アサルトリリィ~円環の赫星~   作:ですティニー

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前回のあらすじ:作戦開始と少しの裏方と〈結梨様〉との入刀と。
勝ったな天上ノ庭入ってくる(時間外)


狙った小さなあの希望/閃光の果てに

『雨嘉さん、結梨ちゃんと雪華様が離脱を開始しました。いつでもどうぞ!』

 

「了解、《天の秤目》……!」

 

 レアスキルに例の暴走気味なアーセナル二人に後付けされた追加のスコープを合わせても、ヒュージまでが遠すぎて普段と比べれば小さく見えるが、雪華たちの攻撃によって露出させられた目標のコアは完全に補足した。後は引き金を引けば全て終わる……はずなのに。

 

「……っ」

 

 指を掛けたアステリオンの引き金が妙に重い──いや、重いのは自分の指の動きの方だとは、雨嘉自身分かっている。

 だがこれを外せば次のチャンスはいつになるか分からず、一柳隊どころか最悪百合ヶ丘自体が壊滅しかねないし、そもそもその前に自分がヒュージからの反撃を食らって……それだけのプレッシャーが今彼女を押し潰そうとしており、それが腕の震えにも現れてしまっているのだ。

 

「あれは……」

 

 そこでスコープ越しに雨嘉が見たのは、先程の自爆に巻き込まれ所々刃の欠けているソードビットの生き残り三基が、それでもヒュージの再生を食い止めるべく突撃を続けている姿──勿論操作しているのは雪華なのだろうが、それが皆と戦っているんだという認識を改めて彼女に与え、指が少し軽くなる。

 

『雨嘉さんっ!』

『雨嘉ちゃん!』

 

「あ……」

 

 次に届いたのは通信越しに聞こえる二人分の声と、温かいマギの力。パス回しの最中完全に覚醒したらしい梨璃の力を、神琳が『テスタメント』で届けてくれたようだ。

 それがどんな効果のレアスキルかは分からずとも、二人が側で支えてくれているような感覚が何よりも心強くて、腕の震えも照準の障害にならない程度には弱くなっていく。

 

(これでも震えが止まらないから、まだわたしは弱い自分のままなのかもしれない……だけど)

 

「今のわたしは、もう一人じゃないから……この戦いを、終わらせるっ!!」

 

 自らを鼓舞するように雨嘉は普段なら絶対に出さない程の大声を上げ、レギオン名(ラーズグリーズ)の背負う役目を果たすべく、マギスフィアを解き放つ。

 目標までの距離もあり、フィニッシュショットも瞬時に着弾とは行かないが、彼女がその命中を疑うことは不思議となかった。

 

◆◆◆

 

「っ……フィニッシュショットのコアへの命中を確認、目標は崩壊していきます!!」

 

 『鷹の目』持ち故に観測を担当していた二水の報告に、歓声を上げるほどの余力は掟破りのノインヴェルト2ループを終えた一柳隊の一年生には残ってないようで、各々砂浜で仰向けに倒れ込んで息を切らせている。

 

「やった、んですの?」

 

「ふふ、流石は……わたくしの雨嘉さんです」

 

「いったい、いつからおぬしのになったんじゃ……いや、同室になった時点で、か」

 

「そのついでで……時々わたしも自分のものにしようとするのは、止めてほしいん……だけど……」

 

 それでもこうして軽口を叩く余裕がある辺り、精神的にはかつてない程強大な敵を倒した晴れやかさが勝っているのだろう。

 

「さて、と。いつまでも雨嘉を置き去りにしてもいられないし、迎えに行ってやらないとナ!」

 

「え、今度は一人で大丈夫なんですか梅様?」

 

「んー? なんか今までにないくらい体が軽いからナー、多分あそこくらいならひとっ走りだゾ!」

 

 その言葉の通り、言い終わるが早いか先程の結梨もかくやという速度で、梅は海の上を駆けていく。

 それを見て「凄いなぁ」と呟きながらも疑問の解けない梨璃は、隣の夢結へ顔を向けながらそのことを口にする。

 

「えっと、お姉様、これってやっぱりわたしのレアスキルが……あれ、どうしたんですか?」

 

「いえ、二水さんが」

 

 いつもならこういう時には大喜びで写真を撮るなり、新聞のネタになりそうなことを手帳なりに纏めてたりしているだろう二水が妙に大人しく、その瞳が赤々とマギの光に輝いていることから未だ彼女が鷹の目を使ったままなのだと夢結と梨璃が気付いた時、遠方で崩れながら小さな爆発を繰り返していたヒュージが、遂に限界を迎え大爆発を起こした。

 

「…………うそ、ですよね?」

 

「な、何がですの……二水さん?」

 

「まさか、二人に何かあったの。二水ちゃん……?」

 

 楓と梨璃からの問い掛けには、二水の青ざめた表情と縮こまりながら肩を抱いて小刻みに震える様子が答えだった。

 

「結梨ちゃんが、途中で急にフラついたと思ったら、そのまま足を踏み外して海へ落ちて……雪華様も、それを追い掛けて……なのに、二人が最後にいたところにまで、ヒュージの爆発が……あ、あぁぁぁ……っ!」

 

「落ち着け二水! 結梨はともかく、雪華様が殺したところでそう簡単に死ぬような御仁か!」

 

 勝利に浮かれていた所に、突如ハンマーで後頭部を殴られたような衝撃でパニックを起こしたのは二水だけではないようで、宣言通りひとっ走りで雨嘉を回収しに行っていた梅からも「こっちも似たような状況だ」と連絡が届き、その裏から啜り泣くように繰り返し誰かに向けて謝っている雨嘉の声も聞こえた。

 

「そう……悪いけれどそっちは任せたわ、ごめんなさい」

 

『別に、夢結の謝ることじゃないだろ』

 

 だとしても、決して拭えない無力さから、夢結もついそういう言葉を口に出してしまう。自分が代わりに行っていればなんて、今更な仮定を浮かべながら。

 

「なまじおふたりにはスキルで見えてしまったばっかりに……酷な話ですわね」

 

「おぬしは何を勝手に諦めとるんじゃ楓! それでもわしのライバルか!?」

 

「いや、そんな設定初耳ですけれど? どっから電波受信しましたの!?」

 

 そんな中でも周りを絶望に沈めまいと必死に振る舞うミリアムでさえ、勢いで訳の分からない事を口走っている辺り、あくまで空元気に過ぎないのだろう。

 

◆◆◆

 

 暗い、とても暗い中に結梨はいた。雪華と二人待避する途中、突然全身の力が抜けて海に落ちたところまでは覚えているのだが、そこからの記憶がすっぽり抜け落ちてしまっている。

 

(わたし、死んじゃったのかな)

 

 自分が今どうなっているのか、どれだけ時間が経ったのか、海面に浮いているのか、それとも水底まで沈んでいるのかさえも、それを伝える感覚が途切れていて今の結梨には分からない。

 

(結局、結梨はリリィにもヒュージにもヒトにも、なんにもなれなかったんだ……結梨(わたし)は、“わたし”になりたかったのに……)

 

 その上自分を含むみんなを守り、みんなで無事に帰るまでがリリィの戦いだと言われたのに、それすら守れず終わることが、今は無性に悔しい。

 

(でも、そんななんでもない結梨でも、みんなは必死に助けようとしてくれた。結梨に、『ここにいていいんだ』って言ってくれた。だから……)

 

 ──だから、みんなともう二度と会えないなんて、寂しいな……そんなどこまでも()()()()未練を抱えたまま、彼女の意識は深く深く落ちて行く。

 

◆◆◆

 

「……すみません、取り乱しました」

 

「仕方ないわ。表に出していないだけで、わたしも人のことは言えない状態だもの」

 

 先程まで宥めようと近寄ってきた夢結にしがみつき大声で泣き叫んでいた二水だが、ひとしきり泣いたらひとまずは落ち着いたようで、赤く腫らした目を擦りながら恥ずかしそうに離れていく。

 

 そんな彼女を見守る夢結は自分で思う以上に落ち着いて見られているようだが、単に周りが慌てていると逆に見ている側は冷静になるというものかもしれないし、ともすれば急に爆発し叫び出しかねないこの激情は、今だけでも自分の内に留めておかなければ後輩に示しが付かない、というのもある。

 これでもしあのヒュージが生きていればそんな風に考える余裕もなかったろうなと、少し前自分のシュッツエンゲルの仇を前に暴走しかけた時の様子を思い出し、夢結は少し自嘲した。

 

「夢結、こっちも大体落ち着いたゾ」

 

「ありがとう梅、一応学院の方には二人の捜索要請を出しておいたわ……今すぐこちらに回せる人員が、どれだけいるかは分からないけれど」

 

 雨嘉を回収し戻って来ていた梅に伝えたように、防衛軍やヒュージの対応に回っていた他のレギオンの方が全体的な被害は多く、救護班がそちらに出払っているだろうことも考えるとMIA──作戦中行方不明も同然な二人が優先されるかは、微妙なところだが。

 

「じゃあ、わたしたちで探しても構わないんですよね。お姉様」

 

 そこで普段より強めた語気で訪ねてくるのは、レギオンのリーダーにして夢結のシルトな彼女。

 

「梨璃……?」

 

「ダメだ。って言って聞く様子じゃあないナ?」

 

「……約束、しましたから」

 

 そんな梨璃の様子は、端から見ると吹けば消えそうな程微かな希望にすがっているかのようにも見えるが、確かに残されたメンバーは直接的な戦闘をした訳ではないのだから、少し休めば動けはするだろう……だがそれでも、今更何をするというのか。

 

「ごめんね二水ちゃん。まだ、力を貸してくれる?」

 

「……わたし、ですか?」

 

 曰く神琳のテスタメントで二水の鷹の目を全員で共有して二人を探すとのことだが、辛いようなら他のスキル──例えば楓の『レジスタ』には鷹の目のサブスキル相当の効果も含まれているし、雨嘉の『天の秤目』でも二人が海上を漂っているのならば十分有効なはずなので、嫌なら無理強いをするつもりはないと梨璃は言う。

 

「いえ、やります……やらせてください! ここで目を背けたら、わたしは一生この(ちから)と向き合えなくなってしまいます!」

 

「そこまで気負うことはありませんよ、ふーみんさん。わたくしたちは、あなただからこそ頼ることにしたのですから」

 

「頑張って、ふーみん」

 

「……はい!!」

 

 そんな神琳と雨嘉からの言葉に、力強く頷く二水。どうやら自分たちの後輩は、思っていたより随分逞しくなっていたようだ。

 あるいは一度思い切り感情を吐き出したからこそ、こうして前に進めているのかもしれないか。

 

 ──などと保護者目線になっていた二年生二人の肩を、いつの間にかその間にいた鶴紗が小突く。

 

「何遠い目してるんですか。おふたりもしっかり頭数に入ってるんだから、今日だけはサボりはなしで頼みますよ」

 

「ハハ、言われてるゾ夢結?」

 

「それはあなたのことだと思うのだけれど、梅?」

 

 そう、元より自分のシルトはもう甲州の戦場で戦いの空気に怯えていたあのか弱い少女ではない。暴走した夢結とCHARMを打ち合わせ、狂乱の果てより呼び戻してみせる程になっているのだ──ああ、それならとことんまで足掻くのも悪くない。

 ここまで来て万一ハッピーエンドに終わらなかったのなら、あの自分勝手な先輩の墓前に文句のひとつやふたつどころか、利子をマシマシで叩き付けてやるとしよう。そう夢結が決意したところで、後ろから聞こえた砂を踏みしめる音に一同は振り向く。

 

「あっ、汐里ちゃん!」

 

「皆さん、ご無事で何よりです!」

 

 その先頭は黒を基調としたノースリーブな上着に袖口の広がったアームカバーで構成された水夕会のレギオン制服姿な汐里で、彼女に続く亜羅椰と壱が間に誰かを挟むように担いでいるのが目に入ると、二水はあからさまに動揺を隠せない。

 

「え、日羽梨様、その怪我……」

 

「気にしないで二水、こんなのかすり傷よ。ところで夢結、なんだか祝勝ムードって感じじゃないみたいだけど。状況は?」

 

「ええ、実は……」

 

「…………」

 

 戦闘の跡なのか顔もレギオン制服もその下のバトルクロスも大分煤けている日羽梨が夢結と話しているのを眺めつつ、梨璃が気になってしまったのは5月の訓練の時より、日羽梨から二水への呼び方が随分と気安くなっていること。

 先日気付いた汐里との距離感の変化といい、入学してからの数ヶ月で二水も大分百合ヶ丘に馴染めたのだなと、こんな時でも梨璃は自分のことのように嬉しく思っている間に、夢結から大体のあらましを聞いた日羽梨は顎に手を当てていた。

 

「なるほど、確かに海の中に落ちて行ったのね?」

 

「は、はい! ですが、二人ともヒュージが爆発する前に落ちたので、今どこに流されているかまでは……」

 

 あれだけの大きさなヒュージの爆発ともあれば、波模様もその前後で大きく姿を変えている。そもそも海底まで沈んでしまっていたら、どの道関係ない話ではあるが……今はあまりマイナスに考え過ぎるのもよくないと、二水が頭を振ると壱も会話に混ざってくる。

 

「ガーデンに残ってた天葉様たちにも連絡したわ、動けるメンバーを集めて合流するとのことよ」

 

「そもそも、ここで黙っているようなお方ならわざわざわたしたちも新潟まで行ってないでしょう?」

 

 当時も今も、どうにも状況に不満だらけな亜羅椰の言い種はともかく、壱が手早く連絡してくれたお陰で思った以上に人手は集まりそうだと、そんな時聞こえるのは何かが飛んでくるような音。

 

「あれ、ガンシップか?」

 

「どこの……って、この前も見たようなタイプね」

 

 梅の言葉につられて日羽梨が零す通り、先日サングリーズルが出撃ついでに足を伸ばした先、不自然なヒュージの群れの上空から狙撃手を乗せ旋回していた様子は、噂以上の暴れ馬具合だと認識を改めさせられたのが記憶に新しいが──少し離れた場所へ着陸したそれから降りて来たのは、各々が脳裏に思い描いていたものとはまた違う、けれど懐かしい顔。

 

「楪?」

 

「よっ、久しぶりだね夢結。って、上から見えてたけどやっぱり日羽梨にアールヴヘイムの子たちじゃん? 夢結のレギオンだけかと思ってたのに……というか、例の子は?」

 

 タタッと降りてくる彼女は記憶と変わらずな気安さではあるが、何故彼女を先頭に一切制服に統一感のない面々なのか、日羽梨としてはそこからツッコまざるを得ない。

 

「いや、なんで烏丸のガンシップから御台場の副会長が出てくるのよ? それに後ろの……」

 

「まあ、話すと長くなるんだけどさぁ」

 

◇◇◇

 

「椛っ!」

 

 時はしばらく戻り、御台場女学校は生徒会室──その部屋の主が一人の副会長である楪がバタンと大慌てでドアを開けながら飛び込んで来るが、それぞれ作業をしていた下級生たちが驚く中、生徒会長である椛はやけに落ち着いていた。

 

「ゆず、その様子では廊下でも走っていたのでしょう? あまり慌てないように」

 

「これが慌てずにいられるか! これとこれ、つまり政府がやらかしたってことでしょ!?」

 

 楪が急かすように切り替える携帯の画面、片方はいつぞや烏丸重工より送られた連絡用のアプリのチャンネルへただ一言『ハメられた!』とだけメッセージを残す雪華の様子と、もう片方は政府からの緊急メール──そちらでは一柳の性を持つ二人のリリィが指名手配されており、雪華のこれまで語って来た内容とこの二つが指し示す答えは事情を知る者が見れば至ってシンプル。一部では『リリィの敵』だとまで言われる日本政府が、遂に馬脚を現したということ。

 

「先程、純さんからも同様の内容で直談判がありました。とはいえ、ロネスネスは都内に出没したヒュージ討伐のため出撃するので、この件には動けないとのことですが」

 

「だったらセインツから何人か連れて出る! 理由なんて真偽の確認が必要とかなんとでも「御台場女学校生徒会副会長川村楪に、生徒会長月岡椛が命じます」……椛?」

 

 同じようにあの連絡網に参加している純から事情を聞いているにしても、椛の様子はやけに落ち着き過ぎている──楪もそのことに気付いたから下手に口は挟まず、その続きを待つ。

 

「こちらの『依頼』へ、我々御台場女学校を代表して参加するように」

 

「これって……」

 

 ガーデンの方へ正規のルートで送られた依頼書、それ故に誰の文句も入らない形で通された物に書かれていたのは『以前連絡用アプリの()()()をお願いしたリリィたちに、また頼みたいことがあるから指定の位置へ集合してもらいたい』という旨の内容。

 そしてその場所は、御台場女学校の校舎からほど近い所にある()()()()()()()ヘリポート。当然依頼主も雪華の元シュッツエンゲルだという零夜で、声に出して読んでいる途中から楪の機嫌は右肩上がりに良くなっていた。

 

「さっすが椛、あたしの嫁!!」

 

 ならば話は早いと嬉しそうに椛と肩を組んだ後、壁にかけられていた生徒会としての正装であるマントを引っ掴んだ楪は、入ってきた時以上の勢いで部屋を飛び出していく。

 

「……楪様、まるで嵐のようでしたね」

 

「この間の下北沢での戦友に頼まれたようなものですし、何よりもあの白井夢結さんのレギオンの危機ですから。わたくしたち〈御台場迎撃戦〉の参加者は、どうしてもその時の仲間を気に掛けてしまうのです」

 

 それだけの激戦であったことや、迎撃戦自体元々交流のために集まったところをヒュージの襲撃に遭ったというのもあり、不思議と同じ部隊の仲間のことをしょっちゅう思い出してしまう戦いであった……というのは椛の言葉に頷く蒼い髪のリリィを初めとする現一年生の一部も、当時巻き込まれた側としてあの戦場に居合わせたのだから、よく分かる話ではあった。

 

◆◆◆

 

 そのままいつものカーディガンの変わりにマントを羽織った楪がCHARMを手にガーデンを飛び出して少し走れば、目的地へ既に到着していたガンシップの近くには見覚えのある顔がいくつか。

 

「楪!」

 

「しばらくぶりです、楪様!」

 

 真っ先に気付くのは外にいた二人、中等部からの縁な叶星と、彼女の隣にいた一葉。そしてガンシップの中から手を振る葵と、座席の影に隠れようとするのは佳世と選ばれたのは各校から一人ずつのようだが……

 

「ほらほら、隠れてないで佳世ちゃんも挨拶挨拶」

 

「あ、もう呼び方それで固定なんですね。で、ですけどわたしなんて一介のオタク風情が、あの川村楪様と親しくなんて……」

 

「あれ、もう友達だと思ってたのって私たちだけだったのかー、ブリ?」

 

 下北沢での戦闘後、同級生にそう呼ばれていたのを聞かれていたのか洗礼名の『ブリジッタ』を縮めた渾名で呼ばれて更に佳世はテンパりそうになるが、だとしても線引きはせねばならぬと、鉄の意思で口を動かす。

 

「ででで、ですけど!」

 

「まあ、どうしても嫌って言うんなら私はいいけどさぁ。椛はそんなに余所余所しくされちゃったら、多分ガッカリするだろうなぁ~?」

 

「う、うぐぐぐ……じゃ、じゃあ楪『さん』と椛『さん』で、ご容赦下さい」

 

 だがそこで以前の戦いの時世話になった椛の名前を出されては勝ち目などなくとも、流石に呼び捨てまで馴れ馴れしくはなれないと唸った後、佳世が捻り出すように返せば最低限の譲歩は引き出せたと満足そうに楪が握手のため手を差し出してくるのだから、なんかもうどうにでもなれとヤケクソでその手を取る。

 

「あ、ところでルド女からは幸恵じゃないんだね?」

 

「今になって言います? えっと、そのことですけど……」

 

◇◇◇

 

 更に時間は戻って新宿のとあるドーナツ屋、そこのイートインスペースに集まっていたのはヘルヴォルとグラン・エプレ、幸恵と佳世、そして葵と下北沢でのメンバーの半数以上。元々会う約束自体はしていたのだが、その目的は大分変わってしまっていた。

 

「これ、まあそういうことよね?」

 

 そこで恋花が話題に上げるのは楪同様雪華及び政府からのメッセージと、前日のチャットの内容。彼女はそのまま「昨日の今日でこの有様かよ」と痛くなる頭を押さえているので、どう動くべきかは一葉が話を引き継ぐ。

 

「我々はエレンスゲの……恐らくラボからは『対象の生死は問わない、どこよりも早く確保せよ』と命令が出ていますが、ルドビコの方は?」

 

「テンプルレギオンとしては、何も。適当な理由をでっち上げての指名すら起きていないから、今回のことは表向き知らぬ存ぜずで通すつもりみたいね」

 

「こっちも、ガーデンに伺いをかけても『下手に関与するな』以上のことは言われないでしょうね……」

 

 親ゲヘナガーデンでさえ意見が割れる、そういった状態では中立な立場のガーデンも表立って動けないだろうが、グラン・エプレのメンバーも葵も、そんなことは関係なくここにいることに違いはなかった。

 

「でも、ここで黙って見てるだけ、ってのもなんか違くないです?」

 

「勿論、こうして井戸端会議をするくらいならとやかく言われることはないでしょう」

 

 単なる友人同士の集まりにまで細かいチェックは入らないと高嶺が語るように、あくまでその建前を取り繕えるメンバーで集まってはいる……しかし実際に動けるのは、ガーデンからの命令が下っているヘルヴォルだけなのもまた事実だった。

 

「いっそ確保しちゃえば、後は百合ヶ丘からの追っ手も来ちゃったから『余計な荷物』は置いてきました~とかいくらでも屁理屈でかわせるんだろうけど」

 

「多分、東京方面には逃げない。百合ヶ丘の子なら尚更」

 

「それ、まにあうの?」

 

 足が付いても困るからと、ガーデン側の車両やヘリ、ガンシップなどの装備の使用許可が降りていない以上徒歩なり公共の交通手段なりで向かうしかないが、それではどうしたって鎌倉府内の勢力と比べ二歩も三歩も出遅れてしまうのだから、藍に言われずともこんな任務が成立するはずがない。

 あるいは初めから失敗『させる』前提で、それを理由にヘルヴォルへ無理難題を押し付ける口実が欲しいだけ……という可能性を否定出来ないのがエレンスゲの上層部、それを操るゲヘナのやり口である。

 

「そうなると、あまりやれることもなさそうですが……」

 

「でも、絶対におかしいって分かってることを黙って見てるだけなんて、それこそおかしいじゃないですか!」

 

 現実に打ちのめされたようにしている千香瑠の言葉に姫歌が勢いよく立ち上がりながら反論しても、ガーデンという組織に所属するリリィという立場が勝手な行動を許してくれず、その上闇雲に動いても間に合わない可能性の方が非常に高いとくれば……

 

「姫歌ちゃん、これ!」

 

「んー、どしたのとっきー?」

 

「なんであんたが返事してるのよ……あ、これなら!」

 

 確かに今の自分たちに動ける理由はない、間に合う足もない……そう、()()()()()()()()

 

「さ、幸恵さん!」

 

「……どうやら、こういう時に黙って見てられないのは、わたしたちだけじゃなかったみたいね」

 

「あー、そうくるかー」

 

 反応するのは、それぞれ雪華から紹介された〈連絡網〉に登録している面々。生徒会に直接な御台場と違い、内容に各校一人ずつな指定や送迎の車の用意があるという差はあれど、ほぼ同じ文面のそれが送られていた。

 

「ていうかさ、このタイミングの良さって多分」

 

「うん、アプリの方で位置把握されてるよね」

 

 登録する際に色々許可を求められた覚えはあるし、ここまで狙いすましたタイミングともなるとほぼ確定だろう。実際役に立ってはいるのだから、ぼやいた恋花も含め特に文句も出ないのだが。

 

「で、一人ずつだってことだけど」

 

「ここは、私に行かせてください」

 

「……分かってんの? 行き先は鎌倉、百合ヶ丘の縄張りだよ」

 

 真っ先に名乗り出た一葉に恋花が釘を刺すように、言い方は悪いが親ゲヘナ派ガーデンの所属なヘルヴォルからすれば、反ゲヘナ派である百合ヶ丘の勢力圏など敵地に等しい。

 いくら一葉たちがガーデンに逆らっている立場だろうと、そんなことは知り合いである雪華以外誰も知らないはず……最低限レギオンメンバーには共有していたとしても、他のリリィからは状況の悪さもあって制服を見ただけでゲヘナの手先かと問答無用でCHARMを向けられる可能性は十分にあるのだ。

 

「覚悟の上です。それに、この内容なら御台場からも楪様か純様が来てくださるのですから、エレンスゲというだけで拒絶されるとは限りませんよ」

 

「ったく、このお人好しは……」

 

 その上一度言い出したら聞かないと来た。しかも「隊長である私が情報収集のため不在であれば、待機の理由としても言い訳が立ちます」と自分である必要を念押ししてくるのだから、恋花も呆れたように頷く以外の答えはなかった。

 

「それじゃあ、神庭からは私が行くべきかしら? 幕張の時の縁があるし、楪か純と合わせて向こうの警戒も薄れるはずよ」

 

 一年前の〈幕張奪還戦〉において特に尽力していたのは今の三年生世代──百合ヶ丘においては当代の生徒会長の一人が参加していたはずだ。と覚えのある叶星が名乗り出れば、ルド女からは当時もうひとつの大きな戦いである〈御台場迎撃戦〉の参加者である幸恵が反応する。

 

「ならルド女からは迎撃戦の縁があるわたしが「幸恵さん!」佳世?」

 

 しかしそこで割り込む声に振り向けば、どこか決意を秘めた様子の佳世が見える。

 

「……これがゲヘナの仕業だっていうのなら、ルド女の方も何が起きるか分かりません。だから、幸恵さんは来夢さんの側にいてあげてください」

 

 言いたいことは分かる。先日実の姉な未来をゲヘナの謀略で失ったばかりな上、来夢自身も幾度となく不自然なヒュージの群れに襲われているのだから、注意が他所に向いている隙に内側で事を起こす……というのがないとは言い切れない。実際他のクラスとはいえ、同学年のリリィもまたゲヘナの被害に遭ったのだから。

 

「分かったわ。でも、佳世も気を付けて」

 

「はい。それに、百合ヶ丘のリリィ情報もついでに仕入れられそうですし?」

 

「大丈夫大丈夫、わたしたちが付いてますから!」

 

 これでそもそも一人だけな葵を含め、各校のメンバーが決まったところ、外に目を向ければいつの間にか入り口から歩道を挟んだ先にいかにもな車が止まっていた。

 

「おー、なんか高そうな車が外に来てる☆」

 

「多分、そういうことよね……?」

 

 登録しているメンバーだけとはいえ、位置情報は把握されているのだから迎えも直接送れるのも当然だろうが、これはこれで何人かからすれば薄気味が悪い。少なくとも今この瞬間は烏丸が敵でなくて良かったと、乗り込む四人を見送りながら思うくらいには。

 

◇◇◇

 

「ま、流れとしてはこんな感じかな」

 

 その説明ついでに救援組は初対面の相手への自己紹介も終え、所属から最初こそ警戒された一葉も周りの取りなしもあって今は何かをしない内は百合ヶ丘組も目くじらは立てない、という結論になった。

 

「んー、それにしても楓とまた一緒に戦えるかと思ったら、もう片付けてるなんてあの先輩ってばホント規格外だなぁ……」

 

「大体葵も東京で見た通りの大暴れでしたわ。だからこそこの短時間であのギガント級を撃滅せしめることが出来た、と言えますが……」

 

 そんな彼女も今は海中へ沈んだ結梨を追って共に行方不明……となれば、ここで空の足が出来たというのは非常に大きい。百合ヶ丘の分はこのゴタゴタの中、こちらまで回せる余裕があるかも怪しいのだから。

 

「楪、来てくれたんだ!」

 

 そこで百合ヶ丘からも増援が到着し、その面子は天葉や貞花を先頭に見覚えのある顔ばかりが名乗り出てくれたのだろうとざっと見渡すだけでも分かるのだから、一柳隊としても頼もしい。

 

「天葉……は新潟ぶりだね。ざっと説明するとあたしたちはガンシップで空から二人を探す、こっちは任せたよ」

 

 知り合いの顔を見て駆けてくる戦友との邂逅を喜ぶのも程々に、やることはやらねばと救援組がガンシップの操縦士へ話を通しているのなら、もう少し話を詰めておくべきか。

 

「なら、わたくしもそちらでよろしいですか? 葵がいるのでしたら『ファンタズム』も頼れますし」

 

「そうね、勝手知ったる仲の方がやりやすいでしょうし、こちらからもお願いするわ」

 

「中等部格付け世界一のお手前、拝見させて頂きます!」

 

 一葉の意気込みは少しズレているとして、救援組の隊長コンビも同じ『レジスタ』持ちとして歓迎しているが、当の楓は久々の親友との共闘というのもあって、気負っている様子はない。

 

「ふふっ。また頼みますわよ、葵?」

 

「任せて、仲間を助けるのも立派な戦いだもんね!」

 

「ファンタズム、それに『リンカー』も二人……楓、わたしも連れていって」

 

「鶴紗さん? ……そうですわね。ダブルファンタズム、久しぶりに燃えて来ましたわ!」

 

 そこで鶴紗が名乗り出るのに一度は意外そうにしながらも、彼女の言いたいことが分かると楓も挑戦的な笑みを浮かべて、葵に手を引かれながら鶴紗の手も取り、共にガンシップへ向かう。

 

「梨璃さーん、後はお任せ致しますわーーー!!」

 

 ただ、最後に振り返りながらそんな台詞を残す物だから、前の葵から「もう、そうやってすぐ浮気するんだから!」と呆れた顔を送られるのだが。

 

「おぉー、企業令嬢リリィを取り巻く、複雑な関係性の噂は本当だったんですねー……あっ」

 

 それを見て噂の答えに頷いていた佳世も、この流れで一人地上に残りますなどとは言えないのだから、慌てて乗り込もう──として、シャツの袖を掴まれているのに気付く。それも両側から。

 

「あ、ああああのっ!」

 

「ルド女の松永・ブリジッタ・佳世様ですよね! アプリゲーム〈ラストバレット〉の!」

 

 彼女を捕まえた相手は二水と弥宙、共に同じリリィオタクである……と自らの知識から引き出した佳世は、それ故に名門百合ヶ丘へ通うエリート様に何故自分のような一介のオタクが趣味で作ったファンゲームなぞが認知されているのか? と困惑するしかない。

 

「え、えぇと……?」

 

 というよりそもそも、各地の有名リリィを元にしたゲームということで二人のこともキャラクターとして実装して()()()()いる身としては、本人どころか他のリリィについても解釈違いだとこの場で天誅されてしまうのではないか? と佳世は後輩相手だというのに、大分身体をビクつかせてしまう。

 

「「連絡先、交換してください!」」

 

「はへ?」

 

 とはいえ流石にそんな物騒なことにはならず、差し出される携帯電話が二つ──弥宙の方は世界レベルのレギオンメンバーらしくスマートフォンで、つまりはただリリィオタク同士そのネットワークを広げよう、という話だったようだ。であれば受けてあげなければ年長者として格好もつかないと、佳世もポケットから携帯を出し応じるのみ。

 

「わ、わたしなんかのでよければ……」

 

「よし、これで閑さんに自慢出来るわね!」

 

「あ、わたしたちの会合仲間にもこの番号教えて大丈夫ですか?」

 

「は、はぁ……どうぞ? で、ではわたしはこれで!」

 

 こんな時だろうと自分たちのペースを崩さない後輩たちの見せるある種の強さに感服しながらも、佳世は驚いた拍子にズレかけていた眼鏡を直しながらガンシップへ駆け込む。

 

「……なんていうか、緊張感ないわね」

 

「ま、最初から諦めてお通夜ムードで探すよりはいいんじゃない?」

 

 そんな様子を眺めていた日羽梨はどうにも空気感の違いにくたびれた反応になってしまうが、人一倍動いていたろうになんかまだまだ元気そうな貞花に肩をポンポンと叩かれれば、もう何も言えずため息を溢すだけだった。

 

「ともかく、こっちもこっちでやることやるゾ!」

 

「そうね……二水さん、神琳さん、お願い」

 

 浮上するガンシップに乗っているメンバーが上空から二人を探してくれるのなら、こちらは予定通り鷹の目を共有することによる人海戦術を。誰も、仲間の命を諦めることはしたくないのだから。

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