貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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なんか思い付いたので投稿です。
怒られたら消します。


1話。未来の覇王と怒りに震える男

しくじった。

 

「ふむ。私の記憶が確かであれば、助力を求めたのは貴殿らの方だったはずだがな。もし貴殿らの陣営に男は不要というのであればこのまま引き返すが如何?」

 

今日このときが初対面となる男、それも身の丈一間七尺(約2メートル)を超す大男は、怒りによって歪んだその表情を隠さぬまま私にそう告げてきた。

 

口調はもちろんのこと、その表情からも内心で怒り狂っていることがわかる。

 

現在怒りのあまり表情を歪ませているこの男は、私に仕官するため、ここ陳留を訪れてきた相手だ。

 

故に、今の彼は雇い主となるはずの相手に対して怒りを向けていることになる。

 

本来であれば「無礼千万!」と叱責して然るべきところだろう。

無論、常であればそうしていた。

 

だが、今回はその限りではない。

 

「……ごめんなさい。私が無礼だったわ」

 

「「華琳様!」」

 

しくじった。しくじった。しくじった。

 

今回に限れば、頭を下げるべきは私だ。

 

なにせ、私から「人材を派遣して欲しい」と頼んでおきながら、その人物が派遣してきた人員の纏め役を、ただ【男】というだけで見下してしまったのだから。

 

そしてそれを当人に気付かれてしまったのだから。

 

相手はただの纏め役ではない。

こちらが頼んだ相手の息子だというのに。

 

なんたる失態。

 

怒りを向けられるのは当然で、即座に帰られないだけマシだ。

 

そう。最悪ではない。

故に私は急いでしなければならないことがある。

 

「貴方が怒るのは当然よ。此度の無礼に対する償いは必ずするわ。だから、今回だけは謝罪を受け入れて貰えないかしら?」

 

謝罪、否、懇願だ。

 

「「……っ!」」

 

まるで媚を売るかのような口ぶりに、春蘭や秋蘭が絶句しているのがわかる。

 

過ちを犯した際に頭を下げるのは恥ではない。

過ちを過ちと認めず、開き直ることこそ恥なのだ。

 

尤も、それはあくまで私の矜持の問題であって、今重要なのはそこではない。

 

私の謝罪が受け入れられるかどうか。

これに尽きる。

 

たとえ頭を下げる先にいる相手が男だとしても、そんなものは関係ない。

 

此度の非は私にあるのだから。

 

なればこそ私は頭を下げなければならない。

 

ここで意地を張ることに一分の理もなければ利も存在しない。

 

そうでなくとも、無礼を働いた相手に頭を下げるのは当然のこと。

それを忘れてしまえば、私は私でなくなってしまう。

 

「……」

 

私の謝罪に対する返事は、ない。

 

頭を下げているため表情は見えないが、怒りが収まっていないことはわかる。

 

それも当然だろう。

 

「貴様ぁ! 華琳様が頭を下げているというの……「春蘭! 黙りなさい!」……か、華琳様?」

 

そも、頭を下げられたからと言って無礼を働かれた方が許さなければならないというわけではない。

 

向こうには謝罪を拒否する権利がある。

 

しかし、その権利を使われたら私たちの陣営に未来はない。

 

そもそも自分から頼んでおきながら、派遣されてきた相手(それも相手の子供)を侮蔑するなど、あってはならないことだ。

 

無礼どころの話ではない。

 

誰だって怒る。私だってそうだ。

 

しかも、相手の家の格は我々よりも上。

 

相手がこの事実を拡散しただけで、今後私たちの下に来てくれる人員がいなくなることは想像に難くない。

 

そうなれば、我々は終わる。

 

今はまだいい。

一つの郡程度であれば今の人員でも回せる。

 

でも将来的に見れば違う。

 

今の内から人員を育てておかなければ必ず行き詰る。

 

そう判断したからこそ、今の時点で私の周りにいる数少ない信用できる相手から人員を派遣して貰ったというのに、この始末。

 

面目を潰された相手がこのまま帰るだけでも大打撃。

悪評(事実)を広められれば取り返しがつかないことになる。

 

だからこそこうして頭を下げているというのに、春蘭ときたら何をしているのか。

 

私のために怒ってくれる気持ちは嬉しいけど、少しくらい空気を読みなさい。

 

というか……なんで他人事みたいな顔をしているのよ。

 

「春蘭、貴女も謝罪しなさい」

 

「華琳様!?」

 

華琳様、じゃないわよ。

 

現在進行形で無礼を働いている春蘭こそ頭を下げなければいけないでしょうに。

 

ただ、春蘭の気持ちもわかる。

 

春蘭ほどの武人にとって図体が大きなだけの男に頭を下げるのは耐え難い屈辱だということは理解している。

 

でも、その屈辱に耐えてこそこの謝罪は打算だけではなく、誠意が籠った謝罪になる。

 

今はその誠意が何よりも必要なの。

お願いだからわかって。

 

「……姉者」

 

「っ。 わかっている!」

 

秋蘭。ありがとう。

今夜は三人で寝ましょうね。

 

……謝罪の途中でそんなことを考えたのが悪かった。

 

「曹太守。謝罪中に相手から意識を割くのは頂けませんな」

 

「「「っ!」」」

 

読まれた!?

 

「正面に居る貴殿の意識が散漫となっていることはもとより、夏侯惇殿が嫌々頭を下げようとしているのも分かるし、夏侯淵殿も貴殿が私に対して頭を下げていることに不快感を抱いていることは分かる。心の伴わぬ謝罪は謝罪ではありませんぞ」

 

「……」

 

返す言葉が無い、とはこのことね。

 

私だって自分に頭を下げている相手が謝罪以外のことを考えていたらわかるもの。

 

男とは言え、名家の人間として教育を受けてきた彼にそれができないはずがない。

 

いえ、それ以前の問題、か。

 

謝罪中に余計なことを考えた私が悪い。

それだけよ。

 

「貴殿らの謝罪は謝罪ではない。故に受け入れることはできない」

 

「……」

 

ごもっとも、としか言えないわ。

 

「これが私個人に対するものであれば黙認することもできた」

 

「……」

 

「されど、現時点で私を侮蔑することは、私を派遣した我が家に対する侮蔑となる。これを見過ごすことはできぬ」

 

「……そうでしょうね」

 

彼はその双肩に己が家の面子を載せている。

 

故に今の彼を侮蔑するということは、彼の家を侮蔑することと同義となる。

 

もちろん、彼個人がなにかしらの失敗を犯したというのであれば問題はない。

 

だが今回、彼はなにもしていない。

本当に何もしていないのだ。

 

私たちはただ挨拶をしにきただけの彼を見下し、侮蔑したのだ。

 

もし私が同じことをされたら、相手が誰であれ必ず報復をするだろう。

 

私たちはそれだけのことをしてしまったのだ。

 

そうである以上、私には謝罪する事しかできない。

 

それなのに、その謝罪に誠意を込めていなかった。

それを見透かされた。

 

これを無礼の上塗りと言わずに、なんと言えば良い。

 

こんな謝罪になっていない謝罪を受け入れて欲しいと言われて誰が頷くものか。

 

……あぁ、終わった。

 

今回のことが広まれば私の名は地に堕ちる。

たとえここで彼を殺したとしても同じこと。

 

なにより私自身が許せない。

 

ことここに及んでは、いかなる罰も進んで受け入れ、後の再起に賭けるしかない。

 

随分と分の悪い賭けだけど、私なら、私たちならやれるはず!

 

そう思っていたのだけれど、事態は私が思っていたものとは違う方向へと進んだ。

 

他ならぬ目の前にいる男の言葉で。

 

「……よって謝罪は受け入れられぬ。だが貴殿から要請を受けたのは私ではなく我が母だ」

 

「……と、いうと?」

 

「貴殿から我が家に対して謝罪の使者を送ってもらいたい。その結果、母が許すと言えばそれでよし」

 

「……許さぬ、と言えば?」

 

「帰らせて頂く」

 

え?

 

「それ、だけ?」

 

「然り。その間もその後も我が貴殿の悪評を広めることはない。母がどうするかについては貴殿が説得する必要があるが、な」

 

「それは……」

 

どういうことなの? 

 

もしかして、家長の判断に委ねるという形にすることで私に猶予を与えたとでもいうの?

 

それでこの男に何の得があるというの?

 

「どちらに転んでも我が家は曹太守に貸しを一つ作れる。曹太守は時間的猶予を得るうえ、母の説得さえできれば人員もそのまま確保できる。悪い取引ではあるまい?」

 

「……なるほど」

 

えぇ。確かに悪い取引ではない。

 

彼の家に借りを作ることになるけど、この場で全てを失うことに比べれば万倍も良い。

 

……そうか。彼は自分が我慢することで彼の家に利益が生まれるならその方が良いと判断したのね。

 

己の矜持よりも家の利益を重視する。

名家にとってある意味では当たり前のこと。

 

彼にはそれを徹底できる強さがある、と。

 

加えて、どうせ誰かに仕官しなくてはならない身である以上、貸しを作った相手に仕官した方が楽、というのもあるのかもしれない。

 

なるほど。なるほど。

 

中々どうして。見た目と違って随分と頭が回るようね。

 

いえ、彼の場合は己の見た目も策の一つとして利用しているのかもね。

 

「その上で曹太守が私個人に対して引け目を感じているのであれば、一つ頼みごとを聞いてもらいたい」

 

家への償いと彼個人への償いは別、か。

 

一度赦しておきながらの追撃とは、なかなかに悪辣じゃない。

 

それもあくまで『私たちが悪いと思っているのであれば』ときた。

 

この状況では断れない。

断れるはずがない。

 

やってくれるわね。

 

「……えぇ。私にできることであればなんでもさせてもらうわ」

 

「それは重畳」

 

「華琳様!?」

 

やられたことは理解している。

だけどこの【頼みごと】は断れない。

 

尤も、この一事を利用して「私の体を捧げろ」なんてふざけたことを言ってきたら、その瞬間に斬り捨てた上で彼の家に苦情を申し入れることができるけど……この男がそこまで愚かではないことはこれまでの会話からわかっている。

 

恐らくこの男が望むのは春蘭の身柄。

 

それを求められた場合、私は断ることができない。

 

家の格もそうだし、何より春蘭こそ彼に対して最も無礼を働いた張本人なのだから。

 

今の私には「身の程を弁えずに我が家を侮辱した人間を引き渡せ」と言われたら断ることはできない。

 

せめて殺されぬよう条件を付けるのが精一杯。

 

春蘭には屈辱に耐えて貰う必要があるけど……。

 

これに関してはまぁ、春蘭の自業自得な面もあるから強くは言えないのよね。

 

もちろん無礼に対する謝罪だからと言って何をされても我慢しなければならないというわけではないわ。

 

信賞必罰は組織の礎。

でもね、賞も罰も等価でなくてはならないのよ。

 

彼の家の面子が軽いとはいわないけど、限度はある。

 

それを超えたら終わり。

 

今回はどうしようもないけど、所詮はこの場で春蘭の身を求めるような下衆。

 

この後も必ず横柄な態度を取るでしょう。

 

反撃はその時。

 

弱みに付け込んで己の欲を満たそうとするような下衆をただで済ませる気はないわ。

 

今は無理でも、必ず報復する。

 

そのためにはこいつやこいつが連れてきた人員がいなくなっても組織を回せるようにしなくてはいけないけど、それくらいはやってみせる。

 

数年は必要だろうけど、必ずや成し遂げて見せる!

 

だから春蘭、今は、今だけは耐えて頂戴。

 

「っ。はい!」

 

ありがとう。そしてごめんなさい。

貴女の犠牲と覚悟は絶対に無駄にはしないわ!

 

……今はさっさとこの男との会話を終わらせましょう。

 

「では、その頼みとやらを聞かせて貰えるかしら?」

 

「うむ」

 

失態を犯したのは私、悪いのも私。

それは理解している。

 

でも、私たちが無礼を働いたことと、春蘭を穢されることを我慢することは別よ。

 

私は、これから春蘭が味わうことになる屈辱を絶対に忘れない。

 

必ずやこの邪智暴虐の男に落とし前をつけてやる。

 

……そう考えていた時期が私にもあったわ。

 

「済まないが、私は敬語が苦手でな。貴殿の下で働く際もこの口調で接することを許していただきたい」

 

「は?」

 

なんて?

 

「済まないが、私は敬語が苦手でな。貴殿の下で働く際もこの口調で接することを許していただきたい」

 

「いえ、別に聞こえなかったわけではないの」

 

「そうか」

 

そう、ただ意外過ぎて理解ができなかっただけ。

 

「……仕える立場でありながらこのような要望をすることがどれだけ無礼であるのかは重々承知している。だが、ここはお互いさまということで許しては貰えないだろうか?」

 

お互い様? 無礼は無礼でも私がしたものとは種類が違うでしょう?

 

予想もしていなかった【頼みごと】を聞かされたせいで思わず固まってしまったのを怒ったと勘違いしたのか、今度は向こうから頭を下げてきたのだけど、私はすぐに返事をすることができなかった。

 

だってしょうがないじゃない。 

 

この私にこんなことを頼んでくる男がいるだなんて予想できるわけがないのだから。

 

「本当にそんなことで良いのか?」と確認しようとしたのだけど、私の口からその言葉が紡がれることはなかった。

 

「……っ!」

 

彼の、怒りで歪んだままの表情を見て私は悟ったのだ。

 

彼は『お互い様』という形で幕を下ろすのがお互いにとっての最適解と判断したが故に怒りを収めようとしているだけで、本心では私たちを許しているわけではないのだ、と。

 

それを理解した以上、この場で私が返すべき言葉は一つしかない。

 

「……わかったわ。その【頼みごと】を受け入れましょう」

 

邪智暴虐の男なんていなかった。

全ては私の妄想だった。

 

でも目の前にいる男が怒りを堪えているのは紛れもない事実。

 

「感謝する」

 

いや、その言葉が本心ではないとはわかっているけど、家のために我慢しているのはわかるんだけれども、せめてもう少し表情と気配を緩めなさいな。

 

「……はぁ」

 

「詳細は後日改めて」と言い残して去っていった男の背中を思い出したら溜息が出た。

 

いや、ことの発端が自分たちにあるということは重々承知しているのだ。

 

悪いのは誰かと言われたら、間違いなく自分たちだということも理解している。

 

理解してはいるのだが、それはそれとして、今後口では「感謝する」などと言いつつ己の気持ちを一切隠そうともしていない彼と、男に対して少なからず偏見を抱いている私の部下たちの間で生じるであろう問題を想像して、思わず溜め息を吐いてしまった私は悪くない……はず。

 

 




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