東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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久しぶりの投稿。今回は時雨たち以外の脇役が色々やってます。一応、この物語の目標というか、終着点は決めているのですが、序盤は世界観や八咫烏、第捌機関のキャラの説明に使うつもりです。それ故に、大きく話が動く事は無く、暫く色々とフラフラしているかもしれません。

今回のタイトルの元ネタはマクベスの一節です。


Proud, for, the human biggest enemy.

 魔転楼が次元海賊に攻め入られた頃、八咫烏の他の構成員達もそれを察知していた。既に非戦闘員は退避し、闘える者はそれぞれの持ち場に就いている。

 

「やれやれ、数十年に一度はこのような命知らずが現れる」

 

 魔転楼の見張り台でそう呟くのは、あまり特徴の無い男であった。普段の姿を敢えて言及するのであれば、無頼派の小説家のようなボサボサの髪と、もはや閉じていると誤認する程の切れ長の目くらいのものであろうか。

 

 しかし、この男が人間ではないのは一度(ひとたび)力を行使すれば一目瞭然である。攻め入る敵を見つめる男の手には一つの目玉が付いているのだから。

 

 男の名は瞳磨(どうま)。八咫烏の一隅にして、百目鬼(ドウメキ)という稀人である。普段は魔転楼の警備や、そうでなければ敵地の偵察を(おこな)ったりもする。戦闘力も中々の物であり、首位の力を持つ時雨や孫一に随伴しても遅れをとる事は無い。

 

「首尾はどうでありんしょう?」

 

 と、そこに飛来する影が一つ。言うまでもなく紫苑である。今回は背中に蝙蝠のような翼を生やしていた。

 

「何も問題はありませんよ、紫苑殿。賊共の攻撃はこちらの想定を上回ってはおりません。まあ、夜刀神(やとがみ)殿と孫一殿の二柱がいるのです。今しがた灰殲(はいぜん)殿も向かいましたし、大して心配することも無いかも知れませぬが」

 

 夜刀神とは時雨の事である。彼の半生を知る者の中にはそう呼ぶ者も多いのだ。夜刀神と言えば『常陸国風土記』に登場する日本の蛇神であるが、鬼である時雨に何の関係があるというのか。それを知る者はそれほど多くは無い。

 

 いずれにせよ、夜刀神と八咫烏、二柱の神が揃っている以上負けは無い、と瞳磨は言いたいようだ。

 

「しかしまあ、油断はしませんよ。慢心は人間の、特に強者の最大の敵ですから」

「マクベスでありんすか? 文士らしいと言えばらしい言葉でありんす」

 

 シェイクスピアの戯曲を引用して傲慢なのか謙虚なのか分からない軽口を叩く瞳磨と、それに同調する紫苑。

 

「後はそこで寝転がっている紅糸(べにいと)殿が起き上がってくれれば良いのですがね……」

「相変わらずでありんすね……この自宅警備員は」

 

 瞳磨が指差したのは(いびき)をかきながら白目を剥いて寝ている黒髪の女である。名を紅糸と言い、八咫烏の一隅であるのだが、自分からは滅多に動こうとしないのである。逆に言えば、拝金主義の孫一が「穀潰しは不要だ」と公言している八咫烏にてこれだけ怠惰な振る舞いが出来るほどの実績を持っているという事なのだが……

 

「瞳磨殿と紅糸殿がいる以上、ここの守りは鉄壁でありんしょう。わっちは別の場所に向かいんす」

「一人は自主的に戦力外通告をしておりますがねえ」

 

 紫苑が別の場所に移ろうとするが、その前に敵の攻撃が飛来した。魔弾が飛んできた方向に目を向けると、小悪魔のような姿をした稀人〝インプ〟が大勢飛んでいた。この手の奴らに大抵言える事だが、個体としては大して強くは無いが、だいたい群れているので鬱陶しい。

 

「外来種が増えましたねえ」

「まあ、虚数空間を介して現れたりもするでありんすし、もはや何処にでもおりんすね……」

 

 人の情から生まれたくせに、人に観測できない空間まで現れるとは如何なものか……とはいえ、魔転楼のことを考えるとあまりとやかくは言えないのだが。

 

 とにもかくにも、この期に及んで寝ている紅糸は放置して、インプの撃退を始める瞳磨と紫苑。インプ達の攻撃手段は魔弾、光線、衝撃波など多彩だが、どれも対処可能である。現に、魔弾や光線は避けるか撃墜され、衝撃波は紫苑の扇に薙がれ無効化される。

 

「丸見えですよ」

 

 瞳磨が自身の周りに浮遊させている眼球から光線を放ち、インプの一体を撃墜する。また別のインプが瞳磨を攻撃しようとするが、今度は紫苑の蝙蝠によって撃ち落とされた。

 

 背中合わせとなった瞳磨と紫苑だが、ここで瞳磨が口を開く。

 

「分かってはいましたが数が多いですな。少し派手な技を使いますがよろしいですか?」

「お主がやらねばわっちがやっておりんした」

 

 紫苑が了承の意を返すと、瞳磨は無数の眼球を空に飛ばし、インプを包囲するように展開する。

 

「切られた虫は(すき)を許す。鋏の前の枝葉とて、それは同じ」

 

 瞳磨が詩を吟ずる間に、浮遊する無数の眼球がインプ達を捕捉し広域殲滅を開始する。眼球の視認した範囲を呪力により滅却する瞳磨の技で、名を〝眼光炯々(がんこうけいけい)〟と云う。

 

「前半部分はウィリアム・ブレイクの詩でありんすか……偏屈な三文小説家が、随分と学を付けたでありんすねえ」

「ヴェルレエヌ殿のおかげですよ。彼女との対話は良い気分転換になる」

 

 ヴェルレエヌとは、死したフランスの詩人の事では無い。東京の一角に古書店を構える外つ国の女性である。フルネームはシャノン・ヴェルレエヌ。時折本を購入するために瞳磨が赴き、店主である彼女と話をするのだ。

 

「最近は小説家から詩人に転向するのも良いと思うようになりました。しかし、その場合はヴェルレエヌ殿は商売敵となってしまいますが」

「元より勝負になりんせんよ。シャノン殿の圧勝でありんしょう」

「酷すぎる」

 

 そんな紫苑もシャノンの古書店の常連であり、彼女とはそれなりに親しい。故に瞳磨とシャノンの関係性に気付いてしまう。実の所、紫苑と瞳磨はかなり気が合う方で、任務時も二人で行動したりする。そして、瞳磨に自身の『友人』であるとして紹介された時のシャノンが一瞬だけ悔しそうな、表情をしていたことを紫苑は見逃さなかった。

 

(全てを見通すとまで言われる眼を持つこの男が、シャノン殿の朱に染まった耳や顔を見逃しているはずがありんせん。どこまでもヘタレな男でありんすねえ)

 

 人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る、などという句を詠んだ但馬皇女を見習ってほしい。そうでなくとも、時雨と小夜花の関係性を多少は見習えと思う紫苑であった。尤も、シャノンの方も肝心なところでヘタレるので似た者同士と言えるかもしれないが。

 

 そして、そんな雑談がとある人物の行為を妨害する。

 

「なんだよ騒々しい……餓鬼でもあるまいにピーチクパーチクと」

 

 豪胆にも戦闘中に全く起きる気配を見せなかった紅糸である。欠伸をしながら瞳磨程ではないにしろ細く切れ長な目を開いた。

 

「おはようございます、紅糸殿。貴女が鼾をかいて寝ている間に敵の襲撃の第一波は終わってしまいましたよ」

「へえ、そりゃ良かった。持つべきは友だな」

「友人の定義をはき違えておいでだ」

 

 こういう時、紫苑はあまり役に立たない事を瞳磨は知っている。紫苑は何だかんだと身内の女に甘い。無論、何も言わないわけではないが、合間々々に忍ぶ毒舌はなりを潜めてしまう。

 

「貴女は基本的に魔転楼から出ないのですから、こういう時くらいは働いてくださいな」

「ついこの前、外の任務に出ただろう?」

「二カ月前の話でしょうが」

 

 ずっと部屋で寝ているから時間間隔が曖昧なのだろう。紅糸も紫苑や瞳磨に並んで稀人なのだが、決して長く生き過ぎたが故のものではないだろうと瞳磨は言いたかった。まあ、瞳磨より長く生きている事は否定しようが無いのだが。

 

 そして、この紅糸という女は放逐されないギリギリのラインを見極めるのが上手いのである。必要とあらば戦闘し、実績も残すが本当に必要最低限だ。最近流行りの追放ものなら数え役満で追い出されそうだが、そうならないように巧みに立ち回っていると言える。

 

「私も心まで鬼ではない……何も馬車馬のように働けとは言いませんよ。せめて拠点防衛時くらいはもう少しだけやる気を見せて欲しいというのは我儘なのでしょうか?」

「でも肝心の敵はいないんだろ?」

「まだ敵は撤退してはおりません故。負けるような戦ではありませんが、勝利を盤石とするためにも―――」

 

 瞳磨はそこで言葉を止めると、閉じたように細い眼を少しばかり開いた。

 

「紫苑殿、危ない!」

 

 瞳磨が警告を飛ばすとほぼ同時に紫苑がその場から退避する。彼女の足元を見れば、先端の尖った木の枝のような造物が紫苑のいた床を貫いていた。

 

「感謝するでありんす」

「余計なお世話だったかもしれませぬが、()()()しまったもので」

 

 瞳磨の眼は限定的ながら未来を見通す事が出来る。他の戦闘員と比べて身体能力自体は高くない瞳磨だが、この力で幾度も危機を脱してきた。今回も完全なる不意打ちだったが、紫苑への攻撃を回避する事が出来た。尤も、紫苑ならば自力でどうにかしていたかもしれないが、と瞳磨は思っている。

 

「蠅共の親玉でありんしょうかね」

「そのようですな」

 

 紫苑と瞳磨は目の前に現れた人間サイズの悪魔を見てそう評する。敵の名前は〝インペット〟。急襲してきたインプ達を統率する存在だ。

 

「此奴を倒すまではわっちも此処におりんしょう。敵前逃亡扱いされてもかないんせん」

「心強い」

 

 それを見た紅糸は心底嫌そうながらも戦いに参加することにした。

 

「はいはい分かった分かった……アタシもやればいいんだろ?」

 

 紅糸はそう言うと、無造作に高速移動してインペットが伸ばしてきた枝を切り落とし、更に本体を毀傷(きしょう)する。移動した軌跡に電流の痕が漂っている。

 

「枝なんぞ、糸を引っ掛けるための足場にしか思えんな」

 

 周りに寄ってきていたインプの群れも紅糸が自分の糸で切り裂いてしまった。もう察している方も多いかもしれないが、紅糸は〝絡新婦(ジョロウグモ)〟という稀人である。正体については諸説あるが、ここでは人に化ける蜘蛛、程度の認識で問題ない。

 

 そして、起源は謎だが雷もしくは電流を操る事が出来るのも彼女の特徴だろう。ただ、放電させることは出来ず、自身の身体か糸を介してと言うように限定はされるが。ただ、伝説には多かれ少なかれズレは生じる物であるし、実際に静電気を帯びた巣を作る蜘蛛も存在するらしいのでそれほどおかしくも無いだろう。

 

 そんなわけで、紅糸は普段は怠惰なくせに本気を出すと雷速で動き回るのである。今も、床から生やされたインペットの枝を電流を伴って回避していた。

 

「おい、アイツ、アタシ達が負わせた傷をとんでもない速さで回復させてるぞ!」

「ふむ、おそらく生やした枝葉によるものでしょうな。私の眼で石化させましょうか?」

「いいえ、わっちの毒で枯れ葉にしてさしあげんしょう」

「どっちでも良いからさっさとしろ!」

 

 インペットの枝葉や魔弾の攻撃を躱しながら糸で拘束していく紅糸。そんな様子に苦笑しながらも、紫苑は植物を枯らす毒を散布した。毒とは言っても、過去の闘いや実験からインペットだけに効くように調合した物である。ベトナム戦争のような愚は犯さない。

 

 効果は覿面(てきめん)であり、枝葉は枯れ、インペットの回復速度は目に見えて落ちた。それを見た紅糸は敵を拘束した糸を引き、インペットを切り裂く。

 

「肉塊一丁上がりだ」

「あーあー、凄惨な現場にしちゃって……もう少し瀟洒(しょうしゃ)に闘えないものでしょうか」

「動いたら動いたで文句言うのか、この似非(エセ)文士は。百目鬼じゃなくて百舌鳥(モズ)って名前に改名しろよ」

「蜘蛛は目が八つもあるのに揃いも揃って節穴なのですねえ。私が鳥に見えるとは」

「お前二つ目の肉塊になりたいのか?」

 

 引きこもり二人が生産性の無い会話を繰り広げているが、紫苑は既に飛び立っていた。だが、それを責めはしない。

 

『ウチのシマを荒らす命知らず共に引導を渡してやりな。存分に殴れ、撃て、斬れ、殺せ』

 

 瞳磨と紫苑、いや、八咫烏の全戦闘員が眼に猛獣を宿した。

 

「まったく……我らが棟梁殿は時々過激ですなあ」

「構いやしないさ。アタシが一番嫌いなのは駆り出すだけ駆り出しといて、やれ殺すなだのやれ残酷だのとやり方に文句をつける奴だよ」

「それは悪うございましたねえ」

 

 そして、一頻り言い合った後にとある異変に気付く。

 

「どうやら先程の悪魔はただの尖兵だったようです。厄介なものが魔転楼に取り憑いておりますな」

「はん、舌と文才は腐っていても眼だけは良いらしいな。次に向かうのはそこだ。ちょうど腹も減っている事だしな。……手始めにお前を喰ってやろうか?」

「おっと、つまみ食いはご勘弁願います」

 

 二人の稀人は外縁よりもやや中心に生えている大木を目指して足を踏み出した。

 




瞳磨、紅糸が初登場。一応言っておくと某上弦の鬼は関係ありません。そして、時雨の過去に関する事がまた一つ出てきましたね。夜刀神……妖怪や神話が好きな人なら聞いた事が有る名前かもしれません。
因みに、瞳磨と紫苑は仲が良いが、瞳磨と紅糸は仲が悪い。

備忘録

百目鬼:名前の通り、数多の眼を持つ妖怪。百目とも。今作では『視る』能力に長けており、人間よりも遠くを見たり、限定的ながら未来を見通す事が可能。また、攻撃能力を持った無数の眼球を放出し広域殲滅することも出来る。

絡新婦:本来の意味での表記は女郎蜘蛛。美女に化ける事が出来るらしい。創作物においては半人半妖のような姿で描かれる事が多い気がする。今作では糸の他、電流を操る事が出来る。

インプ/インペット:西洋モチーフの稀人が初登場。伝承の中のインプは正に小悪魔といった見た目で、元は妖精に分類されていたらしい。語源はインペットという古代語で、『挿し木』を意味する。種から育った訳でもないのに果実を実らせるため、魔術的な意味があると言われていた。

切られた話は鋤を許す:作中でも言われた通り、ウィリアム・ブレイクの詩の一節。彼が何を意図して書いたのかは不明だが、私の見解では、生命が生きてゆく上で避けられない殺生を語った物であると解釈している。

人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る:万葉集第二巻の116番の句。ヨルシカの『都落ち』という曲の元ネタであるため、知っている人も多いかもしれない。内容としては、「誰に何を言われても自分はこの恋の障害を乗り越える」というもの。本来は別れの歌だが、ここでは発破をかけるような意図が含まれている。
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