東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~ 作:三文小説家
「しかし、狂宴は一体何から生まれたんだろうね」
「ペストを讃える歌でも歌ってたら生まれたんじゃない?」
「プーシキンかよ」
「このネタが通じる杏火が好きだよ」
「やめろ。勘違いする」
時雨と杏火はカフェの中を進みながら敵について話す。どちらにしろ倒す事に変わりはないが、多少好奇心は働くものである。例えば狩鋭は『守られる者の横暴への怒り』、迷童子は『導き手を求める心』から生まれたとされている。
では狂宴は何から生まれたのか。
「まあ、真面目に解説すると、一説には『尽きぬ怠惰への渇望』から生まれたとされているね」
「怠惰ねえ……無為にパーティーだけしてたいって話? それならほぼ全人類の願望だろうけど」
「そうかい? 僕は嫌だな。怠惰を貪るにしても、もう少し気楽な方が良い」
「救いようが無いほど怠惰だな。白蛇君」
「いや、残り二体にも遭ったことはあるけれど、生命を
「ゆーて稀人って大抵そんなもんじゃない?」
「そうだけど、アレは独特の性質を持っているね。金持ちってのも楽じゃなさそうだ。レトロシャランラと料理を貪ろうとも憂鬱からは逃れられないという業を見た気がするよ」
多くの人間から楽欲を受ける天人でさえ、死の間際の五衰からは逃れられない。時雨は狂宴からそんな気配を感じていた。それは前妻である真夏の生い立ちに関係しているのかもしれない。
真夏は明治時代の水無月という華族の令嬢だった。彼女の生家はかなりの豪商であり、金銭的な意味での不自由は存在しなかったと本人は語る。しかし、華族の華々しい暮らしの裏では、家族の愛情は皆無だったと表現しても過言ではない。
そもそも華々しいという形容詞が適当かどうかも分からない。家の内装や食事は華々しいのだが、家族間の温度は大抵の植物が枯れるだろう程に冷え切っていた。水無月の人間の願いは家の繁栄。真夏の親にとって、子供は一つの駒。肥大したエゴの延長に過ぎなかった。
『でも、水無月家はとても大きな家です。私は身体が弱くてほとんど役に立ちません。そんな私を使う事で大勢の人が救われるのなら、私は喜んでこの身を差し出します』
身体が弱いにも関わらず、花嫁修業と称して労働を課せられていた真夏は健気にそう言った。時雨との出会いはその一つの買い物帰りのひと時である。当時の真夏は女学生であり、学校帰りに頼まれる事が多かったそうだが……
掃除や洗濯など家の中で完結するものだけならともかく、常に誘拐や暗殺の危険がある令嬢を護衛も付けずに外に出すあたり、それほど大切にはされていないだろうことは時雨にも分かった。可愛い子には旅をさせよとは言うが、荷物の量や普段の様子を見る限り、ネグレクトや虐待と称した方が納得できる。
駒とはいえ、
「フった相手に前妻の話題を聞かせるデリカシーの無さはこの際置いておくけど、お貴族様ってのも大変なんだね~」
「別にアンタに好かれたくないからね。まあ、真夏が特殊ケースだったのか、華族っていうのは大なり小なりそう言うものなのか。ただ、基本的に裕福な暮らしってのは誰かの屍の上にある物なんだろうね」
「それで、明日は我が身、か~」
水無月家の住人が真夏にしたことは許される事では無いし、華族の重圧とは無関係の仕打ちも多いが、それでも行動の全てが悪意に基づくものであったとは考えにくい、とは希望的観測であろうか。
いずれにせよ、稀人と化してしまうだけの苦悩か欲望がそこにはあったのだろう。
「ていうかもしかして、狂宴と会ったのってそこ?」
「だね。コイツだけじゃなかったけど」
「そして、狂宴の誕生経緯を聞くと相当ろくでもない因縁が渦巻いていそうで嫌だ」
道中に湧いてきた狩鋭をサクッと倒しながら杏火が顔を顰めた。彼女が生まれる前の話だが、金に関する因縁は世界恐慌のあれこれで嫌気が差す程聞いていた彼女は「いつの時代も変わらないのか」と辟易する。
「いつの時代も変わらないといえば、女性の怨みもだね」
「お? なんだ? 嫌味か?」
「目の前の敵」
見れば、鉈を持った女のような稀人が湧いており、周囲の狩鋭を回復していた。
「うわ~、めんどくさいのいるわ~。二重の意味で」
「ああいうタイプの集まり嫌いだもんね、杏火」
「あーしって元人間とかじゃないから分からないけどさ。なんであの手の女ってわざわざ空気悪くすんの? 一緒に楽しく過ごそうよ~」
「その辺不思議なんだよな。さっきアレだけ荒れてた癖に、女の嫉妬みたいな感情は一番嫌ってるっていうの」
「何事にも例外はあるし~。それにアレは白蛇君への怨みだから女は関係ないし~。小夜花ちゃんとは普通に仲良くしたいし~」
かの稀人の名前は
「しかも今みたいに回復するもんね。健気でいいんだろうし一般的に周りと
「えげつない早口。というか闇が深くなってきたなこのカフェ」
ひねくれ過ぎである、とは言えない。穿ち過ぎではあるが。
杏火は火車である。獄吏の形態を取るこの稀人は『断罪の感情』から生まれたとされている、が、杏火本人によると正義の心というよりも『悪人と見做した相手を徹底的に痛めつけ貶めたい』という攻撃性から生まれたらしい。
そんな彼女からすると妬み嫉みで相手を陥れようとする女性の感情は虫唾が走るほどに嫌いなのだろう。
実は杏火は綺征饒美沙と仲が良いのだが、正義を志す彼女とは根本的に相性がいいのだろう。勿論、杏火のコミュニケーション能力が空気を読まない割に高いのも関係はしているだろうが。
「じゃあどうする? 疑衆はアンタがやる?」
「いや、執拗に執着したらアイツ等と同類になりそうだし、君に任せるよ。まあ、結果的にあーしがやっちゃったらそれはそれで」
そして、疑衆は一連の会話に苛立ったのか杏火に狙いを定める。手に持つ鋭い鉈は普通の人間が喰らえば縦に両断される事だろう。
「で、何してんの」
「ゼロ・グラヴィティ~」
「完全にバカにしてるよね」
「してるよ?」
「否定する気配くらい見せなよ……」
杏火はどこぞのキングオブポップよろしく、帽子を押さえて傾く事で攻撃を回避していた。疑衆の斬撃が地面に垂直でも平行でもなく、少し斜めに振り下ろされたからこその回避方法である。
その後も縦に横に振られる斬撃を踊るように回避する杏火。狩鋭や追加で現れた銃射も攻撃に加わっているが、楽しそうに杏火と合わせてみると一種のパフォーマンスにも見える。
「それがアンタなりの世の中への復讐方法?」
「そうだよ」
杏火は以前語った。何故人を裁く獄吏である自分がエンターテイナーのような格好をしているのか。それは人々の心が齎した変化であると。
現代ほど娯楽が普及していなかった時代は公開処刑こそが民衆の娯楽だったという話を聞いた事があるかもしれない。悪人、もしくはそうと見做された人間が殺される様を愉悦する民衆の心。それが杏火の姿を悪趣味なエンターテイナーへと変貌させた。
「だからあーしはそれを逆手に取ることにした。どうせそう望まれるなら、そう振舞ってやろうって。世の中舐め腐って、楽しそうに生きてやろうって思ったんだ」
杏火は一通り攻撃を見切ると、車軸のついた車輪を起点にブレイクダンスのような動きで周囲の敵を切り刻む。よく見れば、杏火の足はローラーシューズのように車輪が取り付けられていた。
「所詮どう生きるかなんて、本人次第。人間だって稀人だって変わらない。空気読んで生きるのがソイツの選択なら好きにすればいいけど、あーしは絶対にそっち側には行かないから」
杏火は車輪を四方に旋回させるように飛ばし、敵を一掃する。
「あーしはあーしが大好きだもん!」
それは半ば、時雨に向けて言っているようでもあった。基本的に自己愛とは本人だけで完結するものだ。そして、自己愛が強い杏火が時雨にあそこまで執着する事は、
「というわけで、君は例外中の例外だったわけだけど、ご感想は? 白蛇君」
「残念だけど、それでもアンタと付き合う事は無いよ。アンタがそんな考えで動いてたとは初めて知ったけどね……」
それを聞いた杏火は悲しげに笑うと、「これで心変わりする白蛇君だったらあーしも惹かれてないしなあ」と納得するようにまた笑った。
「ていうか、そもそも何で僕に惹かれたのさ。紫苑に教育される前のあの時の僕って特別学が有ったわけでもないし、人格面は今より酷かったと思うけど」
時雨が八咫烏に入った経緯として、杏火に誘われたというのがある。あの頃の時雨は真夏との日々を終えて温和な面は潜み、紫苑の言う通り寧ろ抜身の刀身のような人格だったはずである。尤も、今でも『夜が更ける』と仲間を急かした後に『人間は気が短い』と零すあたり、気分屋で一貫性が無いのは変わっていないが。
惹かれる要素は皆無だと自分でも思っている。それに、杏火とは小夜花や真夏のように窮地を助けたと関係いうわけでもない。
「う~ん、まあ、敢えて言うなら、君が異質だったことかな?」
「へえ?」
「確かに人格面は割と終わってたけど救いようが無い程じゃないし、ゆっくり矯正していけばいいと思ってた。それよりも、君の何処にも属さない、法則すらはねのけるような凛とした佇まいに惹かれたって所かな。或る意味あーしの理想形だったもん。人格面は終わってたけど」
なるほど。自身にそんなつもりは無かったが、杏火にはそう見えていたらしい。と時雨は思った。そして、何処にも属さないという言葉を文字通りに受け取るならば、杏火が泣いても暴れても今の結論を覆す事は無いだろうと思われているという事でもある。
(絶対に叶わない恋、か)
時雨はそこまで大層な人間ではないと思っている。別に他者に合わせない事を是としているわけではないし、何なら『信念を持たない事』を信念としているくらいだ(孫一にはそこを気に入られたが、今は置いておく)。
それは杏火の好みからは外れているだろうと思うのだが、一週間とは言え一緒に過ごすうちに違う感情も芽生えたのかもしれない。
不可解な顔をする時雨に、杏火は舌を出した。結局杏火が何を考えているのか、詳細には分からないが、時雨は溜息を吐いて頭から追い出す事にした。考えても分からない事は考えない主義である。
それに、いくら杏火の感情が分かったところで、時雨が結論を変える事は無いのだから。
正直、今の時点で時雨の思考回路を正確に推測する事は不可能に等しいです。基本的に気分屋、一貫性が無い、信念を持たない事を信念としている、ヤンデレの素質がある……こんな感じですかね。そもそもが好きな詩から連想した抽象概念みたいなキャラなので、書いていかないと作者にすら正確な思考回路は分かりません。理性的に見えてかなり混沌とした思考回路をしています。
また、杏火は誰かに縛られる事を嫌う性格が明らかになり、彼女視点では時雨はかなり自由に凛としているように見えていたらしい事も判明しました。
そして、前妻である真夏。名字が水無月で、華族の令嬢である事。そして冷遇されていたであろうことが判明。そして、真夏と出会った経緯が小夜花と似ていることから、時雨は弱った女性に弱いかもしれませんね。あと、水無月家の末路も含めていつか過去篇を書きます。