東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~ 作:三文小説家
三人は新たに拡張した魔転楼の一角を探索していた。最初の骸套の強襲以外は目立った敵襲が無い。何も無い事に越した事は無いが、静かすぎて却って不気味だ。
「此処は何に使ってやろうかねえ。ヒッヒッヒ」
と、ここで捕らぬ狸の皮算用をする烏が一匹。童話に出てくる悪い魔女のような品の無い笑い声を上げるのは、八咫烏の棟梁である雑賀孫一である。
「金の亡者が机上の空論をよくもまあ」
その様子を見て時雨が軽く皮肉を言う。日本の未来よりも目先の報酬の心配をするあたり、あまり間違ってはいないだろう。
「良いジョークだねえ。言ってる奴と言われてる奴が亡者ってのが最高に笑える。あんまり心配性だとハゲるよ。ただでさえ不健康そうな見た目だってのに」
「アンタは死んでた割には顔色がいいよね」
亡者同士で生産性の無い会話を繰り広げている。そもそもこの空間自体詳細がよく分かっていないので、或る意味危険地帯ではあるのだ。
「こんな広い空間で何もないなんてことあり得るんでしょうか……もしかしたら何かのテリトリーに不法侵入してるのは私達の方だったりして」
「少なくとも調べた範囲では何も無いんだよねえ。私の仮説じゃあ、次元断層みたいな場所ってなってるが」
「じげんだんそう?」
魔転楼に来たばかりの頃は他の事で精一杯だったため、その事については聞いていなかった小夜花。今更と言えば今更だが、魔転楼の立地に不安を感じてきたらしい。
「小夜花ちゃん達人間が住んでる世界が実数空間、これは良いよね?」
「はい」
「そしてその実数空間とは別の軸に存在するのが虚数空間。通常、実数的な手段じゃ観測できない空間だ。次元断層ってのはその一種みたいなもんだね」
実は、この世界では異世界の存在自体は観測されている。あくまで小夜花達が住む空間と別の実数空間という意味でだが。そして、次元断層というのはその実数空間の狭間にある虚数空間だと言う。
「ええと?」
「まあ、公海みたいなモンだと思ってよ。ほら、領海にも経済水域にも属さない部分があるでしょ? 海がデカくて国の所有権が届かないって奴。ちょっと違うけどあんな感じさ。実数空間を国と置き換えて、その領海や国境から外れた場所って感じ」
「まあ、これに関してはそういう物だと思ってよ、小夜花。詳しく話し出すと鼻水止まらなくなるだろうし」
「う、うん。分かった……」
時雨の言葉に小夜花は少し曖昧に頷くが、こればかりは仕方が無い。前話で記した通り、孫一には空間を操る能力がある。そして、その過程で時折虚数空間に繋がってしまう事が有ると言うのだ。その経験から導き出されたのがこの結論であり、この空間自体、能力発動に失敗して見つけたと語る。
「まあ、仮に誰かの所有物だったとして、正直知るかって話なんだよねえ……人間だって月やら深海やら探査機送り込んでるじゃないか。何があるか分からないってのに。それと同じだよ。入り込んだ時点で言わずに後出しで文句言われたところで、ねえ?」
「ご、ごめんなさい……」
「あ、いや、別に小夜花ちゃんを責めたわけじゃなくてね?」
結構小夜花が真に受けてしまったので焦る孫一。早急に話題の転換を図った。
「さーて宝探しじゃアァ!!」
「露骨な話題転換お疲れ様です」
少し申し訳なさそうな小夜花と、呆れた時雨を伴って探索を続けた。
その後、一頻り歩き回ったのだが特に危険な要素は無かった。強いていうなら最初に襲撃してきた骸套程度のものである。それくらいのものなら日常茶飯事である為、問題なく人を入れられそうだと結論付けた。
「せっかく身体を動かせると思ったんだけどねえ……」
「残念だったね。まあ、小夜花が闘えることが分かったんだし、いいじゃない」
「時雨くん、最初の目的忘れちゃってるよ。このエリアの安全を調べるためでしょ」
「まあ、君が使えるかどうかってのも確かめたかったし、それはそれでいいけどねえ……」
孫一は時雨が恋人可愛さに虚偽の報告をしているとは考えていない。そんな事をすれば最終的に困るのは小夜花であるし、彼女が戦線に参加する事を最も渋っていたのは時雨だからである。寧ろ、小夜花が戦えないというのであれば、嬉々としてその旨を報告するだろう。
「私はまた書類地獄に逆戻りだよ……伝説の鉄砲使いの名を継いだ私が、今ではペンと印鑑を握っている……」
「なんかちょっと可哀想になってきました」
「どれだけサインと印鑑が必要なんだよ……」
組織の長である孫一に承認を求める書類も多く、ワープロで打ち込んでコピーするわけにもいかないのが辛い所だ。彼女の直筆でなければ意味が無いのだから、当然ではあるが。いまや傘下の団体は数十を超え、孫一だけでなく、事務員の忙しさは留まるところを知らない。
「というか、書類が多いとか仕事が忙しいとか……八咫烏結成当初の事はよく知らないけどさあ、いつの時代だって集団のトップってのはそういう物だと相場が決まってるだろ。四百年も経ってから文句言うなよ」
そう言うと、孫一は自身の所有する銃を時雨に向けた。
「四百年が気に障った?」
「女性に年齢を聞くなって教わらなかったか?」
「紫苑に聞いた気もするけれど、物覚えが悪くてね。まあでも、いくらかマシな気分じゃないの? さっきの腑抜けた表情より生き生きしてるし」
孫一はその言葉を聞いて鼻を鳴らしながら銃を収めた。小夜花は味方同士の喧嘩にオロオロしていたが、八咫烏や第捌機関の間では日常茶飯事なので慣れてもらう他はない。とはいえ、小夜花も魔転楼に来てからは身内同士の
「フン、まあここには何も無いようだし、仕事に戻るとするかねえ。これ以上年寄り扱いされても叶わん」
「結構気にしてるみたいだよ、時雨くん」
「まあいいんじゃない? 孫一はやる気がない時は本当に動かなくなるから、こう言うふうに何かしら発破かけないとね」
「何か言ったかクソガキ」
「時雨くん。詭弁って言うんだよ、そういうの」
「はいはいどうもすみませんでした」
二対一で責められては流石に時雨も謝らざるを得ない。孫一が小夜花の後ろでニヤついているのは見なかったことにして、時雨は形だけ謝罪した。先程も記述した通り、この程度のプロレスじみた会話は日常茶飯事なのだが、その辺はまだまだ純粋な小夜花に窘められてしまった。
と、その時何かが衝突したかのような衝撃が彼らのいる場所を襲った。
「何やってんの。年寄りカラス」
「ド突きまわすぞ」
「どう考えても地面自体が揺れてるからね」
「小夜花に寄りかかってるからそうなるんだよなあ」
身長差がちょうど良かったのか小夜花の頭を肘置きにしてもたれかかっていた孫一は、揺れに合わせてよろめいてしまった。
とにもかくにも、まずは揺れの原因を特定しなければならない。しかし、それは思いの外早く見つかった。魔転楼外縁部に巨大な船が体当たりしていたのだ。
「こりゃ珍しい! 次元海賊の類だ」
次元海賊とは、虚数空間から実数空間に強襲し人間に危害を加える主に稀人の集団である。虚数空間は人間には観測が困難だが、異能者や稀人にとっては容易であることも多い。そして、それを悪用したのが次元海賊というわけだ。
人間を襲うのは大多数の稀人にとっての本能と説明が付くが、人間と協力関係を持たない稀人が財貨を奪った所で何に使うのかは不明だ。知らないだけで稀人同士で取引でもしているのだろうか。警察が聞いたら発狂しそうな発想である。
「ウチに海賊が来るのは半世紀ぶりかねえ」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 闘うなり話し合うなり対策しないと……」
「後者は不可能だよ小夜花。海賊共は殺して奪うのが目的。実にシンプルで交渉の余地なんて無いよ」
「時雨の言う通りさ。現に……」
船から降りた稀人達は既に戦闘態勢だった。殺意と欲望に塗れたその姿は、とても話し合いなど出来る状態ではない。
「向こうはやる気みたいだしねえ!」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか!?」
「向かってくるなら、殺さなきゃね♪」
「君もなの!?」
嬉々として銃を構える孫一や居合の体制を取る時雨を小夜花が「信じられない」という様子で見ている。実際に戦闘になれば躊躇いはしないのは確かだが、本来は穏やかな性格なのだ。
しかし、どんな精神状態にせよ、降りかかった火の粉は
「背後ががら空きだよっと」
そして妖鬼の背後に回った形となった孫一は追加の銃弾を連射する。彼女が持つ銃の見た目は戦国時代の火縄銃そのものなのだが、度重なる改造と孫一の能力によって性能面は現代の銃器を上回る。連射も特殊弾も思いのままだ。しかし、そんな銃を片手で扱えてしまうあたりが孫一が人外の存在であることを殊更強調している。
妖鬼が銃殺されたのを見てか、賊は更に多数で襲い掛かる。しかし、孫一は精密な射撃と空間転移の能力で敵を翻弄する。射撃しては消え、また背後から撃つ。ただの射撃かと思いきや三方向に分裂した弾道が飛んでくる。オマケに迂闊に殴りかかろうものなら銃身で受け流されカウンターされる。
「地味に強いよね。孫一は」
「地味って言うな。ただでさえ、ここで海賊共が襲ってこなかったら私はお前達の後ろからついて来ただけの微妙な奴で終わったってのに」
「意外とそういうの気にするんだね、アンタ」
時雨と孫一が話していると、
この稀人の名前は〝
「デカけりゃ良いってわけでもないよねえ」
孫一はそう言うと銃を構えた。小夜花はその巨体に少し怯んだが、修行の賜物かすぐに持ち直している。
目一鬼が大槌を振り下ろすと、三人はその場から飛びずさって回避する。その直後に時雨は『黒夜行』を飛ばし、その斬撃に乗って接近。痛烈な居合切りを喰らわせる。
小夜花も負けてはおらず、振り下ろされた大槌を足場にして飛び上がり、相手の一つ目を目掛けて流星脚を喰らわせる。失明はしなかったようだが目一鬼にとってはかなりの痛手であった。
「ウオオ!」
しかし、目一鬼もただではやられず、自身が持つ豪腕で地面に降り立った小夜花を打ち付ける。小夜花は瞬時に防御姿勢を取り、攻撃の威力を逆用して距離を取ろうとするが、その前に乱暴に振り回された大槌が小夜花の脚を押しつぶした。
「きゃ!!」
突如として襲う激痛に思わず悲鳴を上げる小夜花。だが、咄嗟に放った血液の凶弾が鬼の目に強かに打ち付けられた。
「小夜花!! 大丈夫!?」
思わず時雨が駆け寄るが、小夜花のダメージは殆ど回復していた。小夜花は「大丈夫」と気丈に答えると立ち上がり、軽く跳ねて足の状態を確認する。
「油断しちゃったなあ……」
「すぐにそんなに立って平気なの?」
「殆ど再生したから大丈夫。むしろ今では相手に仕返ししたくて仕方ないよ!」
喉元過ぎれば熱さを忘れる、という訳ではないだろうが、小夜花の中では痛みへの恐怖よりも戦意が勝っているようだ。確かに脚も震えておらず、即座に戦闘態勢を取っている。
時雨は恋人の逞しさに感動するとともに、やはり一抹の末恐ろしさを感じてもいた。自分の十分の一にも満たない期間しか生きておらず、闘うようになったのも最近だと言うのに心構えが一流の戦士である。
痛みから回復した目一鬼が再び大槌を振り下ろす。しかし、今度は小夜花がその一撃を蹴り返す。流石に相手も予想していなかったのか、かなり驚いている。近くで見ていた孫一も「え、マジ?」と小夜花の成長スピードに驚いていた。
〝
だが、小夜花はその一瞬の隙を見逃さずに自身の異能により強力な攻撃を加える。飛ばした血塊が爆ぜるや否や、小夜花は敵に接近し鉄拳を喰らわせた。掌底ではなく鉄拳である。威力も相まって、表面上は冷静だがかなり怒っている事が見てとれた。
「ほっ、やっ、たぁ!!」
小夜花は更に鉄拳と蹴りの雨を浴びせる。そして飛び上がって回し蹴りを喰らわせた。上げる声は可愛らしいが、攻撃の威力は可愛げが無い。なお、小夜花が空中でもある程度自由に動ける理由だが、それは血液で作った花を足場にしているからである。
そして、小夜花は自身の背中から緋色の蔓を出すと、鬼の目を貫いた。完全に目が据わっている。
「ウガァァァァ!!」
視力を失った鬼は出鱈目に拳や槌を振り回す。しかし、小夜花はその暴威に動じることなく背中の蔓を四本に増やすと、二本は相手の拘束に、もう二本は敵の殲滅に使った。
〝
二本の蔓が情けも容赦もなく鬼を切り刻む。小柄な少女の血液は今この時、可憐な花ではなく敵を処刑する刃となっていた。
やがて目一鬼が完全に死に至ると、小夜花は異能を解除した。小さく、「ごめんね」と言いながら。それは敵対したが故に殺害するしかなかった事への懺悔か、それとも攻撃を受けた腹いせの、半ば八つ当たりじみた凶行の謝罪か。
まあ、どちらにせよ敵を倒したことには違いない。時雨は何も言わずに小夜花の頭を撫でた。小夜花はそれに少しだけ笑みを零す。
だが、海賊の襲撃自体はまだ終わっていない。微笑ましい光景を見ながらも、孫一は部下達に指示を飛ばす。
「ウチのシマを荒らす命知らず共に引導を渡してやりな。存分に殴れ、撃て、斬れ、殺せ」
無造作に足を叩き潰されるヒロイン、小夜花。主人公は何やってんだ主人公は。まあ、マジレスすると時雨にだってどうにもならんことはある。何気に小夜花の反撃もエグイけどね。
備忘録
孫一:主武装は銃。火縄銃だけなのは外見だけの高性能。元ネタからして他の武器は有り得ないと思った。
次元断層:SFでもファンタジーでもそこそこ見かける亜空間や次元の狭間の類。
次元海賊:上述の次元断層を活動拠点とする犯罪組織。或る意味八咫烏の亜種と言える。
目一鬼:名前の通り一つ目の鬼で、通常の妖鬼よりもデカい。戦闘方法はその膂力を生かしたパワー系。元ネタは阿用郷の鬼で、日本の現存する文献で最古の鬼の記述とされる。
麝香の舞・連理零落:血液を蔓のような形にして相手を刻んだり拘束したりする技。落椿共々汎用性が高いため、今後も登場すると思われる。元ネタはスイートピーの和名である麝香連理草。