東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~ 作:三文小説家
愉悦の猫
———ガキンッ!
上から強襲してきた剣客を弾き返した時雨。そのまま切り返すように斬撃を飛ばすが避けられる。
時雨が相対しているのは『サムライ』という稀人。名前の通り、笠を被った剣客のような姿をしている。実は発見されたのは米国であり、その如何にもな風貌から『サムライ』と名付けられた。
亜種も含め、市井にて辻斬りを行う(何ならド直球に『ツジギリ』という名前の奴もいる)ために非常に危険な存在ではあるが、その外見から一部では人気がある。
サムライは居合切りの体勢を取る。それに対し、時雨は寧ろ緩慢とも言える動きで大太刀に手をかけた。
サムライは常人には軌跡すら見えない一閃を時雨に繰り出すが、これまた一瞬で抜刀した時雨に斬撃を防がれる。移動により時雨の背後に回ったサムライは負けじと突きを放つが、刀身が触れる前に時雨の姿が消えた。
そして、サムライが再び標的を探そうとした時には既に身体は切り裂かれていた。初撃は時雨によって、そして追撃は実体を伴う残像にて行われ、真夜中の殺人者は地に伏した。
「凄いすごーい。流石、戦闘力はピカイチの白蛇君。世間では懸賞金まで出る稀人相手でも動じることなく倒しちゃう」
時雨はその声を聞いた瞬間、苦虫を百匹は噛み潰したかのような顔をした。電話口で話すだけならともかく、実際に相対するのは避けたい人物だ。
「露骨に嫌な顔しないでよ~。一週間とはいえ付き合った仲じゃん」
「モルグ街で黒猫に遭遇した気分だよ……というか、一週間は付き合ったって言うの?
「急にキリスト教徒みたいなこと言うじゃん。ウケる」
時雨の言葉に、杏火と呼ばれた人物は「あはは」と笑い返す。その人物はパンツスタイルに鍔広帽子、エンターテイナーのような衣装を着た女性で、ニタニタと笑う口からはチャームポイントとでも言いたげな八重歯がチラついている。
「あーしは猫だから、間違ってはいないんじゃなーい? オマケに死んだら地獄に連れてっちゃうからね~」
「むしろ行先地獄希望だよ。この状況。アンタが来ると分かってりゃ来なかったよ、
「あは、そう思ったから棟梁は言わなかったんじゃない? というか懐かしいね。白蛇君って呼び方に対抗して窯猫って呼んでたんだっけ。尤も、あーしは本家様ほど寒がりじゃないけどねー」
時雨は杏火をやんわりと無視しながら目的地に足を進める。魔転楼から直接行けばいいのかもしれないが、降下地点はGPSよろしく多少ズレる事があるのだ。魔転楼から発射する仕様の破壊兵器を搭載できず、時雨達のような人員を派遣せざるを得ない最大の理由でもある。
「そう言えば、白蛇君の愛しの彼女は人間界に下ろしちゃって良かったのー? 聞く限り、随分な思い出が有るらしいじゃん?」
その言葉に時雨は足を止めるが、すぐに歩き始める。
「彼女は自分の意志で参加した。その選択を妨害するつもりは無いよ」
「ふーん、意外と血も涙もないんだね~。ま、あーしと一週間付き合って別れた白蛇君らしいけど」
「支配するよかマシさ。一週間、一方的に交際宣言して、勝手に別れたよく分からない女さん。お陰で告白してもないのに玉砕歴だけが増えた」
「あはは、それはごめんって~。でも、それは結局彼女の事を放任してるって無責任の結果なんじゃないの~?」
「否定はしないよ。恋人とは言え、僕達はSF映画みたいに脳みそを繋がれてるわけじゃない。他人の人生まで背負ってられるか」
「わ~、ドライ。でもそういうところ好きだよ~」
「思っても無い事を」
「本当なんだけどなぁ。別れる宣言したのは君があーしの事好きじゃなさそうだからだったもん。失敗した人間関係を続けることほど、危険で無意味な事もそうそう無い。でしょ?」
そして、杏火は「やれやれ」とでも言いたげに首を振ると、
「それにしたってもう少し喜んだって良いと思うけど~。こんなに可愛い年下の女の子と付き合えて何が不満なのさ。もしかしてぇ、枯れ専とか?」
「年下だろうが相手くらい選ぶよ。というか、年下だったのか。人生経験豊富そうに見えてたけど」
杏火は時雨の言葉に割と本気でムカついてそうな声を出した。
「悪いけど、あーしが生まれたのは世界恐慌の辺りなんだよね。もう少し他人に興味持った方が良いよ? おじいちゃん」
時雨は杏火の言葉に溜息を吐いて、そして予定時刻になっても小夜花が来ていない事を不審に思い、辺りを探す。
「…………」
実は小夜花はその会話を隠れて聞いていた。そして、頃合いを見計らって時雨に合流し、さりげなく時雨の手を繋ぐ。
(別に心配しなくても取らないけどねー。でも、面白くて可愛いから後で揶揄ってやろ)
自分より親しそうに時雨と会話をする杏火に危機感を抱いた小夜花を見ながら、当の杏火はほくそ笑んでいた。
暫く歩き、目的地に到着した三人。
「これは……猫カフェですか?」
「そう! 実際は猫カフェと雑貨屋が少しって感じの店だけど。一応は猫の稀人であるあーしにピッタリの任務だと思わなーい?」
小夜花と杏火が話していると、時雨が溜息を吐いて口を開いた。
「何でも良いけどさっさと行こうよ。僕は一刻も早くこの地獄から抜け出したい」
「火あぶり台なんか要らなくて他人が地獄だとか宣ってるサルトルみたいな白蛇君に悪いニュースなんだけど~、もう一人来るよ」
「What ?」
「ほら、一応公的な依頼任務だから第捌機関同行の下でやるんだよね。で、白蛇君に情報が来てないって事は……」
「呼ばれて飛び出て~? 死と希望の天使、サリエルちゃんと~じょ~!」
制帽を被り、葬儀屋のような服を着た大鎌を携えたボブカットの女性を見た時、時雨の顔は一瞬で絶望に塗り潰された。
「Apocalypse now……Amen……」
「女の子の顔を見てこの世の終わりを悟るとは、滅茶苦茶失礼だな、チミは」
時雨にとって、最も仲が悪い奴は別に存在する。が、関わりたくないという点においては杏火と今しがた合流したサリエルを抜く者はいなかった。
「へ~、君が時雨くんの恋人だっていう小夜花ちゃんか~。私はサリエル。よろしくね~」
「は、はい……よろしくお願いします……」
にこやかに手を振って小夜花に挨拶をするサリエルのテンションの高さに少し引きながら応対する。そして、人間でも稀人でもない気配を小夜花が感じ取ったのを悟ったサリエルは、口元に指を当てて小夜花に少しの情報を与える。
「実は昔、時雨くん達八咫烏と闘ったことがあるんだぞ。今は仲間だけど」
「え……」
「あ~、後ろからザックリと~、なんてしないから安心して! こういう情報は下手に隠すと面倒になるから伝えただけ。こんな私でも良いなら仲良くしてほしいにゃん!」
何故か猫の真似をしながら語尾に「にゃん」を付けるサリエル。この動作をするのは杏火ではない。杏火いわく、「真似しなくても猫だし~」との事。
「相変わらずの男女比に半分がこれとか……」
「あ、白蛇君戻ってきた」
「ちょっと~、女の子を代名詞呼ばわりとか、君にはデリカシーってもんが無いのかにゃ~?」
「何か文句があるか、ぶりっこ似非メルヘンウザ絡み処刑天使」
「今日会ったばっかりでそんなにスラスラ暴言出てくる!?」
「全部事実なんだよなあ……」
(あ、天使なのは本当なんだ……)
サリエルが天使というのは真実という点に驚く小夜花。ただ、稀人などという存在が跋扈しているような世界なので、それほど受け入れるのに時間はかからなかった。とはいえ、
「時雨くん、いくら嫌いでももう少し上手くやりなよ。ハッキリ言って君の態度最低だよ?」
「悪いけど、あの辺と仲良くするのは無理だよ」
「別に私だって全人類と仲良くできるなんて思ってないけど、仲良くできない相手に対して無視か敵対しか選択肢が無いのはどうなの? て、思っただけです」
仮にも同行するのだから、もう少し態度を改めろと迫る小夜花に対して、杏火とサリエルはどちらかと言うと小夜花を宥めるように話しかける。
「大丈夫だよー小夜花ちゃん。白蛇君は十分上手くやってる。こういうやり取りしてるのは別に白蛇君に限った話じゃないし」
時雨に限らず、基本的にこれが通常運転である事を教える杏火とサリエルの処刑者コンビ。一部を除いて極めて一般的な感性を持つ小夜花は少しびっくりしてしまったのだろうと慰めている。
「や~い、彼女に怒られてる二百歳~」
「や~い、老人若輩コミュ障ヲトコヲンナ殺人鬼~」
なお、時雨は無言で中指を立てている。なお、小夜花は二人に撫でまわされながら、時雨の態度の理由を何となく察した小夜花。心の中と視線で時雨に謝罪したあと、時雨の過去に思いを馳せた。
(ああ、時雨くんはこのノリにずっと耐えてるのか……)
「あれ、もしかして小夜花ちゃん、あーし達の事ウザいって思ってる~?」
「ウザいじゃなくてダルいなって思ってます」
「辛辣~」
「貴方達の評価をちょっと下方修正しました」
「「辛辣~」」
小夜花の反応を見ても特に反応が変わらない処刑者コンビ。時雨は間違いなく合わないタイプだろうし、杏火が付き合っていたと語る一週間は間違いなく死んだ目をしていたのだろう。
斯くいう小夜花も、杏火やサリエルのようなタイプはあまり得意ではない。
「まあ、白蛇君はこの世に嫌いなものが十万個くらいはあるだろうし~、今更気になんてしないよね~」
「そもそも殺し合った相手すら一緒に行動してるんだから、嫌われてるくらいどうってことないね!」
「帰りたい……」
時雨の切実な言葉を他所に、今回の任務は始まった。
導入なので短め。名前と数個のセリフだけが明かされていた杏火が登場しました。時雨とは因縁がある感じですね。今明らかになってるだけでも、真夏、杏火、小夜花とハーレムでは無いけど女遍歴が多い時雨くん。本人は別に情豪でも色情魔でも無いんですがね。まあ、そもそも人外故に人間の常識なんて通じませんし、そもそもインモラルに対して結構寛容な世界なのでこうなってる感じです。
そして、美沙、黎子に続く第捌機関のキャラクター、サリエル(名前だけなら元もだが)。かなり男女比が偏っていますが、今後男性メンバーも登場させる予定です。今回は時雨に疲弊してほしいのでこの編成ですが。
備忘録
杏火:八咫烏構成員。加入した経緯は不明。『火車』という稀人であり、バイクに乗れることが示唆されている。八咫烏の中では珍しい洋装の稀人。時雨の事を白蛇君と呼び、一週間だけ付き合っていたらしい。やや他人を煽る癖がある。
サリエル:第捌機関構成員。自称死と希望の天使。だが、時雨曰く天使なのは事実。性格面ではなく、文字通りの意味で天使という事だろう。明るく快活であり、現代的な感性を持つ。