アサルトリリィ~円環の赫星~   作:ですティニー

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前回のあらすじ:さらば海老名君ズとお気持ちノインヴェルトタイムとオチ担当と。
演出とかの参考元は本当に各媒体から色々と…拾い切れてるとは言わないけど、詰めれるだけ詰める。それがやりたいことでもあるから。


迷いと痛みを貫いた先に(後編)

「はぁっ……はぁっ……これで」

 

 ノインヴェルトの順番を待つ間に見えた戦闘エリアから抜けようとするヒュージの一団、その対処に回っていた結果ギガント級を臨む形で一人ビルの上に佇むことになる一葉。

 目についた限りのヒュージを駆逐した後、戦禍の炎により普段の文明の灯りとも違う照らされ方をする下北沢の街とギガント級とを眺める彼女の胸中に去来したのは、いくつもの過去の記憶。

 

(この戦いが、ゲヘナによって仕組まれた物であるのなら……それもまた、私の立ち向かうべき壁なんだろう)

 

 高等部の入学式でエレンスゲのやり方が間違っていると序列1位として登った壇上で告げてから、自ら指名した先輩たちに加え戦場で知り合った藍との五人で作り上げた今のヘルヴォルとして戦ってきた。決してその全てが上手く行ったとは言い切れないし、自分たちのことを面白く思わない上層部からの嫌がらせとしか思えない任務も数多くあった。

 それでも現場単位では一葉のやり方を支持する声は徐々にとはいえ増えてきているし、仲の良いレギオンも学園内外に出来てはいる。だが、こうして『あの日』のように炎と瓦礫にまみれる街並みを目の当たりにすると、東京全土に根を張る大人(ゲヘナ)の悪意の前では自分たち子供(リリィ)など所詮大海に挑む井戸の蛙に過ぎないのかもしれないと……

 

「なーにまた一人で考え込んでんのさ」

 

「……恋花様」

 

 戦闘が続く中一人戦列を離れて呆けていれば、序列がヘルヴォル内で一葉に次ぐ13位であることから自然と副隊長のような立場でいることの多い恋花に、こうして見付かりもする。普段の楽天的な顔の下に戦術家としてのリアリストな一面を持つ彼女は、仲間のちょっとした変化にも目敏く気付いてくるから。

 

「さっきあのセンパイと二人で話してたけど、なんか変なことでも言われたの?」

 

「そうですね……この戦場に、どれだけゲヘナが関与しているように見えるかと。合流直後に現れた特型の増援のことといい、雪華様は直感的に感じられていたのでしょう。戦場に漂う、悪意の存在を」

 

 それが三年生としての経験の多さから来る物なのか、反ゲヘナ勢力に身を置いているが故に身に付いた嗅覚なのかはともかく、彼女の懸念はこうして現実の物となった。であれば、ガーデンやその向こうのゲヘナへ逆らうと宣言した身である一葉のやることなど決まっている。

 

「悪意ねぇ、ゲヘナみたいなのって自分が悪いことしてるって自覚もしてない、独善的なやつらがほとんどだとは思うけど」

 

「ええ、なので私もただ自分の正義を貫かせて貰うだけです。正義の反対が別の正義、と言うのなら尚更負ける訳には参りませんので」

 

「………………ていっ」

 

 などと目の前のことでなく何処か遠いことでも話すように呟いていると、近寄ってきた恋花にデコピンをされて目を白黒させる一葉。

 

「いたっ……何をするんですか恋花様」

 

「いや、なーんかまたウチのリーダー様は一人で全部背負い込もうとしてんのかなーって」

 

 そんなのは知り合ってほんの数ヶ月の間でさえ飽きる程見てきた表情だ。自分の信じる正義のためになら時に自らの命でさえ、平然と掛け金として投げ出してしまうのがこの序列1位様なのだから。

 

「れ、恋花様がそれを仰いますか……!」

 

「あたしだからこそ、でしょ? 先輩の悪いとこまで一々真似しなくていいっての、そーゆーのは反面教師にしときなさいな」

 

 痛みというより照れくさくての両手で額を押さえながらな精一杯の反論も、根っこが似た者同士ではさしたるダメージになりもしない。故に恋花も一度は一葉の在り方に噛み付いたし、逆に自身の抱える心の奥底の後悔を見通されたりもしたのだから。

 

「……そう、ですね。では良いところは全力で参考にさせて頂きます!」

 

「そうそう、それぐらいで……んあ?」

 

 はて、時にやり過ぎなくらい悩むくせに、またある時には物凄く単純な思考をする後輩の返事に満足げに目を閉じ腕組みをして頷いていたはずの自分は、何故浮遊感を覚えているのか? そう恋花が自覚して目を開くと、彼女の身はビルの柵を乗り越して飛び降りた一葉の腕の中だった。

 

「うえぇぇぇ!? いや、なんでこうなんのよ?」

 

「もう考えるのはやめです。ここからはフルスロットルで参りましょう、恋花様!」

 

 「え、あたしそんな風に見られてんの?」との恋花が受けた衝撃は勢いよく風を切る感覚と自身の悲鳴とに上書きされ、本当に似た者同士なのかなぁとの微妙な疑問も上乗せしたまま、お姫様抱っこされたまま揃って落ちていく。こういう時『何処に落ちたい?』とか聞かれるのは何の話だったかと、現実逃避気味な思考をしながら。

 

◆◆◆

 

「やぁっ!」

 

 正面のヒュージからのレーザーを紅巴がCHARMで弾きながら近寄り、鎌型故の振り回すような動きでその胴体を刈り取り撃破すると、他に近くのヒュージはいないか辺りを見渡──

 

「っ、危ない!」

 

「え……?」

 

 ──そうとした瞬間『トン』と優しくもしっかりと突き飛ばされ、汗や硝煙の匂いに混ざるふわりとした優しい香りに包まれた。そう紅巴が認識して顔を打たないよう前へ手をつくのと、先程まで彼女がいた位置へ戦闘の余波により崩れた建物の一部が雪崩となって降り注いだのは、ほとんど同じだった。

 

「かっ、叶星様!?」

 

「う、くっ……」

 

 振り向けばどうやら紅巴を押すと同時、彼女に覆い被さるようにしてくれていた叶星はそれに直接巻き込まれてはいないようだが、破片が飛び散るくらいはしたようで、痛みに片目を閉じ頭を押さえている。

 

「そんな、叶星様……叶星様が……!」

 

「……大丈夫、私は大丈夫よ。紅巴ちゃん」

 

「ごめんなさい、わたしのせいで……わたしの、せいで……」

 

 実際これだけのリリィとヒュージが駆け巡る戦場故のマギ濃度の高さからリリィとして纏う防御結界も比例して固くなっており、出血するような怪我には至っていないようだが打ち所が悪かったのか立ち上がる叶星の足取りはフラついていて、普段の頼もしさとは大分かけ離れてしまっている。

 それでも問題なくクラウ・ソラスを構え、ショックからペタンと座り込んでいるままな紅巴の背後から迫るヒュージを撃ち抜くと、異変に気付いた高嶺が足早に駆け寄ってきた。

 

「叶星!」

 

「大丈夫、こんなのかすり傷にもなってない……行きましょう、二人とも」

 

「あっ……」

 

 二人の心配そうな声にも叶星は「大丈夫」と繰り返すばかりで強引に話を切り上げて駆け出すのは明らかに異常だと分かるのだから、少しの逡巡の後立ち直った高嶺は紅巴の方を向いて確認してくる。

 

「紅巴さん、一人で平気かしら?」

 

「え──はい!」

 

 紅巴の様子は放心も多少は収まり、立ち上がれないなりにCHARMもなんとか構えられてはいる。なら少しの間なら大丈夫かと高嶺も叶星を追って駆け出し、曲がり角を進んだところで叶星の腕を掴みながら呼び止めれば、ビクンとした感覚が伝わってくる。

 

「叶星。無理してるんじゃないかしら?」

 

「そっ、そんなこと」

 

 視線を逸らそうにも、今度は両肩をしっかりと押さえられて向き合う形になると。幼馴染みからの無言の圧力に白旗を上げるしかない。

 

「……してるよ。『あの日』から……ううん、多分、リリィになってからずっと」

 

 それでも今の自分は神庭女子藝術高校トップレギオン〈グラン・エプレ〉のリーダーで紅巴たちの先輩なのだから、個人的な事情は抜きにして目の前の戦いだけに集中する。それを無理をしているのだと言われればその通りになるけれど──

 

「手、震えているわよ」

 

「……うん、分かってる」

 

 高嶺に言われて叶星はクラウ・ソラスを握る右手の手首を左手で押さえるが、それでも一度自覚してしまった恐怖はそう簡単に消えはしない。先程言ったかつての仲間とまた会えたことが嬉しい、という言葉に偽りはなかったが……その過去にあるのが輝かしい物だけではなかったから、幼馴染みの前な今だけは立場も責任も捨てて弱気になってしまう。

 

「でも怖いの、この戦場に誰かの悪意が漂っているのだとしたら、〈幕張奪還戦〉やその裏で起きた〈御台場迎撃戦〉の時も……もしかしたら高校生になる前の予備隊の頃、もっと言えば私たちがリリィになる前からずっと、いつも誰かがリリィを狙ってヒュージを操っているんだったら……もしそれを知っていたら、神庭でまたリリィをやろうだなんて思えなかったかもしれないの」

 

 今叶星は決して無敵のヒーローなどではない……そんなことは何より自分自身が一番よく分かっているし、他のリリィとていつどうなるか分かったものではない。例え生まれてからずっと一緒で、最早半身とすら呼んでいい程の存在である高嶺であろうと。

 だから、訳の分からない化け物(ヒュージ)よりも確かな意思を持って襲い来る見知らぬ誰か(ゲヘナ)の魔の手がいつ仲間の命を奪おうとするか分からないことの方が、怖くて仕方なかった。そんな恐れがなければ、紅巴のことだってもっと焦らず助けられたはずなのに……

 

「あなた一人に背負わせたりはしないわ、私も一緒に「わかってる!」叶星……」

 

「わかってるよ? わかってるんだけど……そうしたら、今度はその悪意の矛先ばかりを気にして()()()よりも酷い、自分でも信じられないようなミスをして皆のことを危険に曝してしまうかもしれないって……どんどん不安が襲ってくるの」

 

 例えばひとつの伝達ミスから、避けられたはずの被害を招き戦線を崩壊させることになったり……例えば一瞬の判断ミスからの連鎖的な失敗でまた誰かに庇われることになって、()()()()その『誰か』を死なせてしまったり……他にも連想される最悪がいくつもあるから、叶星は震える声も抑えられずに高嶺の胸に飛び込んでいた。

 

「戦うのは勿論怖い。けどそれよりも明確なヒトの悪意が襲ってくる方が、守ろうとしている世界が当然のような顔をして背中から撃って来ることの方が、よっぽど怖いの」

 

 あるいは先程その可能性を聞かなければ、今まで通り凛とした先輩として振る舞えていただろう。だが一度意識してしまえば、それはじわりじわりと少女の心を蝕む──だとしても。

 

「叶星」

 

 そんな叶星を優しく抱き締めながら、これは戦場に漂う悪い空気が彼女の心に落とした影に過ぎないと、確信を持って高嶺は告げる。

 

「叶星を苦しめるだけのモノなら、私もこんな世界はいつでも捨てたっていい……けれど、あなたはこの世界がそれだけではないとちゃんと分かっている。違うかしら?」

 

「高嶺ちゃん……」

 

 本当の世界は残酷で救いの無い物で、いつ牙を剥いて全てが敵になるかも分からないのかもしれない……それでも、例えどんな世界であろうとそこに生まれそこに生きた自分たちが守ろうと誓った時の想いに嘘はなかったはずだし、同じ決意の元戦った仲間たちとの軌跡も、並んで大事なものではないだろうか?

 だとすれば、今ここで逃げ出すことはこれまでの歩みが全て嘘になってしまう。当然その中には、高嶺との掛け替えのない思い出も含まれているのだから。

 

「……ごめんね。ちょっとらしくなかった」

 

「いいえ、叶星が普段皆の前で頑張っているのは知っているもの。でも私にだけは、あなたの本音を聞かせて頂戴」

 

「……うん」

 

 全ての不安が払拭されたとは言えない、それでも今ここで歩みを止めてられないといつの間にか流れていた涙を拭いながら叶星が照れくさそうに顔を上げて離れれば、ヒュージの攻撃によって破損していたのかバチリと音を立て点滅する街灯の下で、再度ふたつの影が重なった。

 

「──高嶺、ちゃん?」

 

 困惑するのも初めだけ、街灯が消えた瞬間叶星も受け入れるように瞳を閉じれば、二人の間にもう言葉はいらなかった。まるでこの場だけ、時間の流れが止まってしまったかのように──

 

◆◆◆

 

「このままじゃダメ、ですよね……」

 

 結局自責の念に駆られたまま叶星と高嶺のことを追えずにいた紅巴も、絶えず響く銃声やヒュージの断末魔が飛び交う中いつまでもぼーっとしている訳にはいかないと、意を決してCHARMを杖代わりに立ち上がる。

 

(初めはただ見ているだけで、眺めているだけでよかった)

 

 きっかけは憧れの二人を追うために──周りからは無理だと言われたし、実際無理もした。それでもアーセナルになるべく御台場の中等科で学んでいた自分が『リリィとして』神庭の合格通知を受け取った時の喜びは言葉ではとても言い表せなかったし、渡されたCHARMが防御寄りのシュガールというのも、ある意味では自分に相応しいのだろう。

 けれど、神庭に入学して憧れの相手と同じグラン・エプレの一員として活動していく日々はこんなにも色鮮やかで、楽しくて……

 

「だからわたしは、この無限大に尊い『色とりどりな日々(カラフル・ダイアリー)』を守りたい! そのためなら誰のどんな悪意も、わたしが刈り取ってみせます!」

 

 宣誓の声に気付いてか視界に納めたヒュージが寄ってくるのだから紅巴も大型で曲線的な形状であるシュガールを振り回すと、自然とフラフープでもしているかのような格好になる。

 しかし実際に回しているのは演舞のためのフープではなく刃の付いた死の鎌。当然紅巴に近寄るヒュージはCHARMが描く円に触れる側から切り刻まれるし、離れて射撃しようと足を止めた個体は後ろから彼女に追い付いた二人にすれば格好の的。

 

「そこどけそこどけ、とっきーのお通りだ~♪」

 

「紅巴! あんただけでグラン・エプレじゃないんだから、一人で無茶しない!」

 

 前を見れば輝かしい先輩がいるのなら、こうして横を見れば眩しい笑顔の友人がいる。色とりどりの花のように揺れて、それぞれに違う色で自分を魅せてくれる──そんなことを噛み締めている紅巴の対応しきれない分を空は灯莉が、地上は姫歌がシューティングモードとブレードモードでそれぞれ対応してくれていた。

 

「……って灯莉、あんたも上に登りすぎ! そのままじゃ袋叩きに」

 

 しかし灯莉のしている信号機の上に片手をついて飛び乗るようにしながら撃ちまくる行動は姫歌が注意するまでもなくあまりに目立つので、辺りのヒュージの狙いは一気に彼女一人へ集中してしまう。それを見た紅巴の行動は早く、咄嗟に片手を姫歌と繋ぐと合図を投げ掛ける。

 

「姫歌ちゃん、合わせてください!」

 

─テスタメント─

 

「紅巴……? ええ!」

 

─この世の理─

 

 突然のことに一瞬理解が追い付かなかったが、紅巴が先に『テスタメント』を展開したことで察して姫歌も『この世の理』を解き放つ。その力がこの場のリリィ全員に共有されることにより、針のむしろが如くヒュージからの攻撃の予測線が灯莉に殺到しているのがよく分かるが、それでも灯莉自身が空のヒュージを片っ端から撃ち落としていた結果『上』の方は随分と空いていた。

 

「ほいっと☆」

 

 ならば答えは簡単だと重力に従い下がる足で折れかけた信号機を蹴飛ばすと、ヒュージの攻撃により砕けるそれより跳んだ灯莉はその先にあるビルの壁面を軽やかに駆け上がっていく。

 

「あれって……?」

 

「まったく、あの子ってばすぐ影響されるんだから」

 

「とーう!」

 

 その様子はいつだったか灯莉が嬉しそうに駆け寄って来て映像を見せてきた、とあるスポーツ(パルクール)の動画にあった動きのように軽やかで──登る先に置かれたヒュージの熱線を灯莉は今度はビルを蹴り、キラキラと光るガラスの破片と共に背面跳びのような形で都会の空を舞うことでかわす。

 

「ともかく今がチャンスよ、紅巴!」

 

「はい、姫歌ちゃん!」

 

 灯莉一人がヒュージを引き付けていればノーマークの二人がその隙を突くのは上空から降り注ぐ彼女の支援射撃もあって決して難しいことではなく、ヒュージの群れの中でデュランダルとシュガールの刃が幾度と閃くことで素早く駆逐する。

 

「今のでこの辺りのは大体散らせたわね、灯莉!」

 

「はいはーい、いっくよーとっきー♪」

 

 勢いのまま灯莉が空中でグルンと勢いよく回りながらマルテを振るえば、飛ばされたマギスフィアは紅巴のシュガールの中心辺りにあるコア付近に納まる。それをしっかり保持していると、新体操でもしているかのようにピンと手足を伸ばして降り立つ灯莉を眺めながら姫歌が状況の確認を。

 

「それで、叶星様と高嶺様は?」

 

「おふたりならこの先に、わたしたちも急ぎましょう!」

 

「おー、なんだか知らないけどとっきー輝いてる☆」

 

 こうなってしまえば後は勢いに乗るだけ、そんな時のグラン・エプレ一年生の快進撃は止まらないのだと証明するように、三人は続けてギガント級から降ってくるヒュージを迎撃し先輩たちの元へ突き進むだけだった。

 

◆◆◆

 

「うわぁあああああ……っと」

 

「さて、予定ではそろそろ……来ました!」

 

 飛び降りる最中も見えたヒュージを片手間に撃ち落としたりしながら、着地し恋花を降ろす一葉が『レジスタ』の俯瞰視野で辺りを確認すれば、瑤を先頭にヘルヴォルの残る三人が角を曲がってくるのが見える。

 

「一葉ー、次らんがやるねー!」

 

「うん、落とさないようにするんだよ」

 

 ブンブンとCHARMを振ってアピールする藍の様子から、こちら側の残りは彼女と自分たちの三人。と改めたところでグラン・エプレ側の状況を確認するため、叶星へ通信を繋ごうとする一葉。

 

「あれ……叶星様、叶星様ー?」

 

 向こうも同じようにギガント級へ向け突入しているのだから、決して通信が届かない距離ではないはず。だというのに叶星から一向に返事がないことから、破片か何かが当たりでもしたかなと一葉は一度インカムを耳から外して確かめるが、特に傷はなく外見上は問題はないように見えるのだから首を傾げるしかない。

 

「ん、まさか通信妨害でもされてんの?」

 

「ううん、今御台場の楪さんから『こっちは片付いたから動けるメンバーで追い付き次第援護する』って連絡が来たから、それはないはず」

 

 このタイミングであまり考えたくない可能性を口にする恋花も、瑤からの返しを聞いてならばと雪華にでもと通信を飛ばしてみれば、ヒュージと交戦しているのか立て続けての射撃音が聞こえ、それが止むと感度は良好なようで返事も返ってくる。

 

『え、通信ならこの通り問題ないけど……お取り込み中とか?』

 

「あー、さっき向こうの方にギガント級がヒュージ吐き出してたし、可能性としてはそっちなのかなぁ」

 

 雪華自身が今交戦しながらも通信していることからなくはない程度の可能性として挙げたそれも、おかわりの対応中なら仕方ないかと恋花が割り切ったところで、着け直した一葉のインカムの向こうからは慌てた声が。

 

『かっ、一葉!?』

 

「あ、叶星様。先程はお取り込み中失礼致しました!」

 

『お、お取り込み!? ……べ、別に()()()()()をしてた訳じゃないのよ?』

 

 はて、戦闘の切れ目としては何処か不自然に慌てすぎている。もしやヒュージとの迫り合いか何かの最中なのでは……との一葉の不安も、叶星からの続きを待っている間インカムからは少し乱れた彼女の吐息以外の物音がしないのだから、今はヒュージが近くにいないことに間違いはないのだろう。

 

「……? ともかく、ヘルヴォルは全員合流してノインヴェルト戦術も残り三人の段階です。グラン・エプレの方は?」

 

◆◆◆

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 何はともあれ落ち着きを取り戻そうと息を整える叶星が高嶺の肩越しに姫歌をセンターにやって来る一年生たちを確認すれば、マギスフィアは左側を警戒しながら駆けてくる紅巴が保持していた。であればそれを通信の向こうな一葉に伝えようとするも、先程の高嶺との『やり取り』の熱が冷め止まずまだしどろもどろになってしまう。

 

「え、えぇ。今、紅巴ちゃんが持っているからこっちも大体同じね」

 

『なるほど。トドメは、どちらが担当しましょう?』

 

 こちらの様子がおかしくとも一葉が変わらず接して来る内にリリィとして、先輩として冷静な部分を大分取り戻せてきた。と叶星も自身の調子を確かめながら、少し考えてからこの後の予定を告げる。

 

「そうね……マギスフィアの感じからそろそろ高嶺ちゃんに回ると思うから、先にこっちがギガント級に仕掛けてマギリフレクターを使わせる。仕上げは一葉に任せるわ」

 

『承知致しました。では、もう少し接近したら再度確認の連絡を』

 

 そこで通信は切れ、同時に一年生たちも二人の元へ到着しグラン・エプレが再度勢揃いするが、何故か紅巴だけは何かしらのショックを受けた風にピクンと本能的な反応をしていた。

 

「……何か、とんでもなく尊い瞬間を見逃してしまった気がします」

 

「いつも思うけどそれ、いったいどういうセンサーなのよ? コホン。ともかく叶星様に高嶺様、お待たせしました! 後はおふたりだけです!」

 

 急に変な方向へスイッチが入ってしまった紅巴の様子に呆れつつも、サブリーダーとして必要な報告は怠らない姫歌に、叶星もリーダーとして応じる。

 

「ええ、フィニッシュショットはなるべく注意を引けるようビルの上から決めたいから、姫歌ちゃんたちは後から来る皆と援護をお願い!」

 

 ギガント級の近くで目立つルートを選ぶ以上、どうしたって上からも下からも狙われることになりマギスフィアに集中しながら全てのヒュージの相手はしていられないのだから、ある程度は後続に任せるしかない。

 だからいつも通り一年生たちを置いて叶星と高嶺が突っ込むだけ……と言われればその通りになるが、けれど今は姫歌たち一年生をかつての仲間たちと同列に信頼して、その証として背中を預けるのだ。その眼差しに気付いたのか、少し驚くように目を見開いた姫歌も、決意を込めて頷く。

 

「……任せてください! 一匹たりとも叶星様と高嶺様だけのステージに通したりなんてしませんから!」

 

「おー、定盛気合いバッチリだねぇ~♪」

 

 目一杯格好つけて告げた言葉を聞いた灯莉にうりうりと頬をつつかれれば気も散るが、左右のビルからグラン・エプレを見付けたヒュージが降りてくれば彼女も気持ちを切り替えマルテを構え直すのだから、姫歌もデュランダルを手に叶星の号令を待つ。

 

「それじゃあグラン・エプレ、戦闘再開よ!」

 

 その言葉を合図にして左右から押し寄せるヒュージを迎撃しながら進軍するグラン・エプレの歩みに、もう迷いも恐れもなかった。

 

◆◆◆

 

「さて、では恋花様、いつもの感じでお願いします!」

 

「オッケー……いや、いつものってなによ?」

 

 一方通信を終えたヘルヴォル側、リーダーからの要領を得ない丸投げには流れで返事をした恋花も具体的に何をしろというのか聞き返すしかない。それに対し言わずとも分かるのではと思っていた一葉は首を傾げるが、確かに言葉足らずではあったかと改めてオーダーの内訳を。

 

「? 恋花様、いつも声高に叫んでいらっしゃるではありませんか『ヘルヴォル舐めんなー!』と」

 

「……え゛っ。あれ聞かれてたの、マジで?」

 

 恋花自身『フェイズトランセンデンス』を発動した時の溢れるマギの力でハイになってそんなことを何度か口走ってはいたと自覚はあるが、周りも戦闘中にそこまで気にしてる余裕はないだろうしこれまで戦闘後の反省会なりで触れられもしなかったのだから、特に問題はないと思っていたところに何を当たり前のことをと言わんばかりに一葉から告げられては、狼狽え救いを求めるように残りのメンバーへ視線を向けるが──

 

「まあ、よく聞こえるよね」

 

「らんもあれやりたーい!」

 

「その、恋花さんもストレスは溜まっていると思うのだけど……」

 

 この際真っ直ぐ肯定してくる前の二人より、労しげに言葉を濁す千香瑠の言い方の方が妙にダメージが大きく、恋花も何かの店先のメニューが書いてある看板へ頭を乗せるように項垂れ呻くしかなくなる。

 

「う、うおぉぉぉ……!」

 

「心配ありません恋花様! そこまでレギオンのことを大事に想ってくださっているのなら、何も恥じることはないのですから!」

 

 「そういう問題じゃねぇのよ!」と叫んだところで最早恥の上塗りにしかならないと飲み込んで一葉に怨めしげな目線を送るが、このにぶちんさまで序列1位なド天然リリィに通じる筈がないかと、恋花も諦めてため息を溢す。

 

「はぁ……だったら一葉、あんたが仕切りなさいよ。ヘルヴォルは一葉のレギオンなんだからさ」

 

「……良いの、ですか?」

 

「いや、そこで嬉しそうにすんな」

 

 何故に感動して仕方ないという風になるのかと近寄って来ていた一葉の頭に軽い手刀を落とすが、彼女は瞳をその中に宇宙でも見えそうなくらいにキラキラと輝かせているのだから、今更この程度ではダメージにもなりはしないだろう。

 

「とにかく、時間も勿体無いしやるなら一思いにやる!」

 

「はい! それでは皆様、参ります!」

 

 ザッと他のメンバーが一葉を中心に半円に広がったのを確認すると片手を前に突き出して揃うのを待ち、一度溜めるように下げ──

 

「ヘルヴォル『舐めんな!』

 

 一葉が手を大きく跳ね上げさせるのに合わせながら、後半を全員で揃って口にする。口調としてはらしくない面子がほとんどだとしても、不思議な一体感とどこかやりきったような感覚が、五人に共通して訪れていたのだから士気高揚としては何も間違っていないのだろう。

 

◆◆◆

 

「んで、こっちはグラン・エプレの方に合わせたんでいい感じ?」

 

『はい、ヘルヴォルの方が本命になりますので、その露払いを兼ねて盛大にお願いします!』

 

 恋花から来た確認のような通信からしばらくして姫歌ちゃんの方からもそんな連絡が入れば、移動中で暇なのもあって少しからかってみたい気持ちが出てくる。

 

「姫歌ちゃんは、それでいいの?」

 

『何がです?』

 

「いや、なんか姫歌ちゃんみたいなタイプってこういう時もっと目立ちたがるのかなー、と思ってたんだけど? わざわざ自分からアイドルなんて名乗るくらいだし」

 

『それは……』

 

 姫歌ちゃんからの返事を待つ間にどうせ上を行くことになるのならと、近くのビルの非常階段に向けアンカーを打ち込んで跳び、ショートカットがてら手すりを踏んで更に跳躍して屋上に降り立ったところで、インカム越しに声が。

 

『確かにひめかが先頭に立って目立ちたいって気持ちもありますし、なんなら入学してすぐは実際に目立つためだけに闇雲に突っ込んだりも……だけど、今のあたしはトップレギオンであるグラン・エプレの一員として神庭の、ガーデンの代表として来てるんです。だから、そのリーダーの叶星様から任されたのにサブリーダーのあたしが真面目にやらない、なんて訳にはいけないでしょ?』

 

『流石は姫歌さん、あの叶星様からサブリーダーを任されるだけはあります!』

 

『うわっ、一葉さん?』

 

 姫歌ちゃんがポツポツと告げているところに私たちのどっちかに話があったのか一葉ちゃんまで混ざって来たのなら、ここでひとつ確かめておきたいことがあったりなかったり。

 

「そういやだけど、結局そっちのレギオン同士はどういう関係なのよ?」

 

『えっと〈ワールドリリィグラフィック〉ってあるじゃないですか』

 

 ほむ、またアイドルリリィだなんて名乗るだけはある物が。それこそうちだと楓さんとか神琳さんとか、名前通り世界クラスな面々が取材を受けたりする雑誌だけども。

 

「うん、自慢じゃないけど私も軽いインタビューくらいなら受けたことあるし」

 

『あ、それって『円環の御手』特集の時ですよね?』

 

「そうそうそれそれ」

 

 といってもその時は依奈とか東京御三家の子たちとか、御台場迎撃戦やそれに続く幕張奪還戦辺りの大きな戦闘に参加したリリィたちがメインで、私は当時のレギオンが意図してそういう目立つ作戦に参加せず裏での活動に徹していたのもあって「他にはこんなリリィもいますよー」の一人程度の扱いだったけど。

 ……そういえば私の前に写真撮ってもらってた緑髪の子、今思えば明らかに見覚えある『変身ポーズ』してたなぁと。確かふたつ下とか聞いたけどあの制服どこのガーデンだっけ、なんかお洒落なやつ。

 

『で、そこからの依頼というかがバッティングしちゃいまして……ホントはどっちか片方だけ、ってつもりだったみたいなんですけど』

 

『なので私と叶星様が知り合いだからと先方に取り次いで、2レギオン同時で受けることにしたのです』

 

「へぇ、なんともまあ」

 

 大きいところだからこその行き違いだろうか? それはそうと一葉ちゃんと叶星の関係ってのも気になるけど、急な大声に思考は中断させられる。

 

『定盛ー、右から来る!!』

 

『ちょっ、耳元で怒鳴るなー!』

 

 通信に割り込んだとかでなく姫歌ちゃんの側から大声で叫んだのだろう灯莉ちゃんに怒鳴り返した後、そのまま姫歌ちゃんからの通信も切れてしまうものだから、残された側で進めるしかない訳で。

 

「んで、結局どっちに用だったの?」

 

『あ、はい。グラン・エプレの皆さんとはまた後でタイミングを合わせるので、今は雪華様へ打ち合わせがてら』

 

 とりあえずこっちでよかったようだ、なら折角上にいるんだし……と。

 

「えーと、一葉ちゃんたちはここから見えた。幸恵と楪が先行ってて、私と葵ちゃんはグラン・エプレ側に近……お、叶星と高嶺もマギスフィア持って上に「おーーーい、雪華先輩ー!」

 

 ちょうど高いところにいるのだしと周囲を見渡しながら状況報告をしていると、近くから私に向けて叫ぶ声が聞こえてそちらを見れば、気を逸らした隙に私を追い抜いていた葵ちゃんが少し先の屋上から手を振っている訳で。

 

「っと、のんびりし過ぎたか。とりあえず一葉ちゃん、今の配置のまま動いたんで大丈夫?」

 

『はい。このまま楪様たちが接敵した辺りからノインヴェルトを支援する形でよろしいかと』

 

 なるほど、そっちもそっちで見えてると。本当に便利だねぇレジスタはと感心しつつも、これ以上止まってると椛さんたちにすら追い付かれかねないなとアンカーを伸ばすと、近くのビルの上に登っているヒュージへ目掛けて跳ぶ。

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