ここまでゲヘナに厳しい理由なんて、黒幕が誰かなんて最初から見え見えの脚本バリアでバレバレなのを無駄に一年半も引っ張ってたくせに、オチが敵も味方もご都合パワーを無から生やしますねー、連打っておい。
…なんて私怨がなきにしも?なめつぶ(今回の特別ゲスト感)
(随分、遠いところに来ちゃったなぁ)
物理的な距離で言うなら、イルマからエレンスゲはリリィの足ならば一時間もかからないくらいにはなるが、イルマ女子のトップレギオン『イルミンシャイネス』と、自らが憧れの先輩のために前々からメンバーを集めていた自主結成レギオン『ハコルベランド』の二足のわらじなリリィ生活を送る一年生──上田伊万里は、気持ちという意味で中等部までと高校生になってからでは大違いだと、改めて実感していた。
「……ふぅ。よしっ!」
前回はハコルベランドとして、今回はシャイネスとしての出撃になろつと、ゲヘナと戦うという意味では変わりはないのだから、気合いを入れ直すと右手に愛機の『クトネシリカ』と束ねるように持っていたシャルルマーニュを腰だめに構えた左手に移し、掲げたクトネシリカで左斜め上を差しながら、腕ごと右側へ回し、最後に右腕を腰まで引きながら、入れ替わりにシャルルマーニュと左腕とを右上を突くように伸ばす!
その構えは見る人が見れば、「はじまりのライダーだ……」と呟くだろう程見事なまでにキマっていて、相当な研究や練習を重ねたのだろうと感じられる筋金入り。
「レアスキル《円環の御手》!」
物語の主役だった彼らも、敵と源流を同じくする力で悪と戦っていた。ならば、例えCHARMを初めとするマギ絡みの技術の大元がゲヘナによりもたらされた物であろうと、その野望を挫くために振るうのならば、同じように人間の自由を守るために戦えるはずだ──
「なんだか、いつも以上に気合い入ってるね」
「あー、最近色々溜まってるみたいだから。ほら、ストレスというか」
──などと、そんな風に気合いを入れているのをなんとも言えない感じで見守る、こちらのレギオン内での数少ない同学年な双子からすれば、伊万里が普段以上にルーティンな『ポーズ』のキレを増しているのが、心理的な負担の結果と気付けてしまう。
「……何?」
「「いえ、何も!」」
そこで振り向いてくるのが、理由のひとつこと
なんて態度を引き受けた時点から隠そうともしていない上に、以前のハコルベランドとの二面同時出撃の時は用事でメンバーから外れていたからと、今は他校とはいえ
そういう内側の問題はともかく、今回のイルミンシャイネスの役割は『表向き』はラボから脱走したヒュージの対応で、実態としては政府による執行部隊投入に対処しようとエレンスゲラボの繰り出したヒュージの陽動、並びに殲滅ということになる。
わざわざ国がトップレギオンを公的な要請で動かした以上、ゲヘナ相手の対人戦などは世間体として論外というのは理解しているが、結果として前座のような扱いなのも、紅々李の機嫌を更に損ねる形になっているのだとしたら、色々と間が悪かったとしか言い様はなかった。
「そこの一年生、呆けてるようなら後ろから蹴っ飛ばしますよ?」
「うげっ、
だから、ヒュージとの交戦直前に一年生で固まって微妙な空気になっているのを、仕込み杖のようなCHARMの光刃をチラリと見せながらな、二年生の
そう双子の姉、
「れん姉、あれ……」
「ん? ありがと叢雨。み、美夜受様、あれを!」
「ふーん?」
ともかく、言い訳が出来たなら有り難いと蓮月も妹に倣って、光──結界か何かに覆われたいくつかの区画を指差せば、一応注意は逸らせた形に。
「……ああ。烏丸曰く『手出し無用』ということなので、そのようにお願いします、美夜受様」
「そ、そういうことみたいです!」
幸いにして、紅々李も何かを聞いていたらしく結果として援護してくれたのだから、これでなんとか……
「だとしても、いつまで伊万里一人に前線を任せているんです?」
「え? あっはい!」
なったのかなってないのか、どちらにせよやることはやらねばならないと、双子も伊万里に続く。
◆◆◆
「……なんか騒がしくない?」
「となると、もう例の部隊が投入されたのでしょうか……?」
時を同じくして、ラボの廊下を歩くヘルヴォルの三人だが、どうにも揺れや遠くに聞こえる音から襲撃が始まったようだと、指定されたフロアの近くまでは来た段階で各々CHARMをケースから取り出し、警戒を──
「──恋花!」
「っと、やっぱ出てくるよねぇ!」
しようとした途端に、壁をブチ抜いてヒュージが出てくるというのは、いっそ分かりやすいくらいだ。
そうして出てきたテンタクル種のミドル級が足刃を向けて来るなら、恋花も反射的に振るったブルンツヴィークで弾き返し、その隙に反対側の二人が集中砲火。怯んだ所にトドメだと、恋花がCHARMをヒュージの顔のような部分に突き刺せば、足をピンと伸ばした後、力が抜けたようにヒュージは倒れ伏す。
「……おふたりとも、離れて下さい!」
「「っ!」」
しかし、体表が不自然に内側から膨らむようなヒュージの様子に気付いた一葉が声を掛けた途端、爆薬でも仕込まれていたのか二年生の二人がそれぞれ飛び退いた直後に、ヒュージの亡骸は爆発し周囲の壁や天井を崩壊させる。
◆◆◆
「ったく、とんだバイオなハザードね……!」
「恋……様……!」
「大丈……? 潰れ……い?」
大きく後ろに跳んだ結果、結構な距離を転がる羽目になった恋花が「泣けるぜ」とでも言いたげに頭を押さえていれば、一葉たちの方も潰されずに済んだようで、瓦礫の向こうから途切れ途切れに声がする。
「通信は……繋がる訳ないか」
ラボ側か襲撃側かは知らないが、通じるとしたらこの事態を作り出した側だけだろうから、インカムからはノイズしか聞こえないと見るや恋花はスカートを払いながら立ち上がり、瓦礫の方を向いて、その先にいる二人に聞こえるよう叫ぶ。
「あたしは別のルートから行く! 二人は先に行ってて!」
「分か……まし……!」
「……花……も……つけて!」
とは言ったものの、恋花もラボに来たことは何度かあっても、この辺りのエリアまで来るのは初めてなのだから、まずは回り込める道なり階段なりを探すことからになるのだが……廊下の角を曲がる手前で、嫌な気配がしたと念のため手鏡で先を確認してみれば、案の定待ち伏せのようにヒュージが複数配置されている。
「……これ、もう呼び出してきたってやつもとっくにこのラボ放棄して逃げ出してない?」
だが、仮にここを切り抜けられたところで政府が公的に『潰す』と宣言出来た以上、最早ゲヘナの方からもこのラボの連中など、体のいい責任の押し付け先としか見られていないだろうに。
いや、だからこそこんな状態で呼び出してきた相手となれば、ラボとは間違いなく対立する主張なヘルヴォルを頼りもするのか? などと色々と考え自体は出てくるが、どうにも確証までは持てない。
「ま、突っ込んでみなきゃ分かんないか……ってあれ?」
だからと意を決して角から飛び出してはみたが、いつの間にやら乱入していた『仮面にマントのリリィ』の手にするティルフィング、そのR型によって待ち構えていたはずのヒュージは駆逐された後だった。
「あら、トップレギオンの……ヘルヴォルの子だったかしら?」
「そう、ですけど……そっちは、烏丸の?」
「一応、今は雇われになっているわ」
軽く言葉を交わしただけだが、少し目を離した間に複数のヒュージを瞬殺し、その後の佇まいにも隙がないことや、どうにもこちらへの呼び方が年下相手のような感じがすることから、仮面に刻印された『03』の番号が見えた彼女も、部隊のトップである零夜のような、どこかのガーデンのOGだろうか?
などと恋花も考えが浮かびはするが、執行部隊の隊員は全員が強化リリィであり、それ故にプライバシー保護のため実名は明かせないとは最初から政府により明言されている以上、下手な詮索は嫌われるだけだろうなと、変に深入りはしないことを決める。
「なら、こっちから渡せる情報があります。多分、今このラボでそれなりの地位にあるやつが、この奥で待ってる……というより、こんな状況であたしらを呼び付けやがったんですけど」
「……随分と、警戒が解けるのが早いのね?」
「ま、烏丸相手に今更色々考えても仕方ないってのもありますし、おたくもあんまり過去を聞かれたくないからな、その仮面っしょ?」
それにしては烏丸らしくスーツタイプな隊服も、動きやすさ重視にしたって随分とタイトなミニスカートで、露出度的にはそれなりなのだが……恋花にも初対面の相手にそこまで弄る余裕はなく、多少口調を崩してみせるのが、今は精一杯だった。
◆◆◆
『執行部隊、ルドビコの部隊共にラボへの突入が完了しました。イルミンシャイネスは到着した増援と共に、引き続き外のヒュージの掃討を願います』
「了解しました」
特別、通信に変なところがある訳でもない。それに以前、横浜の支社からゲヘナの動きをイルマのラボへ回してくれたらしいとも聞いているのだから、イルミンシャイネスの隊長を預かる元イルマ四天王が一人、
(とはいえ、確かにこれだけのことをやっているのならば、政府の手が入って当然では……)
今回の作戦が決行に至った背景として、エレンスゲ内部からの告発に、百合ヶ丘からの通報、加えて最近都内で急激に目撃数の増えたとある種類のヒュージの件と、どうにも材料が揃い過ぎているのが逆に怪しいが……近頃イルマで対応することになっているルドビコの有り様を見ていれば、いっそ当事者からは分かりやすいくらいがゲヘナのやり口なのだとは、御巴留にも少しずつ分かって来てはいた。
「あれは……」
そうして思考の海に沈むのも程々に、ヒュージの撃破スピードが早すぎるエリアがある。と『レジスタ』の俯瞰視野の端に映れば、例の増援が張り切りすぎているのかと注意せざるを得ないのだが。
◆◆◆
「そこのリリィ、あまり前に出過ぎないように……依奈!? それに千香瑠まで、何故あなたたちがここに?」
確かに、烏丸の方からは増援を回したとは聞いていたものの、それが二人して知り合いだというのは、気付いてしまうと驚きを隠せない。
「ごめん御巴留、説明は後でするから、今は黙ってここを通して!」
そう告げるのは初代アールヴヘイム時代、〈黒衣のレギオン〉と呼ばれていた頃の隊服のひとつ、〈ムーンライト〉姿な依奈で、彼女は天葉辺りから借りたのか左右で色の違うグラムを両手に、片翼のように肩から伸びるマントを翻しながら、同じ戦装束を纏う千香瑠を守るナイトのように、その少し先を駆けていた。
「はぁあああああっ!!」
しばらく進み射線が通ったならと、両手のグラムを展開し、バスターキャノンの同時砲撃により数体のヒュージを巻き込みながらラボの外壁を撃ち抜けば、その中へ千香瑠が飛び込んだのを見送ると、依奈は自身を呼ぼうと振り向く彼女に対し、背を向けて立ち止まる。
「……隊長?」
「今、千香瑠にとっての隊長はあたしじゃないでしょう? ……それでも、あたしのことをまだそう呼んでくれるのなら、これが最後の命令よ。外はこっちに任せて、あなたはあなたの仲間たちを助けて来なさい!」
少し格好付け過ぎたかもしれないが、そもそも依奈も初めからそうするつもりで今回の装備を選んだのだ。いくら烏丸に話が通っていたとしても、作戦領域に飛び入りした以上ここから外のヒュージをラボの中に入らせるか、中のヒュージを逃がすかして、こちら側の段取りを台無しにする訳にはいかないのだから。
「ですが、依奈さんは御台場迎撃戦第3部隊の私たちにとっては、いつまでもただ一人の隊長です……だからどうか、ご無事で」
「千香瑠こそ、今からエレンスゲで事を起こしてる連中のところに突っ込むんだから、気を付けなさいよ!」
言いたいことを言い切ると、互いに交差させていた視線を切り、依奈の背後を狙おうと飛び掛かって来たヒュージは、両手のグラムが叩き潰す。
そうしていると千香瑠の足音もすぐに聞こえなくなるが、代わりにこの場の指揮を執る立場な『彼女』からは、色々と言いたそうな視線が。
「それで、説明はして貰えるのかしら? 万が一でもこちらに来ないようにと、わざわざ情報を流したというのに」
「あら、アールヴヘイムのフットワークの軽さを侮らないでよね? それと、千香瑠はあの子たち、LG〈ヘルヴォル〉を取り巻く闇に落とし前を付けに行った……ってところかしら」
「まったく……確かに、エレンスゲのトップレギオンともなると、この状況でラボ側が遊ばせている理由もないでしょうけれど……あの千香瑠の仲間が、黙ってゲヘナに従うのかしら?」
御巴留の疑問は、仮に反対の立場なら自分も考えただろう内容なので、今更仲間内で隠し事はなしだと、依奈は告げるべき事実を告げる。
「……千香瑠が、エレンスゲから薬物投与による強化措置を施されていたわ」
「っ……それは」
それが百合ヶ丘からの通報の詳細だと聞けば、元々は他県にいてエレンスゲに入ったのすら一番遅いはずな千香瑠が既にそうだということから、ヘルヴォルの他のメンバーも、大なり小なりゲヘナの手にかかっている可能性は非常に高い──ということは、ゲヘナのやり口を知る以上即座に御巴留にも伝わった。
「それがあたしが、あの子と一緒に行動していた理由よ。一昨日御台場で起きた戦闘の最中、あの子の様子がおかしかったって夢結に聞いて……『本人の知らない内に強化リリィにされていた恐れがあるから、多少強引にでも百合ヶ丘で保護すべきだ』って上申して、分かった真実。今回ばっかりは、あたしも自分の予想に外れて欲しかったけれど」
迎撃戦の仲間の前だからか、最後の言葉は無意識に零れた本音。そのことに気付いた依奈もフッと笑うと沈んだ気持ちを切り替え、左右から迫るヒュージを両のグラムを身体の前で交差させて撃ち抜く。
「ともかく、千香瑠を送り届けた以上、ここでのあたしの役目も終わった。今はあなたがイルミンシャイネスの隊長なんでしょう、御巴留? このあたしを、〈プランセス〉を上手く扱ってみせなさい!」
「いいでしょう……今はルド女で戦っている日葵の代わりと言わず、存分に働いて貰うわ!」
依奈がたまの休みに東京へ出掛けてもあまり御巴留側の予定が合わず、直接会うのが久しぶりになろうと、あの戦いの記憶は今も色褪せない。
なれば御台場迎撃戦第3部隊の力を、ゲヘナの手駒なヒュージに見せ付けてやるだけだと、御巴留がタクトで指揮をするようにCHARMを振るえば、依奈もそれに合わせて切り込むのみ。
◆◆◆
「美岳様、監視所の方は終わりました」
「こちらも終わったわ……手引き通りとはいえ、あっさり過ぎるのも怪しいものね」
ルドビコからの面々に任されたのは、内部施設の制圧──とは名ばかりの、既に空き家となっていた部屋でボタンを押す程度な、あくまでも内部犯ではない、という寝返った連中の建前作りのためだけなんて、確かにヒュージなど使えないがリリィに任せるようなことでもない、ただの作業だった。
「あれー、ことぴだ」
「あ……」
とはいえこれ以上の要求もなかったのだし、後は退散するだけなのだが、まだ外の戦闘が終わっていない以上下手に出て巻き込まれても面倒だと、しばらく中で様子を見ようとしていたが……そのわずかな時間で知り合いに見付かってしまったと、美岳の同行者であった琴陽は気まずそうに。
「ふむ、エレンスゲにあだ名呼びしてくる程仲のいい相手がいたとは、少し妬けるわね」
「い、いえ、一方的に懐かれているだけで……」
実際、藍との縁など暴走状態の彼女にじゃれられた以上の物ではないのだが、あるいはお互いに強化リリィであるというのを、言葉に出来ない領域で察しでもした結果なのだろうか?
「藍ちゃん? それにあなたたちは……」
「千香瑠!」
「……なるほど」
その上、明らかにエレンスゲの物ではない戦闘服に身を包んだ千香瑠までやってきたとなれば、これはもう裏方として様子見などしている場合でなく、『当事者』に繰り上げられてしまったようだと、美岳も諦めたようにため息を吐く横を、てちてちと藍が千香瑠の前へ。
「千香瑠、だいじょうぶなの?」
「……わからない。でも、一葉ちゃんたちが危ないって聞いたから、隊長や雪華様に手伝って貰って……藍ちゃんは?」
「なんか、けんさ終わったら先生に『早く逃げなさい』っておいだされちゃった」
それがたまたまリリィに後ろめたさのある、まだ当たりな部類の担当を引いたのか、あるいは敵に成果を奪われるくらいなら……という打算なのかは、彼女に投げ掛けられた短い言葉からでは分からないが、千香瑠も今は一人でも早期に合流出来ことに安堵の息を。
「ふぅ。無事で良かった……」
「ところで、一葉たちは?」
「あ、えっと……」
しかし、ここに来て目的地が分からない。という問題が浮上すれば、助け船は今は他校の制服を纏う美岳から。
「烏丸から、手出し無用……というより、『入れば安全が保証出来ない』と言われていたエリアがいくつかあるわ。何かがあるとしたら、そこだろう」
「……美岳様?」
「ここまで来て見て見ぬふりというのも、後からつつかれれば面倒になるわ。それに、私だってこんなところまで来る一因になっただろう相手へ、嫌味のひとつも言いたくなる」
どうせ内部告発の原因など、ろくでもない内容の実験に付き合いきれなくなったとか、暴走する上司に愛想を尽かしたとか、大方そんなところだろう。
これまではそういった不満の捌け口すらなかったか、仮に打ち明けたところで政府に握り潰されていたとしても、今では烏丸の行動により通りがよくなった結果がこの事態となれば、便乗したくもなってしまった。
「ありがとうございます。それで、その場所は……?」
「そう慌てるな。まだ完全に絞れた訳じゃないし、確かめるにはちょうどいい部屋がある。琴陽」
「はい。こちらです」
◆◆◆
監視所、今は無人のそこは機材の明かりだけに照らされていて不気味ではあるが、琴陽が手持ちのタブレットを繋ぎ、烏丸に指定されていたエリアのカメラのみを復旧させていれば、当たりとなるのはふたつ。
「恋花! と、だれ?」
「あの仮面に衣装、例の部隊か」
「それに、一葉ちゃんと瑤さんは、あの部屋に……」
「そこの部屋でしたら……ダメか。恐らく物理的に電源が抜かれているようです」
部屋にいるのが誰であれ、そんなことをしている時点で「私はよからぬことを企んでいます」と白状しているような物だ。
モニターの向こうの二人が部屋に入って行くのを見届ければ、マップデータとカメラの位置とを照会し、部屋の位置が分かったのならば一同もそこへ向かうことに。
◆◆◆
「あなたが、我々を呼び出した……?」
「ええ、そういうことになるわね」
机と壁のモニターだけの、広さのわりに物は少ない部屋に入った一葉と瑤を迎えたのは、一見普通なスーツ姿の女性。
しかし、呼び出しの主であると肯定された以上間違いなく彼女はゲヘナの一員であるのだから、二人して警戒は解かないまま入り口から離れずにいると、その相手は椅子に座ったまま両手を上げている。
「あなたたちが警戒するのも当然だし、残念ながら私にはそれを解くための手札もないわ。言葉でなら、なんとでも言えるのだから」
「……では、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「いいわ。何も知らないまま呼び出されたあなたには、その権利と義務があるものね」
「まず……あ、いえ。その前に、あなたのことはなんとお呼びすれば?」
敵か味方かは分からずとも、ずっとあなた呼びでは何か締まらないなと、質問を言う直前に思い付いた内容を聞けば、クスリと笑われる。
「ふふっ、確かに呼び方が無いと不便ね。じゃあ赴任前に逃亡するとはいえ、教頭先生とでも呼んでくれればいいわ」
「なるほど……分かりました。では改めて、教頭先生が我々を呼んだ理由を教えて頂けますか?」
真偽はどうあれ、前任者はしばらく前トカゲの尻尾切りだと更迭されたばかりだし、そこで減った分の後任が着任する前だったからこそ、ゴーストの一件でエレンスゲの混乱が加速したというところもあるのだから、目の前の彼女にそう名乗られれば、ひとまずは一葉も了承を返し、本命の質問を。
「あなたたちを呼んだ要件だけれど、今の状態では私の身も危ないものだから、ラボを出るまでの護衛をお願いしたくて」
「……ゲヘナにも、私設部隊のようなものがあったと思いますが」
「あら、流石は序列1位なだけあって勤勉ね。だけどエレンスゲラボはゲヘナの上層部から見捨てられた形になるのだから、そんな私たちのために動いてくれるような部隊なんて、もうどこにもいないわ」
そうと言われれば、エレンスゲにおいて一番のお人好しレギオンとなるだろうヘルヴォルを頼った理由も、分からなくはない。
名前までは名乗らないのとて、そんな立場の人間のことなど、知るだけで情報を聞き出さんとする刺客のターゲットになりかねないとすれば、察することは出来た。
「……ですが、教頭先生は穏健派だと、そう最初のメールに書いてあったのは」
「今回のターゲットはあくまでラボ全体で、私はエレンスゲにも乱暴な政府の側にも付かなかった。それが答えのつもりよ」
確かに近頃の政府──というより、それを影ながらに操るようになった烏丸のやり方は国内の改革を急ぎ過ぎている程なのだから、当事者としてはそう見える部分もあるのだろう。
故にゲヘナにも烏丸にも、どちらからも巻き添えはごめんだと離れようというのは、一葉も理解はしたし、隣の瑤も判断に困っている様子だ。
「……一葉、どう思う?」
「はい。私たちを頼った理由は分かりましたし、そうせざるを得ないというのも……」
しかし、信じてみたいという気持ちだけでは自分の身だけならばともかく、仲間の命まで賭けられるかどうかは、隊長としての思考が後一歩のところで待ったを掛ける。
「勿論、正式な辞令もなしにトップレギオンをタダでコキ使おうだなんて、厚かましいことは言わないわ。引き受けて貰えるのならば、こちらからは最新式の装備を提供しましょう」
「装備……この状況で渡すのならば、CHARMのアタッチメントの類いでしょうか?」
「バトルクロスの一種よ。といってもまだ試作中のものだから、そのままデータ取りをしてほしいなんて欲もあるけれど」
ここまで来れば、その程度の暴露ならしてくれた方がむしろ潔いくらいと思える。
……それでも恋花がいたなら、もう少し情報を引き出してから判断していただろうと思うが、揺れの大きさが次第に増していることもあって、引くも戻るもこのタイミングしかないというのも、また事実であった。
「……分かりました、護衛を引き受けさせて頂きます。その装備は、こちらの扉の向こうでしょうか?」
「ええ、準備はすぐに済むから、先に行ってて頂戴」
そして、こうして頼られた以上結局最後は断り切れないのが、相澤一葉というリリィであるのだから、入ってきたのとは違う隣の部屋への入り口だろうドアを指せば、肯定が帰って来たならと瑤と二人向かう。
◆◆◆
「あ、恋花だ」
「よっす藍。てか、こっちに行くの教えた覚えないんだけ……って千香瑠まで!? なんでここにいんのよ」
お互いに目的地は同じなのだから、恋花たち二人と千香瑠たち四人、合計六人が一葉たちの先に入った部屋の手前で出会すのも、ある意味必然ではあったのだが、その面々が面々なだけに、恋花は色々と言いたいことが途切れない。
「私も、
「……ま、今更帰れとも言えないか」
そもそも、千香瑠の帰る場所は自分たちのところだとは恋花も思っているのだから、彼女の方からもそうだと選んでくれたのを、どこか嬉しく思ってはいる。
「それに、あの時の猫耳風紀委員に美岳……はあれか、国から出ろって言われたやつか」
「だとしても、施設機能の停止が割り振られた役割だったはずだけれど」
「……っ。その声は」
そこで琴陽が恋花の横の執行部隊員に覚えがありそうな反応を返すが、本人が口の前に人差し指を立てていれば、下手なことは言うべきでないと思い直す。
「んん? そっちの知り合い?」
「まあ、私が強化されたのは卒業後だとは言っておくわ」
なるほど、ガーデンや周囲の目がなくなったところを狙われて──と相変わらずゲヘナのやり口は汚い。なんてことは今更再確認するまでもないのだから、名前を隠している彼女以外今更挨拶が必要な顔触れでもないのだし、揃って廊下を進めば目的の部屋の前へ。
「ここです」
タブレットの画面にラボ内部のマップを映す琴陽が立ち止まれば、まずドアに近寄るのは恋花と藍。
「とりあえずあたしらから入ってみる。一葉たちが下手こいてないなら、まだ警戒はされないだろうし」
元より呼び出したのは向こうだ、文句を言われる筋合いはないし、藍を連れていれば遅れた原因も勝手に察するだろう。
「しっつれいしまーす」
「まーす」
故に努めて気楽に、あるいは藍のノリに合わせているくらいの軽さで挨拶しながら部屋に入ったものの、恋花の方は先にいた二人を見付けた直後、それぞれを二度見して固まっている。
「は?」
「れ、恋花。これは……」
「わー、スパイみたい!」
一葉と瑤が教頭を名乗る相手に渡された装備、それは身体にピッチリと張り付くボディースーツタイプな暗色のバトルクロスで、闇夜にも容易く溶け込めそうなそれは、確かに藍が騒ぐようにそういったジャンルの創作で採用されるような物に見えなくもないが──
「いやいや、やっぱ王道はレオタードっしょ?」
「レオタード……エアロビ?」
「それはやめてあげなさい」
一葉なら犯人に騙されてた『2号』のように、少し煽てるだけでノリノリになってやりかねん……という危惧があったのもあるが、ともかくこの調子では二人してまんまと相手に乗せられた感じがひしひしとしてしまうのだから、その呼び出してきた相手を探そうと恋花も部屋の中を見渡してみるものの、今のところ自分たちヘルヴォルの四人以外誰もいないとなれば、先にいた方に聞くしかない。
「んで、呼び出してきた自称穏健派さんはどこよ?」
「教頭先生なら──あっ、赴任前ですけどそう呼んで欲しいとのことでして。支度があるとまだ隣の部屋に」
「教頭ねぇ」
休日だろうとお構い無しに藍を実験に差し出すような、更迭されたあのいけすかないやつの後釜となれば大方同じタイプだろうとは思うが、そんな相手でも面と向かって頼られれば断り切れないのがこのお人好しかと、恋花は頭を掻きながら開いたままなドアの向こうの面々に目配せをしながら、中の二人に聞こえないよう小声で告げる。
「多分アウト。なんかあったら突入よろしくっす」
「こちらには正式な礼状があるのだから、今すぐ現行犯で叩き潰すのが早いと思うけれど?」
物騒な提案に恋花もそれはそう。と思ってしまう部分がないでもないが、一応ギリギリまでウチの隊長の顔を立てて欲しいと考えていると、入り口から見て左手、つまり一葉たちがバトルクロスを着せられた部屋の方から、何かが壊れる大きな音と共に、誰かが吹き飛ばされてくる。
「がはっ!?」
「教頭先生!?」
「あのおばさんがおんけんはさん?」
いきなり失礼なことを言う藍に誰もツッコミを入れる暇などなく、ドアもろとも飛ばされた教頭を名乗っていた女が机に激突すると、隣の部屋から立ち込める煙の中を、何者かがゆっくりと歩いてくる。