東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~   作:三文小説家

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最初のボス&ちょっとした世界観の解説アリ


呪い

 鴉祓(アバライ)―――洋名はスケアクロウ。カラスが恐れるという名を持つ、刃のような一本足を持つ稀人だ。どうやって立っているのやら分からないが、稀人に物理法則を求めるのは不毛という物だろう。

 

「にしたって締まらないね……」

「何がでありんす?」

「今回の任務さ……最後にDamsel In Distress(囚われの姫君)でもいればまだマシだったよ。でもこれ何? 思い出話まで持ち出した廃墟の徘徊の最後が案山子一本……もう少しどうにかならないかな、これ」

 

 時雨の揶揄うような、見下すような言葉に憤ったのか、鴉祓はペストマスクのような無機質な頭部を向け、一本足には不釣り合いな恵まれた上半身、その腕部に付いているガトリングガンを連射してくる。機械のような、生物のような、何とも形容しがたい見た目の稀人である。

 

 人間が開発した銃弾の数倍の威力で屋上の入り口のドアの周りの壁が穿たれ、床も抉られてゆく。仮にここまで警察の人間が上り詰めていたら、屋上に死体が量産されていただろう。

 

「まあ、当たらなければ意味ないけどね……」

「全くでありんすなあ」

 

 もっとも、時雨達にそれが通じるはずも無かったが。時雨は小太刀で自分に向かってきた弾丸を全て弾き、紫苑は番傘で防ぎきっていた。

 

(前から思ってるけど、どんな強度してんだよその傘)

 

 攻守にわたり隙が無い紫苑に時雨が内心で愚痴をこぼす。何せこの傘、時雨が本気で斬りかかっても空間切断を使わなければ突破できないほどの防御力を持っているのだ。

 

(まあいいや……とりあえず目の前の案山子をへし折らないと―――?)

 

 時雨の目の前から鴉祓の姿は無かった。目にもとまらぬ高速移動と残像による連撃の剣技〝閃影〟による攻撃だったが、避けられてしまったのだ。

 

(移動できたんだ、アイツ)

「先刻あのようなことをほざいておいて、自分が避けられてしまっては形無しでありんすねえ」

「愉快そうに笑ってるところ悪いんだけど、敵はそっちに行ったみたいだよ」

 

 すかさず紫苑からの嘲笑が入るが、鴉祓は紫苑の背後に移動していた。鴉祓は一見無防備な紫苑の背後から銃を乱射するが、紫苑は背後を振り返る事も無く傘を後ろに向けて防いでしまう。

 更に鴉祓は腕を使って殴打してくるが、紫苑は飛び上がって回避し、逆に扇による斬撃を喰らわす。

 

「悪いけど援護は無理。行儀の悪い買い物客が来ちゃった」

 

 時雨を挟むようにして、場外から巨大な丸鋸のついたアームが展開されている。元は解体作業用の機械なのだと思われるそれは、稀人の力に染まっており、ただの鉄塊ではない。

 

「無いとは思うけれど、やられないでよ?」

 

 時雨の言葉に、紫苑は舞い、扇を拡げながら答える。

 

「誰に物を言っているでありんす」

 

 紫苑のその言葉を最後に、丸鋸によって時雨と紫苑は分断された。人間の数倍はある直径の丸鋸、外からは見えなかったはずだが、どうやって隠していたのやら。巨大な刃を回転させ、アームで位置を調節しながら二体で時雨を付け狙う。

シンプルながら凶悪な攻撃であり、指差し確認するまでもなくご安全とは言い難い。仮に巻き込まれれば、時雨とてあまり想像したくない結果になることは明白である。

 

(とりあえず近づかない方向で考えるか……)

 

 時雨は大太刀を霞の構えにし、その場から一歩も動かずに振る。すると、少し遅れて片方の丸鋸が切り裂かれる。

 

叢雲(むらくも)

 

 離れた場所を切り裂く技。ただでさえ初撃が予測しにくい霞の構えから、殆ど一瞬で繰り出される上、刀という武器によって生じる距離制限を無視できる凶悪な技だが、威力自体は近接技に劣ってしまう。

 

 現に、

 

(全然止まらないね……)

 

 丸鋸は幾つかの刃を欠損しながらも問題なく機能してしまっている。叢雲は強力な技ではあるが、巨大であったり硬い敵には効果が薄いことを如実に現していた。機械の腕が時雨に振り下ろされ、時雨は後ろに下がる事で避ける。

 

「―――ッ!」

 

 だが、それを予期していたかのように横になったもう片方の丸鋸が時雨に迫っていた。回避は間に合わない、ならばと時雨は身体の向きを変える。避けられないならば迎え撃てばいいだけの事。あまり近付きたくないのは本音だが、別に不可能というわけではないのだ。

 

 敵の刃と相対し、時雨は下段の構えを取る。

 

薄氷(うすらい)

 

 滑るように潜り込み、斜めに斬り上げる剣技。時雨は丸鋸と地面の隙間に入り込むことで攻撃を躱し、更に大太刀で回転刃の一部を切り落とす。

 

「少しは大人しくなった……?」

 

 しかし、一部を欠損しようとも機械は何事も無かったかのように動き続ける。

 

「そんなことは無かった」

 

 おまけに、刃が欠損した部位からエネルギー弾のような物まで飛ばしてくる始末。無駄のない構造であり、敵でなければ称賛したいくらいだ。時雨は鬼としての運動能力でエネルギー弾を次々と躱し、打撃に及んできたもう一機を紫苑の邪魔にならない方向に跳んで回避する。

 

「少しは骨が有りそうだね……」

 

 時雨の口は少しだけ月のように笑う。敵と認識した相手を殺すのは愉しいが、あまりすんなり叶ってもつまらない。余興は多い方が楽しめる。現代の鬼はそう考える。

 

「おっと、楽しんじゃいけないんだっけ……?」

 

 

 

 一方、紫苑は鴉祓と半地上空中戦を演じていた。基本は地上で扇や自分自身を舞わせるものの、敵の攻撃の回避や自身の攻撃の予備動作で時に空中に飛び上がる。普通なら致命的な隙となってしまいそうだが、紫苑は背中に生えた翼で空中においても自由に行動できるため何も問題はない。それよりも問題なのは、鴉祓が最初よりも強靭になっている事である。

 

(わっちの攻撃に対して怯まなくなりんした。それどころか、殆ど効いておりんせん)

 

 中心部にある肋骨のような部位から魔弾のような物を飛ばしてくる鴉祓。連射される両腕の銃も相まって紫苑には逃げ場が無いかに思われた。

 

扇舞(せんぶ) 風林舞破(ふうりんぶは)

 

 しかし、紫苑に限って言えばその心配は無用だ。扇を一振りし、発生させた突風で敵の攻撃を散らしてしまう。突如として現れた攻防一体の風の壁に魔弾は壊され、弾丸は胡桃か花梨のように吹き飛ばされる。その中で、紫苑は一つの推測を立てていた。

 

(突然現れたあの機械の回転刃。あれをどうにかしなければこの状況は打開できそうにありんせんね……)

 

 それは、今時雨が戦っている機械が鴉祓を強化しているのではないかという事。偶然にしては現れるタイミングが出来過ぎている事と言い、少なくとも無関係ではないだろうと彼女は思う。時雨の助太刀に向かっても良いが、自分の教え子であれば程なくして片付けるだろうと思うし、結果的にとは言え本体の足止めに貢献できている。ならば、わざわざ戦況を搔き乱す事も無い。飛縁魔はそう結論付けた。

 

「夜の悉、楽しもうではありんせんか。耳元で蚊が飛んでいるのが難点でありんすけど……失敬、主の豆鉄砲でありんした」

 

 日が昇ってしまっては興ざめだが、幸いにも夜はまだまだ続く。ならば教え子の活躍の機会を奪うのは無粋という物だ。教え子と同じような煽り文句を語りながら不敵に、しかし絶世の美を以て弾丸をいなす紫苑。

 

 弾丸と殴打の嵐を、譜面を刻むように優雅に踊る一人の麗人。紫苑は正しく戦場の花でありながら、教え子の活躍を願い、また一人の戦闘者として夜にその身を知らしめるのだった。

 

 

 

 一方その頃、時雨は巨大ピザカッター二体相手に刀を振るっていた。回転刃とエネルギー弾、更にはレーザーという三重攻撃は雑ながら馬鹿にならない物量である。

 

「翅無き身の悲しきかな……こういう時だけは蝶や蛾が羨ましくなる」

 

 敵の性質上、空からの立体機動攻撃には無防備になる。だが、時雨は『跳ぶ』という行為こそできるが、紫苑やその他の飛行能力を持つ仲間ほど自由には出来ない。

 

(だけど、それは詰みを意味する事じゃない。相手は所詮のろまな鉄塊だ。それに、()()()()()()()()()

 

 確かに、この機械に半端な攻撃は無意味だ。一部を欠損させる事は可能でも、決定打にはならない。ならば単純な事、半端ではない攻撃を叩き込めばいい。これから行う攻撃の軌道や規模を計算する。如何に効率よく、如何に致死性を以て相手を屠るか。

 

「となれば、あの技だね」

 

時雨は敵の攻撃を掻い潜り、居合の構えを取る。それ自体はここまでにも何度も見せたもの。しかし、それまでの技とは一線を画す気配を備えていた。

 

 時雨の頭蓋の中には一つの技名が浮かんでいた。今までの技名は、時雨自身が考えたものである。何故そんなことをするのか。

かっこいいから、箔が付くから。無論、そういう理由もあるだろう。数百年を生きているとはいえ、時雨とて一端(いっぱし)の男。浪漫というものに憧れが無いと言えば嘘になる。実際、仲間から「二百七歳児」などと揶揄される行動を取ったりもする。

 

 しかし、この場合はそうではない。仮にこれが単なる時雨の浪漫主義であれば紫苑までそのような事をする理由が分からない。

 

 技名などという物を考える一番の理由は、()()()()()からだ。

 

 突拍子もない意見に思えるだろうか。しかし、名前にせよ格言にせよ、言ってしまえば言葉というのは実に呪術の基本である。例えば、時雨には時雨という名の、紫苑には紫苑という名の『呪い』がかかっていると言える。

 

 例に挙げれば、過去の記憶などはまさに『言葉の呪い』による産物だ。過去は現実に存在しない。目の前に知覚できる現実はあくまでも現在なのである。写真や映像などの証拠が有ったとしても、我々が知っているのはあくまでも《そのような事があった》という『記録』である。決して過去の出来事を『知っている』わけでは無いのだ。

 

 禅で言うところの不立文字(ふりゅうもんじ)という物に似ている。過去は事実であったとしても現実ではない。しかし、我々はときたま過去が現実であったかのような錯覚をする。それどころか他者と共有すらできてしまう。あまつさえ、会った事も無い歴史上の人物をあたかも旧知の仲であるかのように語ることも出来る。

 

 それもこれも全て、言葉という物によって生み出された共同幻想によるものだ。そして、一度言葉として共通の抽象化がなされたものであれど、各個人に取り込まれれば再び具体化される。そして、厳然たる記憶となる。

 

 言い換えれば、過去という抽象概念を言葉によって『呪う』事で具象化している。これが我々が常日頃行っている『思い出す』という行為だ。

 

 最後に、この呪術を『技』という物に応用すればいい。元来、時雨にせよ紫苑にせよ、稀人のように異能の力を持つ者は、その力によって常日頃世界を呪っているに等しい。しかし、相手を毀傷(きしょう)するような強い行為には抽象の域を出ない呪いでは不十分なのである。

 

 例えば、「下段で滑り込み、斬り上げる技」などと思い起こしても、抽象的なイメージしか湧かない。言葉自体は具体的であるにも関わらず、冗長で陳腐な説明をしても世界は、自分自身を呪うのは困難だ。

 

 不思議なもので、『薄氷』という抽象的な名前を付けた方が技は具象化されて想起される。これは存外に言葉という物が変幻自在であり、文字数と含まれる情報とは必ずしも比例しないという性質に起因するのだが、いずれにせよ、時雨達はそのように世界を、自身を、技を呪う。

 

そして、時雨が選んだ『呪い』は、

 

「〝夜鳴之雷(よるなきのいかずち)〟」

 

 それを視認できるものなど時雨以上の速度を持つ仲間か、黄泉の雷神くらいのものだろう。人間には到底出せない速度と、同じく人外の膂力を伴った大太刀での居合一閃。あまりの威力に空気が揺れ、轟音が響き、切断部位は焼き切れている。

 

 巨大な二本の機械の腕は切り落とされ、更に衝撃波によって砕かれる。斬撃と衝撃波の二段構え、これがこの技の特徴だ。雷の名を冠する技なだけはあり、その威力は絶大だ。裏を返せば、あまりに広範囲な攻撃であるため『ビルの屋上』というようなある種独立した環境下でないと使えないというのが弱点ではあるが。

 

「たまにはこういう派手な技も良いよね」

「鼓膜が破れるかと思ったでありんす」

「どうせすぐ再生するでしょ。無問題だよ」

「この二百七歳児……」

 

 副産物的に移動も出来る技なので、ついでに紫苑と合流していた時雨。轟音に顔を顰める紫苑に対して、時雨は飄々と受け流す。とはいえ、速度を出しつつ静かに移動するというのは追及するには面白い議題ではあると時雨は思った。

 

(今度杏火(きょうか)あたりに聞いてみるか)

 

 時雨が自分以上の瞬間速度を持つくせに瀟洒に振舞える仲間の事を思い出し、今度色々聞いてみようと思っていると、弾丸が飛んできた。見れば、鴉祓が接近して回転攻撃を仕掛けてきていた。だが、丸鋸を破壊する前と違って時雨が大太刀で受け流せば容易く怯んでしまう。

 

「やはり、主が破壊した巨大な機械が防衛装置の役割を担っていたようでありんす」

「へえ……じゃあ、アレ含めてコイツだったんだ。まあ、もうどうでも良いけれど」

 

 鴉祓は弾丸を掃射しながら攻撃を仕掛けてくる。しかし、戦術も何も無い無策特攻など、時雨と紫苑からすればカモ以外の何物でもなかった。

 

 数分も経たないうちに、鴉祓はただの亡骸と化した。そして、二人が見ている前でその死体は霧散して消えていく。その過程で、この稀人を生み出した『呪い』が可視化されるように、つまり無数の文字となって浮かび上がる。『鴉』『祓』『群』『守』など、案山子のような姿をしていたことを考えると、群がる害鳥から田畑を守ろうとする思いが呪いとなり生み出された存在という事だろうか。

 

 時雨達が倒してきた稀人達も、狩鋭であれば『守』『警』『除』という文字が、妖鬼であれば『鬼』『力』『暴』というような文字が浮かび上がっていた。そして、同類である時雨や紫苑も死ねばこのような末路を迎える。実の所、現状は殆ど不死身と言っても良い状態の二人だが、それは掛けられた、もしくは生み出すに至った呪いが非常に強力なものであるからに他ならない。

 

「いつになったら終わりを迎えるのだろうね、僕達は」

「半ば、もうすでに終わっているようなものでありんすけどねえ……主など、三大欲求すら希薄な身で」

「食う、寝る、目合(まぐわ)うって奴? 確かに人間だった頃に比べれば希薄―――いや、生前も大して無かったような気が……そんな場合じゃなかったし」

「ほんだんすかえ? それは生物として正常とは言えないでありんすねえ」

「だけどさ、仮に僕がそれらを持ってたとして、この酸欠のような気怠い身体、抱いてはくれないだろう、誰も」

 

 紫苑はおもわず半眼で隣の剣士を見てしまった。紫苑が知っている部分の過去を鑑みても時雨は自分自身の容姿が優れている事は自覚しているはずだ。それにも関わらずこの発言である。寧ろ、時雨なら春ひさぎで稼げるだろうと紫苑は思っている。ごく短時間で、それもかなりの大金を。

 

 しかし、同時にこうも思うのだ。時雨の抱える闇は、そのように一夕一朝に解決する物では無いのであろうと。

 

現に、紫苑から見れば『抱かれたくないのだろう』と思う。過去に愛した人以外に、時雨がそこまで心を許す事はあまりない気がしている。それに、その相手との過去からして、性交にトラウマがあるのではないか? とも紫苑は思っていた。

 

「まあ、とりあえず帰りんしょう。棟梁に完了を報告しなければなりんせん。それに、警察の手際の悪さも」

「あー、それは、反論できない」

 

 人手不足とは言え、いくらなんでも手際が悪すぎると文句を言う紫苑。時雨も最近の依頼は殆ど後手に回った頃にしてくることといい、一言文句を言った方がいいだろうと思っていた。

 

 と、屋上から飛び降りて待っている警察たちと合流しようとして、しかし、時雨が表情を変えた。そして、紫苑に告げる。

 

「警察の中から稀人が生まれたらしい」

 

 事件はまだ終わらないようだ。

 




今作で技名を採用しているのはこういう理由ですね。言葉というのは『呪い』になる。良くも悪くも。そして、時雨達もそんな『呪い』から生まれた存在なのです。人間が嫌うのも無理はないかもしれない。とはいえ、少なくとも時雨は元人間であったようですが、一体過去に何があったのやら。

>最初のボス『鴉祓』

 案山子のような一本足の見た目だが、大きな二本の機械の腕を含めてが本体。初見殺し的な側面が強いため、時雨か紫苑の一人だけが来ていたらもう少し苦戦したかも。今までの敵も含め元ネタは無く、オリジナルである。
 時雨達の属する集団が八咫烏という名前なので、スケアクロウ、つまりカラスが怖がる案山子をボスにしてみた。
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