東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~ 作:三文小説家
〝喫茶チェシャ〟。東京にて一時話題となった個人経営の猫カフェである。また、併設されている雑貨屋にて猫グッズも購入する事が可能でこれもまた人気であった。しかし、客足が途絶えなかったにも関わらず突如として閉店したため、今では廃墟となり色々と噂の的となっている。おまけに、オーナーや従業員等が纏めて行方不明となっているのも好奇の視線を集めた一因だろう。
「猫って食えるんだっけ」
「入って一秒でその発言はノンデリとかいう次元じゃねえな、白蛇君」
「え? 人でなし?」
「まあ、確かに人じゃないけど」
「そういう事じゃないよ時雨くん」
なお、そんな廃墟の中に生まれた異空間にて、時雨の爆弾発言に他三人がドン引きしていた。おそらく、目についたものを話題に挙げただけなのだろうが、あまりにも方向性が悪すぎた。
「まあ、私も人肉以外身体が受け付けなくなった時に、せめて野良犬か猫でも食べられれば楽だったんだけどな、とは思ったけど」
「「ブルータスお前もか!」」
感性の大半は一般人の域を出ないとはいえ、壮絶な経験により歪んでしまっている小夜花。人外の相手と普通以上に愛し合い、今は稀人とはいえ元人間の相手を躊躇なく殺せる資質の持ち主であることを杏火とサリエルは再認識した。
「あ、見て! 猫ちゃんいる!」
「あ、ホントだ」
廃墟となった後も残存する食料品で生き長らえていたのか、それとも無人となったこの建物の居心地が良かったのか、物陰から現れた猫に時雨と小夜花が反応する。人間に無警戒なのを見るに、このカフェにおいて人間と猫の関係は悪いものでは無かったのだろう。
「ひゃ~、可愛い!」
「確かにね」
主に抱きしめているのは小夜花だが、時雨もしっかりと撫でていた。
「なんで一度食料認定した相手を普通に愛でてるんだろうね。彼らは」
「まあ、人間も牛とか可愛いって言うけど普通に喰ってるし、そんなもんでしょ。それよりあーしは白蛇君が猫を愛でる感性を持ってたことに驚きだ」
「え? そこなの? 愛でる事自体は普通じゃないの?」
「いやあ、あのいつもビリー・ア○リッシュみたいな表情してる白蛇君がだよ? 猫なんか興味無さそうじゃん。というか猫そのものよりも猫を愛でるという行為自体を見下してるイメージが有るけど、そういう所はふつーなんだねぇ」
暫く猫を愛でていた小夜花だが、当の猫は何かに気付いたように身体を震わせると、小夜花の腕から抜け出して一目散に逃げていった。
「お? 自分が捕食対象として見られてることに気付いたか?」
「いや、敵襲だね」
時雨が後ろを振り返れば、大型商業施設にもいた狩鋭や迷童子が忍び寄っていた。
「このカフェが思いの外広くて助かるなあ。私の大鎌を振っても大丈夫そうだね」
狩鋭の集団を一振りで一掃したサリエルが時雨達の前に立ってそう言い、
「さようなら」
かろうじて生き残っていた狩鋭を踏み倒し、くるりと回した大鎌で首を刈り取る。しかし後隙を見逃す敵ではなく、迷童子の無数の手がサリエルに迫っていた。
「沢山の手でお姉ちゃんを押し倒そうだなんて、いけない子だね」
だが、その手がサリエルに届くことは無かった。何故なら、迷童子の手はサリエルが出現させた鎖に繋がれていたからである。
「そんな子は逮捕しちゃわないと」
サリエルはそう言いながら迷童子の手を大鎌で切断し、一瞬で距離を詰めて迷童子の首を刈り取った。逮捕というより処刑である。
「また今回も過剰戦力かな?」
それぞれの方法で敵を殲滅した後に杏火がそう呟く。彼女の目の前には敵が車輪で轢かれたような跡が残されていた。「相変わらずエグイ……」とサリエルが零していたが、彼女も大概であると時雨は思っていた。尤も、それを言えば全員が当てはまってしまうが。
「まあ、余る分には良いじゃないですか。足りなかった時よりは」
「そうだねー。いざとなったら入り口から帰れば……」
杏火がそういった時、全員がとある違和感に襲われた。
「あれ? そう言えば、何処から入ってきたんだっけ?」
「何処からも何も、入り口通ったばかりなんだからそれを見れば……」
時雨の言葉で四人は入り口を見るが、それなりに目立つ作りであるはずのカフェの入り口は見当たらなかった。改めて周りを見回してみれば、事前に貰っていた見取り図とは大幅に異なる構造になっている。
カウンターが有るはずの場所には未知の廊下が続き、窓の向こうは同じ部屋が続いていた。それどころか既知の廊下は捻じれ、天上には逆さに階段が付いている。建築基準法だけでなく物理法則まで無視しているようだ。
「わおジェネリック魔転楼」
「ここまで奇々怪々な構造してたっけ」
「小夜花ちゃんの言う通り魔転楼と大差ないねえ」
長年住んでいて見慣れている杏火は首を傾げたが、やりたい放題具合は彼女等の本拠地である魔転楼と似ている。しかし、このエッシャーの絵画のような建物の状態よりも気にしなければならない事が有ると時雨は言う。
「誰か一人は外に残っておくべきだったかもね。今言っても栓無き事だけど」
そう、何よりも重要な事は出入口が塞がれたことである。時雨の技の中には空間を切断する物もあるが、迂闊に使えば事態を悪化させるだけである。故に、すぐに助けを呼べるように誰か一人は外にいるべきだったと言っているのだ。
「そうだね~。因みにその場合誰が残るの?」
「僕」
「何が何でもこの状況から逃げたいんだな貴様は」
「当たり前だろ。地雷二人抱えて任務なんてやってられるか」
「言いたい放題言ってくれちゃって……というかキミは何を食べているんだね?」
「その辺に有ったお菓子」
時雨はカフェに残存していた菓子類を摘まんでいた。見た所腐敗はしていないようだが、普通放置された食物を躊躇なく食べようと思うだろうかと全員が呆れた視線を向ける。
「なんかお腹すいたからさ。食ってみた」
「普通は最終手段なんだけどね。これがデスゲームならそういう趣旨の物でもない限り毒なんて入って無いけど、今はそういう状況じゃないんだよ?」
「大丈夫だよ。その辺の猫に喰わせて毒見したから」
「どこからツッコめばいいんだ?」
何故かデスゲームの事情を知ってそうな小夜花と、猫で毒見をするという人の心の無い時雨の所業にサリエルが名状し難い表情で苦言を呈した。ただ、猫達は元々残存した食料を糧としていたため毒見の必要性は無かったかもしれない。
「ていうか、今更ながら時雨君ってお腹すくんだね」
「理論上は食べなくても存在はできるけど、人間がベースになってる以上は飢餓感とかは感じるわけで」
「ふ~ん」
いくつかポケットに入る程度にお菓子を物色した後、時雨達はカフェの内部を探索する。すると、とある廊下にて不気味な笑顔を浮かべる猫が出迎えた。時雨と杏火は近づくまでもなくそれの正体が分かる。
姿こそ猫に似ているが、その実態はよく知られた小動物ではない。
その猫のような稀人は宙に浮かび上がり、笑顔だけを残して消えてゆく。そして、その場に現れたのは無数の笑顔で身体が構成された大型の稀人であった。身体中が笑顔で構成された四足歩行の怪物〝笑死体〟との闘いが始まった。
「シーーーー……」
時雨は澄ました顔で「静かに」と唇に指を当てる。不気味な笑い声を上げる笑死体とは対照的な動きが、敵を挑発していた。
笑死体の身体から生える異様に長い腕が時雨達を叩き潰さんと振り下ろされる。三人は避け、時雨はその攻撃を真正面に捉えながら小太刀を手慰みに回す。
そして、
「……ふっ!」
その小太刀で腕の一撃を弾き返す。そして、続く二撃三撃は半歩足を動かしただけで回避する。さすれば笑死体は笑顔の形をした魔弾を飛ばしてくるが、右へ左へと全て弾き返す。
「消滅しない……魔弾のくせに実体があるのか? 何にせよ、手早く片付けるに限るね。小夜花……?」
時雨は恋人へと声を掛けるが、返事は無い。それどころか、小夜花の気配そのものが消えていた。
その事実に一瞬動揺する時雨だが、その隙を突こうとした一撃は死角から強襲する車輪に食い止められた。
「油断しちゃ駄目だよ白蛇君」
「助かった。ありがとう」
「お礼は割と素直に言うよね君は……現状報告だけど、小夜花ちゃんだけじゃなくてサリエルちゃんもいないね。分断されたみたい」
話し合う二人に銃弾が飛来するが、それは時雨が振り向きざまに切断した。続けて撃たれる銃弾も逆手や順手に持ち替えながら小太刀で全て叩き落す。
「面倒な真似を……」
「(めっちゃ必死で感情抑えてる……可愛い)だからぁ、白蛇君の愛しの彼女に会うために、目の前の邪魔者を片付けちゃお~」
時雨は大太刀を取り出し、杏火は複数の車輪を展開する。笑死体の笑顔を貼りつけられた狩鋭の軍団諸共、凍氷の刃と炎の車輪が撃ち滅ぼさんと睥睨していた。
大太刀で霞の構えを取る時雨に対し、狩鋭が連射性能が増した銃で攻撃する。笑死体によって多少強化されているようだが、時雨が大太刀を一振りすると一迅の吹雪に銃弾は弾き飛ばされる。大太刀の動きで風を起こす剣技〝地吹雪〟だ。
すかさず、杏火が展開した車輪を的確に飛ばし狩鋭達を殲滅してゆく。流れるように笑死体の殴打が飛んでくるが、時雨は鞘に納めた大太刀でいなし、居合の構えを取る。
そして、自身を縦に切り裂く斬撃と空間を穿つように横に薙ぎ払われた斬撃が笑死体の最後に見た光景だった。
「はい、おしまーい」
時雨の後ろで杏火が楽天的に戦闘終了を告げる。改めて敵の気配がしない事を確認した時雨は刀を鞘に……
「どういうつもり? 杏火」
納めなかった。何故なら、杏火の車輪が明確に時雨を狙っていたから。対する杏火は余裕の態度で、しかし光の無い眼で時雨を射抜く。
「ねえ、白蛇君。あーしともう一回付き合わない?」
時雨は一時的に杏火を味方と見做す事をやめた。
「お断りするよ」
「それはやっぱり小夜花ちゃんの存在が理由? 別に小夜花ちゃんと同等の扱いを求めてなんて無いよ。側室……とは今は言わないか。愛人でも構わないんだけど」
杏火に氷の蝶が飛ばされる。速度は空気を押して飛ぶ蝶ではなく、猛禽類のそれだったが。しかし、瞬間移動も斯くやというスピードで杏火は動き回避する。
「あららら、意外と沸点低いねぇ。小夜花ちゃんに不誠実だとか思ってるの?」
「思ってるって言ったら?」
「珍し~。正義論とか大っ嫌いな白蛇君が」
髪で隠れていない時雨の瞼が僅かに動く。怒っているか、単に不愉快だと思っているのかまでは分からないが、それなりに時雨の感情を動かせたのだろうと杏火は確信した。
「心配しなくても、君の顔と実力なら二人くらい女の子囲ったって誰も文句なんか言わないよ。確かにインモラルだし、法律上二人とは結婚できない。でも、あーしはただ君と一緒にいたいだけ! そもそもあーしらは人外だから、人間の法律なんて適用されるかも分からない。事実婚みたいな事ならいくらでも―――」
「ねえ杏火」
普段より数段低くなった声と怜悧な視線と共に時雨は杏火と相対する。
「今ならまだ、ただの恨み言として見逃すことも出来る。でも、それ以上言うなら……」
それを見て、杏火はこれ以上の説得は諦めた。
「なら、勝負しよっか。エヴァリスト・ガロアの時代から、恋は決闘だと決まってるもんね」
尚も挑発的な態度で時雨に宣戦布告をする杏火。彼女が勝てば時雨は自分のものだと声高に宣言する。
どこまでも見下した態度だが、その目には何処か悲しい光が宿っていた。
「分断されたのは偶然だけど、この状況は好都合。やっと二人きりになれたもん。白蛇君♪」
「僕に勝てるつもり?」
その言葉に杏火は少しだけ笑い声を零すと、
「言っておくけど」
一瞬で時雨の背後に回っていた。
「……っ!」
「スピードはあーしが勝ってるからね?」
時雨が振り返る前に杏火の蹴りが時雨に炸裂し、時雨は壁に吹き飛んでいた。
なんか戦い出した。