訓練シーンもやっときたいのと、人選からこうなっちまうよなであんなオチになりましたとさ。今回のエピソードのメインエリア突入。
重要施設やガーデン周りの野生動物は、もう随分前にヒュージ化の危険性を恐れて軒並み駆除された──なんて話があるけど、百合ヶ丘はそれより後に高等部の校舎を移したからなのか、あるいは駆除の結果できた縄張りの空白に寄ってきたのかは知らないけど、この辺りにはやけに猫が集まる場所が多く、それらは生徒の間で〈猫の集会所〉なんて呼ばれ方をしている。
それが先程、百由の工房にて神琳さんと話した噂の内容。しかし猫ばかりに片寄るだなんて、種族によってマギによる影響の受けやすさに違いがあったりするのだろうか? そういうのは私らの考えることではないか。
「さぁて、今日は何匹いるかなぁっと」
私もその全てを把握はしていないけど、たまたま通り掛かった時に猫を見かけてここかと当たりを付けている場所のひとつ、そこへガサガサと茂みを掻き分けながら到着すると多種多様な猫は勿論、二人程先客がいた。
「ん、梅……と鶴紗ちゃん、だよね」
「……どうも」
「なんだ、雪華サマも猫に囲まれに来たのか?」
言い方。とはいえ猫缶やら色々をわざわざ購買で買ってきておいて、今更何を否定するものかではあるけども。
「ま、人並みに動物は好きだしね。で、こんなとこで後輩連れて何してんのさ梅」
「んー、特に何をって訳でもないゾ? そうだナー、猫に聞いてくれ」
「猫? 梅に乗ってる子なら、なんか鶴紗ちゃんに睨まれてるけど」
そのまま寝転ぶ梅の上で一人と一匹が見つめ合い固まっているので「ほーれほれ」と鶴紗ちゃんが使おうとしたのかそこら辺に落ちていた猫じゃらしで気を引こうとしたら、間違えて顔に当たったのに驚いたのか、その猫は飛び退いて茂みの中に去ってしまう。
「……ぁ。先輩が余計なことするから、逃げたじゃないですか」
いや、それよりも触りたいのは分かるけど、なんかこうジリジリと詰め寄って無駄に圧かけてるのが……なんて言ったら余計機嫌悪くしそうだし、ここは飲み込んどくか。
「それはそうと雪華サマ、夢結のレギオンに入ることにしたんだろ?」
なんて梅には特に話した覚えもないのに、さもご存じですとばかりに言ってくるが……やっぱりこの隠し切れない楽しげな感じ、ふむ。寝転ぶ梅の横に座ると、半ば確信染みてはいるけど聞くだけ聞いてみる。
「──あの孤高気取ってた夢結がいきなりあんなこと考え付くなんて、なーんかおかしいとは思ってたんだけどさ……梅、もしかしなくても何かしら心当たりあるでしょ?」
「まあ、あるっちゃあるナー。この前夢結に梨璃とのことで相談されたから、『一見無理そうなことでも、試練としてやらせてみればいいんじゃないか? 例えば、この時期に1からレギオン作れーとか』って言っただけだゾ」
「心当たりどころか完璧に主犯じゃん! 燃料撒いて火ぃ放ってんじゃん!」
それとなく誘導したとかでなく、ダイレクトにそのままという告白には無駄にツッコミのテンションも上がってしまうが、その犯人の梅自身は寝転がったままなんのそのだ。
「でも悪くないだろ? 珍しく雪華サマも仲良い方なんだし」
「珍しくは余計だっての。てか、あんたが焚き付けたんなら責任取って加入してよね」
「ちゃんとメンバー揃えられるんなら、元々そのつもりだゾ? それなら、もっと夢結と一緒にいられるからナ!」
なんて梅は嬉しそうに笑いながら言うが、それを聞いてご執心だったお猫様がいなくなったからとふて寝のようになっていた鶴紗ちゃんから、少しは興味があるのか無意識に呟いたのだろう反応が。
「……レギオン、か」
「そういや鶴紗ちゃんも椿組だったっけ。梨璃ちゃんたちに誘われなかったの?」
「……いや、その……猫の相手してるところに、来たから」
「………………ああ」
つまりは取り付く島もなかった組か、毎度あんな調子で固まってたら、梨璃ちゃんたちも声をかけ辛かろうて。
「それで納得されるのも、なんだかな……」
「そうだゾ雪華サマ。鶴紗だって別に取って食おうって訳じゃないみたいだし、単にどう接したらいいか分かってないだけなんだろ」
「そもそも猫は食わんでしょ……」
いや、海外だと結構ある話なんだっけ、食猫文化? 梅の故郷のベトナムはどうなんだか知らんけど。
「なぁ~」
「ん?」
なんてよく分からんことを考えていると、私の後ろから金色の毛をした猫が駆けてきたと思えば、それを追って四つ葉のクローバーが生え──
「あれー、さっきの子こっちに来たと思うんだけどなぁ?」
──もとい、梨璃ちゃんがいつもの髪飾りでまとめた左のサイドテールを真っ先に見せながら、茂みから顔や手足を出していた。
いや体勢。下スカートなのにその足の上げ具合は女の子としてどうなのよ? 変に意識させるのもあれだから、直接は言わないけど。
「あ、皆さんごきげんよう?」
「おうごきげんよう! って言っても訓練は梅も見てたけどナー」
「……ごきげんよう」
そして件の猫はちゃっかり鶴紗ちゃんが抱えて確保していた、やっぱりここら辺の猫って人に慣れてるなと。
「あ、さっきの猫さん! 鶴紗さん、その子と知り合いなの?」
「いや、初めて……だと思うけど」
にしては妙に懐いているように見えるし、なんなら毛色も金同士でお揃いだ。それじゃあ折角だし──
「とりあえずおやつあげる? ほいかつお味」
「ありがとうございます雪華様! 鶴紗さん、そのまま猫さん持っててね!」
「あ、うん」
袋から出したスティックタイプのおやつのひとつを制服のポケットに入れていたハサミで先端を切って梨璃ちゃんに渡すと、彼女は凄くやる気になっており鶴紗ちゃんもその勢いに呑まれ気味だ。
ともかくそのおやつの袋を押して先端からにゅっと中身を出しながら梨璃ちゃんが近寄ると、鶴紗ちゃんに抱かれたままな猫はちろちろと舌を出してそれを舐める。
「美味しいですか~?」
「にゃおん……」
テンションの上がっている梨璃ちゃんが少しずつ押し出しているのを満足げに喉を鳴らして味わっている猫をこうして眺めるだけなら、別に自分で餌を与えることに拘る必要もない。楓さん辺りなら、あやすような梨璃ちゃんの様子すらご馳走になるのだろうが。
「なーご」
「ん、欲しいの? はいはいちょっとお待ちをー」
なんて見ているだけなど許さないとばかりに、他の猫が数匹足元にねだるように集まって来るのなら、袋から出した猫缶の蓋を開けながらいくつか置いて、梨璃ちゃんに渡したのとは違う味のスティックを数本指に挟むと、まとめてハサミで開けて大盤振る舞いだ。
「おー、太っ腹だナ?」
「今のご時世に探せばいる貴重な動物なんだ、こういうのも楽しまないとでしょ」
勿論動物園だとか牧場だとかで産まれる前から徹底的に管理された動物なら今でもそれなりに残っているらしいが、ヒュージに侵された世界において野生のそれらを愛でる機会は多分そう多くはないだろうと群がる猫を餌付けしながらノスタルジックな気持ちになっていると、そんな物にゆっくり浸る暇すら、今の世界は与えてくれないようだと聞こえた音が現実に引き戻してくる。
「……鐘の音?」
「雪華サマ──は確認するまでもないよナ。二人は早く校舎に!」
「は、はい!」
鳴り響くヒュージ襲来の警報に枕元に突き立てていたタンキエムを引っこ抜きながら飛び起きる梅の判断は早い。一年生二人がCHARMを持っていないのを確認するや否や、即座に指示を出していた。
ならばとこちらはケータイを取り出して詳しい状況をチェック。新着は一件、ガーデンからの周知メール──
「……ヒュージが出たのは第三演習場近く? ここからそう遠くない!」
「え?」
私の読み上げた内容に反応するのは梨璃ちゃんで、驚くその顔は少し青ざめている。
「そこって今日放課後に解放してるとかで、二水ちゃんたちが……」
「なんとも間の悪い……梅ッ!」
「おう、行くゾ!」
自主練に参加している人数はともかく、こうしてSOSが出ている以上ヒュージの数も群れからはぐれて迷い込んだのがほんの数体、なんてこともないだろうと、私も駆け出した梅の後に続く。
◆◆◆
「……えっと、とりあえず帰ろっか?」
駆けていく上級生二人を見送ると、鐘の音に少し散って数の減った猫たちを残し梨璃と鶴紗は学院への帰路に就く。その途中、沈黙が辛いのか口を開くのは梨璃。
「ね、鶴紗さんって猫好きなの?」
「わたしは好きだけど、猫の方もそうかは分からない……それにさっきの子は多分、元は飼い猫。でないと人に慣れすぎてる」
「そ、そっか……」
その猫が野良猫になった経緯は梨璃にもいくつかの可能性が思い浮かぶも、わざわざ言うことはしない。そんなのは、故郷をヒュージに追われた自分同様、今の世界ではそこまで珍しくないことなのだろうから。
そのまま特に会話もなく二人が木々の間を抜けると、そこは学院近くの道路だった。先程は何も考えず見掛けた猫を追っていたのもあって位置関係はよく分からずにいた梨璃も、流石に見覚えのある建物があれば気付く。
「あ、ここに出るんだ?」
「梨璃っ!」
その時正門の方から聞こえた声。それは駆けてくる人影からで、顔を見なくても誰なのか梨璃にはよく分かった。
「お姉様!」
「梅から連絡があって、後輩たちは帰らせたから迎えに行くようにと……」
「そうだったんですか……でも、鶴紗さんがいたから平気です!」
そう夢結へ紹介するように梨璃から手を向けられるも、鶴紗はそこまでのことはしていないだろと反応に困るしかない。
「わ、わたしは何も……」
「一人でいるというのも、案外心細いものよ? だから梨璃と一緒にいてくれてありがとう、鶴紗さん」
夢結としては正直に感謝を伝えただけなそれも、この程度で上級生からそこまで言われるかと微妙に顔を逸らしながら、鶴紗も返事は返す。
「……どういたしまして。じゃあ『私』はこれで」
「……?」
“わたし”と“私”音にすれば同じでも、少しのニュアンスから微妙に伝わり方の違うそれに、梨璃が感じたのは言い様のない『壁』。
それがどうしてなのかも分からないし、梨璃が何かを聞こうとする間もなく鶴紗は門の向こうに行ってしまい、伸ばそうとした手は所在なさげに上がったままとなる。
「あ……」
「梨璃?」
「な、なんでもないです! なんでも……」
そのまま落ち込むように手を降ろした梨璃の様子から本当に何もない──ということはないのだろうが、夢結とて口が達者な方ではなくこういう時どう言葉を掛ければいいのかも分からず、梨璃と一緒に学院の方へ戻り、万一の出撃に備えるよう促すだけだった。
◆◆◆
「梅?」
二人で駆け出してすぐ、森の中というにやけに開けた場所へ出た梅が何かを見付けたような反応をすると、一点を見て立ち止まっていた。待って、この場所って確か……なんて私が記憶を探るより早く、その場所の真ん中にあって梅の視線を釘付けにしているのは──
「ダインスレイフ? なんだってこんなところに」
「──梅も、噂くらい聞いたことあるでしょ。数年前から、まるで墓碑のように突き立てられたCHARMが、ガーデンの近くにあるって」
明らかにトーンの落ちた私の声に、振り向く梅の様子はもう答えを察しているのだろう。今私たちのいる森の中にできた小さな広場のような場所、ここで昔起きた出来事の当事者が『あたし』なのだと──
◇◇◇
結論から言うと、あの夢の先で当時中等部二年だったあたしは、予期せぬ初陣にして早速しくじった。
「う……くっ……」
その後運悪くミドル級ヒュージ──人型というにはやけに着膨れしているようになっている、片腕が砲口になっているタイプの二足歩行型のヒュージに遭遇したからと、真っ正面からそれに挑んでしまったのだ。
個体や種別での差は勿論あるだろうが、スモール級が1~2m程ならミドル級はその倍以上。同じように倒せると思ったのはここに来るまでスモール級とはいえ何体もヒュージを倒したことによる自惚れと、早く学院に辿り着かないと行けないという焦りから──当然そんな状態で深く考えての行動が取れるはずもなく、再度選んだ安直な突撃は不意討ちにもなっていない以上腕を振るうことでCHARMもろともあっさり弾かれ、あたしは近くの木に背中から激突し崩れ落ちていた。
「ま、だっ……!」
意識はある、体は動く、CHARMもなんとか使える。グングニルは平時より変形が遅く軋むような音も聞こえるけどそんなことには構わず、横に転がってミドル級の腕からの熱線を避けながら起き上がり引き金を引くと、マシンガンの名に違わぬレーザーの雨が降り注ぐ。とはいえやっぱりさっきのでどこかしら内部の機構がやられたのか、その威力も勢いも落ちているのが見るからに分かってしまう。
「うわっ!?」
反撃は再度のミドル級からの砲撃、それはたまたま何かにつまずき転んだことで直撃だけは避けたが、CHARMによるオートガードの障壁越しにも確かな熱が襲い来る。
「……舐めん、なぁっ!」
気合と共に跳ねるように起き上がるとグングニルをブレードモードに切り替えながら、サブスキルを発動。この場で『テスタメント』のサブな『約束の領域』なんぞ使っても仕方ないからと、もうひとつ覚醒していた『縮地』のサブスキルである『インビジブルワン』を、大体レアスキルの七割程とされているがそれでもない場合と比べ物にならないその速度により、即座にミドル級の背後を取って一突き──
「……っ、折れた!?」
──したはいいものの、グングニル先端の刃がミドル級の表面に触れた途端に、嫌な音を立てながら砕けた。やっぱりさっきので限界が来てた、なんて後悔も結局やらなければやられてたんだから今更変わらない。
どうする、どうする、どうする? 反撃に振るわれる腕にはもう当たってやれないと後ろに飛び退くけど、ここまでボロボロじゃシューティングモードも使えるか怪し……
「え?」
頭の中で答えが出る前に、誰かに突き飛ばされた。誰に? ヒュージなはずはない、まずヒュージが仲間の邪魔をするなんて普通は起きない……その時点で色々怪しいけど、それはそれとしての常識だ。となると他の何か、その答え合わせは──
「班長!?」
「こんのぉぉぉぉ!!」
そこまで見知った顔ではない、しかし今回の訓練の班分けでうちの班のリーダーを務めていたはずな長髪のリリィ、彼女がその手に持つダインスレイフをシューティングモードにしてミドル級へ向け、レーザー砲撃を放つと同時、ヒュージからの熱線が彼女の半身を焼いていた。つまり、彼女は一瞬思考に足が止まっていたあたしを庇った形になる。
「あっ……」
「あぁあああああああっ!!」
それでも構わず、彼女は守りをも捨てる勢いで雄叫びを上げながらCHARMへマギを注ぎ込みもう何発かヒュージへ砲撃を叩き込むと、糸が切れたようにその場へ倒れ込んだ。
「な、なんで……なんで!」
そんな彼女に駆け寄っても、伝えたい感情が上手く言葉にならない。
他の皆はどうしたのか、何故あたしを庇ったのか、無視して救援を呼びに行けばよかったのに、そんなキモチは形にならず、ただすり抜ける。
「あぁ……あなただけでも守れて……よかっ、た……」
それが最期に残ったコトバ。つまり他の皆はもう……そんなことよりも、あたしを守ってヒトが死んだ、自分の腕の中でイノチが消えた。それを自覚した時、やけにあたしの頭の中はクリアだった。目の前にカタキはいる、今すぐヤツを討てとココロが命じている──ならば、ソレに従え。
「──っ!!」
そのまま『私』は手から滑り落ちていたグングニルからマギクリスタルコアを引き抜いて、同じくコアを抜いた彼女のダインスレイフへそれを叩き付けるように装着した。
これでもうダインスレイフは起動する。十年程昔ならいざ知らず、今ならその辺りはコアさえ無事ならすぐに済むから。
「らぁぁぁぁぁぁっ!!」
CHARMの違いも気にならず、誂えたかのように手に馴染むダインスレイフを「こんな声が出せたんだな」と他人事のように感じながら突き出すと、彼女の最期の砲撃のダメージから立ち直れていないミドル級は反応もできず胴体を貫かれ、青錆びた色の血を飛び散らす。
「消えろ……消えろ……消えろ……!」
その状態でぐちゃぐちゃにダインスレイフの刃を動かし、ヒュージの体内を蹂躙する。ヒュージにとっての急所であるコアの位置など考えずに行っているが、生き物ならば、こうして血が出るのならその内死ぬはずだとヒュージが体を後ろに倒してもその上に乗りながら全体重を掛けてそれを続けていると、やがて人の物と思われる複数の足音が聞こえてきた。
「そこのあなた。話に聞いていた中等部の子、よね?」
「………………はい」
制服から高等部の生徒だろうリリィたちが特にCHARMを構えるでもなく自分に話しかけて来たことから、ようやくこのヒュージは死んでいるのだと理解して私はダインスレイフをその亡骸からゆっくりと引き抜く。多分、とても酷い顔をしながら。
◇◇◇
「……そのまま私は先輩たちに救助されて、後日コアを戻したダインスレイフを彼女の墓碑代わりにここへ、ね」
当時はガーデンもバタバタしていたし、名前もよく覚えていない相手だった──
(いや、これも甘えか)
結局は自分のせいで死んだ子の名前を知ることで、失われた他人の人生を背負うのが怖かっただけ。だから彼女の名前は調べてもいないし、だから墓を探しても分からない、だから……これをその代わりにした。
「それが、この噂の真相ってことなんだナ」
「まあね、長いことダインスレイフやグングニルをカービンタイプしか使わなくなったのも、大体そんな理由。さてと、お墓を暴く趣味はないけど……借りるよ、また少しだけ」
そう言ってアステリオンの刃に左手の親指の先を擦らせて自ら切ると、流れ出る血を傷口ごとダインスレイフのコアへ押し付ける。
「それって、血での契約か……?」
「そ、今でこそ略式ってことにされてるけど、本来は正式な形……だから、普通にやるよりちょっとは早い」
指輪を通すか直にかは人によりけりかもしれないが、CHARMのイグニッションキー代わりでもあるそれが開発されていなかった頃のことを考えると、やはり直の方がより原始的かつ確実だろう。
「なんで、そこまでしてこのダインスレイフを使うんだ?」
「なんでだろうね。あの頃の『あたし』を越えるためなのか、レアスキルを使えない状態で戦場に立ちたくないのか……今のは忘れ、なくていいや。ついでに聞いてて」
その時ダインスレイフの起動した証として私のバインドルーン──死と再生を意味し方向転換を促すとされる〈ユル〉と、仲間と友情を意味し助けを導くとされる〈エオロー〉その二つのルーン文字が重なった物が、聞き慣れた汽笛とも獣の遠吠えとも取れる音と共にそのコアへ浮かぶ。
「なんだ?」
「円環の御手、あるいはサークリットブレスは『覚醒者に弱者なし』だなんて言われてるけど、時々思うんだよね……私は強いからこのレアスキルに目覚めたのか、このレアスキルだから弱者じゃないってだけなのか分からないって」
「随分と贅沢な悩みですね」
そんな私の弱音なのかなんなのか自分でもよく分からず零したものを、バッサリと両断する声。聞き覚えのあるそれは少しの冷たさをはらんではいるが、概ね事実なだけに特に言い返す言葉もないと振り向けば、視線の先には予想通りな紫の長髪と、少し慌ててそれを追って来る彼女のルームメイトの姿が。
「ちょ、ちょっと依奈!」
「天葉に依奈……アールヴヘイムって今近場に出撃してたんじゃなかったか?」
「居残り組よ。うちは人数足りてるもの、だからあたしとソラは今日は学院で待機のはずだったんだけど」
梅の疑問に素っ気なく依奈が答えたように、今のアールヴヘイムのメンバーは十二人。基本の九人編成を守りつつローテーションで待機メンバーを作るくらいは訳ないのだから、たまたま控えに回っていた二人も今回の事態に駆り出された、ということなのだろう。
「それで、雪華様。わざわざ噂のダインスレイフを手に取って何弱気でいるんです? ダメだった時の言い訳か何かのおつもりで?」
「……まさか。それにかの〈プランセス〉に、何より後輩にそこまで言われちゃあ、ここでやらなきゃリリィが廃る!」
むしろ依奈から投げられた言葉が棘のある言い方でありがたかった。反骨心こそ、あたしを動かす原動力……もう、迷いはない。
そのままダインスレイフを地面から引き抜くと、最低限可変機構は無事かどうかだけ確かめる。
「動く……なら使える、問題ない」
「それ、噂の流れだした時期からして少なくとも数年は野ざらしだったんですよね。大丈夫なんです?」
「一応、そのままっていうのも無責任かなって半年に一度くらいは工廠科へ持ち込んでるからさ」
『円環の御手』抜きでも元々修理に泣き付くことは多かったから、一機くらい混ぜてもそこまで不審がられることもない。「そんな頻繁に来るな」とは言われるけどそれはそれ、問題になる程ではないとシューティングモードとして刀身が上下に開いていたダインスレイフを元に戻しながら、主将さんへ見せ付ける。
「という訳でさっさと行くよ、依奈は指示出しよろしく!」
「は? いやそこは三年生として仕切る流れじゃ……この人に何言っても仕方ないか」
なんか失礼な納得のし方をされたが、この中で指揮・索敵系のスキルは依奈の『軍神の加護』──同じくアールヴヘイムの副司令塔である茜も持っている『レジスタ』のサブスキルなそれしかないはずだし、何も考えずの丸投げではない。適材適所というやつだ。
ともかく不本意そうではあっても任された以上手は抜かないのが天下のアールヴヘイムが司令塔、依奈は少し考え込んだ後それぞれに担当を言い渡す。
「梅は先陣切っての突入役をお願い。訓練中だった子たちの安全確保を最優先」
「おう!」
「ソラはあたしと来て。周辺のヒュージの掃除と、退路の確保をするわよ」
「オッケー、任された!」
「そして雪華様、送り狼を一匹も通さないように後ろでガード役を。そういうやつの方が得意でしょう?」
……本当に、よく見てらっしゃる。確かにスキルだけで見た場合の私はそれらを以前『仲間と戦うための力』だなんて表現した通り、中衛以降でサポートに回った方が合理的だ。
そんなことは前から分かっているし、そこを覆すために用意してもらったのが専用機……だから遅咲きのレアスキルが強引にでも攻撃役に回れる円環の御手だったのは、本当に運がよかった。これなら、簡単に置いていかれることはないから──なんて話は、今はいい。
「了解、年寄りばっかり楽な仕事で悪いね」
『いや、揃って未成年じゃろうが……』
「ん、ミリアムちゃん?」
そんな時通信が繋がったのは、ここしばらくでもうお馴染みな口調の彼女。こういう臨時出動の際オペレートを工廠科の生徒がやるなんて話はたまに聞くけど、一年生にいきなりとは人手不足なのやら……なんて考えていると、こちら側から上がる疑問の声。
「あれ、今日の担当って百由じゃなかったっけ?」
『おお、天葉様たちもおるのか。いや、その百由様に「急で悪いけど変わって!」と頼まれてのう。何やら結構な量の荷物も抱えておったし、そのまま返事も待たず行ってしまったのじゃ』
「こんな時に……?」
百由め、またなんか企んでんのか単に最近私らが押し付け過ぎてオーバーワーク気味なだけなのか、はたまたその両方なのか。
「ふーん、相変わらず忙しいんだナ」
「百由が落ち着きないのは今更でしょ。ところでミリアムさん、状況は」
依奈からの要求に「ふむ」としばしキーボードを叩く音が聞こえると、ミリアムちゃんからの報告がくる。
『最初の襲撃で負傷した生徒がいくらかおり、それを連れ避難した面々が追われぬよう何人かが残って訓練用のCHARMでヒュージたちの気を引いておるみたいじゃが……訓練用のセッティングでは最悪拳銃でも当たりどころによっては倒せるようなスモール級はまだしも、ミドル級より上に通用する出力でもあるまいて』
梨璃ちゃんから聞いた話からして、それが二水ちゃんたち? 度胸があるっていうか……ともかく聞くべき情報は聞けたと、依奈もひとまず納得した様子だ。
「ケイブが発生してる以上、最悪もっと上のヒュージも出て来るか……了解。引き続き何かあったら連絡を頂戴」
『任された、これでもオペレートの成績は良い方でな。流石に百由様程とは行かんがのう』
「ま、それは比較対象が悪いってことで」
今更私が言うまでもないが、あそこまで多彩なマルチタレントは世界広しといえどそうはいまいて。大体リリィと学業と研究の両立だけでも、他の科の生徒からすれば十分おかしいレベルなのだから。
ともかくフォーメーションの変更も必要なさそうだと、梅を先頭に私たちは第三演習場を目指す。