東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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怪死病時代の饗宴―参

「おりゃあ!」

 

 ゴッ!

 

 可愛らしい声と共に叩きつけられる重い拳。攻撃の主は小夜花であり、殴られているのは狂宴の一柱こと『舞踏の奇術師』だった。この奇術師は時雨達が遭遇した令嬢とは逆に遠距離担当らしく、三枚のトランプを飛ばしてくる。

 

 小夜花はそれを軽く回避すると、そのままの勢いで奇術師に蹴りを喰らわせる。

 

「これも喰らえ!」

 

 更にサリエルが大鎌による斬撃を加える。奇術師は蹈鞴を踏むが、反撃とばかりにカードを飛ばしてきた。

 

「アレが今回の騒動の元凶でしょうか」

「ん~? どうしてそう思うのかにゃ~?」

「他の稀人と明らかに違います。立ち回りが洗練されていますし、何より気配が」

「なるほどなるほど。本当に将来が怖いなこれは……」

 

 つい最近までただの女子高生で、戦線に加わったばかりとは思えないほどの戦闘者じみた洞察力にサリエルは「頼むから敵になってくれるなよ」と内心で思っていた。

 

 そもそも今回の目的は周囲に敵性の稀人を排出し続けるこの廃墟の調査である。こういう現象の原因は幾つかあるが、強力な稀人が誕生して周囲の呪いがそれに反応して生まれるというケースもある。今回の〝狂宴〟がその震源地である可能性は大いにあるのだ。

 

(力が有るのは良いけど、それを垂れ流すのはねえ。まあ、八咫烏みたいな例外もあるし、だいたい人間の感情が元なわけだから防止もできないのだけど)

 

 サリエルが声を出さずにぼやき、小夜花が油断せずに構えを取る間に、奇術師は飛ばしてきたものよりも少し大きいカードを取り出した。

 

「おお、なんだなんだ」

 

 そして、奇術師はそのカードから炎を噴き出した。面制圧的な範囲攻撃。徒手格闘や近接武器では相性が悪い。しかし、この手の攻撃は八咫烏の面々との修行で散々喰らっている小夜花。不利な攻撃に対して慌てふためく事は無かった。

 

木蔦(キヅタ)の舞・緋城炎壁(ひじょうえんへき)

 

 小夜花の手から赤いアイヴィーが生え、奇術師の炎を防ぐように目の前の空間に張り巡らされて壁となる。そして、奇術師の炎を防いだ後に逆にアイヴィーが燃えて奇術師が追加で飛ばしてきたカードを焼いた。

 

「敵は……あれ?」

 

 小夜花は更に追撃をしようと奇術師を捜すが、その姿はない。倒したのか? と思いつつサリエルの方を振り向くと、眼前に光の剣を持った奇術師が迫っていた。どうやら転移して襲い掛かってきたらしい。

 

(嘘……!)

 

 一発貰う事は覚悟でせめて反撃しようとした時、

 

「はい、油断大敵」

 

 一つのレーザービットが奇術師を撃ち落とした。その出処はサリエルである。

 

「瞳磨くんの戦力予想はだいたい当たるね~」

「ありがとうございます」

「うんうん、お礼が言えるのはいい子だにゃあ」

 

 八咫烏に所属する百目鬼である瞳磨は、その時点で持っている情報から未来を限定的に()()事が出来る。そして必要な戦力を予測し、孫一に提言するのだ。尤も、何もかも見通せるわけではなく、敵の正体については分からない事もあるのだが。

 

 閑話休題

 

「筋は良いんだけど脇が甘いね。まあ、経験を積めばどうとでもなりそうなのが怖いけど」

「精進します。このままじゃ、時雨くんの隣に立てない……」

「出会って数カ月で神に並ぼうとするJK……」

 

 傲慢なのか真摯なのか、一見見分けがつかない小夜花の姿勢にサリエルは少し引き攣った。実際、険しい道だろうとは思う。現状では小夜花より強いサリエルでも、時雨に勝てるかは分からないのだ。

 

 そんな事を思いながらも、更に三つのレーザービットを召喚して奇術師を集中砲火するサリエル。更にカードマジックを披露しようとしていた敵は大きく仰け反り、小夜花の《落椿》による攻撃を許してしまう。そして、小夜花を飛び越える形でサリエルの大鎌が奇術師に振り下ろされた。

 

 流石に分が悪いと思ったのか、転移で逃げる奇術師。

 

「逃げ足の速い奴だね~」

「ですね……確実に仕留めるにはあの転移を封じないと」

「まあ、それについてはどうにかなるよ。時雨君の氷で固めちゃうとか、私も無力化する手段はあるしねえ」

 

 まずは合流しないと、とサリエルが言った所で近くのドアが開かれた。敵か、と二人は警戒する物の、その心配は杞憂に終わる。

 

「やっと見つけた。魔転楼もそうだけど、この手の空間は嫌になるね」

「やっほ~。二人とも無事だね~」

 

 現れたのは時雨と杏火だった。そして、何故か杏火が時雨におぶられている。小夜花が少し目を吊り上げるのを見てか、時雨が杏火を引き剥がそうとする。

 

「ほらさっさと離れろ赤猫! 元々大した怪我なんてしてないだろうが!」

「え~、いいじゃん。もう少し涼を味わわせてよ」

「何なら凍らせて砕いてあげようか」

「笑えな~い。愛妾(あいしょう)ゴリ押して腰砕けにされちゃいそう」

「今すぐ第二ラウンド始めてやろうか?」

「やん、エッチ」

「殺す」

 

 時雨の殺気がそれこそ笑えないレベルになった事で杏火がようやく離れる。時雨は乱雑に杏火を落としながら小夜花への弁明を考えていた。しかし、時雨が口を開く前に小夜花が時雨にツカツカと歩み寄る。

 

「……色々と聞きたいことはあるけれど、とりあえず無事でよかった」

「そうだね。君も、五体満足みたいだし」

 

 時雨は小夜花の頬を撫でながらホッとしたように息をつく。だが、小夜花の空気が隠し切れないほどの剣呑さを纏っている事に内心頭を抱えていた。

 

「それで、杏火さんと何してたの?」

「刀使った痴話喧嘩」

「……まあ、その嫌そうな顔に免じて信じるよ。帰ったら根掘り葉掘り聞かせてもらうけど」

「助かるよ。流石に神でも悪魔の証明は御免だからね」

 

 時雨の心底面倒そうな顔を見て、とりあえず小夜花の危惧する出来事は無かったと悟る。とはいえ、帰った後に質問攻めにするくらいの権利はあるだろうとも思った。

 

「それと、役に立つかは分からないけど、このカフェの資料というか、オーナーの日記みたいなのは見つけた」

「ほーん、どんな内容なの?」

「雇っていた料理人がある日突然おかしくなった的な内容。突然香辛料をふんだんに使った料理ばかりを作るようになったとか。それも近づくだけでくしゃみが止まらなくなるほど大量に」

「それはただの好みなんじゃないかな。私はそう言う料理はあんまり好きじゃないけど……時雨くんが作って欲しいなら作るけど」

「いや、遠慮しとくよ。どちらかと言うと甘党だし、僕。それに、その料理人は極端に短気になったらしいね。注意したら食器類を投げつけられたと書いてある」

「いともたやすく行われるドメスティックバイオレンス。不思議に国に迷い込んだ少女がいなかったことが不幸中の幸いだね~」

「解雇しろよ、そんな奴」

 

 バイトテロどころの話ではない荒れっぷりに時雨は閉口する。それと並行して杏火がとある包装紙を取り出した。

 

「どうにも、おかしくなった原因がちゃんとあるらしくてね。これなんだけど」

「ん? これ見たことあるよ。最近話題になってる違法薬物じゃん」

 

 料理人が乱用していたと思われるものをサリエルが警察内の資料に存在した違法薬物だと見抜く。

 

「名前は確か……」

「アリスフェタミン」

「けったいな名前ですこと」

「色々悪名高いよ~。死に至るほどの悪夢を見るとか、現実に見えるモノでも認識がおかしくなるとか」

「味覚障害もあるの?」

「あってもおかしくないんじゃない?」

「アリス……」

 

 周囲が違法薬物の名前で盛り上がる中、小夜花は疎遠になってしまった友人の事を思い出していた。その人物は偶然にも〝アリス〟という名前を持つ少女で、仲違いしたわけではないのだが、小夜花へのいじめ等の出来事が有って自然消滅してしまったのだ。

 

 あの子は元気だろうかと少し思い出すが、今は任務に集中するべきだと思考を切り替える。

 

「まあ、アリスフェタミンに関してはこっちの調査待ちとしか言えないにゃあ。それにしても、こういうの何処で手に入れるんだろうね」

「おかしなことも無いだろ。東京じゃ、武器も薬物も林檎みたいな手軽さで手に入るんだから」

「……機関長が偉くなったら規制してもらうように言おう」

「しててこれなんだから、世も末だね」

 

 サリエルと時雨が社会問題の一つを話し合っていると、(から)になった薬の包装を手に杏火が不思議そうに呟く。

 

「なんで一般人が手出しちゃうんだろうね。こんな如何にも怪しい物」

「さあ? 若返るとか痩せるとか、そういう謳い文句でもあるんじゃない?」

「そんなので釣られちゃうの? 人間って大変だね~」

「ええ、まあ、時雨くん達には無縁な悩みですけどね」

 

 主に美容薬やアンチエイジングの一種として売られているのはサリエルに確認すると本当らしい。人外達は揃って首を傾げるが、唯一の人間である小夜花は他人事ではないと思っていた。

 良くも悪くもそう言った事に感心が無い時雨は気にしないかもしれないが、小夜花とて興味はある。それに、万が一にも愛する時雨が褒めてくれるかもしれないと思うと手を出してしまいそうだった。

 

「しかし、精神安定剤としても売られてるんだね。それだったら僕も手を出すかも」

「今も駄菓子感覚で薬喰ってるしね。彼女の前でくらい自重しなよ。ほら、悲しそうな顔してるよ」

 

 紫苑から貰った精神安定剤をバリボリと齧る時雨が小夜花の方を見ると、彼女は心配そうな、悲しそうな目で時雨を見ていた。とりあえず時雨は薬を仕舞って小夜花の頭を撫でる。

 

 一方、小夜花は一つの感情の変化を迎えていた。先程、自殺への渇望や美への執着で怪しい薬にも手を出してしまうかもしれないと思ったが、時雨が既に薬物に依存している様子を見て、悲しいと思ってしまった。

 

 そして、自分が自殺未遂の事を口に出すたびに時雨が同じ思いをしているかもしれないと思うと申し訳なくなった。時雨は人外の存在であるが、どことなく感性は人間的だ。

 

 小夜花はいつか微睡みの中でしたように、時雨に抱き着き、その冷たい身体に体温を与えた。

 

「大丈夫だよ。これは健全に過ごすためのものだ。乱用してるわけじゃない。まあ、ちょっと君の気持ちを失念してたのは謝るけど。それに、僕は君を殺せなかっただけだ。君が死にたいことなんて知ってる。それを僕の我儘で生かしているんだから、これについてもむしろ謝るのは僕の方だ。ごめんね、殺して(愛して)あげられなくて」

「時雨くん……」

「へーへーお熱いこって」

「サイコホラーでしょ。どちらかというと」

 

 時雨達のやり取りを聞いて、杏火とサリエルが呆れたような目をしていた。時雨は気にしていなかったが、小夜花は顔を赤くして時雨から離れた。微妙な空気になって小夜花が居た堪れない状態なので、とりあえず時雨は話題を変える事にする。

 

「それにしたって、その薬の売人の事は今は考えなくていいな。どちらかと言うと警察の管轄だし、この空間からの脱出には関与しないからね」

「そうだね~。調べるにしてもこの不思議の国から抜けないとね~。なんでこんな有様になってんだろね」

「……さっきの猫じゃないですかね。私達を分断させた」

 

 小夜花の意見が妥当な所だろう。杏火にとっては清算のいい機会になったが、それはそれとして立派な敵対行動だ。この空間からの脱出、そしてこのカフェから稀人が生まれ続けるという事態の解決のためにも猫を捜さなければならない。

 

「それにしても、あの猫は何をしたいんだろうね? このカフェを護りたいのか、僕達を殺したいのか」

「前者ならさっさと追い出す方向に切り替えるでしょ。だとしたらあーし達を殺したいんじゃない? 理由は知らないけど」

 

 まあ、理由なんて無いのかもしれないけどね、と杏火は無限に続く空間に毒づいた。言葉の交わせない稀人の思考を詳細に読むのは不可能に近い。それも、襲ってくるなどの単純なものならともかく、ここまで回りくどい事をするような稀人が何を考えているのかなど分からない。遊びたいだけなのかもしれないし、敵が餓死するのを待っているのかもしれない。

 

 と、時雨達の前に大きな影が現れる。

 

「おや? ご本人様が登場だね。次から次へと襲い掛かって来やがって。攻撃的な接客もあったものだ」

「ちょうどいいじゃん。しばいて話聞こうよ」

 

 面倒そうに冷気を吐く時雨に対し、杏火が渡りに船だと戦意を漲らせた。

 

 目の前に現れたのは笑みを張りつけたような巨大な猫の怪物だった。鳥のような翼が生えた巨大な猫か虎のような稀人、〝狴犴(ヘイカン)〟との闘いが始まった。

 

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