これは、主役になれなかった者の物語。
―…
「…暇だ。」
夏も過ぎたと言うのに、まだ暑さが残るとある日。
ここ、決闘市の南地区で…
何でもない、記憶にも残らないようなそんな怠惰に過ぎる日常を。1人の青年が、この公園のベンチでただただ無駄に過ごしていた。
ソレは自堕落な生活を送っているのか、痛んだ金髪をそのままにした…染められていない根元が黒くなってきている、無気力な姿を見せる1人の青年。
『元』決闘学園サウス校、袴田 光一。
そう、昨年度の【決闘祭】で、サウス校の3年生として出場した彼は…卒業を迎えたというのに、未だ定まらぬ進路に行き詰まり。こうして、何も予定のない人生をただただ無気力に過ごしていたのだ。
…昨年、20万人を超える昨年度の学生の中から、見事【決闘祭】の出場をつかみ取ったほどの実力者であるはずの彼の姿はどこにもない。
この平日の昼下がりの公園に居るのは、部屋着のようなよれたTシャツに半ズボンという、少々だらしの無い恰好をした、高等部を卒業している歳なるも、いまだ大人になりきれていないといった印象を抱くような自立からは程遠い雰囲気をしている一人の男の成れの果て。
そう、いくら昨年の【決闘祭】の結果が、1回戦敗退と振るわなかったとは言え。【決闘祭】から1年経った今もなお、だらしなくソレを引きずっているかのような今の彼のその姿は…
ともてじゃないが、自信に満ち溢れていた去年の彼とは到底思えないような、あまりに腑抜けた姿ではないか。
…同期として共に【決闘祭】に出場した獅子原 エリや大門 ミヤコと比べると、なんとも自堕落な現状を送っている袴田 光一。
…獅子原 エリは、今年からプロとして活躍していると言うのに。
…大門 ミヤコも、大学に決闘推薦で進学したというのに。
そんな二人の同期とは異なり、自堕落に身を落とし怠惰に時間を無駄にしている今の彼の様子は、とてもじゃないが褒められるような姿では断じて無く。
…しかし、それも仕方のない事なのか。
何しろ、彼の場合そのショックの度合いが他の2人とはまるで違う。
同じ1回戦負けの大門 ミヤコとは、結果だけ見れば同じ順位。けれども、その内容は彼からすればまるで真逆。
そう、大門 ミヤコが負けたのは、エクシーズ王者【黒翼】の孫。
それは言い換えれば、『負けても仕方が無い』と思えるような免罪符が用意されているようなモノなのだが…
―しかし、この袴田 光一は違う。
そう、彼が負けたのは、あの『Ex適正が無い』天城 遊良だったのだ。
それは、いくらその天城 遊良が【決闘祭】に優勝したからとは言えども。
前評判では、天城 遊良と当たった者はとてつもない『ラッキー』だと言われていたほどに…
それこそ、勝って当たり前だと言われていたほどの相手が初戦であったのだから、いくら天城 遊良がそのまま【決闘祭】に優勝したからとは言え。そして今年行われたデュエリア校との合同開催の祭典【決島】に、天城が準優勝したとは言え…
そんな評価がまだ無かった時期に天城 遊良に負けた彼に浴びせられた言葉は、とてもじゃないが彼の心を折るには充分過ぎるほどのものだったはずで。
…親族から何を言われただろう。友人たちからどれだけ馬鹿にされたことだろう。顔も知らぬ他人に、どれほど心無い言葉を浴びせられただろう。
また、同期の獅子原 エリも同じく天城 遊良に負けたとは言え。
彼女の場合はそもそも昨年度の【決闘祭】第4位という実績と、歴史に名を残すデュエリスト『烈火』の孫という肩書きも相まって、袴田 光一ほど周囲からはうるさくは言われず。
そう、今年度になって【決闘祭】に初参加した、血統などの後ろ盾のない袴田 光一と違い…
獅子原 エリの方はその実力を周囲に知られていた事が幸いし、寧ろ彼女に勝ったことで天城 遊良の実力がそこでようやく世間に気に止められ始めたのだ。
だからこそ袴田 光一と獅子原 エリとでは、そもそもからしてその扱われ方が異なっていたのだ。
…同じ『天城 遊良に負けた者同士』という括りではない。
その証拠に、天城 遊良に負けた者同士だと言うのに、その年のプロ試験への『推薦』が何故かサウス校では獅子原 エリにだけ与えられ…
一回戦で敗北しそのまま調子を崩した袴田 光一は、その後の授業でもそれまでのデュエルが嘘のような散々たる結果を卒業前に晒してしまう羽目になってしまっていて。
まぁ、獅子原 エリの場合は一昨年の【決闘祭】でも4位入賞を果たしているという実績を持っていたのだから、同じく今年度からプロとなった同学年の他校生達の面子を考えると、袴田 光一がプロ試験への推薦をもらえなかったのは当然と言えば当然でもあるのだが…
しかし、周囲の同世代はプロ入りに進学に就職だったりと、知りえる限りでその道を正しく進んでいると言うのにも関わらず。
天城 遊良に敗北した事を強く責められた彼は、今では自らを自堕落な生活に落とし込むことでようやく自我を保てていると言っても過言ではないのか。
大学への進学など考えられず、『天城 遊良に負けた男』扱いされ私生活は荒れに荒れ…
そうして、彼は去年の【決闘祭】1回戦敗退のショックが大きすぎて。今ではろくな進路も何も決まらないまま、高等部を卒業してしまい…
そのせいで、未だに何も目標がなく怠惰に日常を過ごしているだけで―
とは言え…
彼が自堕落を極めているのは、何も去年の【決闘祭】1回戦敗退だけが理由ではない。
寧ろ、自分に勝った『天城 遊良』が【決闘祭】に優勝したというコトを、最近どうにか飲み込めた事で…彼も、最近になってようやく立ち直りかけていたのだ。
…天城 遊良の力は本物だった。
だからこそ、自分だっていつまでもウダウダしていられない。遅いスタートにはなってしまったが、今からでもプロを目指してみようではないか。
昨年のプロ試験は推薦を貰えず、受験することすら許されなかったが…一年以上経った『決闘学園高等部の卒業生』という最低限の受験資格を有している今だからこそ、決闘大学の者達と違い一般受験の申し込みにて厳しい書類審査と予備審査からのスタートにはなるが…
今年こそ、【決闘祭】に出場したという誇りと、自分が誇れるこの『運』を持ってしてプロになろう…
と…
彼もまた、つい先日になってようやく立ち直りかけていたのだが…
けれども―
Ex適正の無い天城 遊良も【決島】で活躍しているのだから、自分にだって『出来る』のだと…
そう意を決して、ようやく自立を決意したその日に…
―彼は、思い知ってしまった。
―『Yes!マークは太陽、コインは表!俺はデッキから2枚ドロー!』
そう、今年度に行われた、決闘市とデュエリアの決闘学園における合同開催の祭典、通称【決島】の、その決勝戦が行われたその日に。
彼は、その眼でしかと見てしまったのだ。
自分と同じく『運』を武器にしている者を。しかし自分の『強運』よりも、遥かに洗練されている文字通り桁違いの豪運…否…
他の追随を許さない、『天運』を持っている者を。
―『YA-HA-!ダイスは3つとも…全て『6』だぁ!』
―『勝利の女神は、最後には俺にKissをするんだからなぁ!手札から【煌々たる逆転の女神】の効果発動!』
彼は、その目で見てしまった…本物の、『運』を武器にしている者を。
―勝てない…これほどの『運』が無いと、『運』で戦うなんで出来るわけがない―
デュエリア校におけるデュエルランキング第1位であるという、『ギャンブラー』のデュエルをその目で見てしまった彼は…その戦いぶりを見て、思わずTVの前で泣いてしまったのだ。
そう、彼は思い知らされたのだ。『運』を味方につけるということは、つまりはこういうコトなのだと…
『運』を『武器』にすると言う事は、すなわちこういう事なのだと言われている様な気がした。勝利の女神に愛されるデュエリア校の男を見て、袴田 光一はこれまで自分の武器だと思ってきた強い運…自分の『強運』が、どれだけ小さく脆いモノだったのかを心の底から思い知らされてしまった。
…だから、再び彼は折れてしまった。再度、荒れた…
それだけの衝撃を袴田は受けた。それだけの喪失を、袴田は覚えてしまった。自分が誇る『運』という才能が、まるで『偽物』なのだと言われているかのような錯覚に陥って。
しかも、そんな『天運』を持つ男でさえ【決島】では3位入賞に留まったというではないか。
それ故、自分自身の上位互換の様な男が、そんな順位にしか位置できなかったのを知った袴田 光一は思ってしまった。
…多少『運』が良い程度では、プロになんてなれやしない。
『運』を武器にプロになれる者は、リョウ・サエグサ選手のような『天運』を持つ者なのだ…自分程度の、ほんの少し『運が良い』程度の人種なんて…プロでやっていけるわけがない、プロになってなれるわけが無い…
…と。
それ故…
「これからどうすっかなー…」
当てもない、未来もない。
光明が見えかけた矢先に、ソレを失ってしまった喪失感でお先真っ暗にしか見えない自分の未来に対し。
弱音にも似たそんな台詞を、公園のベンチで袴田 光一が漏らした…
―その時だった。
「あれ、袴田君?」
「え?」
突然…
天を仰いでいた袴田へと、公園の外から声がかけられて。
そして、反射的に…
袴田が声の方…道路側のフェンスへと、反射的に目をやったそこにいたのは…
「やっぱり袴田君だ!久しぶりね、元気してた?」
「あ…だ、大門…久しぶり…」
そこにいたのは、綺麗なほどにまっすぐなストレートの黒髪を長く伸ばした、袴田の顔見知りの女性であった。
…そう、それは紛れもなく、決闘学園サウス校時代の元同級生。
一緒に【決闘祭】にも出場した、現在は市内にある決闘大学に進学した一人の女性…
大門 ミヤコ。
「こんなところで遭うなんて偶然ね。」
「あ、あぁ、そうだが…えっと…そっちの人ってもしかして…」
…また、この場に通りかかったのは大門 ミヤコだけではない。
彼女…大門 ミヤコの横にいたのは、袴田も顔だけはよく知っている人物であって―
「虹村君、こちら、去年同じクラスだった袴田君よ。」
「あぁ、君が袴田君か。去年の【決闘祭】に出場していた…」
「虹村って…え、今年プロになったイースト校の…」
そう…
大門 ミヤコと一緒に居たのは、堅牢なる雰囲気を纏った一人の男性であった。
それは袴田と同じ年代の者ならば、知らない者は居ないほどの名が知れ渡っている人物であり…
その顔を、その名前を、一体誰が間違えるものか。
何しろ、そこに居たのは紛れもなく『元』決闘学園イースト校の、今年から晴れてプロデュエリストになった男。
元決闘学園イースト校の卒業生…
「初めまして、虹村 高貴だ。」
「あ、は、初めまして…」
プロデュエリスト一家、『虹村家』の末弟として知られる彼の事を、決闘市においては知らない者の方が少ないに違いないこと。
何しろ彼の父親である虹村 飛竜は、既に引退した身とは言え過去には『竜爪』と呼ばれていた元トップクラスのプロデュエリストであり、チャンピオンズ・リーグにも出場した経験もある確かな猛者。
そして彼の母親の虹村 ナナキも、現役時代はかなりの実績を持っていたプロデュエリストとして知られており…その息子たち、長兄である『竜槍』虹村
…しかし、そんな新人ではあるもののプロデュエリストである虹村 高貴と、見知った顔である大門 ミヤコが一緒に歩いていたのは一体どういう了見なのか。
そんな、どことなく察しの悪い袴田 光一。そんな彼は、自らが感じた疑問をとにかく口にすることしか出来ず…
「…で、でもなんで虹村プロが大門と?」
と、そんな間の抜けた質問を旧友である大門 ミヤコへと伝えてしまい…
そして…
旧友である大門 ミヤコから返ってきた答えは―
「私達、付き合ってるの。中等部の頃から。」
「え!?そうだったのか!?」
「うん。でも別に公表するような事じゃなかったし。それに中等部の頃からだと知っている人も多かったから余計にね。」
「…し、知らなかった…」
衝撃的な真実が袴田を襲う。
それは元クラスメートで、一緒に【決闘祭】に出場した仲だとは言え…別にそれ以上の関係でもなかったために、大門 ミヤコから飛び出てきた言葉は何やら袴田にとって衝撃が大きかったのだろうか。
…しかし、それも当然のこと。
何しろ清楚な見た目と誰にでも優しいその性格から、高等部在学中は男子生徒達からの人気がかなり高かったこの大門 ミヤコ。けれども、誰に告白されてもOKしない事からサウス校ではある種の高嶺の花となっていたのを同級生であった袴田は鮮明に覚えており…
そんな、サウス校では穢れのない清楚代表のように一部の男子生徒達から崇められてもいた、特定の男性との付き合いを全く滲ませなかった大門 ミヤコに。まさか、そんな事実があったなんて。
この事実を、もし当時のミヤコのファン達が知ったらどうなるか…と、その辺の噂に疎かった袴田からしてみれば、大門 ミヤコから発せられた衝撃の事実は相応の驚きに値するモノだったのだろう。
そして、驚きからか袴田もそれ以上は何を言うことも出来ず…ほんの刹那の時間なれど、少々気まずい沈黙のようなモノが昼下がりの公園に一瞬だけ流れてしまい…
「………あ、ところで袴田君、今なにしてるの?」
「え?」
「確か進学していなかったわよね?噂だと、今年はプロ試験受けるって聞いたんだけど…」
それ故か。
一瞬の、しかし気まずい沈黙が流れかけたその折に…大門 ミヤコが、沈黙を破るべく知人から聞いたであろう情報を袴田 光一へと不意に投げかけて。
…しかし、その質問は袴田からすれば痛いところを突かれたにも等しいモノ。
何しろ、つい先日2度目の心折られる経験をしてしまったのだ。だからこそ、傷心しているところにそんな言葉を投げかけられたとしても。袴田からすれば、それはとても返答に困った言葉に違いなく…
…けれども、久しぶりに会った元クラスメートの手前で。袴田もまた、情けない姿を見せる事に少々の抵抗を覚えたのだろう。
決して本心ではない、揺れ動き迷っている心のままではあったものの…それでも、彼の口からは多少の見得を交えた言葉が自然と零されて。
「えっと…あ、あぁ、もちろん。今年こそプロになるつもりだぜ?今まさに猛勉強してるとこなんだ!ちょっと気晴らしに散歩してて…」
「そうなのね!でもそれなら良かったわ。ほら、袴田君…去年の【決闘祭】終わってから色々荒れてたじゃない?エリちゃんとも話してたんだけど、ちょっと心配してたの。」
「ゴメンゴメン…で、でも、今年こそはやってやるって決めてるからよ!必ずプロになってやるさ!」
袴田 光一から飛び出た言葉…
それは彼の虚栄心を顕にしたかのような、明らかに口から出任せな言葉であった。
…勉強なんてしているはずがない。何せ、つい先日の【決島】を見て『プロ』になる気持ちを根元から圧し折られていたのだから。
けれども、久々になった元クラスメートである大門 ミヤコの前で、口から出任せでもそんな言葉が飛び出てきたのは彼がまだ『プロ』に未練があるが故でもあるのだろう。高等部3年で芽が出た遅咲きであるが故のプライドの高さと、それ以上に元々のお調子者気質が相まって…
そのまま、袴田は更に。心にも無い言葉なのか、それとも未練から来る言葉をただただ続けるだけ。
「プロになったら出世街道まっしぐらだぜ!ほら、俺って運がいいじゃん?」
「そうだったわね。【決闘祭】の代表選抜戦の時も、エリちゃん以外に誰も袴田君に勝てなかったもの。確かにアレは神がかってたわ。」
「だろ?獅子原とも接戦だったし、新しいスタイルも試したりしてもうプロ入りまで秒読みって気でいるぜ俺は。」
「そうか。だったら俺も楽しみにしているよ。来年、君とプロの試合で戦うのを。新人同士なら、試合で当たる確率も多いからな。」
「あ、あぁ…」
だからこそ、調子に乗って言葉を大きくしすぎた事に今更になって袴田が気がついたとしても。
それでも、その言葉を真に受けたらしい元クラスメートの大門 ミヤコと、そして現役プロである虹村 高貴の前であろうとも…
袴田とて今更言葉を引っ込めることは出来はせず…
「そうだ、袴田君。時間があればでいいんだが…今から、俺とデュエルしないか?」
「…え?」
それ故、虹村からのそんな唐突なるデュエルの誘いを受けてから。
袴田は、ようやく自分が今まで何を言っていたのかを理解しつつ…
それ以上に、現役プロを前にしてどれだけ大口を叩いていたのかを思い直したと共に。今更取り繕ったって遅いにも関わらず、現役プロからの急な誘いに今更になって慌てふためいた様子を見せ始めて。
「あ、いや…で、でも、流石に現役プロの相手なんて出来るわけが…」
「同じだよ、俺も君も…【決闘祭】に出た選手同士、そして歳も同じ。確かに俺はプロになったが、まだ勝率の悪い底辺のプロだしな。」
「いや、勝率悪いって…」
また、少々謙遜を見せる虹村の言葉に対し。
袴田もまた、ソレが『本物』の謙遜であると言う事がよく分かっているからこそ手放しに虹村とデュエルする気持ちにまだ迷いが見られるのか。
そう、袴田は知っている…今年度プロになったばかりの虹村 高貴の勝率が、現在5割をキープしていると言うことを。
つまりは半々ということ。しかしプロの新人1年目として考えれば、この勝率5割という数字はハッキリ言って異常な数値であると同時に、今年度プロになったばかりの若手として考えれば相当に高い数字に違いないのだ。
何せプロ入りした新人における1年目というのは、ほとんどの者がプロのレベルの高さに叩きのめされボコボコにされ、初年度の勝率は『3割』もいけば将来有望と言われているレベル。
ソレが近年における新人プロの評価であると言うのに、そこで勝率5割…半々の成績を残せるというのは、正直に言って『異常』という他ないのだから。
…まぁ、とは言え虹村が謙遜ではなく本気でそう思い言葉を零しているのは、偏に自分と『同期』でプロ入りした者達を比べているが故なのだろう。
何しろ、虹村 高貴の『同期』には、新人とはとても思えない、かつての『黄金世代』を思わせる規格外としか呼べないような者達が多々存在している。
それは新人ながら勝率8割を叩き出し、世界ランキングを尋常じゃない速さで駆け上っている…プロ入り1年目だと言うのに、既に『鋼鉄』や『清流』と言った決闘市出身らしい二つ名を付けられ注目されている、ウエスト校出身の『十文字 哲』にイースト校出身の『泉 蒼人』。
それに加え、シンクロ王者【白竜】の付き人として知られ、自身も7割ほどの勝率を叩き出し早くから時期【融合王者】として世間が期待しているウエスト校出身の『竜胆 大蛇』や…
…決闘界の女傑と恐れられている『烈火』の孫として注目され、その期待を裏切らぬ活躍で勝率6割強をキープしているサウス校出身の『獅子原 エリ』という、決闘市出身の新人プロがそれぞれ勝率を伸ばし続けているのが1つの原因。
…そんな彼らと比べてしまえば、確かに虹村の勝率5割と言うのはいくらか劣って見えるレベルではあるのだろう。
けれども、確かに数字だけで言えば一歩遅れているとは言え―
それでも、そもそも『3割』勝てれば上出来と言われる新人1年目において、勝率『5割』をキープしていると言うのは破格も破格。そんなプロ一家の末席の名に恥じぬ成績をたたき出している虹村 高貴だって、傍から見ればとんでもない怪物ルーキーに違いないのだ。
まぁ、デュエリアやその他の都市出身の新人プロだって、今年の新人たちは誰もが近年稀に見るレベルの高さを見せ付けている者達ばかりなのだが…
しかし、それは言い換えれば今年度の新人プロ達のレベルが、それだけ近年と比べても類を見ないくらいの高レベルの者達ばかりと言う事でもあるのだろう。
…そう、それはかつての『黄金世代』をも思わせる代物。
リーダー格であった『不死鳥』を筆頭とした、現エクシーズ王者【黒翼】や元シンクロ王者【白鯨】、王者と同格の男『逆鱗』や決闘界の女傑『烈火』、ソレ以外にも『鮫肌』や『竜殺し』、『マグネットマスター』と言った大勢・数々の若手が台頭し古豪に立ち向かっていた…あの伝説の『黄金世代』に勝るとも劣らない、新たなる黄金期に違いなく。
それ故、自らの今の成績に満足していないこの虹村 高貴もまた。学生の時とは比べ物にならないくらいにプロの世界で活躍しているということ。
だからこそ…
そんな、明らかに『格上』の男から戦いを持ちかけられたことに対し。
口から出任せばかりを述べてしまった、自堕落な生活をしている自覚のある袴田は思い切り尻込みしてしまっている様子ではないか。
「どうだろう、俺とデュエルしてくれないか?君が去年の学内選抜戦でミヤコに勝ったと聞いてから、君のデュエルが気になっていたんだ。」
「俺の…デュエル…」
けれども、後に、引けない―
現役プロである虹村 高貴のいる前で、ここまで大口を叩いてしまったからには袴田とても
う後には引けず。
…相手は現役のプロデュエリスト。それも近年稀に見る相当レベルの高い新人プロの一角。
そんなことは袴田とて百も承知。しかしそれでも元々の虚栄心から出た言葉を今更みっともなく引っ込められるほど、袴田とてプロの世界に未練がないわけでも断じてないのだから。
…プロに未練たらたらで、今の自分がみっともない事くらい袴田だってわかってはいる。
けれども、袴田はソレを承知でなお―
「ま、まぁ、俺も来年プロになるつもりだから、今のプロのレベルを知っておきたいしな!い、いいぜ、デュエルしようぜ?」
「あぁ、よろしく頼む。」
…と、応えたのだった。
そして―
「一発勝負でいいな?サウス校の強運デュエリストの力、見せてもらう。」
「よ、よし…行くぜ!」
―デュエル!!
―…
…それは、あまりに『酷い』の一言であった。
『魔法カード、【カップ・オブ・エース】発動だ!…くそっ、裏かよ…』
『永続罠、【ヘッド・ジャッジング】!俺は表を選択だ!…は、外れた!?うわぁぁぁ!』
『くっそぉ!【無差別崩壊】発ど……『2』!?な、何も破壊できない…』
そう、デュエルが始まってからしばらくの後…
一方的…と言えば聞こえがいい程に、虹村と戦う袴田のデュエルは、誰がどう見ても明らかに『酷い』の一言であったのだ。
既に、デュエルも終盤。
そうだと言うのに、LPが傷付くことなく4000残っている虹村に対し…
「バトル!【聖刻龍王-アトゥムス】と【聖刻神龍-エネアード】で、2体の【ライトロード・ビースト ウォルフ】に攻撃だ!」
―!
袴田 LP:1800→1500→600
今の虹村の攻撃で、袴田のLPは既に残り600となり、かつその展開は明らかに相手になっていない程に、あからさまに袴田の不利な状況となっていて。
しかし、それも当然か。
何しろ、今のこの状況は単なる虹村と袴田の『実力差』だけによって引き起こされたのではない。袴田は先ほどから、まるで『自滅』かと思うほどに、自ら勝手に窮地に追い込まれているだけのだ。
それは彼の扱う『ライトロード』のデッキには似つかわしくない、『ギャンブルカード』を多用し失敗を繰り返している姿が証明している。
しかも、ソレが絶妙に噛み合っていない―
ギャンブルを全て外すわけではないが、それでも成功率はかなり悪く…
永続系のギャンブルカードも、全体破壊を主とする彼の切り札とは噛み合いが悪く。相手の攻撃を別の手段で回避できたはずの場面でも、頑なに『ギャンブルカード』に拘り失敗していたりと、とにかくプロを目指していると豪語しているわりにはデッキがチグハグとなってしまっている為に、とにかくデッキの回転が極端に悪くなってしまっているではないか。
…自ら窮地に追い込まれ、勝手に自滅し分を悪くしている袴田 光一。
『ライトロード』というカテゴリーは、トッププロにも扱う者がいるほどに有名な、それでいて自由度の高さからかなりの強さを誇ることでも知られていると言うのに。
そうだと言うのに、ただでさえ使い手を選ぶと言われている『ライトロード』デッキをここまで極端に改造…いや、改悪してしまっている今の袴田は、一体何を思ってこのデッキをくみ上げたと言うのだろうか。
「ミヤコ、これは本当に彼のデュエルなのか?」
「…いいえ、こんなの袴田君のデュエルじゃないわ。こんな…酷いデュエルをする人じゃなかったもの。」
それ故、学生時代の袴田をよく知る、元同級生であった大門 ミヤコからしても。
今の袴田の、あまりに『酷い』有様は彼女にとってもとてもじゃないが信じられなかった光景に違いなかったのだろう。
…そう、袴田と直接戦った事もある大門 ミヤコはよく知っている。
学生時代に気まぐれで勝った宝くじが当たって揃える事が出来たという今の袴田の『ライトロード』というデッキは、彼の元々の地運の良さとも相まって嵌ったときにはソレ相応の強さを発揮するはず。
それはかつて決闘界の女傑と呼ばれた、現在サウス校の理事長を務める『烈火』と呼ばれし獅子原 トウコが彼のデュエルに太鼓判を押して【決闘祭】の出場を認めたほど。
サウス校だけの序列で言えば、デュエル実技の最終成績は堂々の第2位。『烈火』の孫娘である獅子原 エリでさえ、波に乗り流れが嵌ったときの袴田にはかなり手を焼いていたのを大門 ミヤコはよく覚えているからこそ…
「去年まではギャンブルカードなんて使っていなかったわ。彼の強運にライトロードの効果が上手くマッチしていたのに…それを、なんでギャンブルカードなんか…」
「ギャンブル…彼らしくないデュエル…か。」
自らのスタイルを忘れ、自滅を繰り返している今の袴田の落ちぶれたデュエルが、大門 ミヤコの目にはどうしても信じられない様子で…
(だ、だめだ…やっぱりプロなんてバケモノばっかじゃないか…俺なんかじゃ…俺の、デッキなんかじゃ…)
また…
当の、袴田本人も。
自ら自滅しているだけだと言うのに、このデュエルの有様と本質を全く理解出来ておらず。現実から目を背けている様子で、ただただ心の中で泣き言をこぼしているのみ。
…これまで彼の使用したカードから、彼が『誰』に影響されてギャンブルカードを多量にデッキに仕込んだのかは明白の理。
しかし、己の力量とデッキとカードの相性すらも理解出来ずに、その責任を自らのデッキに転嫁している今の袴田は、とてもじゃないが【決闘祭】に出場した選手とは到底思えない立ち振る舞いと言えるのではないだろうか。
そう、誰に憧れようが、誰のデュエルを参考にしようがそれは確かに個人の自由。けれども、ソレが上手く行かないからと言って…
その責任を、自分ではなくデッキへと押し付けると言うのは、『上』を目指そうとするデュエリストならば絶対にやってはいけないことに違いないと言うのに。
「…袴田 光一。今の君は、何を思ってデュエルをしている?」
「…え?」
だからこそ、話に聞いていた姿と違って、あまりに落ちぶれた姿を見せ続ける袴田 光一へと向かって。
偏に、虹村がそう言葉を投げかけたのは他でもない…
学生時代から、常に後輩達の見本となるべく自らを律し続け、誇りと信念を持ってプロの道を進みだした虹村の目に、目の前の迷える男があまりにも悲惨に映ったからなのか。
そう、後輩達を導いてきた彼にとっては、同い年だとは言え今からプロを目指そうとしている袴田もプロの立場の後輩に違いないのだろう。
それ故、迷いに囚われている袴田へと…先にプロの世界へと足を踏み入れている虹村は、更に強く言葉を続けて―
「今の君のデュエルは誰かの真似か?誰かになろうとしてデュエルしているんじゃないか?それは、本当に君のデュエルなのか!」
「ッ!?」
「自分のデュエルを諦めるな!プロになるのならば、自分のデッキを信じないでどうする!誰かの真似じゃなく、自分のデュエルを貫く君と俺は戦いたいんだ!君のデッキは、君に何と言っている!」
「あ…」
虹村の言葉…それはかつて、絶対防御、『鋼鉄』のデュエリストと呼ばれた者の真似をしていた自分自身と、今の袴田を重ねているのだろう。
高等部2年から3年生の頃…あの頃の虹村は、【決闘祭】で戦った『鋼鉄』のデュエリストと自分の差を目の当たりにして、それはそれは深い迷いに囚われ続けていた。
そう…自身の理想とするデュエルを体現していたウエスト校の十文字 哲。あんなデュエリストになりたいと、虹村は心の底から憧れを感じると共に…自身の理想を体現していた十文字 哲に、強い嫉妬の念を抱いてしまっていたのだ。
そして、そのせいで虹村もまた悩み、苦しみ、迷い、足掻き…そして、失敗してきた。
何が間違っているのかが分からず、余裕を失い。挙句の果てに調子に乗っている一年生を指導しきれず、正しく導いてやることが出来なかった。
だから、虹村は今も後悔している。あの頃に、嫉妬という醜くも愚かな間違いを犯さなかったら…
自分のデュエルを信じ、デッキを信じ。自分のデュエルを突き進んでいたら、もっと早くに自分の『壁』を超えられていたのに…。
…それが出来ていれば、あの愚かなるも可愛い後輩を…もっと、ちゃんと指導出来ていたのに…と。
いや、それもただの結果論か。何があっても、これまで行ってきた行動の全ては自分の選択の結果によるただの自業自得なのだという事を虹村も分かっているからこそ、その全ての後悔の責任はただただ自分だけにあると言う事を理解はしているはず。それ故、間違った思想にて間違った道へと進むことがどれだけ惜しい選択なのかを理解している虹村だからこそ…
そう、『その経験』が、どれだけ苦しかったのかを知る虹村だからこそ…
今の袴田の気持ちがよく分かる、気持ちを吹っ切るまでに時間のかかった虹村だからこそ―
同じ過ちをしようとしている袴田を、どうしても放っておくことが出来ず。少々お節介だとは分かっていても、もがき苦しんでいる目の前の男に手を差し伸べてしまうのか。
そして…
「俺の…俺の、デュエル…俺の…デッキ…」
そんな虹村から喝を入れられた袴田は、一体何を思うのだろうか。
これまでのデュエルの流れと、自分のデッキを見返して…
ゆっくりと、呼吸を整えるように…
「…お、俺のターン、ドロー!…ど、どうせ、もうデッキにギャンブルカードなんてほとんど入ってないんだ!それに成功しないんだったら…」
虹村の言葉に感化されたのか。何やら、意を決したようにして―
「【ソーラー・エクスチェンジ】発動!手札からジェインを捨てて2枚ドロー!次に【光の援軍】を発動だぜ!デッキを3枚墓地に送って、デッキからライデンを手札に加える!そのままライデンを召喚し効果発動!デッキから2枚墓地に送るぜ!…よっし!墓地に送られたのはミネルバとフェリス!まずはフェリスの効果で自身を特殊召喚!そしてミネルバの効果で、更にカードを1枚墓地へと送る!」
虹村の言葉に感化されたのか。
何やら吹っ切れたようにして。そして吹っ切ったようにして。
袴田の勢いに呼応して、先ほどまでアレだけ回転の悪かった袴田のデッキから…
勢いよく、カードが墓地に送られていく。
…元々地力はあったのか、それとも燻っていたが故の爆発か。
それは、本当に先ほどまでと同じデッキなのかと見間違えてしまうかのように…
言葉だけではなく、心で残滓を吹っ切った袴田にデッキが応えるかの如く。彼のデッキが、袴田へと光の援軍を送り続けているではないか。
「よし!墓地に送られた罠カード、【ライトロードの裁き】の効果が発動する!デッキから【裁きの龍】を手札に!そして俺の墓地には4種類以上のライトロードがいる!【裁きの龍】を特殊召喚だ!」
―!
【裁きの龍】レベル8
ATK/3000 DEF/2600
そうして現れたのは、彼のデッキの中で最も高い攻撃力を持った、切り札級の大型ドラゴン。
…天界に棲まいし白き化身。裁きを下す正義の神龍。
全てを破壊するその力は、今この状況では使えないものの…しかしこの窮地にこそ現れたその存在感たるや、まるで本物の神の様ではないか。
そんな、土壇場に追い込まれてなお光る今の袴田の展開は…
かつての、波に乗っていたときの彼のデュエルそのモノであって…
「LPが足りないから【裁きの龍】の効果は使えないけど、でもその分もっともっと展開すればいいだけだぜ!【死者蘇生】発動!墓地からルミナスを特殊召喚してその効果も発動!手札のオルクスを捨て墓地からライラを特殊召喚!そんでフェリスの効果も発動だぜ!フェリスをリリースしてアトゥムスを破壊する!その後デッキから3枚墓地へ!…よ、よし、いいぞ!ウォルフを特殊召喚だ!続けてライラの効果も発動!守備表示にすることで、虹村の伏せカードを1枚破壊!」
「…『ミラーフォース』は破壊される。」
「よっしゃ!やっぱツイてるぜ!その後にデッキからカードを3枚墓地に送る!…よっし!今墓地に送られたミネルバの効果で、更にカードを1枚墓地へ!」
「凄い連鎖…エリちゃんを追い詰めたあの時みたい…」
「あぁ、吹っ切った彼に、デッキも応えようとしているようだ。」
デッキから墓地に送られ続け、そのカード達が繋がり始めるその光景…
それは彼のデッキから、彼には合わないギャンブルカードという不純物が少なくなったおかげでもあるのだろう。
しかし、ただソレだけでは説明のつかない回転が今ここには確かにある。ただの『運』だけではないこの怒涛のデッキ回し。そう、使い手とデッキの相性がマッチしている時にのみ起こるその現象は、時に実力以上の力を発揮するのだ。
大門 ミヤコは思い出す…これ程までに勢いに乗った袴田は、まさに【決闘祭】の選抜戦で見せていた怒涛そのものだという事を。
それ故、袴田の展開がまだまだこの程度ではない事を大門 ミヤコは強く感じている。そう、獅子原 エリを追い詰めていた袴田の波は、まだまだここからなのだから。
「レベル4のライラにレベル4のライデンをチューニング!シンクロ召喚!来い、レベル8!【ライトエンド・ドラゴン】!」
―!
【ライトエンド・ドラゴン】レベル8
ATK/2600 DEF/2100
「まだだぁ!手札を1枚捨て墓地から【ジェット・シンクロン】を特殊召喚!レベル3のルミナスとレベル4のウォルフに、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング!もう一体来い!レベル8!【ライトエンド・ドラゴン】!」
【ライトエンド・ドラゴン】レベル8
ATK/2600 DEF/2100
そうして…
現れたのは眩き巨龍。発光せし白き御姿、神々しいまでの存在感。
現シンクロ王者【白竜】、新堂 琥珀が若輩の頃から好んで使用していることでも知られる、光の果てより現れるその白き巨大な神聖なる龍は…
現代では確かに多々流通しているシンクロモンスターの1体ではあるものの、しかしこと戦闘において無類の強さを発揮することから自他共に認める確かなる強力なモンスターであることにまず間違いなく。
それが、2体…
「これだ…こ、この感覚!これが俺のデュエルだ、ようやくわかったぜ、俺の、俺だけのデュエルが何なのかが!」
「ジャッジメント、そして2体のライトエンド…大型のドラゴンが3体…なるほど、これが君の本当のデュエルか…」
そして…
吹っ切れたようにして怒涛の展開を見せる、目の前の袴田 光一のデュエルを見て。
一介のプロデュエリストである虹村 高貴は、吹っ切れた男のデュエルに一体何を感じるのだろう。
今の虹村のその立ち姿…その姿は学生時代のかつての彼と遜色無い、後達を導く先輩そのモノ。
そう、ソレは例え、相手が同い年の男であろうとも。それでも、その身に染み付いた虹村の面倒見の良さが、燻っていた男を導くというこのデュエルの流れでもいかんなく滲み出ており…
そうして…
怒涛の展開に逸る袴田の前に、全く焦りもなく分厚く立ち塞がり続ける虹村 高貴。
3体の大型のドラゴンを前にしてもなお、全く慄きも焦りもしていない虹村の今の余裕を…果たして、対峙している袴田は気付けているのだろうか。
そう…相手が並のデュエリストならば、この怒涛の回転と展開力にて蹴散らせるであろう布陣を整えてもなお。
どこまでも落ち着いている虹村の力は、燻り続けていた袴田とは比べる事もおこがましいことでもあり…
「よし、これなら虹村に勝てる!いくぜ!バト…」
「だがここまでだな。メインフェイズ終了時に罠カード、【自業自得】発動。モンスター1体につき500のダメージを与える。」
「…へっ?」
―!
爆発…
今まさに、攻撃を仕掛けようとした袴田の場が。
虹村が発動した一枚の罠によって、あまりに激しく散り爆ぜゆく。
袴田 LP:600→0
…ピー
そうして掻き鳴らされるは、デュエル終了を告げる無機質な機械音。
…それはあまりにあっけない終幕。拍子抜けするほどに無慈悲な決着。
けれども、ソレは誰にも攻められはしない正当なる決着でもあり…それは例えるならば、どんな劇的な映画でも、感動巨編と名高き名作小説であったとしても。例え、大勢のギャラリーが感動するような、一進一退のデュエルであったとしても…
そう、どんな感動的な展開が描かれていたデュエルであろうとも…
意外とその最後はあっけなかったりするモノなのだから、正確なタイミングで狂いなく発動されたその罠によってデュエルが終了したとしても。
それはそのまま、袴田 光一と虹村 高貴の『実力の差』であったという…ただ、ソレだけの事になるのだから。
「あ…え?…ま、まけ…た?」
そして、いきなり0となった自身のLPに、何やら状況が飲み込めていない様子の袴田 光一。
…しかし、それも当然か。
何しろ、重く燻っていたとは言え虹村の一喝によってソレを払拭し吹っ切れた先ほどの彼の勢いは、たった1枚の罠によるバーンダメージによる敗北に気付けるようなテンションでは断じてなかったのだ。
寧ろ、あのままテンションの盛り上がりに任せたままに…虹村に総攻撃を仕掛け、強力無比なドラゴン達の蹂躙によってデュエルに勝利するのではないかという錯覚すら周囲に与えるオーラを醸しだしてもいたのだから、ソレがバトルに入る前の奇襲的な罠によっていきなりデュエルを終了させられてもなお、すぐに飲み込めるはずもないのは勢いに乗ったデュエリストにとっては当然と言えば当然の事。
しかし、何やら状況を把握しきれていない袴田を他所に…
プロとして場数を踏んでいる虹村の方は、熱くなっている袴田の熱に中てられる事もなく。自身の発動した罠によって生じた勝敗の行く末に対し、冷静にデュエルの跡形付けを始めているではないか。
そう…この温度差こそが、プロとアマチュアを分ける分水嶺なのだと言わんばかりに。
消え行くソリッド・ヴィジョンに倣い、デッキを仕舞いつつデュエルディスクを腕から取り外し畳み始めた虹村の雰囲気は、新人ながらもプロデュエリストらしく余裕すら感じさせる所作が滲み出ているのはきっと錯覚などでは断じてないはず。
…何しろ、一見すれば逆転へと向かって優勢に動いていたのは袴田だったようにも思えるものの。
しかし、それはあくまでもアマチュアのレベルでの話であり、プロの目線でデュエルを見ていた虹村からすれば例え袴田が何をしてこようとも最早どうとでも対処できていたのだろう。そう、プロとなった今の虹村の雰囲気からは、そのような事が感じ取れる。
…しかし、それでも当の袴田 光一は未だに状況を理解できないままでいるのか。
きっと、LPが0となったことに対し。今の彼の頭の中では『こうすればよかったのか?』という可能性と言う名のルート分岐が繰り広げられているのだろう。
もしもライラの効果で破壊していたのが【自業自得】だったり、最初に何らかの効果でLPを回復し展開前に裁きの龍の効果を使用出来ていたりしていたら…結果は、もっと違ったモノになっていたかもしれない…と。
しかし…それは、結果論と言うほかない。
何しろ、虹村が伏せていた3枚の伏せカードの内、袴田が破壊できたのはたったの1枚。袴田が破壊した【聖なるバリア-ミラー・フォース-】…それもまた破壊しなければ袴田のモンスターが壊滅していたとは言え、残る【自業自得】と【攻撃の無力化】の内、他にどれを破壊しところで虹村の勝ちは揺ぎ無かったのだ。
…変わったのは、虹村の勝ちが『このターン』になるか『次のターン』になるかの違い。
ソレ故、袴田が気付けない事実が告げるのはたった一つの答え―
そう…袴田は、『本気』になるのが遅すぎた。
突然の敗北に、分けも分からず尻持ちをついてしまっているその姿が証明している。袴田の敗因は偏に『ソレ』が一番大きい事は言うまでもなく、プロとして場数を踏んでいる虹村に比べて確かに袴田の細かい敗因には地力の差であったり経験であったりと、その他の要因も数え切れない程あるのだろうが…
それでも、『根本』となる最も大きな敗因は、きっと『ソレ』に違いないはずで…
しかし…
そんな、上がりすぎたテンション故に混乱の渦に巻き込まれている、思考の嵐に囚われた袴田へと向かって。
未だ余裕を感じさせている虹村が、ディスクやデッキを仕舞いつつ袴田へとゆっくりと近づいてきたかと思うと…
そのまま、尻持ちを付いている袴田へと向かって。
手を、差し伸べながら…
「立てるか?」
「あ、えっと…」
「…良い吹っ切れ方だったよ。特に最後の怒涛のデッキ回し…正直、アレが一番恐かった。誰の真似でもない、君というデュエリストの『本当の武器』を垣間見た気がした。」
「俺の…本当の…武器…」
「あぁ。俺達新人のプロの中でも、あそこまでの勢いで自分のデッキを回転させられる者はそうは居ない。一つ結果が違えば、LPが0になっていたのは俺だっただろう。そう感じさせられる良い攻め方だった…流石はサウス校の卒業生だな。」
「あ、ありがと…ござます…」
差し伸べられた虹村の手を取り、袴田はどうにか立ち上がる。
…混乱の中に陥っていてもなお、袴田が素直に礼を言いつつ虹村の手を取れたのは、偏に虹村のかける声に一切の哀れみが含まれていなかったおかげなのか。
そう…敗者にかけた虹村の言葉は、気遣いだとか忖度だとか、そう言った類の感情は一切感じられず。
虹村は、本気で袴田に対しそう言った。全力でデュエルをしたのだ。ソレが分からないほど袴田とて雑魚などでは断じてないし、虹村だって気遣いや忖度などで場を濁すような不誠実な男では断じてないと言う事を、本気でデュエルした袴田は理屈抜きで理解できている。
ソレ故、虹村の手を取って立ち上がる頃には…
袴田 光一も少々落ち着けてきたのか、差し伸べられた手を取り立ち上がった袴田の顔はどこかすっきりしている様にも見えたことだろう。
そう…
プロとなった虹村との今のデュエルで彼は…袴田は、自身の『可能性』を見つけてしまったのだ。
運は運でも、全てを運に任せるのではなく…自らの強い運…『強運』で引き込んだモノを最大限活かし、運ではなく実力で盤面を制圧するような、運からその先へと突き進むかのようなデュエルの形。
誰かの真似…デュエリアの『ギャンブラー』の真似ではなく、自分の『運』を活かした上で展開し攻め続けるデュエルを目指すことが大切なのだと虹村とのデュエルを通して。
そして虹村からの喝を受けて、袴田はこの瞬間に初めて、そして改めて心で理解したのだ。
…『攻める事こそ美学なり』。
いかなる逆境であろうとも、攻めてこそ覆す事が出来るのだという、『攻めこそ全て』を信条にしていたかつての自分の母校の教え。
自身が最も尊敬する伝説のデュエリスト『烈火』のあり方を体現したその格言を、袴田は今一度思い出し。
その表情は、デュエル前の彼とは全く違うモノに…
そう、吹っ切れたような、ソレでいてスッキリしたかのようなモノとなっていて―
「…もう君に、余計な言葉は必要ないみたいだな。…ミヤコ、行こうか。彼は…もう、大丈夫だ。」
「え?う、うん…あ、じゃあ袴田くん…その…またね?」
「…」
「あ、あれ?袴田君?」
「止めておけ。彼は今、良い顔をしている。色々な思いが頭を埋め尽くしているんだろう…だから、邪魔しないようにするぞ。…大丈夫だ、アレは覚悟を決めた男の顔だからな。」
「…そうなの?私にはよくわからないけれど…」
そして、旧友からの別れの挨拶も聞こえていないように。
何やら、先ほどまでとは打って変わって凄まじい集中力にて今のデュエルを反芻しているような素振りを袴田は見せ始めたではないか。
…それは今まで気付けなかった自身の可能性と、そして自ら知らず知らずの内に卑下していた自身の実力を今一度再確認しつつ…ソレら全てを今になって理解できたかのような、どこか真っ直ぐに吹っ切れた一人の男の戦士の顔。
今…袴田 光一の心に生まれたのは、ただただ『向上心』の一言なのか。
(や、やってやる…やってやるぞ…絶対に!)
…そう、思い描けない未来に燻っていた堕落の中で、思いがけない出会いに導かれ。
去り行く恩人と旧友の姿にも気付けないまま、恐るべき集中力と思考力にて今までにない程の思いを袴田はその胸の内と心の中で目まぐるしく渦巻かせながら。
これから、己がどうすれば良いのかを…理屈ではなく、本能で理解できたかのようなスッキリとした天啓を得つつ…
足掻こうと、決めたのだった―
―…
そして、その日から袴田は変わった。
自堕落な生活を止め、規則正しい生活リズムを徹底し。だらしなく伸び放題でプリンのようになっていた痛んだ髪を短く切り揃え、気持ちを入れなおすようにして再びその髪を綺麗な金色へと染め直したかと思うと…
就寝時間以外の全ての意識を、数ヶ月後に控えた『プロテスト』へと向けてその生活へと一変させたのだ。
…それは彼の家族から見ても驚くべき突然の変化。何しろ、今まで魂が抜けた様に自堕落を極めたような生活をしていた長男が、いきなりその意識と生活態度を正反対に逆転させたのだから。
その突然の変化に父は驚き、母は何故か心配し…2人の姉は、今更動き始めた弟を怪訝な目で見ながらも、どうしたものかと信じられないようなモノを見る眼で弟を見た。
しかし、周囲からどんな眼で見られようとも―
それでも、袴田は今度こそ本気で目の前の『目標』へと再び動き出す事に成功した。
…具体的には、『勉強』をやり直した。
いや、やり直したではない。今までノーチェックだったプロテストの筆記レベルを基礎から調査し、把握し。今の自分の学力を恥も外聞も捨てて見直しつつ、即座に自分に足りない勉強を始めるべく決闘市立総合情報図書館に通い始め、文字通りの『勉強』を始めたのだ。
…学生時代の知識を思い出しつつ、身につけた高等教育に足りない部分を豊富な先人の知恵から学び直し。
プロテストに必要な『決闘法』を始めとした、『勉強』という名の知識の再インストールを、袴田は心を入れ替え行い直し始めた。
…そして、ソレは袴田にとっては苦痛ではなかった。
そう、元々サウス校でもそれなりの成績を修めていたのが功を奏したのだろう。机に向かう『勉強』は元来嫌いではなかった事と、それ以上に高等部卒業以来行っていなかった『机に向かう勉強』の楽しさを、久方振りに袴田は再確認するかのようにして夢中になって勉学に励み始めていたのだから。
…また、袴田の意識は机に向かい直すだけには留まらなかった。
机に向かう勉強だけではなく、ようやく思い出せた自身のデュエルのスタイルを確固たるモノにするべく。袴田は友人や知り合い、そしてその人達の伝手をも使ってとにかく空いた時間にはデュエルの実技とデッキ構築を一からやり直し始めていた。
今の自分に足りないモノ…思考、知識、実力、定石、応用、鍛錬…そして、デッキとの向き合い方。
今の自分に何が足りないのかを袴田は冷静に分析し、把握し、そしてソレらを周囲の凡才たちが驚くような成長具合にてみるみる内に自分のモノにしていって…
…そのあたりの要領の良さは、流石は【決闘祭】の出場経験もあるデュエリストか。
何しろ、この決闘市においては【決闘祭】に出場できた学生と言うのは、ただソレだけでも約20万人を超える学生の中でも特に選ばれた天才たちの総称とも言えるのだから。
昨年度の【決闘祭】では天城 遊良というイレギュラーを含めたトラブルが色々とあったとはいえ、それでもその他の出場者は軒並み各学園でも実技・勉学の総合的な面から見ても折り紙つきの実力者であると言えるはず。
…だからこそ、彼もまた凡才で終わる器ではなかったのだと言う事を友人たちに思い出させながら。
昨年度の【決闘祭】のサウス校代表に選ばれていた袴田もその例に漏れず。死ぬ気で勉強、死ぬ気で修業を続けた彼は…元々の若さもありつつ、学生時代には勉学の成績も悪くなかったために、勉強すればするほど、そして鍛錬すればするほどその知識や実力を分厚いモノへと変えていった。
…確固たる自分のスタイルを確立させる。
この鍛錬の『軸』となる部分を自分で理解しているからこその成長の早さ。本物の『運』を持ったデュエリストには届かないのだとして、それでも『運』はやはり自分の武器であるのだと言う事を袴田は今一度思い知り…
足りない部分を、努力という名の執念で底上げするという行為をプロテストが始まるまで、袴田は日に日に飽きることなく、休むことなく続ける日々を送り続けたのだ。
プロテストは年度の終わりの春…普通の人間ならば、この夏の終わりから本気になっても間に合うかは分からない。
けれども、その焦りもまた袴田にとっては良いスパイスとなっていた事は最早言うまでも無く…
…焦りが体を突き動かす。時間が足りない事で更に自分を追い込み続ける。
袴田が行っていた追い込みは、傍から見ればオーバーワークと言うにもおこがましい程に詰め込んだ、とてもじゃないが過上過ぎる超オーバーワークであったに違いないことだろう。
しかし、そうだとしても袴田は一秒だって休む時間を惜しみながら…
【決島】から1ヶ月ほど経ったとある日に、何やら決闘市において、Ex適正の無い少年の『指名手配』から始まったとある大騒動…『異変』が、また巻き起こってしまったりもしたのだが…
しかし、当時者でもなければ、『何』が起こったのかをよく分かっていなかった彼からしてみれば、よく分からない内に始まって終わった『異変』の事など全くもって気にすることでもなかったために、騒がしくなった決闘市を他所に変わる事無くとにかく袴田は勉強に修業に鍛錬に貪欲に明け暮れ続けていて。
そして暑さが過ぎ、過ごしやすい季節が過ぎ…
雪が降り、寒さが本番になったある日。変わらずに追い込み続ける袴田の下に、書類選考と予備審査の通過通知が届いたのに対しても、袴田は浮かれる事無く鍛錬を続けていた。
…当然だ。
決闘学園高等部時代の、【決闘祭】出場の実績を持っている事に加え。その実績が昨年度のモノであるという新鮮さから、書類選考と予備審査はほぼ確実に通ることを袴田は下調べにて知っていたのだから。
ソレ故、袴田の意識は第一関門を突破した事に浮かれる事もなく。ただただその先…プロ試験本番となる『3つ』の壁にのみただただ焦点を合わせていて。
そう…
プロテストの『本試験』。
それは生半可な者では受かる事など絶対に出来はしない、あまりに狭い…狭すぎる門。
カードデザイナー試験と同様に、あまりに多い受験者数に対しその合格率はあまりにも低い。才能無き者をふるい落とし、才能ありし者を選別し続けるソレは古き時代から『選ばれた強者』にしか受験する事を許されず。
…プロテストは、全部で3つの関門がある。
一次試験…『筆記試験』。
その筆記試験のレベルは相当に高く。
細かなルールへの知識だけではなく、時には決闘法やその他の法律関係にも精通していなければならないのは当然の事ながら、それ以上にこの世に存在している膨大な枚数のカードへの知見を問われるその筆記試験は、一流決闘大学の入学試験にも引けを取らないとまで言われていて。
そして、筆記試験を突破したとしても。その先に待っている次なる試験は、筆記以上に受験者をふるい落としにかかってくると言われている。
二次試験…『決闘世界』の構成員による、『実技試験』。
超巨大決闘者育成機関『決闘世界』のプロ試験課の試験官チームには、現役を引退した元プロの者が多く在籍している。
それも生半可なプロだった者たちではなく、『鮫肌』や『ジュエルマスター』と言った、かつては一時代を築いた誰もが知る歴戦の元プロデュエリストを筆頭に、挙ってトッププロと呼ばれていた者たちばかりで構成されているのだ。それ故、その試験官チームは現役のプロチームに匹敵、もしくはそれ以上の力を持っているとさえ言われており…
そんな試験官チームの人間達と1対1で実技を行うのが、鬼門と呼ばれる2次試験。
けれども、ここで問われるのは勝ち負けではあらず。
…問われるのは、『将来性』。
元プロの目から見て成長性や将来性、精神性や向上性などを事細かに審査され、受験者側からは何が正解かも分からぬ答えを試験官へと見せた者のみが最終試験へと進むことを許される。
…だから、例えここで負けたとしても、試験官の目に止まるデュエルを行う事が出来れば先へと進める。
しかし逆に言えば、例え試験官に勝ったとしても試験官の目から見て『先』が無いと判断されれば、その時点でその受験者のプロテストは終了してしまうのだ。
そして、その二つの試験を突破した者だけが…その先にある、『最終試験』へと進むことを許される。
最終試験…『現役のプロ』を相手に戦う『デュエル』。
ここでは、『勝利』こそが絶対の合格条件。
しかも、相手は経験の浅い新人プロなどでは断じてない―
満身創痍で最終試験まで辿り着いた受験生たちを待ち受けているのは、年数と言う場数を踏み、プロの世界の酸いも甘いも知り尽くした、いわゆる『ベテラン』に数えられるプロの世界を知り尽くした者たちが、受験生の最後の相手としてあてがわれるのだ。
まぁ、とは言えここで言う『ベテラン』とは、いわゆるトッププロなどではないのだが…
そう、受験生たちの相手をするのは、悪く言えば成績不振などでスポンサーが離れてしまったり、契約を打ち切られようとしている…成績が落ちもう後が無い、いわゆる『落ち目』に差し掛かった者たちでもある。
…ある者はスポンサーへの最後のアピールの場として。ある者は契約打ち切り後に他の事務所にスカウトしてもらうため。ある者はただただ憂さ晴らし等々…
そんな、もう後に引くことが出来ない立場に追いやられた者達が、最終試験にまで上り詰めた数少ない受験生たちの相手をする。それ故、いくら相手がベテランのプロとは言え…二次試験にて『将来性』を見込まれた受験生たちにとっても、充分に勝機はあるはずで。
…けれども、そうは言ってもプロはプロ。
ここで敗北すれば後が無いのはプロ側も一緒。メディアで生中継もされているこの最終試験が、『プロ試験』がベテランと候補生たちとの入れ替わり戦とも例えられている通り…
彼らもまた、このプロテストの試験官という世間への最後のアピールの場で、自らの価値を関係者やスポンサーや、TVを見ているファンなどに見せつけようと戦いに望んでいるのだ。
そう、過去に『同じ試験』をクリアし、既にプロの世界の厳しさを経験してきた、一筋縄ではいかない者達が更に必死になって戦いに望んできている。当然の事ながら、プロ側も本気で勝利を狙って受験生を仕留めにかかっている。
だからこそ、そんな彼らに『勝利』することが出来なければ、受験生たちもまた来年度からプロデュエリストになる事は決して許されはしないのだ。何しろプロ相手に勝てない者がこの先のプロの世界で戦えるはずもなく…落ち目のプロを容赦なく叩きのめせない者が、蹴落とし合いが日常となる魔境で生き抜くことなど出来るはずもないのだから。
…残留を賭けたベテランの執念か、プロへの道を志す新進気鋭か。
常に世間に見られているというプレッシャーの中で、本来の実力を発揮できる受験生はそう多くはない。ソレを証明するかのように、毎年毎年この最終試験まで到達した者が続々とプロに敗れ『不合格』となっていく姿が恒例のようにしてTV中継されていて―
…そんな鬼門の如し難問を目標に定め、努力を続ける袴田 光一。
今更になって本気になった彼のその数ヶ月にも及ぶオーバーワークは、果たして順当に無理なく努力を繰り返してきた者達との差を一体どれほど埋めたのだろう。
それは袴田にも分からない問題ではあるものの、しかし唯一つ分かる事は袴田は心から本気でプロになりたいと今はちゃんと思えていると言うこと。
…その努力は報われるのか。
そんな思いと葛藤しながら、本気で試験に向かい続け鍛錬を続ける日々が…
…もう、半年近く経った頃。
年も明け暫く経ち、もうすぐ決闘学園高等部が卒業式や終業式を迎えるであろう…雪も融けつつある、しかしまだまだ寒さも残る冬の終わり頃に…
…プロテストが、始まった―
…まずは、第一関門。
『筆記試験』…
大学受験と同じ時期、同じようなタイミングにて行われるソレは、世界各地の都市で同時に行われるために…袴田もまた決闘市内の会場の一つにて筆記試験へと臨んだ。
しかし、緊張はあったものの。死ぬ気で勉強していた甲斐もあり、また在学中も特段成績は悪くなかったため、即日発表される結果にて袴田は無事に合格ラインを余裕で超え一次試験を突破していた。
…そして、第二関門。
『決闘世界』の試験官とのデュエル…
筆記試験の結果が自宅に届いてから数日後。第4グループに分類された袴田は、指定された日時に指定された決闘市西地区のデュエルスタジアムの一つに足を運び…そこで、誰もが知っているであろう元プロデュエリストである試験官と対峙した。
そう、そこでのデュエルは、相手が袴田も知っている程に有名だった元トッププロ、『鮫肌』と称えられし朴城 範真が彼の相手となる試験官だったのだ。
しかし、待ち受けていた『鮫肌』を見て何やら焦りを浮かべている他の受験生たちとは違い…
袴田はそこでも恐れることなく、自らの『武器』と磨き上げてたスタイルを駆使し。元トッププロ相手に堂々と、そして慄く事無く自らの誇りを見せ付けるようにしてデュエルを行えた。
…まぁ、相手が元とは言え歴戦のトッププロであったのだから、そのデュエルに勝利する事はかなわなかったものの…
しかしデュエルには負けたが、まさしく他の受験者とは一線を画す戦いぶりを袴田は見せつけられたのだろう。彼はあの歴戦のデュエリスト『鮫肌』にも認められ、全受験者の中でもかなりの上位にて『最終試験』へと進む事が許されたのだ―
そう、『鮫肌』と言えば、二次試験における最大の難所ともネットで言われている、突破率が最も低いとされている厳しすぎる試験官。
けれども、そんな試験官に合格を貰った袴田の表情はどこまでも明るく…
何しろ、誰もが知っている歴戦のデュエリスト、あの【白鯨】や【黒翼】や『逆鱗』や『烈火』と同じ時代、同じ戦場にて鎬を削った、確かなる古豪である『鮫肌』に『将来性』を認められたのだ。その『鮫肌』に認められた事は、袴田にとってもきっと自信に繋がる出来事であったはずなのだから。
…このままの勢い、このままの流れ、今の自分ならば絶対に受かる。
それだけの自負が彼にはあった。それだけの努力をしてきた自信を彼は持った。それだけの自信を得られるまで努力してきた事は無駄ではなかったのだろう、全受験者中かなりの上位にて最終試験へと進むことに袴田は誇りを持てていた。
そして迎えた、第三関門…
最後に待っている、『現役プロ』とのデュエル。
超巨大決闘者育成機関『決闘世界』の本部があるデュエリアの地にて行われるソレは、毎年TV中継されると言う事もあってか異様な雰囲気に包まれていた。
そう…ここまで残った受験生たちにとっては、この最終試験はまさに人生を決める最大の分岐点。これまでの努力が報われるか否かで、その後の人生が大きく変わっていくというのだから…
これに勝てなきゃ受からないことは全員同じ。条件は皆同じで、全員が本気でプロになりたいと思っている者達だからこそ。誰もが夢へと向かって、重々しい空気の中ではあったものの確かに純粋な戦意だけが受験生たちを包んでおり…
…また、なぜか試験会場に、学生の身で既に無試験にてプロ入りが決まっているイースト校の天宮寺 鷹矢が居たことは置いておいても。
それでも、誰もそれに心揺さぶられることはなく…スタジアムへと長い列を作っている受験生たちの中で、袴田もまた緊張の中でも落ち着いてスタジアムに昇ることが出来ていたようにも見えていただろう。
…一歩一歩、しっかりと階段を上り。
これまでの試験の傾向から、ここ数年の下位のプロ達をリストアップし試験官を務めそうなプロを分析してそのデュエルを研究してきたのだから…誰が相手になっても、自分のデュエルを信じて戦い…
そして、絶対に勝とう…と、袴田は強く心に決めていて。
だから…
本当に、良いデュエルを行えていたのだ。
半年ほど前の、虹村 高貴との酷いデュエルの面影はこの時の袴田には見られなかった。
ライトロードの力を余すことなく発揮でき、ベテランプロ相手にも一歩も引かず…
いや、一歩も引かないどころではない。運の要素が絡むライトロードというデッキのポテンシャルを引き出しながら、時折危ない場面はあったものの形勢は互角どころか袴田の優位に傾いているほどに―
ソレほどまでに、現役のプロデュエリスト相手でも通用するデュエルを袴田は見せていた。
…相手に切り札を出されれば、負けじと袴田も切り札を呼び出し攻め立てる。魔法と罠の応酬に喰らいつき、ギリギリのところで攻め勝ちながらデュエルの優位を渡さない。
その攻防はまさに一進一退、数多くの試験デュエルが行われているスタジアム内においても、そのグループの中で最も盛り上がりや注目されていたデュエルを選べと言われれば確実に決闘市から受験している袴田 光一のデュエルを選ぶ者は多かったはず。
…この試験を見ている一般観覧の観客達も、TV中継を見ている者たちも。
まるで、もうプロのデュエルを見ているかのようなこの試験デュエルに、微かな熱狂すら感じていて―
だから…
その盛り上がりを肌で受けて、袴田は最後の最後まで自分のデッキを信じ抜いた。
一筋縄では行かないプロのミラーフォースを喰らい、場が壊滅してしまったとはいえ…
デュエルの流れを把握し、過去の分析から相手の場に伏せられたカードがソレである可能性を袴田は分かっていたため、ソレを喰らう前提で攻撃をしかけたのだから彼は微塵も焦りを見せず。
それ以上に、相手の場だってがら空きにしたのだから、次のターンの追撃さえ防げればまだ勝負は分からないという…
プロデュエリスト相手に優位に立つという状況にまで、袴田は辿り着いていたのだ。
…勝てる…もうすぐ、勝てる。
相手の手札は0で、場にはモンスターも伏せカードももう無い。自分も場は壊滅してしまったが手札はあと1枚あって、一時は追い込まれたLPも破壊された【ライトロード・アーク ミカエル】の効果で2000にまで回復できた自分に対し、相手のLPは残り400であるのだから…
…と、まだ勝負はついていないものの、しかしソレを予感出来る程に優位に立てていた袴田は、気は緩めてはいないもののこのデュエルの終着に対し確信に近いモノを得ていて。
ソレ故…
袴田は、最後の手札を使うその瞬間であっても。何の恐れも、抱いてはいなかった。
自分の『運』とデッキなら、ここで必ず良いカードが現れるに違いない…ここを耐えられれば、次のターンに絶対に勝利することができ…
プロに、なれる―
…と、本気で感じ取っていて―
そして―
「バトルフェイズを終了し、最後の【光の援軍】を発動だ!」
「なっ!まだそんなカードを残していたのか!?」
「デッキから【ライトロード・サモナー ルミナス】を手札に加えるため、俺はデッキを3枚墓地に送るぜ!………よ、よし!やったぞぉ!墓地に送られたのは【ライトロード・ビースト ウォルフ】!」
「ッ!?」
「俺はウォルフを守備表示で特殊召喚だ!タ、ターンエンド!」
袴田 LP:200→2000
手札:2→1枚
場:【ライトロード・ビースト ウォルフ】
伏せ:無し
最後の最後…佳境に入ったその場面にて、袴田は理想的とも言えるターンの終え方をすることが出来た。
運の要素が絡むカードで、相手の追撃を防ぐことが出来るカードを出すことが出来たその流れは…まさに袴田にとっては最良の流れ、そして相手のプロにとっては最悪の流れともいうべき展開となりて、どこまでも袴田に『運』が味方しているのか。
…そう、彼のデッキが、袴田へと教えている。
その『運』は確かに武器なのだと…プロ相手にも通用する、確固たる武器であるのだと…
だからこそ、最後の魔法カード、【光の援軍】を発動した時に袴田の耳には聞こえた気がしたのだ。
プロになれとデッキが言った気がした。プロになっても良いのだと、許された気がした…
その感覚は、きっと嘘などではないと…袴田は、信じていた。
そう、ここまで、プロ相手に恐れなく『攻め続け』られていたデュエルに誇りさえ感じ。…
…最後の最後に、ウォルフを『守備表示で出した』というソレがあたかも『正解』だったのだと…
袴田は、信じて疑わずに―
そう…
これで、やっとプロになれ―
「ドロー!【死者蘇生】発動!蘇れ、【ハイパーサイコガンナー】!」
「…へ?」
【ハイパーサイコガンナー】レベル9
ATK/3000 DEF/2500
否…
それでも、世界は残酷で―
「あ…え…あ、はぁぁぁぁぁあっ!?」
そう、一体、誰が納得など出来ようか。
まさか…まさか、まさか―
追い詰めていたこの場面、勝ちは揺ぎ無かったこの瞬間に…手札0だった相手のプロがドローしたのが、あろうことか【死者蘇生】であったなんて。
…一体、どうして納得が出来ようか。
現れたのは、とっくに破壊していた相手の切り札であるレベル9のシンクロモンスター。そんな、先ほどの攻防にて競り勝っていたはずの…
そのプロの切り札であるカードが、こんな最後の場面で蘇ってくるだなんてあってもいいのか―
そう…
何しろ、蘇った【ハイパーサイコガンナー】の持つ能力は―
「嘘だ!嘘だぁ!な、なん…で…」
「コイツは貫通効果を持っている!バトルだ、【ハイパーサイコガンナー】でウォルフに攻撃!」
―!
袴田 LP:2000→0
…強き熱線の一閃が、無慈悲にも袴田のLPをウォルフごと葬り去っていく。
その一撃はまさにプロの仕事。最後の最後、追い込まれた場面にてもデュエルを諦めなかったプロの下に舞い降りた、経験と意地がなせる最後の足掻きが受験生の『運』をも超えたのだ。
だからこそ、追い込まれてからのその逆転劇は…
奇しくも、これまでの試験デュエルの中でも屈指の盛り上がりを見せてしまい。そして追い込んだ受験生ではなく逆転勝利したベテランプロへと、観覧している一般人たちがその賞賛の声を届け始めてしまったではないか。
―ピー…
そして、無情にも鳴り響いてしまう無機質なる機械音。
ソレはデュエル終了を告げるだけの合図に留まらず。プロ試験最終選考となるデュエルの終了をも告げる音となりつつ…
その結果を、この世で最も分かりやすく人々へと真っ先に伝えてしまう合図とも成り得てしまっていて…
(次のドロー…ッ、ジャ、【裁きの龍】…ウォルフを攻撃表示で出してたらLPが残って…次のターンに、【裁きの龍】で…)
そして…
次のドローを確認し、その場に力なく項垂れてしまった受験生、袴田 光一。
そう…もしもウォルフが守備表示ではなく、攻撃表示であったならば…
回復できたLPのおかげでダメージは900に抑えられ、残り1100となったLPがあれば次のターンのドローで引けた【裁きの龍】の効果によって、最後の最後まで攻めきることができ逆転出来ていたはずだと言うのに。
…けれども、デュエルに『もしも』は無い。
そう、全ては結果…
袴田が最後に思考を巡らせ、モンスターを守備表示で出したのも…相手のプロが最後に蘇生カードをドローしたのも、貫通効果を持ったモンスターを蘇生したのも全て…
…全て…全て、全て―
決着の着いた今となっては変える事など出来はしない、決まってしまった『結果』。勝ったのは相手の落ち目であるベテランプロで、負けたのが自分であったと言う…ただソレだけのこと。
…そんな、誰に言われるまでも無い事を嫌でも理解させられつつ。
今の敗北が、一体どういった『意味』を持つのかが誰よりも重く圧し掛かってしまっている袴田は小さく肩を震わせながら…未だ激しい試験デュエルが行われている会場内は、終了してしまった袴田の事になどもう誰も興味はないのだと言わんばかりに…
もう、誰も袴田の事を見てはいなかった―
「…袴田君、残念だったわね。相手の最後のドローが【死者蘇生】じゃなかったら…」
「いや、彼が【ライトロード・ビースト ウォルフ】を守備表示で出した時点で勝敗は決していた。勝ちたいのならば、彼の運とデッキが示した通り…どこまでも…最後の最後まで、攻めきるつもりでなければ駄目だったんだ。」
「…でも、それって結果論なんじゃない?お互いに手札0だったんだし、相手の切り札も倒してたんだから…袴田君がダメージを受けるリスクを考えて、壁モンスターを守備表示で出したのはあの状況じゃ結構理にかなっていると思うけれど…」
「…そうだな。確かに結果論だ。今の攻防も、相手のドローも…彼の選択も、全て。」
…いや、少なくとも、デュエルが終わった袴田の事をまだ見ている者が2名は居た。
それは袴田の応援に来ていた決闘市のプロである虹村 高貴と、袴田の元同級生であった大門 ミヤコの2人。
そんな二人は、誰にも注目されていないが故に未だスタジアムの上で魂が抜けたように放心している袴田の姿を哀れみの目で眺めつつ…
「彼…立ち直れるかしら。去年も相当ショックを受けていたから…」
「どうだろうな。それは彼次第だが…」
…残念な結果に終わってしまった知人に、憐憫を感じているのだった。
「あ、そう言えばさっき天宮寺君見かけたんだけど…」
「あぁ、俺もさっき外で会った。本人はエキシビジョンだとか何とか言ってたが…」
「…彼、なんでここに来てるの?この時期って期末試験の真っ最中のはずなのに。」
「ッ…もしかしてあの馬鹿、期末試験サボって参加してるんじゃないだろうな!」
「えぇー…コウちゃんの後輩でしょ?どういう教育したの?」
「…無理を言うな、アイツが俺の言う事を素直に聞く奴に見えるか?」
「…見えない。」
「…だろうな。」
―…
これは物語の本筋では主役になれなかった、一人の男の物語。
プロになろうと足掻いた人生、しかしその努力も報われる事なく、心を折られ全てが無駄に終わってしまった人生に絶望を突きつけられた、悲しき結果に終わってしまった凡人の人生の1ページであり…
(はは…どうせ無理だったんだ…どうせ…最初から、俺がプロになるなんて…)
輝かしい英雄譚を歩んでいる者の裏には、こうして心折れてしまった者だっている。
それは本人の選択してきた人生の結果と言えばそれまでなのだが、しかしそれでも自らの可能性を信じ最後の最後まで足掻こうと決めた者が見せた最期の輝きとも言えるのだろうか。
…そう、誰だって、その時になってみなければ人生がどう転んでいくかなんて誰にも分からない。
けれども、ソレが輝かしい軌跡を歩むのか、それとも分不相応に終わってしまうのかなど、『その時』になってみなれけば誰にも分からないことでもあるのだ―
無慈悲に訪れる残酷な現実…それは誰にだって立ちはだかる可能性のある、誰もがぶつかる可能性のある逃れられない運命の壁。
もしこの敗北が、もう少し可能性を感じるような…それこそプロに手も足も出ないか、接戦の末にプロの地力を見せ付けられて競り負けたような負け方であったとしたら彼も完全に俺はしなかった事だろう。
…しかし、この負けは違う。
そう…悪いのは、袴田 光一、ただ一人。
プロへの道が開かれて、デッキも運も流れも完全に自分を『プロデュエリスト』にしたがっていたのに…最後の最後…最も大切な瞬間に…
彼は、選択を…最も大切な選択を、誤ってしまった。
誤ってはいけなかったのに。間違えてはいけなかったのに。それでも不正解を選んでしまった不甲斐ない自らをいくら悔やんでも、それは悔やみきれない後悔の嵐となりてどこまでもどこまでも無慈悲に自らの心を責め続けてしまっていて…
「はは…ははははははははは!はは!はははははぁ!あははははははははは!」
…ソレ故、今ここでその努力の結果が全て無駄に終わってしまった袴田 光一の挑戦もまた。
それが初めから決まっていたかのように、あまりに残酷に彼に現実の厳しさをどこまでもどこまでも重く、そして無慈悲に思い知らせていて…
こうして…
人生最大の努力をして、しかしそれでも目標叶わずに終わってしまった男の心は折れてしまった。
完全に…修復することなど出来ない程に折れて…
ポッキリと、折れてしまったのだった…
―…
「…それで、傷心でヤケになって宝くじ買ったら大当たりしちゃって、そのまま勢いで開業したら大ヒットしちゃった…ってわけ?」
「あぁ、俺はプロになれないって思い知らされたからな。もう高望みはしないよ。俺は俺の出来る範囲で、ひっそりと生きてくだけさ。」
「…ひっそり…か。」
「ひっそりってなんだっけ…」
…件のプロテストから約半年後。
虹村 高貴と大門 ミヤコは、袴田に招待され彼の所有する『とある場所』に来ていた。
…それは血走った目をした多くの観客で盛り上がる、どこか『レース場』としか思えない熱狂溢れる屋外のスタジアムの…
その、関係者席である上部の屋内席であり…
そして、彼の眼下にて繰り広げられているのは―
「デュエル競馬だっけ?そもそも新事業を半年でここまで成長させるってただの運だけじゃ説明つかないと思うんだけど…」
「レーシングデュエルだ!馬に乗って、リアルダメージ・ルールでデュエルしてデュエルの勝敗とレースの順位を競う全く新しいデュエルの形!スポンサーもついて新しいプロの一つになったんだ!だからこれも新しいプロの一つさ、俺はプロになれなかったから、他のプロになりたいデュエリストの可能性を助ける道を作ろうって思ったんだ!」
「えぇー…」
「…」
「期待しててくれよー?馬がヒットしたから、今度はモーターボートの水上レースデュエルとバイクのオートレースデュエル、あとF1みたいなレースカーデュエルってのも企画してるんだ!全部ひっくるめてライディングデュエルって名付けても良いかもなぁ!あと一昔前にデュエルサーカスって流行っただろ?だから運動が得意なデュエリスト集めて、アクションに富んだ見栄えするデュエルも考えてるんだよ。くぅー、裏方に回るって決めてから事業の案が溢れて溢れて止まらないんだ!つくづく思い知らされるよ、俺は表舞台に立つ主役にはなれない、裏方で、虹村みたいな主役たちを支える立場が合ってるんだって!」
「袴田君…裏方の意味わかってる?」
「ミヤコ…突っ込むのはよせ。」
そして、自信満々に卑屈な持論を展開する袴田を他所に。
これ程までの事業の成功を収めた旧友を、大門 ミヤコはどこか信じられない目で見つつ…しかし、恐るべき『運』と商才にて一躍成功を収めた袴田に対し、虹村もミヤコも何と声をかければ良いのか分からなくなっている様子を見せているではないか。
そう…
今、大門 ミヤコが言った通り。あの日、プロテストに落ちた袴田は宝くじで一発当てて大金持ちになってしまい…
しかしプロテストの反動と言うかストレスから、その金をギャンブル都市であるデュエベガスにて散財使用とした所、何のイタズラか彼は仕掛けられたイカサマすらその『運』にて味方としてしまい、元々の軍資金も『億』を持っていた所為もあって一夜にして億万長者となってしまったのだ。
…しかし、袴田の運はそれでけでは終わらなかった。
元々の性格が自信家であった事に加え、プロテストの準備で謙虚かつ死ぬ気で努力することを覚えてしまった故に。
ソレが功を奏したのか、どこまでも謙虚に、しかし元々の自信家ゆえの大胆な思い切りの良さが上手くマッチしすぎてしまい、競馬とデュエルを融合した全く新しいレーシングデュエルを企画した彼は瞬く間にその事業を成功させ更に資本を増やしてしまった。
…それはプロテストが終わってから、たったの半年で世界でも有数の億万長者になってしまったその人生が証明している。
そう…彼の運は、かのデュエリアの『ギャンブラー』の持つ『天運』にも負けず劣らずの『運』であったのだ…と。
ただ、『運』の種類が違うだけ。デュエリアの『ギャンブラー』の持つ『天運』が、デュエルにのみ最大限発揮されるのと違い…
袴田 光一の持つ『天運』は、デュエル以外に…そう、『金』に対して凄まじき効果を発揮する、恐るべき『運』であったと言う…
ただ、それだけの事で―
「ま、持ってない人間はどこまでも謙虚に、人の為になるように裏方でひっそりと頑張るのが性に合ってるってことなんだよな。…おっと、部下からの連絡だ、じゃあな大門、虹村!レース観戦、楽しんでいってくれよ!」
そうして…
これだけの成功を収め、国すら買えるであろう資金を得てもなお驕る事無く。
謙虚に、そしてすっかりプロには未練なく汗水たらして働く様子を見せる袴田が、特別来賓席に招待した虹村とミヤコへと別れを告げて仕事へと戻っていく。
果たして…
プロとは違った道、プロデュエリストとは違った道にて大成功を収めた旧友の姿を見て、彼の人生に大きな帰路を齎した虹村とミヤコは何を思うのか。
「…袴田君、プロになれなかったショックで凄い方向に進み始めたわね…」
「あぁ、そうだな。」
「起業半年で長者番付に乗るほどの億万長者…でも本人はプロテストの一件で謙虚っていうか…何ていうか…えっと…卑屈になって、驕らない性格になっちゃって…でも勿体無いわね。彼の運なら…ううん、実力なら、努力次第でいつかプロになれたかもしれないのに。」
「いいじゃないか。それも選択だ…彼の、彼にしか出せない選択の、な。」
「…そうね。」
生きる道は1つではない。
どんな選択をし、ソレがどんな結果になっても…自らの進むべき道を、自分の意思で決めた者の先には終わる事のない全く新しい未来、可能性が至る所に待っている。
…プロになっている道もあっただろう、あのままプロテストを受けずに腐りきっていた人生もあっただろう。
しかし、どんな選択をしたとしても―
それでも、ソレがかけがえのない人生であるからこそ。誰もがまた、無限の可能性を秘めていると言うことは…この世界に生きる誰しもが持っている、無数に広がる未知なる未来に違いないのだ。
今こうして…それを、自らの姿で証明し始めた袴田の姿がソレを物語っている。
進むべく道は一つではない。どんな人間にだって、叶わぬ夢の先にはまた違った未来が待っているのだから。
…まぁ、確かにこの後この世界の歴史においては…
―『よろしゅうなぁ。僕ん名前は袴田
―『これぞまさにジャスティス!まさしく正義の名の元に!『悪魔の子』とのライバル対決を制したのはシンクロ王者【白熾】の息子!『正義の子』、袴田 正義選手だぁー!』
彼の『この選択』のおかげか、これより先の時代には彼と同じ『袴田』という名を持つ強き者が確かにちらほら確認される事にもなるのだが…
けれども、現代に生きる彼にとっては…
今は、そんな事を知る由もなく―
―…
この世界には、スポットライトが当たらなかったけれどもその瞬間を輝きながら生きている人々がいる。
…これは、そんな主役になれなかった者の1ページ。
しかし、誰もが選択一つで主役になれることもあるのだということを証明した…主役になれなかった者の見せた、確かな輝きの1ページ。
遊戯王Wings外伝『ep.H』…『ep.
―『完』
―…