東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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誘惑に負けて新規で書き始めてしまった……「どれか一つくらい完結させろ」と言われそうだが、考えてみて欲しい。どうせ三文どころか無料で小説を書いているのだから好きなように書いてしまおう。私はそう考えた。


鬼となった夜

 刃と血液、二つの金属の(にお)いが鼻に付く。過去となった時代の一軒の家で、刀を握る少年が脇腹を押さえながら荒い息をしている。この場には二つの流血が存在していた。一つは刀に纏わりつく、少年を襲った化け物の血、もう一つは化け物に脇腹を抉られた少年自身の流す血。重症と言っても良い傷だが、少年は刃を手放さず、化け物から身を隠しながら反撃の機会を狙っていた。

 

「もう……無駄なんだって……分かってるけどさ……」

 

 少年はどこか自嘲するような声で独り言を呟く。奇襲と隠密を旨とするこの闘いで、それが如何に愚かな行為であるか、知らない少年ではない。しかし、口から散りゆく言の葉を止める事は出来なかった。

 

「僕はアンタに……今になっても愛情を持ってるんだ。父さんが戦で死んで……飢饉で姉貴を捨てて……残った僕に歪んだ愛と独占欲を向けられても」

 

 何処で狂ってしまったのか。父親が戦死した時か、それをきっかけに母親の正気が瓦解した時か、飢饉で口減らしのために姉が捨てられた時か……母親が少年に歪み切った愛情を向けたのは、愛する夫を失った時か、唯一残された家族が少年のみとなった時か。

 

「いつからアンタはそんな風になってしまったんだろうね―――母さん」

 

 そして、挙句の果てに化け物となった母親に、人語など介さない母親だった物に、少年は独り言で語りかけた。母親は少年を家の外に出さなくなり、少しでも逆らえば張り手が飛んできた。そのような虐待を受けながらも少年は母親の事を愛し続けた。ただ身近にいるだけの人間を、愛し続けた。

 

「でもごめんね……僕はもうアンタに刃を向けるしかなくなってしまったよ。無力な子供の身で……どうにかアンタを元に戻せやしないかと……足掻いてはみたけれど……結局こうなっちゃったね」

 

 飢饉が終わって世は太平となったが、少年の家族は地獄に落ちていた。もはや孝行の術など、化生となって苦しむ母親の命に終わりを齎す事しか残されてはいない。

 

 肉親の足音が近づいてくる。少年がもたれかかる壁のすぐ後ろにいる。独り言を聞きつけてきたのだろうが、その気配は人を喰う獣だった。

 

「もう……終わりにしよう」

 

 少年は隠れている壁から這い出て、母親に斬りかかる。その日、名を時雨(しぐれ)というその少年は鬼となった。せめて、母と共に()いてくれる者がいる事を望みながら。

 

 

 

 時は流れ、百数十年が経った21世紀の深夜の街中に一台の警察車両が走っていた。とある廃ビルに怪物が屯しているという通報のために二人の警官が駆り出され、車を走らせている。

 

「また化け物の通報か……最近頻繁ではないか?」

「戦後七十年、平和になったというのに、我々の仕事は減りませんねえ……」

 

 運転席と助手席の警官がこの状況を訝しんでいる。今回通報があったのは異界から来た、死人が変貌した……と様々噂される怪物〝稀人(マレビト)〟の存在によるものだろう。捕食するわけでもないため、彼等の目的は不明だが、生きている人間を見ると襲い掛かって来るのである。故に、見かけたら躊躇なく狩るべしというのが暗黙の了解だ。

 

「それにしても……」

 

 助手席の若い警官が後部座席を胡散臭そうに見る。そこには一人の少年が座っていた。十代後半くらいの容姿に、スラリと伸びる手足を持つ。黒衣の袖から飛び出す手指はしなやかであり、儚げな顔と肩や首元や何本かは鎖骨の辺りまで伸びる白髪も相まって少女のようにも見える。今回の事件に役立つと派遣されてきた者の一人であった。

 

「派遣されるのがこんな子供一人なんて……真剣に対応する気が有るんですかね?」

「おい……!」

 

 少年が眠っているのを良い事に若い警官が発した陰口を、運転席のやや年配の警官が止める。警官たちのやり取りに後部座席の少年が少しだけ目を開けた。再度後ろを振り返って驚いている若い警官に少年は答える。

 

「報酬の分の仕事はしますからご心配なく。それと、陰口を一々咎めるほど狭量でもありません。それに先程も言ったのですが、僕一人ではありませんよ。……彼女が遅れているのはこちらの落ち度ですが」

 

 しっかりと自分の陰口を聞かれていた上に、やや皮肉めいた口調で返された警官は憮然として前を向く。そして、「そんなこと言ったって、結局一人しかいないじゃないか」と独り言を呟いた。そんな若い警官に年配の警官はやや慰めるようにも聞こえる声色で話しかける。

 

「気持ちは分からんでもないが、落ち着け。天下の〝八咫烏(やたがらす)〟から派遣されてきたんだ。きっと俺達以上にこの手の荒事には慣れてるんだろう」

 

 八咫烏―――その名は各所に響き渡っていた。日本政府から活動を黙認されている武装集団であり、その戦闘力は日本最強とも言われている。金さえ払えばどんな荒事も引き受ける集団であり、便利屋という見方と守銭奴という見方が両方存在している。

 

 しかし、二人の警官にとって重要なのはそこではない。給料を貰って奔走する以上、警察とて守銭奴と言われれば詭弁であっても反論などできないからだ。

 

 彼らにとって重要なのは、八咫烏なる集団の殆どが自我と理性を持つ稀人で構成されているという事である。

 

「自我を持った稀人……? そんなの有り得るんですか?」

「俺だって半信半疑だったさ。でも、実際に見せられたら信じるしかねえだろ。後ろに座ってる、どう見ても高校生にしか見えない奴だって、あの(なり)で百年以上は生きてんだとよ」

 

 若輩の警官がぎょっとして少年を見る。そう言われると、一気に背後に不気味な者が居座っているかのような感覚を受けたのだ。証人は一人であり、真相は藪の中である。だが、男子にしては長い髪を弄る少年からはただならぬ気配を感じているのも事実だ。

 

(あ、枝毛見っけ)

 

 なお、その時の少年の姿をした稀人が考えていたことは実に人間的であったが。

 

 数分後、件の現場に車が到着した。ここに至る道にはバリケードが張られ、武装した警官が何人も一棟のビルを警戒していた。

 

(結構耐えてるなあ……)

 

 車から降りた少年が抱いた第一印象は聞きようによっては失礼な物であった。しかし、対人間戦を得意とする警察だが、稀人に対しては戦力としてあまり期待できないのが実状なのである。

 少年は通報があったのが昼だと聞いており、夜まで耐え続けたのは驚くべき事であった。何せ、八咫烏に依頼があった時は既に壊滅状態だった、などという事もあるのだから。

 

「………」

 

 それにしても、と少年は思う。周りを見ると、警察関係者の誰も彼もが同じような視線を向けてくる。すなわち、「誰だこのガキは。見学なら他所を当たれ」というメッセージが込められているのである。

 

 状況的には仕方のない部分もあるだろう。命を張って警戒をしている中、現れたのは齢二十にも満たない外見の可愛げのない少年である。実年齢はその限りではないが、それは外見だけでは分からない。

 

「お前達! 朗報だ。援軍が来たぞ!」

 

 少年を送って来た警官が声を張り上げる。しかし、これによって少年への評価が変わるわけもなく、寧ろ怪訝な視線が増えただけであった。警官は少し戸惑うと、少年へ苦言を呈する。

 

「時雨さん! アンタからも何か言ってください!」

 

 すると、ちらほらと噂する声がたち始めた。外見はともかく、〝八咫烏の時雨〟という名前はそれなりに有名なのである。何故外見は知られていないのかと言えば、言っても誰も信じないからだ。このような扱いを受ける事は慣れているため、大して反応する事も無い時雨。

 

 そもそも、母親を殺した夜に〝鬼〟となった時雨が、人間の噂話など気にする事も無かったが。

 

「僕の名前は時雨。依頼によって参上いたしました。実力は……話すよりも見てもらった方が早いでしょう」

 

 敬語を使ってはいるが、敬う気など欠片も感じない時雨の言葉。だが、時雨はもはや警察たちなど眼中に無く、目の前のビルの三階辺りの窓を眺めている。なんの事だと警察たちが訝しむと、時雨を目掛けて一つの影が襲い掛かる。

 

 姿は実に典型的な鬼と言えるだろう。御伽噺に出てくるような、筋骨隆々とした鬼だ。それが窓から飛び出しながら(まさかり)を振り下ろした。

 

「こんなのと一緒にしないで欲しいんだよな……」

 

 突如として時雨の左手に現れた、178cmある彼の身の丈ほどもある鞘付きの大太刀で難なく受け流しながらぼやく。なまじ、相手が『妖鬼』などという呼称で知られているが故に、鬼である時雨も同一視されてしまう事が有るのだ。ただでさえ、同じ稀人として鬱陶しい視線を頂戴する事もあるというのに。

 

「ウガァァァァァ!」

「五月蠅い、静かにして」

 

 妖鬼が鉞を振り回すが、時雨は心底不愉快そうに片手で攻撃を受け流し続ける。細身であるにも関わらず、妖鬼の攻撃を捌き続ける彼に、警察たちは言葉を発せない。

 

 やがて、妖鬼の体力が尽き鉞を振り回すのを止めると、時雨は居合の構えを見せる。直後、彼は移動したように見えた。妖鬼も、そして警察も彼の動きは全く捉えられないのである。しかし、結果はすぐに現れた。

 

「―――ッ!?」

 

 突如として妖鬼が斬り刻まれた。そして誰もが理解する。一瞬の間に妖鬼が時雨に斬殺されたのだと。すると、時雨を送って来た警官が声を漏らした。

 

「まさかこれほどの実力とはな……単身で乗り込むだけの度量はあるということか」

「ですから、一人ではないと何度言えば……」

 

 時雨がそう言って真上を見る。全員が釣られて視線を送ると、そこには驚くべき光景が在った。

 

「わっちは、此処に居りんす」

 

 なんと、宙に浮いた畳の上で一人の女が逆さに座り、酒を飲んでいた。

しかし、警察たちがその光景に釘付けになったのはその非常識な光景だけではない。その女の容貌は人間離れして美しく、髪は雅な飾りで結わえられており、肩や胸元を露出させ、上前と下前の間のスリットから妖艶に脚を覗かせる着物はしかし、卑猥な印象を与えず寧ろ怪しい魅力を放っている。ここまで上物な美女を見て視線を逸らせる男はいなかった。

 

 普段から見慣れている時雨を除いて。

 

「月見酒は常に月を見上げんすが、時には見下ろしてやるのも一興でありんす」

「あのさ、紫苑(しおん)。優雅に楽しんでらっしゃるところ恐縮なのだけれど」

「ん?」

 

 時雨が天上の畳の女に話しかける。紫苑というのは女の名だ。この時点で彼の旧知の人物、それもかなり気安い仲なのは見て取れる。辟易としている時雨とは対照的に、紫苑と呼ばれた女は酒を飲んでいた口を虧月(きげつ)のように笑わせた。

 

「どうしんした? わっちの可愛い雛梟(ひなふくろう)

「遅い」

「ん?」

「アンタが遅いせいでずっと存在を忘れられてたよ。危うく僕一人でこの面倒事を任されるところだった。好き勝手やれるという面ではメリットかもしれないけれどね」

 

 雛梟とは、紫苑が度々口にする時雨への呼び名だ。八咫烏に拾われた時雨は、抜身の刀身に等しい存在だった。それまでの生で鬼となり、人間への殺意のみを増長させた子供。擬態する術こそ心得ていたようだが、いくら戦闘能力が高くとも、これではいつ修羅がこの世に顕現するか分かったものでは無い。

 

 そこで時雨の教育を任されたのが紫苑だった。稀人『飛縁魔(ひのえんま)』と化す前は花魁だった紫苑は、客を喜ばせるために様々な教養を身に着けており、稀人となってからも実に多様な知識を蓄えていった。

 

 紫苑は時雨に文学、哲学、数学、美術、音楽―――と、闘いや殺しとは無縁の知識を教えていった。幸い、時雨は愚鈍な頭脳の持ち主ではなかったためにこれ自体はそれほど労せずして達成されていった。

 

このような事をしていた彼女の狙いは時雨の殺人衝動を別の物に昇華させる事であったのだ。人間と言うのは実に特殊な生き物であり、性欲や獣欲を芸術などに転換することが出来る。仮にこれが猿や獅子であればこうはいかなかったが、鬼と化しても時雨は人間であったのだ。

 

 結果、時雨はいくらか人間らしくなった。陰惨な家族殺しと八咫烏の前に拾われた集団に植え付けられ、そして鬼となったが故に増長された殺人衝動は完全には消えていないが、それでも使えるようにはなったのだ。

 

「開口一番に『誰を殺せばいい?』などと聞かれた時は面喰らいんしたが、こうして見れば、中々に可愛らしい男子(おのこ)でありんす」

「過去に浸ってないで会話してほしいのだけど?」

「まあまあ、そんな顔はやめなんし……わっちとてもう少し早く合流する予定でありんした。しかし警察たちの事後処理がなんとも手間取ること手間取ること。おかげでわっちの可愛い雛梟は拐かされてしまいんした」

 

 紫苑の言葉に、警察関係者は揃って苦虫を嚙み潰したような顔をする。紫苑は此処に来る前に別の任務に就いており、それが終わってから新たに発生した依頼に合流する予定だった。だが、過去の闘いで警察や自衛隊に大幅な死者が出てしまい、間に合わせで人員を補充した結果、無類の稀人退治の素人が集まってしまったのである。そして紫苑はその煽りを諸に喰らってしまったのだ。

 

 実に可愛らしく口を尖らせて不平を垂れる妖しき花魁に時雨は溜息を吐いた。

 

「はぁ……とりあえず紫苑の事情は分かった。どうやらアンタの怠慢ってわけじゃなさそうだという事は。だから警察を苛めるのはその辺にしなよ。折角の品位が、台無しだ」

「こはばからしゅう憶測でありんす。わっちをただの人間を苛めるような性悪女のように云うのはやめなんし」

「実に簡潔な自己紹介ありがとう。仮にアンタの言う事が本当なら、そんなところで油売ってないでさっさと降りて来なよ。この場にいる全員を見下せる位置じゃなくてさ」

 

 紫苑は時雨の言葉に再度口を尖らせながら、畳を消して地面に降り立った。この女、『他人の不幸は蜜の味』を地で行く性分の持ち主なのだ。男に取り入って破滅させる稀人『飛縁魔』としては至極真っ当な感性だが、放置しておくと延々と相手を貶めるのである。それも遠回しに、狡猾に。

 

 しかしながら、仮に飛縁魔である紫苑に親愛の念を向けられたら、その男は骨の髄まで貪られ、快楽と引き換えに全てを失う事になるだろう。紫苑の愛とは何処までも、〝食べて与える〟事なのだ。時雨を含む八咫烏の面々は例外としても、基本的に彼女の行動原理はこれに帰結する。

 

 ただ、紫苑の行動に苦言を呈しながらも、時雨は彼女の事を嫌っているわけではない。自分に教えられるほどの教養を持ち、雅に振舞う様は正に高貴なる花魁である。歌や楽器にも精通し、盤上遊戯(ボードゲーム)まで嗜む彼女の事を一流の女性として尊敬しているのだ。

 

「別にアンタの趣味嗜好に口を出す気は無いけれど、あまり時間を浪費すると夜も僕も老ける」

「生き急ぐのは感心しんせんねえ……焦らずゆっくり、夜の悉、楽しみんしょう? 若い精気は、常に歓迎しておりんす」

(やっぱりわざと遅れてきたんじゃないの? この性悪女)

 

 これ以上歓談していると年を取らない稀人ですら老人となってしまうという皮肉を受け流され再度溜息を吐く時雨。隣に立つ、自分を教育した女の態度を半眼で眺めながらビルに入っていった。

 




プロローグです。次回から戦闘に入ります。因みに、この話の登場人物全員に言える事ですが、性悪という設定はあっても人格者という設定にはしません。実際、人間から見たら怪異の思考回路なんて殆どが不可解なんですから。

備忘録

>時雨

今作の主人公。見た目はかなり中性的であり、イケメンというよりは美人という評価が先に来る。人間ではなく鬼であり、百年以上生きている彼があまりにも多くの物を見てきたという事を、世界はまだ知らない。殺人衝動を抱えており、過去には『抜身の刀身』と囁かれた。戦闘力は非常に高く、作中でもトップクラスである。そうなった経緯が経緯なだけに、本人はやや複雑な心持のようだが……

>紫苑

時雨を教育した稀人で、飛縁魔と呼ばれる存在。他人が自身の言葉に振り回されたり、後に登場する毒を使った攻撃で敵が苦しむのを愉悦と感じる性格の持ち主。しかし、仮に親愛の感情を持たれた場合、幾つかの例外を除いて快楽と引き換えに全てを失う事になるため、実は後者の方が危険である。元花魁という経歴のために教養も品位も持っているが、それは相手に取り入って破滅させるためである。
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