東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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小ボス戦


土蜘蛛

「はん……過去の亡霊が現れた」

 

 時雨は目の前の上半身が蜘蛛となった人型の稀人を見て、静かに呟いた。目の前にいるのは〝土蜘蛛〟。かつて、八咫烏、第捌機関両組織と抗争を繰り広げた非合法組織『土蜘蛛衆』の一員だ。

 

 特徴は、『人間が稀人化した存在が集まっている』事。どうやら稀人と化すことが至上だと思っているらしく、人類総稀人化を目論んでいるとか。今回に限っては他の連中と違い、人々に恐怖心を植え付ける、いわば『模倣』として海賊行為をしているわけではなく、単純に組織の活動資金を稼ぐ目的も有るのだろう。

 

 時雨や孫一はその思想自体に異議を唱えるつもりは無い。死生観は人それぞれだ。稀人となる事が幸福だと言うのならなればいい。だが、それに他人を巻き込むのは実に傍迷惑である。

 

 と、思っていると相手の蜘蛛が喋り出した。

 

「雪の蛇神よ……」

(自分で言うのもアレだけど、変温動物の蛇が司るのが雪って矛盾してるよな)

 

 相手の短い言葉に込められた自身のイレギュラー加減に思いを馳せる時雨。だが、せっかく相手が話しかけてくれたのだ。答えるのが礼儀だろう。

 

「何?」

「何故、我らの悲願に仇を成す。人間を殺したがる貴様に、我らの邪魔をする理由は無いはずだ」

 

 時雨は殺人衝動を抱えている。それは稀人となった彼に備わる本能と言っても良い。他の稀人に比べ、時雨は殊更その特徴が強く出ている。故に、どういう目的であれ人間を殺そうとしている土蜘蛛に時雨は協力すべきだと、目の前の蜘蛛はそう言ってるわけだ。

 

「前に質問してきた奴にも言ったのだけれどね」

 

 それに対する時雨の答えは、

 

「虫けらの巣にはお前達だけで収まっていればいい。夜刀神には狭すぎる」

 

 そう静かに告げた。何の感情も籠っていない。が、微かに口元だけには嘲笑するような笑みが浮かんでいる。尤も、気が付いたのは小夜花だけだが。

 

 一方、蜘蛛は時雨の言葉に二の句が継げなくなっていた。一考にすら値しない、同じステージに立ってなどいない。そう態度が物語っていた。

 

「お前ら、ナチュラルに僕と同類、剰え同格だとすら思ってるのが腹立つんだよね」

 

 更に駄目押しされた。その様子に仲間達は苦笑している。

 

「お前はああなっちゃ駄目だよ、灰殲」

「なりませんて。あんな紫苑の姐さんの悪影響を諸に受けてるような奴」

「ガヤ、五月蠅い」

 

 時雨は孫一と灰殲に文句を言うと、現代における最愛の人に向き合った。

 

「だから、裏切りの心配はしなくていいよ、小夜花」

 

 小夜花は不安だったのだ。自分を助けてくれたのはただの気まぐれで、さらにまた別の気まぐれが働いて目の前から時雨がいなくなってしまうのではないかと思っていた。それほどに、時雨は掴みどころが無い。何を考えているのか分からない。人間と稀人という存在の違いも、それに拍車をかけていた。

 

 小夜花の頬に手を添え、幾らか柔らかい表情で語りかける時雨に、蜘蛛は我慢が出来なくなったようだ。

 

「……言うに事欠いて、女に現を抜かすかァ! 夜刀神!」

 

 そして、いよいよ以て時雨も遠慮が無くなった発言をする。

 

「抜かすさ。お前達が白々しく発する賛美、或いは畏怖は、全てが中身の無い感嘆に過ぎない。冷夏よりも冬よりも寒くて、参るよ」

 

 もはや言葉は不要だった。土蜘蛛は人間の手足の他に生えた四本の手で時雨、ではなく小夜花を切り裂きにかかる。

 

 だが、小夜花は苦も無く回避し、しかも強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「ウチの花はそんな事で枯れるようなヤワな者じゃないよ」

「ええ。時雨くんを取られたくなんて無いですし。害虫駆除は念入りにしておかないと」

「おお……いつもと違って口が悪いですねい……」

 

 小夜花はらしくない毒舌を吐きながら血塊をぶつける。小夜花は時雨の力については殆ど知らない。闘っている所を見た事は無いし、夜刀神としての強さは任務に同行した八咫烏や第捌機関の者達からの又聞きでしかないからだ。

 

 だが、小夜花は時雨の寝顔を知っている。時雨の案外悪戯好きな所も知っている。一度相手を愛したら、殺せなくなることも知っている。

 

 目の前の蜘蛛は、その価値を認めないだろう。別にそれも好きにすれば良いと小夜花は思う。しかし、単純に気に入らないのだ。力だけを求めて、この夜の神との甘やかな生活を奪おうとする害虫が。

 

〝楓の舞 烈紅葉〟

 

 秋風のような風圧と共に、血の木の葉が土蜘蛛を切り刻む。元人間である事が確定している稀人を殺す事に、小夜花は躊躇いなど無い。そんなものは、人間側が粉々に壊したのだから。

 

 血が土蜘蛛を刻む。しかし、相手の外骨格は強靭であり、一度では破れない。土蜘蛛は口から糸を吐き出すと、攻撃後の隙をつかれた小夜花は絡めとられる。直ぐに時雨が糸を斬ろうとするが、小夜花は目でそれを制した。

 

「貴様を殺せば、我々は夜刀神を手に入れる事が出来るか?」

 

 その言葉に、小夜花は深く溜息を吐いた。土蜘蛛は時雨という男を微塵も分かっていない。そんな事をすれば、滅ぶのは土蜘蛛衆の方だ。

 

(話す価値も無い)

 

 小夜花は自分の身体を血液で覆い――――

 

 

 

 

 発火した。

 

 土蜘蛛の糸は焼け落ち、全身に緋色の炎を纏う、右眼が花で装飾された小夜花がその場に立つ。時雨が自分を愛していると確信し、それすら見抜けない相手を見下した、傲慢とも言える立ち姿であった。

 

〝深紅の舞 彼岸桜〟

 

 血液を炎上させ、あらゆる技と身体能力を向上させる小夜花の技だ。当然、炎そのものに触れても焼ける。

 

「こういう攻撃は紅糸さんが散々やってきまして。対処できるようになるまで苦労したんですけど、貴方が相手だと楽でいいですね」

「な、舐めるでないわァ! 女ァ!」

 

 蜘蛛が吠える。あまり聞かない表現だが、実際吠えているのだから仕方が無い。

 

 そして、小夜花を切り裂こうとした土蜘蛛は時雨に納刀した大太刀で殴られていた。

 

「とりあえず、人の女に手を出した奴は殺しておかないと。民法にもそう書いてある」

「私目的でとんでも法律を作るんじゃないよ」

「説得力がねえですねえ……」

 

 非合法組織の長が言っても説得力半減である。

 

そんな事を言いながらも、時雨は蛇行する剣閃〝黒夜行〟を繰り出す。しかも、ただ地面を走るだけでなく空中を捻るように飛ぶ斬撃。それが壁に貼り付いて奇襲攻撃を仕掛けようとしていた土蜘蛛を叩き落した。

 

「おのれぇ……!」

 

 土蜘蛛は呪詛の言葉を吐きながら四方八方に糸を吐く。だが、時雨がその中で刀を構えていた。

 

〝地吹雪〟

 

 時雨が刀を振るって風を起こす。そして、その風には全てを凍てつかせる吹雪が乗った。土蜘蛛が展開した糸は総てが凍り付き刻まれる。

 

 土蜘蛛はせめて小夜花だけでも殺したいのか、粘度の高い糸の塊で小夜花を捕らえようとする。しかし、その糸は緋色の炎に燃やされるだけであった。小夜花の動きを阻害することすら出来ず、〝烈紅葉〟の発動を許してしまう。

 

 通常よりも大きく形作られた血の木の葉は土蜘蛛を容赦なく切りつけ、蜘蛛の脚を一本切り落とした。

 

「何故だ……」

「……?」

 

 土蜘蛛は小夜花の技の数々を見て、「理解できない」とでも言いたげに声を上げる。

 

「何故それほどの強さを持ちながら、夜刀神に執着する……! 小娘!」

 

 土蜘蛛は自分が負けそうになっている事に困惑しているのではない。自分を圧倒するほどの強さを持ちながら、なお夜刀神に守られているのが理解できない、という事のようだ。

 

 小夜花は戦闘を時雨に任せっぱなしというわけでもなく、むしろ愛する者の為に自分の足で戦場に立っていた。夜刀神たる時雨の力を利用、もしくは自分が庇護される対象だと思っている土蜘蛛には、小夜花の全てが理解できなかった。

 

 人間の少女など、夜刀神にとっては愛玩動物に過ぎない。自衛の手段程度は学ばせているだろうが、それでも夜刀神と比べたら取るに足らない弱者だろう、と土蜘蛛は予測していた。

 

 だが、実際に闘ってみればどうだ。土蜘蛛と互角以上の闘いを繰り広げ、時には夜刀神と連携すらする。それほどの強さを持ちながら、夜刀神に何を求めるというのか。

 

 そう聞かれて、小夜花は答えた。

 

「罪の最後はね? 泣いて懺悔して、それで終わりじゃないんだよ」

「いきなり……何の話だ」

「人の断罪欲は留まるところを知らない。自分が正義だって確信したら、どこまでも残酷になる。……たとえそれが、欺瞞によって生み出された偽りの十字架だとしても」

 

 話の内容からして何らかの冤罪を被せられたのだろうと土蜘蛛は推測した。だから、それを晴らすために夜刀神の力を借りたのか? とも思ったが、小夜花の話はそうではなかった。

 

「でもね? 時雨くんは私を受け入れてくれた。自暴自棄になって死のうとしか思えなかった私を、ただ抱きしめてくれた。勿論、最初は貴方の言う通り、猫でも拾った感覚だったんだろうね。でも、彼は私を殺せない程に愛してくれた」

 

〝とき髪に(むろ)むつまじの百合のかをり消えをあやぶむ夜の淡紅色(ときいろ)よ〟

 

 小夜花は時雨との日々を、戯れに読んだ歌集に書かれた歌になぞらえた。瞳磨が貸してくれた物だが、そこに描かれた恋の歌の数々は、小夜花の胸をときめかせたのだ。

 

 洗った髪のまま部屋にいて、そんな夜にふさわしい百合のような時雨の白い髪。常夜灯に照らされた彼が、小夜花の想いを映すように薄紅色の光を反射する。どうかそのままでいて欲しいと小夜花は思った。この想いまで薄れてしまわないように。

 

「私が時雨くんに求めているのは、それだけ。力を求める貴方を否定はしないけれど、私から時雨くんを奪うというなら、排除させてもらうね」

 

 小夜花はそう言うと構えを取り、掌に炎を纏う血塊を顕現させた。

 

「認めて……なるものか。そんな、くだらない、邪な感情で神を縛るなど……」

「万人に理解してもらおうとは思わないよ。子供じゃないんだから」

 

〝鐘華の舞 紅椿〟

 

 落椿の派生技。彼岸桜で強化している時のみ使用できる。

 

 掌底の動作で押し出される炎塊。そして、それを追うように小夜花の拳が打ち付けられる。土蜘蛛は炎に包まれ、さらにその炭や灰と化したであろう身体を槌が打ち付けられるように砕かれた。

 




 小夜花の元ネタの一つは与謝野晶子ですね。強くなった動機が『君死に給うこと勿れ』を彷彿とさせますし。今回の歌も与謝野晶子の処女歌集『みだれ髪』に収録されている歌です。
 因みに、最後の技の椿の花言葉は『理想の愛』。何が理想かは人それぞれですが、小夜花にとっては強さではなく優しさだった(殺してくれ言うてる時点で強さも求めてるかもしれませんが、今ではない)。

感想、高評価よろしくお願いします。
 なお、土蜘蛛に対して景行天皇が椿の椎で作った武器を兵士に持たせて打ち破った。という逸話もあります。

 あと、時雨って案外八咫烏のこと気に入ってるんですよね。力発揮してもクソガキ扱いなのに。いや、だからこそなのか。
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