月日は流れて豫州潁川へ遠征に出た我ら曹操軍が目にしたのは、朱儁将軍率いる官軍に圧迫されて逃げ腰になりつつある賊たちの姿であった。
「10万を超えると言われる賊徒を相手に3万足らずの兵で優勢に戦を進めるとは。さすがは朱儁将軍、と言ったところかしら?」
「えぇ。一度官軍に勝ったことで調子に乗った賊徒を死地に誘い込んだ手腕は見事の一言です」
緒戦で大敗北を喫した賊徒はそれ以降攻勢が鈍り、全体的に押され気味になっているのだとか。
そもそも賊徒は勢いで押すことしかできない集団なので、守勢に回った時点で負けが決まるのだが、彼らにその自覚はあるのだろうか。
いえ、賊徒の思惑なんてどうでもいいわね。
「桂花。朱儁将軍からは何か言われているかしら?」
「合流しても良し、このまま遊撃に当たっても良し。華琳様の判断に任せるとのことでした」
ふぅん。
「どちらを選択しても併せてみせるという自信が垣間見えるわね」
「はい。朱儁将軍にそれだけの手腕があることはこれまでの戦闘で証明されています」
「そうね。朱儁将軍の能力について異論を差し挟む余地はないわ」
相手が賊とはいえ、ここまで一方的に戦を進めることができる人物ならそれくらいは造作もないことでしょう。
ここまではいい。
「問題はこれからどう動くかなんだけど。桂花にナニカ意見はあるかしら?」
「……ここは戦場ですので、えっと、私よりも、その……」
桂花が視線を向けた先にいるのは、桂花でさえその能力を認めている男、即ち司馬朗がいた。
うん。わかるわ。
私だって、ことが戦術に及んだのであれば最初に確認すべき相手が誰かってことくらい重々承知しているのよ。
でもねぇ。
「……むぅ」
(なぁ秋蘭。なんで司馬朗殿は怒っているんだ?)
(し、知らんぞ。大方華侖がナニカしたのではないか?)
(わ、私は何もしていないっすよ!)
(ほ、本当ですよ! 今日は服を脱いでいませんし!)
(無駄が多すぎて怒っているのでは? いくら戦場でももう少し節約できますよね?)
(相変わらず凄い気だ!)
(普段以上に怒っているの! 蛆虫共は全部死ぬの!)
(機械いじりが好きな人に悪い人はおらん! でも、怖い人はおるんやで)
(流琉、司馬様はどうしたんだろうね?)
(うーん。なにか心配事かな? お腹が空いた、とかじゃないとは思うけど……)
計画通りに事が進んでいるはずなのに、何故か怒っているのよねぇ。
それも激怒していることが丸わかりなくらい周囲に怒気を撒き散らすくらい怒っているわ。
正直怖い。
こんな状態の司馬朗に話しかけたいと思う?
少なくとも私は思わないわ。
でも、そうも言っていられないのよね。
(((((華琳様! お願いします!)))))
「はぁ」
戦には勝たなければならない。
怒り狂っている部下とも話し合わなければならない。
両方やらなくっちゃあならないっていうのが君主のつらいところよね。
……覚悟はできたわ。
周りの空気が歪むほどの怒気に慣れてきた私がおかしいのか、それともただそこにいるだけで春蘭や秋蘭を怯えさせる彼がおかしいのか。
間違いなく後者ね。
いえ、彼が怒っている理由もなんとなくわかるのよ?
おそらくだけど、彼が怒っている理由は賊が予想以上に不甲斐なかったからよね?
兵法上敵が弱いのは良いことなんだけど、何事にも限度というものがある。
もちろん司馬朗は春蘭のように「手ごたえがないではないか!」と騒ぐような人間ではない。
だから彼が怒っているのはもっと別のこと。
そう、この戦場に於いて今回の目的の一つであった武名を稼ぐことができなくなったからよ。
賊が想定以上に弱すぎたせいで、私たちが来る前から大勢が決してしまっている。
これが問題なの。
この状況では、これから私たちが何をしたところで名を上げるのは朱儁将軍となるわ。
朱儁将軍もそれを知っているからこそ私たちに行動の自由を許したのだろうし。
つまりこれからの戦いは全部……とまでは言わないけどかなりの部分が無駄なものになるわ。
無駄な戦で将兵を失うことほど愚かなことはないわ。
だから、もし彼が怒っていなかったら私が怒っていたかもしれない。
春蘭はまだしも秋蘭がこのことに気付いていないのは、彼女がまだそれだけの視野を得ていないから。
つまり彼の怒りは広い視野があればこその怒り、というわけね。
……それがわかったから何だという話なのだけれど。
ともかく、このままだと軍議にならないわ。
今は彼に怒りを鎮めてもらわないと。
「司馬朗。戦の前に猛るのは分かるけど、将たるもの軽々に感情を表に出すものではないわよ」
尤も、彼の場合は春蘭や桂花みたいな感情の発露ではなく賊に対する怒りの発露だから、兵に対して悪い影響を与えるものではないのだけれどね。
でもね司馬朗。兵にとって良いからと言って、味方の将を委縮させたら駄目だと思うの。
―――
「……むぅ」
〇んこが痛いっていってんだろ!
女だらけの天幕に男が俺一人。
覚悟はしていたつもりではあったが、予想以上に酷い。
小学生のように「女の中に男が一人~」なんて揶揄う輩はいないが、正直代わってくれる人間がいたら代わって欲しい。
なにが酷いって、甘ったるい匂いもそうだが、視覚への暴力が酷い。
個別に接する分にはなんとか慣れてきたが、こうして纏まると駄目だな。
ちん〇が痛すぎる。
そもそもここは戦場だぞ?
そんな装備で大丈夫か?
全身鎧とまでは言わないが、せめて金属で造られた胸当てくらいしたらどうだ?
もしかしたら特殊な繊維で造られた服なのかもしれんが、布がない部分の防御力は皆無だろう?
矢が飛んで来たら死ぬぞ?
楽進? それはただのビキニアーマーだから出直してこい。
いやはや、コイツらを見ていると曹操はまだマシな部類なんだと心から思う。
まぁ一番露出が少ないのは文若なんだが。
……前線に出ない文若が一番まともって、この陣営は大丈夫か?
本当に勝ち馬なんだろうな?
「司馬朗。戦の前に猛るのは分かるけど、将たるもの軽々に感情を表に出すものではないわよ」
別に戦を前にして興奮しているわけではないが。
とはいえ、まさか馬鹿正直に「お前らの恰好を見て性的に興奮しているんだよ!」と訂正するわけにもいかん。
ここは曹操が出してくれた助け船に乗るべきだろう。
「……ふぅ。すまん。落ち着いた」
ち〇こは痛いままだがな。
よし、今からは曹操のデコだけを見ることにしよう。
そうすれば少なくとも視界の上では大丈夫になるはずだ。
あとは鼻で呼吸せずに口で呼吸する。
これでなんとかこの場を凌いでみせる!
だからお前ら、これ以上俺のちん〇を刺激をするなよ?
ぼごぉってなるぞ?
「そ、そう。それはよかったわね」
(確かに周囲を圧迫する怒気は消えたわ。でもその代わりに、なんか額を凄く凝視されているんだけど。これ、絶対怒っているわよね!? 私は悪くないでしょ!)
なにやら曹操から抗議されているような気がするが、見られることに慣れている曹操がこの程度の事で動揺するわけがない。
つまり気のせいだな。
「で、司馬朗はどう動くべきだと考えているのよ?」
自分の中で結論付けていたら文若が問いかけてきた。
主語が無いのでアレだが、恐らく先ほどまで話していた朱儁将軍と合流するか否かについての問いかけだろう。
ふっ。〇んこは痛いがそれはそれ。
話は聞いているのだよ。
その上で俺からの意見は一つだけだ。
「予定通り、朱儁将軍とは合流せずに敵の本拠地を叩くべきだ」
「あら? それだと私たち単独で砦を攻めることになるけれど?」
「曹操殿も理解している通り、今更朱儁将軍率いる官軍と合流したところで手柄は得られん。ならここは敢えて単独で動いた方が良い」
「手柄の為に部下を殺せ、と?」
「敵の反撃を警戒するのも分からんではないが、今回に関しては杞憂だろう。賊の本隊が逃げ腰になっている今、恐らくそこまで強固な抵抗はないと思うぞ」
「その心は?」
「連中は、自分たちよりも数が劣る朱儁将軍との戦に敗れたことで、数で勝っていることが絶対の勝利を約束するものではないことを知った」
「……続けて」
「この期に及べば連中は撤退も視野にいれているだろう。最初から及び腰なのだ。そこに新たな援軍が参戦したと知ればどうなると思う?」
「賊たちからすれば、ただでさえ士気が落ち込んでいるところに敵の援軍が参加し新手として向かって来ていることを知らされる、か。士気は崩壊……いえ。そこまでいかなくても、相当焦るでしょうね」
「うむ。そこに夏侯惇殿を筆頭に、許緒や典韋といった力自慢を向かわせて正門を力づくでぶち壊すところを見せてやればいい。それで連中の心は折れるだろう」
「数が勝利に直結しないことを理解しつつある敵に、あえて『数に勝る個の存在』を見せつける、というわけね」
「そうだ。心が折れればそれでよし、そうでなくとも士気が絶望的なまでに下がった時点で、連中は厄介な”賊の軍勢”から”民崩れの集団”となる。あとは突っ込んで掃討してやればいい」
「悪くないわね。犠牲が少ないのもそうだし、私たちが単独で敵の本拠地を落としたとなれば朱儁将軍ほどではないけど功績にはなる」
「うむ。無論、他の方法でも手柄をたてることはできなくはないだろう。だが、別の場所で今回のように安全かつここを落とすほどの功績を得られるかというと……」
「無理でしょうね。少なくとも朱儁将軍の軍勢と合流すれば先鋒として使い潰される未来しかないわ。その際、武功は私ではなく朱儁将軍のものになる」
「そうだな。だがここを曹操殿が単独で落としたという実績があればどうなると思う?」
「朱儁将軍が私を使おうとしても、洛陽の連中が止めるでしょうね。これ以上私に武功を与えないよう戦場から引き離す、かしら?」
「あぁ。我らはここに残されて残党処理にでもあてられるだろうよ」
「逃げた賊も討伐する必要がある。……必要なことではあるけれど、武功にはならないわ」
「それでいい。いや、それがいい。誰も目を付けていない今だからこそ曹操殿が独占できるモノがある」
「と、いうと?」
「我々は残党処理の他に復興の支援も行う」
「残党処理はまだしも、復興支援? それは……あぁ、なるほど。流石によく見ているわね」
一瞬訝し気な表情をした曹操だが、文若を見て俺が何を求めているのかを理解したようだな。
話が早くて助かる。
そう。本来であれば武功にもならないし略奪もできない残党処理はおいしさの欠片もない仕事だ。
その上ここは曹操が治める土地ではなく他の人間が治める土地。
そんなところの復興支援なんて、やったところで物資が垂れ流されるだけでしかない。
自己満足の類いだろう。
通常であればその通り、なんの得もない行為だ。
しかしながらここは潁川。
荀家はもとより、いくつもの名家にとっての地元である。
故に復興の支援を行うことで、潁川の関係者に対して曹操の名を売ることができるのだ。それによって得られる名声は一時の武功以上の価値がある。
「……いいでしょう。司馬朗の献策を受け入れるわ。春蘭は流琉と季衣を連れて先陣に立ちなさい。秋蘭は春蘭たちの援護。他の将は春蘭たちが城門を破壊したあとに突撃する準備をしなさい」
「「「「はっ!」」」」
よし。あとは勝つだけだ。
無論先ほど述べたとおりにことが進まない可能性は、ある。
敵の心が折れかけていなかったり、強固な抵抗をされる可能性は皆無ではない。
そういう意味では、賭けの要素がないわけではない。
しかしながら、そもそも戦なんてそういうものだし、なにより虎穴に入ろうとしない人間に虎児を得ることはできないからな。
諸将には武功を得るために頑張って貰いたいところである。
「そういえば司馬朗」
「なにか?」
「貴方は城門の破壊に向かわないのかしら?」
「……その必要はあるまい」
先陣は夏侯惇と決まった。
つまり俺が参加する場合は夏侯惇の後ろに配備されることになる。
それはよろしくない。
なぜなら夏侯惇の後ろにいたらちん〇が痛くなるからだ。
故に断る。
ふっ。この完璧な理論武装、崩せるものなら崩してみよ。
オリ設定1 潁川の賊は曹操が参戦する前に朱儁に負けている。
正確にはオリ設定というよりは恋姫設定ですが、史実や演義とは違うので一応告知です。
閲覧ありがとうございました。