東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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投稿の順番前後しましたが。ただ、小夜花のバックボーンを書いた事で時雨の描写も出来た気がします。


楼に取り憑きし蝉鳴

「ふん……我一人、やられたところで構わぬ。既に、外つ国の虫共はお前達の住処に取り憑いておる」

 

 小夜花の技に討たれた土蜘蛛はそう捨て台詞を吐いて倒れた。案外生命力がある。と、小夜花が思っていると、その頭に孫一の手が置かれた。

 

「さっきの君の啖呵は見事だったけど、一つだけ反論させてくれよ……生ってのはね、罪の意識で選ぶものじゃあないよ。本来は選んだ生で罪を背負うべきなのさ」

 

 「邪魔するってんなら、ソイツ等は私が射的の的にしてやるさ」と孫一は締めくくって小夜花をわしわしと撫でまわしている。なお、同じく小夜花を撫でようとして手だけ出した時雨は所在なさげに佇んでいる。

 

(先を越されてますねい……ヘタレ)

 

 そして、それをやや呆れながら眺めている灰殲であった。なお、孫一と灰殲は土蜘蛛戦において傍観を決め込んでいたため、闘いには参加している時雨は恋人としての体裁は最低限保ったと言えよう。

 

「あ、ありがとうございます……て、今の土蜘蛛さんの言葉だと摩天楼は大変な事になってるんじゃ!?」

「あー、うん、大丈夫だよ。他の奴らが対処してるから。勿論私達も戻るけどね」

 

 「あんまり頭目が出しゃばるのもねえ」と、孫一は銃を担ぎ直してゆっくりと帰路に就いた。とはいえ、思ったよりも早く片付いてしまった以上、暇を持て余した奴らが四人もできてしまった。時雨達は八咫烏達の加勢へと向かった。

 

「……私達を見てんのは誰だ?」

 

 若者達についていきながら、強烈な存在感を放ちながらも姿を見せない〝傍観者〟に孫一は悪態をついた。

 

 

 

 

 

「先程からミンミン五月蠅いと思えば」

「ウチの敷地に勝手に樹を生やしてそこに留まってんだな」

 

 瞳磨と紅糸は摩天楼外縁部に生えた大木と、そこに群がる等身大の蝉のような稀人を見て呟く。

 

「賊にしては考えましたな。前線基地を作り、そこを起点に徐々に侵蝕していく算段なのでしょう。魔転楼の未探索の部分に取り憑いたのは運が良かったのか、それとも……」

 

 と、蝉の中の一体が二人に気付く。身軽さを生かして空を飛び、律義に英語で話しかけてくる。「I am one of the CICADA」などと言っているため、土蜘蛛と同じく元人間の稀人であり、日本国外の勢力に属しているのだろう。

 

「こう五月蠅くては眠れもしない……さっさと片付けるとするかねえ」

 

 紅糸がそう言ったのを合図に戦闘が開始した。敵は鳴き声を模した破壊音波を撒き散らす。振動によって周囲の悉くを破壊する凶悪な攻撃だが、雷速や瞬間移動で範囲外に逃れた紅糸と瞳磨は無傷であった。

 

「当たりゃあ強いんだがなあ……」

「範囲も精度も未熟ですな。幾ら攻撃が強力でもこれでは」

 

 おそらく、稀人となってから日が浅いのだろう。力ばかりの木偶の坊など敵ではないと吐き捨てた。

 とはいえ、接近して放たれれば脅威である。実際、敵もそう思っているのか高速で飛び急襲してくる。同時に翅による近接攻撃も使ってくるため、遠近共に隙の少ない敵と言える。

 

「おい瞳磨、どうせ全部見切ってんだろ? ちょいと相手の目を潰してやんな」

「やれやれ、人使いの荒い」

 

 そう言うと瞳磨は消え、蝉の背後に瞬間移動する。そして、

 

「何か来ると思いましたかな?」

 

 敢えて何もしなかった。振り向いてしまった蝉は紅糸から視線が逸れ、

 

「油断したアンタはアタシの操り人形さね……」

 

 紅糸が伸ばした糸によって、身体の自由を奪われてしまった。一人一人は弱いとは言っても、馬鹿正直に相手をするには数が多い。手駒の数は増やしておくべきだろう。

 

「土蜘蛛衆の連中には昔会った事が有るんだが、奴らアタシと同類でしかも同格だと思ってるのが腹立つよ」

「それは初耳ですな……何ともまあ、災難な事で」

「おや、珍しく素直に同情してくれるじゃあないか。アタシと奴らは虫同士。何かしらシンパシーでも感じたんだろ」

「物を知らぬとは恐ろしい」

「アンタと違って、減らず口を言う気にもならん奴らさね」

 

 瞳磨は自分や土蜘蛛と違って元人間ですらない真正の化け物である紅糸を畏れるように見やる。本当の意味で蜘蛛である彼女は、人間のエゴなど気にはしない。逆に言えば、嫌ってはいても瞳磨とは話す気になるようである。

 

 今も彼女に捕らわれた相手は「離せ」と叫んでいるが、紅糸が聞いてやるはずも無い。後は操り人形を増やしながら雑草を刈り取るだけだ。

 

 

 

 

 

 そして、紅糸達とは反対側から魔転楼に生えた大樹を眺める孫一率いる四人。

 

「私の城に雑草生やしてくれちゃってまあ……」

「わわ……これ放っておいたらマズいんじゃ」

「で、どうする? 燃やす? 江戸時代と違って防火処理してんだし」

「バカ野郎。やるにしても最終手段だよ。仲間を火だるまにする気かい?」

 

 魔転楼は確かに防火処理しているが、むやみやたらに放火していい理由にはならない。炎を操る仲間もいるが、それは延焼しない事が分かっているから使うのだ。

 

「棟梁、杏火の嬢ちゃんから救援要請です。どうやら紅糸の姐さんが張った蜘蛛の巣を潜り抜けた輩が思いの外多いようで」

「私にも届いた。ちょっと行ってやってくんない?」

 

 紅糸は操り人形を増やす傍らで魔転楼を守るように蜘蛛の巣を展開していた。大抵の敵はそれに引っかかっているのだが、他を犠牲にしてその屍を足掛かりにして抜けてきたのだろう。

 

「推し量るに、何人かは元人間の稀人で、この樹はその情報をコピーして生み出しているんだろうさ」

「結局、元を叩かないと終わらないって話だね」

 

 話す時雨達に、瞳磨と紅糸も見た蝉人間とインペットの集団が現れる。ただ、彼らは時雨でも孫一でもなく小夜花を狙って押し寄せた。

 

「私と時雨くんが付き合ってるの、そんなに気に入らないかな」

「恋愛とは一人では成し得ない罪悪だって、ボードレールだかが言っていた気がするけど」

 

 小夜花がインペットに膝蹴りを叩き込みながら独り言ちると、時雨がそれに答える。広範囲の居合一閃である〝地吹雪〟でインプを一掃して、相手を見下すように呟いた。

 

「この前の警官もそうだけど、どいつもこいつも青臭すぎるんだよな。正義だの信念だのを抱いていて、それがあたかも真理であるかのように語りやがる……」

 

 人を殺すたびに、切り裂きジャックのように手紙を書いたり、ワインを開けて祝ったりしてみた。だが、結局何も感じる事が出来ない。人間の真似をしようとも、人間にはなれない。

 

「僕はいつも、怪物に囲まれている」

 

 時雨から見れば、警官も目の前の虫も悪魔も大差が無い。誰も彼もが価値の無いものに価値を見出して、傷つけ狂い死んでいく。

 

『何故稀人であるお前達が我々の邪魔をする!?』

『理想郷が欲しくはないのか! すぐそこに有るというのに!』

 

 虫の羽音が五月蠅く感じる。死生観はそれぞれだ。否定はしない。だが、正義だの道徳だのを神であるかのように扱い、それを人に押し付ける怪物共が嫌いで嫌いでたまらない。

 

「耳が腐るね。手早く済ませよう」

 

 外道兵と化した警官達に向けた物と同じ表情を目の前の敵に向ける時雨。蝉が音波を飛ばしてくるが、斬撃で空間に隙間を作って掻い潜り、目にも留まらぬ速さで攻撃者を切断する。

 

 そんな時雨の様子を小夜花は少し心配そうに見ていた。

 

「おや? そこにいるのは我らが棟梁と新入りじゃあないかい」

 

 そこに声を掛けてきたのは、何人かの敵を操り人形にした紅糸だった。傍らには文字通り視線で相手を殺している瞳磨もいる。

 

「いやあ、若い二人が予想以上に役に立ってねえ。おかげで私は大した労力もなく敵を殲滅出来そうだ」

「それは結構ですが……何やら夜刀神殿が荒れていますな」

「ああ、いつもの発作だよ。小夜花ちゃんになんとかしてもらうとするさ」

 

 いっそ惚れ惚れする位に淡々と敵を屠る時雨。今なお沸き上がる殺人衝動を全力で満たしているのだろう。偽りの真理、無自覚の狂気の淵叢(えんそう)たる人間を殺せば一時の安息は満たせるだろうが……

 

「まあ、あの殺人衝動は利用することも出来る。万一こっちに牙を剥こうとも、潰す手はあるさ……」

 

 時雨と小夜花は魔転楼に生えた樹を見上げていた。目の前の雑草を如何にして除草するか、それが二人に与えられた課題である。というか、大人(年寄り)三人は傍観を決め込んでいるので二人で対処するしか無いのだが。

 

「どうする? 時雨くん」

「まあ、正直、今までの敵と対処は変わらないね。下手に動かない分こっちの方が楽まである」

 

 敵を生み出す事と、自身の成長や再生に特化しているために丈夫なのは間違いない。が、時雨の冷気と小夜花の血と炎があれば容易である。そして、僅か半刻後に土蜘蛛たちの計画は頓挫するのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、多少は見所があるか」

 

 孫一が気付いた傍観者は賊達の壊滅を見てその場を離れた。

 

「曇天隠月、災禍の夜を終わらせるには、必要な人材かもしれぬのう。我等黄泉雷神(よもつらいじん)の味方と、さて、なるかな」

 

 

 

 

 

 

「うっひっひ……大量大量」

 

 戦利品を眺めて舌なめずりする孫一を時雨は半ば呆れながら眺めている。基本的に孫一は金にしか興味が無い女だが、ここまで露骨だと一周回って尊敬すら覚える。

 

「正直、人を殺しても財産を奪ってはならないってのはよく言われてるけどね。人間ってのは親殺された事は忘れても財産を奪われた事は忘れないんだから」

「時雨、言うまでもないが覚えておくと良い。棟梁って仕事に道徳心は無縁だ」

 

 時雨は再度呆れたように肩を竦めると、魔転楼内の自分の家に帰る為に孫一の執務室を出た。その後を一礼してトテトテとついていく小夜花を孫一は無表情で見つめていた。

 

「時雨くん」

 

 少しだけ速足で家に向かう時雨に、小夜花が小走りで後ろから追いかけながら声を掛ける。やや鬱陶しそうに時雨は振り返るが、結局、寝室まで返事を返す事は無かった。

 

「時雨くん!」

 

 小夜花は後ろから抱き着いて強引に話しかけた。

 

「……何?」

「無視するんだもん。実は私はさっきの闘いで死んでて幽霊になったのかと思っちゃった」

「エキセントリックな発想だなぁ……まあ、あり得なくは無いけどさ」

 

 時雨がベッドに座り、小夜花がそれに対して再び正面から抱き着く。小夜花の意図が見えない時雨は訝し気に尋ねた。

 

「どうしたの?」

「時雨くん、なんだかつらそうに見えたから」

 

 時雨の胸に頭を押し付けながら小夜花が抱きしめる力を強めた。彼女が掛ける体重に身を任せるように、時雨はベッドに倒れ込む。

 

「まあ、否定はしないよ……そういう小夜花はどうなのさ。初陣だったわけだけど」

「平気。そもそも、人を喰ったような女だよ? 私は」

 

 小夜花は時雨を押し倒したまま唇を重ねる。小夜花は冷たい雪のような、時雨は優しく食む食虫植物のような感触を味わった。

 

「それで? 何がつらかったの?」

「誤魔化せたと思ったのに」

「駄目。話して」

 

 実は腕力だけなら小夜花の方が強い。力ずくで抜け出すというのは不可能だった。

 

「どちらかと言えば一人にしてほしかったけど。暫くしたら勝手に解決するさ」

「ふうん……それで私は一日放っとかれるんだ」

「埋め合わせはするからさ」

「女の子の十代の時間は貴重なので駄目です」

 

 そして、小夜花は時雨と共に寝そべり、二人の顔が同じ位置になるようにした。自分の十数倍は生きている時雨が、まるで傷ついたティーンエイジャーのようで少し可愛らしく見えた。

 

「別に、一人になりたい気持ちが分からないわけじゃないよ? でも、私だって時雨くんの助けになりたいよ」

「僕が助けたっていうか、君が一人で勝手に助かっただけだよ。君が助かったのは君のおかげだ。良かったね」

「捻くれてるなぁ」

「純粋なんだよ。僕が君の人生を救ったなんて尖った解釈は出来ないな」

「そういう時はどういたしましてって言っとけばいいの」

 

 小夜花が不満を示すように軽く体当たりする。猫のような行動だが、本性は蔓を巻きつけて獲物を捕食しようとする食虫植物だろう。

 

「そうやって愛の言葉と全肯定の暴力で僕を殺す気だな?」

「何もしなくたって死にそうなんだもん、君」

「言っておくけど、何も、本当に君が期待してるような事は無いよ。内容は半紙のような薄さだ。そしてその薄さで手を切ったってだけで」

「君は私を哲学狂いか何かだと思ってるの? 私が聞きたいのはツァラトゥストラの予言じゃなくて君の言葉です」

 

 紙で切ったなら絆創膏だって必要でしょ、と本当に時雨の手に傷が無いか確かめる。墓穴掘ったかもなと時雨は困ったように小夜花の頭を撫でていた。小夜花は気持ちよさそうに喉を鳴らすが、やはり誤魔化されてはくれなかった。

 

「やっぱり……人間の言葉が喧しくてね。正義だの信念だの、野望だの声高に叫びやがって」

「………」

「狂気と逸脱の陶酔を大声で叫ぶくせして、自分がマトモだという事は譲らない。僕を殺人者だの何だのと言っておきながら、奴らは言葉で人を殺すんだ。信念だの正義だのという都合のいい言葉まで生み出してね。僕からすれば、奴らこそが怪物だよ」

 

 人間達から戦闘力を買われ、頼りにされ恐怖される時雨は、その実人間達を怪物だと思っていた。人間達は稀人こそが最大の危険だと思い込んでいるが、その稀人も人間の感情や呪いから生まれたものだ。

 

 時雨はその狂気に呑まれそうになる。よしんば呑まれたとして死にはしないが、それでも自分以外の屍体の山が生まれる事は間違いない。それこそ、人間という名の狂気の温床が一人残らずいなくなるまで。

 

 それが、信念無き鬼の正体。鬼はその狂気に呑まれれば、最悪の災禍となる。

 

 ともすれば、小夜花の存在を否定する事にも繋がる論理。何故なら、小夜花は時雨が嫌う狂気の坩堝と言っても良い存在だからだ。

 

「えい」

 

 だが、小夜花は優しく包み込むように時雨の耳を塞いだ。無論、物理的に耳を塞いだところで効果など無い。だが、これは小夜花の意思表示だ。

 

「今だけは、休もうよ。何も考えずに、私だけを見て。泣いちゃうほどつらいなら、人の真似なんてしなくていい」

 

 時雨は小夜花の言葉に怪訝な反応をするが、自分の目元に手をやれば、そこは濡れていた。人間達の狂気の言葉を聞きながら、自分も狂気に呑まれないように振舞うのは想像以上に精神を疲弊していたらしい。

 

「……情けないな。君はもっとつらい思いをしていたというのに」

「不幸の大きさを比べるなんて、無意味な事はしないよ。君が傷ついているなら、癒したいだけ」

 

 青空さえ疎ましい程に現実に嫌気が差しているのは小夜花も同じだ。獲物を探して練り歩く獣に震えているのは小夜花も同じなのだ。曇天の隙間から刺す陽の光が、眼を焼くほどに眩しいのだ。

 

 時雨が誰を何人殺そうと今更幻滅はしない。だが、彼が壊れてしまうなら、小夜花は全霊を以て阻止するだろう。

 

 その後、二人は抱き合ったまま眠った。そして、夜中に目が覚めた時雨は小夜花に囁く。

 

「僕や八咫烏にもしもの時が有ったら、ちゃんと『化け物に脅されてた』って言うんだよ」

 

 眠っている小夜花からの返事はない。ただ、時雨を抱きしめる力が少し強くなったような気がした。

 




 闘いの終結と、時雨の悩みでしたね。現時点の情報では小夜花の方が血生臭い過去なんですが、時雨は時雨で人間達の感情が狂気にしか思えず、それに呑まれてしまえば今度は自分が最悪の殺人者になるという状況です。これで200年近くもまあ、よく壊れずに生きてきたな……(正確には一回壊れてる)
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