あの物語をピカチュウ視点から。
※ピカチュウの一人称です。
※キミにきめたのネタバレを含みます。
pixivにも投稿したものです。
第一印象は、「変なヤツ」だった。
オーキド博士が言ってた。その日はニンゲンの子供にとって、とても大事な日なんだって。旅立ちの日なんだって。
そんな大事な日に、約束の時間に遅れてくるんだから、ソイツは間抜けなヤツに違いないと思ってた。実際、現れたソイツは寝間着のままで、頭もくしゃくしゃで、間抜け面だった。
ボクのことをいきなり持ち上げたから、威嚇も兼ねて電撃をお見舞いしたら、ソイツはビリビリしながらニマニマ笑ってた。変なヤツ。
ボクがモンスターボールに入るのを全力で拒否したら、ソイツはボクのことをヒモでぐるぐる巻きにした。ソイツはそのまま、ボクを引っ張って歩く。嫌なヤツだと思った。
「キミは俺のことが嫌い?」
ソイツはそんなことを聞く。ヒモでぐるぐる巻きにしておいて、好かれてると本気で思ってるんだろうか。自分をぐるぐる巻きにしたヤツを好きだなんて言うヤツ、いるわけがない。
「俺はキミのことが好きだよ」
ヒモで縛っておいて良く言うよ。そう思いながらソイツを見上げたら、ソイツはヒモを外してくれた。自分で言うのもなんだけど、なついていないボクは逃げ出すかもしれない。それなのに、外してくれた。
……変なヤツ。名前は、サトシ……だっけ。
サトシは野生のポッポを見つけると、目をキラキラと光らせた。いきなりボールを投げたけど、ポッポはあっさり出てきてしまう。そんなに簡単に捕まるわけないのに。
ケラケラ笑っていると、手伝えって言われた。やだね。サトシみたいな間抜け、主人だなんて思ってない。まだオーキド博士の方がマシ。
サトシはムッとした顔で、ポッポに向かって小石を投げた。大外れ。サトシの小石はポッポじゃなくて、オニスズメに命中した。オニスズメは怒って、何故かサトシじゃなくてボクに向かってきたけど、電撃一発で逃げてった。ふん、鳥ポケモンなんて、ボクの敵じゃないや。
……でも。逃げたオニスズメは、大きな群れを引き連れて戻ってきた。一匹は敵じゃない。二匹でも楽勝。三匹でもまだまだいける。四匹、五匹――さすがに、やばいかも?
「逃げるぞ!」
言われるまでもなく、ボクは走り出す。サトシと一緒に。
どれだけ走っても、オニスズメはしつこく、しつこく追いかけてくる。鋭いくちばしで、何度もボクを突く。
「やめろ!」
サトシがボクを抱き抱えて走る。ボクの代わりに、サトシが突かれる。何度も、何度も。だけど、サトシはボクを放そうとしない。狙われてるのはボクだから、ボクを放り投げればサトシは助かるのに。サトシはボクを放そうとしない。
「う、わっ!」
ちょっと前から降りだした雨は、もうすっかり嵐だ。視界も悪いし、足元も悪い。サトシは何かにつまずいて、思いっきり転んだ。放り出されたボクは、もう立ち上がる力もない。そんなボクを見て、サトシが顔を歪めた。
「こんな、こんなのって……」
サトシの顔はびしょびしょだ。ねえ、それは雨のせいだよね?
オニスズメはまだ追いかけてくる。
サトシはボクの前にボールを置いた。ボクがそれを嫌いなのは知ってる、でも入ればボクは助かるって言って。
サトシは立ち上がった。立ち上がって、ボクに背中を向けて、つまりオニスズメの方を向いて、両手を広げた。どう……するつもり?
ねえ、どうするつもり? キミは電撃を出せないし、鋭いくちばしもないし、ひのこも、みずでっぽうも、つるのむちだって使えない。それなのに、どうするつもり?
ボクをボールに閉じ込めて、たった一人で立ち上がって、どうするつもり?
どうして、ボクをかばおうとするの?
気がついたら、ボクは動いてた。地面を蹴って、サトシの肩に飛び乗って、オニスズメの群れに向かってジャンプして、身体中に力を込めて、ありったけの電撃を出した。
サトシはようやく目を開けた。もうとっくに雨はあがってた。ボクはサトシを安心させたくて、大丈夫だよって言ったけど、分かってくれたかな?
サトシは笑った。へとへとの笑顔。でも、もう間抜け面なんて言えないね。
空を見たら、虹が出てた。すごくきれい。虹色のポケモンが飛んでいった。虹色の羽が落ちてきて、サトシがそれを拾う。
「ピカチュウ、いつかあいつに、会いに行こうぜ!」
うん、会いに行こう。絶対に。
キミは、変なヤツ。だけど、このときボクは、そんなキミともっと一緒にいたいって、そう思うようになっていたんだ。
サトシが、負けた。ヒトカゲを捨てたあの嫌なヤツに、負けた。ヒトカゲはリザードに進化して、強くなって、アイツを見返してやれると思ったのに。
サトシは苦しそうな顔してた。なんで勝てないんだって、そう呟いて。リザードじゃなくてボクなら勝てたって……それは、言っちゃだめなこと。
サトシ、それは本心? リザードが戦うことに、意味があったんじゃないの? ねえ、サトシ。
「俺は……間違ってないよな?」
ボクは、嘘をつきたくない。サトシは間違ってるって、首を振る。サトシはもっと苦しそうな顔になって、向こうを向いた。
「最初にもらったのがゼニガメか、フシギダネだったなら……」
……だったなら、なに? ボクじゃないほうがよかったの?
ボクを博士のところから連れ出したのが、キミじゃないか。ボクはいやがったのに、ボクが好きだと言って、引っ張ってきたのがキミじゃないか。ねえ、そんなことを言うの? サトシ。それはキミの本心? サトシ。ねえ、サトシ!
ボクは立ち止まった。サトシは歩いていく。その背中が、森の中に消えた。
マコトとソウジがボクに追い付いた。ボクが一匹でいたからか、すごく心配そうな顔をしてた。
二人はサトシを探そうとする。ボクはついていくかどうか迷った。だって、サトシはボクを要らないって言ったんだ。サトシを探して追い付いても、ヒトカゲのように捨てられるかもしれないから。
それでも、やっぱりボクは、サトシを探すことに決めた。だって、ボクはやっぱり、サトシともっと一緒にいたいから。一緒に、虹色のポケモンに会いに行くって約束したんだから。
見つけたサトシは、木の根元で眠っていた。今にも泣きそうな顔で、うなされていた。
目を開けたサトシが、ボクを見る。目を見開いて、それから歪めて、ボクを抱き締める。ちょっぴり苦しかった。だけど、嬉しかった。一人でいる間に、何があったのかはわからない。だけど、そこにいたのは、いつも通りの、ボクの大好きなサトシだった。
それからたくさん、たくさん歩いて、ボクらは虹色のポケモンが来るはずの山にやって来た。もうちょっとで、てっぺん。
だけどそこに、あの嫌なヤツがまた現れた。サトシは勝った。リザードンでソイツに勝った。それなのにソイツは、サトシから虹色の羽を奪って、虹色の岩に掲げた。
サトシの虹色は、ソイツの手の中で色をなくしていって、怒ったマーシャドーがソイツを放り投げる。ルガルガンがソイツをかばう。でも、マーシャドーに操られて、ルガルガンはソイツを攻撃し出す。
ソイツがひどい目に合うのは自分のせいだから、なんとも思わない。だけど、マーシャドーはボクらまで攻撃してきた。回りにいた野生のポケモンたちを操って、ボクらを山から追い出そうとした。マーシャドーから虹色の羽を取り戻すために、ボクらは必死で戦った。
でも、とうとうボクらは追い詰められた。逃げ場はなくて、ボクはボロボロで、リザードンは遠くにいて、サトシには何もない、はずだった。
「この中に、入ってろ」
サトシがボクの目の前に置いたのは、モンスターボールだった。なんだか前にも似たようなことがあった気がして、ボクはサトシを見上げる。
「この中にいれば、お前は、助かる」
ボクは? サトシは?
サトシは立ち上がった。立ち上がって、ボクに背中を向けて、つまり野生ポケモンたちの方を向いて、両手を広げた。どう……するつもり?
ねえ、どうするつもり? キミは電撃を出せないし、鋭いくちばしもないし、ひのこも、みずでっぽうも、つるのむちだって使えない。それなのに、どうするつもり?
ボクをボールに閉じ込めて、たった一人で立ち上がって、どうするつもり?
オニスズメに襲われたときの記憶がよみがえる。サトシは、またボクをかばおうとしている。なんの力もないくせに、ボクを守ろうとしている。
ボクは地面を蹴って、サトシの肩に飛び乗って、ポケモンの群れに向かってジャンプして、身体中に力を込めた。ありったけの電撃を出そうとした。
でもその前に、サトシがボクを抱き抱えた。ボクらはバランスを崩して、地面に横たわった。なぜ、とサトシの目が聞いてくる。それはこっちの台詞だよ。
サトシ一人を、危険な目に合わせたりしない。だって、だってさ。
『ずっと、一緒に、いたいから』
サトシの目が、驚いたみたいに丸くなって。それから、ボクは赤い光に包まれた。ボールに入れられたと気づいてあわてて出てくると、ボクの頭の上にサトシの帽子。
サトシは? 前を見たら、サトシは倒れたままで。帽子だけ吹っ飛ばされたみたい。ボクはサトシに駆け寄った。
サトシ。サトシ。起きてよ。攻撃が止んだ、今のうちに逃げよう? ねえサトシ、起きてってば。帽子も無事だよ? ねえ。ねえ。ねえ!
ボクが声をかけても、サトシは起きてくれない。サトシ、どうしたの? なんで動かないの? なんで透き通ってるの? なんで消えていくの……?
帽子、受け取ってもらえなかった。サトシ、消えちゃった。どこかに行っちゃった。ずっと一緒にいたいって、そう言ったのに、ボクは置いてきぼりにされちゃった。サトシのバカ。バカ。バカ。一緒に虹色のポケモンに会うって、そう言ったじゃないか。もう少しなんだぞ。約束破るなんてサイテーだ。だいっきらいだ。嘘つきのサトシなんか、だいっきらいだ。
うそ。うそ。うそだよ。大好きだよ。サトシのこと、大好きだよ。だから戻ってきて。お願い、ボクのところに戻ってきて。また笑って見せて。サトシ、サトシ、どこ行っちゃったの? ボクを置いて、一人でどこにいるの? サトシ、やだよ。置いていかないでよ。一緒にいようよ。サトシ、サトシ、サトシ!
―――……ュウ
声……?
―――ピカ……ュウ
ボクを呼んでる。この声は……。
―――ピカチュウ!
ボクの目の前に、虹色の光。声は、その中から聞こえる。大好きな、大好きなその声!
「ピカチュウ!」
「ピカピ!」
光の中に、サトシがいた。ううん、光が、サトシだった!
サトシ、サトシだ! バカ、勝手にいなくなるなんてバカ! だけど戻ってきてくれたから、もうなんでもいいや! 大好きだよ、サトシ!
虹色の羽が、色を取り戻す。サトシがそれを虹色の岩に掲げると、空に大きな虹がかかって、虹色のポケモンがやって来た。あの日見たのと同じ。すごく、きれい。
これで、あの日の約束は終わっちゃった。だけど、ボクらの旅が終わったわけじゃない。ボクとサトシは、まだまだたくさん歩く。歩く。時には走って、でもずっと一緒。
『ずっと、一緒に、いたいから』
サトシにはポケモンの言葉がわからない。だけど、あの言葉は通じてるような気がした。だって。
「ずっと一緒だよ、ピカチュウ」
サトシは、そう言ってくれたから。