貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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16話。ぞくぞくと現れる賊

賊を討伐し曹操の武名は高まった。

夏侯惇や夏侯淵を始めとして武官も遠征を経験したし、許緒が仲間になった。

文若も戦後処理を完璧に終わらせて政務官としての実力を証明できた。

 

これだけを見れば良いことずくめだが、何事もやりすぎは良くないもので。

 

「……また援軍要請が来たわ。今度は東郡燕県の県令から」

 

「自分のところの太守に頼め。と言いたいところだが……」

 

「できないから私たちに要請が来ているのよ。それと知っているかしら? 私たち、外から見たら相当『暇』らしいわよ?」

 

「賊が発生していないから、か」

 

賊が発生する要因がないともいう。

 

「そうね。税が払えなかったり生活ができなくなった民が賊となり、その賊によって居場所を失った民が新たな賊となる。逆に言えば居場所と食糧が得られる環境であれば賊は発生しない。つまり貴方の提唱した屯田政策は賊となる芽を摘んでいるのよね」

 

「まぁ、そうだな」

 

賊をやるくらいなら働けという程度に考えていたのだが、正直ここまで効果があるとは思っていなかった。

 

しかし疑問がある。

なんで周囲の連中は我々と同じことをやらないのだろうか。

本気で理解できん。

やろうと思えば他のところでもできるだろうに。

最初の一歩を踏み出すのが怖いのはわかる。

だがその一歩は曹操が踏み出しているではないか。

効果の程が実証されているのに何故やらないのか? 

 

「その疑問に対する答えは一つ。役人どもは民の為にナニカをしようとは思っていないのよ」

 

「あぁ、なるほど」

 

彼らにあるのは己が栄達のみ。

そんな彼らは、民を豊かにすることが己の利益に繋がるとは考えていないのだろう。

 

そのため、一時的に物資を放出して難民を囲い込むようなことは絶対にしないし、水利の問題を片付けるために地域の豪族や名士に妥協を求める交渉もしない。

 

結果として彼らは自覚もなしに民を追い詰めてしまっているのだ。

 

そうして追い詰められて生きていけなくなった民が賊となり、賊に襲われた民が難民となり、居場所を失った難民が賊となり、その賊が邑や役人を襲うという負の連鎖を止めることができないでいる。

 

まさしく賊のバーゲンセール状態。

 

対して曹操が治める陳留では、早くから屯田を行うことで難民を農奴にクラスチェンジさせるノウハウができているため、賊になろうとする人間は極めて少ない。

 

というか、賊になるよう誘いをかけてくるような輩がいた場合、彼らはそいつを袋叩きにした上で官憲に引き渡してくれるようになっている。

 

彼らからすれば、今の政策を維持してもらえれば普通に暮らしていけるのだ。

わざわざ危険を冒してまで徳政を敷いている曹操に逆らう理由などないのである。

 

それ以上に彼らが心配しているのは『難民の中から賊が発生してしまえば、自分たちに対する扱いが悪くなるかもしれない』ということだろう。

 

彼らの思いを言葉にするのであれば「賊になる前に働け」もしくは「お前の事情に巻き込むな」といった感じだろうか。

 

実に健全な考えだと思う。

 

誰も彼もが強盗騎士のように成功するわけではないのだから。

 

ともかく、曹操の支配地域に流れてきた難民たちはこんな感じなので、陳留では極めて賊が発生しづらい状況となっているのである。

 

賊が発生しなければそれを鎮圧するために必要な予算や労力を屯田を始めとした領内の整備に使うことができる。

土地開発が進めば領内が発展する。

領内が発展すれば噂を聞いた賊や難民が流入してくる。

賊を片付ければ武名が高まるし、難民をうまく使えば国力が増える。

 

全てが理想通りとはいかないが、今の陳留はおおよそこのような感じで、好景気に湧いている状況であった。

 

「周囲の県令や太守はそれが面白くないのでしょうね」

 

「ふむ」

 

彼らからすれば賊が自分たちに押し付けられていると思っているのだろう。

 

最近では「お前たちが押し付けたんだからお前たちが処理するのは当然だ」と言わんばかりに援軍要請をしてくるようになったそうな。

 

正直何を言っているのかわからないが、向こうの中ではそうなっているのだ。

 

事実、中央に『曹操に賊を押し付けられた』という讒言を行った役人もいるらしい。

 

尤も、その役人が上奏した讒言は荀家や司馬家の関係者に潰されたあとで『お前の主が行っている政が悪い』と論破された挙句役人自身も行方不明になったし、その役人を派遣した県令も家族共々消息不明となったらしいのでこちら側に害はないのだが、問題の本質は本気でそう考える阿呆が増えてきているというところにある。

 

「その程度の見識しか持たない連中が県令だの太守だの刺史だのをしているんですもの。賊が増えるのも、その賊を討伐できないのも当然よね」

 

さしもの曹操も各地から寄せられた援軍要請(この状況では討伐軍の派遣要請)の束を前にうんざりしたような表情を見せる。

 

俺としても無関係ではないのでなんとかしたいところだが、現状で俺ができることはあまりない。

 

せめて伝令がより早く動けるよう駅(馬と馬に乗れる兵士を待機させた中継所)を増設したり、難民たちを使ったネットワークで賊の発生や接近をより早くつかめるようにしたり、いざという時に難民たちが自衛できるよう簡単な訓練を施すくらいだ。

 

正直な話、さっさとこの状況から抜け出したいのだが、如何せん、黄巾の乱はこれまでこの国が経験してきた局地的かつ散発的に行われる農民反乱ではなく、最初から漢全土を巻き込むことを前提に考えられた計画的犯行の一端である。

 

故に、その大本を絶たない限り、反乱は終わらないのだ。

 

事実俺の下にも、洛陽では一斉蜂起を目論んでいた馬元義なるものは討たれたものの、荊州南陽郡や豫州潁川郡で大規模な反乱が発生したという情報が入っている。

 

これらに対しては官軍が鎮圧にあたる予定らしいが、今の彼らにどこまでできることやら。

 

尤も、それらは我々とは関係ないところで行われている軍事行動なので考えても仕方のないことではあるのだが。

 

……その報せが来たのは、とりあえず近場の援軍要請に対してどう対処するかを考えようとしたときのことだった。

 

「大変です、華琳様!」

 

「あら、どうしたのかしら春蘭?」

 

「数日前に秋蘭と季衣が巡回に向かった先で、大規模な賊を発見したとのことです! それに伴い秋蘭から援軍を求める使者が来ております!」

 

「……大規模とはどれくらいかしら?」

 

「凡そ4000~5000とのこと!」

 

「中々の規模ね。それだけの数がどこから来たのやら。まぁいいわ。確か、秋蘭が連れて行ったのは500人だったわね」

 

「はっ!」

 

10倍か。夏侯淵と許緒であれば野戦で蹴散らすことは不可能ではないかもしれないが、それをやれば巡回に向かった先の邑が襲われてしまう。

 

それを防ぐためには、邑に籠って防衛戦をするしかない。

 

その邑の防備がどれほどのものかは知らないが、時間を掛ければかける程不利になる。

 

少々厄介な状況だ。

 

「場所は……ここからだと3日前後の距離か。秋蘭が賊を発見した時期と使者を出した時期にどれだけの差があるかが問題ね。とりあえず、司馬朗」

 

「はっ」

 

「兵5000人分の食糧を10日分。準備にどれくらいかかるかしら?」

 

「物資を準備をするのに半刻(約一時間)。輜重隊を編成するにはさらに半刻程頂ければ可能です」

 

「よろしい。春蘭」

 

「はっ!」

 

「直ちに5000人集めなさい。将は私と貴女と栄華よ。あと、この数だと事後処理も煩雑になるでしょうから桂花も連れて行くわ。司馬朗、貴方と徐晃もついてきなさい」

 

「「御意」」

 

騎兵だけ先行させるという手段もあるが、各個撃破される可能性を考えれば下策、か。

 

最悪『生き残ったのは夏侯淵と許緒だけ』なんてことになりそうだが……そうならんことを祈ろう。




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