おおよそ2000の官軍が来ていることを知った賊たちはどう動くか。
自分たちの方が兵が多いという事実を重視して野戦を挑むか、はたまた官軍と正面から戦うことを厭い籠城を選ぶのか。
野戦を挑むなら何処に陣を張るのか。
籠城を選んだ場合援軍の宛てはあるのか。
諸々の懸念事項はあるものの基本的には現場に到着してみないと分からないということで、砦付近に向かう我ら曹操軍。
当然途中に罠があったり、奇襲を受けても良いように警戒しながら進んだため行軍速度はそれほど早くはない。
逃げ帰った賊から情報が伝達されたことは確実である。
ちなみに賊を尋問した際に対超人用の特殊部隊が存在するか否かも確認したが、結果は否。
許緒と戦えていたのは許緒に殺意がなく、攻撃が緩かったから。賊の士気が保たれていたのも許緒に殺意がないことがわかっていたからだった。
なんともつまらない結果である。
それはそれとして、軍議の時間だ。
「一番厄介なのは賊が一目散に逃げだすことね」
わかりきったことであるが、あえて口に出すことで注意喚起をしているのだろう。
夏侯惇とか言われなければ普通に忘れそうだしな。
「そうだな」
兵法上の考えでは『戦わずに勝てるのだから逃げられた方が良い』という意見もあるかもしれない。
だが相手は敵国の兵ではなく、ただの賊である。
逃げたからといって領地を接収できるわけではないし、略奪ができるわけではない。
むしろ一度も戦闘をせずに逃げられた場合、こちらは追撃をしなければならないのだ。
しかしながら、地の利が向こうにあるため潜伏されたら対処のしようがなくなってしまう。
こちらは遠征軍であり、物資に限りがある以上、捜索に割ける時間は多くない。
最悪、砦を破壊して「賊を蹴散らした」と宣言すればいいだけなのだが、当然賊が滅んだわけではない。
我々が帰った後に再度集結し、略奪を繰り返すだろう。
そうなればここの太守から曹操に対して苦情が入る。
此方としては援軍にそこまで責任を課せられても困ると言い切れば良いのだが、それで困るのは民である。
特に今回は、村人である許緒を仲間に加えたことでこちらの民に対しても気を使う必要があるため、賊に逃げられるのは困るというわけだ。
「次点で困るのが野戦に持ち込まれることでしょう」
「そうね。その通り」
「「え?」」
俺と曹操の会話を聞いた夏侯惇と文若が同時に声を挙げた。
どうやら二人とも野戦で勝てばいいと考えていたようだ。
お前ら、仲良いな。なんて言わない。
絶対に面倒になるからな。
「二人とも、野戦がなぜ困るのかわからないのかしら?」
「……敵の方が数が多いので、野戦となればこちらにも被害が出るから、でしょうか?」
「はっ。青びょうたんにはわからんだろうが、我らは精鋭だ! 賊如きに後れを取るような鍛え方はしておらん!」
「はぁ? いくら鍛えていても数が違えば不覚を取るでしょ! それともなに? アンタが鍛えた精鋭様なら3000の敵を相手にして1人も犠牲が出ないとでもいうの!?」
「ぐっ。それは……」
「精鋭なら猶更犠牲になる数は少ない方がいいでしょうが! そんなこともわからないやつが武官の筆頭を名乗っていいと思っているの!?」
「なんだと!」
言っていることは分かる。
だが感情的になるのは頂けんな。
「文若殿。そこまでだ」
「なによ! アンタもコイツの味方をするっていうの!?」
やれやれ。頭に血が昇るのが早すぎる。
ここまでくると、呆れるよりも先に、それで良く軍師になろうと思ったものだと感心してしまう。
それはそれとして、さっさとこの不毛な時間を終わらせよう。
「夏侯惇殿の味方、というよりは曹操殿の味方、だな」
「はぁ?」
冷静さを欠きすぎだ。
これだから猫耳は。
「わからんか? 夏侯惇殿を武官の筆頭に任じているのは曹操殿だぞ」
「そうね。つまり桂花は私に見る目が無い、と言っているのかしら?」
「あっ!」
俺の言葉に曹操が便乗したことでようやく自分が何を言ったのかを理解した文若がその表情を絶望に染めた。
その顔を見た曹操が嗜虐的な笑みを浮かべるが、そういうのは後にしてほしい。
「とりあえず野戦になると困る理由だが、先ほど文若殿が言ったように無駄な犠牲が出ると言うのも確かにある」
「……それだけじゃないってこと?」
「無論。その理由だが……曹操殿、私が言っても?」
「かまわないわ」
「では、僭越ながら曹操殿に代わって説明しよう。野戦になって困る理由、それは」
「「それは?」」
「敵に逃げられるからだ」
「「……はい?」」
はい、じゃないが。
「いいか? ここには曹操殿を始め、夏侯惇殿、夏侯淵殿だけでなく曹仁、曹純、さらには私と許緒がいる。これだけの将がいれば、多少向こうの方が数が多くとも正面から蹴散らすこと自体は簡単にできる」
「うむ!」
「……まぁ、そうでしょうね」
「問題はその後。蹴散らした賊を全滅させることができるか否かにある」
「む?」
「あ、そうか!」
夏侯惇はまだ良くわかっていないが、文若は気付いたな。
「賊が散り散りになって逃げ出せばそれを追わなくてはならない。その後は先ほどの一目散に逃げられるのと同じだな」
違うのは数が減っているか否かだけだ。
いや、下手に頭目やら幹部を討ち取ってしまえば再結集せずにバラバラになって各地で略奪を行うようになるので、一目散に逃げられるよりも悪い結果になりかねない。
一応賊との戦いには勝利しているので曹操の名が落ちることはないが、あまり褒められたものではない。
「そういうわけで、我々としては敵に籠城してもらうのが好ましいというわけだ」
「それはわかったわ。でも」
「なんだ?」
「攻城戦には三倍の兵が必要とされているわ。でも向こうの方が数が多いわよ? 籠城されたら勝てないんじゃないの?」
「あぁ、それか」
「桂花。兵法書に書いてあることはあくまで基本であって、それが全てではないのよ」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「司馬朗。続きを」
「はっ」
これが文若の限界なのだろう。
曹操も完全に見切りをつけたようだ。
「確かに攻城戦に於いては攻勢側に3倍の兵が必要とされている。だが、それは
「どういうことよ?」
「籠城を行う為には必要なものがいくつかある。それは堅固な城壁であり、堅固な城門であり、その上から射かけることができる弓兵であり、潤沢な矢であり、城壁から落とすことができる石や木材であり、なにより長期の籠城に耐えうる食糧が必要だ。連中はそのどれも持っていない」
もっと言えば外部からの援軍や兵を纏めあげて的確な指揮を行える大将も必要だな。
「そうね。今回賊が拠点としている古びた砦には堅固な壁もなければ城門もない。剣が主体の賊に潤沢な矢はない。元々籠城することを考えていないから石なども用意していない。それどころか食糧がない。つまり追い込んだ時点で勝ちが決まるわ。あとは逃がさなければいいだけね」
「こちらの勝利条件は賊を全滅させること。逆に言えば賊を逃がせば負けなのだ。故に下手に抵抗されるよりも籠城してくれた方がいい。ついでにいえば砦がある山林全体を囲むより、砦の出入り口を囲む方が楽だ」
「な、なるほど」
「よくわからんが、とりあえずこのままが好ましいということだな!」
「春蘭、貴女……」
「華琳様……」
本当にこんなのが筆頭で良いんですか? って眼だな。まぁ気持ちはわからんでもないが。
少なくともお前さんが兵を指揮するよりはマシだと思うぞ。
「ともかく、砦の正門と裏門に兵を配置しましょう。正門に曹操殿率いる1500。将は許緒、私、文若。裏門に夏侯惇殿が率いる500。将は夏侯淵殿、曹仁、曹純。本格的な攻勢はしないものの、城壁から顔を出した連中は必ず射殺しましょう。また城壁から飛び降りる形で砦から逃げ出す賊がいたら、曹純が騎兵で追う形とすればよろしいかと」
包囲を抜けたとしても、平地を逃げる賊が騎兵から逃れられるはずもなしってな。
「城壁から飛び降りて逃げることができる数なんてたかが知れているものね。包囲はそれでいいとして、期間はどれくらいを予定しているかしら?」
「三日から四日もあれば十分でしょう」
元々籠城に慣れていない賊だ。それも物資の蓄えもない寄合所帯となればまともに籠城なんかできるはずがない。
絶対に内部でゴタゴタが発生する。それを傍観しつつ、出てくる連中を削ればいい。
ついでに、敢えて日数をかけることでここにいない賊を炙り出すことができるかもしれない。
「ふむ。それだけ囲んでいれば他の邑で略奪をしている賊がいた場合も発見できるわね。良いでしょう。その形で兵をわけるわ。聞いていた通りよ春蘭。秋蘭とともに見事別動隊を率いて見せなさい」
「お任せください! 秋蘭共々必ずや華琳様のご期待に応えて御覧に入れます!」
「えぇ。期待しているわ」
さて、戦だ。
ヒモ、片乳、露出狂と、俺のちん〇に刺激を与えてくる奴らは隔離した。
曹操は文若が相手をしてくれるはず。曹純は騎兵だから別だし、許緒には反応しない。
ふっ。完璧だな。
―――
四日後。それまで同士討ちや逃亡などで士気が激減した賊徒は最後の賭けに出ようとしたものの、城門の近くで待機していた曹操軍に包囲され、満足に軍勢を展開できないまま一方的に嬲り殺されることとなった。
この完全勝利を以て、曹操のもつ力と志に共感した許緒は正式に曹操陣営へ加入することとなった。
此度の遠征は、曹操にとって武功、人材、経験と、非常に得るものが多い遠征であった。
オリ設定1 ちゃんと食糧を持ってきているので腰を据えて賊退治ができる
オリ設定2 主人公。戦術眼はそれなりにある
オリ設定3 荀彧。戦術眼がないわけではないが詳しいわけでもない
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