結局一年目のイベントが、一番つめつめのし甲斐があるといいますか。まあ二年目以降は参戦記念で紹介がメインなの増えたしね?先に顔見せしてるとやることが。
軍艦─まあそっち方面のオタクでもなし詳しい分類は分からないから、ただそう呼んでるだけだけど─に揺られて港を出てしばらく、艦内の見学を頼んでみたら意外なほどあっさり許可されて、今は案内を引き受けてくれた艦長さんと並んで座り、外を眺めている。
「……いいんですか、こんな無礼なやつに軍機だろうとこ見せちゃって」
「そもそもこちらから救援を頼んだ援軍相手だ、何も不都合はなかろう? それに神琳君にも話したが、態度に問題があったとしたらまず我々の方だ。雪華君もこちらと協働するにあたって少しでも申し訳なく思ってくれたのなら、それだけで十分さ」
気にするな。とカラカラ笑ってくれるならいいのかなと艦長さんが立ったのに倣って窓から視線を下に向ければ、甲板の端の方ではその神琳ちゃんと鶴紗ちゃんが海を眺めながら話していたようで、鶴紗ちゃんが少し離れれば入れ違いに雨嘉ちゃんが。
「ま、どうしても海をアテもなくってなると疲れますからね。足として、存分に使われてもらいますよ?」
「ほう、場所さえ分かればなんとかなると?」
「今の装備だと一押し足りない、とだけ。あの人も間に合うか怪しいけど、普通のラージ級までならなんとかなるとは思いた──っと?」
「状況は!」
そこで不自然な揺れに襲われれば、艦長さんは壁に片腕を付きながらも通信機を取り、クルーに鋭く声を飛ばしている。
『船体に異常なし! しかしレーダーの反応は依然増え続けています』
「なるほど、これは君たちの力が必要になりそうだ。戦闘準備をしてもらいたい」
「了解、それが仕事ですからね!」
メッセンジャーを頼まれれば敬礼を返しながら駆け出して、皆の集まっている船室を目指す。
◆◆◆
部屋に残っていたメンバーを連れて甲板に出れば、最初からタコ型ヒュージのおでましで外にいた神琳ちゃんたちは既に迎撃を開始していた。
とはいえもう誰も気を抜いていない上に、今は船側からも機銃による援護もあるのだから、小型ヒュージの群れなら特に問題もなく撃滅できても、どうにも雲行きが怪しかった──二重の意味で。
「っ、この警報は」
「親玉のヒュージを、見付けた合図……?」
「……んー? ありゃ、なんだ?」
「単なる自然現象、なら良かったんだけどねぇ」
海全体でなく、渦のような物の発生している辺りだけ雲が集まって激しい雷雨に覆われ、まるで嵐のようになってますだなんて何者かの『ここにいますよ』アピールに他ならない訳で、そこまでの影響を及ぼせる存在こそ、今探している件のヒュージ──ファンバオなのだろう。
「……全部、同じ」
「神琳?」
「同じなんです。ヒュージの群れの行動も、その後に確認された奇妙な渦も、不自然な嵐も……全部、お兄様たちから聞いた話の通り」
その上この中で一番ヤツに詳しいだろう神琳ちゃんが、答え合わせまでしてくれたんだ。これで間違いなら完全なすれ違いで、港に帰る頃にはもう全てが焼かれて終わった後になってしまう。だから──
「そ、空がいきなり……?」
「嫌な感じ……梨璃!」
二水ちゃんと結梨ちゃんが真っ先に気付いた通り、この船のいる辺りの空も雲に飲まれたと思えば、同じように急な雨と雷が……不味いな、もう活動を始めたか。
「えっと、こういう時は一度戻って対策を練る。ですよね、お姉様?」
「ええ。これは無策で挑める相手ではなさそうだもの」
「そうですわね、幸いファンバオと思しきヒュージの位置は特定出来たのですから、最低限の目的は達成されたと……神琳さん?」
梨璃ちゃんから夢結、楓さんとトントン拍子に話が進んだはずなのに、同じ司令塔として話に加わるはずの神琳ちゃんがいない……そんな彼女が少し離れたところで艦長さんに何か聞いているのが見えたのと──
「鶴紗ちゃん?」
「こっちは頼みます!」
──雷が落ちてシルエットだけ見えたタコ型のミドル級が迎撃を抜けてブリッジに一直線に突っ込んで行くのと、注意が逸れた隙に船に備え付けられていた偵察用のボートを勝手に降ろした神琳ちゃんが飛び降りたのと、同時に対処するには身体が足りなかったのだけが現実。
「──ッ、馬鹿野郎が!」
つい語気も荒くなるけど、甲板にアンカーを打ち込みながらシールドのスラスターを合わせた大ジャンプでヒュージに体当たりするようにアステリオンを突き刺す形になった以上、流石に今から追おうにも私は間に合わないのだから、どうにもならない分の八つ当たりのようにアステリオンを振り抜いてヒュージをかっ捌く。
けどあの瞬間、誰かの腕に引っ張られるようにしてた鶴紗ちゃん以外にも神琳ちゃんを追ってボートに乗り込んだのか、何人かの姿が見えない。
「ヒュージが集まって来た! 皆、船を守るゾ!」
「「は、はい!」」
「ああもう、保険かけといて良かったのやら……!」
その上こっちはこっちで大盛況となれば、アンカーの引き戻しで甲板に降りて迎撃に加わりながら、この嵐の中心──元凶なヒュージがいるんだろう辺りを睨み付ける。装備も足りない以上今の私にできるのは、ファンバオとやらに誰もやられないのを祈ることだけだ。
◆◆◆
「……まったく、結梨まで行くことはなかったでしょ」
「だって、雪華に神琳から目を離すなって……それに今度はわたしが、誰かに手を伸ばさなきゃ」
海上へ落とされた偵察用ボートの上、鶴紗としては結梨が神琳を追って駆け出そうとしたのを見てついその手を掴んで一緒に飛び込んだ形にはなるが、彼女が動かなくとも自分は神琳を追っていただろうなとは、今更の話か。
(まあ、わたしも梨璃に助けられたから……って改めて口にするのは、なんだか恥ずかしいな)
結局、二人して皆に助けられた経験があるからこそ「今度は自分が」と体が動いたのだから、似た者同士である──というのは間違いないが、そうと言葉にしたがらないのは、一応先に産まれた側としての意地なのかどうか。
「ずっと探していたのに、やっと見つけたのに……ここで見逃すなんて、そんなこと……!」
何にせよ、一人で行くつもりなのか同乗者の二人にも気付かずよくない空気を漂わせているままの神琳にも、そろそろ自分たちを認識してもらわないといけないから声を掛ける。
「ともかく、こうなったら何もせず戻る訳にもいかないでしょ?」
どうせ降ろした時点でボートは激しくなった波に揺られ船から離れ出しているのだからと、鶴紗が口を挟めばようやく気付いたようで、神琳は珍しく狼狽えている。
「た、鶴紗さん? 結梨さんまで……どうして」
「くんくん……うん、やっぱり今の神琳からは怖い匂いがする。多分、あの時の結梨と同じ」
そんな神琳からの質問に彼女へ近寄って鼻をヒクヒクさせながら答える結梨は、こちらも彼女にしては珍しい神妙な空気に。
あの時──『ハレボレボッツ』と命名された、ヒュージネストに隣り合わせて現れたレーザーレイ種のギガント級。それに単身挑もうとした自分と今の神琳と、心の内にある想いの違いこそあっても、外から見れば同じなのだろうとはまだ色々と足りていない結梨でも分かる。
「それにもう一人、今落ちてくるよ」
「神琳ーーーっ!」
「と、とと……っ!」
鶴紗の未来を
「一人で行くなんてダメ! 危なすぎるよ!」
「なら、なんで雨嘉さんまで来たんです! これはわたくしの、わたくしの家族の……」
「なんでそんなこともわかんないの!? わたしは、わたしたちだって神琳の……!」
「『一人きりじゃ笑うことも泣くこともできない』って、なんの歌だったかな」
このままギクシャクした状態でいるより、いっそボコボコになるまで喧嘩した方がいいのかもしれないけれど、その勢いで仲良く親玉のところまで突っ込まれてしまってはたまらないから、一旦落ち着いて欲しいと態度に出しながら鶴紗は口を挟む。
「鶴紗……?」
「助け合うのが仲間、でしょ? 少なくともわたしや結梨は、皆に助けて貰えたから今ここにいられてるの」
「……っ」
そして、その『皆』の中には他ならぬ神琳自身もいた。だから今度は自分たちを頼ってくれと、頼っていいんだと言われれば、神琳とてそれを無碍に出来るような性格ではないのだから、少し考えるポーズを取ろうが最終的には受け入れるしかない。
「……分かりました。ただし、今回ばかりは策なんて何もありませんし、どうなるかの保証はできかねます」
「覚悟は、してるつもり」
「でも、絶対みんなで梨璃たちのところに帰る!」
鶴紗と結梨の意気込みに続いて、しっかりと神琳の手を取りながら、珍しく力を込めて雨嘉は告げる。
「だから、一人になんてさせないよ」
「ありがとうございます……では、参りましょうか」
(わたくしからたくさんの大切なものを奪い去った、あのヒュージの元へ──)
この場に故郷の、そして家族の仇が存在するのが確定しただけで『これ』なのだ。はたして実際に本物のファンバオを目の当たりにしたその時、自分が冷静でいられるか神琳とて自信はなかった。心の片隅にある「それでも構わない」と考える部分は、見ないフリをして。
「ところで、これどうやって動かすの?」
「結梨は変なとこ触らない。神琳、わざわざ艦長さんに聞いてたってことは、やれるんでしょ」
「……ええ、勿論です」
だがそれまでは、まだ一柳隊の自分らしくいてもいいのではないか。仲間たちの存在はそうして彼女の心を繋ぎ止めてくれていたから、神琳は船尾に回ると操舵のためのアームを握る。
◆◆◆
船の方がまだ戦闘中だからか、嵐の中心に近付くまではほとんどヒュージに遭遇することはなかった。そして、次第に見えて来るのはクラッシャー種なのだろう長い胴体を持つ、龍のような大型のヒュージ──ファンバオ。
「やはり……あの姿は……!」
今更確かめるまでもない、兄の遺した手紙、必死に搔き集めた記録、全て擦り切れんばかりに頭に叩き込んだのだから……長年夢に見ていた瞬間が、今訪れたということ。
「思っていたよりも大きい……ギガント級って程じゃないけど、ラージ級でもかなり上の方?」
「ヒュージって、おっきくなるんだっけ?」
「うん。一応生物には違いないから、時間を掛ければ、それだけ……」
結梨からの質問に答えて少しは冷静になれても……いや、だからこそこういった特異なヒュージ特有の『圧』というものは、既に雨嘉たちを捉えているのを肌で感じる。
「……ようやくこの時が来ました、お兄様たち。ずっとずっと、神琳はこの時のために……!」
「神琳、気持ちは分かるけどこれ以上は近寄れない」
流石に軍用なだけはあって、ラバー製のボートはこの嵐の中でも四人をしっかりここまで運んではくれた。しかしその発生源なヒュージに近付くということは、更に波も風も勢いを増すのが見えているから、誰かしらが投げ出されるかまとめて転覆するのがオチだろう。
「確かに、海上からはここが限界でしょう。ですが──」
「っ……鶴紗、神琳を止めて!」
諦めたにしては、マソレリックを構えスッと立ち上がる神琳の様子は正反対で、感じる匂いも嫌な感じになったが、荒波に振り落とされないよう屈んでいた結梨と、彼女を押さえる雨嘉では間に合わない。
「神琳? 何を──」
「くっ……!?」
だが鶴紗もまだ話の途中なつもりでいたから、行動がワンテンポ遅れてしまい既に神琳は跳び上がった後で、波とその反動に揺られながら手は宙を切る。
当然、ただのジャンプでは風に流されて終わるだけ。そんなことは神琳にも分かっているから、護衛なのだろうタコ型ヒュージ数体からの攻撃をマソレリックで防ぎながら、足元にマギの足場を出し再度の跳躍。
「──邪魔です!!」
雪華のように足場のフィールドを形成するような強引さはなく、必要最低限なものを乗る瞬間だけ出しては消し、時に手で押すなどの小技を絡めてヒュージの防衛線を抜けると、振り向き様にシューティングモードに切り替えまとめて射貫けば撃破を確かめることもなく、ファンバオへ向かい一気に飛び込む。
(泣いていたわたくしはもういない……悲しみと、悔しさと一緒に、わたくしはCHARMを握りしめたのだから……!)
そうして神琳はずっと、ずっと努力を重ねて来た。いつかは、やがていつかはこの手で、踏みにじられた故郷と家族の敵を、郭家の一員として取るために。ファンバオを、倒すためだけに。
「お前は……お前だけはぁーーーッ!!」
心の中に溜まっていた怒りと悲しみと憎しみを、全てを吐き出すかのように引き金を引き空を駆ける神琳に、常の余裕はまるで見られない──だからボートに残された面々の気付くそれは、彼女の意識の外のこと。
「鶴紗、あれなに!?」
「尻尾が、光って……まさか!?」
そこで思い出されるのは、出発前他ならぬ神琳自身が語っていたこと。彼女の故郷を、家族を、守りたかったもの全てを焼き払った、龍の息吹。
「神琳のことを、狙って……っ! 神琳、避けてッ!」
「──え?」
だが、その事を話していたはずの神琳は名前を叫ばれてようやく我に返ったばかり、放たれた光を前に回避行動など間に合うはずもなく──跳び上がり体当たりでもするようにぶつかってきた雨嘉と一緒に、海に落ちるだけだった。
◆◆◆
「雨嘉!?」
「大丈夫、当たってない!」
確かに、二人仲良く落ちていったのだから結梨に言われずとも揃ってレーザーに焼かれた。ということだけはないのだろうが、変に思い切りが良い……と鶴紗が呆れるのも程々に、今度はヒュージの尻尾がボートに向けられている。
「くっ、二人を引き上げないといけないのに……!」
「結梨が行く! 鶴紗は二人『その役目は、私が引き受けさせてもらいますよ!』を?」
その時入るCHARMのコア越しの通信──本来の役目でなく副次的な機能であるが故に、正規の通信機より有効距離が短くなるはずなそれが繋がったということは、鶴紗と結梨もどこかで聞いた覚えがあるようなこの声の主も、比較的近い位置にいるはず。
「鶴紗、あれ!」
「ヘリ!? なんでこんなところに」
結梨が指差す方にいたものに、いくらなんでも無茶が過ぎる。などとわざわざ言葉にするまでもなくフラフラと覚束ない動きなヘリの、左右のドアを開け放して通された見覚えのない長身の大砲のようなCHARMを構えるリリィの姿は、風に靡くマントがやけに二人にも覚えがあるような気がした。
「《天の秤目》発動。ターゲット捕捉……チャージ開始……」
強風に煽られ、足場も頼りなかろうと関係ない。ただレアスキルの光らせるスコープを覗き、いつものように狙い撃つのみ。そうしているとCHARMもヒュージも充填が終ったと光の加減で分かるから、鶴紗たちに通信を繋いだ彼女は最後のピースを嵌める。
─デッドアイ─
「止まっているも同然な的を、外すようなスナイパーはいませんよ!」
『デッドアイ』──天の秤目のS級固有技であるその効果は単純明快、視界内の時間がほとんど静止して見える程に鋭敏化された感覚をもたらす力。覚醒したばかりならいざ知らず、長年側にいてくれたこの力に今更振り回されるようなこともなく、ファンバオからの砲撃に合わせ引き金を引けば、閃光と閃光がぶつかり合う。
「……まあ、流石に無理ですよね。オートパイロット解除、お疲れ様でした」
しかし見るからに大きさが違いすぎるのもあって、激突の瞬間はともかくそれ以降は完全に力負けしている。と判断すれば彼女は迷いなく動力を落としたヘリから飛び出し、数瞬遅れでヒュージの極太レーザーに撃ち抜かれ爆散する光景をバックに、
「あれ、ビットなの……?」
「あそこ、二人が!」
各部からマギを噴射する感じはどこか雪華のライザーたちに近く見えるが、時間稼ぎとしては十分だったようで結梨が向いている方に、ぐったりとしていて気を失っているのだろう神琳を抱えた雨嘉が、海面に浮いて来るのが見えた。
「エンジンはこっちで見ます、おふたりの回収を!」
「えっと、雪華様の先輩だった……霊奈様?」
そこで自身の身長より随分と長いCHARMを背負うようにしてボートの上に落ちて来るのは、この雨から眼鏡を保護するためなのだろうゴーグルで少し分かり辛いが二人にも覚えがある、競技会の時遠目に見た先輩。声の方の聞き覚えも、雨嘉の出場したコスプレステージでのマイク越しのそれだったということ。
「雨嘉、伸ばして!」
「んっ、ぅ……!」
ともかく霊奈に操縦を任せて、鶴紗の手を雨嘉が取ったのを確認して二人を引き上げると、反対では結梨が海面から何かを拾い上げている。
「マソレリックもあったよ!」
「よし。でもヒュージの方は……うわっ!?」
「心配ご無用、そのために撃たせたんです!」
回収は済ませたならとCHARMの噴射で強引に反転して船に戻るコースを取るボートの上、そのまま大砲のようなCHARMのスラスターも推力と利用しながらゴーグルを眼鏡の代わりにクイッと指で押す霊奈の言う通り、二度の砲撃は由比ヶ浜ネストの個体と違い、マギの供給源がある訳でもないファンバオにとって少なくない負担ではあったようで、追撃に動く気配はなく周囲から再度集まったヒュージも、主を守るような布陣を取っているのだから。
「雨嘉、神琳大丈夫なの?」
「気を失ってるだけ……と思いたい」
「とにかく、まずは海水を吐かせないと」
「そう、だね……わたしがやる、鶴紗と結梨は周りを見てて」
舵を取りながら戦艦の方に連絡を取ろうとしている霊奈の見ている前で、今の自分たちにやれることをやろうとしている後輩たち。これに間に合ったのなら、多少の無茶はした甲斐があったなと思えたところで、通信の繋がった音に現実へ意識を戻す。
◆◆◆
「今の爆発、何が……?」
船に迫るヒュージを粗方撃退した辺りで見えた、恐らくはファンバオによるものなのだろう二度の砲撃と、後者の後に続いた爆発。甲板からも見えたそれに混乱していると、誰かとの通信を終えた艦長さんからの言葉が。
「雪華君、君の言っていた救援とやらが間に合ったようだ。今から戻ってくるボートを回収し、一度港へ戻ろう」
「え、私のって……霊奈さん?」
ともかくそこで視界に入ってくるのは、ボートの上でよくわからんCHARMをブースター代わりにしている霊奈さんと、雨嘉ちゃんに胸の下辺りを押されて心肺蘇生をされているのだろう、神琳ちゃんの様子。
◆◆◆
「雨嘉ちゃん!」
「梨璃……神琳が、神琳が……!」
そのまま引き上げられたボートから雨嘉ちゃんが神琳ちゃんを抱えて降りて来ると、駆け寄った梨璃ちゃんを前に要領を得ない返ししか出来ないでいる。
「落ち着いて、何があったの?」
「神琳が……やられそうになって、溺れて……助けたのに……目を覚まさないんです!」
「海水はさっき吐きかせました。だから、最悪の事態は避けられたと思うんですけど……」
熱が入ってる雨嘉ちゃんに代わって鶴紗ちゃんが引き継いでくれるけど、まあ大体予想通り……とはいえ現実になった以上冗談では済まないと、艦長さんの方を見れば何を言わずとも頷いてくれた。
「分かっているとも。部屋を用意させる、艦内に運んで、横にしてあげなさい」
「雨嘉ちゃんは、神琳さんについてあげて」
「梨璃……うん」
そのまま雨嘉ちゃんが神琳ちゃんを支えるように艦内に戻るのを見送ると、艦長さんは無線を手に号令を掛けている。
「全乗組員に告ぐ! 本艦はこれより新佐世保港へと引き返す! 進路をまっすぐに──」
「でしたら、こちらの雪華様を艦尾に置かせてくださいまし。まだファンバオの有効射程は抜けていないはずですが、まあなんとかなるでしょう」
指示を聞いて割り込む楓さんの言い分は、これまで何度もギガント級相手でも凌いでみせたのだから、あの威力だろうと至近距離ならともかく長距離でなら問題なく防げるとは、信頼して貰えているようで。
「はいはい、追撃は警戒しろってことでしょ?」
「なるほど、それならばこちらから頼みたいくらいだ。すまないが少しでも早く帰還したい、無茶に付き合ってくれるかね?」
勿論だと盾を掲げて応えれば、「よろしく頼む」と言葉を残して艦長さんも艦内へ……で。
「霊奈さん、また妙なことしてますね?」
「急いでって頼んできたのは雪華ちゃんでしょう? 私はそれに応えただけですよー」
ああそう……と呆れるのもそこそこに、私は私でやることあるんだしと飛び出そうとしたところで、ボートを降りてからやけに静かだった結梨ちゃんが申し訳なさそうにしてるのが目に入って、立ち止まることに。
「結梨ちゃん?」
「……ごめん雪華。神琳のこと、止められなかった」
この場合反省するべきは無茶振りをした私の方な気がしないでもないけど、どう伝えたもんかと考えていたら、霊奈さんが結梨ちゃんを後ろからギュッと抱き締めていた。
「誰だってミスや失敗はありますよ。けど後から反省出来るだけ、致命的なそれじゃなかったと、まだ上手くやれた方だったと思った方が建設的です」
「ん……そうなの?」
「少なくとも、
今度こそと配置に向かえば、とりあえず手を振って見送ってくれるくらいには結梨ちゃんも持ち直せたと思いたい。
◆◆◆
「ここ、は……?」
懐かしい夢をみたような、そんな朧気な具合で神琳が目を覚ませば、個室のベッドに寝かされている。と気付いた辺りで、部屋の中に誰かの気配を──
「神琳っ! よかった……本当に、あのままもう目を覚まさないんじゃないかって、ずっと心配してたんだよ?」
「ヒュージは……あのヒュージは、どうなったんですか?」
まだよく回らない頭ではあるが、駆け寄ってきた雨嘉の言葉から自分がそれなりに長い間眠っていたようだと分かってしまえば、神琳がまず確認すべきはそこになる。
「どうにもなってないよ。わたしたちはあの後、すぐ港に戻ったから、まだファンバオは生きてる。帰る途中の攻撃は、雪華様が防いでくれたけど」
「今は梨璃たちがあのヒュージをどうするかの会議中? だって」
だから様子を見にきていたのだろう、部屋の入り口にいた鶴紗と結梨の答えに、どうしても神琳の表情は険しくなる。
「そんな……どうして退却なんてしたんですか。あの場で倒さなければ、次の機会なんてもうないかもしれないのに……!」
「神琳、死にかけたのにまだ……?」
死にかけた。なるほど結梨の言うようにそれは事実だろう──だからなんだ。自分もファンバオも、まだ生きている。ならば何も終わってなど……いや、始まってすらいない。
「一応、助けに来てくれた霊奈様曰く『あれだけ撃たせればしばらくは大人しくするでしょう』ってことだけど」
「なら今すぐ出撃しましょう。あの長距離砲撃相手に有効な対策などありません、事実わたくしの故郷は、成す術なく焼かれたのですから……誰が犠牲になろうと、決して止まらず捨て身の攻撃を続け、なんとか白兵戦に持ち込むしか「……おかしいよ」……雨嘉さん?」
鶴紗からの情報を受けて、矢継ぎ早に捲し立てる神琳に雨嘉が待ったを掛ける中、まだこういう会話に加った経験のない結梨は、一人らしくもなく神妙な顔をしていた。
「何もおかしくはありません、わたくしは──「わかった。じゃあ、わたしはあの時あのヒュージと相討ちになって死ねばよかったの? それが一番手っ取り早いから?」
……だから、彼女らしからぬ表情のまま飛び出てくる言葉は、やはり一柳結梨らしくない言い方だった。
「ばっ……おい結梨!」
いくらなんでも持ち出した例えが酷すぎる。そう鶴紗に腕を掴まれるが、その程度で止まるのなら『一柳』となど名乗っていないとばかりに、結梨の勢いは止まらない。
「だってそうだよね? わたしたちの誰かがさっきのヒュージと相討ちになるのと、結梨があの時のヒュージと相討ちになるの、どっちも結局命を捨ててるだけなんでしょ?」
それではダメだと、残される相手のことも考えろと彼女を引き留めたのは、他でもない一柳隊の仲間たち。当然神琳も、その一人のはずだ。
「…………」
そうなれば結梨を止めようとしていた鶴紗も、自暴自棄だった頃梨璃に『生きるのを諦めないで』と言われた記憶が過るから、これ以上何も言えなくなる。
「ねぇ、教えて神琳? あの時わたしを止めようとしてくれたの、全部嘘だったの? みんなに合わせて適当な「違うっ!!」
だとしても、仲間との繋がりを疑うようなことだけは誰にも言わせたくないから、雨嘉は声を荒げて割り込む。
「雨嘉、さん……」
「結梨にも分かるくらい、今の神琳は冷静じゃないから……普段の神琳なら、絶対にそんなことは、誰かの命を軽く見たことなんか言わない!!」
寝起きにしてもおかしい神琳の発言に真っ向からぶつかって行ったのは、結梨の純粋さ故か……とはいえ無自覚の自己犠牲を皆に咎められた結梨の前で、よりによって先程一人で特攻を行おうとしたばかりなのだから、既に神琳に勝ち目はない。
だから彼女を庇った雨嘉の言葉に、家族を想うあまり一柳隊で過ごした掛け替えのない日々そのものを自分で否定しかねない行動を取ったのだと、そう気付かされてしまうと同時神琳が思い至るのは──
──仲間の延長上に、守るべきものがある
父がよく言っていた、そして兄が最期の手紙の中でも引用していた言葉。その意味を忘れてしまっていたのだという、どうしようもない感情。
「わ、わたくしは……」
「ごめん神琳。すぐに落ち着けっていうのも、無理、だよね……行こ、二人とも」
「分かった、ほら結梨」
「…………」
まだ不機嫌なのか普段より大分表情の固い結梨ではあるが、二人に手を引かれれば素直に部屋を出ていく。そして残された神琳は──
「……お兄様、わたくしはどうすれば」
◆◆◆
「神琳がいなくなった!?」
雨嘉ちゃんたちが一柳隊の控えていた船室に戻ってしばらくして、慌ててやってきた艦長さんから伝えられたのは、そんな報告。
彼女が寝かされていた個室のベッドがもぬけの殻になっていたということと、通路ですれ違ったという数人の証言から、外に出た可能性が高いということらしい。ファンバオの影響か、こっちまで雨が激しくなった中で?
「無論、艦内もまだ探してはいるが……すまない」
「いえ、艦長さんってよりこっちの問題なんで……どうする?」
頭を下げる艦長さんになんとも言えない返しになりつつ後ろを向けば、行方不明の神琳ちゃんと『お手伝い』に駆り出されたミリアムちゃん以外の八人が、一応揃ってはいる。
「わたしと梅は、艦内の捜索に協力します。梨璃」
「はい、お姉様! 一年生で手分けして街の方を、ですよね?」
「……あー、私は居残りか。こりゃ」
万一帰って来た時に誰もいません。ではすれ違いになってしまうし、どうせ霊奈さんが持ち込んで来た装備の調整もあるのだから、私はそっちに付いておけと、そういうことらしい。
「……ごめん、雨嘉」
「ううん、結梨が割り込んでこなかったら、あのままもっと酷い喧嘩になってたかもしれない。だから、気にしないで」
そうなる前に結梨ちゃんたちの方で何があったかはまだ聞けてないけど、多分ここは私の出る幕ではないなと、艦長さんに霊奈さんたちが作業中だという倉庫への案内を頼む。