色々仕込みはしてあったので『日付は跨いでいない』故に色々と展開は早くなってます…だから、こんな世界は破界して再世するね。
「ダメだよ結梨ちゃん。そんなことしたって、何も……」
まるで『ルナティックトランサー』を発動し暴走している時の夢結を思い起こさせる勢いで、独り自分たちを置いて行ってしまった結梨の姿……それが梨璃にはそうなっていた時の夢結同様、彼女もまた“見えない何か”に追い立てられているように思えて仕方がなかった。
だから今から追い付けるかなんて分からなくとも、梨璃の足は自然に前へ前へと──
「大丈夫、任せて」
そう走り出そうとした梨璃の肩を、宥めるような調子で叩きながら追い越して行く黒い影。それはいつもどこか抜けているようで不思議となんとかしてしまう、奇妙な先輩の姿。
「雪華、様……?」
「梅、乗って!」
「説明もなしか、けど乗ったゾ!」
不意を突かれ足の止まった梨璃を更に梅が追い抜き、新型用のヘッドセットのバイザーを降ろす雪華の背中でここに乗れと言わんばかりに水平になっているブレイザーのシールドの上に着地する。
◆◆◆
そのまま海上へマギの足場をひたすらに出しながら全力で駆けていれば、当然なんの説明もなく連れ出されたでは終わらないと、後ろの梅から声が。
「で、勢い任せで乗ったけどこれからどうするんだ? 流石にあのデタラメな速さに、雪華サマじゃ追い付けないだろ」
「だから『縮地』持ちのあんた呼んだんでしょーが、仕込みはやるからそのまま梅はあの小島の辺りまで配達よろしく。あそこからならギリギリ飛んで行けるよ、ってね」
「おっ、と。『飛ぶ』って前やってたアレか、でもそれってあの後CHARM壊れてなかったか?」
時々飛んでくる流れ弾を二基だけ前に展開したソードビットのバリアに弾かせつつ、梅を降ろしながら跳び、お姫様抱っこの形で体を任せたところで縮地を使って加速した梅に指摘されるけど、確かにB型兵装起動状態でスラスターを全力稼働させるのは本来の用途と全く違う使い方をするからと一度の使用でCHARM側が根を上げるほとんど自爆技だが、なんのために私が普段からCHARMを複数持ち歩いてると思うのか、だ。
「当然使うだけ使ったら投棄するけど、まあ後は新型の性能の見せ所ってことよ」
「その新型も、こないだ使ってた時はいきなり倒れてただろ。そこんところは?」
「んー、あれは私がペース配分考えず自滅したからってのもあるけど主任の案で再調整はしたみたいだし、ソード側のサブコアにも制御の補助させてるようだから、負荷は相応に落ちてるかな。ま、バスターライフルは伝達系に問題あるからなるべく使うなとは念押しされたけど」
『結梨ちゃん、敵ヒュージとエンゲージしました! 凄い、もう敵の子機を落として……』
そうこう話している内に聞こえた二水ちゃんの報告通り、ヒュージからの迎撃も攻撃を開始した結梨ちゃんに集中しだしたようで、こっちはビットを納めても問題ないなと判断すると併用するのはふたつのサブスキル、『インビジブルワン』と『約束の領域』──その力を体が触れている梅へと送る。
「う、わっ!? 急に加速したらビックリするだろ!」
「複数スキル合わせるのはともかく、レアスキルにそれのサブ版合わせられるかは、正直賭けだったんだから仕方ないでしょ。それに梅なら制御できるって、私信じてたから」
「キメ顔でいい話風にしても、別に騙されないからナー」
「ちぇー」
なんてじゃれながらも目的の小島を過ぎたならここまででいいかと足場作りを止めたところ、何を思ってか梅はその端で跳び上がり、ついでのように私を投げ飛ばした。
「は、ちょっ!?」
『何やってますの梅様っ!?』
困惑する私や通信越しな楓さんに応えるように、やりきった顔の梅は小島へ向けて落ちながら拳をこっちに突き出してくる。
「この方が飛距離出るだろ! 後は任せたゾ、先輩ッ!」
「ああもう任されましたともさ、後輩! B型兵装起動、リミットオーバー──フルブーストッ!!」
両肩のシールド側面のスリットを後方へ向けながら、コアに手持ちのリングカートリッジをふたつまとめてかざして機構を展開、限界ギリギリのマギをスラスターから噴射し目標へ向けて飛翔──前より派手な加速によるGも、インビジブルワンとマギによる肉体強化があるからまだ堪えられるレベルだ。
なんて普段は気にしないような事を考えていようと、こんな目立つ真似をしてはトンボ取りをしてくれと言わんばかりで、当然ヒュージからはビームによる迎撃が迫る。
「邪魔を……するなぁ!」
しかし結梨ちゃんが敵の子機になるのだろうビットから狙ったおかげか、余波ですらアスファルトの天井を砕いていった先程より若干勢いが弱く、三枚のシールドから展開される多重防御フィールドと『聖域転換』による防御強化、さらに周囲に全基停滞させたソードビットのバリアを合わせ強引に耐えながら再度スラスターを噴射することで斜めに降下し射線の外まで突っ切ると、B型兵装の使用中にも関わらずなスラスターとフィールドの全開使用の負荷からライザーが左右揃って黒煙を上げ出したので、予定通りに
残るブレイザー側のスラスターを使いジリジリと高度を下げれば、この距離ならギリギリ走って行けるだろうと目測を付けた辺りで、インビジブルワンを再度発動し海の上を駆け抜ける。
そうこうしている間にも先程の報告通り、結梨ちゃんが敵の子機へ海上から跳び上がりグングニルで叩き落としているのが、バイザー越しに見えてくる……ならこっちは、ターゲット・ロック。
「さて、落ちろ!」
サブアームにより背中側から右肩側へ移動させたブレイザーのシールド上部に内蔵されたレーザーカノンと、手元へ射出させたソードライフルを視界に入った子機へ向け、レーザーを乱射。
数発被弾し動きの止まったところへアンカーを打ち込んで海上から飛び付き、ライフルモードからソードモードに切り替え両断すると、空中に出した足場の上に着地する。
当然いきなり何かの破壊された音が聞こえれば誰でも反応する訳で、先に交戦していた結梨ちゃんは空中でヒュージの子機を斬った後重力に身を任せて落ちながら振り向いて、信じられない物を見たように驚いていた。
「えっ……雪華、飛んでるの?」
「んー、厳密には違うけど……ともかくそっちは任せた、残りはこっちで黙らせる!」
「……分かった、がんばる!」
そこでソードビットを先行させた意図を理解したのか、結梨ちゃんはそれらを足場に三角飛びを決めながらヒュージの子機を再度グングニルで切り裂いて撃破、これで敵の残りは四基、内ふたつは私の側。結梨ちゃんを連れ戻すにせよなんにせよ、最低限子機だけは潰しておかないとね。
「動きを止めさせてもらおうか、ソードビット!」
余裕はない、けれど上っ面だけは取り繕おうとした結果思考制御なのだから口にする必要のない言葉を吐いて近くに残していた二基のソードビットを突撃させ、左右から挟み込むことで空中に縫い付けるようになった子機のひとつにレーザーカノンを叩き込み、ビットからもレーザーブレードを展開して貫かせる。
「うわっ、とと。こういうのは近くにいたのが悪い──って言うのよ!」
しかしここまで暴れてはヒュージも結梨ちゃんよりこちらに強く警戒を向けたようで、本体から放たれる弾幕を避けるついでに近くに浮いていた子機へアンカーを打ち込むと盾にするようにしがみつき、攻撃の止んだタイミングでシールド裏に懸架していたブリューナクも引き抜いて二刀をクロス、お前は用済みだと叩き斬る。
その流れで残骸を蹴飛ばして後ろへ跳び、新しく出した足場に降り立ちながら立て続けの爆発を背に向こうを見れば、同じく子機を片付けた結梨ちゃんが残るヒュージ本体を直接攻撃しようとしていた。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
「……なにあれ」
──しかし、その様子が明らかにおかしい。
いくら予備パーツから組み上げたといっても、あくまで純正品で他の機種の物を使ってる訳でもないグングニルにレーザーブレードの出力機能があるなど聞いた覚えがないし、いくら百由でもミリアムちゃん他の見てる前でそんなビックリドッキリ機構を積む隙などないだろう……ないよね?
それに限界なんてないと言わんばかりに伸び続けるマギの刃を振りかぶり、ヒュージからの攻撃を一切気にせず特攻しようとしているようにしか見えない結梨ちゃんの姿に、私は言い様のない不安を覚えていた。
──いや、この感じ……ネストのマギが、ヒュージだけじゃなくて結梨ちゃんにも流れ込んでいる? なんで私にそれが分かるかは分からない。けど時折妙に鋭くなるこの感覚は、確かにそうだと告げているのだから……
「っ、後ろ!」
「え──?」
なんて感じるままにしていたからだろうか、海中から飛び出した先程までのより一回り小型なヒュージビットの体当たりを警告するのが遅れ、結梨ちゃんが吹き飛ばされ宙に舞うのをただ見ているだけだったのは。
「ここで十基目!? 雰囲気からノインヴェルトの真似だろうってのにどうして……まさか、あの時の戦いが見られていた?」
◆◆◆
──小さいのは雪華と二人で全部やっつけて、後は悪いやつらの手先だっていうヒュージを倒せば全て終わり。それで結梨はみんなと同じ、リリィになれる。
「ぅ……ぁっ……」
そう勝利を確信している時にこそ、近頃の百合ヶ丘周辺のヒュージは悪辣な罠を仕掛けている。なんてことをこれが初陣な結梨は知りようがなく、ただ背中へ初めて受けた痛みに顔を歪め息を吐き出しながら、
「なん、で……?」
当然そのような不意打ちを用意していた相手が無防備に落下する獲物を見逃す訳がなく、ヒュージ本体がエネルギーをチャージしていくのが、今の結梨にはどこかスローモーションのように見えていた。
「ぁ……」
(あれを撃たれたらわたしは……結梨は、いったいどうなるんだろう?)
先程より痛いのだろうか、もっと吹き飛ばされるのだろうか、それとも──それとも?
その先がなんなのか、まだ結梨を実戦に連れ出すつもりのなかった一柳隊の面々は教えていなかったが、結梨はなんとなく「わたしはここまでなのかな」とどこか他人事にも思える答えを痛みで動けないことと全身の訴える警告から感じて、静かに目を閉じようと──
「……っ。うああああああああっ!!」
だから一瞬、結梨は夢でも見ているのだろうと思った。ヒュージと結梨の間に張られたソードビットによる障壁が破られる刹那、現状で出せる最大級の防御フィールドを張りながらのアンカー移動で滑り込んできた雪華の姿を見て。
「せつ、か……?」
「だぁーもう! 言いたいことは色々あるけど、とりあえずそんなのリリィの戦い方じゃない! これ終わったらお説教ね!」
「え、えっ?」
助けたいのか怒りたいのか──でもちょっとだけ後悔混じりの、ほんのり優しい匂い。
それを感じてようやく、結梨は自分が雪華が出している足場の上にうつ伏せになっているのを理解し、目の前で盾になっている彼女の半分だけ振り向いている表情にも、色々な感情が混ぜこぜになっているのを確かめる。
「うっ……らぁっ!」
敵のビームの勢いが弱った隙に雪華は両手のCHARMを気合い一閃、ソードビットも使ってフィールドを内側から押し返すことで敵の小型ビットも巻き込み、本体に激突させることで撃破する。
「く、うっ。はぁ……はぁ……はぁ……っ……」
「雪華、怪我してる?」
攻撃に割り込んだ時か、それともそれより前からなのかは結梨には分からないが付けていたバイザーの割れた雪華は額から血を流しており、それが足場に垂れるのを見てそうと気付くのと同時、彼女は結梨の側へ背中から倒れ込んできた。
「だ、大丈夫!?」
「あー、まあ痛いよ。けどそれは生きてる証だって思っておいて、うん」
『……で、そろそろこっちに返事してくれないと梨璃辺りが泣きますよ。先輩?』
「戦闘中なんだから勘弁してよ鶴紗ちゃん。結梨ちゃんもこれ、とりあえず付けといて」
そう言って雪華はシールドにソードライフルを戻しつつ、いつぞや梨璃にもそうしたように予備のインカムを結梨に渡し、セットしたのを確認すると彼女の手を取り指輪を当て、通信を繋げさせる。
「あーあー、マイクテス? だっけ、こういう時」
誰かがやってたし、多分これでいいんだろう。そんなお約束というかを結梨がしていると、インカム越しにどっと声が押し寄せる。
『『結梨さん!』』
『『結梨っ!』』
『『結梨ちゃん!』』
「落ち着けみんな。わたしなら雪華に守ってもらって……雪華?」
一柳隊の仲間たちから思い思いに名前を叫ばれ、その勢いに反射的に頭を仰け反らせながら雪華の方を見ると、結梨にインカムを渡した後何をするでもなく妙に静かにしている彼女の様子に、流石の結梨もおかしいのではないかと雪華の頭に触れる。
「あれ? 血が、まだ出て……わわっ!?」
その手にべっとりと付いた生暖かい血の感覚に結梨が不安がると同時、雪華が気を失ったからか彼女の出していた足場も消滅し、ビットもひとりでにシールドへ戻るのだから、それを『鷹の目』で見ていたのだろう二水は通信越しに叫んでいた。
『雪華様!? 応答してください、雪華様ぁ!!』
『ちょっと不味いナ……結梨! 一旦こっちまで戻って来れるか!?』
「う、うん! えっと、こう?」
落ちながらでもなんとか背中で雪華を受け止めることはできたが、流石に結梨の体格では人一人を背負っては先程と同じように長くは水上を駆けてはいけない。だから雪華のやっていたようにと、マギの足場を出し飛び乗ることでそれを退路とする。
──何故か雪華による反撃を受けた後のヒュージが沈黙しているのは少し不気味だったが、そこまで気にしていられる余裕は今の結梨にはなかった。
◆◆◆
そのままなるべく急いで梅が待っているという小島までマギによる足場の上を走って戻った結梨だが、後一歩のところでガクンと急に身体が重くなり、足場も消えかけたからと慌ててグングニルを小島に投げてから、雪華を庇うように背中から派手に飛び込む羽目になる。
「う、わっ!?」
「大丈夫か結梨!? って、どうしたんだそのCHARM」
「え? ……あれ、動かないや」
梅に言われて初めて自分のグングニルが所々ヒビ割れてボロボロなことに気付き、起き上がってマギを込めようとする結梨だが、いくらやってもコアからの反応がまるでない。
これではCHARM抜きでのマギの扱いにまだ慣れていない彼女では、マギの足場やあのレアスキルのような力たちも使えなくなるわけだ。
(こんなに壊れてても、ここまで頑張ってくれたんだ。ありがとう、わたしのグングニル)
そう結梨は心の中で自身の相棒に感謝の言葉を送るが、今はそれよりも──
「どうしよう梅……この前梨璃にも言われたんだけど、ダメなんだよね、血がずっと出てるのって」
「そうだゾ。だから治療しないとなんだけど……よし、相変わらずここの裏か」
そう言って梅は結梨がそっと地面に降ろした雪華の制服から簡易の医療キットを取り出すと手早く一通りの処置を済ませ、慣れた様子で包帯を巻いていく。
「ど、どうなの?」
「破片かなんかで変に切っただけで、出血は派手だけど傷自体は浅いナ……」
その理由は恐らく、ビットを全力稼働させていたことから使っていたはずな、約束の領域による防御低下のせいだろうか。
「けど、あのまま海に落ちてたら流石の雪華サマでもどうなるか分からなかった。よくやったゾ結梨」
「そっ、かぁ……」
などと梅にポンポンと頭を撫でられ、ようやく安心したのか全身の力が抜けた結梨は、そのまま地面にペタンと座り込む。
(ま、無理もないよナ)
そんな様子を見てさっきは一心不乱に敵を倒すこと
さて、こちらが一息付けたのを二水か雨嘉辺りがレアスキルで確認したのだろうか、待機組からの通信が入ってきたのは、そんな時。
『梅、そっちはどうなったの?』
「ん、夢結か。一応二人とも無事だゾ、今からそっちに戻る。結梨、立てるか?」
「うん、大丈『皆さんすぐにそこから離れてください! 狙われています!』え?」
「ッ!」
下がったところを一網打尽というのか、急にヒュージが攻撃体勢を取ったのを鷹の目で見た二水が伝えきるより早く、梅は戦場で培った勘だけを頼りに地面の二人を引っ掴みながら縮地を発動し、小島を飛び出していた。
「ひゃわっ!」
「──っと、舌噛むなよ結梨! もう再生した、というよりは新しくネストから出てきたのか?」
その直後にヒュージの放ったビームが先程まで三人のいた小島の岩場を削り取っていき、警告と同時に飛び出していなければ誰かしら手足のひとつでも巻き込まれてたかもしれないなと、ヒュージの回りに再び浮かんでいるいくつかの子機なのだろう光を見て梅は肝を冷やす。
(さて、勢いで飛び出したけどもう泳いで戻るしかないか?)
そう考えたところで着水前に彼女の足元に滑り込むのは、フィールドを展開したブレイザーのシールド。
行きとは盾の向きが上下逆になるがまたもや乗ることになったこれ自体も飛ぶのかと驚く梅だが、いくら最新鋭の第4世代CHARMといえど、このように想定されていないだろうイレギュラーな行動を取る訳はないのだから──
◆◆◆
「随分と早いお目覚めだナ、ねぼすけさん?」
「茶化さないでよ梅、まだ頭痛いし。そんな訳で今ひとつしか動かせそうにないから、シールドごと飛ばしてるし……ところで、なんで私はまたお姫様抱っこになってるの?」
あと、なんか飛ばせたとはいえ流石に一枚じゃ人を乗せて飛べる出力かってーと怪しいから、念のためフィールドを出してのサーフボード代わりにしてるところは。
その上で行きよりは持ち物がさっぱりしているとはいえ、流石にブリューナクは乗るのに邪魔になるからとシューティングモードで抱えてる訳なんだけども。
「結梨が背中にいるから?」
そう言って梅へタンキエム越しにしがみつきつつ、肩越しに顔を見せる結梨ちゃん。なるほど、確かにレギオン内の身長順では大体真ん中くらいな梅では、身長が上な私を含む二人も背負う余裕はなかろうて。というか、これでも大分キツそうだし。
「まあいいや……ねえ二水ちゃん、追撃の予兆はある?」
『あ、いえ、威力も射程も勢いも最初の頃と比べてかなり落ちていることから、今度の子機も先程の小型のもの同様やむを得ず使った。という様子で、今は本体の周囲を浮遊しているだけです』
「オッケー。とりあえず操作に集中するから、詳しい話は戻ってからで」
そう手短に通信を切るが、傷とは別にどうにも頭が内側から痛む感じが結構残っている。元々百合ヶ丘で試験運用されていた分や、新潟や御台場の方で使われている機体の稼働データも揃って大分マシになったとはいえ、第4世代特有のこの感覚にはまだまだ慣れが必要なようだ。
「ん……」
なんて考えていたら、包帯を巻かれている辺り以外にもまだどこかしら切れているのか、血が頬をツーっと伝う。
「雪華、また血が……大丈夫?」
「ま、この程度ツバ付けときゃ治るでしょ。あ、でもそれ自分にするのはともかく、他の人にやると楓さん辺りが卒倒するからやめときなさいな」
「はーい」
「あー、梨璃辺りが指切ったら躊躇いなく『あむ』って咥えそうだよナ。結梨って」
イメージされた情景が寸分違わず伝わったようで何よりだよ。なら最初から教えるなって? しらなーい。
◆◆◆
それ以降は砲撃されることもなく安心安全なサーフィンで浜辺に上がると、真っ先に駆け寄ってきたのは梨璃ちゃんだった。
「結梨ちゃん!!」
「えっと、ただいま?」
まあそうなるよねと道を譲るためピョンと飛び退くが、思ったよりダメージが残ってるのか上手く着地できず、砂浜に足を取られ尻餅をついてしまう。
「うわ、っと!?」
「なーにやっとるんじゃ雪華様」
「アハハ、格好つけてコケてりゃ世話ないナ」
「いやー、感動のハグを邪魔すると楓さんに蹴られるかなと」
「そこは馬ではありませんの?」
折角仲間を庇った名誉の負傷だってのに、ボケもバッサリである。あんまりだぁ。
◆◆◆
「さて、これからどうするのかだけれど」
「何にせよ、あのヒュージを放っておいく訳にはいかない。だろ?」
身を隠すため再度廃墟の通りに場所を移し、話を切り出すのは二年生コンビ。曰く先ほどより負傷者の退避は進んでいるようだけど、軍やヒュージへの対応のため出撃していたレギオンはズタズタで、出てる中でまともな作戦行動を行えるのはうちの隊のみ……ということらしい。
他の面子もローテーションやらCHARM整備の都合やら、あるいはまだ遠征から帰っていないかでレギオン単位で即座に動けるのは、現状ほとんどいないとか。
「とはいえ、あれにアウトレンジからまともな攻撃が通るとは思えないんだけども。大体、正面からの撃ち合いとかほとんどのCHARMが射程外だろうから論外だし」
「ですので、まともじゃない攻撃を通すしかない訳ですが」
そこで一旦区切り、神琳さんの二色の
「ノインヴェルト戦術、やってみませんか?」
「まてまて、いくらなんでもノインヴェルトでこの距離を狙撃は……フィニッシュショットをあの小島から撃てば、あるいは……じゃがこうも遠ければ結局威力の減衰は避けられぬ……そもそもヒュージの近くでもないのじゃからマギインテンシティも……そこはあやつが力任せにマギの奔流をバカスカ撃ってくれたおかげで……?」
「ふふっ、ミーさんはわたくしの言いたいところを分かって下さったみたいですね」
「うん?」
神琳さんに先回りされ、「なんかぶつぶつ言い出したミリアムちゃんはともかく」とも言えなくなって……いや分かるけど、大体分かってしまうけども。
「……全員でパス回しをしつつ、私辺りが先行して敵のビットを再度叩き、本体にもコアの位置が分かるだけの打撃を与え、最後は雨嘉ちゃんの『天の秤目』を使って、ピンポイントで撃ち抜け──大体そういうとこでしょ?」
「はい、今一番勝算のある手を考えるとこうなりました。幸い普通じゃない手札なら、こちらにもありますので」
「わ、わたしが……?」
競技会に引き続きなんかもうド直球に『まともじゃないやつ』扱いされた私はともかく、話題にされたのが意外そうな雨嘉ちゃんだが、近・中距離戦が得意なメンバーばかりなこの中でほぼ唯一の狙撃スキル持ちなんだから、当然の配役だと思うんだけど。
「ええ、わたくしたちの中であの距離を狙えるフィニッシュ役は、あなたしかいないのよ」
「じゃな。それにこの前のコスプレの景品でCHARMに長距離狙撃用のパーツをいくつかあの先輩と百由様に無理矢理押し付けられておったじゃろ。あれとノインヴェルトの合わせ技ならギリギリやれんでもない……はずじゃ」
「あぅ、その話は……そ、それに十一人で回すって、本気なの神琳?」
「確かに実戦でのノインヴェルト戦術の経験がまだほんの数回なわたくしたちでは少々、いえかなり厳しいでしょう。ですがやる前から諦めるくらいなら、やって派手に砕け散る方がいいでしょう? もっとも、そんなつもりは毛頭ありませんが」
雨嘉ちゃんの疑問の通り、基本九人一組でやるものとされるノインヴェルト戦術だが、掛かる負荷の増大やパス回しの難易度などから非推奨というだけで、それ以上の人数でマギを込めてその威力を上げられない訳ではないし、実戦での前例もままある──てか私も、こないだ仕方なく割り込む形で九人目のパス役やったし。
それでも距離や標的が超大型なことを考えれば、そのコアを正確に撃ち抜かないと撃破まではいかないだろうが、結局それ以上の攻撃手段など現行のリリィにはほとんどないのだから、仕方あるまいて。
「でも、それならそのままヒュージ、のコア? を直接殴るかなにかして壊せばいいんじゃないの?」
なるほど、先程その例外となりかけた結梨ちゃんの拳をシュッシュとしながらの言い分も一理ある……訳がないのだが。さて、どう説明したものか。
「あー、それなんだけ「結梨、お前はまだちゃんとヒュージと戦ったことがないから実感がないだろうけど、大型のヒュージほど撃破した時その体内のマギが誘発して爆発する。それをあのサイズ、しかもネストから直接マギを供給されてるようだってなると……『ファンタズム』に頼るまでもない、あいつのコアに直接CHARMを突き立てたやつは、この世から跡形もなく消え失せる」
──そんな風に私の言おうとしたことを引き継ぐようにして、鶴紗ちゃんに普段より大分固く厳しい言い方で割り込まれる。
「え……?」
「もっと分かりやすく言おうか? 試しにやってみろ──
「た、鶴紗さん!?」
驚いた。普段回りから一歩引いた位置にいたがる彼女が、仲間相手にここまでぐいぐい言うとは。あまりに遠慮なくバッサリ過ぎて、二水ちゃんも引いてるし。
やはりにっくきゲヘナ絡みの案件ということもあって、色々溜まっていたのだろうか?
「いや、だからってもっとオブラートにというかこう」
「先輩こそ、それを分かっているからあの時ああ言ったんでしょう?」
「通信繋ぎっぱだし聞こえてるか……『リリィの戦い方じゃない』ってやつ? そりゃあそうよ。自覚してようがしてなかろうが、自分から積極的に死にに行くなんて誰かを守るために戦うリリィならやっちゃいけないことだし、それをさせるようなやつはすべからく敵よ。ゲヘナのような、ね」
今日の人のことを言えないやつはこちらですはい。
しかし私たち二人の尋常ならざる様子から結梨ちゃんも何かを察してくれたようなのだから、まあよしとしよう。
「死ぬ──それって、みんなともう会えなくなるってこと? みんな、辛くて悲しそうな匂いしてる」
「……うん」
梨璃ちゃんも言いづらそうにはしていたが、リリィとして命を懸けて戦う以上、そこだけは絶対にぼかしてはいけない部分だから、結梨ちゃんへ正面から向き合ってしっかりと頷く。
「それは、嫌かな……ううん、嫌だ」
「経験則だけど、それは残される側も同じよ。だから誰かを守ろうというのなら、まず最初に自分自身のことをちゃんと守ること。いい?」
「お姉様……」
残された経験……美鈴のことか、まったく強がっちゃって。
「うん、わかった。くんくん……寂しい匂い。夢結は、残されたの?」
「ええ……だから皆の心を守るために、あなたはちゃんと生きて帰って来なさい、結梨」
そう言って夢結は結梨ちゃんの左胸の辺りをトンと触った後、彼女を優しく抱き締める。
一時期結梨ちゃん絡みで梨璃ちゃんとの時間を取られそうになって梨璃ロスだなんだとあったとはいえ、もう彼女のことは仲間として受け入れているようだ。
「こころを、まもる?」
「そうだゾ。ただ守った相手が生きていればいいって訳じゃない、皆で生き残ってこそのレギオンだ。梅も夢結も梨璃も結梨も、皆その中にいる。だから結梨がどこの誰だろうと、ちゃんとここにいていいんだからナ?」
「……うん!」
そう元気よく答える彼女の髪を、今度は梅がわしゃわしゃしている。結梨ちゃんは賢い子だ、何も知らないが故に見たこと聞いたことを素直に覚え、備わっている力で実際にやれてしまう。
だが実戦を、そこで起きる別れの可能性という物を、初陣だからということを除いてもまるで分かっていなかった……それがさっきまでの、自分の身を一切鑑みない行動に現れてしまっていたのだろう。
だから今皆でそれを教えて、その上で彼女がいていい所へ無事帰って来れるよう、繋ぎ止めるための糸を紡ごうとしている……ここまで良い感じにされると、きっかけの私が恥ずかしくなるんだけど」
「そこを口にしてなければ少しは格好いい先輩ムーブ出来てましたよね、雪華サマ?」
「ぐっ、ようやく名前で呼んでくれたと思ったら梅と同じニュアンスとは、無駄に影響されおって。うりうり~!」
「いや、わたし猫が好きなだけで、別に猫そのものじゃないんで」
デレたと見せかけて未だツン期な鶴紗ちゃんには、そこら辺に落ちてた必殺の猫じゃらしもこうかはないようだ……どうして。
◆◆◆
「で、ミリアムちゃん、結梨ちゃんのグングニルどうなのさ?」
「勿論ダメダメじゃ。あんな想定外の使い方をしたもんじゃから、コアを始め伝達系やら何やらがほとんどお釈迦になっとる。何をどうしたらこんなあじゃぽじゃになるんじゃ……」
「えーと、こうばーっとやっておりゃーって」
擬音。とりあえずあれだけ無茶をしてたからと、結梨ちゃんのCHARMを戦うアーセナルが一人のミリアムちゃんに見てもらっての会話がこれである。
まあ百由が何か仕込んだんでもなければあんな無茶苦茶、大昔のCDプレイヤーでゲームディスクを再生したようなもんだから、そりゃあ壊れるよねとは。
「で、ブレイザーみたく軽いメンテでどうにかなる範囲は……越えてるか」
「うむ、もう録に動くかあてにならん部品がほとんどじゃ、一柳隊のアーセナルとしてこんな物は絶対に使わせられん。結梨には悪いが、雪華様のコレクションから借りるしかないかのう」
「あー……そう言われても、今出せるのブリューナクしかないや」
「またか! またやりおったのか!」
皮肉っぽい言い回しに逃れられない現実を投げ付けると、「なんでなんでー」とどんどん地団駄を踏むミリアムちゃん。
「いやホントごめんて、今回急だったから元々そんなに持ち込めてなかったし」
機数としては6月末の出撃時の四機持ち込みと比べると一機少なく、内ひとつがダウンした以上もう選択肢がないんだから仕方ない。
まあ、一応ライザーは浜辺に流れ着いてたのを皆が回収してくれてたけど、B型兵装の重ね掛けとかいう限界を余裕で越えた運用をした上にフィールド最大展開とスラスター全力全開を同時になんて追撃の無茶が祟って、結梨ちゃんのグングニル以上にどこかしらと言わず逝ったのかソードガンを始め一切使ってないはずの各種武装すらうんともすんとも言わないし。
「まあよい、結梨用に再調整するからとりあえずふたつとも預かるぞい。グングニルもコアのメモリーはまだ辛うじて生きておるから、データを吸い上げてブリューナクのコアに入れ換える……契約も、後からやればなんとかなるじゃろう」
CHARM、というよりその力を制御するマギクリスタルコアとの契約──基本的に他人のコアでCHARMを使うことを推奨されないのはそれの一環でリリィ自身のマギや戦闘データのあれこれがそれに蓄積され、色々と最適化が行われていたりするからだけど、戦闘中自前のコアが破損したりロストしたりとでやむを得ず別のコアと再契約するなんて事態は、案外それなりに起きているらしい。というか私が前に例のダインスレイフでやったし。
まあ実際詳しいところは何がどうなっているのかなんてよく分かってないけど、ミリアムちゃんが端末と私たちの渡した二機のCHARMを繋いでキーボードをカタカタしだしたのなら餅は餅屋だ、後は任せておいていいだろう。
「さてと……ぐえっ」
なんてみんなの様子を見に行こうとしたら、いきなり鶴紗ちゃんに右腕を決められながら地面に押し付けられた。何故に。
「いや、雪華サマは余計なことせず休んでてください」
「それ、怪我人を組み伏せて言う台詞じゃないよね?」
「先輩たちにそれくらいはしろって言われてます。というか、怪我人の自覚あるんなら作戦開始まで大人しくしてて」
「私も一応その先輩のつもりなんだけどなぁ」
つまりは