場を動かず、レーザーが周りに降り注ぐだけなのを確認すると、逆に反撃として着地前の雪華へ突撃しアステリオンを横薙ぎに振るう。
「ふっ!」
「おっと」
空中で逆立ちのような体勢ながらダインスレイフ・カービンの腹でそれを受けると、反動で離れながら着地した雪華は間髪入れず距離を詰め、グングニル・カービンで素早く二度、X字を描くように切り上げるとダインスレイフ・カービンでの突きを放つ。
それに対し最初の二撃を上体を反らしてかわした亜羅椰は、雪華の側面に回り込みながら突きから薙ぎに軌道の変わるダインスレイフ・カービンにアステリオンの刃をぶつけて弾き合う。
「おお、おっ? あっ、惜しい!」
「ほほう、よく追えるもんじゃな? わしは片方に集中せんとキツいというに」
「……あ、うん。わたし元々目は良い方だし、リリィになってからは余計によく見えるしで」
なんだかんだ熱中しているのを見られていたことに梨璃が恥ずかし気に頬を掻きながらそう答えると、ミリアムは合点が言った風に頷いていた。
「なるほど。入学式の日のすばしっこさといい、梨璃はそういうフィジカル方面での補欠合格なのかのう?」
「へっ? 補欠合格って、欠員が出たから~とかじゃないの?」
まさかの事実に驚く梨璃だが、「ここ百合ヶ丘での補欠合格者とは全体での成績と関係なく、どこかの能力が突き抜けている者が選ばれるんです!」と他ならぬ補欠合格仲間の二水に力説されては、なるほどと頷かざるを得なかった。
なんて話をしていると、いつの間にか体を寄せてきていた楓に捕まっていたようで、絡めるように手を回される。
「うわあっ!?」
「そりゃあそうですわ、何せ梨璃さんはわたくしの間合いにああも容易く飛び込み、夢結様よりも素早くわたくしの突撃に反応してヒュージの目論んだ同士討ちを防ぎ、その上最後は一撃とはいえわたくしの動きにも合わせてみせた程なんですのよ? もう入試の成績なんてどうでもよろしいでしょうに」
「その発言は紛いなりにも一学生としてどうなんじゃ……しかし、楓のやつはともかく初陣であの夢結様の反応を上回ったとな? わしゃあおぬしにも興味が沸いて来たぞい」
「あ、あははー……」
そう指を顎に当てたミリアムに品定めするような目付きで頭の先から爪先までを眺められる梨璃だが、そんなことをされても『出るところが出ている』なんて中学時代に言われた自分の体……とそれに抱き付く、同性から見てもグラマラスなわがままボディーをしている楓の様子しか見えないと苦笑いだ。
「あっ、今度は亜羅椰さんが仕掛けるみたいですよ!」
なんて梨璃たちがじゃれている間にも試合は進んでいたようで、二水の声に揃って前を向く。
「……あらあら、お手合わせでわざわざレアスキルだなんて。随分と大人気ないこと」
「いや、それを言うなら雪華様が最初っから円環の御手でバリバリ二刀流じゃろうが」
少し目を離した内に試合中の二人は距離を取っており、アステリオンを構え直した亜羅椰の纏うマギが、目で見える程に激しく渦を巻いていた。
「流石に三年生、デュエル年代最後の世代だけはありますわね……ですが、これは受け切れるかしら?」
「この感じ……彼女のレアスキルはあれかぁ」
「行きますわよ──《フェイズトランセンデンス》!!」
瞬間空気が爆発した。そう形容出来る程の勢いで亜羅椰が突撃し、気付けば彼女のアステリオンと雪華のダインスレイフ・カービンが激しい音を立ててぶつかっていた。
「きゃ!? な、何?」
「『フェイズトランセンデンス』、一時的に無限大のマギを得るレアスキルじゃ。それはマギを用いて戦うわしらリリィにとって途方もない恩恵をもたらす……かく言うわしも高等部へ上がる前にこのスキルに目覚めてのう、それ故今はリリィも兼ねる戦うアーセナルという訳じゃ!」
「具体的には普段ならやれないような大規模なマギの行使──超高出力での攻撃や迸るマギに任せた力業での防御、あとは身体能力への影響も凄まじく、あのように普段以上にとんでもない動きができたりもしますわ」
確かに楓の解説通りCHARMが一本とは思えない怒涛の勢いで飛ぶように舞いながら迫る亜羅椰の猛攻を、双方守りに回した二刀流と所々に見える縦長の六角形をした光の盾でなんとか凌いではいる雪華だが、反撃に移る余裕まではないようで亜羅椰に一方的に攻め立てられている。
「ん? ねえ二水ちゃん。雪華様が時々出してるあれって、なんなのかな?」
「えーと……単なる防御結界やCHARM越しの障壁にしては堅すぎるし、多分サブスキルの『
と二水は言うけども、梨璃の記憶が正しいのなら以前見た訓練で天葉の使っていた物はバリアというより光の翼という風に見えたのだが、謎が多いのならば多分現れる形に関しても個人差があるのだろうと、よくわからないなりに納得をする。
──その光の、というよりマギの翼はレアスキルそのものではなく、スキラー数値だのマギ保有量だのレアスキルのランクだのと、専門用語が群れ成して殴り付けてくる案件であると梨璃が知るのは、またいつかの話。
「じゃが亜羅椰のやつめ焦ったのう。雪華様は完全に時間稼ぎの構えじゃ」
「ですわね。フェイズトランセンデンスはそれだけの力を発揮するために全身のマギを極短時間で使い切り、その後はまともに動けなくなる諸刃の剣。攻撃を捌けるのなら、時間切れを狙うのが最も簡単な対処法ですわ」
「ほえ~」
なんて梨璃が関心していると、天葉の一団からこちらの会話に反応するライトグリーンの長髪をしたリリィが一人。確か梨璃たちと同じクラスの委員長である
「ああうん、相手があの亜羅椰でないんならそれでいいんだけど」
「壱さんの仰る通りですね。亜羅椰さんのフェイズトランセンデンスのランクはなんとS級! 使用後のマギ
二水が壱に引き継いで解説をするが、結局時間切れまで粘られればわざわざ枯渇と言うのだから、多少なり力の落ちた亜羅椰が不利になるのでは? などと首を傾げていた梨璃だが、何かの壊れたような音に慌てて前を向く。
「え!?」
「あの馬鹿! 手合わせで相手のCHARM壊すやつが……いや、今のって?」
「ふむう……?」
何度目かも分からないアステリオンによる斬撃を真っ向から受けたダインスレイフ・カービンの刀身が、先程まで押され気味ながらも受け切れていたのが信じられない程に、あっさりと砕けていた。
それに
「まずは一本。頂きましてよ!!」
「……そうだね、一本は一本だ」
雪華はそれに何の未練もないと半ばで折れたダインスレイフ・カービンを自身の後ろへ駆け抜けていた亜羅椰へ投げ付けるとそのまま掻き消えるように素早く姿を消し、逆に
(速い……今のも何かのスキルなのかな?)
そう梨璃が考えていると、雪華の袖口から伸びる糸のようなものを咄嗟に左腕で受けた亜羅椰の周囲に蒼い残光が見えた後、再びCHARMのぶつかり合う金属音が響いた。
◆◆◆
「はいそこまで」
放り投げたダインスレイフ・カービンを弾きながら差し込まれるのは、その原型機を同じくする謂わば従姉妹のような機体、初代アールヴヘイム専用に開発されたCHARM『グラム』だ。
そしてアンカーで動きを止めたところに接近し振るおうとしたグングニル・カービンもまた、伸長したポール部分を掴まれて押し留められていた。
流石はアールヴヘイムの主将さん──天野天葉、当代最高峰のリリィ〈
「流石にやり過ぎでしょ。わざとCHARMまで壊させて」
「おっと失礼。つい熱くなって先輩たち相手のノリでやっちゃってたか」
「ど、どういうこと?」
やっていた側と止めた側は分かっていても、見ているだけだった梨璃ちゃんには目では追えてもなにをどうしたかの内容まではクエスチョンマークらしい。
とはいえ、梨璃ちゃんの左右に陣取る二人はなんとなく私のやったことの種に気付いてそうだけど。
「恐らくじゃが、雪華様はわざとダインスレイフ・カービンへのマギの供給を断ったんじゃと思うぞい」
「ですわね。それで投げたダインスレイフ・カービンを陽動として、フェイズトランセンデンスの切れ目を狙って動きを止め一気に……といったところでしょう」
その通り過ぎて補足のしようがあんまりない。
ともかくマギの通わないCHARMなど単なる刃物にしかならないのだから、武器が砕け自棄になったと気を取らせた隙を突いてズガン! というのが今仕掛けた手口だ。
「まったく……入学早々うちの一年生相手に物騒なのはナシで頼みますよー?」
「いやー、まさか一年からS級のレアスキルだなんて。また面白い子がいるねー?」
「話を逸らさないでくださーい」
「仕方ないじゃん、お熱いお誘いをしてきたのはそっちの子なんだし。私は熱心な後輩を指導しただけでーす」
なんて適当に苦情をいなしていると、当事者だというのに蚊帳の外なのが不満そうに、亜羅椰ちゃんが頬に手を当てながら溜め息を溢す。
「ふぅ……なんだか不完全燃焼なのですけれど、これは
樟美。というのは同じく一年の子で主将さんのシルトである
「なんでそうなるのよ……あー、雪華様。責任取ってコレ、引き取ってくれます?」
「いや、これ絶対そういう意味の“イタダキマス”でしょ? 私にそっちの気はないよ?」
今もこのやり取りを見てるだろう楓さんもだけど、わりとレズっ気の強い子が多いのがここ百合ヶ丘のなんというか……うん、言い方を選びまくるならカラーか。ガーデンって女子だらけの閉鎖的な環境だし、他のガーデンも大なり小なり差はあれど基本的にそんな感じだろうけど。
とはいえ私自身、以前シュッツエンゲルの契りを結んでいてた相手は『黙って付いてこい』ってタイプで、こっちからの感情もあくまで1リリィとしての実力面での尊敬だったし、どうにもそっち方面の経験も知識も乏しい。
なのでまあ、こういう肉食系な子を
「あら、いけずですこと。なんならわたしはそっちの一年生でも構いませんが?」
私や樟美ちゃんがダメならと、次なる獲物を求め梨璃ちゃんたちの方にゆるりと向かおうとした亜羅椰ちゃんだが、いつの間にかこっちに来ていた壱ちゃんだったかに後ろから制服の襟を掴まれ、無事ドナドナされていく。
「はいはい、フラれたんなら大人しくしときなさいよねー」
「あっ。ちょっといっちゃん、またこのパターン!? せ、雪華様、お手合わせありがとうございましたぁぁぁ……」
「……なんだかなぁ」
とはいえ訓練用のCHARMだってあるのにそれらを使わず、あまつさえ意図的にぶっ壊したってのは自業自得でしかないんだけどと、壊れたダインスレイフ・カービンを拾いながら一人ごちる。
「まったく、それまた百由送りでしょ?」
「いやまあ、他に頼める相手ももういないし? あー、そういや主将さん。ちょっとこの人の番号聞きたいんだけど」
とりあえずついでに済ませられそうだと、百合ヶ丘内外問わず顔の広そうな彼女に、ケータイの画面に出したとあるレギオンの隊長であるリリィの顔写真を見せると、こう微妙そうな顔になる訳で。
「そりゃあ立場的に知ってはいますけど……口説きです?」
「いやだから私はノーマルだってば……というか彼女が誰と同室か、いくらレギオン別れても知らない訳じゃないでしょう?」
「……ようやく、ですか」
まあ、そう言われるのもやむなしだろう。あいつの友人としては残された彼女のことを私なりに気にしていたが故……ということにしての距離の取り方だったんだけど、見ている側には真意がバレていようがなかろうが、多少以上にやきもきされるのも仕方ない。
「決心させられるようなことが、ちょっとね。それにそろそろはっきりさせとかないと、先輩として格好も付かないし?」
「……初代アールヴヘイムの解散後、自分のことで手一杯だったあたしに言えたことかは分かりませんけど、よろしく頼みます」
とはいえその言葉と共に差し出されたメモに書かれた電話番号が、かつて同じレギオンで共に戦った仲間──白井夢結への天野天葉としての想いの形なのだろう。
「でも、直接でも出てはくれると思いますよ? 今の三年生で夢結がそれなりに話していたのって、アールヴヘイム以外じゃもう雪華様くらいだったはずですし」
「んー、それでもいきなり直接は今更やりづらいというか……めんどくさい女だよね、我ながら」
しかしめんどくさくないリリィなど、今の世にどれだけいるものか。いくら格好付けていても私たちは所詮未成年の学生だ、ちょっとした人間関係のすれ違いなんて、まだ可愛い方だろう。
「まあ、百合ヶ丘ならこの程度拗れた内には入らないでしょ?」
「いやそうだけど、それちょっと洒落になってないから……」
そもそも今番号を聞いた彼女のレギオンとか、そういう話題の時よく名前を聞く訳で。アールヴヘイムと同盟を結んでいる『制御不能』さんたちとどっちが多いかはともかく。
「おっと。じゃ、あたしもこれで。ごきげんよう」
「ん、まあありがとね」
なんて視線で主将さんの動きを追うと、彼女や亜羅椰ちゃんを引き摺る壱ちゃんに続いてぞろぞろとしている依奈たち残りのアールヴヘイム一同の中から、若干ハイライトの消えかけた目で「天葉姉様を返して……」とでも言いたそうにこちらを見詰めていた件の樟美ちゃんと目が合う……お、おう。だから私はノーマルだってばぁ。
「とりあえずは、か」
「時に雪華様や。先程のアレ……噂の先輩の作品かのう?」
「ん、これ?」
そう袖口から手を突っ込み、ブレスレット状の装備を取り外してミリアムちゃんに見せる。製作者曰く『アンカーガン』らしいけど、ガン……?
正しい呼び方はともかく、これからマギの糸を伸ばし移動から捕縛まで、様々な用途に使えるからとレギオン時代に貰ってから大体両手首にふたつ仕込んでいる。
「ほほう。それから先程のマギのワイヤーが……どういう仕組みなのかのう?」
「さあ、とりあえず使えるから使ってるだけだし……バラす気?」
「……な、なんのことじゃ?」
目ぇ、泳いどるよ。とはいえ製作者本人は卒業後も
「それはそうと私はちょっとやることできたんで、またね」
「おう、ごきげんようじゃ」
右手をヒラヒラとさせ立ち去りながらケータイに入力する番号は、先程貰ったメモのそれ。
「あれ、雪華様?」
「何やら用事らしいぞい。まあ三年生ともなれば色々あるんじゃろう」
「ふむふむ、これはスクープの匂いがします!」
梨璃ちゃんたちの会話を背にそんな大袈裟なもんじゃないけどね、と呼び出し音を聴きながら外へ──
「ああもしもし、急な電話で悪いんですけど」
◆◆◆
日が沈んだ頃、学院の近くの海を一望できる丘にある、戦死したリリィ達の眠る共同墓地。そこで目当ての名前を見つけ、少しの懐かしさを言葉に乗せる。
「やあ
なんて一人語りをしてその墓標のひとつに花を供えて待つこと数分、待ち人の気配を感じる……相変わらず時間はちゃんと守るタイプのようだ。
「お待たせしました……やはり、あなたでしたか。雪華様」
私の名前を呼ぶ声に振り向いた先にいたのは、ほんのり青みががった流れるような黒の長髪、その綺麗さだけは変わらないが、纏う雰囲気や見せる表情は随分と変わってしまった後輩──白井夢結。
先程連絡を取った相手は彼女のルームメイトという訳で、伝えておいて欲しいと頼んだ『久しぶりに三人で話そうか』という遠回しな伝言は、ちゃんと理解してもらえたようだ。
そしてここに眠っているのはそんな“三人目”である、彼女のシュッツエンゲルでもあった私の……どんな関係だったのだろうか、言葉にするのは難しい、そんな相手が
「うん……久しぶり。ってのもなんか違うかな? 学院では度々すれ違ってた訳だし」
「そう、ですね……あの、雪華様」
「なにかな、殴らせろってんなら腹でも顔でも好きにしてよ。あいつが死んだ途端距離を取った無責任なやつだとは、自分でも思ってるから」
「そんなつもりはありません。それに……」
少しやさぐれた返しになってしまったが幸い、というべきか嫌悪や拒絶されている感じはしない。ならこのまま話してみようか。
「ま、こっちから呼び出しといてあれだけど、特に大した話題があるでもないんだけどさ」
「……雪華様はわたしと違って、お変わりないようで」
こちらが肩をすくめてわざとらしくおどけてみせたからか、夢結も一瞬だけ昔美鈴の隣で見せていたような笑みを浮かべたように見えたけど……それはすぐに鳴りを潜め、遠目からでも見慣れてしまった、放っておけばどこかへ消えてしまいそうな儚さだけが残る。
「どうかな、変わらない人間なんていないと思うけど。で、私のことはともかく、近頃噂らしいあの子とのシュッツエンゲル、逆指名なんだってね。夢結“お姉様”?」
「……ええ。ですがあの子もすぐに失望して、わたしなんかに憧れたことを後悔するだけでしょう……どうにも最近、段々と抑えが効かなくなって来ているので」
そう片手で腕を押さえながら、心底自分自身に嫌気が差している調子で告げられる。
『抑え』とは夢結の持つレアスキルのことだろう。あの件以降、もう長いこと意図して使わないようにしていると聞いていたけど、それが揺らいだ理由は……恐らく梨璃ちゃんの存在が、嫌でも二年前のことを思い起こさせるから。だろうか?
そういうところを見せてくれるのなら、自分で思うよりは信頼してもらえていたと、喜ぶべきか否か。
「そっか……でも、自分で守った命くらいには胸張ったって、バチは当たらんと思うけどさ」
「そんな資格など、もうわたしには……ですが、仮にそう思えたのなら、わたしももう少し楽に生きられたのでしょうね」
「楽に、か。肩の力なんて時々、必要な時にだけ入れるくらいで丁度いいとは思うよ」
常に全力でいたからこそ、夢結は周りの思った以上にあっさりと折れたのかもしれないが、なまじ実力があるばかりに心がボロボロでも生き残れてしまったのは、はたして幸か不幸か……
なんて考えてもしょうがないことを思いながら、夜空から私たちを照らす欠けた月に向けて手を伸ばしてみる。
「〈人は強くないと生きてられない〉って言うけど、あたしたちリリィの場合、どれくらい強くなればいいんだろうね」
「……どこまでも。もう何者にも何ひとつ奪われないくらいにならないと、強くなれたとは言えないのでは?」
それは、そうなのだろう。今の世の中、誰もが日夜多くの物を奪われている。居場所だったり、隣人だったり、他にも色々……自分たちの暮らす範囲の世界すら、明日にも脆くも崩れ去っているのかもしれないのだから。
「……それじゃあ、ゴールはまだまだ遠そうだ」
「そうかもしれませんね……雪華様、こんな時間にありがとうございました。わたしはこれで失礼します」
「誘ったのは私だけどさ」と去り行く夢結の背中に投げ掛けるが、それにはもう返事はなかった。
「やれやれ、改めてとんだ置き土産をしていきやがったなぁ美鈴のやつめ。それと、そこのデバガメ」
「流石に気付かれてたか」
バサッと近くの墓標の影から飛び出すのは、緑髪で褐色気味のリリィ。夢結も気付いていたのかはともかく、話してる最中もはみ出たツーサイドの片方がピョコピョコしてたら、気になって仕方ないってば。
「しっかし今の夢結があんな素直に弱音を吐けるだなんて、いったいどういう手品なんだ。雪華サマ?」
「手品というか、ちょっと美鈴の件で何度か相談に乗ってた時期がね。とはいえお互いあいつを介しての関係でしかなかったし、あれからその機会もなくなってただけで」
そこでチラリと横目で墓標に刻まれた名前を眺めるが、返事など返って来るはずもないなと視線を戻す。
「なるほど。なら、もっと早くにこうなっててもよかったんじゃないか?」
「いや、多分私もあの子も結局間にある壁を越えれてはいないし……というか、そこはあんたを信頼してたってことにしといてよ、
そんな彼女の名前は
一応この子も二年生で年下なんだけど、同じ二年な夢結と違いこっちのノリに合わせて気安くしてくれているのは、どこかの波長が合っていると思っていいのだろう。
「じゃあ、どういう風の吹き回しなんだ? 大分前に梅が夢結のこと話題にした時は『今私の顔見たら、嫌でもあいつのこと思い出すでしょ』って断るし、なんなら今でもちょっと不本意そうだけど」
「……甲州撤退戦の時、夢結に助けられたって子が今年の新入生でね。憧れだって、あの方のようになりたいって、輝いた眼で言ってたのよ。その姿に背中を押された……ってのも情けない話だけど、当時無力だったその子が一生懸命前向いてるのに、あたしゃあ何やってんだろってさ」
「あー、夢結のシルトになった梨璃って一年生。けどほんとにそれだけかー? 雪華サマってここぞって時に限ってヘタレるからナー?」
特に嘘は言ってないのだがそれで納得するでもなく、梅は「まだ何かあるんだろ?」とジト目で詰め寄ってくる。ぐっ、無駄に鋭いやつめ……
「そ、そりゃあ梨璃ちゃんでどうせ二年前のこと思い出すなら? 今更あたし一人増えても誤差かなー、って打算もあったけどさぁ」
なんて本音をぶちまけると「やっぱりナ」とでも言いたそうなニヤケ顔をして、梅は頭の後ろで手を組んでいた。
「……で、そんな風に人の本心暴いて何がしたいのさ?」
「いや、雪華サマは変わんないなってだけだゾ?」
「……ったく二人して仲良く、そんなに言われる程かねぇ」
「おう、相変わらず面倒な性格してるナ。そのくせ妙に正直なところとか、梅はそれなりに好きだゾ!」
面倒とはなんだね面倒とは。しかし先程までの場を整えるのにすら今更遠回りに遠回りを重ねているのだから、否定のしようはないんだけど。あと、それなりなのはツッコミ待ちか。