東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~ 作:三文小説家
海賊船に入った時雨達は外見以上の広さに辟易としていた。
「
「稀人とか異能絡みの件は常識と物理法則と外見ってだいたい当てにならないからね」
船内は外見以上の広さがあり、どう考えても空間操術の手が入っている。孫一は書類仕事を長時間サボる言い訳が出来て嬉しそうだったが、時雨は面倒が増えたと露骨に溜息を吐く。
「まあ、故意にしろ偶然にしろ、俺等の拠点を見てそれでも攻め入ろうって奴らですぜ、棟梁。向こうが自信を持つ程度の準備はあると見ておいた方が良いでございまさあ」
「確かにそりゃ言えてる。大昔と違って無名でもない。余裕ぶっこいて死ぬなんて無様は晒せないからねえ」
灰殲と孫一が船内を見て話し合っている。「慢心は人間の最大の敵である」とはシェイクスピアの作品のセリフだ。瞳磨や紫苑という文学オタクが布教しまくるせいで、八咫烏の構成員は無駄に詳しくなってしまった。
「だとすると、それなりに大きい後ろ盾がいるって考えた方がいいかもね」
「ほう? 例えば?」
「さっきの大入道の件も考えると……仏教関連じゃない?」
「てことは私の古巣とも無関係じゃ無いかもねえ……」
孫一の言葉に、孫一は生前の雑賀衆の情報を思い出す。確かに雑賀衆は仏教と所縁のある集団であり、石山本願寺を防衛していたこともある。だが、孫一の知る中では仏教徒は稀人を堕落や魔性の存在として忌み嫌っていたはずだ。こんな稀人だらけの賊まがいの事をしてまで何をしているというのか。
「アレじゃない? 大方、名が知れてきたアンタの事を先祖の汚名とでも思ってんのかもね。一族の恥ってだけで殺そうとするんだからさ、人間は」
ま、証拠も何も無いから憶測というか妄想だけどね、と時雨は締めくくった。
だが、あり得ない話ではないな、と孫一は思っている。何百年も経ってから今更何の用だと思わなくも無いが、代々続いている宗教団体ならば突発的にそういう奴が現れるのも歴史が証明している。オマケに、一部か過半数か分からないが既に稀人かしているならば数百年かけて戦力を蓄えていたとしても不自然では無いのだ。
とはいえ、目下の問題はこの賊の成敗である。敵の後ろ盾だのなんだのはその後に考えれば良い事だ。どんな動機で襲い掛かってきたにせよ、降りかかる火の粉は掃わねばならない。
と、そんな話をしていたら敵襲である。床の一部が開いて刀を持った妖鬼が飛び出してきた。更に、背後からは外道兵と狩鋭の軍団も迫っている。どうやら軽い待ち伏せをされたようだ。
「ど、どうするんですか!? 挟まれちゃいましたよ!?」
「焦らない焦らない。こういう時の作戦は」
「作戦は……?」
「正面突破でございまさあ!」
「それ作戦って言わないです!!」
狼狽える小夜花に対し、正面からぶち破ると宣言する灰殲。だが、それが最適解だ。挟撃は完了したわけではなく、四人の戦力で突破すれば挟み撃ち状態を打破できる。
「そして狙うべきは……」
その横で時雨も小太刀を構えながら狙いを定める。どちらを攻撃しても撃破できるが、敢えて楽な方を選ぶとするなら、
「お前だね」
時雨は妖鬼に狙いを定め、〝閃影〟を発動する。居合一閃からの残像による連続攻撃で妖鬼は大きく怯んだ。そこに灰殲の碇の攻撃が直撃し、妖鬼は為すすべなく倒される。
「さて、私達は後ろの奴らを片付けないとねえ」
「え、でももう逃げられますよ?」
「まあ、敵があまりに強いとか、数が多いならそれもアリなんだけど、こういう時に下手に逃すと後々めんどいんだよねぇ」
孫一は下手に日和見をする気も、敵に情けをかけるつもりもない。殲滅出来る時には殲滅しておくのが定石だ。
「折角だ。露払いは私がやっといてあげるから、小夜花ちゃんは沢山経験を積みな。今後戦線に参加するかはともかく、自衛の手段は有った方が良いからねえ」
外道兵の頭を撃ち抜きながら孫一は小夜花に語り掛ける。小夜花からしても、地獄のような人間世界の生活から脱して得た居場所だ。訳の分からない賊共に奪われるのは嫌だった。
「分かりました……覚悟を決めます」
「ああ……うん……それは良いけど、〝覚悟〟にばかり気を取られて背後も取られないようにね?」
予想以上に凛冽とした表情をする小夜花に、孫一が新人がやりがちなミスを懸念していると、外道兵が人外と化した腕から真空波を飛ばしてくる。化け物に落ち、
「こっちは気にしなくていいよ、小夜花」
小夜花が回避して降りかかった真空波を小太刀の斬撃で打ち消しながら声を掛ける時雨。小夜花は外道兵の腕の下をくぐり、鳩尾に肘鉄を叩き込む。本人に言ったら怒られるが、小柄な体格を生かした戦法が刺さっている。
小夜花が躊躇ったのは自我がほぼ消失しているとはいえ、外道兵が人間だった頃の名残を大きく残す稀人だったからだ。過去の出来事で人間に対する好感度は大きく薄れているものの、やはり殺人に対する忌避は有ったのだ。
それは、小夜花の取った〝自殺〟という行動にも繋がっている。自棄になって他人を害するのではなく、あくまでひっそりと自分を傷つけていた。言ってしまえば、破壊衝動が内に向いていたのである。
だが、存在を受容された少女の破壊は、彼女を脅かす敵へと向かう。言い換えれば以前よりも容易に暴力を振るうようになった彼女を成長と呼ぶか堕落と呼ぶかは、容易には断定できない。だが、少なくとも小夜花自身は救われたのだ。
〝楓の舞 烈紅葉〟
舞い散る木の葉のような無数の血の刃を小夜花の正面に飛ばす技。直線範囲攻撃であり、通路というこの環境には適している。今ので敵は粗方殲滅したが、撃ち漏らしがいるようだ。残らずに殴り倒そうとする小夜花だが、小夜花が狩鋭の誘導棒を蹴りで弾き返した直後に孫一が銃撃で殲滅した。
「ありがとうございます」
「いや……正直思った以上に暇だったよ」
時雨と同じく、予想以上に闘える小夜花に少し驚いている孫一。だが、闘いが終わるや否や時雨に抱き着いている小夜花を見て、やはり普通の少女であると認識した。
「私……変わっちゃったのかな」
以前は優しい少女だった小夜花が拳を振るう事に、やはり本人も思うところはあったのだろう。だが、時雨はそんな小夜花を拒絶する事は無かった。
「この世界は、優しい君に優しくない」
少なくとも優しい少女では世界に牙をむかれた小夜花。力を得た瞬間に暴力で解決する彼女を、浅ましいと言う人物もいるかもしれない。だが、黙って虐げられ続けるよりは、よほど健全で建設的な選択だろう。少なくとも、此処にいる稀人達はそう思っている。
だが、そんな少女の感傷を妨害する者が現れた。振り下ろされる薙刀の刃には明確な殺意が込められ、その威力はこれまでの敵とは一線を画す。襲撃者の名称は〝荒法師〟。僧兵のような見た目をした大柄の稀人である。
「やっぱ宗教関連かい?」
わんこ蕎麦のように襲い来る敵に対し、孫一が面倒そうに銃を構える。見た目だけは火縄銃のその武器で薙刀の攻撃をガン=カタのようにいなし、隙をついてヘッドショットを喰らわす。だが、敵はそれでは倒れない。
「良いですねえ。その刃、止めてやりましょう!」
灰殲がそう言って碇をぶつける。それをも荒法師は防ぐが、逆にそれが隙になり、武器に改造された
実に面の皮が厚い敵である。古巣の頭目の名を名乗り、金儲けをしている孫一程ではないが。
〝薄氷〟
再度振り回される薙刀の下を潜り抜けるように時雨の斬撃が荒法師を襲う。体勢を低くし、滑るように敵を斬るこの技は、乱戦時にも効果を発揮する。更に、時雨に続くように小夜花が回し蹴りを命中させ、相手に攻撃する隙を与えていない。
「痛ぇでごわしってよ!?」
「さては意外と余裕だな? お前」
だが、敵もやられてばかりではなく、灰殲が薙刀に打たれる。被弾時の言葉のせいで全く緊張感が無いが……
「えっ、ちょっと、大丈夫なんですか!?」
「平気でござい。この程度の攻撃なら掠り傷にもなりやせん」
「君もさっき足叩き潰されてたけどね」
普通なら二人揃って戦線離脱ものだが、二人ともけろりと闘っている。稀人と異能者に常識は通じないと言う良い例である。
「まあ、お前達が身体張ってくれる分、私は楽でいいけどねえ」
「あ、そっちに向かったよ」
「やれやれ、せっかく休めると思ったのだが……」
孫一は能力で具現化した銭を荒法師に投げつける。すると、その銭が煙を吐き出し煙幕を張った。荒法師は効かぬとばかりに薙刀を振り下ろすが、そこに孫一の姿は無い。
「良いねえ、素直な奴は好きだよ。扱いやすくて」
揶揄うようなセリフと共に荒法師の背後から銃弾が飛来する。空間転移能力で移動していたのだ。
荒法師は接近戦では分が悪いと薙刀を振るって衝撃波を飛ばしてくる。が、そんな苦し紛れの攻撃が通用するはずもなく、時雨の斬撃で霧散されられてしまった。
「やっ!」
更に時雨の背後から飛び上がった小夜花が荒法師に踵落としをお見舞いする。
〝鐘華の舞 落椿〟
そして、浮かび上がったまま荒法師に血塊をぶつける。
「今だよ! 時雨くん!」
「〝黒夜行〟」
足元に花を展開し、空中に留まる小夜花。ちょうど時雨の前を遮る者はいなくなり、蛇行する飛刃が荒法師を襲う。それを最後に、時雨達の勝利が確定した。
しかし、流石のしぶとさか、荒法師は時雨達に怨み事を吐く。
「稀人風情が……」
「口が付いてたの? アンタ」
「いずれ……貴様らに……仏罰が下る……」
荒法師はそう言って倒れた。その屍体も彼を形作っていた呪いとなって霧散していく。
「だってさ、棟梁」
「時雨がさっき言っていた『妄想』が、当たらずとも遠からずって話になってきたねえ。毒を以て毒を制すってわけだ」
たとえ忌むべき稀人の力を借り、自分がその稀人となっても敵を殲滅する。宗教家という生き物の執念には恐れ入る、と全員が思った。多少の矛盾なぞ気にも留めない。全く、この世界で当てになるのは超常と非常識だけである。
とはいえ、まだ事態の全貌が把握できたわけではない。賊の中に坊主が二人ほど混ざっていたものの、寺を破門された野良坊主に遭遇しただけという可能性もある。さっさとこの船の船長を見つけ、組織構造を洗い出さねばならない。
「はん……仏罰とやらならとうに下されたさ。下らん人情を信じた結果が、この死にきれない体たらくなんだからねえ」
孫一は自嘲するようにそう言った。おそらく、彼女がこんな性格になった原因だろう。
時雨はなんとなく分かる。彼は善も悪も信じてはいない。そんなものと比べたら狂気や殺意の方がよほど信用できる。
だからこそ、時雨は刀を振るう。本能的に求める、生きとし生ける生命全てが無に帰す季節。美しき絶望の白き世界。
世界の冬を成すために。
小夜花可愛いですよね(自作自讃)。一見普通の少女が、心に闇を抱えていて敵を拳で殴る。良いですね。
それと、時雨の思考も一部見えました。作者からしても何考えてんだか分からない奴でしたが、どう足掻いても無意識レベルで生命の死を願う存在という事です。でも、それが許されない事もなんとなく分かってるから、孫一達とつるむ事でなんとかしてる感じですね。
小夜花の事は物凄く愛してるけど。