東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~ 作:三文小説家
時雨と小夜花は魔転楼の辺縁に立っていた。中心に位置する塔の内部とは違い上下左右の概念は比較的機能するが、それでも床やら何やらが虚空に浮いているのは初見であれば驚くだろう。
「ここから飛び降りれば死ねるのかな……」
とは、初めて魔転楼を訪れた際の小夜花の感想だが、魔転楼の開発が進んでいないこの虚数空間の様相は定かではない。浮遊する床から足を踏み外した者の末路が如何なるものなのか、誰も分からないのである。故に死ねるかどうかなど答えられないし、思わぬ二次災害は勘弁してほしいというのが正直なところだ。
さて、
八咫烏の面々が住むこの浮遊建造物について、もう少し補足説明を行おう。実を言うと、この建物は
そして、成長する住居である魔転楼の最大の利点は居住可能区域が実質的に上限知らずになるという事だ。何人職人や事務員を雇っても問題がない。しかし、その特性故に厄介な点もある。上述の通り、魔転楼が存在する空間は未知の要素が多い。住居が拡大した先に住人の安全を脅かす存在がいないとも限らないのだ。
よって、魔転楼が拡大した時にはその場所を調査する必要がある。時雨と小夜花はその調査に乗り出していた。
「言っておくけど、今からでも帰っていいんだからね?」
「もう、心配性だなあ……私だって引き際くらい弁えるよ。防御と
小夜花は今回が初陣だ。彼女は異能者であり、その不死性は既に周知されている。ただ、彼女の異能はそれだけにとどまらず、自身の血液を操作する事で攻撃に転用できることが判明したのだ。そして小夜花はそれが判明した瞬間に「闘う」と決意した。
「その治癒能力を使って後方勤務って選択肢もあったんだけどね」
また、小夜花の血液には他人の傷や毒を回復させる効果もある事が分かった。「まるでエリクシールだね……」と、孫一は不老不死の霊薬に例えていた。なお、その名前を聞いて酒のことしか思い浮かばなかった時雨は「人を酔わせる効果でもあったのかな」とやや的外れな勘違いをしていた。
「もし、私に治癒能力
「……どうぞ」
「君は色々動き回ってるから分からないかもしれないけど、待ってるだけっていうの、つらいんだよ?」
時雨はその言葉に反論できなかった。前妻である真夏が、時雨が任務に出かける度につらそうな顔をしていたのを思い出してしまったのだ。真夏は異能者でも稀人でもなかったから、戦闘が伴う任務には連れていく事が出来ない。だが、ならず者に誘拐された時ですら見せなかった表情は、時雨の脳内に残り続けている。
「弱いから、戦闘能力が無いから、足手纏いになるから、かえって好きな人の命を危険に晒すからついてくるなって言うならまだ分かるよ。でも、守りたいから、なんて理由で遠ざけられるのは、納得できない、拒否する、受け入れられない」
静かに感情を爆発させる小夜花。守りたいから待っていろ、などと、守る側の欺瞞でしかないのかもしれない。結局、好きな人が傷つくのを見たくないという個人的な願望に依るものなのだから。
「私と出会ってから君が任務に行った日、物凄く心細かったし、不安だった。自分に干渉できない場所で君が闘ってるって思ったら……生殺しだよ。こんなの」
小夜花はそう言うと、その可愛らしい顔を皮肉気に歪めた。
「だから、ごめんね? 私が闘うのは、徹頭徹尾私のエゴ。時雨くんのためだとか、そんな献身的な理由じゃない。君の思い通りに動くには、私は弱すぎるんだよ」
我儘で、卑屈で、いじらしい……どこまでも自分の性癖を抉ってくる小夜花を、時雨は愛さずにはいられない。「結構女の趣味悪いのかもしれないな」と我ながら思う。
「せっかく僕以外見えないようにしようと思ったのに……どこまでも手が焼けるというか」
時雨は小夜花の手を掴んで自分の方に向かせる。
「妬かせてくれるね……僕以外の事に目移りして」
小夜花は一瞬あっけにとられた。しかし、自分に向けられた的外れな独占欲に歪な、だが確かに喜びの感情が籠った笑い声をあげる。
「あは、あは、あは? 本当に女心の分からない人……君以外見えてないからこんな事するんじゃない。君の隣に立つのは紫苑さんでも、美沙さんでもない。私以外にありえない。そんな黒い感情だよ」
「そうか……きっと、そうだね」
「好き……好きだよ時雨くん。これでずっと一緒」
二人がお互いの腰に手を回し、抱き合った所で動きを止める。
「……上客が来てしまったようだね」
「招待状は出してないんだけどなあ」
通路の両脇に
「
呪うのは流血を好む異常性か。赤い方は曲刀を、青い方は双鉤刀を手に灯篭から飛び上がり、二人に襲い掛かる。リア充撲滅委員会の会員らしい。
赤い方は時雨に襲い掛かり、青い方は小夜花に襲い掛かった。時雨は攻撃をいなして刀の鞘で赤い骸套をド突きながら小夜花を見る。今回は共闘こそするが、過剰な手助けはしないことに決めていた。この程度の事に対処できないようでは到底小夜花を連れていく事は出来ない。
「やっ!」
だが、そんな時雨の心配とは裏腹に小夜花は実に逞しく闘っている。敵が振り下ろす鉤刀を蹴りで弾き返していた。更に、怯んだ敵に対して連続の回し蹴りを追撃している。というか、武器を持たずグローブだけを嵌めて出てきた時点で薄々察してはいたが、かなりインファイトな戦闘スタイルらしい。
(末恐ろしいな。僕の彼女)
居合の体制から疾走し、その軌道にあるものを切り刻む〝閃影・雨車〟にて赤の骸套を
一方で小夜花は空を飛ぶ青の骸套から放たれる真空波の雨を舞うように避けていた。紫苑から教わった戦闘方法をしっかりと身に着けている。敵との位置は離れてしまっているが、こういう時は焦らずにタイミングを見計らうのが吉である。
やがて、骸套が回転しながら小夜花に急接近してきた時が小夜花の攻撃チャンスとなった。小夜花はサマーソルトキックで攻撃を弾いて回転を止め、更に浮き上がったままで連続蹴りをお見舞いし、更に流星脚の要領で落下攻撃をお見舞いした。
「おー、凄い」
赤い骸套に斬撃を飛ばしながら時雨が呟く。小夜花の修業風景は何度か見ていたのだが、初の実戦では多少動きにぎこちなさが出るものだと思っていた。故に、極力手は出さずとも本当に危なくなったら助け出すつもりではあったのだが、
(紫苑達にコッテリ絞られたようで……)
小夜花に修行をつけたのは八咫烏の女性陣である。時雨をして『性悪』と言われる紫苑を筆頭とする連中なのだから、当然素直な攻撃ばかりが飛んでくるわけもなく、卑怯、搦手何でもござれだった。毒、糸、水攻め、捻じ曲げ等々、多種多様に嫌な攻撃が飛んでくる。いくら不死身のアドバンテージが有るとはいえ、小夜花も無敵ではない。殺せずとも無力化する手段など幾らでもあるのだ。
そしてその甲斐あって、初の実戦とは思えない程に立ち回っているのである。
「結構やるじゃん。あんまり心配しなくてもよさそうかな?」
「流石に一人じゃ二体相手は厳しいよ」
「無理とは言わないんだね」
二体の骸套は既に戦闘不能に陥っている。とはいえ奴らに話は通じない。闘いは相手の命を奪うまで終わらないのだ。
「じゃ、レディーファーストで」
「そうだね。とどめは私が刺すよ」
初の殺しに躊躇する、というのは定番だろうが、生憎と小夜花はそんなタマではない。彼女本人の気質もあるだろうが、紫苑達に稽古をつけられてそんな生易しい行動を取れるわけが無いのだ。
小夜花は自身の血液を操り異能を発動する。彼女の掌に血液が集まった。
〝
そしてその血塊を骸套に向けて掌打の要領で飛ばす。
〝
敵に衝突した血塊は花火のように爆ぜる。それは、小夜花の初陣は実に華々しく勝利に終わった事を示していた。
「しかし……改めて見ると凄い格好してるね」
時雨は小夜花の服装を見て感嘆半分呆れ半分の声を漏らす。
それもそのはずで、小夜花の服装は上半身は腕、肩、背中を大胆に露出させ、下半身は素肌こそ見えていないものの後ろの布だけを伸ばしたチャイナドレスのようなスカートにスパッツという、脚のラインがまる分かりな衣装となっている。
「あ、これ? ふふ、良いでしょ。私の血で作ったんだ」
実に反応に困る事を笑顔で言う小夜花。まあ、布の服を着て一々駄目にするよりは建設的な判断かもしれないが。
「あ、もしかして変なこと想像しちゃった? 外部由来の素材の服着てないから実質全裸とか」
「否定はしないよ。スタイリッシュ痴女」
「なんか嫌だなその言い方」
とはいえ、小夜花なりに色々考えた結果なのだろう。血液を操るという異能の都合上、上半身はある程度露出していた方が勝手が良いのだろうし、格闘技で足技を使う時にはスパッツの方がやりやすいのは分かる。
色々と防御力を捨てていそうな服だが、小夜花が良いなら良いか、と思考を落ち着けた時雨であった。
「なんだいなんだい、もうドンパチやってんのかい」
虚空から声がしたかと思えば、突然孫一が現れた。思わず小夜花が身構え、味方と分かると構えを解いた。
「アンタそのうちフレンドリーファイア喰らいそうだよね」
「やったら殺すぞ?」
孫一は背中に生えた翼を介して離れた空間を接続する能力を持っている。どうやら触れた物を転移させる事も可能なようで、その対象に孫一自身も入っているのだ。なお、翼は消すことも出来る。便利なものだ。
「というか来るの遅くない? もう小夜花の見せ場終わっちゃったよ」
「見せ場って事はちゃんと闘えたんだねえ。
元々時雨、小夜花、孫一の三人で未踏破区域を探索する予定だったのだが、時雨と小夜花が予定より早く来たのである。
「ごめんね~。二人きりにしてあげられなくて」
「大丈夫です。いつもお家デートしてるようなものですし……孫一さんはゆっくりしてなくていいんですか?」
「自分の組織の拠点の構造くらい自分で把握してないとねえ」
「あ、ちゃんとしてる」
「あとこれでようやく書類地獄から解放される」
「そっちが本音だろ」
小夜花が感心した瞬間に本音と思しき内容を真に迫った口調で漏らす孫一。時雨から呆れの視線を頂戴している。
「まあいいじゃん。孫一さんにも休ませてあげようよ」
「ホントいい子だよねえ、小夜花ちゃん。なんで
「ほっとけ」
そんな緊張感皆無な会話をしながら三人は探索に足を踏み出した。
最近だとあまり流行らないかもしれないが、修行シーンとかは過去回想や地の文で軽く振り返るだけの形にして、あんまりガッツリは書かないと思います。強さに説得力がないとか言われそうですけどね。
理由としては、予定している登場人物がかなりの人数で全員分書いてたら寿命が尽きるのが一つ。あとは、登場人物によっては実戦で生き残るにつれて身に着けたとかで修行シーン自体が存在しないとか、時雨と小夜花に関しては結構修行内容がエグイので……例えば小夜花は地の文で少し書きましたが、毒で苦しみながら切り刻まれながら水に沈められるというような描写が無限に続きます。時雨も過去篇で言及する心算ですが、別の意味でエグイです。
備忘録
骸套:赤と青の外套を纏う骸骨の姿をした二体一対の稀人。元ネタは赤いマントと青いマントという都市伝説。
小夜花:ヒロインの鑑か、ヒロインのクズか……個人的には前者。自分のエゴが恋人への献身に繋がっている。適度に頭もトんでいる。余談だが、技名に『○○の舞』と入るのは紫苑が師匠だから。