東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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 実弾か、砂糖菓子か。桜庭一樹さんのこの比喩凄いと思う。


車輪の下の砂糖菓子

 一方、分断された小夜花は現れる稀人を薙ぎ倒しながら時雨を探していた。

 

「はぁ、はぁ、一体、時雨くんは何処に……?」

 

 傍目に見れば焦っているのは明らかである。焦りがプラスの方向に作用する事は極めて限定的な状況ながら存在するが、今はその時ではない。なので、

 

「はい落ち着く!」

「きゃっ!?」

 

 一緒に分断されていたサリエルが大鎌で小夜花を峰打ちする。小夜花は脳天を押さえて涙目でサリエルを睨むが、サリエルは毅然とした態度で反論する。

 

「そうやって焦って無駄なカロリー消費しても何にも良い事無いよ。私は人間じゃないからあまり影響ないけど、君は疲れたら動けなくなっちゃうでしょ」

「うう……」

 

 普段はふざけた態度のくせに急に真面目な事を言うサリエルに、小夜花は少し意外そうな顔をした。それに気付かないふりをしてサリエルは言葉を続ける。

 

「少なくともあの二人なら直ぐにどうこうなる事は無いよ。時雨君は八咫烏の中でもトップクラスの戦闘力だし、杏火ちゃんだって何だかんだ経験豊富だし」

「…………」

「それとも、小夜花ちゃんが心配してるのは時雨君と杏火ちゃんが二人きりって言うシチュのことかな~?」

「っ……そんなことないです」

「お~? 当てずっぽうだったけど意外と良い反応。うんうんそうだね~。一週間とは言え付き合ってたわけだし?」

 

 小夜花はなんとか否定の言葉を探そうとする。自分が時雨を信じていないなんてことを認めたくない。小夜花本人は時雨に愛されていなくても良いと本気で思っていたし、それは今も変わらないと思っていた。

 だが、自分が愛されていない。性の対象としてすら見られていないかもしれない事を考えると胸が苦しかった。

 

「不安では……あります。最近になって愛情表現はしてくれるようになりましたけど、私に合わせてやってくれてるのかな、とか」

「え? 何? アイツ(時雨)愛情表現しないの?」

「これは付き合う前の話だからかもしれませんが、十回以上一緒に出掛けてるのに一度も手すら繋いでくれませんでした」

「ん? うーん……まあ、付き合う前だから線引きしてたってことかな? 分からなくは無いけど、小夜花ちゃん拾ったのアイツだよね」

「付き合おうと言ったのも私からです」

「まあ、最近は告白=男が先ってわけでもないしねぇ……」

「今でも会話は必要最低限しかしない傾向がありますし」

「ん?」

「ソファではちょっと離れて座りますし」

「んん?」

「同棲し始めて寝室別にするか聞かれました」

「なんでアイツ恋愛方面びっくりする位無能なの!?」

 

 サリエルは別に付き合ってすぐ押し倒せとか言うつもりは無い。ただ、聞いている限り小夜花に好意が無いと誤解されても仕方のない行動ばかり取っている。思い返してみて欲しいが、実は二人でいる時には時雨ではなく小夜花から行動を起こす事が多かった。

 

「小夜花ちゃんの前でこれ言うのもアレだけど、なんで付き合うの三回目でこんなにビビってんのアイツは」

「なんか一度目の真夏さんで色々あったみたいで……」

「で、杏火ちゃんの一件で拍車を掛けたと……いや、杏火ちゃんの件は一度目を引っ張り過ぎてああなったわけだし」

「こう考えると優しい男の人って言うのも考え物ですよね……」

「優しいだけで一切役に立たねえ!」

 

 将来的に考えれば優しい男は優良物件というのはよく言われるし、実際間違いではないだろう。しかし、限度という物がある。優しいだけで積極性も無く何も役に立たないなら悪い男に靡いた方が(少なくとも短期的には)利益があるように映っても仕方が無いのかもしれない……

 

「アイツマジで顔と戦闘力以外終わってる……」

「今度詰めてみます……」

「指を?」

「違いますよ!?」

 

 などと姦しい会話をしながら進んでいると、廃墟には必ずと言っていい程存在する監視カメラ型の妖機が出合い頭に現れる。

 

「わあびっくりしたぁ!」

「とか言いながらハイキックでしっかり狩ってますね……小夜花ちゃん」

 

 小夜花本人曰く怖がりでありホラー映画等は全く見れないそうなのだが、そのおかげなのか危機対処能力は高いようであった……

 

 

 

 

 

 時雨と杏火は笑死体と闘った広間で仲間同士で戦っていた。杏火は持ち前のスピードと燃えながら変則的に動く車輪で翻弄し、時雨を近づけない。近接戦闘は無謀と判断したのか、時雨は氷の蝶を召喚して車輪を相殺する。

 

(空間ごと凍った……?)

 

 しかし、時雨の氷に対して杏火は炎。すぐに氷が解け、車輪が自由となる。だが、

 

「うそっ!」

 

 溶ける寸前の氷を体当たりで破壊した時雨が杏火に斬撃を浴びせる。正面への攻撃に特化した居合はかろうじて炎の車輪で防御したものの、開戦時の時雨と同じく壁に吹き飛ばされた。

 

「お返し」

 

 だが、杏火はむしろ嬉しそうに時雨に向き直った。

 

「流石は白蛇君。氷で目くらましくらいの事はしてくるかぁ」

「それさえも躱されたら別の案も考えてはいたけどね」

「わお……」

 

 権能の関係で相性が悪いのにも関わらず、戦術でカバーしてくる時雨に杏火は苦笑いを浮かべる。「自分は頭が悪い」というのが時雨の認識だったが、杏火を始め仲間の認識は「頭は悪いが真理は見えている」というものである。

 

 孫一の空間操術に対して対応策を示したり、今も回避先を与えないように床に霜の地雷を配置していた。無論、杏火にとっては炎で解除できる代物だが、時雨が相手ではその一瞬さえも命取りである。

 

「ねえ杏火、何で戦おうなんて言いだしたのさ」

「さっきから言ってるじゃん。君が欲しいからだよ」

「違うね」

 

 思いの外強い否定が返ってきた事に杏火は少し驚いた。

 

「アンタは今も昔も、もっと狡猾だよ。僕を手に入れるのが目的ならこんな手段は取らない。小夜花か、最低でも孫一は事前に味方につけた上で僕に迫るはずだ」

 

 衝動的な行動だとしても違和感がある。何故なら時雨と小夜花の交際は周知されており、〝二人きり〟になれる時は幾らでもあったし、それならばもっと早くこのような事態になっていただろう。

 

 時雨の言葉に杏火は力なく笑う。

 

「そんなに見てるなら、付き合ってた時ももっと見て欲しかったな……」

「どういうこと?」

「理由の一つはこうでもしないと君が話を聞いてくれないから。白蛇君に『気まずい』なんて感性があるのか疑問だったけど、あーしのこと避けてたでしょ」

「…………」

 

 否定はできない。世界恐慌の暫く後、杏火が一方的に交際を宣言して一週間後に勝手に別れた。それ以来、時雨の中では地雷女として避けていたのは事実だからだ。

 

「あと、一応衝動的な理由でもあるんだよねー。今まで溜まり溜まってた鬱憤が爆発した感じ。ねえ、あーし、これでもいっぱいアピールしたんだよ? というか、あの時代にしては珍しくこっちから告白した。でも、分かっちゃったんだ。白蛇君から私に愛情が向く事なんて無いんだって」

「……たかが一週間で?」

「充分だったよ。あーしが諦めの感情を抱くまでには」

 

 それについて、時雨は反論しなかった。確かに最初の妻である真夏の一件のせいで数十年は恋愛をする気になれず、杏火の行動に対して何のリアクションも返さなかったのは確かだ。

 

「言い訳があるなら聞くよ」

「へえ、お優しい事だね」

「勘違いしないでね? 言い訳の一つも無きゃ納得できないってこと」

 

 少し息をついて時雨は話し始めた。

 

「別に、大した理由じゃないよ。言ってしまえば、あの頃は恋愛なんてする気になれなくてね。真夏の死がことのほか響いていたらしい」

 

 涼風が水を纏った髪を撫でる湿った夢の残り香に、浴衣を翻して捌月(はちがつ)の祭囃子に笑う真夏を忘れられなかった。そう時雨は語る。

 

「とはいえ、思い出したらちょっと腹が立ってきたな。傷心の僕にズカズカ踏み込んできやがってさ……僕も引き摺り過ぎだって言われれば否定は出来ないけどねえ」

「…………」

「毒にも薬にもならない砂糖菓子の弾丸を乱射しやがって。おかげさまでラリることも出来ない。せめて大麻くらい混ぜろよ。大して甘くも無い粗悪品の駄菓子で満足しろって? はん……」

 

 時雨がそう吐き捨てると杏火の表情は無くなり、無言で車輪が飛んできた。それを時雨は鞘から抜く事も無く刀で受け流す。再び見えた彼女の顔は怒りと苦痛で歪んでいた。

 

「じゃあどうすりゃ良かったんだよ! 何を言って欲しかったんだよ! あれだけアプローチしたのにガン無視しやがって!」

「簡単だよ。砂糖菓子の弾丸が撃ち抜けないなら実弾をぶっ放せば良かったのさ。そんなレプリカみたいな表情なんて捨てて、感情論の弾丸を撃てばよかったんだよ。或いはエデンの園から人間を連れ出す狡猾な蛇のように、地を這うように僕を堕とせば良かったんだ」

 

 時雨の言葉に杏火は衝撃を受けた顔を見せる。彼女の周囲に浮いていた車輪も地面に落ちた。

 

「なに……それ……そんなの、君に嫌われるか、一緒に不幸になるしか選択肢がないじゃん」

「ああそうさ……一緒に不幸になる? 僕は一度愛したら地獄まで離さないほどの感情を抱くけれど。嫌われる? 確かに僕はアンタを嫌うかもねえ。でも、今ほどじゃない。多少は回復の余地があるさ。憎さ余って可愛さ百倍になるかもしれない。実際、僕は小夜花のこと少し嫌ってるしね。殺したい気も起きないほどに」

「…………狂ってる」

 

 死んだ目で薄ら寒い笑みを浮かべる時雨に、杏火は無意識に後ずさりした。それを見ながら、時雨は慣れた手つきで錠剤を取り出して飲み込む。例の幻覚でも見えたのだろう。人間が正義や感情に酔うのと、稀人が薬に安息を乞うのと何が違う。嘗て時雨はそう嘯いた。

 

 やや上を向いて歩きながら官能的に喉を動かす時雨。髪が流れて左眼を覆い隠しながら、光を映さない右眼を強調する。

 

「ああ、杏火……僕、涙が出そうだよ。本当に可愛そうだね。同情するよ。屑で青い僕を好きになったばかりにさ……不完全で曖昧な回想から抜け出せなくなってしまったんだね」

 

 時雨は壊れてしまった声色で陰鬱に嗤う。せめて、目の前の傷ついた女の憎悪が膨れ上がる事を願って。その甲斐あってか、杏火は一際大きな車輪を顕現させる。

 

「ふざけんなよ……ふざけんなよ……! じゃあ、あたしは無意味に傷ついただけなのかよ。そのくせあっさりと女作りやがって」

 

 時雨は何も否定しない。経験や傷心の価値など、本人以外が決めていいものでもないだろう。杏火が無価値だというなら、それは無価値だ。

 あっさりと女を作った点も同様。時雨がそれなりに葛藤した上で小夜花と付き合い出したのと同じように、時雨から見たらただの厄介な地雷女でしかない杏火にも悲哀と情熱があったに違いない。

 

 正直、反論する気も起きない。相手がエンパスかテレパスでもない限り、自身の苦痛を共有するなど原理的に不可能だ。

 

 時雨は無機質な眼で飛来する車輪を眺める。これだから、感情でものを考える奴は苦手なのだ。

 

「…………」

 

 だが、車輪は時雨の眼前で止められていた。正に間一髪、眉間が少し痒いくらいの距離である。

 

「止めたんだ」

「…………」

「一発くらいまともに喰らおうかと思ったのに」

 

 既に一発蹴られているが、おそらく人外にしか分からない基準があるのだろう。

 

 杏火は車輪を消して泣き崩れた。

 

「出来ないよ……だって、好きなんだもん。絶対、あーしのこと愛してくれないって分かっても、好きなんだもん……」

「…………」

 

 時雨もその感情には覚えがあった。死にたいと訴える小夜花を斬れなかった感覚に似ているのだろう。ただ、どれだけ虐待されていても愛していた自分の母親は比較的簡単に斬れてしまったのも事実だ。単に愛の形が違うのか、そもそも愛していると誤認しているだけなのか、そんな答えを知る者は誰もいない。

 

 故に軽々しく共感などできない。

 

「アタックした時だって分かってたよ。最初の奥さんの髪型真似て、死別してからもそのままでさ。勝てないなって。負け戦だなって思ってたのに……なんでだよ! なんであっさり別の女に乗り換えてんだよ!」

 

 時雨が肩の少し下まで髪を伸ばしている理由は、最初の妻である真夏の髪型を真似たものであるというのは八咫烏の間では周知されていた。それほどまでに未練が強いなら、杏火に勝ち目がないと諦めることも出来た。

 

 時雨は少し息をついて、杏火を見据えながら答える。

 

「別に、乗り換えたわけじゃないよ。僕なりに区切りをつけたってだけ」

「でも、髪型……」

「これはただの趣味」

「え……」

 

 予想だにしない答えに杏火は間の抜けた表情を晒す。

 

「最初の頃……アンタと出会った頃はその理由だったけど、いざ髪型戻そうってなったら落ち着かなくてね。後は長い髪いじるのが楽しくなったとか。それだけの理由だよ」

 

 そう言いながら、時雨は紐を加えて髪を纏め始めた。終わって口が自由になると再び話始めた。

 

「自分でいうのもアレだけど、僕はかなり気分屋だからね。合理的な理由なんて無いほうが多いよ。生きる理由も大抵机上の空論だし」

 

 「誰のせいか分からない罪状を問われても答えてなんてあげられない」と言って、上着のポケットからロリポップを取り出して咥えていた。

 

「だけど、確かに僕は不誠実だった。だからちゃんと言っとく。僕はアンタとは付き合えない」

「それは……どうして?」

「タイプじゃない」

 

 その言葉に、杏火は笑った。これ以上ない程にシンプルで、率直な評価。或る意味時雨らしいとも言える。

 

「ねえ、ロリポップって、まだ余ってる?」

 

 杏火の問いに、時雨は三本ほど取り出して「好きなの選びなよ」と差し出した。

 

(初恋? 初キス? の味は檸檬だって聞いたことあるけど)

 

 ロリポップを咥えながら杏火は想う。

 

(失恋の味は案外甘いんだね)

 




 時雨は時雨で結構複雑。そもそもコイツの恋愛に普通の理屈が通じるかと言うと……前半二人の考察は案外的外れかもしれないというお話。
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